第十八使徒・涼宮ハルヒの憂鬱、惣流アスカの溜息
一年生
第二十四話 朝倉リョウコ・リターンズ! 〜中国支部の陰謀〜


<第ニ新東京市立北高校 部活棟 SSS団(元文芸部)部室>

本来、休日で誰も居るはずの無い学校のSSS団の部室に、ハルヒをはじめとするSSS団のメンバーは集まっていた。
団長席に座るハルヒの腕章はいつもの”団長”ではなく”超先生”に変わっている。
そして、ハルヒの手にはペンが握られていた。

「休日も部屋に籠って原稿を書くとは、まるで本物みたいだな」
「外は雨なんだし、ちょうど良いじゃない」

ため息交じりのキョンの皮肉に、ハルヒは平然とそう答えた。
今日は文化の日、キョンはのんびりと休日を過ごしたいと思っていたのだが、こうしてアシスタントとして雑用に明け暮れている。

「小説の予定がマンガになっちゃったけど、レイはそれでいいの?」
「うん、構わないわ」

アスカの質問にレイはそう答えた。

「アスカもしつこいわね、ユキもそう言っているじゃないの」
「長門さんも楽しそうに絵を描いているから問題無いでしょう」

ハルヒの言葉にイツキも同調した。

「先月の末から書き始めて、一週間。完成にはまだ遠くてウンザリしてきたわ」
「没になってコマ割り(ネーム)を何回も書き直したからね」

アスカは室内に閉じこもっての作業に少しイライラしている様子。
シンジも少し疲れた表情を見せていた。
なぜハルヒが原作者になってSSS団でマンガを描くことになったかと言うと、それは先月文芸部が正式に休部になり、部室の入口の表札にもSSS団と書かれるようになったからだ。
寂しそうに表札を眺めるレイとユキに、ハルヒが気付いてその原因を尋ねた。
レイは生徒会長に文芸部は本を読むだけで何も活動をして居なかったと言われて傷ついたらしい。
ハルヒは生徒会室に乗り込んで生徒会長に散々文句を言った後、SSS団で本を出版する事を宣言した。

「でも、小説よりマンガの方が幅広い層の読者に読んでもらえると思わない?」
「お前は字が読めない年齢層までターゲットにするつもりなのか?」
「あたしはマンガが書きたいの!」

サッカーの件でハルヒは多少は他人の意見を聞くようになったと思ったが、やっぱり自分のやりたい事は反対意見を押しのけて通すのは相変わらずだ。
マンガを描くと言ってもハルヒ達は全くの素人。
基本的な事はマンガを描いた経験のある、マヤが教える事になった。
マヤが少女マンガを描いていたと聞いたアスカとシンジは、予想通りだと納得し、ハルヒは物足りなさを感じたと言う。

「マヤさんってかわいい感じだけど、実は裏でハードなマンガを書いていたりするとか無いの?」
「そ、そんな事してません」
「ハルヒ、悪気は無いのはわかるけどな、伊吹さんを困らせちゃいけないぞ」
「……ごめんなさい、マヤさん、あたしの冗談が過ぎたわね」

ハルヒに迫られて、泣きそうになったマヤにハルヒは謝って、SSS団はマヤのアドバイスの下、マンガを描くことになった。

「それで、涼宮さんはどんなマンガを書くつもりなんだい?」

カヲルに質問されて、ハルヒは椅子の上に立って堂々と答える。

「SSS団の活動内容を世間に知らしめるためのマンガよ!」

ハルヒが目指すマンガはSSS団の活動目的である、宇宙人、未来人、異世界人などを探して楽しく遊ぶ事を説明する事を目的とした。
そして、読む側も楽しめるようなフィクションを加えてエンターテイメント性を高めると言うものだった。

「涼宮さんはネームにこだわりがある様ですからね」
「だからって、8割完成したものを書き直されちゃ振り回されるこっちはたまったもんじゃないわよ」

アスカは苛立った様子で涼しい顔をしたイツキにそう答えた。

「登場するキャラクターが僕達にそっくりなのが恥ずかしいから、今からでも変えて欲しいな」
「名前もアスカとかシンジとか、そのままじゃないの!」
「キャラクターを考え易かったからよ!」

ハルヒはシンジとアスカの抗議にそう反論した。

「それにレイも反対して居ないし、別にいいじゃない」
「……賛成もしてない気もするが」

キョンにそう言われたハルヒはレイに詰め寄った。

「レイ、構わないわよね?」
「私は海底人でも構わないわ」
「シンジの地底人はともかく、アタシは月を追放された宇宙人って何よ!」
「月を追放された宇宙人役は最初はミサトのイメージがピッタリだったんだけどね、ミサトは部員じゃ無くて顧問の先生だし、アスカに変えたの」

