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Re: 創価学会員殿

 投稿者:黒川Q太郎  投稿日:2012年 8月 3日(金)20時57分38秒
返信・引用 編集済
  > No.1529[元記事へ]

長岡鉄斎 管理人さんへのお返事です。

> 貴殿の能書などはどうでも宜しい。


あなたの個人的主観もどうでもいいですよ。


>あまり年寄りを困らせないことじゃ。


困らせるつもりはありませんよ。私は意地悪ではないですから。


> お主はお主の主張を正当化するために工夫するであろう。


ただ事実をあげたまでですよ。


そうそう、約一名、自分の主張を正当化するために無茶苦茶な工夫をした方を紹介しますよ。

http://6730.teacup.com/tasakuikeda/bbs/1456

最初は「State」には、地方とか自治区等という訳はないことを認めつつも、フィリピンでは「州」を意味する「Province」には「地方」も「自治区」の意味が

あるから「State」にも「地方」も「自治区」の意味があると、最終的には無茶苦茶な論を嬉しそうに言っています。

「state」本来の意味である「国、国家」を全く無視しています。


>従って、黒川君が申しているように、はっきりと『大統領署名の「national univとする」という法令だ。法令がすべてである。』と云っとるよう、法令を出されよ。national univ.という文字が重要じゃ。


既に何度も出してますよ。よく読んでください。

http://8555.teacup.com/nichirenshoshu/bbs/1520

http://8555.teacup.com/nichirenshoshu/bbs/1525


>
> プロビンスがどうのこうの、国家大学だの、国立大学がどうのこうの…。屁理屈にしか聞こえん。


多くの証拠を出しても、理解できない(事実を事実として認めたくない)のであれば無理しなくていいですよw


>お主に質問じゃ。何故フィリピンの法令がフィリピン語じゃのうて、英語で書かれているんじゃね? 回答くだされ。


フィリピン共和国では、フィリピン語と英語が公用語となっています。

ご質問の回答にについては、下記の文献をご参考にしてください。


(「フィリピン共和国における言語教育政策」より以下抜粋)

官庁と法律の言語

行政府官庁の文書等はすべて英語で書かれている。しかし, 口頭伝達は中央政府官庁で

はフィリピノ語でなされることが多くなりつつある。また地方の役場では, 土着語でなさ

れている。法律及び立法においては, 大学の法学部が, 法律をすべて英語で教えているた

め, 英語が主要な言語である。法律をフィリピノ語に翻訳する試みも行われていない。法

律文書がフィリピノ語で書かれたものは存在しない。

(抜粋以上)


> 以上じゃが、耄碌爺にも分かるように説明されよ。お主はどうも比国の歴史の疎いようじゃのう。フィリピンは日本人には身近な国じゃ。この爺の祖父も比国に陸軍で行っておった。20数語の原語があり、フィリピン民族という代物は無く多数の部族の集合体だと言っておったのを思い出させてくれた。装甲車で20キロも走ると言葉も違い習慣も違う国だと言っておったのを思い出したのじゃよ。頑張りなされい、若者よ!
>


お身体をお大事に。
 

創価学会員殿

 投稿者:長岡鉄斎 管理人  投稿日:2012年 8月 3日(金)09時33分49秒
返信・引用
  貴殿の能書などはどうでも宜しい。あまり年寄りを困らせないことじゃ。
お主はお主の主張を正当化するために工夫するであろう。従って、黒川君が申しているように、はっきりと『大統領署名の「national univとする」という法令だ。法令がすべてである。』と云っとるよう、法令を出されよ。national univ.という文字が重要じゃ。

プロビンスがどうのこうの、国家大学だの、国立大学がどうのこうの…。屁理屈にしか聞こえん。お主に質問じゃ。何故フィリピンの法令がフィリピン語じゃのうて、英語で書かれているんじゃね? 回答くだされ。

以上じゃが、耄碌爺にも分かるように説明されよ。お主はどうも比国の歴史の疎いようじゃのう。フィリピンは日本人には身近な国じゃ。この爺の祖父も比国に陸軍で行っておった。20数語の原語があり、フィリピン民族という代物は無く多数の部族の集合体だと言っておったのを思い出させてくれた。装甲車で20キロも走ると言葉も違い習慣も違う国だと言っておったのを思い出したのじゃよ。頑張りなされい、若者よ!







 

Re: 創価学会員殿

 投稿者:黒川Q太郎  投稿日:2012年 8月 3日(金)01時58分59秒
返信・引用 編集済
  > No.1527[元記事へ]

長岡鉄斎 管理人さんへのお返事です。

> 貴殿は黒川氏が言っておられるように「○○大学を国立大学とする、あるいは宣言する」という法令をお出し下され。ただのそれだけのことです。

何度も大統領の署名入りの法令を出していますよ。

http://www.senate.gov.ph/republic_acts/ra%209403.pdf


フィリピンの「State University」は「国立大学」です。その日本語訳に間違いはないかどうかを


①フィリピンのState Universityと直接交流のある日本の大学に直接確認をとっています。

(以下再掲)

フィリピン国内のState Universityと交流のある日本の某大学に「国立表記」について質問し、その大学からの返答(趣意)を紹介します。

「フィリピンの公立大学には、SUC(State University and College)とLCU(Local College and University)の2種類がございます。

前者はフィリピン共和国法に基づき、全て国家予算で運営されている首都および各州に設置された国立大学で、

この場合のStateの意味は国の意味になります(例:米国国務省はthe Department of State;国家元首はhead of state)。

これに対して、後者は、地域が予算化して設置している大学で、こちらがいわゆる(フィリピンの)州立大学となります。」

(再掲以上)

http://8555.teacup.com/nichirenshoshu/bbs/1501


②外務省にも直接確認をとっています。

(以下抜粋)

実は私の友人が、クロちゃんが略語表について指摘する少し前ぐらいに気付いていたらしく、外務省に確認をとったそうです。

そして1週間後に外務省の担当の方から大変丁寧なお返事を頂いたそうです。内容としては

「ご指摘のありました箇所について当方にて確認しましたところ、ご指摘のありました通り、略語表にあるSUCsは国立総合・単科大学と表記すべきと思われますので、ODAホームページの該当部分を修正いたしました。」

との事です。

修正後の略語表がこれです。

http://megalodon.jp/2012-0418-2051-42/www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/shiryo/hyouka/kunibetu/gai/philippines/pdfs/sect05_01_003.pdf

外務省として、フィリピンの「SUCs(State Universities & Colleges)」の日本語訳は「国立総合・単科大学」であることがはっきりしました。

(抜粋以上)

http://6001.teacup.com/qwertyui/bbs/index/detail/comm_id/9822


③在日フィリピン人にも確認を取っています。

(以下抜粋)

まず質問の方法ですが、そのフィリピン人の方は日本語が堪能ですので、全て日本語でのやりとりとの事です。

事前に「National University」「State University」と書いた紙を準備して、それを見せながら「フィリピンでは、どちらとも国立大学ですか?」

と質問したそうです。


で、結論として「National University」「State University」どちらとも「国立大学」との事です。

その方の認識としては「National University」は「University of the Philippines」を指し、伝統が有り規模の大きい国を代表する国立大学との事。

「State University」は各地域を代表する国立大学との事でした。


私の友人は、フィリピンの「National University」を普通に「国立大学」と訳すよりは、「国家的、全国的大学」のような印象を持ったとの事です。


単語の意味も確認したそうですがフィリピンでは「State」は「国」で、「州」は「province」でした。

(抜粋以上)

http://6001.teacup.com/qwertyui/bbs/index/detail/comm_id/11231

④また在フィリピン日本大使館やフィリピンと交流のある団体、大学等もState Universityを「国立大学」と訳しています。

http://6001.teacup.com/qwertyui/bbs/index/detail/comm_id/11186

⑤フィリピンの「National University(国家大学)」である「University of the Philippines 」も

「SUCs(State Universities & Colleges)」のリストに掲載されています。

http://www.gov.ph/directory/state-universities-and-colleges/


⑥フィリピンの「National University(国家大学)」と「State University(国立大学)の背景について、サイトを転載したものを貼っときます。

http://6001.teacup.com/qwertyui/bbs/index/detail/comm_id/9429


こちらは多くの証拠(法令、証言、文証)を出しています。


> どう見ても貴殿は劣勢は避けられません。


そうでしょうか?こちらが出した証拠と、黒川和雄氏が出した証拠を見比べられましたか?


私が何度も質問している内容は、黒川和雄氏の発言をベースとした質問です。黒川和雄氏の説が正しいのなら当然答えられるはずですが、

http://8555.teacup.com/nichirenshoshu/bbs/1522


未だに回答は無しです。


念の為に言っておきますが、私は「University of the Philippines 」が「National University(国を代表する国立大学、国家大学)」

であることは否定しておりません。ここの掲示板での私の過去の投稿を読んで頂ければ分かると思います。



>出せなければ単なる掲示板荒らしとし、貴殿をアクセス禁止とする。
>
> 以上申し付ける。
>
>


それでは公平に、黒川和雄氏に「The Bataan Peninsula State Univ.」が「州立大学、自治立大学・地方公立大学」であることを証明する「法令」を

出すように 申し付けて頂けますか?当然、「Province of Bataan」の州知事?自治区長?の署名入で。

※「The Bataan Peninsula State Univ.」の法令が見つかなければ、他のフィリピンのState Universityの法令でも構いません。


以上。
 

創価学会員殿

 投稿者:長岡鉄斎 管理人  投稿日:2012年 8月 3日(金)00時05分19秒
返信・引用
  貴殿は黒川氏が言っておられるように「○○大学を国立大学とする、あるいは宣言する」という法令をお出し下され。ただのそれだけのことです。
どう見ても貴殿は劣勢は避けられません。出せなければ単なる掲示板荒らしとし、貴殿をアクセス禁止とする。

以上申し付ける。

 

Re: スペイン カナリー島、ラ・ラグーナ大学

 投稿者:黒川Q太郎  投稿日:2012年 8月 2日(木)23時58分12秒
返信・引用
  > No.1524[元記事へ]

黒川和雄さんへのお返事です。

> これも国立では無く、単なる公立大だったね。
>

クロちゃん、あんたこんな↓事いっているけど、


>スペイン カナリア島、ラ・ラグーナ大学はやはり国立大学ではなかった!
>
>本日スペインのラ・ラグーナ公立大学卒業生からメールが届き、確定!

http://6730.teacup.com/tasakuikeda/bbs/2649



フィリピンの国立大学卒業生の時のように、そのメールの内容を公開しまへんのか?w

原文でええでw

 

Re: クヤチ~~~^m^(^_-)-☆

 投稿者:黒川Q太郎  投稿日:2012年 8月 2日(木)23時47分26秒
返信・引用
  悔しさ一杯の黒川和雄さんへのお返事です。

> 法令を出しなはれ!
>
> 阿呆な出来損ないの法令ではなく、大統領署名の「national univとする」という法令だ。
> 法令がすべてである。
>

出してるがなw

http://www.senate.gov.ph/republic_acts/ra%209500.pdf

ほんでクロちゃん、「法令がすべて」って言うたなw

ほんなら「The Bataan Peninsula State Univ.」が「州立大学、自治立大学」であることを

証明する「法令」を出しなはれw  自分の言葉に責任を持ちなはれww

当然、「Province of Bataan」の州知事?自治区長?の署名入りの法令やろうねwww



> お前の出した法令は当方が出した法令であり、「州立大学にする」というものだ。
>
> クヤチ~~~~~~^m^
>


どこに「local provincial Univ.」って書いてまんの? どこ?どこ?教えてwww


http://www.senate.gov.ph/republic_acts/ra%209403.pdf


そのクロちゃんが出してきた法令↑で、「国家が予算運営」している事をクロちゃんが証明しましたがなwww

それともクロちゃんの出した法令には「地方政府が予算運営(出資)」って書いてますの?www


> ナンボ探してもないであろうが(=^▽^=)


クロちゃん、困ってるみたいやなw、「Province of Bataan」の州知事?自治区長?の署名入りの法令が無くてwww

>
> その他の貴様の記述は悔しさからの屁理屈である。
>
> 諦めはなれ ゲラゲラ
>
> 以上、


いやいや、この↓五つの質問に何も答えられず、屁理屈ばっかり言うて逃げ回っているクロちゃんが、かなり悔しそうやでwww

ほら、答えたらええがなwww  悔し涙を拭いて、さっさと答えなはれwwwwww


答えや↓


「フィリピンの State Univ.は絶対に州立大学・自治区大学、地方公立大学だ。絶対に国立大学ではない」と主張するのであれば、再度質問する。

クロちゃん、脳内フレンドの諸君、回答をくれたまえ。


①波木井氏は外務省の英語力を評価しているようですが、その外務省はフィリピンの「SUCs(State Universities & Colleges)」の日本語訳は

「国立総合・単科大学」との見解です。  これは外務省の誤訳ですか?それとも外務省の嘘ですか?

※根拠も無く「知らないだけ」というようなアホな嘘はつかないように。


②フィリピンの「SUCs(State Universities & Colleges)」のリストには「University of the Philippines 」が掲載されています。

http://www.gov.ph/directory/state-universities-and-colleges/

クロちゃんをはじめ「黒川説」を支持する法華講・葵講はフィリピンのSUCsは「州立大学・自治区大学、地方公立大学」だと見解をだされていますが、

「University of the Philippines 」も「州立大学・自治区大学・地方公立大学」だということですか?


もしクロちゃんが、「University of the Philippines 」は「国立大学」というのであれば、何故クロちゃんが「州立大学・自治区大学・地方公立大学」だと

主張するフィリピンのSUCsのリストに「University of the Philippines 」が掲載されているのですか?


③クロちゃんは、せっかくフィリピン人の看護師?や日本語の上手なスーパー玉出のネーチャンに直接確認できる大チャンスがありながら、

なんでフィリピンのState Universityについて具体的に日本語で「州立大学でっか?自治区大学でっか?省立大学でっか?」とストレートに聞かなかったのですか?

公立大学だと「国立大学」も含まれまっせwww


④クロちゃんは『「フィリピン国立大学は国立大学と認可される前は、全国に散らばる10数ヵ所の公立大学だった』のだよ!」と

またもや中途半端に「公立大学」を出してきましたが、

2008年以前のフィリピン国立大学は具体的に何立大学ですか? 州立?自治区立?省立?藩立?市立?町立?村立?

2008年以前のフィリピン国立大学は具体的にどこの地方行政政府が設立し保有していたのですか?

そして、それを証明する文証をお出しください。


⑤クロちゃんは 「THE BATAAN PENINSULA STATE UNIVERSITY」を黒川流珍訳で「バターン半島地方(公立)総合大学」としていますが、

「THE BATAAN PENINSULA STATE UNIVERSITY」 が具体的にどこの地方行政府が設立し保有している「公立(地方)大学」なのですか?

そして、それを証明する文証(法令)をお出しください。



お答えください。


通りすがり君、H部員@アホ太郎(預言者)君、一閲覧人(別ハンネ:転載)君にも聞いたけど、誰も答えてないでw

やっぱりクロちゃん、あんたが答えなはれwww  それともまた遁走でっか?www

楽しみに待ってるでwww



※「クヤチ~~~^m^(^_-)-☆ 投稿者:黒川和雄  投稿日:2012年 8月 2日(木)22時35分35秒」

クロちゃん、あんたの絵文字、あんたの所のBakaロム男に間接的にバカにされていたでwww

(以下抜粋)

Re: おっ、ロム男C作戦を否定 投稿者:Bakaロム男 投稿日:2012年 8月 1日(水)23時50分2秒   通報 返信・引用

気持ち悪い顔文字もねぇ
おっさんが顔文字って、ちょっと古いと言うか
時代遅れと言うか、キモすぎるね

あいつは昔から自分の姿が見えんのだな

(抜粋以上)

http://6730.teacup.com/tasakuikeda/bbs/2655

Baka男に言わせると、クロちゃんは「時代遅れ」「キモすぎ」「自分の姿が見えてない」らしいぞwww
 

スペイン カナリー島、ラ・ラグーナ大学

 投稿者:黒川和雄  投稿日:2012年 8月 2日(木)22時40分8秒
返信・引用
  これも国立では無く、単なる公立大だったね。


アハハハッハハハッハハハハッハハハハハ

犯罪集団である! まぁ、暴力団とせいぜい仲良くしなはれヤ~~~
 

クヤチ~~~^m^(^_-)-☆

 投稿者:黒川和雄  投稿日:2012年 8月 2日(木)22時35分35秒
返信・引用 編集済
  法令を出しなはれ!

阿呆な出来損ないの法令ではなく、大統領署名の「national univとする」という法令だ。
法令がすべてである。

お前の出した法令は当方が出した法令であり、「州立大学にする」というものだ。

クヤチ~~~~~~^m^

ナンボ探してもないであろうが(=^▽^=)

その他の貴様の記述は悔しさからの屁理屈である。

諦めはなれ ゲラゲラ

以上、
 

Re: 莫迦よ、

 投稿者:黒川Q太郎  投稿日:2012年 8月 2日(木)21時50分56秒
返信・引用
  > No.1521[元記事へ]

やっぱり反論不能の黒川和雄さんへのお返事です。

> 黒川Q太郎さんへのお返事です。
>
>
> 一人でワイワイやってろ。ノ~タリン。
>
> 以上、


悔しかったら答えなはれw  今までの宿題↓全部答えなはれwww


「フィリピンの State Univ.は絶対に州立大学・自治区大学、地方公立大学だ。絶対に国立大学ではない」と主張するのであれば、再度質問する。

クロちゃん、脳内フレンドの諸君、回答をくれたまえ。


①波木井氏は外務省の英語力を評価しているようですが、その外務省はフィリピンの「SUCs(State Universities & Colleges)」の日本語訳は

「国立総合・単科大学」との見解です。  これは外務省の誤訳ですか?それとも外務省の嘘ですか?

※根拠も無く「知らないだけ」というようなアホな嘘はつかないように。


②フィリピンの「SUCs(State Universities & Colleges)」のリストには「University of the Philippines 」が掲載されています。

http://www.gov.ph/directory/state-universities-and-colleges/

クロちゃんをはじめ「黒川説」を支持する法華講・葵講はフィリピンのSUCsは「州立大学・自治区大学、地方公立大学」だと見解をだされていますが、

「University of the Philippines 」も「州立大学・自治区大学・地方公立大学」だということですか?


もしクロちゃんが、「University of the Philippines 」は「国立大学」というのであれば、何故クロちゃんが「州立大学・自治区大学・地方公立大学」だと

主張するフィリピンのSUCsのリストに「University of the Philippines 」が掲載されているのですか?


③クロちゃんは、せっかくフィリピン人の看護師?や日本語の上手なスーパー玉出のネーチャンに直接確認できる大チャンスがありながら、

なんでフィリピンのState Universityについて具体的に日本語で「州立大学でっか?自治区大学でっか?省立大学でっか?」とストレートに聞かなかったのですか?

公立大学だと「国立大学」も含まれまっせwww


④クロちゃんは『「フィリピン国立大学は国立大学と認可される前は、全国に散らばる10数ヵ所の公立大学だった』のだよ!」と

またもや中途半端に「公立大学」を出してきましたが、

2008年以前のフィリピン国立大学は具体的に何立大学ですか? 州立?自治区立?省立?藩立?市立?町立?村立?

2008年以前のフィリピン国立大学は具体的にどこの地方行政政府が設立し保有していたのですか?

そして、それを証明する文証をお出しください。


⑤クロちゃんは 「THE BATAAN PENINSULA STATE UNIVERSITY」を黒川流珍訳で「バターン半島地方(公立)総合大学」としていますが、

「THE BATAAN PENINSULA STATE UNIVERSITY」 が具体的にどこの地方行政府が設立し保有している「公立(地方)大学」なのですか?

そして、それを証明する文証(法令)をお出しください。



お答えください。


通りすがり君、H部員@アホ太郎(預言者)君、一閲覧人(別ハンネ:転載)君にも聞いたけど、誰も答えてないでw

やっぱりクロちゃん、あんたが答えなはれwww  それともまた遁走でっか?www

楽しみに待ってるでwww
 

Re: 莫迦よ、

 投稿者:黒川和雄  投稿日:2012年 8月 2日(木)18時16分26秒
返信・引用
  > No.1520[元記事へ]

黒川Q太郎さんへのお返事です。


一人でワイワイやってろ。ノ~タリン。

以上、
 

Re: 莫迦よ、

 投稿者:黒川Q太郎  投稿日:2012年 8月 1日(水)20時27分23秒
返信・引用
  > No.1518[元記事へ]

反論不能で屁理屈ばかりの黒川和雄さんへのお返事です。

> フィリピン大学に関しては、お前らは既に敗北しておる。
> 後は貴様のように屁理屈を垂れ流しているだけだ。


それ、クロちゃんのことでんがなwww

うちらはフィリピンの国立大学と直接交流の有る日本の大学、外務省、在日フィリピン人に確認してるし、沢山の資料もあるでw

クロちゃんの場合は、クロちゃんの個人的主観、法令の誤訳だけでんがなw

クロちゃんが証人として出してきたフィリピン人は、誰一人として「local provincial Univ.」と答えてくれなかったやんかwww


> 大統領署名で「National Univ」と記されたの法令を出したまえ、
> いくら探してもないであろう。
>
> 以上、


大統領の署名でっか?ほら、有るでwww

こっちが「National Univ(国家大学)」(UP)

http://www.senate.gov.ph/republic_acts/ra%209500.pdf

で、こっちが何べんも出したけど「State Univ(国立大学)」やで(BPSUの場合)www

http://www.senate.gov.ph/republic_acts/ra%209403.pdf

どっちにも大統領の署名があるでwww


何べんも言うけど「The University of the Philippines」が「National Univ.」であることを誰も否定してまへんでw

フィリピンの国立大学の中でも、国を代表する立派な「National Univ.(国家大学)」であることを認めてまんがなw

悔しさのせいかクロちゃんの流した涙が邪魔して、在日フィリピン人の証言についてわての投稿が読めんかったようやから

再掲してあげるわw  正座して読んどきwww

(以下再掲)

うちらが在日フィリピン人に調査したところ、その方の認識では「The Univ.of the Philippines = National Univ.(国家を代表する国立大学)」で、

「State Univ.」は各地域(首都及び各州等)を代表する国立大学やとの認識やったでw

クロちゃん、言うてる意味分かる?w フィリピン人に「National Univ.(国家大学)はフィリピン大学だけやね?」って聞いたら「はい」って

答えるのは当たり前のことやでwww  そやから言うて、フィリピン国内に国立大学が一つしかないと言いうのは、大きな間違いやwww

100校以上あるがな、国の予算で運営されているState Univ.(国立大学)がwww  クロちゃん、あんた何べんも見たやろwww

http://www.gov.ph/directory/state-universities-and-colleges/

(再掲以上)


で、クロちゃん、あんた「法令、法令」って言ってはるけど、「The Bataan Peninsula State Univ.」が「州立大学、自治立大学」であることを

証明する「法令」をいつ出すんでっか?

当然、「Province of Bataan」の州知事?自治区長?の署名(※)入りやろうね?w


※署名入りが見つからんかったら、名前入りの法令だけでもええで(優しいな~w)



それと、今までの宿題↓全部答えやw


「フィリピンの State Univ.は絶対に州立大学・自治区大学、地方公立大学だ。絶対に国立大学ではない」と主張するのであれば、再度質問する。

クロちゃん、脳内フレンドの諸君、回答をくれたまえ。


①波木井氏は外務省の英語力を評価しているようですが、その外務省はフィリピンの「SUCs(State Universities & Colleges)」の日本語訳は

「国立総合・単科大学」との見解です。  これは外務省の誤訳ですか?それとも外務省の嘘ですか?

※根拠も無く「知らないだけ」というようなアホな嘘はつかないように。


②フィリピンの「SUCs(State Universities & Colleges)」のリストには「University of the Philippines 」が掲載されています。

http://www.gov.ph/directory/state-universities-and-colleges/

クロちゃんをはじめ「黒川説」を支持する法華講・葵講はフィリピンのSUCsは「州立大学・自治区大学、地方公立大学」だと見解をだされていますが、

「University of the Philippines 」も「州立大学・自治区大学・地方公立大学」だということですか?


もしクロちゃんが、「University of the Philippines 」は「国立大学」というのであれば、何故クロちゃんが「州立大学・自治区大学・地方公立大学」だと

主張するフィリピンのSUCsのリストに「University of the Philippines 」が掲載されているのですか?


