第十八使徒・涼宮ハルヒの憂鬱、惣流アスカの溜息
一年生
第二十三話 団長失格? 〜涼宮ハルヒの敗北〜
※この話はフィクションです、実際のサッカーとは違い男女混合サッカーができると言う、物語の面白さを上げるために意図したご都合主義になっています。
<第ニ新東京市立北高校 1年5組>
「みんな、おはようーっ」
担任教師であるミサトの元気な声と共にいつものように一年五組のホームルームが始まるはずなのだが、今日は生徒達からの返事は少ない。
どうやら生徒の半数が机に顔を突っ伏したままの体勢で居るようだった。
「みんな、サッカーのワールドカップのせいで寝不足のようね……」
教壇から教室の中を見回して苦笑しながらミサトはそう言ってため息をついた。
毎日ミサトに元気にあいさつしてくる男子達も半数ほどが眠っていた。
「ミサト先生も昨日の試合、見たんですか?」
男子生徒の一人に質問されたミサトは、笑顔になって興奮気味に答える。
「もちろん、見たわよ! 初戦でカメルーンに勝っちゃった日本の試合だもの、オランダ相手にどれだけ戦えるか期待しちゃったわ!」
拳を握りしめながら話すミサトに、教室の生徒達からも歓声が上がった。
「アスカとミサトさんは大きな声で応援してるから、僕は寝れなかったよ」
シンジが欠伸を噛み殺しながらそうぼやいた。
「ご飯の支度するの大変だったんだよ……朝になってもアスカはなかなか起きてくれないし」
「悪かったわよ、その代わり今夜は出前にしてくれるってミサトも言ってたじゃないの」
そんなワールドカップで盛り上がっているクラスメート達から距離を置いて眺めているのはハルヒだった。
ハルヒは机に突っ伏して寝ているキョンを不機嫌そうな顔で見ていたが、耐えきれなくなったのかシャープペンでその背中を突きだした。
いつもはその程度ですぐに起きて振りかえるキョンだったが、今日は疲れているのかさっぱり反応が無い。
終いにはハルヒは怒りだしてキョンの制服の首を思いっきりつかんで自分の机に叩きつけた!
「痛ってえ、なにしやがる!」
「キョンが無視するからいけないんじゃないの!」
怒った様子のハルヒにキョンも悪いと思ったのか、ため息をついて謝った。
「すまん、俺も寝不足でな」
「キョンはサッカーにそんなに興味があるとは思えないけど? 小諸キャッスルズを応援しているのは妹ちゃんでしょ?」
「まあ、俺も何となくサッカーの日本代表を応援したいって雰囲気になってな」
「何よそれ、キョンには主体性ってものはないの?」
「別にいいじゃないか、日本代表が勝てばいい気分になれるんだから」
「そりゃあ、あたしだって悪いとは言わないけどさ……」
ハルヒは物足りなさそうに口をとがらせた。
「そんなわけだから、俺は授業が始まるまで寝かせてもらうぞ」
キョンはそう言ってまた机に突っ伏した。
「授業が始まったら起きなさいよ、ただでさえキョンの成績はやばいんだからさ、谷口と争っている場合じゃないわよ」
返事をしないキョンにハルヒはあきれた感じにため息をついた。
その日の一時間目の授業は偶然にもミサトの英語だった。
相変わらず眠りこけている生徒達を見てミサトは考え込む仕草をして、何かを思いついたかのような顔になった。
「じゃあ、今日の授業はワールドカップの話題にしましょう!」
ミサトがそう言うと、教室の生徒達から歓声のようなものがあがり、眠っていた生徒達も興味をひかれたのかムクリと顔を上げた。
ノートパソコンを取り出したミサトは、パソコンを操作し、日本とオランダのサッカーの試合を伝えたwebサイトに接続し、黒板に板書した。
「この英文を日本語に訳してくれるかしら、国木田君」
「はい」
その後ミサトは、上手くワールドカップでの試合の話を織り交ぜながら、英語の授業をした。
授業が始まる前はぐっすり寝込んでいた生徒達も、すっかりと目を覚ましたようだ。
「ミサトの教師もかなり上手くなって来たんじゃない?」
「うん、ミサトさんもネルフの発令所に居る時より楽しそうだね」
そんなミサトの様子を見て、アスカとシンジはささやき合った。
「あーあ、中学の時もミサトが担任だったら面白い思い出が作れたかもしれないのに」
「……高校生活はまだ長いから、これからたくさん楽しい事があるわ」
