第十八使徒・涼宮ハルヒの憂鬱、惣流アスカの溜息
一年生
第二十二話 涼宮ハルヒの告白 〜ジョン・スミスに会いたくて〜


<部活棟 SSS団(元文芸部)部室>

ミサトに突然の補講を命じられて部室に遅れて到着したキョンは、ドアを開けた瞬間嫌な予感に駆られた。
団長席に座るハルヒを始め、メンバー達が何かを企んでいるような笑顔を浮かべてキョンを見ていたからだ。

「今月はあんたの誕生日だって聞いたわよ、だから今月はキョンの誕生日会をするからね!」
「げっ、なんでハルヒがそんな事を知っているんだ」
「あんたの妹ちゃんに聞いたのよ。だから誕生日祝いを兄妹一緒にしてあげようと思って」
「まったく余計な事しゃべりやがって」

キョンはウンザリとた顔でため息をついて自分の席に座った。

「僕も誕生日を祝ってもらったんだからさ、やっぱりお返しはしないといけないと思って」
「僕もそう思うよ」
「私もキョン君の誕生日をお祝いさせてください〜」

シンジとカヲルとミクルはSSS団によって誕生日会をされていた。
キョンはそれ以上反論する事も無く、黙っていた。

「妹ちゃんにはシャミセンをプレゼントする事になっているの」
「今はミサトの友達の獣医さんに感染症とかないか調べてもらっているのよ」

ハルヒとアスカはキョンに向かってそう告げた。
ハルヒの願いによってしゃべるネコとなったシャミセンはリツコがとても興味を持ったらしく、ネルフで研究がおこなわれている。
リツコはシャミセンを手元に置いておきたかったが、シャミセンもネルフ本部よりもキョンの家で飼われた方が普通のネコとしての生活が出来るとマヤに説得された。

「で、キョンの欲しいものは何なの?」
「うーん、新しいゲームハードかな? 新作ゲームが出たらしいし」

キョンがそう言うと、ハルヒは笑顔がかき消えて不機嫌そうな顔になる。

「何よそれ? 小さい子供じゃないんだからもっとスケールのでかい事を言いなさい」
「じゃあ庭付き一戸建て」
「キョンの家がそうじゃないの」
「家は親のもんだろ」

苛立ったのか、ハルヒはキョンの胸ぐらをつかみ上げる。

「もっとマシな事を言いなさい」
「わかった、言うから放してくれ!」

ハルヒの腕から解放されたキョンは呼吸を落ち着けると、キョンは真面目な顔でハルヒを見つめて言った。

「ハルヒ、お前が欲しい」
「…………」

部屋の空気が凍りついてしまったような沈黙。

「……あんたの冗談のセンスの無さには脱帽するわ!」

ハルヒはそう言ってキョンの頭をつかんで握りつぶした。

「いい? くだらない冗談を言ったあんたは罰ゲームだからね!」

怒った顔のハルヒにキョンは慌てて謝ったが、罰ゲームの決定は覆らなかった。

「ふふん、覚悟しておきなさい。さあて、準備があるから今日はこれで解散ね」

ハルヒはそう言って笑顔で部室を出て行った。
部室には疲れ果てた表情を浮かべるキョンが残され、SSS団のメンバーは同情の視線をキョンに向けた。

「何であんな涼宮さんを怒らせるような冗談を言ったの?」
「もう、シンジったら鈍いわね」
「君は涼宮さんに恋をしてしまったのかい?」
「でも、キョン君は相手にされてませんでしたよね、かわいそうです〜」
「だから、あれはハルヒの言うように冗談だって」

必死になって否定するキョンに、イツキがアルカニックスマイルを浮かべながら話しかける。

「これなら涼宮さんの事をあなたにお任せしても安心ですね」
「古泉、お前まで冗談を言うな」

こうして、SSS団の次なる活動はキョンの誕生日会と決まり、キョンはその日を緊張しながら待ち受けるはずだったのだが……。

 

