第十八使徒・涼宮ハルヒの憂鬱、惣流アスカの溜息
一年生
第二十九話 ネット番長LOVER


<第二新東京市北高 SSS団(元文芸部)部室>

放課後、部室にやって来たハルヒは先に部室に来て本を読んでいたレイとユキと軽くあいさつを交わすと団長の席に座り、窓から外を眺めながら静かにたそがれていた。
次に部室にやって来たキョンは、そのハルヒの姿を見て、ハルヒがまた落ち込んでしまったのか思って声をかけずには居られなかった。

「どうしたんだ、元気が無いようだが」

キョンにそう声をかけられたハルヒはキョンに軽く謝るように答える。

「あ、別に心配事があるってわけじゃないのよ。ただ、5年前の地震の事を思い出しちゃって」
「そういえば、あの大震災が起きた日だったな、今日は」

2010年1月17日、山陽大震災と呼ばれる広島・兵庫県を中心とする大地震が起こった。
セカンドインパクトのつめ跡から立ち直った日本に、地震のために避難した人数は10万前後、死者が約2,500人と言う被害をもたらした。

「お前は、確か納豆を食べた事が無いとか言ってたな。小さい頃は関西に住んでいたのか?」
「あたし達の家族が兵庫に住んでいたのは、あたしが5歳の時までよ。地震が起こった時には兵庫に親戚のおじさんが住んでいたのよ」

ハルヒはそこまで行って悲しそうな顔をしてため息をついた。

「そうか、それで亡くなったおじさんの事を思い出していたのか」
「ちょっと、勝手におじさんを殺さないでよ、おじさんの家が地震で潰れちゃったりしたから、被災地に親父が様子を見に行ったのよ」

ハルヒはゆっくりと立ち上がって窓辺へと近づいて腕を窓枠に置いた。

「あたしはまだ小さい子供で被災地には行けなかったわ。後で親父に写真を見せてもらったけど、ビルとかみんな廃墟になっていた」
「俺は募金ぐらいしか協力する事が出来なかったな」
「親父とボランティアに来ていたゴメスさんが会ったのはその頃よ。ゴメスさんのパワーレスリングダンス協会の人達は凄い力でがれきを取り除いたりして大活躍だったそうよ」

話しているうちにハルヒは興奮して来たのか、拳を窓枠に叩きつけ、目を輝かせながらキョンを見つめて話し続ける。

「ボランティアに参加した人数は延べ20万人よ、凄くない? 新東京ドームに入る4倍の人数よ!」
「素晴らしい事だよな」

キョンもハルヒの言葉に素直に感心してうなずいた。
2人が話しているうちに、シンジ達が部室へとやって来る。

「ずいぶん盛り上がって話しているようだけど、何の話をしてたのよ?」
「山陽大震災の話。シンジ、あんたの親父さんも被災地にいったりしてたの?」

アスカに聞かれたハルヒはそう答えて、シンジに質問を投げかけた。

「うん、父さんも任務で……」

そこまで言いかけたシンジを、アスカが思いっきり足を踏んで止める。

「バカ、司令ってことがばれたらどうするのよ」
「僕はおじさんの家に預けられっぱなしだったから、よく分からなかったけど、多分ボランティアで行っていたんじゃないかな、あはは」

アスカに怒られたシンジはそう言ってごまかした。
イツキが部室に入って来てハルヒに報告をする。

「どうやら生徒会は次の日曜日に学校の裏山の清掃活動を行うようですよ」
「お疲れ様、古泉君!」

嬉しそうにイツキの報告を聞くハルヒにキョン達は予感めいた視線を集中させる。

「みんな、今週の日曜日の予定は裏山の清掃ボランティア活動に決まったから!」

 

<第二新東京市北高 裏山>

日曜日の早朝。
生徒会が主催するボランティア清掃活動の会に、ハルヒ達は悪びれずに堂々と姿を現した。
生徒会長は露骨に嫌な顔でハルヒをにらみつけ、生徒会役員も渋い顔で見ている。

「何でお前らがここに居る」

生徒会長は表向きの仮面を早々に脱ぎ捨てて、ハルヒに吐き捨てるように尋ねた。

「世界を大いに盛り上げる涼宮ハルヒと惣流アスカの団だからよ!」
「おいおい、答えになって無いぞ」

堂々とそう言ったハルヒにキョンがツッコミを入れた。

「いいのよ、言ってみたかっただけだから。ボランティア活動なんだから、参加は自由なんでしょう?」
「ちっ、余計な事をするなよ」

生徒会長は舌打ちしてその場を立ち去ろうとしたが、ハルヒ達の後ろに北高のヤンキー達が気まずそうに立ちつくしているのを見てギョッと驚いた。

「げっ、何でお前らがこんな所に居るんだよ!」
「アニキ……」
「行きがけにアイスを買いに行ったコンビニで迷惑をかけていた所を捕まえたのよ。暇でする事が無いって言うもんだから連れて来たわ」

