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自分と世界をつなぐ想像力

2012年3月22日

 昨年3月11日の東日本大震災は、マグニチュード9.0、日本の観測史上最大規模の地震と最大遡上高40mの津波によって未曾有の被害をもたらしました。死者は1万5千人を超え、行方を知れない人が3千数百人に及びます。また、それによって起きた福島第1原発の事故は、レベル7という世界で最悪の事故となり、放射能を避けるために34万4千人を超す人々が避難や転居を余儀なくされています。
 この場を借りて、亡くなられた方々に改めて心からの弔意を表したいと思います。
 また、いまなお苦しみ哀しみのなかにおられる方々にお見舞いを申し上げます。

 今日、大東文化大学・大学院を卒業されるみなさんの最後の1年間は、この大震災から始まりました。さまざまな困難を乗り越え、晴れの卒業を迎えられたみなさん、おめでとう。ご家族のみなさん、おめでとうございます。
 震災が起きてすぐ、大東文化大学はただちにすべての学生の安否確認を行いました。その結果、災害救助法が適用された地域出身の学生は、全学生約13000人のうち約1割の1191人おりました。そのうち何らかの被害を受けた学生は147人です。
 ご家族が被災し、困難を抱えながら、頑張って今日卒業される方も大勢います。
 文学研究科博士課程前期課程書道学専攻の吉田崇さんは、宮城県南三陸町の実家を津波で流失しました。ご実家は、海から近く、かつてあった自宅からも海が見えたと言います。おばあさんはちょうど敬老会で高台の施設に行っており、それでも足を水に浸かりながら夜を明かしたそうです。ほかのご家族は、家におられましたが波が来てから逃げて幸い無事だったそうです。震災後1週間は連絡が取れず、もちろん交通は寸断されていましたから、家族の安否の確認が取れず、不安と焦燥の日々だったと崇さんは言います。
 3月の末になってようやく実家に帰ったそうですが、生まれ育った町の風景は見るも無惨に破壊され、道路もぐちゃぐちゃ、コンクリートもねじ曲がり、段差ができ、家も土台しか残っていなかったそうです。ご家族は避難所生活のあと今は千葉に移っておられるそうですが、宮城に帰る見通しは立たないということです。
 崇さん自身は、後遺症でしょうか、震災が頭から離れることはなく、やる気が起きない日々が続いたそうです。 でも1ヶ月に1度くらい帰り、ボランティア活動をしたそうです。思うように研究の時間が取れないもどかしさに悩んだとも言います。そんななかでも研鑽を積み、読売書法展や謙慎書道会展で入賞し、大学はさらに大きな賞を授賞することにしています。
 吉田さんは、教員志望です。書道の教師をめざして意欲に燃えています。

 岡本幸美さんは、スポーツ・健康科学部スポーツ科学科を卒業します。
 私も女子サッカー部の集まりでお会いしたことがある快活な学生です。
 岡本さんの実家は、岩手県釜石市港町です。やはり津波に家をさらわれました。私自身釜石市を訪ねましたが、港町のあたりは跡形もなく、巨大な船舶が陸に乗り上げていました。
 お父さんは、おばあさん、おじいさんとともに高台にある自営業の店にいたのですが、津波警報が出て、お父さんは海岸近くの自宅にいるお母さんを迎えに行き、逃げて無事だったそうです。岡本さんも3日間ほど家族の安否が確認できず苦しんだそうです。
 ご家族はしばらく知り合いに身を寄せた後、内陸部の方に移っておられます。
 幸美さんは、アルバイトをしながら学業とサッカー部活動を両立させました。幸美さんが一番うれしかったのは部のOGたちが義捐金を募って贈ってもらったことだと言います。女子サッカー部は、今年関東リーグの2部で優勝し、見事に1部昇格を果たしました。
 鍼灸マッサージ師をめざす岡本さんは、卒業後もしばらく勉強をつづけます。

 大東文化大学は、震災の直後から「この震災で一人の学生も学業を断念させない」を合い言葉に、大学として考えられるあらゆるとりくみ、経済的な支援や入学猶予などをしてまいりました。
 そんななかで、原発事故で避難している福島のある保護者の方から、先日手紙をいただきました。少し長くなりますが、紹介します。
 「私の自宅は警戒区域内にあり、3月11日以降避難生活が続いています。これまでに一時帰宅を、時間制限があるなかで3度ほど行いましたが、住宅の庭には牛の糞と背丈ほどに伸びた雑草、田畑は荒野と化し、わずか数ヶ月でこんな状況になるのかと目を疑いました。
 大晦日に(なっても)庭木の剪定も、軒下の煤払いも、神仏や仏壇の掃除もできない。松飾りも、御神酒も、年越しそばや家族で囲む夕食の準備も、おせち料理も、今年は必要ないのです。
 毎年当然のように行っていたことができないということ。あたりまえのことが当たり前にできないということ、いつもあるものがないということ、いつもいる人がいないということ、平常でないことがこんなにも人間を不安にするものなのかということを痛感いたしました。
 私たち家族もまた、自らの力で希望の光をともし、より大きく輝く年にしていくため、自らを鼓舞し、多くの皆さまとともに手を取り合いながら精進してまいりたいと思います。」
 大学としての思いを深く受けとめてくださり、こちらこそありがたく思っております。
 