「そうだね、綾波」
「そうでなくちゃ困るわよ」
レイの言葉にシンジとアスカは頷いた。
ミサトの授業で目が覚めた1年5組の生徒達は寝不足を感じさせない元気な態度で次の授業も受ける事が出来て、教師達を驚かせた。
<第ニ新東京市立北高校 グラウンド>
昼休みになると、途端に学校中が元気を取り戻したかのように騒がしくなり、学校のグラウンドではサッカー部以外の生徒達もサッカーを楽しんでいた。
中には制服の下に日本代表のユニフォームを着ている生徒達も居た。
「うっかり顔に日本国旗のペイントをしたまま登校して、風紀委員に生徒会室に連行された生徒も居るそうね。鏡を見ないのかしら?」
ハルヒはあきれたようにそう言ってグラウンドの生徒達を眺めている。
「やけに冷めているな、ハルヒの事だから真っ先に率先して盛り上げると思ったんだが」
「だってさ、SSS団が盛り上げなくても勝手に盛り上がってるじゃない」
「なるほど、先を越されたからむくれているのか」
キョンはハルヒの言葉に納得したのか、ちょっとあきれた感じでため息をついた。
「今まで七夕とか、伝統行事を大切にしてきた涼宮さんですから、戸惑っているのでしょう」
イツキがいつの間にかキョン達の側に来てそうつぶやいた。
呼ばれたわけでは無いのに自然とハルヒの元にSSS団のメンバーが集まっている。
「放課後もハルヒのワガママに振り回されるって言うのに、物好きな事で」
「良く分からないけど、涼宮さんの近くに居ると楽しい気分になるんだよ。これは好意に値するね」
キョンのぼやきにカヲルがそう答えた。
「トウジもサッカーが出来て、本当に嬉しそうだね」
「そうね、もう参号機の事件を気に病む必要が無くなって本当にホッとしているわ……」
シンジとアスカは穏やかな顔でグラウンドを駆け回るトウジを見守っていた。
「みんな青い服を着ているけど、どうして?」
「あれが我ら日本代表のユニフォーム、サムライブルーさ!」
ケンスケはレイの質問に無駄に高いテンションで答えた。
「朝比奈さんはサッカーの試合は見ないんですか?」
キョンが何気なく側にいたミクルに質問すると、ミクルは暗い顔で答えた。
「あの……私達は未来から来たから、これからの試合結果を全部知っているんです」
「言ってはいけない、それは禁則事項」
「それはつまらないですね」
キョンはミクルとユキに同情してそう答えた。
「だから私達未来人はくじとか買ってはいけない決まりになっているんですよ」
「株の取引も禁止されている」
「もろにインサイダー取引ですからね」
グラウンドではトウジたちが練習試合のようなものを行っていたが、悪い事にハルヒが次第に監督のようにプレイ内容にケチをつけ始めた。
「こらー、そこはシュートじゃなくてヘディングでしょう? もっと相手のゴールに近づいてパスを受け取りなさいよ、バカじゃないの?」
最初は無視していたトウジ達だったが、ハルヒの声は大きくてよく通る声だ。
ガヤガヤと騒がしい中でも目立って聞こえる。
「オフサイドも知らんで、口出しすんなやボケ!」
ついにトウジが怒ってハルヒに言い返してしまった。
「何よオフサイドって?」
「オフサイドとはサッカー特有のルールで、相手の陣地に居る場合に置いて、相手チームのキーパーを除く選手より後ろの位置でパスを受けたり、プレイに干渉する行為を言う」
「説明ありがとうよ、長門。ハルヒ、お前は前に学校の全部の部活に入ったんだろう? 教えてもらわなかったのかよ」
「北高には女子フットサル部しかなかったのよ。男子サッカー部はどうせ人数が増えてコートが広くなっただけなんだろうって思ったからパスしたの」
さらりと軽く言い放ったハルヒに、トウジ達は少し怒った表情になる。
「サッカーを甘く見んなや! 広いピッチを90分戦い抜く、ぎょうさんスタミナの要る競技やで」
「あたしだって体力には自信があるわよ」
そう言うとハルヒはグラウンドの真ん中で仁王立ちをした。
「ミクルちゃん、そこに落ちているサッカーボールをこちらに投げなさい!」
「は、はい……」
ミクルの投げたサッカーボールは転々と低いバウンドを繰り返しながらハルヒの足元に転がった。
「じゃあ、あたしにもサッカーができるってところ見せてあげるわよ」
