第十八使徒・涼宮ハルヒの憂鬱、惣流アスカの溜息
一年生
第二十七話 雪、再会、ドイツにて。


<第二新東京市 葛城家〜レイの部屋>

葛城家の隣にあるレイが1人で住んでいる部屋と、葛城家の間の壁を取り払って広い部屋が作られ、SSS団で鍋パーティが行われていた。
これは、今日が誕生日であるミサトの希望によるものだった。
どうしても鍋料理と一緒にビールも飲みたい! というミサトの要望もあって夕方の葛城家で行われる事になった。

「ねー、ねー、なんでハルにゃん達はこっちの鍋を食べないのさ? めがっさ、おいしいにょろ」

独特の言葉遣いでハルヒ達に話しかけているのは、最近ミクルの友達となりSSS団とも親しくなった”鶴屋さん”だった。
料理好きだと言う鶴屋さんが作った鍋は注目を浴びた。
しかし、鶴屋さんの作った鍋をミサトが超絶賛すると、アスカとシンジとリツコには嫌な予感が脳裏をよぎった。
食い意地の張ったハルヒが鍋を食べた後トイレに駆け込み、ユキが『暗黒料理』と評価した事で一気にみんなが引いてしまった。

「じゃあ、このほっぺが落ちるほどおいしいお鍋は私達2人で食べちゃいましょう」
「さっすがミサト先生、味覚が冴えているにょろ」
「この魚介類に果物とチョコレートと言う取り合わせが何とも言えないわね! 魚の苦味とスイーティでとろけるように甘い感じがビールに合うわよ!」

笑顔で大声でそう言うミサトの言葉を聞いて、アスカ達は思わず口を押さえる。

「想像するだけで気持ち悪くなるわ……」

アスカ達はシンジとヒカリとハルヒが作った鍋を囲んで食べていた。
石狩鍋やきりたんぽ鍋と言った郷土料理でミサトを驚かせようと思ったハルヒ達だったが、ミサトは鶴屋さんのチョコレート鍋の方が気に入ってしまっているようだった。

「そういえば、そろそろSSS団の冬合宿の予定を決めないと行けないわね」

鍋をつつきながらハルヒがポツリと呟くと、アスカ達はギクリと体を震わせた。
夏合宿はアメリカ海兵隊の訓練を真似たキャンプだった。
冬合宿は雪中行軍でもさせられるんじゃないかとそんな嫌な予感がした。

「それでは、ドイツへ修学旅行と言うのはどうでしょう」

穏やかな笑顔を浮かべるイツキがアスカの方へ視線を送ってからハルヒにそう提案した。

「冬のドイツは観光シーズンから外れているので、父の運営するホテルも空き部屋が多いんです。それに、惣流さんのためにも」

ハルヒに反論するすきも与えずに畳みかけるように話し、逃げ道を塞ぐイツキの話術はなかなかのものだった。

「そうね……じゃあまた古泉君の提案に甘えちゃおうかしら、アスカの事もあるし」

アスカの誕生日会の費用を負担してもらった古泉家には頼らないでおこうと強く思っていたハルヒだったが、イツキの提案を受け入れた。

「これだけの人数が行くんだからやっぱり引率の保護者が必要よね」

そう言ったハルヒと目があったミサトは、首を軽く振って拒否する。

「ごめんね、冬休みは仕事がいろいろあって忙しいのよ。その代わり、リツコが一緒に行ってくれるから」
「ミサト!?」

突然話を振られたリツコは驚いてミサトを見つめた。
そんなリツコに近寄ってミサトはそっと耳打ちをする。

「いいじゃないの、アスカも新しいお母さんと仲良くやるって言うんだし、リツコもシンジ君やレイと少しでも距離を縮めなさいよ。将を射いんと欲すればまず馬を射よって言うじゃない」
「私は別に、婚約してくれた司令を信じていないわけじゃ……」
「それに、どうせ涼宮博士の所に行って『ハウニブ』の研究の進行具合を確認しに行くつもりだったんでしょう?」

リツコはミサトにそう言われて、渋々頷いた。

「分かったわ、じゃあ涼宮さんよろしくね」
「よろしく、リツコ!」

リツコはハルヒに向かってぎこちなく手を伸ばして握手を交わした。

「こらこら、赤木先生だろう」
「いいのよ、私は先生では無いから」

キョンがハルヒの言葉をいさめると、リツコはそう言ってキョンをなだめた。

「あたしの事、ハルヒって呼んでも構わないから!」
「ええ、そうねハルヒちゃん」

リツコは少し疲れた表情をしてハルヒにそう答えた。

「ところで綾波さんは、なんで葛城先生の家で一緒に暮らさないんですか? こんなに仲が良さそうなのに」
「……私、静かな方が好きだから。アスカと碇君とミサトさんは夜まで騒がしいもの」

