第十八使徒・涼宮ハルヒの憂鬱、惣流アスカの溜息
一年生
第十七話 キャンプ・ファイアー
<長野県 オートキャンプ場>
「うーん、高原の風って気持ちいいわね!」
キャンピングカーから降り立ったハルヒはそう言って思いっきり伸びをした。
「そうね、こんな所でゆっくり過ごすのもいいかもね」
アスカが気持ち良さそうにそう言うと、ハルヒはあっさりとその言葉を否定した。
「あら、強化合宿なんだから、そうそうのんびりはさせないわよ」
「へ?」
「どうやら涼宮さんは何か考えがあってキャンプを提案したみたいだね」
カヲルはハルヒの言葉を面白がって聞いているようだ。
ユキとレイはいつものように本を読んでいる。
その後ろではシンジ達がイツキ達や運転手をしてくれた荒川達と話している。
「荒川さん、ありがとうございます」
「いえいえ、私は前はタクシー運転手でしたから、このぐらいたいした事ありませんよ」
「森さんもミサトさんの代わりに引き受けてくださって……」
「本当は、お父様も葛城さんもキャンプに来たかったとおっしゃっていましたよ」
ミサトはキャンプの指導員として同行する予定だったが、急に忙しくなってそれは叶わなかった。
荒川はバスの運転手、森がバスガイドの服装をしていた事についてシンジはツッコミを入れなかった。
「朝比奈さん、戻ったらハルヒにバスガイドのコスプレとか着させられそうですね」
「学校であの格好は恥ずかしいです」
キョンにそう言われたミクルは困った顔になった。
「本当は父の経営する海のリゾートホテルにご招待するはずだったのですが、すでに満員で」
「ハルヒは前々からキャンプに決めていたみたいだし、気にすること無いさ」
「そう言ってくれると助かります」
イツキの言葉にキョンはそう答えた。
「涼宮さん、今度はどんな事をするつもりなんだろう。はあ……」
キョンに言われても、ハルヒを信じきれないシンジは溜息をついた。
「僕は普通の夏休みを送りたいんだけどな……」
それはエヴァンゲリオンのパイロットとして、平穏な生活とは無縁だったシンジの切なる願いだった。
「何をガッカリしているのよ!」
そんなシンジにハルヒが励ますように声をかけた。
「もしかして、アスカの水着姿が見れなくて、ガックリ来ているの?」
「そ、そんなんじゃないよ!」
「もしかして、あたしやミクルちゃんやユキとかレイの見たかったの? 欲張りね」
「何ですって?」
シンジはアスカににらまれた。
「もしかして、ミサト目当てだった?」
「いいかげん、そこから離れてよ……」
ハルヒはポケットからメモを取り出して、これからの予定を確認しているようだ。
「それじゃ、SSS団のキャンプ合宿の始まりよ!」
<長野県 山中>
キャンプ場から人気の無い山奥に誘導させられたSSS団のメンバーは、ハルヒによって一列に整列させられていた。
「わかった? これからあたしが訓練教官だからね!」
ハルヒはそう言って直立不動で立っているSSS団のメンバー達を満足そうに見つめている。
「この訓練に耐え抜いてこそ、真のSSS団一員として認められるのよ!」
ハルヒは整列した団員達の前を移動しながらそう呼びかけた。
SSS団のメンバーは大声で返事をした。
「それまであんた達はダンゴムシよ! ツイッターのコメントより価値の無い虫けらよ!」
またSSS団のメンバーは大声で返事をした。
ハルヒはシンジの前で立ち止まる。
「まずは点呼の練習からね、名前を言いなさい!」
「碇シンジです!」
「声が小さい! ユキやレイの真似してるの? もっとお腹に力を入れて喋りなさい!」
「いじめだな」
キョンがそう呟くと、ハルヒは怒った顔でキョンの居る方まで近づいてきた。
「私語は厳禁って言ってるでしょう? あんた達にはイエスサー以外の発言は許されていないのよ!」
ハルヒはカヲルの前で立ち止まるとえり首をつかんだ。
「渚、あんたなの?」
「僕じゃないよ」
「嘘付きなさい、こっちの方から声が聞こえたのよ」
「俺だ、ハルヒ!」
キョンがそう言うと、ハルヒはゆっくりとキョンに近づいてにらみつけた。
「キョン、あんたなの。正直に名乗り出た事には感心するわ」
ハルヒはそう言うと、キョンには特別にペナルティを科すと宣言されてしまった。
「さあ、次は持ち物検査をするわよ! 全員、荷物を前に置きなさい!」
ハルヒにそう言われてSSS団のメンバーはリュックサックを前に置いた。
ハルヒはそれぞれのリュックの中身を細かくチェックしていく。