<第三新東京市 ネルフ本部 リツコの研究室>

「ごめんなさいね、検査ばかりで疲れたでしょう?」

そう言ってリツコは部屋の片隅に座っている三毛猫――シャミセンの前にミルクの入った皿を置く。
シャミセンはミルクを舌を使って少し飲んでから、澄み切ったバリトンのような声で答えた。

「君が謝る事は無い。ワガハイは野良猫から飼い猫になるのだから感染症対策は当然の事だ」
「こうしてせっかく会えたのに、すぐに別れる事になるのね」
「それは仕方が無い。ワガハイは地上で暮らす平凡なネコとしての生活を選択したのだから」

リツコはシャミセンの答えを聞いて寂しそうにため息をついた。

「……君は恋の悲しさばかり経験してきたから、幸せをつかめるかどうか不安なんだね?」
「ええ、司令は忙しいから、このまますれ違いが続いたら離れて行ってしまう気がして……ってごめんなさい、こんな事を話して」
「構わないさ、誰かに話す事で軽くなる悩みもある。……そうだな、今は涼宮嬢の事があって、ネルフも忙しい状況だろうが、落ち着けばきっと向き合える時間が来る」
「そうかしら?」
「今までもずっと彼から離れなかったのだろう? それなら大丈夫だよ」
「ありがとう」

シャミセンとリツコがそんな話をしていると、突然ネルフに警報が鳴り響いた。

「マヤ、何があったの?」
「大変です先輩、閉鎖空間が発生しました! 発令所まで来てください!」

リツコはシャミセンと一緒に発令所へと駆けて行った。
発令所ではゲンドウが指示を下し、慌ただしい状態になっている。

「閉鎖空間の規模を報告しろ」
「はい。つい先ほど発生した閉鎖空間は街一つ分の大きさまで急激に膨れ上がり、その後は数キロの範囲で膨らんだり、縮んだりを繰り返しています」

マコトの報告を聞いて冬月は眉をひそめる。

「マズイな、神人が発生しそうな大きさだ」
「ああ」
「神人の発生を確認!」

シゲルの報告と同時に正面大型ディスプレイに神人が出現し、閉鎖空間の街並みを壊している姿が映し出される。
そして、ゲンドウから大至急の呼び出しを受けたミサトが発令所に到着した。

「司令、閉鎖空間が発生したと言うのは本当ですか?」
「ああ、葛城君。君に聞きたい事がある。五月に閉鎖空間が発生したのは確か、花見が原因だったな。今回の件で思い当る事は無いか?」
「いいえ、私には見当が付きません……最近の涼宮ハルヒは人格的にも成長がみられ、精神も安定しているように思えるので……」