ミクルに聞かれたレイはそう答えた。

「言ったわね、レイ!」
「本当の事だから、仕方無いよ」

アスカとシンジがそう言うと、軽く笑いが起こった。
リツコもどちらかと言うと静かな時間を持ちたいタイプの人間だった。
どちらかと言うと人見知りする性格で慣れない人間と長時間一緒に居るのもあまり好きでは無い。
ミサトにハルヒ達SSS団の引率を頼まれて少し気分は憂鬱になった。

 

<ドイツ ミュンヘン国際空港>

冬のドイツは雪が多く、日照時間も短くて、美術館などの観光スポットも営業時間が縮小されたりして一般的に観光シーズンでは無いとされる。
しかし、その日のミュンヘン国際空港の混雑ぶりは半端なものではなく、リツコをとてもウンザリさせた。

「これだから、民間機に乗るのは嫌だったのよ……」

リツコはゲンドウにハルヒの警護のため等の理由をつけて、偽装したネルフ専用機で専用の空港に向かう事を進言したのだが、却下されてしまった。
ハルヒには普通の高校生らしい生活を送って欲しいと言うアスカ達の意見もあったからだ。
ヒカリ・トウジ・ケンスケの3人も誘われたのだが、SSS団の団員で無いと言う事で辞退している。
すでに9人もの高校生を引率する事になっているリツコを気遣ったのかもしれない。

「うわあ、綺麗です〜!」

ミュンヘン空港のターミナルから降り立ったミクルが歓声を上げた。
ハルヒ達の目の前に広がるのは、クリスマスの飾り付けがされた、様々な色の明かりが灯る広場だった。

「あ、真ん中にはスケートリンクもあるわよ!」
「おい、待てハルヒ!」

駆け出して広場の中央に作られた特設スケートリンクに近づこうとするハルヒをキョン達が慌てて追いかける。
飛行機の中で疲れ果てていたリツコもいきなり走らされるはめになってしまった。

「あはは、ハルにゃんはめがっさ元気だねっ!」

ハルヒに負けないぐらいはしゃいでいる鶴屋さんがそう言った。
鶴屋さんの家は古泉家に匹敵するほどのお金持ちで、冬には毎年家族でスイスでスキーを楽しむほどだった。
今回はハルヒ達について行く方が面白そうだと言う事で、同行している。
日本語は変だけど、ドイツ語は上手い。

「ハルヒちゃん、残念だけどクリスマス市やスケートリンクで遊んでいる暇は無いわ。夜になる前にローザさんの家へ到着しなければいけないもの」

リツコが腕時計に目をやりながらそう言うと、ハルヒは少しむくれた顔で反論する。

「まだ時間に余裕があるじゃない、ちょっとだけならいいでしょう、リツコ?」
「ダメよ、雪で電車が遅れてしまう可能性があるんだから」

しかし、リツコは頑としてゆずらなかった。
冬のドイツ市街の積雪量は半端では無く、予定時刻より何時間も遅れるのは確実だった。

「リツコってミサトに比べて真面目で融通がきかないんだから」
「いい加減にしろ、ハルヒ」

キョンになだめられたハルヒはそれ以上粘る事は無く、リツコの命令に従った。
SSS団一行はまず電車でイツキが用意した滞在場所のホテルへと行き、そこからアスカの母親の家へと向かう事になっていた。
ミュンヘン国際空港の外に出て最寄りの駅に移動するハルヒ達。
気温が氷点下になるほど寒さの厳しい地域だと言う事で、みんな厚手のコートや毛皮の帽子などの冬の装いをバッチリ固めているのだが、多少個人差があった。

「ミクルちゃん、まるで着ぐるみでも着ているような服装ね」
「私は寒いのが苦手なんです〜」

ミクルは服の中の至る所に使い捨てカイロをしのばせて、ぶくぶくした体型になっている。
靴下は5枚重ね着するほどの徹底ぶりだ。
下半身もモコモコした服装になっているため、足元がおぼつかない。
数歩歩くたびに派手にすっ転んでいたので、イツキがずっと肩を貸して支えてあげる事になった。
そんなミクルとは正反対の、比較的軽装な日本の秋の装いと言った感じで居るのがユキ。
長袖のシャツの上に、薄手のコートを羽織っただけ。
寒さに強い地元のドイツ人でもそんな服装は珍しく、ミクルとは別の意味で注目を集めていた。
側を通りかかる人達が日本語以外の言葉で何やら話している。