「……よっしゃ、来い!」
ハルヒにそう言われたトウジもやる気満々だった。
グラウンドで思い思いにサッカーをしていた生徒達も場所を空けて勝負を見守っている。
しばらくにらみ合いが続いた後、ハルヒは左右に揺さぶりをかけて突破を図ろうとする。
しかし、トウジの方も固く守ってハルヒの行き先を阻んだ。
「どうや、ワイのディフェンスは!」
「それなら、これならどう?」
ハルヒはそう言うと、トウジの開いた足の間からゴールに向かってボールを転がした。
「何やと?」
トウジは驚いて後ろを振り返り、ボールがゴールネットを揺らすのをぼう然と見ていた。
対決を見守っていた生徒達からも歓声が上がる。
「ふふん、全然たいしたことないじゃないの」
「トウジは足が治ったばかりで、サッカーの感覚をまだ取り戻していないのよ!」
「……ちょっと、何でそこで洞木さんが出てくるわけ?」
あきれた様子でそう言うハルヒに、ヒカリは顔を真っ赤にしてうつむいた。
「かばってくれんでええわ、ワイの負けには変わりないんやから」
「トウジ……」
「やっぱり、サッカーなんて簡単じゃない」
ハルヒはうなだれて座り込んだトウジからゆっくりと離れてキョン達のところへ戻って来た。
「ねえ、野球も飽きたからさ、サッカーなんてどうかしら?」
「やれやれ、またハルヒの無茶が始まったか……」
上機嫌でそう言ったハルヒを、SSS団のメンバーは苦笑を浮かべて顔で見つめていた。
<第ニ新東京市立北高校 グラウンド>
数日後、第ニ新東京市立北高校男子サッカー部がSSS団の挑戦を受ける事になった。
「鈴原、あんたはSSS団チームの一員なんだから、同じ部員が相手だとは言え手加減無しよ!」
「わかっとるわ!」
SSS団のメンバー全員が参加しても11人に届かなかったため、トウジ達にもメンバーに加わってもらっていた。
男子サッカー部の部員達は、ハルヒを指差してざわついている。
「あの涼宮を相手にどこまで戦えるか……」
「鈴原との勝負に勝ったしな……」
ハルヒはうろたえているサッカー部員達を見て余裕の笑みを浮かべる。
「ポジションとか作戦とかどうするんだ?」
「ゴールキーパー以外は全員フォワードよ! あんなに大きなゴールなんだから、ボールを入れるのは簡単でしょう?」
「ピッチの広さも距離も相当なものなんだが……」
「それなら近くまでドリブルして入れればいいのよ!」
作戦内容を聞いたSSS団のメンバー達は開いた口が塞がらないと言った感じだった。
ジャンケンではハルヒが勝利したのだが、早くボールを蹴りたいと言う事でキックオフはハルヒが行う事になってしまった。
「じゃあ行くわよ!」
ハルヒが思いっきり蹴り飛ばしたボールは、一直線に相手のゴールに向かって転がって行き、ぼう然とするキーパーの脇を通り抜けてゴールの中に入った!
「やったあ、先制点!」
「涼宮さん凄いですー!」
「さすがだねえ」
しかし、喜んでいるのはハルヒとミクルとカヲルだけで、男子サッカー部員達を含め、居合わせた他のメンバー達はため息をついた。
「ハルヒ、サッカーはフットサルと違ってな、キックオフでボールを直接入れるのは反則なんだぞ」
「何よそれ? じゃあさっきのはノーゴールだって言うの?」
ハルヒの反則により、相手チームからのボールで試合は再開する。
サッカーは素人のシンジとミクルとカヲルとレイは、あっさりと男子サッカー部のエースストライカーに抜かされてしまう。
「こらー、あたしが着くまで持ちこたえなさい!」
ハルヒはピッチの反対側から思いっきり駆けてくるが間に合わず、シュートを許してしまう。
そして、全く動かないキーパーのユキからあっさりとゴールを奪う。
「ユキ、ボーっとしてないでボールを止めなさい!」
「……分かった、次からはそうする」
ユキのゴールキックになり、ハルヒは相手のゴール近くに向かって猛ダッシュする。
「ユキー、あたしに向かってパスしなさい!」
「了解、目標座標確認、ターゲットロック」
ユキが蹴ったボールは美しい曲線を描いて正確にハルヒの居る場所に飛んで行き、ハルヒの頭を直撃した。
ハルヒは衝撃を受けながらも、頭の角度を微妙にずらしてヘディングシュートを決めた。
「ユキ、もうちょっと手加減しなさいよ、頭がぶっ飛ぶかと思ったわ!」