ミサトの答えを聞いた冬月は厳しい表情になった。
ゲンドウも表情は変化しないが、黙りこんでしまった。

「それでは、このまま神人は暴れ続けると言うのだな」

そう呟いた冬月の言葉にリツコが答えるように話す。

「司令、並行世界に存在する閉鎖空間とは言え、このまま神人の破壊活動を続けさせていてはこちらの世界にどんな悪影響が及ぶか分かりません、ご決断を」

リツコにそう言われたゲンドウはしばらく黙りこんでいたが、決意したように落ち着いた声で命令を発する。

「……招集命令を発動する」
「了解しました」

ゲンドウの命令を受けたリツコは連絡を入れるようにマヤに頼んだ。
そしてリツコ自身は辛そうな顔で電話を取り出す。

「……レイ、シンジ君やアスカに本当の目的を知られないように適当に言い訳をしてネルフ本部へ来て。ついに神人との戦闘命令が碇司令から発動されたの」

リツコの言葉に何も知らないミサトは驚いて目を丸くした。
さらにミサトの耳にマヤがイツキを呼び出す電話をしているのが耳に入った。

「レイや古泉君を呼び出すなんてどういうこと?」
「……あの二人は閉鎖空間に入って神人と直接戦う事が出来るのよ」
「まさか、二人を戦わせる気!?」
「……ええ」

辛そうにうなずいたリツコの胸ぐらをミサトが思いっきりひっつかんだ。

「あの子たちを神人と戦わせるなんて何を考えているのよ? エヴァにでも乗せる気!? 私に隠して秘密裏にエヴァを建造していたのね!」
「違うのよ、落ち着いてミサト」

ミサトは頭に血が上ったかのように怒った顔をしてリツコをにらみ続けた。

「まあ、彼女の言う通り落ち着きたまえ」
「誰!? ……ってシャミセン君か」

足元に居たシャミセンにやっと気がついた様子のミサト。
ミサトはシンジ達に頼まれてシャミセンをリツコに預けた本人だ、シャミセンの事は知っていた。
シャミセンに驚いたミサトは怒りがだいぶ落ち着いたのを感じた。

「……で、話してくれるわね」
「実は古泉君は、表向きは超能力者と説明しているけど、本当は使徒の魂が憑依してしまった存在なの」

リツコの言葉にミサトは息を飲んだ。

「そして古泉君達のような存在は、閉鎖空間の中でだけATフィールドを具現化できるのよ」
「どうしてそんなことに……」

ミサトはそうとしか言えなかった。

「多分、使徒の肉体はエヴァによって殲滅されても、魂の抜け殻のようなものは残ってしまったのね」
「それが……普通の人間にくっ付いてしまったって事?」
「ええ……でも性格の変化など見られなかったから、きっと能力だけ受け継がれたと推測されるわ」
「でも、レイがこちらの世界でもATフィールドを使えるのは何故? レイの肉体は完全に人間になったんでしょう?」
「それは……彼女の魂が第二使徒リリスそのものだからよ。そして、彼もね……」
「オリジナルの存在だから強い力を発揮できるってわけか……」

ミサトとリツコが話していると、呼び出されたレイとイツキ……そしてカヲルがやって来た。

「ごめんなさい、あなた達を巻き込んでしまって……」
「そんな、謝らないで……お……母さん」

たどたどしく母親と呼んでくれたレイをリツコはギュッと抱きしめる。

「レイには危険な目にあわせたくなかったのに……」

リツコはそう言ってしばらくレイを抱きしめたままになり、心を落ち着かせた。

「……渚君、あなたも来てくれたのね」

落ち着いたリツコはカヲルにそう声をかけた。

「僕はもう自分の力を隠す必要はないって思ったからですよ」
「レイの力になってくれる?」
「もちろんです」

そして、今まで黙っていたイツキがそっと話しだした。

「いやあ、綾波さんが超能力者とは聞いていましたが、渚君も超能力者だったとは知りませんでした」
「僕も君と同じようにネルフに呼ばれたのさ」

イツキとカヲルの会話を聞いたミサトがそっとリツコに耳打ちする。

「ねえ、もしかして古泉君達には本当の事話して居ないの?」
「ええ、彼らには超能力が突然芽生えたって事にしているわ……ショックが大きすぎるもの」

レイとカヲルとイツキの三人がそろったのを見て、ゲンドウが次の命令を下す。

「それでは葛城君には三人の戦闘指揮をとってもらう。赤木君はシンジ達と話し合って、涼宮君の大きなストレスの原因を探ってくれたまえ」
「「はい」」

ミサトとリツコが声をそろえて返事をした。
マヤは三人を現地に輸送するための輸送機の手配をするため、戦略自衛隊に連絡を入れる。
ネルフ本部の緊張が一気に高まって行った……。

 