ハルヒが余裕たっぷりにそう言うと、生徒会長はさらに不機嫌そうな顔になる。

「情けねえな、こんな女の言いなりになるなよ」
「リーダー、涼宮と惣流のやつはケンカにとっても強いんですよ」

疲れた表情でヤンキーの1人がそう答えた。
ほっぺたにはハルヒから食らったドロップキックの靴跡が付いていた。

「情熱を持て余して居るんだから、解消しなくちゃいけないのよ! さ、あたし達はあっちに行きましょう」
「ちょっと待て! こいつらを置いて行くつもりか?」

立ち去ろうとしたハルヒを生徒会長が呼び止めた。

「誰かがまとめないとまた悪さをするかもしれないんだから、頼んだわ」
「俺はもう番長じゃねえ!」
「だって、あんたは元番長なんでしょ? 責任持ちなさいよ」
「お前が番長をやればいいじゃないか」
「いやよ! あたしは団長で番長じゃ無いもの!」
「怒る論点がズレている気がするんだが」

ハルヒと生徒会長の言い争いにキョンがツッコミを入れた。

「このわからずや!」
「うるせえ!」

ハルヒが食らわせようとしたドロップキックを生徒会長は横に飛びのいて交わした。
そして生徒会長は反撃として、ハルヒにジャブを放ったが、ハルヒの腕にがっちりと防がれた。

「なかなかやるじゃない」
「お前もな」

さらに戦いを続けようとする2人の間にキョンが割って入って止める。

「ここは生徒会長が彼らを改心させてボランティア活動に参加させたと言うシナリオにした方が、教職員への受けがいいのではないでしょうか?」
「私もそう思います」

キョンと副生徒会長の喜緑エミリに説得されて、生徒会長はヤンキー達の身柄を引き受けた。

「キョン、危ない事するわね……」
「お前に怪我して欲しくなかったしな……」
「そ、そうね、団員は団長を守るのが当然なのよ!」

キョンの言葉を聞いてハルヒはぶっきらぼうにそう言って裏山の奥へと駆けて行った。
それを見たキョン達は慌ててハルヒの後を追いかけて行く。
ハルヒ達は生徒会長達の側を離れて、裏山の奥の方を清掃する事にした。

「こんな奥の方までゴミが捨ててあるなんて、本当に腹が立つわね」
「キャンプの時も山奥にゴミが捨ててあったよね」

アスカとシンジはそうブツブツと言いながら空き缶などをゴミ袋に入れた。
ハルヒ達は手分けして、七月に笹の葉を取った熊笹の林を中心にゴミを集めて行った。

「ひゃあ!」

悲鳴を上げて斜面から滑り落ちそうになったミクルの腕をイツキが引っ張り上げた。

「ごめんなさい、私、迷惑ばかりかけて……」
「いえいえ、先日の雨で滑りやすくなっているから気をつけて下さい」

イツキはそう言った後もミクルが心配なのか、側を離れようとしない。
ミクルは落ち着かない様子でしばらくゴミを拾っていたが、突然イツキの方に振りかえって話し始める。

「お願い、古泉君。これ以上私とあまり仲良くしないでください」
「どうしてですか?」

ミクルに突然言われて、イツキは驚いた顔になった。

「私の方が、気持ちを抑えきれなくなるから……」

そう言ってミクルは大粒の涙を流し始めた。

「ちょっと古泉君! 何でミクルちゃんを泣かせているのよ!」
「古泉君は何も悪くありません。私が悪いんです」

ミクルは涙をしゃくり上げながらハルヒにそう訴えかけた。
その後、清掃活動が終わってからハルヒはもう一度イツキを問い詰めたが、心当たりの無いイツキには全く答えようがなかった。

 

<第二新東京市北高 コンピュータ研究会部室>

SSS団の部室の隣に位置するコンピュータ研究会の部室。
様々な経緯からコンピ研がSSS団のサーバーやサイトを管理する事になっていた。
コンピ研の部長は、熱心にパソコンの画面を眺めている。

「複数のプロキシサーバを通しているから、このパソコンが発信源だとは分からないはずだ」

コンピ研の部長はそう言って、SSS団のサイトへパソコンを接続した。
目標は、SSS団のサイトに設置されたweb拍手だった。
コンピ研部長は数ヵ月前からweb拍手にコメントをするようになっていた。
そして、自分の書いたコメントに対するハルヒの返事のコメントを見るのが楽しみだった。