 震災に遭い、苦労された人は他にもいるでしょう。また、震災だけでなく、さまざまな困難に遭遇され、それを乗り越えて卒業される方もいるでしょう。みなさんの一人ひとりに、卒業までの物語が、大学生活の物語があるでしょう。その一つひとつに敬意を表し、お祝いの拍手を送ります。
 私たちは、大東文化大学は、精一杯の力で伝えるべきものを伝え、教えるべきものを教えるよう努力してきました。みなさんが豊かな学生生活を送ることができるよう腐心してきたつもりです。
 しかし、教育というものは、また、教師というものは因果なもので、卒業生を送り出すときにはいつも後悔の思いが先に立ちます。あのとき、こうしてやればよかった、こういう言葉をかけるべきだった、自分の力が足りなかった、申し訳なかった、と。
 これは子どもを持つ親御さんの気持ちとも通じると思います。
 子どもから若者へ、若者から一人前の大人へ育つということ。それはいつつまづいても転んでもおかしくない危機の連続です。そんななかで立派に育ち、社会に旅立っていくまでになることは考えてみれば奇跡とも言えます。そうです、あなたたちは、私たち教師と親にとっての奇跡です。私たちにとっての希望です。

 さて、しかし、あなたたちの新しい人生はこれからです、出発点に立ったばかりです。みなさんが飛び込んでいく社会はたくさんの困難や課題を抱えています。明るい未来ばかりを描くことは到底できません。
 大震災は、わたしたち日本人に大きな課題を投げかけました。豊かさや便利さに安住してきた生活がいかに脆弱な土台の上に乗っていたかということ、科学や技術が人間の知恵やコントロールを越えてゆがんだ発達をしていたかということ、人間が自然に対していかに奢り高ぶっていたかということ、などです。文明や社会のあり方についての根本的な検証と新しい生活のあり方が問われています。
 震災だけではありません。世界に目をやれば、戦争や紛争の火種は耐えません。温暖化や砂漠化など自然環境の問題も深刻さの度合いを日々増しています。飢餓や貧困のために多くの人たちが命を落としています。この瞬間にも、です。一方で、見せかけの豊かさのなかで心を病み、生きる意欲を喪失する大勢の人もいます。これは日本でも、地域でも同じです。
 それらは現代の人類的な課題です。そしてみなさんがこれから出会う悩みや困難と結びついています。
 みなさんは、それらに立ち向かい、自分の人生を、これまで培った力を土台に自分の力で切りひらいて行ってください。
 大東文化大学は、世界のさまざまな文化の教育と研究を特色としています。世界に羽ばたく人々を輩出してきました。数年前、ヴェトナムのストリートチルドレンを育てる施設を訪ねたとき、そこのスタッフで働く女性は大東文化の卒業生でした。去年、中国に行ったときは現地で働く大勢の卒業生の若者たちにめぐり会いました。また、みなさんも記憶に新しいと思いますが、11月にトルコ地震の救援活動で亡くなられた日本のNPOの宮崎淳さんも本学の卒業生です。
 でもみなさんの多くは、日本のそれぞれの企業や地域で働くことになるでしょう。地域にしっかりと足をつけ、地域づくりの中心にたち社会の課題を解決し改革していく主体として生きていってもらいたいと思います。地域で、みんなと働き、つながり、生きる生き方が私は好きです。夢やヴィジョンを持ち、その実現のためにしっかりと生きてください。
 日々の課題と向き合いながら、今同じ時代を生きている地域の、日本の、世界の大勢の人の苦しみ、悲しみ、そして喜びに思いを馳せてください。自分と世界をつなぐことです。大江健三郎さんの言葉を借りていえば「想像力」です。想像力とは、第1に、目を背けず直視し知る勇気です。関心や知識が大切です。第2は、人々の哀しみや苦しみに共感し自らの思いを重ねることです。これは感情の問題です。そして、第3に、最後ですが、自ら参加すること、行動することです。これは意志の問題です。想像力はそのようにして世界と自分を変える力となるのです。
 想像力を鍛えてください。想像力を鍛えるためには学ぶことが必要です。学び続けてください。一人一人の持ち場で、人々のために生きてください、人々とともに生きてください。そうすることで輝く未来を引き寄せることができます。
 世界はあなたを待っています。
 ご卒業おめでとう。
 さよなら。
 お元気で。

(2012年3月22日 学位記授与式学長告辞)


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