<第三新東京市 ネルフ本部 会議室>

リツコからの緊急招集命令により、アスカとシンジとキョンとミクル、ユキはネルフの会議室に駆けつけた。

「綾波達はどうしたんですか?」
「……レイ達は別の任務についてもらっているの」

シンジの質問にリツコはそう答えた。
緊急事態だと聞いたシンジは、それ以上聞こうとしなかった。

「ねえリツコ、レイ達はあの神人とか言う巨人と戦っているんじゃないの?」

しかしアスカはリツコの嘘を見抜き、真相を上げてしまった。
図星を突かれて動揺してしまったリツコを見たシンジ達にも戸惑いが走る。

「じゃあ、綾波やカヲル君達は危険な目にあっているって言うんですか!」

興奮したシンジを落ち着かせるために、リツコは早口で説明を始める。

「今、私達にできる事は涼宮ハルヒのストレスの原因を突きとめて、それを解決する事。そうしないとレイ達がいくら神人を倒しても、閉鎖空間の発生は治まらないわ」

リツコの言葉を聞いて、シンジはゆっくりと椅子に腰を下ろす。

「ごめんなさいリツコさん、興奮してしまって……」
「いいえ、シンジ君が焦りを感じるのは私にもわかるわ」

シンジとリツコの二人が落ち着いたところで、ハルヒが大きなストレスを感じた時間の前後の出来事について話し合いが始められた。

「やっぱり、アンタの冗談がハルヒを怒らせたんじゃないの?」

そう言われてアスカに指差されたキョンは慌てて首を横に振った。

「待て惣流、ハルヒは帰り際は俺への罰ゲームを考えるとかで楽しそうに帰って行ったんだぞ? あの笑顔は本物だぞ」
「あのー、涼宮さんはキョン君が部室に来る前から様子がおかしかったような……」

ミクルが遠慮がちにそう言うと、キョンは堂々とした表情でアスカに言い返す。

「それなら、俺が原因だとは限らないじゃないか」
「だけど、アンタに原因が無いとはまだ言えないじゃない。アンタはハルヒの近くの席に居たんでしょう、何か心当たりは無いの?」
「そんなこと言われても……昼休みもいつもの調子だったし……」

キョンとアスカが話し会いながら思い悩んでいると、シンジがポツリとつぶやく。

「そういえば、キョン君がトイレに行っている間、キョン君の携帯電話に妹さんから電話がかかって来たんだ」

シンジにそう言われて、キョンは自分の携帯電話を確認した。
たしかにキョンの妹からの着信履歴が残っている。
しかし、不在表示は無かった。

「ん、もしかして、これは……」
「うん、涼宮さんが勝手に代わりに出たんだよ」

キョンのつぶやきにシンジが答える。

「それでハルヒは妹から俺の誕生日を聞いたのか」
「そしたら今度はミサトさんにキョン君を足止めするように頼んだりして……」
「何だと、じゃあ俺が部室に遅れて到着するように仕込まれたのか」

キョンはウンザリした様子でため息をついた。
そこにノートパソコンを使ってハルヒの性格分析をしていたリツコが顔を上げて発言する。

「今の話を聞いて原因が分かったわ」
「涼宮さんのプロファイリングが終わったんですか?」
「そんな大げさなものじゃないけど……ここを見て」

リツコが示したノートパソコンの画面にはハルヒの基本的なプロフィールが載っていて、リツコはその中でBirth Dayの項目を指差した。
そこには10.8と書かれている。

「ハルヒの誕生日って今月だったんだな……」
「多分、涼宮さんは自分の誕生日を言いだせなかったんだろうね」

シンジとキョンはそうつぶやいた。
すると、リツコが突然クスクスと笑いだす。

「自分の誕生日を言いだせないなんて、かわいいところがあるのね」
「じゃあ、アタシ達でハルヒの誕生日会を開けばいいの?」
「でも、それじゃあ涼宮さんの誕生日会を開くまで綾波達は神人とずっと戦い続ける事になるよ」
「そっか……」

アスカとシンジが考え込むのを見て、リツコは提案をする。

「とりあえず彼女に誕生日会を開く事を言ってあげたらどうかしら? そうすれば閉鎖空間の発生の規模も小さくなると思うわ」
「しかし、どうやってハルヒの誕生日を知った事にするんだ?」

