9日間の旅程で慌ただしく日本を訪れた。

 滞日中、「イジメ」に関する報道が目についたが、米国でもイジメが大きな問題となっているのは日本と変わらない。しかし、イジメ問題に対する米国の取り組みは、日本とは大きく違うように見えてならないので、今回は、イジメを巡る当地の動きを紹介する。

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 15歳の高校生、フィービー・プリンスがイジメを苦に自殺したのは2010年1月のことだった。前年9月にアイルランドから「留学」。マサチューセッツ州サウス・ハドリー高校に入学してからわずか5ヶ月目の悲劇だったが、クローゼットでクビを吊ったフィービーの遺体を見つけたのは、12歳の妹、ローレンだった。

 異国の高校に入学したばかりのフィービーが、寂しさや不安を覚えたとしてもなんの不思議もない。そんなとき、フットボール部のキャプテンを務める「格好いい」上級生から甘い声をかけられて恋に落ちたのだが、一線を越えた直後、冷たくふられてしまった。

 しかも彼にはガールフレンドがいたのだが、フィービーがボーイフレンドに「手を出した」ことを知って激怒、つきまとわれるようになってしまった。彼女を含めた上級生数人に取り囲まれて「痛い目に遭わせてやる」と脅かされたり、廊下ですれ違う度に「アイルランドの売女」と罵られたり、インターネットで悪口雑言を書き込まれたりするようになったのだった。

 フィービーは、上級生の執拗なイジメに耐えかねて命を絶ったのだが、彼女の自殺は全米に報道されて、大きな反響を巻き起こすこととなった。

 まず、地方検事が捜査に乗り出して「刑事事件」として立件、イジメの加害者となった女生徒5人と、フィービーを誘惑したフットボール部のキャプテンを訴追した。女生徒5人が「ストーキング」や「公民権法違反」の罪に問われた一方で、キャプテンが問われた罪は「年少者相手の『淫行』罪」だったが、「淫行罪」訴追はフィービーの両親の希望によって取り下げられた。

 しかし、刑事事件で立件したとはいっても、当事者は、誰も、イジメの加害者を刑務所に送ることは望んでいなかった。検事達にとっては、「イジメは犯罪」というメッセージを社会に(特に青少年相手に)発することが目的であったし、「保護観察処分」という寛刑で被告との司法取引に応じたのだった。

 一方、フィービーの両親も加害者を刑務所に送ることは望んでいなかった。「悪いことをしたと認めて、謝ってくれればそれでよい」というのが望みだったからである。幸い、法廷で、加害者のうち二人は泣きながら罪を認める証言をした上で自発的に謝罪してくれた(しかし、残りの三人は、イジメの行為は認めたというのに、最後まで謝ってくれなかった)。

 以上は、イジメの加害者に対する対処であるが、イジメの事実を知りながら有効な手立てを打つことができなかった学校・教育委員会が厳しく批判されたのはいうまでもない。しかし、校長も教育長も、保護者・社会からの辞任要求をはねつけ、「私たちはできるだけの手は尽くした」と開き直ってポストに居座り続けた。

 フィービーの母親は、自身が中学校教師であった。同じ教育者として、何もしてくれなかった上に開き直っている校長・教育長に対する怒りは大きい物があるのだが、特に、いまだに許せないのは、娘の死の二日後、学校が予定通り「生徒ダンス・パーティ」を挙行したことだった。イジメに追い詰められて自殺した生徒が出たというのに、その直後にお祭り騒ぎを決行した「無神経さ」に、校長・教育長の本心が象徴されているように思えてならないからである。

 教育現場の管理者のやる気のなさに苛立ったのか、イジメ防止に向けて積極的に動いたのは政治家だった。州議会に「反イジメ法」を提出、フィービーの死後、わずか四ヶ月で「マサチューセッツ州反イジメ法」を成立させ、
(1)イジメ、あるいはイジメと疑われる事態を目撃したり知ったりしたとき、(教師以外も含む)すべての学校職員は管理者に報告しなければならない、
(2)管理者は報告を受けたらイジメの有無を速やかに調査しなければならない、
(3)生徒・教員に対し、「イジメ防止策」のトレーニングを課す、
(4)イジメが発生した場合速やかに保護者に通知する、
等を定めたのである。

 さらに、当地では、TVで反イジメのコマーシャルがしょっちゅう流されている。ボストン界隈の有名スポーツ選手が代わる代わる登場、「イジメはいけない、知らんぷりもいけない」と、子ども達に呼びかけているのである。

 学校関係者や自治体関係者を吊し上げることのみに躍起となる日本のイジメ報道を見せられ続けた直後であるだけに、彼我の違いの大きさが痛感されてならない。

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