③クロちゃんは、せっかくフィリピン人の看護師?や日本語の上手なスーパー玉出のネーチャンに直接確認できる大チャンスがありながら、

なんでフィリピンのState Universityについて具体的に日本語で「州立大学でっか?自治区大学でっか?省立大学でっか?」とストレートに聞かなかったのですか?

公立大学だと「国立大学」も含まれまっせwww


④クロちゃんは『「フィリピン国立大学は国立大学と認可される前は、全国に散らばる10数ヵ所の公立大学だった』のだよ!」と

またもや中途半端に「公立大学」を出してきましたが、

2008年以前のフィリピン国立大学は具体的に何立大学ですか? 州立?自治区立?省立?藩立?市立?町立?村立?

2008年以前のフィリピン国立大学は具体的にどこの地方行政政府が設立し保有していたのですか?

そして、それを証明する文証をお出しください。


⑤クロちゃんは 「THE BATAAN PENINSULA STATE UNIVERSITY」を黒川流珍訳で「バターン半島地方(公立)総合大学」としていますが、

「THE BATAAN PENINSULA STATE UNIVERSITY」 が具体的にどこの地方行政府が設立し保有している「公立(地方)大学」なのですか?

そして、それを証明する文証(法令)をお出しください。



お答えください。


通りすがり君、H部員@アホ太郎(預言者)君、一閲覧人(別ハンネ:転載)君にも聞いたけど、誰も答えてないでw

やっぱりクロちゃん、あんたが答えなはれwww  それともまた遁走でっか?www

楽しみに待ってるでwww
 

改めて問われる皇室と学会の関係

 投稿者:内藤國夫  投稿日:2012年 8月 1日(水)13時40分26秒
返信・引用
  「皇室お三方」の入信を、御本尊流布のさきがけと喜んだ戸田城聖氏。
 だが池田氏が会長になると、この過去はきれいさっぱりと忘れられた。

 創価学会は常日頃、会員に対し邪宗教である神社の鳥居をくぐってはならぬと説いている。鳥居は神域を示すシンボルであって、単に土地の境界線を意味するのではなく、信仰の門、結界と位置づけられる。
 それだけに昭和天皇の「葬場殿の儀」で、神官、鳥居、大真榊など皇室神道の宗教儀式が濃密に取り入れられた場所に参列することは、矢野委員長以下の公明党議員にとって相当な抵抗感があったはず。
 だが、矢野委員長らは
「大喪の礼と葬場殿の儀が一連の流れで実施されるのは、政教分離のうえで疑問だ」としながらも「葬場殿の儀の間は、待機時間として身体が参加するだけ。心は参列していない」 という理由で参列。そしてして矢野委員長は参列後の記者会見で「神道形式とはいえ最も簡略化された形で行なわれ、あまり抵抗感はなかった。起立、黙祷、拝礼の全てについて司会者の発声に従った。あれこれと異を唱えたりするのは、亡くなったかたに対して非礼ではないか」とおおらかさを強調してみせた。
 これは公明党の懐が深くなったというよりも、私には、池田大作氏の締めつけの強さを改めて痛感させる発言だった。かつて創価学会は皇室をどう見ていたか。ここで検証しておきたい。
「葬場殿の儀」と「大喪の礼」に分けられた昭和天皇の葬儀。途中で取り外された鳥居と大真榊をめぐって、このところ合憲・違憲論議がかまびすしい。皇室行事はすべて神道式と思われがちだが、これは明治時代以降の極めて限られた期間、神仏分離政策による。皇室の宗教は古くから仏教を中心とし、聖徳太子の頃から法華経を信ずるとされてきた。
 一般庶民の問でも法華経は広く信じられ、様々な宗派がある。日蓮正宗もその一つだ。日蓮正宗の中でも法華講信者と学会信者がいる。
 明治以降であっても、実は、昭和天皇の御生母である貞明皇太后やスポーツ殿下として知られた秩父宮と勢津子妃殿下らが熱心な法華講信者であったという事実は、今は忘れら
れているようだ。しかも、この皇室お三方には、日蓮正宗から特別に〝常住御本尊〟〝御守御本尊〟が授与され、戦時中から戦後にかけて国家と皇室の安泰、繁栄が祈念されたと伝えられる。
 その真偽を点検・検証したところ、実際に貞明皇太后に授与されていた常住御本尊が、その御逝去後、日蓮正宗の末寺である常在寺に返還され、現在もなお寺宝として保存されていることなどが判明した。信仰の深さなど内面的なことまでの検証は不可能だが、日蓮
正宗との関わりは確かにあったと思われる。
 貞明皇太后葬儀の際には鳥居が建てられず「『若しもの事ある時な法華経を唱へよ』との御書きものが発見され、天皇陛下(昭和)のお目にとまり、御孝心厚き陛下の特別のおぼしめしがあったし(昭和二十六年七月二十日、第十号)等々の秘められた〝皇族折伏〟の一端が明らかにされているのである。当時、皇太子殿下であった現天皇陛下にも〝御守御本尊〟が授与されており、今も護持されている可能性があるという。
 昭和二十六年から二十八年にかけての『聖教新聞』が貞明皇太后、秩父宮殿下の追悼記事を掲載するなかで「端なくも一つの不思議な事実が明らかにされた」として「日蓮正宗への皇室御帰依」を何度も報じ立てている。初めのうちは、事実関係がはっきりしなかったせいで曖昧な報道だったが、回を重ねるごとに、確信を込めた具体的な記述が目立つようになった。

御手垢で汚れた御教本

 当時の聖教新聞は一ヶ月に三回刊で、編集責任者は創価学会理事の石田次男氏(元参院議員)。戸田城聖氏が第二代会長に就任する直前に第一号が発刊され、創刊五号目(二十六年六月一日付け)に、同年五月十七日、大宮御所で逝去された貞明皇太后の追悼記事が一面トップで大きく報道された。
「謹んで皇太后陛下の御逝去を悼み奉る」
「大聖人様皇室に守護をたれ給うか」
「御本尊流布のさきがけか!!」
 との三本見出し。以後、第十号、九月一日付けの第十四号と新盆会法要、旧盆会法要を伝える記事で、より詳細に皇族の法華経信仰が明らかにされていく。
「貞明皇后が真の南無妙法蓮華経の御信者であらせられたからであって、それは故皇后の御所持の御経本が御手垢で非常に汚れて居られたことでも明らか」(第十号)
「貞明皇后は御生前日蓮正宗の御信仰深くあらせられて、御逝去の後、発見されたお書ものの中に、死後の供養は必ず正宗の南無妙法蓮華経にして下さる様にとの意昧の御言葉があった」(第十四号)
 といった具合だ。きれいごとのタテマエ記事しか載せず、ホンネを隠す現在の聖教新聞と違って、当時の聖教新聞は勇ましいホンネをパンパンと記事にした。
 たとえば、皇族の信仰内容を伝える第十号の記事には邪宗攻撃の記述も見られる。
「大正天皇の御生母は柳原二位の局と申しあげるが、この方も非常に熱心な法華経の御信者であった。然しその御信仰なされた日蓮宗は、邪宗教である身延の日蓮宗であった。仏法の定則に照して見て、大正天皇御早逝の原因もこの辺にあろうかと推察し奉る所であ
る」
 要するに同じ「南無妙法蓮華経」を唱えるのでも、日蓮宗に帰依したのではダメで、日蓮正宗に帰依しなくてはならぬと説いて、容赦がない。
 大正天皇御早逝の原因を「邪宗信仰にあり」ときめつけるのは、相当なものだ。何ごともあるがままのホンネを重視し、他宗派を邪宗呼ばわりして対決姿勢を示した戸田城聖氏らしい切り捨てようである。

皇室に広めた二人の女性

 それにしても、貞明皇太后の法華経信仰に何らかの証拠や根拠があるのか、当時の編集責任者である石田次男氏に問い質した。記憶力抜群の石田氏は即答した。
「昭和二十七、八年の七月か八月の聖教新聞に貞明皇太后が護持された御本尊の写真が出ているはずだ。たしか三段ぐらいの大きさで扱った。創価学会が折伏したんではない。秩父宮妃殿下の母上である松平信子さんが橋渡しをした。当事者のそういう談話もきちんと載せてある。ウソ記事ばかりで飾り立てる池田大作と違って、私が編集責任者だった頃の聖教に書いてあることは全部真実ばかりだ。古い新聞を調べれば、すぐにわかる」
 調べたら、成る程、珍しい御本尊の写真が三段の扱いで掲載されている。二十八年八月十日発行の第八十八号の聖教新聞である。二年前の曖昧な記事と違って、極めて断定的に具体的に、こう書かれてあった。以下にその全文を再録する。
「先年逝去されたスポーツの宮様・秩父宮殿下と御母君の貞明皇后は熱心な自運正宗信徒であられた。又現在秩父宮勢津子妃殿下が熱心に正宗の御信仰に励まれて居る事は余り世間に知られていない。皇太子殿下が御祖母貞明皇后の御意で御守御本尊を御もちの事も一般に知られていない事実である。
 この皇族御三方の御信仰は秩父宮殿下が最初であられた、これは始め北条時宗公の子孫に当たる北条元子爵家のつね子様(八十三歳)が学友の松平信子様(秩父宮妃殿下御実母に現在皇太子殿下御用掛)にすすめて松平様が入信。この縁から勢津子妃殿下、秩父宮殿下と相ついで御入信。秩父宮様は御発病後の戦時中の御入信以後御本尊を拝まれていた。又こうした縁に依って松平信子様の手を経て貞明皇后が戦時中の御法主上人鈴木日恭猊下御したための常住御本尊を受持信行遊ばされた。この御本尊は右肩に『皇威宣揚之しるし』と御したためあり、左方に昭和十八年八月吉辰とあって、表装は菊の御紋入り水晶軸の立派なものである。皇后逝去後は松平様の手を経て東京池袋の正宗寺院常在寺へ返納され、現在同寺の寺宝となっている。
 又皇后の受持せられた御守御本尊は皇后のおぼし召しから御開眼の上、現在皇太子殿下が御もちになって居られる。
 一方秩父宮家に於ても宮殿下なきあと妃殿下がこれもやはり日恭上人御したための常住御本尊、御守御本尊を捧持されて熱心に信仰されて現在に到るが、これら御三方の御信仰は皇室の正法帰依の前駆であり、三大秘法広宣流布の一段階として将来天皇家の正宗御信仰もたらす大きな縁となるものであろう」
 ここにある「常住御本尊」は、一家に安置して拝むものであり、「御守御本尊」は個人を守るため肌身につけ置くものとされる。
 御本尊授与の橋渡しをした松平信子さんは日蓮正宗の信徒であって、創価学会員ではない。それでも聖教新聞に何度か写真つきの談話を寄せている。
「貞明皇后は常に宮中の御儀式をかたく守られたかたわら戦時中特別に御本山大石寺より
御感得になりました御本尊に対し日々両陛下御始め御直宮方の御為に御信仰になりました
事は、真に親心のおうつくしさを示された事で正宗の信者として此上の心強さはない事と
有難く思います」
 聖教新聞が添書した筆者紹介記事には、
「松平様は元宮内大臣故松平恒雄氏夫人で秩父宮妃殿下の御母堂。白虎隊で有名な会津藩主の子孫で現在皇太子殿下御用掛をつとめて
おられる。本年六十七歳」
 とある。
 皇族折伏の事実については、聖教新聞だけでなく、日蓮正宗の正本記録『富士年表』や機関誌『蓮華』にも、その片鱗が記される。
 戦前の『富士年表』には、毎年の一月一日に時の法主が宮中参賀し、正法護持を祈念したと記されるほかに、昭和十六年の「本宗事項」に「八月 日恭 皇太后に本尊を授与(裏書)」と書かれてある。
 また『蓮華』(六十四号、五十一年八月)の「寺院紹介・霊鷲山常在寺」の項目では寺宝になっている貞明皇太后御感得御本尊について触れ、「常在寺の信徒・北条つね子氏の添書」を紹介している。
「此の御本尊は昭和十六年八月当宗大本山大石寺六十二世鈴木日恭上人より皇太后陛下へ御感得になりました常住御本尊であります。折から我国は支那事変につづいて第二次世界大戦の国難の最中でありまして、宗祖日蓮大聖人の立正安国の聖志を信じ奉るあまり常在寺より同信徒松平信子夫人の手を経て御送り申上げました。それより陛下は日夜御本尊の御前にて厚き御信念を以て皇国の御安泰を御祈念になったのであります。昭和二十六年五月十七日陛下崩御に際し当寺へ返納になり、永く寺宝として存続いたすものであります。昭和二十六年七月常在寺信徒北条つね子 謹書」
 北条つね子さんは戦前にさまざまな宗教の信仰体験を重ねたあと、日蓮正宗に帰依した
人。先祖は小田原城主・北条早雲につながり、父・北条氏恭(うじゆき)氏は侍従、宮中顧問官として明治天皇に仕えた。二十歳年下の弟・北条雋八(しゅんぱち)氏は戦前の貴族院議員、戦後、創価学会から推されて参院議員を二期務めた。創価学会四代会長・北条浩氏とも姻戚関係=伯母と甥=にある。
 やんごとなき家系の令嬢育ちながら、信仰的にはラジカル派。聖教新聞(第四十七号、
昭和二十七年八月十日)に寄せた談話でも、この時、八十二歳の高齢とは、とても思えな
いほどに激越である。こんな具合だ。
「日蓮大聖人の御遺文を拝するに、世の人々の不幸の原因は邪教を信ずる結果であるとの厳しい御教と拝察します。私がたまたま宗教の門に入りまして以来顧みますれば種々なる邪教にふみ迷い最後は身延の日蓮宗一致派に入信しました。爾来私は信仰上一抹の疑念を抱きながら御題目を続けて来ました結果、遂に大きな罰を受け身心共に大不幸の境遇に陥りました。然るに嗚呼何たる幸なるかな、其際日蓮正宗の一信徒より熱烈なる折伏をうけ、大聖人御出世の本懐たる三大秘法の南無妙法蓮華経の大御本尊にまみえ奉り我が身の本来の真相をはっきり知ることが出来まして今迄永い間の迷いの根本が天日の下に氷解して以来感激の日々を送ると共に邪宗折伏に専念して居ます。かくて私はかかる広大な仏恩に報い奉るは此の大白法を皇室におすすめする一事にありと思って居りました」
 その結果、縁あって貞明皇太后を折伏し、
「爾来皇太后様は本宗の余宗に最もすぐれている点を御信じになり、日夜皇室の御為に厚き信仰を御持ちになり昨年崩御の時まで御精進遊ばされたのであります。今や本尊流布の時に当って私は信徒一統と共に異体同心、国の謗法を退治して立正安国の聖意実現の日の近かれと只管折伏教化の使命に邁進して居ります」
 と創価学会も顔負けのファイトを燃やし続けた。もっとも高齢には勝てず、二年後の二十九年一月、貞明皇太后のあとを追って黄泉の世界へと旅立った。

消し去られた過去

 戸田二代会長時代の創価学会は、自らの折伏成果ではない、日蓮正宗信徒(旧法華溝員)の皇族折伏を〝我らが喜び〟と重視し、
「皇室が御本尊様を頂いたということは御本尊流布のさきがけとして仏法上重大な意義を示すものなる事を強調し皇太后陛下追悼の辞にかえる次第であります」(第五号)
 と論じ立てた。
 先に崩御された昭和天皇も法華経に関心を持たれたようで、聖教紙は「貞明皇太后を追善する御回向、読経のために、天皇陛下御自ら松平様へ御経本を御所望なされた由で、直ちに常在寺では所蔵の御経本を十余部差しあげられた」(第十号)と伝える。
 御経本を献呈するだけでなく、松平信子さんは天皇陛下や皇族に対し法話も説いた。
 聖教紙の第十四号に八月十五日に大宮御所で貞明皇太后を追善供養する旧盆法要が営まれたと報ずる記事を載せ、
「御孝心深くあらせられる天皇陛下は、御生母の御意向に従われ、松平信子様が日蓮正宗の仏法の正しさを説く御法話に耳を傾けられ、この日朝からお集まりの天皇、皇后両陛下を始め各宮様方は夜遅くまで御講聴なされたとうけたまわる」
 と〝折伏座談会〟の模様を誇らし気に書き立てた。
 さて、しかし、これだけ熱を入れた皇族折伏にもかかわらず、戸田会長が三十三年に急逝し、池田大作第三代会長時代になった途端、きれいさっぱりと過去を消し去った。
 本来は語り継がれて当然の、北条つね子、松平信子両女傑の折伏ぶりや貞明皇太后、秩父宮、同妃殿下の正宗信仰について、その後の聖教紙は一字一句も伝えていない。三十年
以上も前のことは、創価学会幹部の記憶の隅にも残っておらず、あれほど重大視された
「日蓮正宗への皇室御帰依」そのものが、今は話題にされることもない。
 いかにも〝皇室軽んじる派〟の池田大作氏らしい無視・黙殺ぶりである。
 今回の昭和天皇崩御に際し、御生母・貞明皇太后の日蓮正宗帰依を振り返ってよさそうなものなのに、全く触れられることがなかった。
 池田大作氏が皇族折伏の過去の事実を無視するのは、何事であれ、自分が出発点でなければならないとする〝自分中心主義〟。創価学会が基本であり、同門の信徒でも、法華講員の事績を認めるのは不愉快であるとする偏狭さの現われとみられる。
 日蓮正宗の伝統教義からすれば、天皇陛下の正宗帰依を願って当然なのに、全く言及しないところが逆に不自然に感じられる。
 天皇や皇室制度に対し、池田大作氏の側に何らかのこだわりがあって、率直になれない事情があるとしか言いようがない。
 

莫迦よ、

 投稿者:黒川和雄  投稿日:2012年 7月31日(火)23時18分30秒
返信・引用
  フィリピン大学に関しては、お前らは既に敗北しておる。
後は貴様のように屁理屈を垂れ流しているだけだ。

大統領署名で「National Univ」と記されたの法令を出したまえ、
いくら探してもないであろう。

以上、


 

反論不能の黒川 和雄さんへのお返事です。

 投稿者:黒川Q太郎  投稿日:2012年 7月25日(水)19時29分33秒
返信・引用
  予算委員会の議事録かい? 投稿者:黒川和雄 投稿日:2012年 7月21日(土)22時26分45秒   通報 返信・引用

阿呆がまた衆参両議院の議事録みたいなものを出して反抗しておるではないか^m^

アキラメめきれん~~~~~~~~~~!!!という心境なんだろうね。ワッハッハ
阿呆な議事録、何回出したら気が済むんだろうね、アホタン^m^(=^▽^=)

大統領署名の文書を出しなさい!!アハハ↓

http://www.upmin.edu.ph/images/stories/up_charter.pdf

当方はフィリピン看護師三人に聞いている。
スーパー玉出の女性従業員二人にも聞いておる。
そして現地にも聞いておる。

アハハ、 バタ~~ンもルソンもstate univというてまんがな!!アンポンタンよ!!(=^▽^=)
へてからね、フィリピンはThe Univ. of the Philippinesしか国大は無い、とフィリピン人が
証明してまんがな。ゲラゲラ アキラメ 切れ~~~~~ん^m^
クヤチ~~~~~~~~~~~~~~~!!!ワッハッハ

http://6730.teacup.com/tasakuikeda/bbs/2510

(転載以上)



バッカだね、クロちゃんwww クスクス

>大統領署名の文書を出しなさい!!アハハ↓


何べんも出してまんがなwww

http://www.senate.gov.ph/republic_acts/ra%209403.pdf


>当方はフィリピン看護師三人に聞いている。
>スーパー玉出の女性従業員二人にも聞いておる。
>そして現地にも聞いておる。
>
>アハハ、 バタ~~ンもルソンもstate univというてまんがな!!アンポンタンよ!!(=^▽^=)


「Bataan Peninsula State Univ.」や「Central Luzon State Univ.」もその名の通り「State Univ.(国立大学)」でっせw

「State Univ.(国立大学)」と答えて当たり前でんがなwww


クロちゃん可哀そうに、クロちゃんが聞いたフィリピン人は誰一人としてlocal provincial Univ.と答えてくれなかったみたいやねwww

クロちゃん残念やったねw


>フィリピンはThe Univ. of the Philippinesしか国大は無い、とフィリピン人が
証明してまんがな


あらら?クロちゃん読めてまへんか?w 悔しさのせいかクロちゃんの流した涙が邪魔して、わての投稿が読めんかったようやから

再掲してあげるわw  正座して読んどきwww

(以下再掲)

うちらが在日フィリピン人に調査したところ、その方の認識では「The Univ.of the Philippines = National Univ.(国家を代表する国立大学)」で、

「State Univ.」は各地域(首都及び各州等)を代表する国立大学やとの認識やったでw

クロちゃん、言うてる意味分かる?w フィリピン人に「National Univ.(国家大学)はフィリピン大学だけやね?」って聞いたら「はい」って

答えるのは当たり前のことやでwww  そやから言うて、フィリピン国内に国立大学が一つしかないと言いうのは、大きな間違いやwww

100校以上あるがな、国の予算で運営されているState Univ.(国立大学)がwww  クロちゃん、あんた何べんも見たやろwww

http://www.gov.ph/directory/state-universities-and-colleges/

(再掲以上)


何べんも言うけど「The University of the Philippines」が「National Univ.」であることを誰も否定してまへんでw

フィリピンの国立大学の中でも、国を代表する立派な「National Univ.(国家大学)」であることを認めてまんがなw

で、クロちゃん、あんた「法令、法令」って言ってはるけど、「The Bataan Peninsula State Univ.」が「州立大学、自治立大学」であることを

証明する「法令」をいつ出すんでっか?

当然、「Province of Bataan」の州知事?自治区長?の署名(※)入りやろうね?w

※署名入りが見つからんかったら、名前入りの法令だけでもええで(優しいな~w)



それと、今までの宿題↓全部答えやw


「フィリピンの State Univ.は絶対に州立大学・自治区大学、地方公立大学だ。絶対に国立大学ではない」と主張するのであれば、再度質問する。

クロちゃん、脳内フレンドの諸君、回答をくれたまえ。


①波木井氏は外務省の英語力を評価しているようですが、その外務省はフィリピンの「SUCs(State Universities & Colleges)」の日本語訳は

「国立総合・単科大学」との見解です。  これは外務省の誤訳ですか?それとも外務省の嘘ですか?

※根拠も無く「知らないだけ」というようなアホな嘘はつかないように。


②フィリピンの「SUCs(State Universities & Colleges)」のリストには「University of the Philippines 」が掲載されています。

http://www.gov.ph/directory/state-universities-and-colleges/

クロちゃんをはじめ「黒川説」を支持する法華講・葵講はフィリピンのSUCsは「州立大学・自治区大学、地方公立大学」だと見解をだされていますが、

「University of the Philippines 」も「州立大学・自治区大学・地方公立大学」だということですか?


もしクロちゃんが、「University of the Philippines 」は「国立大学」というのであれば、何故クロちゃんが「州立大学・自治区大学・地方公立大学」だと

主張するフィリピンのSUCsのリストに「University of the Philippines 」が掲載されているのですか?


③クロちゃんは、せっかくフィリピン人の看護師?や日本語の上手なスーパー玉出のネーチャンに直接確認できる大チャンスがありながら、

なんでフィリピンのState Universityについて具体的に日本語で「州立大学でっか?自治区大学でっか?省立大学でっか?」とストレートに聞かなかったのですか?

公立大学だと「国立大学」も含まれまっせwww


④クロちゃんは『「フィリピン国立大学は国立大学と認可される前は、全国に散らばる10数ヵ所の公立大学だった』のだよ!」と

またもや中途半端に「公立大学」を出してきましたが、

2008年以前のフィリピン国立大学は具体的に何立大学ですか? 州立?自治区立?省立?藩立?市立?町立?村立?

2008年以前のフィリピン国立大学は具体的にどこの地方行政政府が設立し保有していたのですか?

そして、それを証明する文証をお出しください。


⑤クロちゃんは 「THE BATAAN PENINSULA STATE UNIVERSITY」を黒川流珍訳で「バターン半島地方(公立)総合大学」としていますが、

「THE BATAAN PENINSULA STATE UNIVERSITY」 が具体的にどこの地方行政府が設立し保有している「公立(地方)大学」なのですか?