困った顔でキョンがそうつぶやくと、キョンの席の前のテーブルに突然一冊の生徒手帳が出現した。

「生徒手帳を拾った事にすればいい」
「これはハルヒの生徒手帳……長門、お前の仕業か!」
「生徒手帳の存在する座標をずらした」

平然とそう言うユキにキョンをはじめとして誰も突っ込めなかった。
北高の生徒手帳は身分証明書と一体になっており、生年月日なども書かれている。

「で、俺がハルヒに生徒手帳を返したら、俺がハルヒの誕生日を言いふらした事になるぜ……ハルヒがさらに怒る事にならないか?」
「それは違う。涼宮ハルヒの誕生日を周囲に告げる容認事由はあなたにしか存在しない」
「ようするに誕生日をハルヒに言いふらされたアンタになら、同じ事をされても仕方が無いとハルヒは反省するって事よ」
「そんなものなのか」
「アタシやシンジが話した事にすると、代理復讐みたいになっちゃうしね」
「わかった」

アスカとユキに説得されて、キョンは納得してうなずいた。

「でも、ハルヒへの誕生日プレゼントはどうしたらいいんだ?」

キョンがそう言うと、会議室に居合わせたメンバーは考え込んでしまった。

「私は、涼宮さんにサマーセーターを編んであげたいと思います〜」
「僕は、美味しいお菓子でも作ってあげたいと思うんだけど」
「えっ? シンジってばお菓子を作れるの? ズルイ、アタシも食べた事無いのに!」
「ちょっと、論点がずれてますよ惣流さん。……でも、料理やセーターはハルヒが喜ぶとは思うが、満足するだろうか?」
「ええっ、どういうことですかあ? 涼宮さんはセーターを着ないんですか?」
「いえ、そう言う意味じゃないです」

キョンは泣きそうになったミクルを慌ててフォローした。

「ハルヒはプレゼントと聞くと……もっとワクワクするものを期待してしまうんじゃないかと思って……そのオカルトめいたものとかな」
「オカルトって……この前本物の幽霊に会ったよね?」
「止めてよシンジ、思い出させないで……」
「じゃあSF的な物の方がいいのか……」

再び考え込んでしまったキョン達。
会議室は静寂に包まれる。
それを破ったのはユキのつぶやく声だった。

「ハウニブ……」

そのユキのつぶやきを聞いたリツコの目が鋭く光った!

「ハウニブって何だ?」

キョンがユキにそう聞き返すがユキは返事をしなかった。
しかし、リツコは素早い動きで会議室のすみに置かれたホワイトボードを引っ張り出すと嬉しそうに解説を始めた。

「ハウニブとは、第二次世界大戦中にドイツ軍が秘密裏に開発していた、円盤型戦闘機よ」
「それって……UFOじゃないですか」

リツコがホワイトボードに描いたイラストは、アダムスキー型UFOにそっくりなものだった。

「残念ながら、当時のドイツ軍の技術力では造る事が出来ず、設計図だけが残されている……」
「まさか、リツコ……それを造るつもりなの?」

話しているうちにリツコの目がだんだん狂気を帯びて来たようにアスカ達には思えた。

「そうよ、ネルフの技術力を使えば不可能ではないわ!」

リツコはそう叫ぶと、会議室を出て行ってしまった。

「……やっぱりリツコはマッドな部分があるのね」

アスカはリツコの出て行ったドアの方を見つめてため息をついた。

「でも、涼宮さんの誕生日まで一週間ぐらいだし、いくらネルフでもUFOを造るのは無理じゃないのかな……」
「ハルヒに直接聞いた方が早いと思うわ」

明日学校でハルヒに話すと言う結論を出したシンジ達は話し合いを終えて、会議室を出て発令所に向かう事にした。

 