「ユキはなんでそんなに薄着で平気なの?」
「私には体温調整機能が備わっているから……」
「ユ、ユキは普段から乾布摩擦をしたりして体を鍛えているのよ!」
「ふーん?」

ユキが人工生命体だと言う事をハルヒに知られるわけにいかないアスカの必死のごまかしが通じたのか、ハルヒはとりあえず納得したようだった。

「ATフィールドを張る事が出来れば、寒さなんて平気なんだけどね」
「私達も普通の人間としての生活に慣れないといけないわ」

カヲルとレイは寒さをしのぐために体を密着させていた。
本人達は意識してないのだが、熱いカップルに見える。
リツコと鶴屋さんとイツキの3人は高級ブランドのコートや帽子に身を包んでいる。

「ハルヒ、そんなに強く腕を引っ張るなよ!」
「うるさい、あんたがノロノロしていると、みんなが迷惑するんだから!」
「シンジ、勘違いしないでよ! アンタが言葉が通じない異国の地で迷子になったら命取りになるんだから、手を引いているだけなんだからね!」
「うん、ありがとうアスカ」

キョンとハルヒ、アスカとシンジはお互いが離れないように固く手を握り合っていた。
分厚い手袋をしていたものの、照れ臭いようだった。
ミュンヘン国際空港はミュンヘンの市街から数キロ離れた郊外にある。
ハルヒ達は電車に乗りミュンヘン市街に入り、市街の中心地から少し離れた閑静な場所にある古泉コンツェルン経営のホテルへと到着した。

 

<ドイツ ミュンヘン市 フリーゲントホテル>

ホテルに到着したハルヒ達は、荷物を部屋に置いて一休みする事にした。
部屋の割り当ては、ハルヒ・ミクル・ユキ、キョン・イツキ・カヲル、シンジ・レイ・リツコとなった。
鶴屋さんは自分の実家である鶴屋家が経営する近くの別のホテルの部屋に家族と泊まる予定。
アスカは実家であるヨーゼフ・ラングレーとローザ・ラングレー夫妻の家に泊まる予定だったので部屋はとっていなかった。

「せっかく3人を同じ部屋にしてあげたんだから、これを機会にアンタ達も家族として向き合いなさいよ」

シンジ達の部屋について来たアスカは、部屋に入るなり3人に向かってそう宣言した。

「アスカ、気持ちはわかるけど、こう言うのは他の人に強制されてするものじゃないわ」
「うん、僕達は自分のペースでやって行くからさ」

いつもより強い口調で押し付けるアスカに対して、リツコとシンジはそう反論した。
2人ともアスカのお節介焼きな所は美点だとも思っていたが、今回はちょっと度が過ぎると思ったのだ。

「私達の家族の事に口を出さないで」
「……!」

レイの言葉を聞いてアスカは完全に頭に来てしまったようだった。

「邪魔して悪うござんしたね!」
「アスカっ!」

シンジが止める間もなくアスカは乱暴にドアを閉めて部屋を出て行ってしまった。

「アスカを怒らせてしまったようね」
「いえ、アスカがあんな言い方をした時は多分心の中では泣いているんだと思います」

リツコはシンジがそう断言するのを聞いて、感心したようにため息をもらした。

「さすが一緒に暮らしている家族ね。ミサトもそれぐらいアスカの事が分かるのかしら」
「家族には血の繋がりや戸籍は関係無いのね」

レイも続いてポツリともらした。

「アスカにとって家族はどんなものなんでしょう?」

シンジは深刻な顔で突然不安を口にした。

「シンジ……はアスカがこのままドイツに居る両親の元に残ってしまわないか、気になっているのね?」
「はい……リツ……母さん」
「私には断言できないけど……アスカがご両親と打ち解けても、きっと日本での生活を大切に思っているはずよ」
「そう?」

固い表情でうつむいていたシンジが顔をあげた。
そんなシンジにリツコは優しく語りかける。

「あなた達ぐらいの年齢だと、友達といる方が楽しいと言うか……親にべったりと言うわけでも無いのではないかしら?」
「私は、お母さんがずっと側に居なくても、守って居てくれると思うだけで心強い……上手く言えないけど」