そして、シンジのリュックを調べると怒鳴り声を上げた。
「こらっ! おやつは税込で315円までって注意してたでしょう! バナナの分がオーバーしてるわよ!」
「えっ、でもバナナはおやつに入らないってアスカが……」
シンジがアスカの方を見ると、アスカは笑いをこらえている様子だった。
「ふーん、他人のせいにするなんて上等じゃない」
ハルヒはバナナを持って整列するSSS団のメンバーの真ん中に立つと、大きな声で宣言する。
「みんな、シンジはキャンプの規約に違反し、キャンプの風紀を乱したわ! これはチームワークが足りてないって言う事を示している! と言うわけで連帯責任!」
SSS団のメンバーは息を飲んでハルヒを見つめる。
ハルヒは罰として腕立て伏せをする事を命じると、腕立て伏せを20回ほどしたSSS団のメンバーはその場に座り込んだ。
「はわわ……疲れたです」
そう言ってすっかりへばってしまったミクルを見てハルヒは溜息をもらした。
「まったく、ミクルちゃんは体力がないんだから……仕方無いわね、ミクルちゃんは、キャンプ場に戻って森さんのお手伝いをして来なさい」
「イエスサーです……」
ミクルはよろよろと歩きながら少し離れたキャンプ場へと戻って行った。
「さて、あんた達はまだ体力に余裕があるわよね。少し休憩をしたら、ランニングを始めるわよ!」
しばらくしてSSS団のメンバーは二列に並んでランニングを始めた。
キョンがハルヒがいつの間にか製作したSSS団の旗を持たされて先頭になり、その隣でハルヒが走っている。
ハルヒに従い、SSS団は全力でランニングを続けた。
獣道しか無い歩きにくい山中を走りまわって、シンジ達はへとへとになった。
「何よみんな、これぐらいでだらしがないわね」
「元気なのはお前一人だ、ハルヒ……」
10キロほど走ってもそれほど息を乱さないハルヒにキョンが突っ込んだ。
ハルヒには絶対負けないと意気込んでいたアスカも膝が笑ってしまうほど疲れていた。
「じゃあ今日の特訓はこれで終了にするわ。キャンプ場に戻って夕飯を食べましょう」
「明日もやる気なの?」
「そうよ、二泊三日の合宿なんですもの、一日も無駄には出来ないわ」
アスカの質問に答えたハルヒの言葉にSSS団のメンバーから溜息がもれる。
「みなさーん、今日の夕食はカレーですよー」
夕食でミクルと森によって配られたカレーは昼間の特訓の辛さをやわらげてくれるほど絶品だった。
「凄い美味しい、誰が作ったの?」
「感激です」
ハルヒとミクルは口に入れるなりそう叫んだ。
「これってかなり高級な材料を使っているわよ」
「そうなの、アスカ?」
レイは肉がまだ食べられないので、野菜を中心に食べている。
ユキは黙ってレイの残した肉の分までたくさん食べている。
カヲルとイツキは落ち着いた様子で淡々と食べている。
「私の父は結構な美食家でしてね。カレーは父が腕によりをかけて一週間前に作ったのですよ」
「へーえ」
イツキの言葉にハルヒが感心した様子で答える。
「あれ、イツキ君のお父さんはネルフの関係者じゃないの?」
「僕が不思議な能力に目覚めた時、ネルフの諜報員が僕の所に来たんです。父はヨーロッパで有数の企業の社長ですよ」
シンジの疑問にイツキはそう答えた。
「野菜サラダもありますよー」
ミクルは森にいろいろもてなしの作法を教わったらしく、かなり様になっていた。
イツキが父親から借りて来たキャンピングカーは豪華な設備があるらしく、夕食の後は名作映画が録画されているHDDディスク付きのテレビを楽しんだ。
アスカもシャワールーム付きのキャンピングカーにかなり満足したらしく、SSS団のメンバーは満ち足りた気分で眠りについた。
<長野県 オートキャンプ場 キャンピングカー内>
朝のキャンピングカーの中に、ハルヒがお玉で激しく叩く鍋の音が響き渡る。
「ほら朝よ、みんな起きなさい!」
「こんな朝早くから大きな音を出して迷惑じゃないのか?」
「森さんと荒川さんはとっくに起きているわよ! 早く起きないと、朝御飯が冷めちゃうじゃない」
キョン達が起きて外に出ると、そこには和風の朝食が用意されていた。
「ご飯にみそ汁か……確かに、朝はサッパリしたものが良いな」
「魚沼産のコシヒカリを使わせて頂いています。みそは特別な配合をした……」
イツキの言葉を聞いて、見慣れた料理だと思っていたキョンは思わず引いてしまった。
「みそ汁のだし、何を使っているんですか?」
「昆布とカツオです」