「ああ涼宮さん、僕はこの気持ちを抑えきれない……」

コンピ研部長はついにネットで話しているだけでは満足できなくなってしまった。
そこで、コンピ研部長はハルヒを呼びだすメールを送る事にした。

『涼宮さんに伝えたい話があります。明日の放課後に体育館の裏へ来て下さい』

コンピ研部長はSSS団のメールフォームからそう書いた文章を送信した。

「つ、ついに送ってしまった……!」

コンピ研部長は興奮して席から立ち上がる。
メールなので、明日実際にコンピ研部長やハルヒが待ちあわせの場所に行くかは確証は無い。

「明日、行くべきだろうな……」

コンピ研部長はため息をついて再び席に座りこんだ。
しかし、そのメールの反応は思ったより早くに訪れた。

「あたしに伝えたい話って何?」

勢いよくコンピ研の部室の扉を開いてハルヒが姿を現した。
そのハルヒの後ろにはキョン達SSS団の姿が見えた。

「ど、どうして僕の事を!?」

コンピ研部長は泡を食った顔でハルヒに尋ねた。

「プロキシを使った接続とは言え、部室のパソコンとSSS団の部室のパソコンは内部で繋がっている」
「コンピ研の活動していない日に君が部室にいたのも知られているんだよ」

ユキとカヲルがハルヒの代わりにそう答えた。

「もしかして、涼宮さんは僕の事をわかっていて……!?」
「ネットを通したやりとりって言うのも面白いと思ったのよ」

ハルヒは笑顔でそう言うと、顔をグイッとコンピ研部長に近づける。

「でも明日まで待ちきれなくて、こうして来ちゃった! で、あたしに伝えたい事って何? とっても不思議で面白い事?」
「えっと……そ、それは……」

瞳を輝かせて見つめてくるハルヒに、コンピ研部長はたじろいでしまった。
顔を真っ赤になってしまって、全く言葉が出て来ない。
ずっと黙り込んでいるコンピ研部長にハルヒは退屈した顔に表情を変える。

「何よ、やっぱりメールじゃないと話せないわけ?」

不機嫌になりはじめたハルヒの顔に焦ったコンピ研部長は勇気を振り絞って叫ぼうとする。

「僕は涼宮さんの事がす……」

コンピ研部長がそう言いかけた所を、キョンが大声を出して邪魔をする。

「ハルヒ、もうすぐ5時だ、アニメ『腰パンマン』の時間だぞ!」
「本当!? 後は任せたわ、キョン!」

ハルヒはそう言って勢いよくコンピ研部室を出てSSS団の部室へと向かって行った。
ワンセグ機能がある自分のパソコンでアニメを見るためだ。

「あ、涼宮さん……」

コンピ研部長はぼう然とハルヒの後ろ姿を見送った。

「で、ハルヒのやつに伝えたい事って何ですか?」
「あ、別に何でもないんだ……はは……」

キョンに尋ねられて、コンピ研部長はガックリと肩を落として下を向いた。

「それじゃあ、失礼しますよ」

キョン達はそう言って、コンピ研の部室を出て行った。
部室を出て行く途中で、アスカはキョンの方を見て笑いをこらえている。

「アンタって本当に分かりやすい嫉妬の仕方をするわね」
「笑わないで下さい!」

キョンは顔を赤くしてアスカに言い返した。
そして部室にはガックリと肩を落として落ち込んだコンピ研部長が残された。
ハルヒがまた直接コンピ研部長に会いに来る機会が訪れるのはまたずいぶん先になるだろう。

「僕は、ネットの中なら言えるんだけどな……」

コンピ研部長は気を取り直して、ハルヒが夢中になっていると言うアニメ『腰パンボーイ』を自分のパソコンで観る事にした。
『腰パンボーイ』は幼さとクールを兼ね備えた小学生の少年、正義が、中学生のセーラー服少女の藍と高校生の剣道少年である勇樹と力を合わせて悪党を倒すストーリーだった。
主人公の正義と殴り合った悪者が、倒された後に正義と年齢差を超えた友情を築いて仲良くなって、1話分が終わる。

「そうか、涼宮さんは格闘アニメが好きだったのか……」

アニメを見終わって、納得したようにそう呟いたコンピ研部長は腕をまくって力こぶを作ろうとするが、全然できずにため息を突く。
実際にハルヒが気に入っているのは主人公の小学生の正義の決めセリフ『青春を粗末にするんじゃねえよ』なのだが、コンピ研部長はちょっと誤解をしてしまった。

「まず、告白する前に体を鍛えて筋肉をつけないといけないのかな……」

コンピ研部長はネットで検索して、ゴメスのパワーレスリングダンス協会のサイトを見つけてしまった。
強そうな会長のゴメスの写真に興味を引かれたコンピ研部長は、ネットで入会申し込みをしてしまったのだった……。


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