そして、それを証明する文証(法令)をお出しください。



お答えください。


通りすがり君、H部員@アホ太郎(預言者)君、一閲覧人(別ハンネ:転載)君にも聞いたけど、誰も答えてないでw

やっぱりクロちゃん、あんたが答えなはれwww

楽しみに待ってるでwww
 

黒川 和雄さんへのお返事です。

 投稿者:黒川Q太郎  投稿日:2012年 7月21日(土)21時13分47秒
返信・引用 編集済
  > 今回、現地の女性の証言で、より鮮明に聖教のデッチアゲがはっきりとした。
>
> 当方の質問「フィリピンではThe Univ.of the Philippinesだけが国立大学ですよね?」の質問に対し、「そうです・・」という回答であった。


原文がこれね↓


「So Only the National Univ.in Philippines is the Univ.of the Philippines,right?」

「yes..」


フィリピンのNational Univ.の背景を無視して、ただ単に「国立大学」で訳しただけのようやねw

フィリピンのNational Univ.については、ふうふうさんが明確に論じていたので、それを抜粋するわ。

(以下抜粋)

最後のステップ、それは、「フィリピンで 'state' に『州』の概念はなく飽くまで『国』を指し、したがって 'state university' が『国立大学』であるならば(ここまでついて来れたかな?)、フィリピン大学だけが該当するとされる 'national university' って何?」ってこと。付録になる内容なんだけど、これについては、例えば、フィリピン議会に於いて2004年10月27日に開催された第29セッションの議事録で詳しく触れられています。ウエブサイトでは、ちょっと重いPDFですが、フィリピン政府公式サイトのこちらをどうぞ~~――(click>click)。

その議事録の中では、'national university' という言葉は、フィリピンに於いて全く新たなものであり、様々な議論が展開されています。少々抜粋すると、Enrile なる上院議員が次のように尋ねています―― 'Referring to the term 'national university,' he asked how it would distinguish the University from being a state university'。つまり、'national university' という用語について――用語自体が問題に取り上げられたんですね♪――「それがどのように、既に存在している 'state university' と明瞭に区別されるのか?」と尋ねています(だって、'state university' は「国立大学」ですもんね♪)。これに対して Pangilinan なる上院議員が 'As regards the term 'national university,' Senator Pangilinan replied that the concept has been adopted by various countries worldwide' つまり、「当該の用語の概念については、世界諸外国の大学から適応された」として、それぞれの国の代表とされる大学を列挙しています(日本では東京大学が挙げられています)。その過程に於いては、某議員によって 'He asked if other state colleges and universities would be precluded from being categorized as a national university' すなわち「[フィリピン大学以外の] 'state college' や 'state university' が 'national university' から除外されることになるのか」との可能性が論じられたりしています。

――まあ、詳細は、実際に当該議事録を当たって頂くとして(理解力が及ぶならば、の話ですが――到底、無理でしょね♪)、ともかく、国立大学 'state universities' の中で、議会としては、いわば、その中から「国家大学」ないしは「国家直属大学」として特定のモデルを制定し、その大学に、国立大学の中でも、特に力を注ごうとした背景があると言えます。そのモデル校が 'national university' という次第。

(抜粋以上)

また、パルナスさんも分かりやすく、

(以下抜粋)

フィリピン大学(UP)は「State University(国立総合大学)」であるが、2008年に国の政策で“national university”として宣言されたのである。
フィリピン大学ホームページにある「AS THE ONLY national university in the country」の和訳は、「国内唯一のナショナル・ユニバーシティとして」である。

http://6001.teacup.com/qwertyui/bbs/index/detail/comm_id/10544


(抜粋以上)


うちらが在日フィリピン人に調査したところ、その方の認識では「The Univ.of the Philippines = National Univ.(国家を代表する国立大学)」で、

「State Univ.」は各地域(首都及び各州等)を代表する国立大学やとの認識だったでw

クロちゃん、言うてる意味分かる?w フィリピン人に「National Univ.(国家大学)はフィリピン大学だけやね?」って聞いたら「はい」って

答えるのは当たり前のことやでwww  そやから言うて、フィリピン国内に国立大学が一つしかないと言いうのは、大きな間違いやwww

100校以上あるがな、国の予算で運営されているState Univ.(国立大学)がwww  クロちゃん、あんた何べんも見たやろwww

http://www.gov.ph/directory/state-universities-and-colleges/


> 当方は、法令を以てThe Univ.of the Philippinesのみが大統領署名の国立大であることを証明した。

パルナスさんが言うてる「2008年に国の政策で“national university”として宣言された」法令やね。それがどないしたん?

「The Univ.of the Philippines」が「National Univ.(国家大学)」であることは誰も否定せえへんでwww

あんた、それよりもクロちゃんが主張している「フィリピンのState Univ.は州立大学、自治区大学だ」の法令、いつ出してくれまんの?

当然、知事、区長の署名入りやろうね?

はよう出しなはれwww クロちゃん、フィリピン大学の法令ばっかり出してきて、州知事、区長の署名入りのState Univ.の法令を全然出してくれまへんなwww

出せない理由があるんでっか?w


>またフィリピンの行政区にはアメリカのようにStateという区分けが無いにも関わらず、Stateという概念を導入している。これは歴史的にフィリピンの教育システムの土台を築き上げた人物がアメリカ人であることも既に何回も説明している。


何難しいこと言ってまんのw Stateの概念は「国、国家」でんがなwww クロちゃん、知らんかった? 勉強になったな~www

うちらでちゃんと在日フィリピン人に確認したでw


> 彼らの唯一の便りは、SUCだけであり、この中に国立大であるThe Univ.of the Philippinesが入っており、The Bataan Peninsula State Univ.の名前も入っているから国立大であるとの主張を繰り返したのである。莫迦である! 要するに無理やり国立大にしたかったというのが本音であろう。

いやいや、この↓クロちゃんのアホ投稿見たら、必死で「Univ.of the PhilippinesとSUCsは関係ない」と言いたかったのがよく分かったでw

http://megalodon.jp/2012-0503-1142-02/8210.teacup.com/fuginsanso/bbs/271

http://megalodon.jp/2012-0421-0349-34/6730.teacup.com/tasakuikeda/bbs/1743


しかし全部クロちゃんの「ハズレ」で笑うてもうたわwww


> The Univ.of the Philippinesはフィリピン全土に散乱する国立大学だ。一校ではない。これも何回も説明した。


クロちゃんが言わんでも、知ってましたがなw


>従ってSUCに名前を挙げたのであろうと想像するが、

なんか意味不明でんなww


>真実はSUCの製作者に聞くしかなかろう。


なんや、やっぱり知らんかったんかいなwww  前にも言うたけど、マリセルはんに聞きいたら?


>その他、阿呆は日本の外務省の資料を持ち出し、バターン半島国立大とある等々。反抗を試みたのであるが、これは単純に外務省が知らないだけである。Jica然り・・ということだ。


クロちゃん、偉い強気に出たな~www クロちゃん、外務省の人に確認した? クロちゃん「知らないだけである」って断定してまっせ?

最初、外務省が略語表に掲載していたSUCsの日本語訳が間違って「州立大学」って書いてあったから、クロちゃん大喜びしてたなwww

http://megalodon.jp/2012-0418-2104-29/6730.teacup.com/tasakuikeda/bbs/1534

http://megalodon.jp/2012-0418-2108-09/6730.teacup.com/tasakuikeda/bbs/1543


ほんで、うちらが外務省に問い合わせしたら、外務省も間違いに気付き、ちゃんと修正したもんなw

http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/shiryo/hyouka/kunibetu/gai/philippines/pdfs/sect05_01_003.pdf

クロちゃん、もしかしてそのこと根に持ってんの?w


しかしSUCsの事については、略語表だけやないで。外務省の報告書・資料である「フィリピン教育分野評価報告書・第3章 フィリピン教育セクターの現状と主要課題」

の中にもちゃんと「SUCs – 国立総合・単科大学」と書かれてまっせ。

フィリピンの教育事情を熟知した人じゃないと、こういった報告書は書けませんで!

http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/shiryo/hyouka/kunibetu/gai/philippines/pdfs/sect05_01_03.pdf


単純に知らないはクロちゃんの方でっしゃろwww  クロちゃん、恰好悪う~w


他にも文科省・日本の大学・公的機関・在フィリピン日本大使館も、「State Univ.」を「国立大学」と訳してまっせw

クロちゃん、これどない説明する気?w


> 誠に格好の悪い敗北であった。哀れだ。「学会の記事に絶対間違いはない」と信ずる被洗脳会員の薄脳と謀略創価学会のデッチアゲ記事が見事に崩れたのである。では何故彼らが、あれほど反抗を示したのであろうか? それは要するに「我らが教祖センセのメンツが丸つぶれ」たからに他ならない。平たく言えば、創価学会というのは仏法には何の所縁もない「外道池田教」ということである。


どう見たってクロちゃんが恰好悪すぎwww またアホな反論不能笑いをするんでっか?w  それともまた話を蒸し返しまっか?www


> 最初から最後まで、我々法華講員である「蛍氏」及び当方、また応援して下さった多数の方に感謝申し上げます。
>
> 以上、


「当方?」って、クロちゃん自分に感謝するの?w 応援した多数wの方のうち、クロちゃんの脳内フレンドは何人でっか?ww


蛍氏は3月下旬に「ふうふうさんの最新考察記事」に「反論させていただきましょう。」と言ったきり行方不明でっせ。クロちゃんが呼んできw

http://6730.teacup.com/tasakuikeda/bbs/2497
 

学会本部を詐欺罪で告発しよう!

 投稿者:法学部学生  投稿日:2012年 7月12日(木)16時57分2秒
返信・引用
    はじめまして。私は、昨今の聖教新聞を始めとした学会系出版物全般に対して大き
な異議と疑問を感じ、書き込みをさせて頂いた次第であります。

 池田先生が執筆活動に専念なさり、あとは皆で「創価学会を守るのだ」と、おっしゃり、
姿を現されなくなってから二年数ヶ月が経とうとしておりますが、その間の学会系出版物
には先生の御言葉やら何やら、本当に先生がおっしゃったのかどうか信頼がおけない記事
が多数掲載されているという事です。

 私共の今後の活動として、池田先生が直接おっしゃってもいない事を池田先生のお名前
を使って出版物に掲載し、それを販売し、代金を取っているとなれば立派な詐欺罪が成立
します。

 また、こちらでは創価学会を始め聖教新聞社、その他外郭企業を東京地方検察庁に詐欺
罪で告発する準備を進めています。これは個人でも出来る範囲ではありますが、各種支援
団体、反創価学会勢力の関係者に賛同と協力を呼びかけている最中で、現在のところこれ
までに賛同を確約して下さっている各種団体や個人、学会内部の方々が大勢います。

 兎に角、私達会員が池田先生のお姿をリアルタイムで拝見しない限り、東京地方検察庁
への告発準備を止める訳にはまいりません。

 口先だけで池田先生は今日も元気で執筆活動に専念されておられるとの説明だけでは私
達には納得できないのです。

 創価学会本部職員並びに原田会長には私達会員に誠意を見せて頂きたいのです。

 

(無題)

 投稿者:黒川和雄  投稿日:2012年 6月28日(木)09時59分37秒
返信・引用
  http://youtu.be/DDe0Cm4Yzi0  

落ち着いたら戻ります。

 投稿者:黒川和雄  投稿日:2012年 6月24日(日)06時36分45秒
返信・引用
  その様に言っているだろう。

何をかいわんや、である。

以上、
 

江戸時代の宗教政策 【時代背景を無視した創価員を笑う】

 投稿者:黒川和雄  投稿日:2012年 6月23日(土)21時34分21秒
返信・引用
  ◆仏教



○本寺制度

 仏教寺院を本寺(本山)と末寺の階級制度を設け本寺を核としてた宗派組織を作り全ての寺院僧侶を把握・統制した。



○触頭制度

 触頭は幕府又は藩からの伝達を触下へ通達し、触下からの訴訟を寺社奉行や本寺・本所へ取り次ぐ役目を負う。触下間の利益調整や統制を行った。制度内容からして本寺が行ったと思われる。


○寺請制度

 キリスト教徒ではないと証明する目的として発足し、全ての人はどこかの寺の檀家となりその証明書を発行してもらった。証明書のことを寺請証文と呼んだ。寛永十二年(1635年)頃より開始され、二年後の島原の乱以降は全国に拡大された。当初はキリスト教徒でないことを証明することに重点が置かれ寛文年間(1661から1673)までは寺院以外に村役人が証明書を発行していたこともあったようだ。同年間に寺請証文は「宗門改帳」として村単位で記載した。



 幕府は戸口や領民の実態制度を把握を目的に調査を実施し、村落や町単位で「宗教人馬書上帳」を戸口単位の人別帳を作成した。やがて、寺請証文が戸籍台帳に組み込まれ、婚姻や出産死亡など戸籍に変更がある場合は寺請証文も書き換え、引越しには現地の役人宛の「送一札」だけでなく引越し先にある寺院へ檀家寺が発行した「寺送状」など寺請証文を発行した。



◆神道

○神社・神職の統制

 社頭、社領、社地といった宗教施設と宗教者の把握と組織化を行った。仏教同様に触頭制度に組み込んだ。神社禰宜神主等法度(神社条目)を遵守することを条件に朱印状などを発行した。



 法度の内容は五条で構成され装束に関することや位階という制度上の内容もあるが「神道に励み、神社を掃除し修理しなさい」や「社領の売買と質入の禁止」など極めて常識の範囲内である。



 幕府は神祓官領長吉田家に神職の装束認可権を与えたが、特定の執奏家がある神社は他の家に頼むことが認められていた。装束の許可申請に多額の費用がかかり絶対必要なことではないこともあり執奏家自体を不要とする神社もあった。幕府は吉田家の一元的神職統制よりも神社神職を組織化し把握できればいいという考え方のようだ。



◆儒教

 儒教は宗教か思想のどちらなのか区別しにくいが孔子廟で孔子が祭られていることからも宗教性がある。幕府の官学だけに儒学は保護され、幕府立の昌平坂学問所や前身の弘文館に孔子廟が祭られ将軍が廟参している。毎年祭祀を行っていることからも儒教には宗教性がある。



◆民間宗教者

 陰陽道や神事舞太夫、夷職など民間の宗教者は特定の宗教施設を持たず檀家場を廻り歩き、祈祷や御祓い芸能を行い初穂料を得ていた。幕府は各民間宗教者の本所を設けその職分を保障する免許状を発行させることで民間宗教者を把握した。本所には管轄する民間宗教者からの様々な礼金が支払われる。公家や大寺院を本所と定めることで彼らを経済的に助けようという意味合いを持つ。

 しかし、民間宗教者は習慣的に差別されて、人別帳が別にされたり住む集落を枝村と呼び差別した。差別はされたが幕府に公認されていたことになる民間宗教は明治政府の祭祀一致政策や風俗統制政策により否定され姿を消した。



◆禁止されていた宗教



○キリスト教

 キリスト教が既存宗教を否定し、キリシタン大名の中には領内の他宗の信仰を禁止し、領内の寺社を破壊するなど排他的な行為があった。豊臣秀吉はキリスト教の教義を否定するのではなく、キリスト教徒が織田信長など多くの大名を苦しめた一向宗のような宗教勢力として台頭することを怖れ、禁止したようである。



 幕府は当初放任していたが、旧教徒国が布教を名目に各地を回り、国内の調査やキリシタン大名や幕府にやむなく随っている大名を扇動し内乱を起こさせることを怖れた。



 慶長十七年(1612年)に幕府直轄領にキリスト教の禁令を出し、翌年には全国に拡大させ、宣教徒を追放し信者に改宗を命じた。徐々に全国規模でキリスト教徒への迫害が広がり元和八年(1622年)に信徒五十五名を処刑し、翌年にはイギリス商館を閉鎖し、翌々年にはスペイン船の渡航を禁じた。



 寛永十四年(1637年)のキリシタンや浪人らによる島原の乱が起こり、幕府は鎮圧に苦労する。寛永十六年(1639年)には島原の乱を扇動したとされるポルトガル船の来航を禁じた。島原の乱以降は禁教政策が強化され、五人組制度や踏絵を実施し密告を奨励した。寺請制度で全ての人をどこかの寺の檀家にし宗門改めを行った。



 純粋な布教目的で来た宣教師もいたはずだが、幕府にとって宣教師の名を借りた諜報員と感じたようだ。大型船の造船を禁止し、日本各地から補給なしで海路からの江戸攻撃を不可能にする一方で、陸路からの攻撃を防ぐ目的で大井川に敢えて橋を架けず、幕府に無断で血縁関係を結び大名家同士が結束し、幕府に叛旗を翻すことを警戒するなど幕府は防衛に関しては些細な不安要素でも取り除く細心な姿勢だけにキリスト教禁止は幕府にとっては当然のことだった。



○不受不布施派

 日蓮宗の一派。日蓮宗の信徒以外からは布施を一切受け取らず、施しもしないという考え方。例え、相手が権力者でも信徒でなければ経済的支援を断るという政治権力を否定する排他的な教義。幕府の意に沿わないとして弾圧した。



 同派の京都妙覚寺日奥は文禄四年(1595年)に秀吉が営む法要への出仕の命を断り寺を退去し、慶長四年(1599年)に家康は日奥と受布施派を対論させ日奥の負けとし対馬に流罪、寛永七年(1630年)に同派と受布施派を対論させ不受不布施派を邪道とし、寺請制度から外し非合法組織となった。

 同派は表向きは受布施派に改宗したが、内信など密かに信仰が続けられ、明治政府により公認された。他の幕府公認の宗教が緩やかながら幕府の統制化に置かれている中で、権力者である幕府を否定した同派を幕府は許さなかった。
http://homepage2.nifty.com/kenkakusyoubai/zidai/syukyo.htm


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江 戸 時 代




 江戸幕府は、当初よりキリスト教を禁制し、幕藩体制の強化を目的として既成仏教教団を利用し、



                          てらうけ                           だんか
本末制度で寺院を統制しつつ、「宗門改め・寺請制度」などによって、民衆を寺院に所属させる檀家



                                          かんえい        げんろく
制度を確立しました。これによって各宗の寺院が急増したため、幕府は寛永八年(1631)と元禄



                                   はっと              じさん き た
五年(1692)に「新寺建立禁止の令」を出し、以後「寺院法度」を定め、宗教論争や自讃毀他を




禁止するなど、強力に宗教を統制しました。
http://www.geocities.jp/shoshu_newmon/nichiren_rekishi3.htm

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日蓮正宗(当時は本門宗大石寺)は江戸幕府に禁制とされることはありませんでした。しかし、地方によっては現在の受不施派と同一視され、迫害された藩がありました。金沢法難などが有名です。金沢の下級武士の信徒などには、参勤交代の途中に大石寺近くの宿場に留まった際、宿を抜け出して暗闇を走り、大石寺門前にたどり着くと石畳に正座して題目を唱え、夜が明けるころ宿に駆け戻るという「抜け参り」の風習があったと伝えられています。信仰心の弱い者に対しては有効な弾圧も信仰心の強い者に対してはかえって逆効果になります。まして「法華経の行者は必ず法難を受ける」という日蓮系ならばなおのことです。日蓮正宗総本山大石寺が日蓮系の本門宗から独立し日蓮宗富士派を名乗ったのは意外と最近で、明治33年。日蓮正宗に改名したのは大正2年のことです。ただし、それまで大石寺が本門宗の傘下にあったとしても、それは当時の寺檀制度のものでの緩やかな集まりのようなもので、総本山大石寺として独自の教義を持ち続けてきたのは間違いないでしょう。

http://www.uranus.dti.ne.jp/~yuugeki/nitiren-kiso.html


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〇邪教の烙印を押された不受不施派

慶長四(一五九九)年十一月十三日、日重らは家康に日奥を訴え、日奥また応戦し、これにより家康は両者を大坂城に召し、対論せしめた。翌年、日奥は対馬に流刑となり、十三年に及ぶ流人生活を送った。これを慶長度の不受不施事件という。
日奥は妙覚寺で六十六歳の生涯を閉じたが、再び対馬に死後流罪となった。


慶長十三(一六〇八)年、尾張熱田で常楽日経と浄土宗正覚寺・綽道とが宗論を起こした。家康は江戸城に双方を呼び対論させたか、意図的に日経を敗けとし、弟子と共に惨刑に処した。これを慶長法難という。

池上日樹らを流刑。これを身池.対論、または寛永年度の不受不施事件という。

日述・日堯・日了・日完らは流罪となり、翌年、日講・日浣が流刑となった。これを寛文度の不受不施という。


不受不施派は寛文九(一六六九)年に寺請(てらうけ)が禁止され、禁制宗門として信仰を奪われ、明治九年まで邪宗門の烙印(らくいん)を押され続けた。

【結論】
もし大石寺が不受不施を唱え、仁恩と返答したら仏閣は即座に破却され、命脈の存在すらあやぶまれたことであろう。
http://okigaruni01.okoshi-yasu.com/yowa/62/6206.htm

もう分かったであろう。創価君の挙げた北山に対する日俊上人の返状は、「富士大石寺を護るための方便であり、その真意は本門戒壇の大御本尊を寺社奉行の取り上げから護るためのカモフラージュだった」ということである。

そう言えば戦時中にも不受不施派と似たような「勇気ある莫迦会長」が創価にいたではないか! そうだ牧口常三郎氏、その人である。 この人物は宗門の再三の助言にも拘らず「皇大神宮の神札」を拒否し続けたのである。してどうなったのか? 結局は「国家諌暁」どころか一人も折伏することが出来ず、獄中でこの世を去ったのである。つまり軍部により殺されてしまったということだ。まさに勇気だけあった「莫迦会長」ということだ。本年「牧口常三郎 生誕141周年」ということらしいが、まさに創価史上に残すべき「永遠の莫迦会長」ということだ。

このように大石寺の歴史を検証して行けば、上代の猊下及び御僧侶諸氏が「如何にご苦労され戒壇様をお守りするために苦労されたか」ということがわかるのである。この莫迦な創価君はこのような歴史背景を無視し、江戸時代がまるで信教の自由が認められた現在と同一視し、莫迦な投稿を続け、何としても大石寺に仏像造立が存在していたと話を持ってゆきたいわけである。

http://blog.livedoor.jp/sokadakkai/archives/53965856



http://blog.livedoor.jp/sokadakkai/archives/53974448.html
 

速やかに回答せよ!

 投稿者:黒川和雄  投稿日:2012年 6月23日(土)21時32分15秒
返信・引用
  ※質問:創価君諸氏は何故日寛上人の御本尊を拝んでいるのか? 創価から見れば「仏敵日精上人」となるではないか。その日精上人の本尊を板本尊とした日寛上人の本尊をなぜ拝むのか? その根拠を説明しなさい。

創価学会に於かれては、この質問は「痛し痒し」であろう。何故なら日寛上人を「ヨイショ!」すれば、これ即ち、日精上人を「ヨイショ!」することになる。また日精上人を堕とせば、日寛上人を堕とすこことなり、「貴殿らの拝んでいる日寛上人書写本尊は、造仏論者・仏敵大謗法日精上人の弟子、日寛上人の本尊を拝んでいる」という矛盾に堕すのである。

さぁ、どうする? 創価学会!