<第三新東京市 ネルフ本部 第一発令所>

第一発令所に足を踏み入れたシンジ達は、その慌ただしさに驚いた。
正面の大型ディスプレイには神人と赤と青と緑の光球が戦闘を繰り広げる姿が映し出されていて、ミサトが指揮をしている。
オペレータの三人も忙しい様子で、シンジ達はミサトに声をかけるのに戸惑っていた。
そんなシンジ達に司令席に座っていたゲンドウが声をかける。

「シンジ、赤木君が突然やって来て、ドイツ支部へ向けて出発してしまったぞ」
「いったい何が起こったのかね?」
「実は……」

冬月の質問にシンジが会議室で話した事をかいつまんで説明すると、冬月はあきれた様子でため息をついた。

「何と、そんな事があったのか……赤木君の暴走振りにも困ったものだ……」
「せっかく、アスカ君の進言で涼宮君を使徒と呼ばせないように働きかけたのだがな。早く解決しないと涼宮君の危険性がまた言われる事になる。それは阻止しなければならん」
「司令……」
「綾波達は、神人と戦っているの?」
「現在、3体居た神人も残り1体になっている。レイ達も明日は学校に登校できるだろう」
「良かった……」

シンジはホッと胸をなで下ろす。

「しかし、涼宮君のストレスの原因を取り払わなければ、また閉鎖空間は発生して神人が暴れる事になる。頼んだぞ、シンジ」

次の日の学校で、キョンはさっそくハルヒに誕生日会をSSS団で行う事を告げた。
そしてキョンがハルヒに誕生日プレゼントとして何が欲しいかとストレートに聞くと、ハルヒはキョンだけを部室の外へと追い出し、他のメンバー達と何やら密談を始めた。

「いったい何を話していたんだよ?」
「それは秘密です。誕生日会当日を楽しみにして居て下さい。……それと、閉鎖空間は小さい規模で発生しているようですが、以前よりかなり縮小されています。いい傾向ですよ」

キョンの質問をイツキはさらりと受け流してそう答えた。

 

<第二新東京市 キョンの家 キョンの部屋>

「キョン君、起きろー!」

妹に起こされたキョンはウンザリとした顔で起き上がる。

「せっかく今日はSSS団の活動の無い休日だって言うのに……仕方無い、ソファでごろ寝でもするか」

ゆっくりとした動作で顔を洗うキョンを、キョンの妹が急かす。

「キョン君、早く用意しないとハルヒお姉ちゃんが来ちゃうよー。今日は遊園地でデートなんだよね?」
「なんだと……?」

妹の言葉にキョンは思わず硬直してしまった。

「キョン君は同じ学校に通っている幼馴染のハルヒお姉ちゃんに放課後、体育館の裏に行くようにって校内放送をジャックして告白したんだよね」
「ツッコミどころが多すぎる!」
「小学校の頃は仲良しだったんだけど、中学になって疎遠になって、高校で再会してよりが戻ったんだよね」
「なんだその細かい恋愛シミュレーションゲームのような設定は……」

キョンが妹の言葉にいちいちツッコミを入れて話していると、キョンの家のインターホンが押される。

「あ、ハルヒお姉ちゃんだー」

キョンの妹がドアを開けると、デート用の服装をしたハルヒが姿を現した。
秋に合わせた、シックな落ち着いた感じ色合いのジャケットとのロングスカートと言った服装だった。
SSS団恒例のミステリー探索ツアーに行くような動きやすそうないつもの服装とは明らかに違っていた。

「キョン、まだご飯を食べていなかったの? 相変わらずねえ、さあ早く顔を洗って食べちゃいなさい」

ハルヒはそう言ってキョンの茶碗にご飯をよそった。
そして、キョンの湯呑にお茶まで注いでいる。
キョンはハルヒの家でハルヒの料理を妹と共に食べに行ったりする事はあるが、その時はキョンがハルヒに常に気を使うような感じだった。
いつもとは逆の行動に、キョンは驚いて洗面所へと向かった。