そう言ってレイはリツコと視線を重ねた。

「そうだよね……」

シンジはそう呟いて明るい笑顔になった。

「でも、問題はアスカのご両親の気持ちね……一緒に暮らしたいと強く言われたら、アスカは断りきれないかもしれないし……ってごめんなさい!」

また落ち込んでしまったシンジを見て、リツコは余計な事を言ってしまったと謝るのだった。

「いえ、いいんです。そう言うこともあり得るんだなって心の準備が出来ましたから」
「こ、心の準備って……」
「碇君、いえ、お兄さん。葛城さんとアスカとの絆も強いのだから、焦らないで」
「うん……」

レイに励まされても、シンジの顔色はさえなかった。
リツコとレイは互いに顔を見合わせると、ため息をついた。

 

<ドイツ ミュンヘン市 ラングレー診療所>

ミュンヘン市の外れに位置する小さな診療所とそこに併設された住居がラングレー夫妻の家だった。
以前は2人ともネルフ関連の病院で働いていたのだが、退職して自分達の診療所を開設した。
アスカの父親でネルフ関連の病院の医師だったヨーゼフは、キョウコがエヴァの実験事故で入院した直後、同じ病院で精神科医だったローザと再婚した。
母親のキョウコが生きている間に再婚するなんてひどい裏切りだと、アスカは父親を憎んでいた時期もあった。
母親のローザには包み込むような優しさがあるとアスカも思っていた。
しかし、キョウコが生きているのだからローザを母親と認めるわけにはいかないと言う気持ちが強かった。
キョウコが死んでしまってから、アスカはローザをママと呼ぶようになったが、まだアスカは自分の母親はキョウコ1人だと思ってしまい、距離を置いて壁を作ってしまっていた。

「ちょうどいい時間だったみたいね」

そう言ったリツコに連れられてハルヒ達が診療所に到着した時は、診療時間が終了してしばらく経った頃合いだった。

「き、緊張するわね……」

電話では話しているが、何年も顔を合わせていない。
アスカの体は小刻みに震えていた。
そしてアスカはなかなか呼び鈴を押す事が出来ない。
そんなアスカを押し退けて、ハルヒがドアを勢い良くノックする。

「ちょ、ちょっとハルヒ!」

ドアが開け放たれ、医者の白衣を着たローザが顔を出す。
そして、玄関の前に立ちつくすアスカ達を見ると穏やかな笑顔になる。
アスカはまだローザに近づくのに戸惑っている。
ハルヒがドイツ語でまくし立てると、ローザは声をあげて笑い、アスカは顔を真っ赤にしてローザに走り寄った。

「ハルヒのやつ、一体何を話したんだ?」
「さあ?」

キョンとシンジは不思議そうに首をひねった。

「ハルヒちゃんは、親子の緊張をほぐしてあげたのよ」
「涼宮さんって凄いんですねぇ」
「ハルにゃんは、毎年海外旅行に行っている私より場慣れした感じにょろ」

リツコの言葉を聞いて、ミクルと鶴屋さんは感心した様子だった。

「カヲル君は、アスカ達が何を言っているのか分かるの?」

レイにそう質問されたカヲルは黙って首を横に振る。

「僕はドイツ支部で覚醒させられてからすぐに日本語を教え込まれたからね。ドイツ語はさっぱりだよ」
「そう、じゃあドイツでの思い出はほとんどないのね」
「僕にとってはシンジ君に出会った日からが全ての始まりさ」

アスカとローザがすっかり打ち解けた様子に安心したシンジ達はゆっくりと2人に近づいて行った。

「アスカ、シンジをそう言う風にローザさんに紹介しちゃっていいの?」
「て、適当なドイツ語の単語がそれしか思いつかなかったからよ!」

ハルヒはニヤニヤと笑いを浮かべてアスカを見つめた。
ローザも微笑みを浮かべながらシンジに視線を向ける。
しかし、シンジはローザに笑顔を返す事ができなかった。
シンジにしてみればアスカを自分の側から奪い取ってしまうかもしれない存在だと言う事で警戒心が先に出てしまった。

「シンジ、なんでそんな怖い顔でママをにらみつけるのよ!」
「あ、いや……そんなつもりじゃ……ごめんなさい」

シンジは慌てて頭を下げて謝ると、ローザは笑顔で首を横に振った。
しばらく話しているうちに辺りが暗くなって来たので、ハルヒ達はホテルへと戻る事にした。
別れ際、家族と水入らずで過ごす事になるアスカはとても嬉しそうだった。
ハルヒ達はそんなアスカを喜んで祝福したのだが、シンジだけはやっぱり素直に喜べなかった。

 