貴殿らが「日寛上人書写の御本尊を拝む、明確なる正当性を論証せよ」と申し伝える。

以上、
 

「日精上人は造仏論者」 創価員の妄説を大破す。②

 投稿者:黒川和雄  投稿日:2012年 6月23日(土)21時31分14秒
返信・引用
  さて、創価君未回答の当方の見解を再アップしよう。

■■■■■■■■■■

これは既に当方が破折したように、日亨上人の勘違いである。宗門の見解を示そう。

「近代の学匠がくしょうと讃たたえられる第五十九世日亨にちこう上人は、『富士宗学要集』の中で、日精上人の御著述ちょじゅつの随所に厳しい批判の注釈ちゅうしゃくを加えられています。しかし、宗門内外の膨大ぼうだいな歴史資料を収集・編纂へんさんするという大偉業いぎょうのなかで、日精上人の造像破折はしゃくの一文を見落みおとされたことも仕方のないことでした。また、日亨上人は、御自身亡なき後の宗義の不明な点を、他門たもんの学者から指弾しだんされないよう、あらかじめ御自身の手で日精上人の造像に関する部分に注釈ちゅうしゃくを加えられたものと拝察されます。しかし日亨上人が、日精上人を御歴代れきだい上人として深く尊敬そんけいされていたことを物語る資料は、数多く残されています。
 なお、日寛にちかん上人が出家得度とくどを志こころざされたのは、日精上人の教化によるものであり、また日寛上人は御登座ごとうざ後、日精上人御書写の御本尊を板御本尊として御彫刻ちょうこく申し上げました。この板御本尊は、総本山寂日坊じゃくにちぼう・久成坊くじょうぼうの常住じょうじゅう御本尊として御安置あんちされています。これらのことから、日寛上人も日精上人を深く尊敬されていたことがうかがわれます。
 創価学会は、日亨上人の注釈を持ち出して、日精上人を誹謗ひぼうしていますが、それは日亨上人・日寛上人の御真意にも背そむくものであり、ひいては日蓮大聖人以来の血脈けちみゃくを誹謗ひぼうする大謗法だいほうぼうに当たるのです。」
http://homepage3.nifty.com/y-maki/syakbk/322.html

よ~く目を開いて読みなさい。「また日寛上人は御登座ごとうざ後、日精上人御書写の御本尊を板御本尊として御彫刻ちょうこく申し上げました。」と! 創価員は日寛上人の御本尊を拝しているのであろう?早く日精上人の御本尊を板本尊にした、日寛上人書写の本尊を仏壇から外しなさい、と言っておこう。

※質問:創価君諸氏は何故日寛上人の御本尊を拝んでいるのか? 創価から見れば「仏敵日精上人」となるではないか。その日精上人の本尊を板本尊とした日寛上人の本尊をなぜ拝むのか? その根拠を説明しなさい。

以上、
http://blog.livedoor.jp/sokadakkai/archives/53973028.html




■■■■■■■創価君の回答を待つ↓■■■■■■■■■■

※質問:創価君諸氏は何故日寛上人の御本尊を拝んでいるのか? 創価から見れば「仏敵日精上人」となるではないか。その日精上人の本尊を板本尊とした日寛上人の本尊をなぜ拝むのか? その根拠を説明しなさい。

創価学会に於かれては、この質問は「痛し痒し」であろう。何故なら日寛上人を「ヨイショ!」すれば、これ即ち、日精上人を「ヨイショ!」することになる。また日精上人を堕とせば、日寛上人を堕とすこことなり、「貴殿らの拝んでいる日寛上人書写本尊は、造仏論者・仏敵大謗法日精上人の弟子、日寛上人の本尊を拝んでいる」という矛盾に堕すのである。

さぁ、どうする? 創価学会!

貴殿らが「日寛上人書写の御本尊を拝む、明確なる正当性を論証せよ」と申し伝える。

以上、

画像: 1993年9月8日 ニセ本尊発表時の聖教。 ご覧のように創価の公式見解では、日顕上人を批判しているが、本門戒壇の大御本尊は否定していない。
 

池田太作死後の創価を大胆に予測すする!

 投稿者:黒川和雄  投稿日:2012年 5月28日(月)20時08分32秒
返信・引用
  憚りながら波木井坊竜尊@日蓮宗葵講さんへのお返事です。

> オヤジは名誉職であり息子は任意団体役員。
> 表向きはイケダ支配に見えても実質的には支配できる法的権限がこの親子にはない。


波木井さん、それは違います。実質的に支配できない立場でありながら、実質的に支配をしているのが池田太作という人物なのですよ。創価学会という教団は、組織が信仰の対象物であり、その対象物の中心に池田太作がいるわけです。いわゆる神格化ということです。この池田太作の神格化に利用した道具が日蓮正宗であったわけです。

その道具とは具体的に言いますと、

日蓮正宗のご本尊です。この信仰の対象である本尊、つまり日蓮大聖人と池田太作をダブらせることにより、神格化に成功したのです。「師弟不ニ・仏法は勝負」等、一例ですがよく分かるではないですか。

彼らにとっての師弟不ニとは仏と弟子の関係ではなく、池田太作と会員と読むのです。
彼らにとっての「仏法は勝負」とは何が何でも、屁理屈をこねようが、謀略をしようが、盗撮をしようが、なんでもいいわけです。勝負ですから勝てば官軍とでも思っているのでしょう。

具体的には聖教新聞、御書講義集、そして忘れてならないのは、小説人間革命です。これらの書物を読ませることにより、「池田先生絶対、稀有の指導者、大聖人の再誕である」と「思わせる」のであります。それと名誉称号です。会員をして「凄い、立派だ!」と思わせるのです。これが「心の支配」です。

次に公明党を拡大させることにより「物理的支配」をしたのです。政治力を持つことにより、社会に影響力を持ち、会員に対しては「自分たちは他の宗教ではないぞ。国会議員も地方議員もいるんだ。大した教団だ!」
こう思わせることに成功したのであります。

この「心の支配」と「物理的支配」は論理の世界ではなく、「感情の世界」として深く会員の心の深層部に根付いてしまっているわけです。「感情」ですから、この呪縛は中々解き放すことは容易ではありません。ご存知のよう、池田太作を批判するものなら、寄って集って反抗しますよね、これは論理の世界観ではなく、感情の世界であるからです。「池田先生に間違いはない。学会本部は絶対正しい・・。公明党は聖党である。絶対に応援するゾ!」と、まぁ、こんな感じです。

これらの呪縛から解放された人間は、私のように既に脱会しているわけです。

> 私はイケダ以後、この信濃町高級官僚が本当の敵となると考えています。

当然、池田太作の死後はそうなると私も思います。但しこれは対外的な敵だけではなく、創価内部で信濃町高級官僚同士の骨肉の争いが勃発すると考えます。・・既にその兆候は見え隠れしております。


> 分裂に関しては意図的に割る可能性はあっても自然発生的に分裂する可能性は少ないとみています。

信濃町高級官僚の派閥争いを回避する唯一の方法が一つあります。それは「永遠の師匠、池田太作花押の究極の偽板本尊」出すことです。恐らく死後、出てくるでしょう。・・二箇相承まがいの遺言書と一緒に。


> この意図的に割るのはどちらかを生き残らせる必要が出て、逼迫した情勢下になった場合です。
> オウムがアーレフと割れたのは、どちらか一方を生き残らせるためでしょう。

この「池田太作出生の本懐である、究極の偽板本尊」を本部が出した「時」こそ、日寛上人本尊派と池田本尊派に組織が真っ二つに分裂する時であると考えます。これは本部が日寛上人本尊派を信徒除名という形で実行されることでしょう。

いづれにせよ、利用されるのは純真な一般の会員であり、本部から見れば会員は「大事なお客様、カモ、金づる」ということであります。

創価で人生を謳歌するには、

創価貴族になるか、あるいは議員になるか? これに尽きると思います。

いずれ歴史がそれを証明することでしょう。また今は騙されている会員も、分かる時が来ると確信しております。

邪教は必ず分裂する。これが仏法です。

以上、
http://blog.livedoor.jp/sokadakkai/archives/53916593.html

 

『乱客経理』創価学会VS国税庁の暗闘ドキュメント 講談社刊

 投稿者:矢野絢也  投稿日:2012年 5月25日(金)17時19分27秒
返信・引用
  あとがき

 本書は、学会を舞台にした数々のスキャンダルの中でも、特に学会への税務調査潰しという、醜悪かつ悪質な事件に焦点を絞り、その実態を詳細に綴ったものである。捨て金庫事件をきっかけに始まった国税庁との攻防、ルノワール事件の舞台裏、また池田氏が自分の脱税スキャンダル封じのために私や学会・公明党首脳らに何を指示し、我々の工作を受けた政府要人や自民党首脳らがどう対応したかを赤裸々に描いた。
 本書をまとめるに当たり、私は膨大な自分の手帖のメモを丹念に読み返し、記憶を辿りながら、当時の新聞や雑誌記事などと照らし合わせつつ、事実関係を一つひとつ検証していった。
したがって本書に書かれている内容は私が直接見聞きしたことをもとに構成されており、登場人物や言動などはすべて事実である。しかし学会から渡された経理書類などはあまりに専門的であり、さらなる解析が必要である。手帖のメモや経理書類には学会の恥部を直撃するものもある。私としては、今後もさらに詳細な公表をするにやぶさかではない。
 本書では冒頭に私の手帖の写真を掲載した。ご覧いただければおわかりのように全ページにアリが這ったような細かい文字がびっしり書き込まれている。それをワープロ入力して読める形にしたのだが、本書の担当編集者によると、九〇~九二年の三年分だけで文書は参考文献を入れて五〇〇〇枚を超えたという。本書での引用はそのほんの一部分にすぎない。
 もともと、この手帖は自分の備忘録として付けていたもので公表するつもりはなかった。いわば墓場まで持っていくつもりだったのだ。
 だが学会、公明党首脳らは、私を脅して政治評論家活動を止めさせたばかりか、一応身元不詳と言っておくが、数十人の人間と一〇台以上の車輌による、大がかりな尾行を私につけるなどの執拗な嫌がらせを繰り返した。身の危険を覚えることもしばしばあったが、私は、探偵社に依頼して、監視尾行者車輛の写真、ビデオを仔細に撮影した。その一部は証拠として法延に提出してある。当該人物と車輛の特定は協力者の鑑定を得て、ほぼ終わっている。さらに加えて彼らは公明党OB議員らに私の手帖を持ち出させるという人権侵害の暴挙に出た。
 彼らは、国税庁工作を含む学会・公明党の裏面史を私が暴露することを恐れて手帖を奪ったのだろうが、この暴挙に私の忍耐も限度を超えた。
 私は当初、学会・公明党の非道に手をこまねき沈黙して耐えた。ところが私が沈黙するのをみて学会・公明党はますます攻撃的になっていった。「一寸の虫にも五分の魂」という。私は「これを放置することは学会のためにもならない」と考え学会と戦うことを決意した。私の見る限り、現在の学会は明らかに宗教法人の枠組みを外れ、反社会的な集団への道を辿っている。私は学会・公明党の裏面史とも言える手帖を順次公開し、学会・公明党の実態を世に問うことにした。
 その第一弾が本書である。
 ここまで本書をお読みいただいた読者の方ならご承知のように、学会による証拠隠滅や、私や学会首脳らによる妨害工作により、国税庁の税務調査は不十分なもので終わった。特に第二次税務調査は池田氏の脱税まがいの事実を把握しながら、それを今後の宿題として先送りし、事実上黙認する結果となった。つまり課税なしとなった。学会の完勝だった。第一次税務調査の最中、当時の国税庁長官は私に「創価学会の会計のスケールには驚いた」と話したが、国税トップも驚く学会マネ;に国税庁は正当な調査を果たしえなかった。
 憲法八九条は宗教団体に対する「公金の支出」を禁じているが、国税庁が学会に対する税務調査に手心を加え学会の課税漏れを見過ごすことは、形を変えた「公金の支出」であり憲法違反である。
 ただでさえ、学会は宗教団体として税制面で恩恵を受けている。学会の最大の収入源である学会員からの寄付金は宗教活動ということで非課税扱いだし、聖教新聞社などの売りげも、布教に関わるなどの名目で、一般企業より低い税率に抑えられている。地方税の法人市町村民税、法人都道府県民税、法人事業税も非課税だ。
 宗教法人の課税問題に詳しい日本大学の北野弘久名誉教授は『創価学会財務部の内幕』(小学館)という本の解説で、「宗教団体が本来的に宗教活動を行なっているのであるならば、税制が宗教団体を保護することには合理性がある」との観点から学会のあり方を検証した結果、学会はもともと信徒団体にすぎず、一九九一年に日蓮正宗から破門された時点で宗教法人の認証の前提条件を消失しており、「その活動の実態からいえば、実態的にも専ら組織として集票行動等を行なう政治団体であり、また営利事業団体である」と喝破し、こうした団体に税法上の保護を与えることは憲法の趣旨に反すると主張している。
 私は、これに全面的に賛同する。現在の学会は集票活動を中心とした政治団体であり、会員から寄付を募り、墓苑やさまざまな出版物を売りつける営利団体に他ならない。
 池田氏の脱税調査が不発に終わった一九九二年以降、学会に対する本格的税務調査が行われたふしはない。一般企業が平均して三年に一度、税務調査を受けているのと比べ、あまりに異様な事態である。国税調査が一段落したとき、池田名誉会長は、「やはり政権に入らないと駄目だ」と述懐した。
 国税当局から、とりわけ厳しい指摘があったのは池田大作名誉会長の公私混同だった。池田氏に鬼のような形相で叱咤された秋谷会長たちは、右往左往しながらも池田氏に指一本ふれさせないという、一線だけは守り抜いた。私への指示も池田氏を死守することだった。
 国税にマークされ、のたうち回る思いをした池田氏が野党である公明党に歯がゆい思いを募らせたことは想像にかたくない。そこで「政権に入らないと」という発言になるのだが、その後、池田氏の野望は細川連立、自自公連立、自公連立政権として実現した。
 我々は自公政権の功罪を論じる前に、そもそも連立政権誕生の動機が、税務調査逃れと国税交渉のトラウマであったことを確認しておく必要がある。
 国税庁に求められている良識は、どんな団体や企業、個人に対しても法律に則り等しく課税することであり、政権と近い団体や企業などに手心を加えることではない。相手が誰であれ、不正があれば徹底的な調査を行い法律に沿って課税する。それが国税マン五万五〇〇〇人の職業倫理であり、国税庁側との交渉を重ねる中で私が感じた国税マンの心意気なのだ。過去もこれからもその良心と心意気はけっして色褪せないだろう。
 国税庁による学会の税務調査の実態は私が記したとおりだが、国税庁が指摘した学会経理の問題点ははたして解決されたのだろうか。国税庁が学会に課した「宿題」はいったいどうなったのだろう。もし二〇年前の税務調査以降、国税庁が学会に対して何もしなかったとするならば、その理由は何なのだろうか。これを国税庁の怠慢と簡単に片付けることはできない。
 国税庁の前には憲法で保障された信教の自由と信者のプライバシー保護という壁があり、しかも公益事業会計の非課税という壁がそれを補強し、不可侵の聖域にしている。
 さらに、創価学会の場合は意のままに動かせる政党を持っている。しかしこのまま手をこまねいて宗教法人に対する課税問題をそのままにすることは許されない。
 かねてより財務省は消費税率引き上げの必要性を説いてきたが、宗教法人への課税をなおざりにしたまま消費税率を引き上げるというのでは、とても国民の理解を得られないだろう。税に不可侵の聖域があってはならないのである。
 本書が、今後の議論の参考になれば幸いである。

二〇一一年九月 矢野絢也
 

「国立大学」であることをクロちゃんが証明するw

 投稿者:黒川Q太郎  投稿日:2012年 5月 6日(日)23時22分57秒
返信・引用 編集済
  >投稿者:黒川和雄 投稿日:2012年 3月25日(日)23時24分2秒 返信・引用
>
>
>では、この「2007年3月22日の法令(RA9403)」とは何か? 調べてみた。
>
>このようにあった。
>
>Republic Act No. 9403 March 22, 2007
>
>AN ACT CONVERTING THE BATAAN POLYTECHNIC STATE COLLEGE IN THE PROVINCE OF BATAAN INTO A STATE UNIVERSITY TO BE KNOWN AS THE BATAAN PENINSULA STATE UNIVERSITY (BPSU) INTEGRATING THEREWITH THE BATAAN STATE COLLEGE IN THE MUNICIPALITY OF DINALUPIHAN, PROVINCE OF BATAAN AND APPROPRIATING FUNDS THEREFOR
http://www.lawphil.net/statutes/repacts/ra2007/ra_9403_2007.html
>
>この法令はバターン自治区(Province)にある「THE BATAAN POLYTECHNIC STATE COLLEGE」を「THE BATAAN PENINSULA STATE UNIVERSITY」に変更するためのものである。(趣意)
>
>この変更に関し政府国家がこの大学に対し係ることは「資金の援助」のみ、即ち学校運営は自治区にお任せということであり、文字通り国立大学ではない。
>
>Endowment
>
>SUCs lamented the Philippine government's inadequate financial aid. For the 2003->2004, SUCs only had PHP 16.8 billion, and about 40 percent of it went to the >University of the Philippines and the Mindanao State University.[1] However, in >2008, the Philippine Congress alloted PHP 20.8 billion in subsidy for the >operations of state universities and colleges.[2]
>http://en.wikipedia.org/wiki/State_university_and_college_(Philippines)
>
>フィリピン政府は2003年~2004年に教育予算としてPHP 16.8 billionを計上しその40%は「University of the Philippines(フィリピン国立大学) and the Mindanao State University.(ミンダナオ自治区カレッジ)に渡ったが、2008年に政府はPHP 20.8 billion の予算をその他の自治区大学及び自治区カレッジのために用意した。
>
>以上、


まず、「文字通り国立大学ではない。」はクロちゃんの個人的見解ですよねw

「政府国家がこの大学に対し係ることは『資金の援助』のみ」は、国家がState Universityの予算運営をしている事を、クロちゃんは証明したわけですねw


私の友人が以前、フィリピン国内のState Universityと交流のある日本の某大学に「国立表記」について質問し、その大学からの返答(趣意)を紹介します。

「フィリピンの公立大学には、SUC(State University and College)とLCU(Local College and University)の2種類がございます。

前者はフィリピン共和国法に基づき、全て国家予算で運営されている首都および各州に設置された国立大学で、

この場合のStateの意味は国の意味になります(例:米国国務省はthe Department of State;国家元首はhead of state)。

これに対して、後者は、地域が予算化して設置している大学で、こちらがいわゆる(フィリピンの)州立大学となります。」


上記文章によると、フィリピン国内の「国立大学(SUC)」「地方(州、市等)大学(LCU)」の区別は、予算運営をしているのが

「国家」か「地方」かということが基準になっていることが分かります。

今回クロちゃんが「Bataan Peninsula State University」は国家が予算運営していることを証明してくれました

「Bataan Peninsula State University」は国家予算で運営されている「国立大学」ということですね。

クロちゃん、お手柄www
 

アホの珍論を覆す証拠

 投稿者:ロム男  投稿日:2012年 4月22日(日)16時53分55秒
返信・引用
  アホ云く、

「フィリピンには国立大学は一校しか存在しない」

===================以下転載=========================================

2007年7月16日から19日にかけてフィリピンの4つの大学で開催された連続フォーラムに
おいて私が話した主なテーマである。私は、フィリピン工科大学教員で全国教員組織の代表
を務めるフローラ・C・アレリャーノ教授、ミリアム大学教員で同大学の女性・ジェンダー
研究所(WAGI)所長のオーロラ・デ・ディオス教授の招きを受けてこれらのフォーラムで講師
を務める機会を得た。
2人は、マニラ市のフィリピン工科大学とフィリピン教育大学、およびケソン市のミリアム大学
とカガヤン・デ・オロ市のリセオ・デ・カガヤン大学の4大学でそれぞれフォーラムを企画した。
最初の二つは国立大学で、後者は私立大学である。

http://www.hurights.or.jp/archives/newsletter/section2/2007/09/post-256.html

====================転載終わり=======================================

云く、『最初の二つは国立大学で、後者は私立大学である』
 

アホの珍訳を嗤う

 投稿者:ロム男  投稿日:2012年 4月22日(日)16時25分40秒
返信・引用
  AN ACT CONVERTING THE BATAAN POLYTECHNIC STATE COLLEGE IN THE PROVINCE OF BATAAN INTO A STATE UNIVERSITY TO BE KNOWN AS THE BATAAN PENINSULA STATE UNIVERSITY (BPSU) INTEGRATING THEREWITH THE BATAAN STATE COLLEGE IN THE MUNICIPALITY OF DINALUPIHAN, PROVINCE OF BATAAN AND APPROPRIATING FUNDS THEREFOR
http://www.lawphil.net/statutes/repacts/ra2007/ra_9403_2007.html

アホ云く

『この法令はバターン自治区(Province)にある「THE BATAAN POLYTECHNIC STATE COLLEGE」を
「THE BATAAN PENINSULA STATE UNIVERSITY」に変更するためのものである。(趣意)』

<正訳>

『この法令は、バターン州[地方](Province)にある、バターン国立単科大学を、バターン国立総合
大学に、変更するためのものである。(趣意)』

『自治区=Province』だって。(爆笑)
 

またもやらかした「国立大学」のウソ!

 投稿者:黒川和雄  投稿日:2012年 3月25日(日)23時22分40秒
返信・引用
  http://www.seikyoonline.jp/news/top/1200826_2118.html

「フィリピン国立バターン半島大学から名誉会長に名誉人文博士号」

と称し本日の聖教一面に掲載されているが、この大学、英語名は「Bataan Peninsula State University」と称し、文字通り国立大学ではなく地方(州)大学である。この大学の歴史を調べると、このようにある。

Bataan Peninsula State University is the first and only state university in the province of Bataan of the Philippines.

この大学はバターン半島における最初で唯一の自治区大学である。

History

The Bataan Peninsula State University was established by Republic Act 9403 which was signed into law on 22nd of March 2007.

この大学は2007年3月22日の法令(RA9403)に基づき設立された。

Before the conversion, BPSU used to have three campuses; two are located in the City of Balanga while the third is situated in Orani, Bataan. The passage of RA 9403 resulted to the expansion of BPSU's campuses as the said Act duly integrated the Bataan State College in Dinalupihan and its satellite campus in Abucay. In 2008, the university's establishment of its extension campus in the town of Bagac, Bataan
元々三校からなっていたカレッジであるが、法令により統一され、Bataan Peninsula State Universityとなる。(趣意)


http://www.facebook.com/#!/pages/Bataan-Peninsula-State-University/109059369113533
http://en.wikipedia.org/wiki/Bataan_Peninsula_State_University

まぁ、ウキペディアの転載であるが、ここの卒業生がフェース・ブックに掲載しているのであるから間違いはないであろう。

では、この「2007年3月22日の法令(RA9403)」とは何か? 調べてみた。

このようにあった。

Republic Act No. 9403 March 22, 2007

AN ACT CONVERTING THE BATAAN POLYTECHNIC STATE COLLEGE IN THE PROVINCE OF BATAAN INTO A STATE UNIVERSITY TO BE KNOWN AS THE BATAAN PENINSULA STATE UNIVERSITY (BPSU) INTEGRATING THEREWITH THE BATAAN STATE COLLEGE IN THE MUNICIPALITY OF DINALUPIHAN, PROVINCE OF BATAAN AND APPROPRIATING FUNDS THEREFOR
http://www.lawphil.net/statutes/repacts/ra2007/ra_9403_2007.html

この法令はバターン自治区(Province)にある「THE BATAAN POLYTECHNIC STATE COLLEGE」を「THE BATAAN PENINSULA STATE UNIVERSITY」に変更するためのものである。(趣意)

この変更に関し政府国家がこの大学に対し係ることは「資金の援助」のみ、即ち学校運営は自治区にお任せということであり、文字通り国立大学ではない。

Endowment

SUCs lamented the Philippine government's inadequate financial aid. For the 2003-2004, SUCs only had PHP 16.8 billion, and about 40 percent of it went to the University of the Philippines and the Mindanao State University.[1] However, in 2008, the Philippine Congress alloted PHP 20.8 billion in subsidy for the operations of state universities and colleges.[2]
http://en.wikipedia.org/wiki/State_university_and_college_(Philippines)

フィリピン政府は2003年~2004年に教育予算としてPHP 16.8 billionを計上しその40%は「University of the Philippines(フィリピン国立大学) and the Mindanao State University.(ミンダナオ自治区カレッジ)に渡ったが、2008年に政府はPHP 20.8 billion の予算をその他の自治区大学及び自治区カレッジのために用意した。

以上、

ここで分かることは聖教は池田氏を出来るだけ大きく見せ、会員をして「凄い!」と錯覚させる為にわざわざ「国立大学」と誤翻訳したということだ。実際は地方大学ということである。まさに確信犯だ。

このようにして学会員は徐々に洗脳され、池田氏を神格化しているのである。

因みにアメリカ創価のWorld Tribuneの検索にも掛けてみたが、「THE BATAAN PENINSULA STATE UNIVERSITY」なるものはヒットしなかった。さすがに英語圏でありフィリピンからの移民が多い米国ではウソがばれると判断したのであろう。


 

ギャハハハ アホケ~ン院政

 投稿者:悪口常連  投稿日:2012年 2月 6日(月)12時16分29秒
返信・引用 編集済
  http://6706.teacup.com/fbreformation/bbs/285


池田教の功徳は無いらしい。
 

奇妙奇天烈な人形信仰、保田妙本寺の邪義を粉砕す

 投稿者:黒川和雄  投稿日:2012年 1月23日(月)22時22分33秒
返信・引用
  http://youtu.be/wKnu9RNxKlI

アップ!
 