アスカやレイと話してばかり居るハルヒをキョンが注意する。

「このままのペースじゃ一ヶ月経っても完成しないぞ、もうちょっとネームに集中してくれ」
「うるさいわね、じゃあ黙ってなさいよ!」

ハルヒの方も少し焦りを感じているようだった。
シンジ達も黙ってアシスタントの仕事に集中する。

「ご、ごめんなさい長門さん、ホワイト掛け間違ってしまいました」
「……大丈夫、この程度ならすぐに修復可能」

ミクルは自分の作業に手いっぱいでハルヒ達の会話に参加する余裕は無かった。
ハルヒは適当に人物像と吹き出しのセリフとコマ割りを考えるだけで、実際の原稿への下書きはユキが行っていた。
渡されたハルヒからのネームを元に、ユキが鉛筆で線画を描き、レイがペンで仕上げる。
ユキは最近は美術書を読み漁っているせいか、人物像のデッサンなど完璧でとても上手かった。
それゆえに、マンガのモデルとなったシンジ達に絵が似ている感じになってしまっている。

「それにしても、このマンガはハルヒの願望そのものなのか? いや、マンガだからこんなストーリーにしているんだろうな」

すっかり静かになった部室で、キョンは完成したページのチェックを始めた。
ハルヒのマンガの中ではユキが人工生命体(アンドロイド)、ミクルが未来人、イツキが超能力者、カヲルが古代人とイメージされている。

「俺は異世界人か……何も能力の無い、ただ並行世界からやって来ただけの普通の人間……」

キョンはハルヒにそう見られてると思うと、ホッと安心すると同時に物足りなさも感じていた。

「俺も、スーパーマンとかにしてくれないものかね」

そうぼやいてため息をつくキョンだった……。

 

<第ニ新東京市立北高校 通学路>

SSS団の一日の活動を終えて、シンジ達と別れて2人で家への帰り道を歩くハルヒとキョン。
その日はハルヒの母親が仕事で遅くまで帰って来ないと言う事で、キョンはキョンの妹とハルヒの家で夕食を食べる約束をしている。
2人はまずキョンの家に行ってキョンの妹を迎えに行って、その後3人でハルヒの家へ向かう事になっている。
しかし、キョンの自宅近くに差し掛かると突然黒いワゴン車がやって来て、2人の前に止まった。
そしてガードマンのような制服を着た男達が中から降りて来たと思うと、驚いているキョンの脇腹に向かってキックを食らわせた。

「がはっ!」

あまりの痛さにうめいて地面に倒れ込むキョン。
ハルヒの悲鳴のようなものが聞こえて、男達の話す声が聞こえたが、日本語では無い外国の言葉のようでキョンには意味が分からなかった。
そして急いで車が走り去って行く音が聞こえる。

「くっ……ハルヒ」

キョンが痛さをこらえて立ち上がろうとすると、誰かが急いで駆けつけてくる足音が聞こえる。

「しまった、出し抜かれたか! ……おい、大丈夫か?」
「……あなたは?」

手を借りて立ち上がったキョンは目の前に居る人物に問いかける。

「俺はネルフの加持リョウジってもんだ……ミサトのやつとたまに居る事もあるんだが……俺の顔はまだ覚えていないか」

リョウジに言われて、キョンは以前ネルフで見かけた顔である様な気がした。
ネルフでミサトと話している時のおどけているリョウジと今の真剣な表情を浮かべているリョウジとのギャップはかなりあったが、キョンはネルフの関係者だと納得した。

「加持さん、ハルヒが……!」
「ああ、分かっている。誘拐犯は俺達が捕まえる、そして彼女も無事に救い出すから……」
「お願いします」

キョンはハルヒを守れなかった無力感に打ちひしがれながらもリョウジに頭を下げて自分の家へと向かった。

「妹のやつには、ハルヒに急用が出来たから約束がダメになったって言わないとな……」

キョンは自分の妹の前で強がって嘘をつかなければならなくなり、まだひどく落ち込む事は許されなかった。

「葛城、俺だ。ああ、完全に俺が油断してたよ。すぐに追跡部隊を手配してくれ」

リョウジは携帯電話でミサトに連絡を入れると、近くに止めてあった自分の車へと乗り込んだ。

「中国支部は朝倉リョウコの件以降、日本の本部に大人しく従っていると思ったんだがな」

早期の連絡が功を奏したのか、逃げたネルフ中国支部の車両はすぐに居場所を補足された。
リョウジが犯人車両を追いつめた現場に向かうと、猛スピードでやって来た赤いフェラーリが目の前で止まり、ミサトが降りて来た。