「これは夢だ、そうに違いない……思いっきり顔を洗えば目が覚めるはずだ!」

キョンが思いっきり顔を洗っても目が覚める事は無く、リビングに居るハルヒの姿は消える事は無かった。
穏やかなハルヒの笑顔に見つめられながら、キョンは朝食をとり、着替えるために自分の部屋へと向かう。

「まったく……ハルヒとデートなんて、一体どうなっているんだ?」

そう言いながらもキョンは、自分がハルヒの服装と釣り合うように真剣に自分の服を選んでいる事を自覚して苦笑した。
少し前に買った新品のジャケットとデニムを着ている自分を見て、もう一度苦笑をする。
キョンが服装を整えてリビングに戻ると、ハルヒはすでにブーツをはいて玄関で待っていた。
キョンはブーツをはいているハルヒに改めて驚いた。

「キョン、えりが曲っているわ」

ハルヒはそう言って、キョンのえりを直す。

「すまないな、ハルヒ」
「やっぱり幼馴染から恋人同士になって初めてのデートだから緊張した?」

玄関から外に出た直後、キョンはハルヒに声をかける。

「その服、とっても似合っているぞ」
「……ありがと」

顔を赤らめてそう答えるハルヒに、キョンはしばらく見とれてしまった。

「さ、早く行きましょう!」

キョンはハルヒに腕を組まれて引っ張られるように家を出た。
電車に乗って行きついた先は第三新東京市。

「ハルヒ、どこまで行こうって言うんだ?」
「だから遊園地に決まっているじゃない!」
「第三新東京市に、遊園地なんかあったか……?」

キョンは首をかしげながらも、ハルヒに先導されて電車を乗り継いで行く。
着いた先は真新しい遊園地で『ネルフランド』と書かれている。

「どういう事だ……ネルフが何か関わっているのか?」

キョンは立ち止まって考え込んだが、ハルヒに腕を引っ張られて入場ゲートに行く事になった。

「あっちに面白そうなアトラクションがあるわよ! ピラミッド屋敷だって!」
「相変わらず、ハルヒはこう言うのが好きなんだな……」
「お化けの代わりにミイラが出てきてあたし達を呪うのかしら、ワクワクするわね」

ハルヒとキョンは手を繋いでピラミッド型をした建物の中に入って行く。
そして、中でハルヒは大きな歓声を上げて、驚かせようと出て来たミイラやツタンカーメンのロボットを見ては楽しんでいた。

「次は、あの乗り物に乗りましょう!」

ハルヒが指差した先には、UFO型の乗り物アトラクションがあった。
『心臓の弱い方は乗らないで下さい』と書かれた看板を見たキョンは冷汗を流すが、ハルヒはグイグイと腕を引っ張り、引きずられて二人でUFO型の乗り物に乗る事になってしまった。

「うわああ……! 俺の三半規管が悲鳴を上げているぞ!」

めちゃくちゃな動きをする乗り物に、キョンはすぐに乗り物酔いをして気分が悪くなってしまった。

「これは、朝比奈さんとタイムスリップした時の立ちくらみよりひどいぞ……」

キョンはそうつぶやいた後、意識を失ってしまった。

「……ん?」
「目が覚めた?」

キョンが目を覚ますと、のぞき込むようなハルヒの顔があった。

「膝枕してくれたのか」
「キョン、もうちょっと三半規管を鍛えなさいよ。あの程度で気を失っちゃうなんて情けないわよ」
「お前が鍛えすぎなんじゃないか?」
「まあ、あたしなら何回転した後でも、真っすぐ歩ける自信はあるわね」
「もう昼か、時間の経つのは早いもんだな」
「朝出るのがキョンのせいで遅かったからね。……じゃ、遅刻の罰としてキョンのおごりね」
「はいはい分かりました」