大月天  幼稚な論理を振り回す

 投稿者:*  投稿日:2012年 1月12日(木)22時07分14秒
返信・引用
  >*投稿者:管理人  投稿日:2012年 1月12日(木)13時39分29秒
>御義口伝に曰く『或いは文を陰(かく)して義を取り、或いは義を隠して文を取り、
>或いは文義を共に顕はし、或いは文義共に隠して講談するなり』と。(新編 1815)


何故、就註法華經口伝(御義口伝)末尾を隠す!

この書の日付は「弘安元年 戊寅正月一日」である。

愚かにもまだ「偽書」と気付かぬ愚人よ!

京都の古書から見出されものを、尊門の系譜が珍しい財貨とし、のち大石寺に

もたらされた。

「六老僧の所望に依って老期たりと雖も、日蓮が本意の一端護義せしめ畢んぬ。

是併ら私に最要文を集めて読誦せしむる所なり。然る間法華諸要の文書き付け畢んぬ。

此の意は或は文を陰して義を取り、或は義を隠して文を取り、或は文義共に顕はし、

或は文義共に隠して講談するなり。

委しくは註法華経を拝見すべし。然りと雖も文義甚深の間、愚昧に及ぶべからざるなり。

広宣流布の要法、豈此の註法華経に過ぎんや」


この文面を拝し、愚かにもまだ「偽書」と気付かぬ愚人よ!

御義口伝・二箇相承書・本門戒壇の大御本尊 全てがニセモノ。
 

Re: 秋です!

 投稿者:カルト監視団  投稿日:2011年10月25日(火)23時04分31秒
返信・引用
  > No.1491[元記事へ]

長岡鉄斎さんへのお返事です。

> 皆様お変わりございませんか?

管理人さん、お気遣いありがとうございます。

当方、いたって元気です。誰かと違って脳梗塞にもなっていません。v(^◇^)v
 

秋です!

 投稿者:長岡鉄斎  投稿日:2011年10月18日(火)11時36分9秒
返信・引用
  皆様お変わりございませんか?  

創価学会信者・柳原滋雄の正体

 投稿者:早稲田常楽本部  投稿日:2011年10月15日(土)16時24分16秒
返信・引用
     柳原某よ乙骨氏が「下請け」?
「下請け」というのは自称ジャーナリストの柳原某など〝カルト創価員〟としての身分を隠して創価学会を擁護する者共を指すのではないか?東京出張の度々に五反田辺りの歓楽街で風俗(SMクラブ)通いする奴、
平日の日中、仕事サボって赤坂見附でパチンコに精を出す奴、奥さんがお産で実家に帰ったのを良いことにデリ嬢呼んでいかがわしい行為をしている奴、隠れマンションで日中から麻雀に精を出す奴等、みんな会員か
ら騙し取った財務でしょう。人から巻き上げた金でロクに仕事もせず、他人に貢がせては汗水垂らさず遊んでいる連中こそ人生の落伍者、人間のクズ、〝食法餓鬼〟創価学会本部職員や、その取り巻きの事だよね(笑)

柳原滋雄が矢野裁判で負けたようだ!

当然ながら「控訴」します

 東村山市議の矢野穂積が当コラム日記の記述で名誉棄損されたとして500万円の損害賠償を求めてきた裁判で25日、東京地裁(民事24部)の荻原弘子裁判官は被告(小生)に対し、30万円の賠償金の支払いを命じる判決を言い渡した。
 この裁判は当ホームページのコラム日記(2008年9月13日付)の文中、「重要容疑者」の文言が犯罪者と読み取れる旨の提訴だったが、裁判所は、原告の言い分をそのまま認めた。すでにその5文字については削除されていること、ネッ
トという活字とちがって残らない媒体であること、記事の見出しに使ったわけでなく本文の記述にすぎないことなどの諸事情はまったく考慮されていない、当方にとってはいわば一方に偏した判決であり、当然ながら控訴することになる。
 当方自身は特に落ち込んでいるわけではなく、むしろ支援的気持ちで傍聴に来てくれた方々に申し訳ない思いで一杯となった。仮に請求棄却されれば、小生の性格からすると、この問題への関心は薄れる方向にむかったはずだが、むしろこのよ
うな判決をもらうことで、東村山デマ事件とは、今後も末永く関わる決意を固めることになりそうだ。その意味では、裁判官の示した「30」という数字は、小生にはむしろ“慈悲”にさえ思えてきた。これはけっして負け惜しみではない。今日
は新たな闘争のためのゴングの鐘の音を聞いたということだ。
 サイコパスとの戦いは、ペテン師がくたばる(政治生命を失う)まで、これからも続いていくということである。

 【「重要容疑者」裁判のこれまでの経緯】 http://www2.atwiki.jp/kusanonemaze/pages/90.html

 ※本件記事は4月25日(月)午後3時30分に掲載した。」

柳原滋雄こそがデマ発信者だったわけだ


柳原氏、共産党機関紙「赤旗」の記事を引用し、暗に公明批判!?

>使用済み核燃料を安全に処理する方法は現在でも見つかっておらず、
>最終処分のメドも立たないまま、これまで見切り発車的に「原発は安上がり」との虚偽宣伝を繰り返し、
>原子力発電を行ってきたのがわが国の現状だ。
>放射能の半減期間は万年単位といわれ、ry未来に長く“ツケ回し”する仕組みに変わりはない。ry
>これも政治の“レベル”の反映といってよいだろう。
ttp://www.yanagiharashigeo.com/kd_diary/index.htm

柳原某よ!
おまえがいつも批判している赤旗の引用か?
言い訳するなよみっともないから。
笑えるね!

柳原氏、公明批判強める。
  ↓
今日付の産経新聞は、「正論」のコーナーで、「30年がかりで『脱原発』を目指せ」との識者の主張を掲載した。
共産党機関紙「しんぶん赤旗」も本日付で、「原発からのすみやかな撤退、自然エネルギーの本格的導入を」との大見出しで、党としての見解を一挙掲載している。

(一方、公明党は)「大衆のため」との立脚点から考える限り、最初から方向性は決まっているようにも見えるが、過去の経緯もあり、はっきりとした立場を示すことができないでいるようである。
同党は大衆(国民・住民)の生命・財産を守るとの原点に、いま一度、明確に戻るべきだろう。
目先の選挙にとらわれるあまりに生じやすい傾向は、同党の理念を曇らせることが多かった。
ttp://www.yanagiharashigeo.com/kd_diary/index.htm

創価学会地区部長・柳原滋雄が矢野穂積に負けた裁判の判決文
平成23年4月25日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官 橋本輝明
平成21年(ワ)第40028号 損害賠償等請求事件
(口頭弁論終結日 平成23年1月6日)
判 決
東京都東村山市
原告 矢野穂積
同訴訟代理人弁護士  中田光一知
同          福間智人
同訴訟復代理人弁護士 野口真吾
東京都新宿区
被告         柳原滋雄
同訴訟代理人弁護士  井田吉則
同          西口伸良
同          石田廣行
主 文
1 被告は,原告に対し,30万円及びこれに対する平成21年11月26
日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用はこれを20分し,その19を原告の,その余を被告の,各負
担とする。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。



「柳原滋雄」は確信犯の“大嘘つき”だ!
 柳原滋雄という男がいる。この男は外国人参政権に大賛成の売国奴である。しかしこの男が許せないのは反対派を罵倒することである。

 詳しくはこのコラムを見ればわかるが、適当な理屈をこねて何とかして外国人参政権を成立させようとしている。この男は「参政権がもらえるのは日本に10年以上滞在し、税金もきちんと納め、法令違反をしていないことが条件だ」と言う。

 だが、中国人や韓国人は日本をのっとるためなら10年くらいは税金を払っておとなしくしてでも日本を乗っ取ろうと画策する下劣民族だ。10数年後には対馬や与那国は「永住権を持った税金も立派に払い犯罪もしない外国人」が選挙してくるのは間違いない。

 にもかかわらず柳原は「デマ」と決め付け、自称ジャーナリスト・扇動マンガ家・憲法曲解学者とののしるのだ。
 その言葉そっくりあなたに返そう。柳原滋雄は自称・日本愛国曲解扇動コラマーだと。

http://sinnnoaikokuhosyu.seesaa.net/article/140377725.html

門田 隆将(かどた りゅうしょう、1958年 - )は日本のジャーナリスト。本名門脇 護(かどわき まもる)。高知県安芸市出身。土佐高等学校、中央大学法学部政治学科卒業。

目次
1 経歴
2 著書
3 関連項目
4 外部リンク


[編集] 経歴
大学卒業後、新潮社入社。『週刊新潮』に配属され、数々のスクープをものにする。記者、デスクを経て編集次長に就任。政治、経済、歴史、事件など、さまざまな
分野で同誌の中核記事を担当する。酒鬼薔薇事件の被害者遺族の手記を発掘するなどし、少年法改正に大きな役割を果たした。次長時代の1996年に手掛けた「信平手
記」について、創価学会員ジャーナリストの柳原滋雄から現在も攻撃されている。

真実を伝えず調査能力もない「聖教新聞」「公明新聞」への当て擦りか!?
柳原滋雄氏、又も「赤旗」「東京新聞」から引用。

リベラルな紙面で知られる東京新聞が本日付の「こちら特報部」のコーナーで、「原発の原子炉が割れる!?玄界1号機 危険度最悪」との特集を組んだ。
原発は危険性の高い順に、玄界1号、美浜1号、美浜2号、大飯2号、高浜1号、敦賀1号、福島第一1号と列記しており、「すぐに廃炉にすべきだ」との識者の声を紹介している。

一方、今日付のしんぶん赤旗は1面トップで、
九州電力が関係会社の社員らに運転再開を求める“やらせ”メールを地元番組に投稿するように組織化していたことをスッパ抜いた。

ttp://www.yanagiharashigeo.com/kd_diary/index.htm

創価学会学生部の地域組織の副部長、平成11年当時は、創価学会男子部の新宿区常楽本部の副本部長・創価班班長・区言論部長などを歴任、
その後は壮年部の地区部長などを務めている自称ジャーナリスト・柳原滋雄 だって!

かつて創価学会元顧問弁護士であり反創価の活動家であった山崎正友氏を攻撃する『サイコパスの犯罪』を書いた「中田光彦」なる御仁は「柳原滋雄」であり、複数の名前を使い分けて学会批判者、日共を攻撃しました・・・
また彼は「社会新報」記者時代に反学会人士を「取材」の名目で調査していることが明らかになりました・・・
保守右派、反学会人士、特にTEAMKANSAI関係者、ブルーリボン活動家、創価と敵対している政治家を応援している方々、集団ストーカー被害者、中共、韓国批判者、中国・北朝鮮民主化運動に従事している方が狙われると思います・・・・

我々はこうした「スパイ活動」に注意しなければなりません。

創価学会学生部の地域組織の副部長、平成11年当時は、創価学会男子部の新宿区
常楽本部の副本部長・創価班班長・区言論部長などを歴任、
その後は壮年部の地区部長などを務めている自称ジャーナリスト・柳原滋雄 だって!

「柳原の引用の仕方は故意に前後の文脈を隠している。
『朝木さんと矢野さんは、以前からW不倫関係にあり、二人が性交渉していた声
が、事務所から漏れていたなどとの噂が‥』
 と、乙骨氏が書いているかのように書き連ねているが、実際の前後の文脈はど
うか。「朝木さんに対しても、『万引き常習者』だの『家族揃って万引きをして
いる』などと、それこそ根も葉もない誹謗中傷が執拗に加えられているが、そう
した誹謗中傷の極めつけにあるのが、W不倫情報。
 朝木さんと矢野さんは、以前からW不倫関係にあり、二人が性交渉していた声
が、事務所から漏れていたなどとの噂が、東村山市では、創価学会・公明党をは
じめとする反『草の根』グループからまことしやかに流されているのである。
 特に、朝木さんが不可解な転落死を遂げてからは、朝木さんの死は、『矢野と
娘の直子が不倫関係に陥り、それにショックを受けたのが朝木の自殺の動機』な
どという唾棄すべき噂が、創価学会関係者などからながされている。」
 柳原某の悪辣さは特に酷いものだ、引用の仕方がまるでなってない。
何のことはない創価学会関係者が、そのように噂をしていた、との話を、さも、
乙骨氏が書いたように批判している。
 このような人物がジャーナリストを自称しているのだから、まったくふざけ
た話ではある。」

柳原は負けたにもかかわらず更新していない!
「●東村山市議が突然訴えてきた裁判
提訴 2009年11月
内容 名誉毀損
原告 矢野穂積  被告 柳原滋雄
概略 東村山市議という「公職」の身にありながら、市民の税金で得た歳費を使って、市民ら
を多くの訴訟で威迫してきたことで知られる矢野穂積という人物が、当サイトの記述について
、名誉棄損で訴えてきた裁判。現在、東京地裁で進行しています。」
http://www.yanagiharashigeo.com/htm/kouhan.htm

2010年02月08日
「柳原滋雄」は確信犯の“大嘘つき”だ!
 柳原滋雄という男がいる。この男は外国人参政権に大賛成の売国奴である。しかしこの
男が許せないのは反対派を罵倒することである。
 詳しくはこのコラムを見ればわかるが、適当な理屈をこねて何とかして外国人参政権を
成立させようとしている。この男は「参政権がもらえるのは日本に10年以上滞在し、
金もきちんと納め、法令違反をしていないことが条件だ」と言う。
 だが、中国人や韓国人は日本をのっとるためなら10年くらいは税金を払っておとなし
くしてでも日本を乗っ取ろうと画策する下劣民族だ。10数年後には対馬や与那国は「永住権を持った税金も立派に払い犯罪もしない外国人」が選挙してくるのは間違いない。
 にもかかわらず柳原は「デマ」と決め付け、自称ジャーナリスト・扇動マンガ家・憲
曲解学者とののしるのだ。
 その言葉そっくりあなたに返そう。柳原滋雄は自称・日本愛国曲解扇動コラマーだと。
http://sinnnoaikokuhosyu.seesaa.net/article/140377725.html

重要なのは「思い込み」ではなく、客観的な裏づけを伴った「事実」である。
http://www.yanagiharashigeo.com/kd_diary/index.htm

古谷博氏を勝手に殺した柳原滋雄よ、お前が言うなww

柳原某よ!これはなんだ!!
2009/03/27(Fri)
矢野絢也・現代裁判  高裁判決は大幅後退
 矢野絢也と「週刊現代」が元公明党議員3人に名誉棄損で提訴されて一審で完全敗訴していた裁判で、本日午後1時30分、東京高裁(民事17部)で控訴審判決が言い渡された。
主文を言い渡した南敏文裁判長は、矢野が「念書」をつくって3人に引き渡した手帳を返却するように命じ、さらに賠償額を減額した。

2009/03/27(Fri)
矢野絢也・現代裁判  高裁判決はひっくり返る
 矢野絢也と「週刊現代」が元公明党議員3人に名誉棄損で提訴されて一審で完全敗訴していた裁判で、本日午後1時30分、東京高裁(民事17部)で控訴審判決が言い渡された。
主文を言い渡した南敏文裁判長は、矢野が「念書」をつくって3人に引き渡した手帳を返却するように一審原告らに命じるとともに、一審原告側が矢野に対し逆に300万を支払うようじ命じた。




 

Re: 買取サイトの運営者は?

 投稿者:カルト監視団  投稿日:2011年10月13日(木)00時11分4秒
返信・引用
  > No.1488[元記事へ]

創価学会 本尊買取さんへのお返事です。

> (1)創価学会書籍高価買取
>  www.soka-do.com
>  ドメイン情報にオーナー情報なし
>  IP:125.53.24.138
>  サイト運営者:東京SOKA堂
>
>  ※ こちらは、買取サイトのようですが、公安委員会の古物商許可番号がありません。


古物営業法では、
第2条(定義)

2 この法律において「古物営業」とは、次に掲げる営業をいう。
1.古物を売買し、若しくは交換し、又は委託を受けて売買し、若しくは交換する営業であつて、古物を売却すること又は自己が売却した物品を当該売却の相手方から買い受けることのみを行うもの以外のもの
2.古物市場(古物商間の古物の売買又は交換のための市場をいう。以下同じ。)を経営する営業
3.古物の売買をしようとする者のあつせんを競りの方法(政令で定める電子情報処理組織を使用する競りの方法その他の政令で定めるものに限る。)により行う営業(前号に掲げるものを除く。以下「古物競りあつせん業」という。)

となっており、買い取りのみ又は無償で引き取る場合は、古物営業法の許可は必要無いと考えられます。


◎古物商に興味があるようなので、申請が必要かどうかチェックしましょう。

○許可・届出の確認

☆以下の場合、古物商許可が必要です。

・ 古物を買い取って売る。
・ 古物を買い取って修理等して売る。
・ 古物を買い取って使える部品等を売る。
・ 古物を買い取らないで、売った後に手数料を貰う(委託売買)。
・ 古物を別の物と交換する。
・ 古物を買い取ってレンタルする。
・ 国内で買った古物を国外に輸出して売る。
・ これらをネット上で行う。


☆以下の場合、古物商許可は必要ありません。

・ 自分の物を売る。
(自分で使っていた物、使うために買ったが未使用の物のこと。)
(最初から転売目的で購入した物は含まれません。)
・ 自分の物をオークションサイトに出品する。
・ 無償でもらった物を売る。
・ 相手から手数料等を取って回収した物を売る。
・ 自分が売った相手から売った物を買い戻す。
・ 自分が海外で買ってきたものを売る。
(他の輸入業者が輸入したものを国内で買って売る場合は含まれません。)

☆その他
・ 古物商間で古物の売買、交換のための市場を主催する。 → 古物市場主(いちばぬし)許可が必要です。
・ 誰でも利用できるフリーマーケットを主催する。    → 古物市場主許可は必要ありません。
・ インターネット上でオークションサイトを運営する。   →古物競りあっせん業の届出が必要です。

以上のどれに該当するのでしょうか?

ムズカシすぎたかな。ゲラゲラゲラ
 

買取サイトの運営者は?

 投稿者:創価学会 本尊買取  投稿日:2011年10月12日(水)20時08分37秒
返信・引用
  (1)創価学会書籍高価買取
 www.soka-do.com
 ドメイン情報にオーナー情報なし
 IP:125.53.24.138
 サイト運営者:東京SOKA堂

 ※ こちらは、買取サイトのようですが、公安委員会の古物商許可番号がありません。


(2)創価学会本尊引取
 www.honzon-kaitori.com
 ドメイン情報のオーナー:P-VUD1644
 IP:125.53.24.141
 サイト運営者:東京SOKA堂


 ※ サイト名が買取から引取に変更されております。変更になったのは7/31です。


(3)創価学会脱会.com
 www.dakkai.com
 ドメイン情報のオーナー:P-VUD1644
 IP:125.53.24.138
 メンバーの所属:日蓮正宗法華講妙相寺支部


(4)幸福.info
 www.shobo.info
 ドメイン情報のオーナー:Yuuichi Une
 IP:210.196.169.209

解説します。

(1)創価学会書籍高価買取のドメイン「soka-do.com」の管理者情報は登録なしですが、サイト運営者が「東京SOKA堂」となっております。


そして、同じ「東京SOKA堂」がサイト運営者となっている(2)創価学会本尊引取のドメイン「honzon-kaitori.com」の管理者情報はP-VUD1644です。


そして、P-VUD1644が管理者となっているが(3)創価学会脱会.com「dakkai.com」です。こちらは、サイト上にメンバーの所属:日蓮正宗法華講妙相寺支部と表記があります。
更に(3)創価学会脱会.com「dakkai.com」のメインサイトして紹介されているのが(4)幸福.info「shobo.info」です。


(4)幸福.info「shobo.info」のドメインオーナー様は、Yuuichi Une様と登録されております。


尚、Yuuichi Une様は登録者ID:P-VUD1644と同一の可能性が大です。
Yuuichi Une様と、P-VUD1644を結びつけるサイトは、以下のサイトです。
サイト運営者などをご覧下さい。

http://www.andu.net/

ちなみに、どのサイトも同じCMSで構成させております。

 

どうして認めてもらえないのでしょうね。

 投稿者:キンマンコ太作  投稿日:2011年10月 7日(金)23時37分55秒
返信・引用
  ノーベル平和賞、リベリア大統領ら女性3人に

2011.10.07 Fri posted at: 18:18 JST


リベリア共和国のサーリーフ大統領


(CNN) ノルウェーのノーベル賞委員会は7日、2011年のノーベル平和賞の受賞者を発表した。

今年のノーベル平和賞は3氏に決定した。いずれも女性で、西アフリカ・リベリア共和国の大統領エレン・サーリーフ氏、同じくリベリアのレイマー・グボーウィ氏、そしてイエメンのタワックル・カルマン氏。

女性の安全のために非暴力で闘ったことなどが評価された。サーリーフ氏はアフリカで初めて選挙で選出された女性元首。


☆世界の指導者や識者と1,600回を超える対話したって、パンフに書いてあるけど誰も推薦しなかったんだね。

ほとんど誰も知らないような名誉何とかいっぱい持っているのに、どうしてもらえないのでしょうね。

やっぱり、キンマンコ~~、とかマハロ、バカヤロ~~がマイナス点なんでしょうかね。
もう後がないのに気の毒ですね。

イグノーベル賞を狙う手もありますね。

 

感謝&感動の日々・・急転直下 驚愕の展開劇

 投稿者:タカモト君  投稿日:2011年10月 6日(木)19時55分12秒
返信・引用
  本年9月16日、札幌談所にて御受戒を頂きました東京都在住の竹本良一と申します。
鳥本尊師より早々に講結成の内示を頂きました。これよりは帝都東京の広宣流布の大願を目指し先輩諸兄のお力をお借りして、日々精進して参る覚悟でございます。

さて、私自身といえば僅か1ケ月前まで『ヤスダ(保田)の万年キュウゴ(救護)の大本尊』と、大本山妙本寺に関する知識はこの程度でした(恥)。

二十代後半からの四半世紀以上を創価学会の第一線で活動(最終役職は支部長)、庶民の幸福実現と乖離した選挙運動の連続と、”永遠の指導者”さんの勲章の数だけを自画自賛する新聞の拡販等々、およそ『名聞名利は今生のかざり我慢偏執は後生のほだしなり』との宗祖の訓戒に反する創価に辟易、平成21年初頭、創価と決別するには、一番彼らの嫌がる所へ避難することだと判断、今や大石寺の広告塔としてネット上で人気?のT田君の縁で、御本仏と不二の尊体だと自称する早瀬日如(法主)の下に帰伏。
その年、炎天下に開催された立正安国論正義顕揚750周年の大会にも参加するも、既に創価が50年以上も前に提唱した折伏戦を後追いするだけの猊下の大号令(平成33年までに八十万体制を達成)を嘲笑する誠に不謹慎な信者でした。
その後も、昨日までの同志であった創価碩学の諸氏と口論(×法論)重ねるも、石山の偽装教義ではどうにも太刀打ち出来ず、彼らの吹聴する「大石寺を折伏したのは創価学会!」も、けだし名言と認めざるを得ない体たらく。
とりわけ大石寺のライフラインである「唯授一人血脈相承」は、どう足掻(あが)いても大聖人の御義に違背する「おとぎ話」にもならない邪義。
さりとて己心本尊を説きつつも、学会員が朝夕祈念する「一閻浮提総与、三大秘法の大御本尊」は、未だに大石寺在の本尊であることを肯定せざるを得ない創価の己義と矛盾にも賛同できずに暗澹たる日々を過ごしていました。

そんな中でも、毎月のように大石寺詣でをして「御開扉」と称されるエンターテイメントを鑑賞し、深夜には丑寅の苦行を重ねる模範?の信徒でもありました。
ところが、この7月に創価との公開法論を企図したものの、結果として石山側のエースを自認する弁士のT田君が完敗。その敗北の責任転嫁と、同時期に講中の仲間に不用意にも漏らした「戒壇本尊はニセかもしれない・・」という言質を取られ、8月末に所属寺院(長野県の妙相寺)の慶祝行事終了後、住職から一方的に役職解任の処分を言い渡され、実質上は「出て行け!」とばかりの破門を突きつけられました。
明けて9月2日、偶然にも知人の仲介で鳥本尊師と巡り会うことができました。
鳥本師のお話しは、大聖人の正法正義を理路整然と説かれ、また大石寺の偽装の本質を的確に破折されました。さらには大石寺をはじめとする他門の僧侶とは全く異なる潔いお振舞いに感銘を受け、即座に入信を決意しました。
大本山妙本寺に縁出来て1ケ月足らずにもかかわらず、十年、二十年以上にも匹敵する未曾有の感動と感謝の充実した日々を過ごしております。
余計な回り道と思えた創価も大石寺時代も、この会い難き正法に到達する為のロードマップ=いわゆる爾前権経の如き足場であったのでは?と感謝すらおぼえる今日この頃です。
まだまだ学ぶべきことも多い未熟者ですが、不思議な法縁で巡り会えた鳥本尊師を師として、皆さま方との異体同心の団結で、真の正法興隆への歩みを運んで参る決意であります。
 