「あれ、青いルノーはどうしたんだ?」
「ちょっち、前にブレーキが効かなくなる事があってね。気味が悪いから変えたの。……それよりも」

ミサトはネルフの車両に行く手を阻まれて停車した黒いワゴン車の方をにらみつけると、ゆっくりとリョウジと2人で歩み寄った。

「早くハルヒちゃんを助けてあげないとね……!」

黒いワゴン車の後部ドアが開き、姿を現したのはネルフ諜報部の制服を着た朝倉リョウコだった。
その両手にはアーミーナイフが握られている。

「あら、朝倉さんじゃないの。久しぶりね」

ミサトは担任として元生徒に接する様な態度でリョウコに話しかけた。

「ふふ、そんな事を言ってもあなたから発せされる殺気はごまかせませんよ、ミサト先生」

リョウコは『先生』の部分を強調するように皮肉っぽく言い、馬鹿にしたような笑みを浮かべる。

「そうやって長話をして、長門さんや綾波さんが来るまでの時間稼ぎをするつもり?」
「2人を呼ぶつもりもないし、その必要もないわ。今度こそ自分の手で生徒を救いだす!」

ミサトはそう言って戦う体勢に身構える。

「私達に手を出したら、涼宮さんの身に危険が及ぶかもしれないわよ?」

リョウコがそう言うと、ミサトは鼻で笑って言い返す。

「はったりは止めなさい、ハルヒちゃんを傷つけたら、あなた達が困るって事は分かっているわよ」
「ちっ!」

リョウコは舌打ちすると、両手に持ったアーミーナイフを構えてミサトに向かって斬りかかって来た!

「はっ!」

ミサトは向かってきたリョウコの攻撃を横に飛びのいて交わす。
突進したリョウコの足元に勢い良く空き缶が転がって来た。
空き缶を踏みつけてしまったリョウコはバランスを崩して転倒する!
倒れたリョウコの背中にミサトが覆いかぶさり、リョウコの体を完全に抑えつけ、戦いの決着はついた。

「幼少の頃から訓練を受けていた私の攻撃をこうも簡単に交わされた上に取り押さえられるなんて!」
「ひゅーっ、相変わらず見事なお手並みだな、葛城」
「空き缶を転がしたのはあんたでしょう? サンキュ」

リョウジは拍手をした後、ミサトの体の下で暴れるリョウコからナイフを奪い取った。
そして両手を持っていたハンカチで縛り上げる。

「あーあ、油断しちゃたわ」

リョウコは大声でそうぼやくと、体の力を抜いて抵抗を止めた。

「朝倉さん、大人しく降参しなさい」

ミサトがリョウコの体から起き上がって、そう囁きかけると、リョウコは首を横に振った。

「ふん、私が葛城さん達を甘く見ていたせいで運良く私を倒せたぐらいで良い気にならない事ね」
「君は素直に自分の負けを認めないのか?」

そう問い掛けたリョウジをリョウコは鼻で笑った。

「私は卑怯な手を使われて倒されたの」
「おいおい、スパイが相手をだますのは当たり前の事じゃないか」

おどけた口調でリョウジがたしなめても、リョウコはリョウジをにらみ続けた。
ミサトは腕組みをしながらそんなリョウコの姿をじっと黙って見つめていたが、やがて口を開く。

「じゃあ、油断しなかったら私に負けなかったのね?」
「そうよ、少なくともこんなに簡単に捕らえられたりしないわ」

リョウコがミサトをにらみつけながらそう答えると、ミサトはリョウコに近づき、リョウコの手を縛ったハンカチを解いた。

「じゃあ、また改めて勝負し直しましょう」
「私はあなたの命を狙っていたのよ、どうしてそんな事が言えるの?」

ミサトの言葉を聞いたリョウコは目を丸くして驚きの声をあげた。

「うーん、何だかんだ言っても、朝倉さんは私の教え子だし」
「そう言えば、私が感動して改心すると思ったら、甘すぎだわ」

リョウコは明るく答えるミサトをバカにして笑った。

「しかし、君は中国支部に戻っても無事に済まされるとは思わない。失敗を重ねた君をそのままにしては置かないだろう」
「中国支部は手間を掛けて育てた私達をそう簡単に処罰するはず無いわ、また次の機会を与えてくれるはず」