「……わかった」
ハルヒのシュートは得点として認められ、試合は振り出しに戻った。
「よーし、これからどんどん点を取るわよ、全員突撃!」
しかし、ハルヒの勢いはそれまでだった。
男子サッカー部員達はハルヒを徹底的にマークする作戦に出た。
ハルヒにパスを集中するという作戦はあっさり読まれてしまい、パスカットされる。
ボールを持ったハルヒがドリブルで相手を抜こうとするが邪魔されて上手く行かず、ボールを取られてしまう。
おまけに何回もハルヒはオフサイドを取られてしまっていた。
守る方も散々だった。
ハルヒはSSS団のチーム全員に前に出る事を強制したため、いったん抜かれると、後ろから相手を追いかけるしかなかった。
キーパーのユキは一回はボールを止めるものの、こぼれ球をゴールに入れられてしまう。
「ハルヒ、これ以上の試合は無理だ、ギブアップしよう」
「どうしてよ、まだ後半が残っているじゃない!」
「前半だけで6点も取られているんだぞ、どうやって逆転するつもりだ」
ハーフタイムになって、キョンはハルヒに試合放棄を進言した。
「おのれも、サッカーが厳しいもんやと分かったやろ?」
トウジはそう言って、男子サッカー部との練習に戻って行った。
こうして試合は自然解散となり、ハルヒは顔を伏せたまま黙り込んでアスカとミクルに両脇を支えられて部室へと戻った。
ハルヒは団長の席に座った後も、しばらくうつむいていた。
重苦しい沈黙が部室の中を満たしていた。
「……負けたままでは終われないわ……次こそは勝つ……」
「今のままじゃ、何回試合をしてもアタシ達の負けよ」
キッパリと言い切ったアスカをハルヒはにらみつけた。
「どうしてよ?」
「ハルヒ一人だけ前に出過ぎているからよ。誰もついて来れていない」
「そんなの、キョン達が足を引っ張っているからいけないんじゃない!」
ハルヒがそう叫ぶと、部室に凍りつく様な冷たい空気が流れた。
「そうか、お前はそんな事を言うのか……俺はもうついて行けんぞ」
キョンの一言を皮切りに、SSS団の団員達は部室から出て行く。
ハルヒは何も言う事が出来ずにぼうぜんと見送っていた。
そしてハルヒ一人だけが部室に残された。
<第ニ新東京市 アパート 葛城家>
「……ってわけで、学校を閉める時間になっても部室に居たハルヒちゃんを連れて来たってワケ」
「おじゃまします……」
ミサトに連れられて、ハルヒは気まずそうにアスカとシンジの前に姿を現した。
「やっぱり、二人とも怒ってるわよね……あんな事言っちゃったし……ごめん」
「あの時はショックだったけど……僕はもう涼宮さんの事怒ってないよ」
「こうして謝ってるんだし、許してあげる」
シンジとアスカにそう言われて、ハルヒは安心したように息をついた。
「ハルヒちゃん、一生懸命頑張るのもいいけど、相手に合わせるのも大切よ」
ミサトは笑顔でそう言うと、アスカとシンジの方に手を置いた。
「これから、アスカとシンジ君にユニゾンのお手本を見せてもらうから」
「ええっ?」
「あれをやるんですか?」
アスカとシンジはミサトに説得されて、ハルヒの前でユニゾンのダンスを披露する事になってしまった。
「ミュージック、スタート!」
ミサトの合図とともに音楽が流され、アスカとシンジは互いに視線を送りながら相手の動きに合わせて踊る。
しばらくぶりのダンスだったため振りつけを部分的に忘れてしまっていたところもあったが、アスカとシンジの息はぴったりと合っていた。
「うん、まだまだ覚えているようね」
「凄いわ、二人とも」
踊り終わった二人を見て、ハルヒは興奮気味に拍手をした。
「今度はSSS団でダンスをやりましょう! これは絶対にイケるわ!」
「ハルヒちゃん、そう言う事じゃなくて……今回は相手に合わせるって話でしょう」
「あっ……」
ミサトに言われて、ハルヒは慌てて口を押さえた。
「あたし、一人で暴走してSSS団のみんなをウンザリさせて……これじゃあ、団長失格よね」
ハルヒは再び暗い思考へと沈みそうになった。
しかし、そんなハルヒの手をアスカが優しく握る。
「勝手に一人で落ち込むのは良くない事よ。ハルヒには突っ走るだけじゃなくてアタシ達の事を頼って欲しいのよ」
「アスカ達を……頼る?」