「校長室」「校舎階段でも情を通じた「創価学会員」の桃色校長

 投稿者:松本弘芳  投稿日:2011年10月 6日(木)14時47分44秒
返信・引用
   東京都江戸川区のある小学校で、校長先生が児童の卒業式を目前にして突然、更迭された。熱心な創価学会員だったというこの校長、PTAの幹部である人妻と、なんと校内のあちこちで肉体関係を結んでいたのだ。

 それはいかにも唐突な、季節はずれの人事異動だった。江戸川区内に73ある区立小学校のひとつ、A小学校。その校長が交代すると都教育庁が発令したのは3月1日。3月24日の卒業式は目前というタイミングでのことである。
 前任の戸田堅一校長(59)=仮名=は、この発令をもって「区教育委員会付」となった。名目だけの待命ポストで、紛うかたなき左遷人事だ。
 ある江戸川区議が話す。「『なぜこんな時期に?』と都教育庁に問い合わせたら、『別に何も……』との答え。戸田校長は熱心な学会員だという噂をかねてから耳にしていたので、今にして思えば、公明党や学会の強い影響下にある都が事実関係を隠そうとしたのかって。そんな風にも疑ってしまいますね」
 できることなら事実関係を永遠に封印してしまいたい。都教委や区教委の関係者はみな、そう思ったに違いない。戸田校長のしでかしたことは、それほどまでに破廉恥きわまりないものだった。
 戸田校長は後述するように、小学校における国語教育の大家として知られる存在だったという。都で教職を得て、江戸川区の区立小で副校長をつとめ、01年に別の小学校で校長に就任。07年4月、A小学校に着任した。
 戸田校長、56歳。ここでの仕事を勤め上げれば無事定年、となるはずだったが、人の生きるところ、どこに落とし穴が潜んでいるかわかったものではない。
 着任当時、PTAの幹部をつとめていた森脇沙知代さん(仮名)。年のころ40代後半の彼女との出会いが、戸田校長の人生の歯車を決定的に狂わせてしまうのだ。
 PTAは言うまでもなく、学校の運営に密接に関与している。運動会や卒業式といった行事があればこれを手伝い、保護者の親睦会などを主催し、通学路の安全にも目を光らせる。校長とは必然的に年がら年中、顔を突き合わせる仲で、
「戸田さんはそうした付き合いから森脇さんに想いを寄せたと言います」
 とは、一連の経緯を知る関係者。
「そこで森脇さんに言い寄り、あろうことか肉体関係にまで持ち込んでしまったわけですよ」
 森脇さんの子供は07年4月に6年生になり、08年3月に卒業した。「その卒業式の直後、新年度が始まる前の3月29日昼に2人は関係しました。東京都内のホテルで密会したのです」(同)
 戸田校長には妻があり、成人した3人の子供もいる。つまり「W不倫」であった。
 卒業式の後、まるで別れを惜しむかのように交わした〝愛〟。それは2人だけの卒業式のつもりだったか。
 だが、卒業してさようなら、といかなかったのは何たる皮肉。2人の仲は暴走し、新たなステージヘと突き進んでしまうのである。
 08年4月、森脇さんは、わが子の卒業をもってPTA幹部を退任する。が、
「戸田校長さんは森脇さんを学校に呼び出し、そこでコトに及びます」
 とは、先の関係者。
「5月5日のことです。GWの連休中で、学校は休みでした。それをいいことに戸田さんは校長室で性行為をしたのです」
 凡百のアダルト作品ならば、息づかいも荒々しい校長が、抗(あらが)う元PTA幹部の人妻を押し倒し……などといった描写を喜んでするのだろう。が、
「校長室にベッドはありません。校庭に背を向ける形で執務机があり、その手前に応接用のテーブルが置かれ、左右にソファがあるだけ。ドアは廊下側と、隣接する職員室との間の2カ所。でも学校が休みなら誰も入ってくる心配はないから、ソファでエッチしたんじゃないですか」(A小の保護者)

匿名の電話から

 還暦目前にして色に迷った校長は、味をしめたのだろう、すぐに次なる一手を試している。
 選んだ場所はPTA会議室――。しかも、
「通常の勤務時間中のことでした」(前出関係者)
 すなわち校内に教職員と何百人もの児童らがいる昼日なか、わが校長は肉欲にふけっていたというわけだ。嬌声を押し殺したのか、はたまた校庭を走り回る児童の歓声がすべての〝音〟をかき消したのか。いずれにせよ、あきれた話というしかあるまい。
 いよいよ見境のなくなった校長は、さらに禁じ手を繰り出した。昨年4月、森脇さんをA小の臨時職員にするのである。
 臨時職員の中には、校長の裁量で雇えるものがあるという。そのことに乗じて戸田校長は、障害をもった児童らの介助役として森脇さんを採用した。
 要は公費で愛人を囲ったに等しいが、相手が校内に常駐するとなると、もはや校長はやりたい放題。以降、
「階段や屋上の出入口でもしていた」(同)
 というから凄まじい。
 地位も名誉もある初老の校長が、おそらくは体を横たえもせずに校舎内で励むという図。これには非日常的なアレやコレやの案出にしのぎを削るアダルト業界とて、さすがに口あんぐりといったところか。
 色ボケ校長。その妄想たるや恐るべし。
 この間、校長は校内のみならず、錦糸町のホテルで何度も愛人と交歓し、時に人目もはばからず路上でキスすることもあったという。
 だが、再び巡ってきた春は長くは続かなかった。
 昨年7月、森脇さんは臨時職員を退職する。郊外のホテルから休日の校長室へ、そして平日の会議室から屋上の出入口へとエスカレートの一途を辿ってきた校長の豪胆かつ奔放な欲望は、これで小休止を余儀なくされる。ほどなく……、
「『校長との関係をどうしたらいいのか』という相談の電話が何度か寄せられるようになったのです」
 と言うのは、区教委の並木正・指導室長だ。
「それは当初、名前を名乗らない匿名の電話でしたが、2月になって実名での電話があり、直接お会いして話を聴き取りました。その内容を校長本人に確認したところ『間違いありません』と認めたので、都教委に報告したという運びです。教職員が保護者と性行為をもつことは、同意の有無を間わず処分の対象となる。このため校長は当面、自宅謹慎となりました」
 そして3月29日、ついに戸田校長は懲戒免職処分に。
 かくして己が性欲に翻弄された聖職者は、齢59にして手痛い〝教育〟を受けたのである。
 それにしてもなぜ、森脇さんは校長との関係を区教委に相談するに至ったのか。
 校長は事情聴取の際、
「関係が冷えたのは自覚していた。そんなにしつこくしたつもりはない」
 と語ったというから、裏を返せば、距離を置かれ始めたところ「少々しつこくした」せいで嫌われた、ということなのかも知れない。
 そんな戸田校長の評判は、と言えば、これが「いい先生だった」という声ばかり。「娘のことで担任の先生に相談に伺った時、たまたまいらした校長が、数分間でしたけれど同席して話を聞いてくださり、色々とアドバイスもしていただけました。身長は160㌢ちょっと、四角い顔に銀縁眼鏡、白髪交じりのにこやかな普通のおじさんといった印象で、とても色気を感じさせるような人ではありませんでしたよ」(ある保護者)

『聞き流していた』

 先述した通り、戸田校長は国語教育の専門家で、全国の国語教育関係者が集まる研究会の役員でもあった。
「理論面も実践面も優れた教育者で、子供の指導、現場の先生の育成、その両方に手腕を発揮されていました。会合にはいつもスーツ姿で現れ、ちょっとした宴会で酒を飲んだって冗談のひとつもいわない。まさに実直を絵に描いたような人格者でした。今回のことは本当に信じられない気持ちです」(研究会幹部)
 一方の森脇さんも、ある児童の母親によると、
「細身で身長は150㌢くらいと小柄。外見は年相応といった感じで、お見かけする時はたいてい黒や紺などのスーツを着て、化粧も地味めな、本当に普通の方でした。PTAをお辞めになってからも毎朝のように校門前や通学路に立って挨拶運動をなさっていたので、『アレ?』と思いながらも、律儀で熱心な方だなあと感心していました」
 さて、戸田校長の自宅を訪ねたところ、家人は不在だった。近所の住人は、
「戸田さんの家が建ったのは10年ちょっと前。敷地は15坪ほどで、3000万円以上の借金をしたと聞いたね。新築直後は奥さんもホテルでベッドメイキングの仕事をしてたみたいだが、5、6年前からは別のところで住み始めてるよ」
 と言うのである。
「つまりは別居ですな。だから、戸田さんがいなけりゃ、誰も家にはおらんかもね。夫婦とも学会員で、奥さんは『聖教新聞をとってくれ』とか、選挙の時には『公明党に投票して』とか、ずいぶんと活動なさっていましたよ。でも、普通の近所付き合いはなかったからさ。戸田さんが学校の先生だということ以外、あの家のことはよく知らんよ」
 別の住人も、
「奥さんはごみ出しの時に顔を合わせると会釈してくださる穏やかな感じの人だった。旦那さんは先生だって?学会の会合に熱心に出てるとは聞いてたけれど、日ごろの交流は全然なかったもんでねえ」
 窺い知れるのは、学会の活動にのみ傾倒した、いたって内向きな生活ぶり。
 次に森脇さんの自宅に赴いてみると、ご本人は玄関の扉越しに、
「戸田先生は好い人でした。それ以外、お話しできることはありません」
 と言うばかり。戸田校長との関係について訊けば、
「学校に協力しているだけなのに、どうしてそんなこと訊かれなきゃいけないんですか」 そう怒声を発したきり、呼び鈴を押しても応答がなくなってしまったのである。
 だが、会社役員を務める森脇さんの夫は会社で取材に応じ、こう呻いた。
「A小学校の校長の不祥事すら、私は知りませんでした。すべては初めて聞いた話なので、ただ事実を確かめたい気持ちです。妻は時おり校長の話をしていましたけれど、私は大抵、適当に聞き流していたので、何を話していたかあまり憶えていません。妻が私の知らないところで何をしているかも全然分かりません。妻を愛していて心から信じている、というわけではないのですが、妻を疑いたくもない。でも、本当だとすれば、事実として受け止めるしかありません」
 教育評論家の尾木直樹氏は言う。
「校長とPTA幹部の不適切な関係とは前代未聞。それぞれの家庭はもちろん、学校、児童、PTAに与えた衝撃は計り知れませんが、校長本人も定年間近にして2000万円以上の退職金をフイにした。教育史に刻まれる、あまりに愚かで恥ずべき事件です」
 戸田校長、穴があったら入りたかろう。

『週刊新潮』平成22年4月8日号

 

日蓮正宗さん 気をつけよう!

 投稿者:**  投稿日:2011年 9月30日(金)19時04分16秒
返信・引用
  心臓大手術をした光久日康(東京・妙縁寺)が今度は脳梗塞で倒れた。

 

ついに池田太作の症状が分かるか?

 投稿者:通りすがり2  投稿日:2011年 9月25日(日)23時49分43秒
返信・引用
  高倉氏 池田名誉会長を提訴
 日記持ち去り事件等で係争中の香川大学教授・高倉氏は、平成23年9月2日付けで、創価学会名誉会長池田大作氏を相手に損害賠償請求訴訟を起した。その訴状は、平成23年9月3日に、東京地方裁判所民事第41部が受け付けられた。
 訴状の内容は原田会長等に対するものと、ほとんど同じ内容とのこと。

 この提訴に伴って、池田氏への当事者照会がなされた。これによって創価学会は回答期限、平成23年9月29日までに以下の点について答えなければならない。




一、当事者照会
民事訴訟法163条、同規則84条2項により、当事者照会を致しますので、後記回答すべき期間内にご回答下さい。



1、当事者
原告 髙倉良一
被告 池田大作



2、事件の表示
平成23年(ワ)第29303号



3、訴訟の係属する裁判所の表示
東京地方裁判所



4、照会年月日
平成23年9月15日



5、照会をする事項及びその必要性
 後記照会事項及び本件訴訟の主張、立証のため。原告は、被告池田大作に損害賠償請求を提訴した。ところが、マスコミ、風評等によると、被告は死亡しているとか、重篤な病気で、判断能力がない状況と伝えられている(添付資料)。原告としては、死者を相手に訴訟をすることは出来ず、本意ではない。  被告が死亡しているかどうか、明らかにしていただきたい。

 照会に対する回答が得られない場合は、被告が死亡しているため回答できないと考え、その旨、公に公表したいと考えている。

 また、被告に判断能力が無い場合、後見人の選任はされているのか。
 その点も明らかにしていただきたい。もし、後見人の選任がされていなければ、原告が選任手続をとる必要がある。



6、法163条の規定により照会をする旨
 法163条、規則84条2項により当照会をする。



7、回答すべき期間
平成23年9月29日

 

創価学会激震!

 投稿者:鈴木  投稿日:2011年 9月14日(水)22時36分44秒
返信・引用
  反学会に転じた
池田名誉会長の「金庫番」

 「彼は池田大作・創価学会名誉会長の最側近で、私生活も含め、池田氏のカネや身の回りの世話をする
秘書役でした。それだけに、彼が知っていることをすべて話せば池田氏や創価学会にとって大ダメージに
なるのは間違いありません」(ジャーナリスト・乙骨正生氏)
 埼玉・所沢市にある「能安寺」という寺の機関紙(9月1日付)に書かれたコラムが、創価学会関係者の間
で大きな話題を集めている。「ある学会幹部の入溝」と題したコラムの内容は、聖教新聞社専務理事などを
歴任した中西治雄氏が今年7月、学会と対立関係にある日蓮正宗(以下、宗門)の信徒になったというもの。
中西氏は、池田氏が会長に就任(1960年)する前の1950年代から側近として仕え、一時は「影の会長」
「池田氏の金庫番」と呼ばれていた人物である。
 裏方として、池田氏を公私にわたって支えていた中西氏だが、一度だけ表舞台に立ったことがあった。
それが1989年6月に起きた「捨て金庫事件」だ。横浜市のゴミ処分場で、現金1億7,000万円が入った
金庫が見つかり、捜査の結果、金庫は聖教新聞社からゴミとして出されたものと判明。世間では「学会の裏
金ではないか」と囁かれた。このとき、「20年以上前に、自分が学会内で不正に蓄財したカネで、その存在
を忘れているうちに誤って捨てられた」と名乗り出たのが中西氏だった。「当時、中西氏は会見を開きました
が、説明はしどろもどろ。約2億円もの大金の存在を忘れていたというのに、自宅を担保に350万円を借金
していたことも判明した。あまりに不自然で、学会内部でも『中西氏が池田氏と学会のために泥を被った』と
いう見方をする者は少なくなかった」(元創価学会幹部)
 以来、学会の役職から身を引き20年以上、一学会員として沈黙を守ったが、ここへ来て対立する宗門側
への転身。本誌が都内にある自宅を訪ねたが、中西氏は、「その件については、どなたにもお話ししないこ
とにしています」
 と語るだけだった。
 昨年6月以降、公の場に姿を見せず重病説も流れる池田氏。新たな心労が加わったことだけは間違いな
い。(週刊現代2011、9、24/10、1)

 

ブンブン=とおりすがり=高橋耕平=一読者

 投稿者:ふんふん  投稿日:2011年 9月 2日(金)07時25分33秒
返信・引用
  やっぱり、ブンブンくんの多重・遁走であった。
ブンブンくんの完全遁走は、確定した事実である。


☆ブンブンくんの恥ずかしい記録


◎「高橋耕平」=「とおりすがり」=「ブンブン」多重分

ロム男に大笑させていただきました 投稿者:とおりすがり 投稿日:2011年 6月28日(火)11時32分5秒 返信・引用
価値の「価」と、信は価の如くの「価」が同じだから
これは価値論のことだ~~~~ってか?www

ひさしぶりに大笑いさせていただきましたwww



Re: ロム男のこと 投稿者:高橋耕平 投稿日:2011年 6月 8日(水)23時52分55秒   通報 返信・引用
> No.891[元記事へ]

現役バリバリさんへのお返事です。

> あいつ馬鹿じゃねーの。

ロム男には笑わせてもらいましたね。報告書が国家諌暁でしたからね。狂ってますね。


アハハハハハハ 投稿者:ブンブン 投稿日:2011年 5月21日(土)05時56分33秒
予測とおりの展開。
ロム男くん、きっと夜遅く投稿してくるだろうと思っていたら、やっぱり、そのとおりだった。

笑えるカキコがいくつも・・・・と言っても彼のカキコは4つだけか・・・・とにかく、朝起きてしばらくしてみて笑わしてもらった。


◎ブンブン遁走分(5/22から遁走中)

アハハハハハハ 投稿者:ブンブン 投稿日:2011年 5月22日(日)10時25分19秒   通報
オモシロイ、これから出かけるから今晩か明日に会おうね。


ブンブンくんは、5/22の遁走劇が恥ずかしくてしかたないようである。

しかし、ブンブンくん、毎日大変だね。ハンネの使い分けに。

今更「ブンブン」なんて恥ずかしいハンネは使えないよね。
 

自称ジャーナリスト・柳原滋雄 だって!

 投稿者:新宿区常楽本部  投稿日:2011年 8月26日(金)15時10分39秒
返信・引用
   創価学会学生部の地域組織の副部長、平成11年当時は、創価学会男子部の新宿区常楽本部の副本部長・創価班班長・区言論部長などを歴任、
その後は壮年部の地区部長などを務めている自称ジャーナリスト・柳原滋雄 だって!

「柳原某は自身のコラム日記なるブログで乙骨正生氏の怪死を引用しているのだが、
その引用の仕方が故意に前後の文脈を隠している。
「朝木さんと矢野さんは、以前からW不倫関係にあり、二人が性交渉していた声
が、事務所から漏れていたなどとの噂が‥」
 と、乙骨氏が書いているかのように書き連ねているが、実際の前後の文脈はど
うか。「朝木さんに対しても、『万引き常習者』だの『家族揃って万引きをして
いる』などと、それこそ根も葉もない誹謗中傷が執拗に加えられているが、そう
した誹謗中傷の極めつけにあるのが、W不倫情報。
 朝木さんと矢野さんは、以前からW不倫関係にあり、二人が性交渉していた声
が、事務所から漏れていたなどとの噂が、東村山市では、創価学会・公明党をは
じめとする反『草の根』グループからまことしやかに流されているのである。
 特に、朝木さんが不可解な転落死を遂げてからは、朝木さんの死は、『矢野と
娘の直子が不倫関係に陥り、それにショックを受けたのが朝木の自殺の動機』な
どという唾棄すべき噂が、創価学会関係者などからながされている。」
 柳原某の悪辣さは特に酷いものだ、引用の仕方がまるでなってない。
何のことはない創価学会関係者が、そのように噂をしていた、との話を、さも、
乙骨氏が書いたように批判している。
 このような人物がジャーナリストを自称しているのだから、まったくふざけ
た話ではある。
 乙骨氏に創価学会構成員だと暴露され、仕事も裁判の傍聴くらいしか無く、
嫉妬でもしているのであろうか。」


http://cache.yahoofs.jp/search/cache?c=iUaSn_LwUS4J&p=%E6%9F%B3%E5%8E%9F%E6%BB%8B%E9%9B%84+%E5%89%B5%E4%BE%A1&u=logsoku.com%2Fthread%2Fkamome.2ch.net%2Fkoumei%2F1157363943%2F


 

反共謀略本 著者は創価学会員

 投稿者:新宿区常楽本部  投稿日:2011年 8月23日(火)16時44分57秒
返信・引用
  2003年9月3日(水)「しんぶん赤旗」

反共謀略本 著者は創価学会員
三つの名で正体隠し

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共産党攻撃に「稲山」
反学会勢力に「中田」
本名は「柳原」
 北朝鮮問題を利用して日本共産党を中傷攻撃した謀略本の著者は創価学会活動家で、三つの名前を使いわけ日本共産党や反創価学会の人物を攻撃、社会党(現社民党)機関紙「社会新報」記者という経歴まであることが本紙の調べでわかりました。

「社会新報」記者の経歴も
 問題の謀略本は『拉致被害者と日本人妻を返せ 北朝鮮問題と日本共産党の罪』(未来書房刊)。拉致問題をふくむ日朝問題の解決に大きな役割をはたした日本共産党を中傷し、「しんぶん赤旗」など日本共産党の著作物を大量盗用したため、日本共産党が名誉棄損や著作権法違反で出版社や「稲山三夫」名の著者などを提訴。現在、東京地裁で裁判がおこなわれています。

 未来書房の海野安雄代表取締役は学会の地域幹部で、謀略本の出版・販売などに創価学会が深く関与していたことが本紙の調べで判明しています。さる六月二十四日の裁判で未来書房側の訴訟代理人は、著者「稲山三夫」の本名を柳原滋雄氏と明言。さらに同代理人は二日の裁判で、本紙記者が本人確認のために取材していた東京・新宿区在住の柳原滋雄氏を本の著者と事実上認めました。

 この柳原氏は創価学会活動家。日本共産党を攻撃する場合には「稲山三夫」、反創価学会の陣営を攻撃するときは「中田光彦」のペンネームを使用し、取材・執筆していました。

 柳原氏は「中田」名で、元創価学会顧問弁護士で現在、創価学会を批判している山崎正友氏を攻撃する『サイコパスの犯罪』、『サイコパスのすべて』を創価学会直系の潮出版社から昨年相次いで出版。月刊誌『潮』の昨年八月号にも同じ趣旨で山崎攻撃の記事を掲載しています。

 攻撃対象は、山崎元創価学会顧問弁護士だけではありません。『潮』一九九九年十二月号では、創価学会を厳しく批判していた白川勝彦自民党衆院議員(当時)を攻撃するために「元恐喝男に『支配』される白川代議士」という記事も「中田」名で書いています。

 この「中田」の正体は、山崎元創価学会顧問弁護士が潮出版社などを名誉棄損で訴えた裁判(横浜地裁小田原支部)で今年三月、被告側が「中田」の本名を「柳原」と示したことで明るみに出ました。

 さらに柳原氏には一九九〇年代に、本名で「社会新報」記者をした時期がありました。当時は自社さ連立政権で公明党(新進党と公明)は野党。

 当時の「社会新報」編集関係者によると柳原氏は、宗教法人法改正問題を熱心に「取材」する一方で、反創価学会団体の「取材」にも取り組んだといい、「記者採用当時は創価学会員とは知らなかった。その後、彼の結婚式で創価学会や公明党が前面に出てきて驚いた」と語っています。柳原氏は、その後「社会新報」を退職しました。

 「創価学会による被害者の会」役員は「『社会新報』の名刺で『取材』する人物が『中田』や『稲山』だったとは。謀略の深さには背筋が寒くなる。許せない」と語っています。


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「新たな登記簿提出すべきだ」
未来書房に求める
 日本共産党が反共謀略本を出版した未来書房や著者、本の車内中づり広告を掲示したJR東日本を名誉棄損などで提訴した訴訟の第三回口頭弁論が二日、東京地裁民事四十七部で開かれました。日本共産党の代理人は「名誉棄損にあたらない」などとするJR東日本の主張に反論しました。

 また、未来書房の本店が移っているので商業登記簿を訂正して出すことを求めました。さらに、被告である著者の柳原滋雄氏が山崎正友元創価学会顧問弁護士にかかわる裁判の被告である柳原滋雄氏と同一人物であるかどうかを明確にするよう求め、被告の代理人は、事実上、同一人物であることを認める対応をしました。


裁判でも負けたようだ!