<ドイツ ミュンヘン市 フリーゲントホテル>

ホテルに戻ったハルヒ達は、ハルヒの父親である涼宮博士を呼んで夕食をともにする予定になっていた。
ハルヒをドイツのネルフ支部に直接連れて行くわけにはいかないと言うための措置だった。
ネルフの名前自体はハルヒにも知られてしまっているので、仕事上でのリツコとの知り合いと言う事で適当にごまかしている。
しかし、約束の時間の10分前になってもホテルに涼宮博士は姿を現さない。
ホテルのレストランで予約席について待っていたハルヒ達もだんだんと落ち着かなくなって来た。

「これは親父にたっぷりと罰金を払わせるしかないわね」
「涼宮さん、このホテルのオーナーは父ですから、そんなお気遣いは……」

イツキが穏やかな笑みを浮かべてそう言うと、ハルヒは首を強く横に振って否定した。

「ダメよ、甘やかしちゃ! その一歩が堕落の元よ!」
「まあハルヒ、まだ時間前だし、数分の遅刻ぐらいなら構わないだろう」
「社会人なんだから、約束の時間を守るぐらい当然のルールよ!」

キョンがなだめても一向にハルヒの怒りは鎮まる事が無く、いつもより輪が掛かっているような気がした。

「もしかしてハルヒ、親父さんと会えるのがそんなに待ち遠しいのか」

キョンの一言でハルヒにSSS団員達のニヤニヤとした視線が集中した。

「そ、そんなこと無いわよ……あんなさえない親父なんか、何年かに一回顔を見てやれば十分何だからね!」

リツコは時間に遅れそうになっても連絡をしてこない涼宮博士をおかしく思い、電話を掛けたが全く繋がらない。
事の重大性を悟ったリツコは慌ててネルフドイツ支部に連絡を入れようとする。

「ねえリツコ、親父に何かあったの?」

ハルヒに突然質問をされて思わず固まってしまうリツコ。

「きっと、雪のせいで道路が混んでいたり、電車が遅れていたりするんじゃないかな?」

シンジにそう助け船を出されて、リツコは立ち直るタイミングが取れた。

「ちょっと職場の方に連絡を取ってみるわね」

リツコはそう言って再び電話を掛けた。
今度は相手が出たようで、リツコも返事をして相手の話を聞いている。
電話を終えたリツコは一呼吸置いてからハルヒに話しかける。

「ハルヒちゃん、お父さんの職場でね、機密データの盗難事件が起こったのよ。それで関係者が容疑者として疑われてしまっているから、来れなくなってしまったらしいわ」
「まったく、グズなんだからそんな事件に巻き込まれるのよ!」

ハルヒは言葉では父親をバカにしたが、心配している様子だった。

「きっと捜査が進めば、ハルヒちゃんのお父さんの容疑も晴れるわよ」

リツコはそう言ってハルヒを慰める事しかできなかった。
その後、ハルヒの父親抜きでレストランでの食事が行われたが、ハルヒは目に見えて元気が無かった。
この場にアスカが居てくれれば雰囲気が明るくなったのかもしれないが、それは無い物ねだり。
食事の後も盛り上がる事は無く、SSS団の一行は部屋に戻った。
日本からの長旅で疲れていたと言う事もあったのかもしれない。

「リツコさん、一体何があったんですか?」
「涼宮博士の研究室から『ハウニブ』の設計図のデータが盗まれたのよ。水平上昇・高速飛行が可能なスペックが狙われたのね。ネルフとしては涼宮博士も容疑者に含めているらしいわ」

部屋に戻って尋ねたシンジに、リツコは深刻な顔をして答えた。

「涼宮博士とは連絡を取ることも、会う事もできないの?」

レイの質問にリツコはゆっくりとうなずく。

「私が興味本位で涼宮博士に『ハウニブ』の開発を命じたせいでこんな事件が起きてしまった……」

そう言って頭を抱えて落ち込んでしまったリツコをシンジが優しく抱き締める。

「そんなリツ……母さんのせいじゃないよ」
「お母さんは悪くない」
「……ありがとう」

レイもそう言ってリツコを慰めると、リツコは指で目じりにたまった涙をふきながらお礼を言った。
翌朝になっても涼宮博士の容疑は晴れる事が無く、シンジ達はハルヒの気持ちが落ち込んでしまわないように励ますためにいろいろとイベントを企画する。
そして、シンジはアスカがドイツに残ると言い出さないか不安なドイツの日々を送る事になる。
ハルヒ達は冬休みを年明けまでドイツで過ごす予定になっていた……。


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