いつもと違い柔らかなハルヒの物腰に、キョンも快く返事をしてしまった。
昼食を終えた後もハルヒとキョンは普通の恋人同士のように過ごした。
遊園地を出るまでハルヒとキョンはずっと腕を握っていた。

 

<第二新東京市 駅前公園>

遊園地からの帰り道、キョンはハルヒに大事な話があると言われて公園に立ち寄る事になった。
キョンはハルヒの大事な話と言う言葉にある種の期待を抱き、ハルヒが話すのを待っていた。
しかし、ハルヒの発言はキョンの期待とは違ったものだった。

「これで、キョンへの罰ゲームは終了ね!」
「罰ゲームだと?」

突然、笑顔でそう話すハルヒにキョンは驚いてそう言った。

「言ったでしょう? キョンには罰ゲームだって。あんたがあんまりにくだらない冗談を言うから、その通りにしたのよ」
「じゃあ、これはドッキリだって事か?」
「ふふん、最初は疑っていたようだけど、引っかかってしまうなんて甘いわね」
「他のSSS団のメンバーが姿を見せないのはそう言う事かよ」
「明日、キョンがどんな風にだまされたか話す事になってるの、あー面白かった!」

ハルヒはそう言って、しばらく爆笑した。
しかし、一転して突然真剣な顔になる。

「キョン、まさかとは思うけど……変な気を起しちゃダメよ。本当に罰ゲームなんだからね」
「……谷口はお前に5分で振られたらしいじゃないか」
「あたしね、中学生の頃に不思議な男に会ったのよ。そいつはジョン・スミスって名乗っていたわ」
「……ふーん、そんな男が居たのか」

キョンは他人事のように装ってあいづちを打った。

「ジョンはあたしのバカな考えをね、真剣に受け止めてくれて、協力までしてくれたのよ」
「へえ?」
「あたしはただ、織姫と彦星に願い事をしようと必死だった。でも、一人じゃとても無理だった。そこに手を差し伸べたのがジョンなのよ」
「そいつもハルヒと一緒にバカな事をやったのか」
「こんな不思議な人も世の中に居るんだって、あたしは胸が熱くなる想いだったわ。またいつか会いたいと思っていた……でも会えなかった」

憂鬱そうにそう言ったハルヒに、キョンは声をかけられなかった。

「それからジョンの事を考えると胸が苦しくなったり、痛くなったりした……だからそれは病気なんだわ」
「お前、そいつの事を……」
「だから、あたしは付き合ってくれって交際を申し込む相手にジョンみたいな人が居ないか探した……でもダメ、みんな普通の男よ」

そこまで話したハルヒはキョンを思いっきりにらみつけた。

「……なんで、キョンにこんな事まで話さなきゃいけないのよ! とにかく、今日の事は全部罰ゲームなんだから! いいわね!」

ハルヒはそう言って、駆けだしてキョンの側から離れて行った。
しばらく動けないでいたキョンもあわててハルヒを追いかけようとするが、そこに急に姿を現したアスカが立ちはだかった。

「惣流……」
「追いかけて、自分はジョン・スミスだって話すつもり? そうはさせないわよ」
「このままハルヒを放っておけと言うのかよ」
「アンタがジョン・スミスだってハルヒに話したら、ハルヒはタイムスリップと言うものが存在すると信じてしまう。そうすると、ハルヒが自分の望んだ事が実現できる能力に気がついてしまう可能性があるわ」

厳しい視線でアスカはキョンをにらみつける。

「アンタ、ハルヒの恋人になりたいんだったら、別にジョン・スミスだと言う必要は……」

アスカがそう言うと、キョンは激しく否定した。

「違う! 俺は正体を明かして、ジョン・スミスはつまらない普通の男だって言ってやりたいんだ。ハルヒはジョン・スミスに幻想を抱いている……」
「でも、アタシ達はハルヒに黙っている事しかできないのよ……それがハルヒを守るためでもあるんだから……」

キョンとアスカは、辛そうな顔でハルヒの去って行った方角を見つめた……。


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