創価学会地区部長・柳原滋雄が矢野穂積に負けた裁判の判決文
平成23年4月25日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官 橋本輝明
平成21年(ワ)第40028号 損害賠償等請求事件
(口頭弁論終結日 平成23年1月6日)
判 決
東京都東村山市
原告 矢野穂積
同訴訟代理人弁護士  中田光一知
同          福間智人
同訴訟復代理人弁護士 野口真吾
東京都新宿区
被告         柳原滋雄
同訴訟代理人弁護士  井田吉則
同          西口伸良
同          石田廣行
主 文
1 被告は,原告に対し,30万円及びこれに対する平成21年11月26
日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用はこれを20分し,その19を原告の,その余を被告の,各負
担とする。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。





 

謀略集団機関紙『慧妙』に載った“幽霊ジャーナリスト”座談会

 投稿者:白戸家  投稿日:2011年 8月18日(木)18時15分20秒
返信・引用
  2011/08/17(Wed)

 “法主”の座を先代から譲り受けた「証拠」を持たないことで知られる日蓮正主・前法主の阿部日顕。その阿部の“親衛隊”として違法な電話盗聴疑惑を司法認定されたこともある集団が、妙観講だ。このグループは、阿部が過去に米国シアトルで「買春」した事件が世の明るみになると、自らのイメージ・ダウンを軽減する目的からか、講員らを使って対立教団に“虚偽訴訟”を向けさせることも平気な集団として知られる。その機関紙として知られる『慧妙』(月2回発行)が、「著名ジャーナリスト4人の座談会」と題する記事を掲載していた。
 4人の内訳は、溝口敦、野田峯雄、段勲、乙骨正生。このうち段と乙骨は、元学会員の脱会者であり、溝口は元共産系、野田は社民党系の人物として知られる。座談会は上・中・下の3回にわけて掲載される予定のようだ。不思議なことは、肝心の座談会の発言部分は、「名前」ではなく、「A」から「D」までのイニシャル表示にされていることだ。つまり、だれが語っているのか、一般的には判然としない。当然ながら、顔写真も付されていない。発言内容の責任を問われたくないのか、よほど自信がないことの“裏返し”と見られても仕方がない。
 そこで話されていることは、これからの創価学会がどうなるか、さらに現状における実態などが話し合われている。なるほど読んでみる限り、裏付けもとれていないようなヨタ話のオンパレードであり、これではイニシャル表示にしなければならない歴然たる「理由」が存在するというものであろう。
 ちなみに、小生が判読した限りでは、A=溝口、B=段、C=野田、D=乙骨とよみとれる。
 なかでもDの発言は、「創価学会は宗教的には『ゼロ』だと思います。何もない」「『教祖』が作り上げたオリジナリティーがない」などと繰り返しているところからみても、創価学会 → 正信会 → 日蓮正宗 と、“政界渡り鳥”ならぬ“教団渡り鳥”を行ってきた人物らしい特有の表現に受け取れる。
 彼らが語った教団の将来像が真実となるかどうかは、そう遠くない未来に明らかになるであろう。そのなかには、創価学会はいずれ分裂し、関西方面は独立する(CとDの発言)のようなものさえある。「ジャーナリスト」を称する者たちがいかにいい加減な“戯言”を述べているかは、今後の歴史が明確に証明することになるだろう。戸田会長の時代にも、無責任な言論がはびこったことはよく知られている。いずれも、“大ハズレ”だった。

http://www.yanagiharashigeo.com/kd_diary/

 

Re: 池田大作「権力者」の構造

 投稿者:白戸家  投稿日:2011年 8月10日(水)12時55分55秒
返信・引用
  > No.1443[元記事へ]

22世紀さんへのお返事です。

>   1980年、創価学会の元顧問弁護士である山崎正友氏、元教学部長の原島崇氏などが学会本部から持ち出した機密資料などをもとに、驚くべき創価学会の実態を暴露し始めた。そのころ私は月刊誌や週刊誌を舞台に執筆活動を再開していたが、両氏のもたらした情報は驚天動地の内容といってよく、胸がわくわくするほどの興奮を覚えた。
>  この前後から創価学会本部に勤める職員などから情報が漏れ出し、意外なことも聞いた。本書を手に取った野崎勲副会長が「よくできた本だな」といったこと、秋谷栄之助会長が本書の刊行に危機感を持ち、一時筆者の動向を気に掛けたこと、日蓮正宗の若手僧侶たちが本書を池田大作研究の参考書に使っていたこと――などである。
>  本書は『聖教新聞』を創刊時からたんねんに読み込むことで始まっている。特に内部情報を求めたわけではなかったが、池田氏について推測したおおよそは当たっていた。相手側の創価学会から評価されて、逆にそのことを知ったのだが、物書きとしては非常な名誉と心得る。
>  もちろん刊行後、創価学会や池田氏からは名誉棄損の苦情や訴訟など、一切受けていない。ただ先輩ライター(故人)から1983年、学会系の『潮』誌などで見当違いの罵詈讒謗を浴びることはあったが、おそらく食うに窮して創価学会に取り込まれたものだろう。それなりに一目置いていたライターであり、学会に使嗾されて晩節を汚すことになったのは彼のため残念である。
>  本書の増補改訂版『堕ちた庶民の神』は1981年6月、元版と同様三一書房から刊行された。その「あとがき」で筆者は次のように記した。
> 「旧著=元版=が刊行されて9年の歳月が流れ)池田氏の実像はますます明らかになりつつあるが、筆者は新たにお世話になった方々への謝辞のほかには、旧著あとがきを変えたり、つけ加えたりする必要をほとんど感じていない。池田氏の人間性が変わらない以上、筆者の池田氏に対する評価も同様に変わりようがない」
>  本書はこの増補改訂版を底本としている。今回、講談社+a文庫の一冊に収容されることになったが、最初の刊行計画は同社生活文化局・柿島一暢氏に発している。同氏がその後『現代』編集部に移られたため、実際の刊行では生活文化局担当部長・木原進治氏にひとかたならぬお世話になった。
> 底本でお世話になった方々と併せ、末尾ながら深謝する次第である。
>
>  二〇〇五年八月
>
> 溝口 敦

ノンフィクション作家「溝口敦」がしれっと書いた“アンフェア”な文章

2006/12/24(Sun)

 硬派なジャーナリストとして知られる人物に「溝口敦」という物書きがいる。ヤクザもの、食肉業者の問題などで世間に名を定着させて久しいが、その昔、この人がペテン師「山崎正友」の“虚偽情報”などを鵜呑みにし、さらには垂れ流して、創価学会叩きに躍起になった「過去の行動」を若い人はすでに知らないだろう。同人の関連著作は1972(昭和47)年、30歳のときに発刊した『池田大作権力者の構造』(三一新書)を嚆矢とし、それから9年後の81(昭和56)年、大量の“山崎情報”などを加え補訂した『堕ちた庶民の神』(三一書房)として“進化”させた。昨年、その補訂本を文庫の形で再刊しているが、その本の「あとがき」に目を通していて、まったく「アンフェア」としか思えない文章に出会った。
 「もちろん、刊行後、創価学会や池田氏からは名誉毀損の苦情や訴訟など、一切受けていない。ただ先輩ライター(故人)から83年、学会系の『潮』誌などで見当違いの罵詈讒謗を浴びることはあったが、おそらく食うに窮して創価学会に取り込まれたのだろう。それなりに一目置いていたライターであり、学会に使(し)そうされて晩節を汚すことになったのは彼のため残念である」
 ここで指摘されている“先輩ライター”とは、同人より12歳年上のルポライターだった「竹中労」(故人)のことである。私は学生時代、竹中のルポルタージュ研究会に参加して影響を受けたのでなおさら思うのだが、竹中は溝口が書くように、「食うに窮して創価学会に取り込まれた」のではけっしてなかった。結論からいえば、竹中は創価学会員ひとり一人の≪庶民信仰≫に着目・共感を寄せたのであり、その上で、ペテン師「山崎正友」らの振り撒いた多くの虚偽情報、さらにはそれらに気安く便乗した内藤国夫をはじめとする“走狗”の「本質」を、自らの意思とペンの力で叩き斬ったというのが正確である。
 溝口があとがきで触れている「潮」の記事は、83年1月号に掲載された。同人は竹中らによって痛烈批判されることになるのだが、そこでは、「“転び左翼”溝口敦」「左腕投手」「共産党一家」「妻は日共大衆団体『新婦人の会』のリーダー」などの事実摘示がなされている。以上はおそらく虚偽でなく、真実であろうが、溝口自身が竹中に直接電話してきて語ったという興味深いエピソードも紹介されている。
 「彼は私に電話をかけてきて、だんじて破壊工作者(プロボカートル)ではない、『潮』にああいう投書が載ったのは心外だというんだな。内藤は大出版資本の飼犬だ、山友は悪いヤツだと、問うにおちず語るに落ちて、こちらがあっけにとられた。彼に同情をしたね、早くやめりゃいいんだよ“幻のキャンペーン”を」
 一体これらのどこが、「見当違いの罵詈讒謗」だったのか、溝口の指摘からはまるで判然としない。いっそ明らかにしてはどうか。少なくとも、竹中労が生きているときに「活字」にするならまだしも、没後10年以上たって、相手が「反論権」を行使しえなくなった段階での“自己肯定”は、たいへん見苦しい。恥ずべきはむしろ、「希代のペテン師」や「出版資本(の時流)」に“取り込まれた”≪過去≫をもち、そのことをいまも“肯定”してやまない≪高名なノンフィクション作家≫、溝口自身ではないのか。

※竹中労氏の当該文章は、書籍『仮面を剥ぐ』(幸洋出版、1983年)にも収録されています。

http://www.yanagiharashigeo.com/kd_diary/

 

創価学会員諸氏への警告

 投稿者:れいな  投稿日:2011年 7月26日(火)09時21分18秒
返信・引用
  http://6730.teacup.com/tasakuikeda/bbs/739  

ロム男ちゃ~~~ん

 投稿者:れいな  投稿日:2011年 7月26日(火)00時28分19秒
返信・引用 編集済
  アホタンロム男君曰く、


石黒訪問記が国家諌暁の証である!!
これが国家諌暁でなくして何なんだ~~~~!!!

アハハハハハハハハハハハハハハハ

カッコワルゥ~~~~~~~~~~~~~
 

ロム男ちゃんへ

 投稿者:れいな  投稿日:2011年 7月26日(火)00時25分21秒
返信・引用
  デ~テコイ デ~テコイ 吶喊ロム男ちゃん

ぎゃははは!!
 

Re: 学会員のロム男氏をご紹介

 投稿者:長岡鉄斎  投稿日:2011年 7月23日(土)19時41分2秒
返信・引用
  > No.1466[元記事へ]

管理人(創価監視カメラ)さんへのお返事です。

> 諸事情にて学会員のロム男氏をアクセス禁止と致しました。
> ここに来られるかも知れませんので、その時はよろしくお願いいたします。

承知申しました。
 

学会員のロム男氏をご紹介

 投稿者:管理人(創価監視カメラ)  投稿日:2011年 7月23日(土)14時26分44秒
返信・引用
  諸事情にて学会員のロム男氏をアクセス禁止と致しました。
ここに来られるかも知れませんので、その時はよろしくお願いいたします。
 

創価学会現役幹部運営のインターネットサイトに謝罪文掲載して閉鎖&賠償命令

 投稿者:旧常楽本部所属  投稿日:2011年 7月11日(月)17時32分23秒
返信・引用
  本誌編集部

 創価学会青年部の機関紙「創価新報」の平成23年6月15日号掲載の座談会記事「轟け!正義の獅子吼 青年部躍進座談会」には、創価学会青年部幹部のこんな発言が載っている。
「棚野(青年部長)学会の平和・文化・教育の運動は、世界に大きく広がっている。ゆえに、それをひがみ、そして妬み、誹謗する輩も必ず現れる。
 竹岡(牙城会委員長)そうだ。ネット上に悪意で、卑劣で陰湿なデマを流す輩がいる。 桜井(男子部書記長)ところが、こうしたデマは、『いつ』『どこで』『いくらで』『誰から誰に』そうしたことがあったのかという具体的な根拠がまったくない。要するに、読めばすぐに『作り話』と分かるものだ。(中略)
 橋元(男子部長)デマを流す人間の心が、あまりにも貧困だ。皆から笑われているよ(笑い)」
 インターネットの普及に伴い、その匿名性を利用しての悪質なデマや名誉毀損行為が社会問題になっているが、「創価新報」座談会記事は、そうした風潮を背景にインターネット上に創価学会や池田大作氏に対する「悪意で、卑劣で陰湿なデマを流す輩」がいることを非難する内容となっている。
 だがそうした非難されるべき「ネット上に悪意で、卑劣で陰湿なデマを流す」行為を、創価学会の現役の男子部幹部や、男子部幹部を歴任するなどした壮年部幹部の学会員ジャーナリストが行い、名誉毀損で提訴された結果、司法によってその不法行為責任を認定されて損害賠償の支払いを命じられたり、自ら責任を認めてサイトの閉鎖と謝罪文の掲載、そして解決金を支払うことで和解するなどの事実が、今年に人って相次いでいる。
 まずは次のような「謝罪文」を紹介しよう。この「謝 罪文」を掲載したのは「ゴルゴとマリア」と称するインターネットのホームページサイドである。
「『ゴルゴとマリア』のホームページ閉鎖について
 当ホームページにおいて、作成者不肖の『勝ち鬨』、『フェイク』をそのまま流用して、宗教法人日蓮正宗の信徒団体である妙観講の講頭大草一男氏にあたかも女性スキャンダルがあり、また反社会的な活動や破廉恥な行為を行っているかのような情報を掲載し、大草氏の名誉を著しく毀損しました。
 当ホームページにおいて、虚偽の事実もしくは何の裏付けもとれていない事柄を掲載したことにつき、大草氏をはじめとする関係者に対して深く謝罪するとともに、当ホームページを閉鎖し、今後は大草氏や妙観講の名誉を毀損するような情報を公開しないことを確約いたします」
「謝罪文」を掲載し閉鎖された「ゴルゴとマリア」と称するホームページサイトには、閉鎖前「ゴルゴとマリアのウェブサイトヘようこそ!/当サイトゴルゴとマリアは、日顕宗の悪を撃つ『地涌』『勝ち鬨』「同盟通信』『新改革通信』『フェイク』等、さらに有志が個人的に作成している各種文書を集積しています。/サーバの維持費は管理人(モンキー)のポケットマネーから捻出しており、私の命ある限り、このサイトは存続します。/いつの日か相承する時が来るかもしれません。/合掌」との一文が掲載されていたが、ここにある「日顕宗」との表記は、創価学会が日蓮正宗を誹謗する時に使用する常套句。
 要するに「ゴルゴとマリア」と称するサイトは、日蓮正宗とその関係者を攻撃することを主目的とするサイトであり、妙観講が日蓮正宗の法華講(信徒団体)の中で、もっとも激しく創価学会を批判していることから、妙観講ならびに同講の大草一男講頭を誹謗・中傷する「勝ち鬨」「フェイク」などの怪文書を貼り付けていたということのようだ。
 しかし「勝ち鬨」「フェイク」などに掲載された大草氏に女性スキャンダルがあるかのような記述や、妙観講が反祉会的活動を行っているかのような記述については、別件の名誉毀損に基づく損害賠償請求訴訟において、悪質な名誉毀損であることが認定されていたことから、大草氏ならびに妙観講は、名誉毀損記事を垂れ流す「ゴルゴとマリア」の運営管理者を、プロバイダーに情報開示を迫るなどの法的措置を講じるなどして特定。昨平成22年12月、名誉毀損に基づく損害賠償の支払いと謝罪文の掲載、そしてサイトの閉鎖を求めて訴訟を東京地裁に提訴していた。
 日蓮正宗関係者の話によると「モンキー」なるハンドルネームを用いて素性を隠し、大草氏や妙観講を誹謗中傷する怪文書を垂れ流していた人物は、創価学会の総区幹部で未来部長や創価班委員長を務めるバリバリの現役幹部だったという。
 まさか身元を特定されるとは思わなかったのだろうが、被告となったサイト管理者の男子部幹部は、怪文書の内容が名誉毀損にあたると認定されていることもあって抗弁を断念。代理人の創価大学OBの学会員弁護士を通じて、早々に原告の大草氏・妙観講側に、謝罪文を掲載してサイトを閉鎖するとともに、解決金を支払うことでの和解の申し入れを行い、6月下旬、和解成立とともにサイトを閉鎖する旨を記した謝罪文がホームページ上に掲載された。この「ゴルゴとマリア」については、怪文書の収集能力が個人の域を超えていることや、全国各地の創価学会組織において幹部が日蓮正宗攻撃のために利用するよう宣伝するなどしていたとの情報もあり、創価学会組織の関与が推認されるが、今回の和解の措置によって、少なくとも創価学会男子部の現役幹部が、「ネット上に悪意で、卑劣で陰湿なデマを流」していたことだけは明白になった。
 妙観講に関しては、本誌の145号で詳報したように、妙観講をオウム真理教と同列視して誹謗中傷するビラが全国各地で大量に配布され、その実行行為者として特定された複数の創価学会青年部幹部に対して、妙観講が損害賠償請求訴訟を提訴。平成20年に東京高裁は、誹謗中傷ビラの配布は、「創価学会のいずれかの組織を構成する相当多数の学会員がその意志を通じて関与していたものと推認することができる」として、損害賠償の支払いを命じる判決を言い渡している。今回明らかになったインターネットのホームページを使っての日蓮正宗・妙観講攻撃も、そうした行為の一環と見ることが可能だ。
 そして創価学会学生部の地域組織の副部長、平成11年当時は、創価学会男子部の新宿区常楽本部の副本部長・創価班班長・区言論部長などを歴任、その後は壮年部の地区部長などを務めているジャーナリストの柳原滋雄氏が運営する、インターネットのホームページ「柳原滋雄Webサイト」内の「コラム日記」における記述が、名誉毀損にあたるとして、今年4月25日、東京地裁民事24部(荻原弘子裁判長)は、被告の柳原氏に対して原告の矢野穂積東村山市議に30万円の損害賠償を支払うよう命じる判決を言い渡した(柳原氏が控訴)。
 周知のように柳原氏は、矢野絢也元公明党委員長や山崎正友元創価学会顧問弁護士などの創価学会からの造反幹部や議員、「週刊新潮」や「週刊新潮」のデスクだった門脇護氏、本誌の編集発行人である乙骨正生など創価学会に批判的なマスコミやジャーナリスト、さらには民主党や共産党、白川勝彦元自民党代議士をはじめとする創価学会に批判的な国会議員や矢野穂積東村山市議などを、自らが運営管理するインターネットのホームページで非難・誹謗し続けている人物。
 そうした非難・誹謗の一環としてなされた矢野穂積東村山市議に対する誹謗が、名誉毀損に当たるとして損害賠償の支払いを命じられたのである。問題となったのは「柳原滋雄Webサイト」内の「コラム日記」平成20年9月13日掲載の記事。その中で柳原氏は、平成7年9月1日に、東京都東村山市の東村山駅東口の雑居ビルから朝木明代東村山市議(当時)が転落死した事件について、矢野市議を「この件ではむしろ矢野は重要容疑者の一人」と記述し、あたかも矢野氏が朝木氏の転落死に関与しているかのように記述していた。
 これに対して矢野市議は、平成21年11月、「『この件ではむしろ矢野は重要容疑者の一人』であると記載した部分は、『朝木議員の転落死について、原告が何らかの犯罪を犯し、捜査の重要な対象となっている被疑者である』と理解されるものであり、それが事実を摘示して原告の社会的評価の低下を招く記事になっている」として、東京地裁に柳原氏を被告とする500万円の損害賠償の支払いと、謝罪文の掲載を求める訴訟を提起したのだった。
 被告の柳原氏は、朝木市議の転落死事件は自殺なので犯罪性はなく、矢野氏が重要容疑者と理解する余地は無いなどと主張。「この件で矢野はむしろ重要容疑者の一人」と書いたことは、「あくまでも、朝木議員が転落死する直前に諍いを起こしていた相手が、原告であるとの疑いがあることについての、被告の意見・論評に過ぎない」などと主張していた。
 これに対して東京地裁は、記事の記述と朝木市議転落死事件の事実関係を詳細に検討した上で、「『この件ではむしろ矢野は重要容疑者の一人』という表現は、一般読者の注意と読み方をもってすれば、朝木議員の転落死について、原告が、何らかの犯罪行為、すなわち、自殺幇助のみならず、殺人、傷害致死、過失又は重過失致死等といった容疑を含む行為を引き起こしたとして、捜査機関の嫌疑を受けている『重要容疑者』である事実を指摘する表現であると解さざるを得ない」。
「そして、現職の市議会議員である原告にとって、同僚であり、しかも同一会派の所属議員として親しい関係にあったはずの朝木議員の転落死に対し、その原因となる何らかの犯罪行為を引き起こしたとする嫌疑を受けていると指摘されることは、その社会的評価を低下させる名誉毀損事実であることは明らかである」として、記事には真実性も相当性もないとして、柳原氏に対して30万円の損害賠償を支払うよう命じる判決を言い渡した。 ちなみに、同訴訟の被告人本人に対する尋問において、柳原氏の「陳述書」には、朝木市議の転落死に関する訴訟において創価学会がすべて勝訴しているとの記述があることについて、原告・矢野氏側の代理人が、「フォーラム21」平成16年1月15日号掲載の座談会記事「検証―真実が明らかになった『東村山事件』」に対して、創価学会が「フォーラム21」編集発行人の乙骨と座談会発言者の矢野市議を名誉毀損で提訴した事件で、創価学会側が敗訴した事実を知っているか否かを質したところ、柳原氏は「知っている」と証言。柳原氏が朝木市議転落死事件に関して創価学会が敗訴した事実があることを知っているにもかかわらず、意図的に創価学会がすべて勝訴したと「陳述」していたことが明らかとなった。
 周知のように創価学会は、訴訟に関しては自らが勝訴した場合は機関紙誌で大々的に勝訴の事実を報じるが、敗訴した場合は敗訴の事実を隠蔽する。創価学会の区言論部長などを歴任し、創価学会文芸部に所属する柳原氏も、そうした創価学会のご都合主義的体質に染まっているようだ。
「創価新報」において青年部最高幹部らは、インターネットの匿名性を利用しての創価学会批判を非難するが、自らの足下で、男子部の現役幹部それも総区の未来部長という少年・少女を指導する役目を持つ幹部が、「ネット上に悪意で、卑劣で陰湿なデマを流」していた事実をどう受けとめるか。厳しく反省すべきだろう。
「ゴルゴとマリア」の閉鎖と柳原氏敗訴の事実は、創価学会ならびに創価学会関係者の、日蓮正宗をはじめとする創価学会に批判的な人物や団体に対する攻撃が、いかに謀略的で卑劣であるかを象徴的に示している、創価学会における「正義の言論」などというのは所詮は、この程度のものなのである。

『フォーラム21』平成23年7月号
 

県本部長会での担当副会長挨拶

 投稿者:本部幹部  投稿日:2011年 7月 6日(水)17時00分34秒
返信・引用
   私たち創価学会における伝統の財務は、第二代戸田城聖先生が、ご自分のお金を、初代牧口常三郎先生のために、ふんだんに提供されたことに淵源を求めることができます。
  当時の創価教育学会の活動や出版計画に、牧口先生が「戸田君、今度は、これだけお金が必要なんだよ」とおっしゃると、即座に戸田先生は応じられたとのことです。
  戦後に再建された学会でも、初期の頃は活動に必要な一切の費用は、戸田先生がお一人で提供して下さっていましたが、それではあまりにも師匠に申し訳ないということで、私たち弟子が自覚を持たせていただきたいとの強い申し出により、財務部員の制度が発足したのであります。
  学会の広布部員制度は、信心を根本とした一人一人の使命感と、広布への強い情熱により、これまで一切無事故で実施されてきた貴い伝統があります。
  したがって、決して無理があったり、家族とのトラブルがあったりしてはいけませんが、自身が精一杯の財務に挑戦をしたいとの思いと悔いはないという、心からの喜びで充実感に満ち溢れた精一杯の財務にしていこうではありませんか。
  目標額については、各本部が一億円を目指し挑戦していっていただきたいと思います。
  支部にあっては、2千万円を超す勢いの財務をお願いしたいと思います。