「ハルヒは運動神経もいいし、きっと一対一の勝負なら負けないと思う。でも、強すぎるって言うのも考えものだわ。自分一人で何でもできるって思いこんじゃうし」
シンジとミサトとハルヒは黙ってアスカの話を聞いていた。
「今日負けたのは無駄じゃないわ。勝っていたら、ハルヒはアタシ達の事を振り向かずに進んでいたと思うし……置いていかれて寂しかったんだから……」
「キョンやSSS団のみんなもあたしの事怒っているかな、あたしがひどい事言っちゃって……何も言わずに部室を出て行っちゃったし……」
落ち込んでうなだれたハルヒの頭をアスカは優しく撫でた。
「明日みんなに謝ればいいのよ。謝るって事は悪い事じゃないんだから」
「みんな、許してくれるかしら……あたしって団長失格よね……」
「そこまで弱気なんて、ハルヒらしくないわね。謝ってから考えなさい、そんな事」
アスカに励まされたのか、ハルヒはホッとした表情で顔を上げた。
「ハルヒちゃんのお母さんは今日は仕事で泊まり込みなんでしょう? 今夜はウチに泊まって行きなさいな」
「え、でも……」
「一人っきりで家に居るのが寂しくて、部室に残ってたんでしょう? キョン君も怒らせちゃったし」
「へえ、そうだったんだ……」
ミサトがそう言うと、アスカはからかうようなにやけた表情でハルヒを見た。
「毎日ってわけじゃないのよ、お袋が居ない日だけなんだから! 後、二人っきりってわけじゃなくて妹ちゃんも来るし……」
あたふたするハルヒにミサトが手を叩いて制止する。
「それじゃあ、今夜の日本対オランダ戦の応援に向けて腹ごしらえをしましょう!」
「また明け方まで起きているんですか」
シンジはミサトの言葉にウンザリした感じでため息をついた。
「シンジも、もうあきらめて応援に参加しなさい!」
「そうよ、上手い人のプレイを見る事で参考になると思うし」
アスカとミサトにそう言われたシンジも起きて試合を応援する事になった。
こうして葛城家ではハルヒが加わったいつもより遅めの時間の夕食をし、宿題やお風呂にはいったりカードゲームをしながら時間を潰してサッカーの試合の放送を待った。
「さあ、試合が始まるわよ!」
ミサトとアスカとハルヒはテレビに釘付けになって試合を見ていた。
前半戦は30分を越える辺りまではオランダが常にボールを支配している状態だったが、日本の選手たちもがっちりと守って、チャンスを作らせなかった。
オランダは数本のシュートを打つが、全て失敗に終わる。
そして、前半の残りが少なくなった頃から、日本の反撃攻勢が始まった。
日本がボールを支配する事が多くなり、何本ものシュートがオランダのゴールをかすっていく。
「惜しい、もうちょっとで決まるところだったのに!」
前半戦は0対0のまま終わった。
「点は取れなかったけど、いい試合展開じゃない。オランダに大量得点を取られて負けるなんて予想されていたしさ」
「マスダ監督の守備を重視してチャンスを狙うって言う戦略が上手く行ってるんじゃない? これは希望が見えて来たわ」
「ふーん、なるほど」
アスカとミサトの話を聞いて、ハルヒは真剣な顔になって考え込んでいた。
「あーあ、オランダの選手に入れられちゃった……」
後半開始して数分後、オランダの選手の放ったロングシュートが日本のゴールネットを揺らした。
アスカが落胆した声を出し、ミサトもうなだれて腕を降ろした。
「こうなったら、日本に点が入るように思いっきり応援するわよアスカ!」
「そうね!」
ミサトとアスカが声を張り上げて日本コールをしている横で、ハルヒは黙って真剣に試合での選手の動きを目で追っているようにシンジには見えた。
試合は0対1で日本の敗北に終わった。
試合結果に落ち込んでいるアスカとミサト。
そんなミサトにハルヒは声を掛ける。
「ミサト、お願いなんだけど、あたし達のチームの監督になってくれない?」
「へ?」
「サッカーでは守備も大事だって事も分かったんだけど、あたしはどうしても攻める気持ちが強くなっちゃうから、冷静に試合を見れる監督が必要だと思うの」
ハルヒに頼まれたミサトは、SSS団のチームの監督を引き受ける事にした。
<第ニ新東京市立北高校 グラウンド>
翌日、学校に登校したハルヒはSSS団の団員の元に謝りに行った。