「それでこんなにおいしく作れるなんて……」
「こしたときに絞ってしまうと、苦味が出てしまうんですよ」
「そうなんですか」
シンジは森にみそ汁について詳しく聞いていた。
ユキは朝からエンジン全開で、みそ汁やご飯を力士並みにお代わりしていた。
「それじゃあ、今日もキャンプを始めるわよ!」
SSS団のメンバーは溜息をつきながら張り切るハルヒについて行った。
その日は雲一つない晴天だった。
「まさに、絶好のキャンプ日和ね!」
ハルヒが笑顔で最初のメニューを告げようとしたとき、後ろの茂みから迷彩服を着た人影が何人も飛び出してきた!
「徳川隊長! 民間人が居るであります!」
「そうか、ではこの地点に拠点を構えるのは無理だな。別のポイントを探そう」
「織田、のろのろしてないでついてこい!」
「はい、豊臣さん」
SSS団のメンバーは騒がしく立ち去って行く迷彩服の人影の集団を見送った。
「何、あの連中?」
「ケンスケに聞いたけど、山の中でサバイバルゲームって言うおもちゃの銃を撃ちあう遊びがあるみたいだよ」
「あの眼鏡オタクがやっているアレか」
アスカとシンジのやり取りを聞いたハルヒはニンマリとした笑いを浮かべた。
「あたし達も参加させてもらいましょうよ!」
「おいおい、俺達みたいな素人が撃ち合いなんて出来るわけないだろう」
「私も鉄砲で撃たれるのは痛いから嫌です〜」
「ミクルちゃん、例えばSSS団の部室が悪党に襲われたらどうするの!? 私、鉄砲なんて撃てません! なんて言ってられないのよ!」
「SSS団は悪党に狙われるような所なのかよ」
「例えばの話よ」
ハルヒは目を輝かせながら迷彩服の集団が消えて行った方向に進んで行く。
開けた場所に出ると、すでに人影は無く、たき火の跡とゴミが散乱しているだけだった。
「あれ? ゴミしか残っていないじゃない」
「ゲームの都合で移動したんだろうね」
「ゴミを散らかしっぱなしで、全くひどい連中ね」
「確かに、ゴミもまとめられていないし捨てる気はない気がするね」
「リリンは自然を大切にしないのかい?」
シンジやアスカやカヲルの話を聞いて、ハルヒも顔を不機嫌にした。
「今日の予定を変更するわ! 今日はゴミの清掃に尽力しなさい!」
ハルヒがそう言って号令を下し、シンジの指導の元、SSS団はゴミを分別して集め始めた。
山の中のところどころにスナック菓子の袋などが落ちている事にため息がもれる。
「まったく、何でこんな山奥でキャンプをしたがるのかしら」
「整備されたキャンプ場ではたき火やキャンプファイアーが禁止されていたりするからって」
「まったく、だらしがないから迷惑をかけるのよ」
「アスカもゴミを部屋に溜めているじゃないか」
「日本はドイツと違って包装が過剰だからいけないのよ!」
「あの包装紙の束、ゴミなんだからいい加減に捨てなよ」
「アレはゴミじゃないの!」
アスカとシンジの言い争いを見ていたハルヒは声を荒げる。
「口より手を動かしなさい!」
そんな様子を見ていたレイがポツリとカヲルにもらした。
「アスカは碇君にもらったプレゼントの箱や包装紙まで大切にとってあるの」
「おやおや、そうだったのかい。……ところで君はプレゼントをもらったらどうするんだい?」
「わからない。三人目になってから、プレゼント、もらったこと無いもの……」
「シンジ君や惣流さんにもらったことは無いのかい?」
「私の誕生日は3月30日と言う事になってるから」
「それはずいぶん先だね。僕の誕生日は9月13日と言う事になってるらしいよ」
「そう」
「あまり興味なさそうだね」
「こら、そっちの二人も話に熱中しない!」
ハルヒに指差されて、レイとカヲルは口を閉じた。
SSS団は午前中の時間をかけて山中に散乱したゴミを回収した。
そして、昼食をとっている迷彩服の三人に再会した。
怒りに燃えるアスカは三人に向かって突っかかった。
「アンタ達、自分達の出したゴミぐらい片付けないさいよ!」
「何だよ、前に会った高校生じゃないか。俺達は帝国大学の大学生だぞ、生意気な」
「高校生だからって、バカにしないでよ!」
「君達知らないの? ここは国立公園の一部なんだから、国の職員が清掃する義務があるはずだよ」
「そうだ、俺達は税金を払っているんだから問題無いって」
「税金を払っているのはあんたの親でしょう?」
「うるさいんだよ、このやろう!」
繰り出されたパンチをあっさりと交わしたアスカは、迷彩服の大学生の腕をつかんで投げ飛ばした!