リョウジの言葉に落ち着いた表情でリョウコはそう答えた。

「そう、じゃあ私の部隊以外の本部の人間が駆けつける前に早く逃げなさい。でも、行きと同じ手段で帰るのは無理そうね」

リョウコの仲間の中国支部の諜報部員の男性二人と黒い車の運転手はすでにミサトの部下のネルフの隊員に逮捕されていた。
舌打ちをしたリョウコは住宅街の細い路地へと走って行って姿を消した。

 

<第三新東京市 ネルフ本部 303号病室>

ミサト達によりネルフ中国支部の魔の手から救出されたハルヒだったが、深い眠りに落とされていた。
捕らえた中国支部の諜報員達によると、特別な睡眠薬のようなものを飲ませたらしい。
そして眠った状態のハルヒは偶然にも303号病室へと運び込まれた。
ハルヒの事を聞いたシンジ達は直ちにネルフ本部へと駆けつけた。
しかし、そこでネルフ本部に警報が鳴り響く。
閉鎖空間が拡大し、使徒と似た姿をした巨人、『神人』達も発生して暴れているらしい。
神人と戦える力を持ったレイとカヲル、イツキは発令所のミサトの指揮の下、神人戦に出撃することになった。
そして未来から来たユキとミクルはリツコ達と話し合うために会議室に向かう。
303号病室に残りハルヒの側で見守るのはキョン、アスカ、シンジの3人だった。

「何でハルヒは起きないんだ……」

キョンは安らかに眠っているように見えるハルヒの様子を見てため息をついた。
いろいろな方法を試したが、ハルヒは目を開ける事は無かった。
ハルヒは時折り楽しそうに笑っているように見える。
シンジとアスカも心配そうにハルヒを見守っていた。
すると突然、ハルヒの全身から白い霧のようなものが吹き出し、シンジ達3人を覆った!
霧が晴れた時、シンジ達はハルヒと同じように眠り込んでいた。
異変に気がついた巡回の看護婦が慌てて人を呼ぶ。

「いったい何が起こったと言うの!?」

リツコ達が監視カメラの映像を巻き戻して見ると、白い霧に覆われるシンジ達の姿がはっきりと映っていた。

「303号病室を閉鎖して、早く!」

ハルヒとキョン、アスカとシンジは303号室でベッドに寝かされ、隔離される事になった。

「きっとあれは第15使徒アラエルの細胞」

ユキがそう言うと、会議室に居たリツコとマヤは驚いて息を飲んだ。

「ちょっと待って、使徒の細胞はコアが壊れたら崩壊するはずでしょう?」
「中には突然変異で進化を遂げる細胞も存在する。第11使徒イロウルもその一例」
「ロシア支部が細胞を手に入れてしまったんです。その事は日本のネルフ本部に隠されていました」
「でも、本部でも使徒の細胞は何一つ手に入れる事は出来なかったのに、どうしてロシア支部は入手できたのかしら? しかも衛星軌道上から動かなかった使徒の細胞を」
「それは……禁則事項なので言えません」

ミクルが禁則事項と言って情報の提供を打ち切ると、リツコは残念そうに溜息をついてそれ以上の追及は諦めた。

「ロシア支部に問い詰めても、もう無駄でしょうね」
「はい、証拠はもう処分されていると思います」

リツコがそう呟くと、ミクルはそう言った。

「あの白い粉を使って何かをするつもりでハルヒちゃんを誘拐したんでしょうか」
「きっと効力を試すのと、夢を利用して彼女の力を確かめる気だったんでしょうね」

マヤの言葉をリツコは肯定した。

「でも、このままハルヒちゃんが夢を見続けたら……」
「彼女の夢の世界の方が真実になって、この世界は夢のような存在になってしまう可能性があるわね」

リツコがそう言うと、会議室に居た他のメンバー達からも悲鳴に似た声があがる。

「この使徒の細胞は人の精神に寄生して特定の夢を見せ続ける事で栄養分を得て増殖する」
「よって、夢を見やすい子供のような人間や、深いトラウマを持った人間などが餌食になりやすい」
「……4人を助ける方法は?」

無いと言われたらそれは絶望的な事だった。
リツコ達は息を飲んでユキの言葉を待つ。

「使徒アラエルの持っていた音波の波形パターンを照射すれば、症状は和らぎ、目が覚める確率は高くなる」
「そして、後は夢にとり込まれた方の人が相手を起こせばいいんです」
「どういう事?」
「涼宮さんはキョンくんを、碇君は惣流さんを自分の夢の中に引きずり込んでいるんです」
「……要するに私達は、2人を信じてその手助けをする事しかできないと言う事なのね」

リツコは気を取り直して、音波の波形パターンの発生装置の開発をマヤ達と協力して始めるのだった。


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