ハルヒが教室でキョンやトウジ達に頭を下げて謝っている姿は、生徒達の間で数ヵ月遅れの魔神のかく乱だとウワサされた。
そして再び男子サッカー部との再戦になった。
男子サッカー部はハルヒさえ封じればどうにでもなるとなめきった様子だったが、試合開始前のポジションから、様子がおかしい事に気がついた。
中心の司令塔の位置に居るMF(ミッドフィルダー)には、以前と違ってアスカが立っていて、ハルヒとキョンは少し後ろに下がった場所に立っていた。
一番前に居るのはトウジ、左右にレイとユキと言った位置づけになっている。
「みんな、行くわよ!」
明らかにキャプテンはハルヒでは無くアスカだと言うSSS団の様子に、男子サッカー部の部員達に戸惑いのようなものが感じられた。
試合が始まり、ハルヒにボールが渡ると、男子サッカー部員達は全力でハルヒのシュートコースを塞ぎにかかった。
しかし、予想を裏切りハルヒはキョンにパスを回し、キョンはマークを外されていたレイに素早くパスを回す。
不意をつかれた男子サッカー部員達はレイにあっさりとゴールを決められてしまった。
「さあ、ディフェンス!」
監督のミサトがそう声を掛けると、SSS団のメンバーはディフェンス重視のフォーメーションになる。
カウンター攻撃、これが体力の少ないメンバーの事を考えて立てたミサトの作戦だった。
その後も男子サッカー部員達はハルヒのマークに固執してトウジとアスカに1点ずつ入れられた。
「後半はこの点差を守り抜くわよ!」
アスカの号令にSSS団のメンバーは円陣を組んで頷いた。
後半になると、ハルヒ達はパス回しをして時間を稼ぐ事が多くなり、ほとんどシュートを撃たなくなった。
それでも男子サッカー部員達は、ハルヒにボールが渡るとシュートがいつか来るものと信じて疑わなかった。
以前の試合ではハットトリックを決めると張り切っていたからである。
そして時間はどんどん過ぎて行き……男子サッカー部は1点も入れる事が出来ないまま3対0でSSS団の勝利となった。
最後まで裏方に徹したハルヒを見て、男子サッカー部員は不思議そうに話していた。
「さあ、みんなでハルヒを胴上げよ!」
「え、どうして? シュートを入れたのはフォワードのあんた達3人じゃないの」
アスカの言葉に、ハルヒは驚いた顔になった。
「涼宮さんのパスがあったから、私はシュートを撃てたの」
「せやせや、ナイスアシストやったで」
「カウンター攻撃の起点になったのはハルヒの活躍あってこそよ!」
レイとトウジとアスカに称賛されて、ハルヒは照れ臭そうな顔になった。
そして、ハルヒはSSS団のメンバー達によって胴上げをされた。
「ハルヒのやつ、このままサッカー大会に出場するとか、ワールドカップに出るとか大きな事を言い出すんじゃないだろうな」
「そうなったら、面白いですね。父の会社に要請して、スポンサー要請で『小諸キャッスルズ』と対戦できるように手を回しましょうか」
「古泉、そんな事を言って本当に実現したらどうする」
そのキョンの心配は無駄に終わった。
ハルヒはサッカーの日本代表を応援する事に力を入れ始めた。
後でキョンがハルヒに理由を聞いたところによると、サッカーの試合は楽しかったが、やっぱり自分で直接シュートを撃てないのはもどかしいと言う事だった。
「まあ、ハルヒらしいと言えばそうだが……少し安心したよ」
「人の性格と言うものは急には変わらないものですからね。すぐにいつものように新たな活動を思いつくでしょう」
数日後の放課後の部室、ハルヒはまだ来ていない。
キョンのつぶやきにイツキがそう答えた。
「しかし、ハルヒが俺に頭を下げて謝るとは思わなかったよ」
「新学期の頃のハルヒには考えられなかったわよね」
「あいつも性格が少し丸くなったっていうのか……」
「きっと、みんなと一緒に過ごす事で変わったのよ」
キョンとアスカのやり取りを聞いて、レイがそうつぶやいた。
「ネルフは……いや、碇司令はそうなる事を望んでいるのかもしれないわ、人の持つ可能性を信じて」
「……使徒を倒す任務よりずっと楽しいよね」
カヲルの言葉に、シンジは穏やかにそう微笑んだ。
「そうね、ハルヒのおかげで楽しい学園生活が送れて感謝してるわ」