「アスカ、やるじゃん!」
「アタシは14歳で大学を出ているのよ!」
倒れ伏した迷彩服の大学生に向かってアスカは堂々と勝利宣言をした。
「徳川隊長!」
「ぼ、僕のパパは織田ケミカルの社長なんだぞ!」
「それ、うちの父の会社の子会社ですね、末端の」
イツキにそう言われて別の迷彩服の大学生も黙りこんでしまった。
迷彩服の大学生三人にハルヒ達の冷たい視線が突き刺さる。
「大変です、火事です!」
ミクルが指差す方を眺めると、森の一角からモクモクと煙が上がっているのが見えた。
「まさか、アンタ達のたき火のせいじゃないでしょうね!」
「お、俺のせいじゃないぜ! 確認は豊臣と織田がしたはずだ」
「俺でもないぞ、織田のやつが悪いんだ!」
「そ、そんな……豊臣先輩が早く来いって言うから……!」
アスカににらまれた迷彩服の大学生3人組は慌てて言い訳を始める。
「責任を押し付け合っている場合じゃないでしょう! 早く火を消さないと! 古泉君は消防車を!」
ハルヒ達は山火事を防ごうと煙の上がっている方向へと急ぐ。
しかし、その時突風が吹き、燃え盛る煙の範囲はさらに広がった。
「マズイ、近くに集落があるぞ!」
「そんな!」
「長門さん、どうにかならないんですか?」
キョンとアスカの叫びを聞いて、シンジはユキにそっと声をかけた。
「……わかった、空間と物質の情報の書き換えを行ってみる」
ユキがそう言って力を発動させる前に、シンジの目の前で信じられない事が起こった。
雲一つない青空に、突然積乱雲が湧きだして豪雨を降らせたのだ。
すぐに火は消し止められて行く。
「いったい、どうなってるんだ!?」
突然降り出した雨から逃れるため、キョン達はキャンプ場へと戻る事にした。
オートキャンプ場も突然の土砂降りにパニックになっていた。
キャンピングカーまで戻ったキョン達は待っていた荒川と森からタオルを受け取って体をふいた。
雨はしばらく降りつづけて、そして止んだ。
雨が止んだ後は雲一つない茜色の空が広がっていて、大きな虹がかかっていた。
「長門さん、もしかしてこれも涼宮さんが……?」
シンジが問いかけると、ユキはコクリとうなづいた。
「気象データから見ても降水確率は限りなく0%に近かった。彼女が能力を発動させたと思われる」
「……やっぱり、涼宮さんは自分の能力に気がついているのかな?」
「彼女は非常に常識的な人間です。起こって欲しいと願う事はあっても、実際にそんなことはあり得ないと信じているのも事実です」
「でも、ネルフでは使徒と呼んでいるんでしょう? アタシはなんかヤダな。ハルヒが化け物扱いされているみたいで」
シンジとイツキとアスカはそんな事を話していた。
その日の夜は澄み切った星空の下で天体観測を行い、SSS団のキャンプはそれ以上不思議な出来事も起こらず、無事に終わった……。
前のページ
次のページ
表紙に戻る
トップへ戻る