  21世紀はあらゆる分野で、国も団体も企業も生き残りを図っていく競争の時代に入りました。なかでも、人類の未来を切り開く、世界広布の展開には、財力がなくては戦いになりません。
  故に、真心からの財務と精一杯の納金で大功徳を得て、永遠にわたる大福運を、積んでいくことができるのです。
  どうか、一人一人が信心の発露として、真心を込めて行うようにしようではありませんか。
  池田先生は、「苦悩の渦巻く、この地球上にあって、唯一、広宣流布を断行しているのは、創価学会の皆さま方しかおりません。仏意仏勅の皆さまは、いついかなる時も、御本仏・日蓮大聖人と御一緒であります。億千万の諸仏が、また無量の諸天善神が、わが尊き正義の学会員を、必ずや必ずや、厳然と守り称えてくださいます」と私たちを励まして下さっております。
  その広宣流布の尊い創価学会を護りに護り、大きな力を与えてゆく、財務の功徳は無量無辺であります。
  先生は次のようにスピーチされています。
  「深刻な不景気が続いている。さまざまな面で、大変な状況の方も、いらっしゃるであろう。皆さまは、そういう点にもこまやかに配慮していける人であっていただきたい。
  その上で、申し上げたいのは、環境がどうであれ、『根本は信心の人生で生き抜いていけ』ということである。それでこそ、一切の宝を、功徳として積みきっていけるからである。
  大聖人は大切な門下に『法華経のゆえに命をすてよ』と仰せになられた。また『親を思い、妻子を思い、所領をかえりみることなかれ』とも仰せである。
  厳しい御指南ではあるが、これが大聖人の弟子門下への深き愛情であった。まさに『厳父の愛』であった。
  信心は無限の希望である。無限の人生勝利を開いていくことができる。
  苦しい時こそ、信心で乗り越える。広布に立ち上がっていく。それが草創期からの学会の伝統精神である。また、御聖訓通りの信心なのである。この忍耐と確信の中に、一切の困難を乗り越える力がある。」
  更には、次のように仰っている。
  「広宣流布の大闘争を戦いきった人は、一人も残らず、大功徳を受ける。広宣流布のための労苦は、すべて、わが生命、わが一家・眷属の威光勢力と輝きわたる。いずこの地にあっても、広布の闘争をやりきった人は皆、誇り高く胸を張り、生き生きと光り輝いている。」
「そして一生懸命、信心を貫いた人は、子孫末代まで福徳が伝わる。一族はますます栄える。創価の世界は、御聖訓通りの、一番正しい世界なのである。」                                                  
 

(無題)

 投稿者:..............  投稿日:2011年 6月30日(木)03時34分4秒
返信・引用
  ふぇいくが怖いんだねぇ^^  

創価系怪文書に関して

 投稿者:熱血男子部  投稿日:2011年 6月23日(木)22時27分52秒
返信・引用
  信頼出来る情報筋によると、妙観講本部はウエッブ上、あるいは掲示板上において怪文書を流している全てのサイトに関し、本格的にISPに対し情報の開示を求め、くまなく訴訟手続きを取るとのことだ。現在既に9件、創価系ホームページに対し、訴訟準備を始めているという情報を本日得た。

「ゴルゴとマリア」の件における裁判所の判断事例が、今後大きくものを言う時代へと突入したというわけだ。妙観講本部では既にログを全て保管しており、削除をしても無駄であると確信を持っている。

尚、「ゴルゴとマリア」でも分かるよう、全のコンテンツが削除されている。つまり妙観講、並びに大草講頭に関するニセ怪情報が問われているのではなく、宗門及び法華講に係る全ての怪文書に関し、この事例がアンブレラされているということである。
 

「信濃犯罪本部」にとって禁句です。(笑)

 投稿者:百条委員会市民運動  投稿日:2011年 4月22日(金)18時46分8秒
返信・引用
  Amazon.co.jp  

週刊新潮2月10日号

 投稿者:伊東健作  投稿日:2011年 2月 3日(木)14時15分37秒
返信・引用
  創価学会名誉会長「池田大作」は「脳梗塞で車椅子」と講演した「星浩」朝日新聞編集委員

 その昔、知っていても書かないのが〝派閥記者〟の流儀だったというが、朝日新聞の星浩編集委員は書く前に懇談会で話してしまった。それにしても、長らく信者の前に姿を現さなかった創価学会の池田大作名誉会長が脳梗塞で車椅子というのは本当なのか、それとも――。

 創価学会の池田大作名誉会長(83)は重病なのか?――8カ月以上も、一般信者の前から姿を消している池田氏だが、その消息は今やどんなVIPよりも厚いベールに覆われているのだ。
「池田氏が、げっそり痩せた姿で皆の前に出てきたのは昨年の5月。中国の青華大学から名誉教授の称号を授与される様子が聖教新聞に掲載されたのを最後に、、4カ月も紙上でその姿を見ることがなかったのです。さらに本部幹部会にも現れなかったことから、重病ではないかという情報が走りました」(創価学会ウォッチャー)
 一方、創価学会側もそんな噂を打ち消すかのように昨年の11月、300番目の名誉学術称号を受ける池田氏の姿や、さらに今年1月27日には香峯子夫人と仲睦まじく並ぶ姿などを聖教新聞に掲載している。
「しかし、その1月27日の写真も恩師記念会館という一般信者の入りにくい場所で撮影され、池田氏の姿もとても小さく写っています。よく見るとさらに痩せており、手すりに体をもたせかけてやっと立っているかにも見えるのです」(同)
 池田名誉会長の健康状態に関しては、創価学会や公明党の内部はもとより、広く永田町で様々な憶測が取り沙汰されてきた。
 いわく、長年の糖尿病に心臓病も悪化してこん睡状態になった。あるいはガンが転移して多臓器不全になった。さらには老人特有の症状が出て話が意味不明で聞き取れないなどという惰、報も流れたが、本当の健康状態を知っているのは、学会でも10人にも満たない側近と最高幹部だけだという。
 だが、そんな池田氏の病状を、どこから聞きつけたのか、政府関係者の前で堂々と明かした人物がいる。朝日新聞編集委員の星浩氏だ。
 星氏といえば、テレビ朝日の『報道ステーション』や『サンデー・フロントライン』のコメンテーターとしてテレビにもよく登場するが、〝本職〟はベテランの政治記者。
「東大出身の星さんは首相官邸、自民党担当などが長く、また、ワシントン特派員や政治部デスクも経験した人です。政治部出身者が幅を利かせる朝日では典型的なエリートですね。また、テレビの解説者としても評判がよく、その穏やかでキレのある語り口は〝朝日の池上彰〟なんて言われているほどです」(朝日新聞の関係者)
 そんな星氏が池田氏の病状について明かしたのは、内閣の一組織『内閣情報調査室』(内調)の懇談会でのこと。内調は内閣官房に属する組織で、海外のテロ情報から国内の政局まで幅広く情報を集め、それを分析して政府に上げるのが役目だ。また、他にも北朝鮮などの情報を収集する〝スパイ衛星〟を運用するのも内調である。
 その内調が、情報収集の一環として行っているのが懇談会なのだ。
「懇談会は毎月1回のペースで、現役の政治部記者や政治評論家を招いて時局の講演をしてもらうというものです。主催するのは形式上、内調の外郭団体ですが、出席者はほぼ全員内調の職員です。招かれる記者にとっても、様々な情報が集まる内調とパイプを作れるいい機会でもあるんですよ」(政治部記者)

〝学会の知人から聞いた〟

 もちろん内調は政府機関だから、菅政権の一端を担っている。見ようによってはマスコミと権力の〝癒着〟なんて批判も浴びそうだが、その是非はさておき、実際の懇談会の様子について、かつて講演をしたことのある政治評論家が言うのだ。
「講演の時間は1時間ぐらい。あとは質疑応答です。私の時に集まったのは内調の主幹(部門長)を含めて30人ぐらいだったね。話す内容は政局だよ。ただ、あんまりサービスはしない。ファクト(事実)も話しません。政府の人間と言ったって誰が聞いているか分かんないからね。政局の流れの読み方とか、今後誰がキーマンになるのかといったことしか話さなかったね」
 星氏もその程度にしておけば良かったのだが、サービス精神が旺盛だったのだろう。懇談会で〝問題の話〟が出たのは1月28日のことだった。
 ある内調職員が言う。
「1月5日にメールが回ってきて、星さんの講演があるのを知りました。場所は東京都千代田区にある外郭団体が入るビルの会議室です。講演は午後4時から始まり、約1時間の話の後、30分ほどの質疑応答がありました。会議室は十数畳のせまいところなんですが、20人くらいは出席していましたね」
 この日、星氏が取り上げたのは「菅政権の行方」。テレビでよく見る歯切れのよい口調で、国会の攻防について切り出した。
「焦点は3月下旬の予算関連法案が成立するかどうか、という話でした。そして、公明党、社民党がどう動くかで成否が決まるとも言ってましたね」(同)
 さらに星氏は、公明党は統一地方選までは民主党と対立するが、その後は協力に転じるなどと大胆な予測も披露。次第に話は民主党と公明党との協力関係に及び、創価学会の八尋(頼雄)副会長が民主党の仙谷由人代表代行とは弁護士仲間で気脈を通じていることや、岡田幹事長とも接触していること。そして、福祉政策を実行する党として、予算案の内容次第では民主党と組むかも知れないとも。
 もちろん、この程度なら単なる政治記者の見立てと言える。だが、続けて飛び出した話に居合わせた内調職員たちは小さくどよめいたという。
「肝心の池田大作名誉会長の病状ですが、目下、脳梗塞を患い、車椅子に頼っている状態だと言うのです。現在の池田氏は何とか物事の判断こそできる状態だが、創価学会の原田稔会長らが中心となって(公明党に)指令を出していると言う。星さんによると、創価学会に知人がいて、この情報はそこから直接聞いたとのことでした」(同)
 実はこの話、古参の創価学会員によれば、幹部の間で話されている内容と近いのだとか。「似た話を昨年の12月ごろ聞いたことがあります。ある(創価学会の)婦人部の大幹部が〝名誉会長の本当の病状は脳腫瘍なの。切開手術をしないで治療しているけど、今は車椅子の生活よ〟と話しているのです。しかし、ガンの一種である脳腫瘍は学会の中で〝仏罰〟と見られており、池田先生がそうだとしたら絶対に公表できません。そんなことから、外には脳梗塞と伝わっているのかも知れません」
 また、ジャーナリストの山田直樹氏も言うのだ。
「池田氏が姿を消してから創価学会では昨年7月、公明党を指導するために原田会長を筆頭に〝最高協議会〟なるものが開かれたそうですが、同様の集まりがそれ以降も3回ぐらい開かれているとか。もっとも、そこで何かの結論に達しているわけではありませんが」 星氏はこの他にも、公明党の山口那津男代表が咋年末、中国の習近平副主席と面会し、その会談内容を菅首相に伝えようとしたところ、公明党の内紛が原因で果たせなかったなんて〝特ダネ〟も懇談会で披露しているのだ。

「何で知っているの?」

 さすが、朝日のエリート政治記者と言いたいところだが、日本の政局さえ左右しかねない話を内調に教えておいて、肝心の朝日新聞に1行も書いていないのはどうしたことか。 そこで星氏に聞いてみた。
――(1月28日に内調の懇談会で)池田名誉会長が脳梗塞で車椅子状態であると言ったそうですが。
星「いや、そんな話はしていませんよ」
 そう否定する星氏。だが、さらに質問を重ねると妙な返事が返ってくる。
――(池田氏の病状が)星さんの耳に入っているのではないですか?そういう発言をされたと聞いています。
星「何であなた、そんなことを知っているの?というか、何で話さなければならないの!」――懇談会に行かれたのは事実ですよね。
星「行ったかどうか、それは分かりません」
――これは大きな問題ですが。
星「我々は大事なことだと判断すれば、それは(新聞の)紙面で報告する(書く)わけですよ。報告する以前の段階でしょ、(池田氏の病状などの)色々な問題は。まだ〝生煮え〟の情報の話をする必要はないと思います」
 そう言って、懇談会に出たことさえ明らかにしようとしない。
 一方、星氏にトップシークレットの情報をバラされてしまった創価学会はさぞかし怒り心頭かと思ったら、
「以前より、この種の質問にはノーコメントとさせて頂いております」(創価学会広報室) という返事。だが、朝日新聞OBの本郷美則氏が言うのだ。
「星君は最近、よくテレビに出て何かと〝放談〟していますが、それと同じ調子で内調でも話してしまったんじゃないですか。しかし、そうした懇談会に出席したなら出席したと言えばいいし、話をしたのならそう言えばいい。それを誤魔化すようではジャーナリストとしてお粗末ですよ」
 果たして池田氏の病状が朝日の紙面に載るのはいつのことやら。

「週刊新潮」平成23年2月10日号
 

YouTube - インチキ教団による言論封鎖事件

 投稿者:21世紀メール  投稿日:2010年12月26日(日)12時21分10秒
返信・引用
  アップしました!
http://www.youtube.com/watch?v=sFP6Xgu5sxk&NR=1&feature=fvwp

 

Re: 創価学会 顕彰 勲章 カルト 騙し 新宗教 池田大作 ニセ本尊 エセ教団

 投稿者:21世紀メール  投稿日:2010年12月18日(土)14時20分26秒
返信・引用
  > No.1454[元記事へ]

反創価学会 -
http://www.c-player.com/ad84370
 

創価学会 顕彰 勲章 カルト 騙し 新宗教 池田大作 ニセ本尊 エセ教団

 投稿者:アホタン  投稿日:2010年11月25日(木)12時28分4秒
返信・引用
  http://www.c-player.com/ac56004/thread/1100099064688  

他板からですが・・・・

 投稿者:どんぐりコロコロ  投稿日:2010年11月 3日(水)23時56分20秒
返信・引用
  疑心暗鬼????? 投稿者:カルト監視団  投稿日:2010年11月 3日(水)21時03分25秒


  秋の叙勲で元公明党委員長の矢野絢也氏の旭日大綬章の受章が決まった。公明党の支持母体である創価学会の池田大作名誉会長への叙勲が実現していないこともあり、公明党OBは調整段階で辞退することが慣例となっている。それだけに創価学会と対立する矢野氏の受章は公明党の民主党への猜疑(さいぎ)心に火をつけることになった。

 「政府が判断したことであり、ノーコメントだ」

 公明党の山口那津男代表は2日、産経新聞の取材ににべもなかった。だが、公明党幹部はこうつぶやく。

 「なんで今こんな要らないことばかりするのかね。何考えてるんだか。仙谷(由人官房長官)さんの頭の中を割ってみたいよ…」

 矢野氏は公明党書記長や委員長を歴任した政治評論家だが、数年前から党や創価学会と対立し、党OBや学会幹部らと訴訟合戦となった。矢野氏は「公明党と学会の関係を国会で証言したい」とも発言し、学会から「仏敵」とされる。

 公明党が勘ぐるのは受章の経緯だ。受章者は各団体の推薦者から内閣が審査し閣議決定する。それだけに政権中枢に矢野氏に肩入れする人物がいるのではないかとの疑念は深まる。

 菅直人首相はかつて国会で「政教分離」問題を取り上げた経緯もあり、公明党の信頼は薄い。仙谷氏に至っては矢野氏の長男を公設秘書に迎えたこともあり、さらに不信が強い。

産経ニュース2010.11.3 05:01配信一部引用

>「なんで今こんな要らないことばかりするのかね。何考えてるんだか。仙谷(由人官房長官)さんの頭の中を割ってみたいよ…」

やっぱり、トンカチでか?
師弟不二だの~~ ゲラゲラゲラ
 

どちらにせよ

 投稿者:数恵  投稿日:2010年10月25日(月)19時09分15秒
返信・引用
  くだらんもの拝んでる哀れな奴ら。
目を覚ませ。悪徳勧誘、寄付集めるのが仕事の暇人ども。

http://ameblo.jp/registrkeybb2d1b7ae90757/

 

法華経の秘密

 投稿者:あじゃり二世  投稿日:2010年10月21日(木)23時02分20秒
返信・引用
  そして、時が来たら、すべての宗教はどれとも違う唯一乗になるように仕組んでおいたのだ。
多くの宗教宗派を仏は、雨を降らせ、養って来たのだ。しかし、その時には、その真意を悟りその忠告に従う良い木と、それに背く悪い木が生じるのである。

しかしこれは、単なる歴史にすぎない。この人類の不幸を招いているのは、むしろ衆生の無明にある。自分たちの生命こそ、如来(宇宙)の分霊であり、無量の力(明珠)が与えられていることすら知らなかったことにある。長者の息子は、自分が何ものであるかも知らず、マイナス思念を発し不幸になり、無明の闇をさ迷って来たのである。 今こそ、我々はこれらの事実を認め、彼ら地獄から涌きだす地涌の菩薩たちを受け入れ、自己の中の煩悩(マイナス思念)を洗い清め、皆の幸福を願う慈悲の思念を発し、仏国土をこの地上に、出現させなければならない時が来たのです。
 

法華経の秘密2

 投稿者:あじゃり二世  投稿日:2010年10月21日(木)23時01分1秒
返信・引用
  そして、1999年7の月から始まった不要人類抹殺計画を早い段階で阻止し、地震活動がもっとも活発になることを狙って、疫病をばら撒いたのだ。その疫病は、あまりにも凄まじく、大飢饉、暴動、戦争を引き起こし、再びこの世を火宅としたのである。
そしてころあいを見計らい、特効薬と食糧と石油を携えて、彼らは、天から降臨したのであった。しかし彼らは、彼らの支配体制が整うと、地球人を奴隷にしてしまったのである。まさに、彼らこそ第六天の魔王であった。
これは、余りにもひど過ぎると思った未来人のグループがあった。この時間の世界に先行する時間の世界で、彼らは直接、地上に降り立ち、これらのことを、地球人に警告した。しかし理解されず、追い返されてしまった。

そこで、彼らは、方便を使うことにした。彼らは良医になって地球人を救うことにした。彼らは我々を飛び越え、六千年前まで遡り、三つの車(三車)、、世界の三大宗教を残した。いや、全ての宗教を残したのだ。化城として宗教を与えたのである。彼らは、我々の襟に、測り知れないほどの価値のある珠を縫い込んだのである。
 

法華経の秘密

 投稿者:あじゃり二世  投稿日:2010年10月21日(木)22時59分51秒
返信・引用
  古くてボロボロの屋敷(惑星)があった。その屋敷(惑星)には、多くの小部屋(国々)があり、また、汚物(環境汚染物質)で満ちていた。
その時、その屋敷の持ち主(その惑星の影の支配者)は、屋敷(惑星)の外の宇宙ステーションにいた。
(惑星の支配者達は、全ての問題は人口増加にあると考え、不要な人々を処分すべく、キラー衛星から、地上の人々を攻撃した。そうとは知らぬ地上に残された人々は、全面核戦争を始めてしまう。
あまりにも多くの核を使用したために、その惑星は人の住めない死の惑星となってしまった。
その惑星は、火宅となり、住民もろとも焼け死んだのだ。
そのおかげでこの陰謀を実行した人々は、宇宙に閉じ込められて、そこで後悔と絶望の内に死んでいった。
しかし彼らの子孫は生残り、理想郷を求めて、宇宙の果てに旅立って行った。宇宙には彼らのなんとか住める惑星はあっても、彼らの祖先が破壊した惑星ほどすばらしい惑星はなかった。実に彼らは、千年以上宇宙空間を放浪することになる。この期間に、彼らの体は、すっかり宇宙人になってしまったものの、バイオテクノロジーによる無量の寿命(永遠の生命)を完成する。
そしてとうとう、彼らは、UFOすなわちタイムマシンを完成し、彼らの祖先が破壊した惑星、地球に、帰ってきたのだ。
 

私の愛する池田センセ!

 投稿者:アホタン  投稿日:2010年10月19日(火)12時23分0秒
返信・引用
  > > http://www.seikyoonline.jp/news/top/1192758_2118.html


この写真ですが、友人に見せましたら「おそらく老人性チホ症ではないか? 目の焦点があっていなし、何かしらポカ~ンとした表情はこの種の病症の特徴だね」、と言っておりました。

そう言われればそのように見えますね。

この種の病気の特徴は、ズ~~ッとこのような症状が続き死にいたるとのことでした。

センセ、長生きして下さいね!!死んだらあなたの大嫌いな寺の金儲けの道具、塔婆してあげますからね。

http://www.youtube.com/watch?v=NbUblqKyohA
 

新たにコミュを開設しました

 投稿者:21世紀メール  投稿日:2010年10月 4日(月)12時34分0秒
返信・引用
  反創価学会
http://www.c-player.com/ad84370/message
日蓮正宗より破門され、新興宗教と化した創価学会、教祖のXディが現実に近づいている昨今、そろそろ正信に目覚める時です。多数の参加お待ちしています。
 

創価学会脱会推進委員会

 投稿者:れいな  投稿日:2010年 9月26日(日)12時40分34秒
返信・引用
  http://www3.ezbbs.net/38/tasaku/  

今日は中秋の名月

 投稿者:長岡鉄斎  投稿日:2010年 9月22日(水)20時41分0秒
返信・引用
  満月の夜を久しぶりに堪能しました。
みなさん、折伏頑張って下さい。
 

法太郎氏談話、法太郎氏談話、日蓮正宗を詐称する謀略サイト・富士宗学研究について

 投稿者:れいな  投稿日:2010年 9月14日(火)20時17分7秒
返信・引用
  日蓮正宗法華講を詐称する創賊の謀略団が運営する当該サイトを詳しく検索してみた。以下は、奴等の掲示板の趣旨である。ここに、いっけん何でもないようなことだが、奴等の謀略の目的がうかがわれるのである。以下、


----------------------------------------------------------------
http://9208.teacup.com/hokkeko/bbs

1.この掲示板は日蓮正宗檀信徒の為の掲示板です。
2.政治に関する投稿は一切禁止します。

3.妙観講批判・賞賛と旧「広布」有志による同人紙「慧妙」に関する投稿は御遠慮下さい。
4.研究室のメンバーはパスワード制の「冨士宗学研究室」または「冨士門流談話室」を御利用下さい。
  宗学や教学関係は「冨士宗学研究室」、談義などのフリートークは「冨士門流談話室」に投稿をお願いします。

5.管理人のレスポンスは気まぐれなので期待しないで下さい。また管理人への質問はお答え致しかねる場合があります。
6.冨士門流掲示板の投稿文は冨士宗学研究または管理人の許可したサイトに収録・掲載される場合があります。
----------------------------------------------------------------


■政治に関する投稿の禁止とは、奴等は自民党の支持者なので民主党や、私のような共産党シンパが選挙運動等に、反自民の記事が掲載されることを嫌っているからである。(笑)、


問題はこの第三項である。妙観講に対する批判を禁止していて法華講としてもっともな感じはするが、同時に称賛も禁止しているということである。妙観講は創賊の天敵ともいうべき最強の理論武装集団であるから、妙観講の提示する理論の提示も禁止するということである。

慧妙は宗内において先鋭的な邪宗破折の論理を展開している機関誌である。しかも妙観講を中心とした破折活動の模範を示しており、創賊に対する破折活動のもっとも明快な参考書ともいえるのである。これを否定するのは奴等にとって〝慧妙〟が極めて不都合なものであることを示しているのである。

しかもである。ここでも奴等は重大な過ちを犯しているのである。『旧広布」有志による同人紙「慧妙」に関する投稿』と記載されているが、〝広布〟は甲信越地方の僧俗による機関誌であり、妙観講の機関誌である〝妙観〟と合同して発刊された機関誌である。こやつらは、このような基本的な事柄すら知らないのである。チンケな謀略などあちこちでボロが出てくるのである。

さらに、奴等の本編を、ざっと見ただけだが、「久遠こじき」の簡略な記事が何本かあるだけで、しかもその痴論は引用を抜けば、わずか十数行という簡潔なもので中味は無い。これは何を意味するものか。とりあえず正宗らしい形態を整えたと思われるのだ。

かの謀略サイト内部では、教義に関する話題など殆ど語られておらないのである。もしいくらかでも教義に関する話題があれば、本編にアップしてもなんら不思議ではない。おそらく奴等のサイトの中味はほとんどカラッポ、という状況であろう。(笑)、


これで、抽出された要点の概略を述べれば、


(一)、創賊の天敵で、表舞台でも活躍し、創賊脱会運動を立ち上げた法華講員の「れいな氏」誹謗が主点である。

(二)、創賊破折の第一人者である〝妙観講〟を否定している。

(三)、創賊の破折理論を構築する一方である私こと〝法太郎〟を監視し、動勢に注目していた。


これらの概略をみれば、奴等の主眼がよく見て取れるであろう。なんのことはない、創賊のネット謀略部隊が暗躍して正宗破壊をもくろんでいるのであろう。おそらく、何も知らない法華講員が参加したら、妙観講への悪口誹謗、れいな氏への誹謗中傷、私こと法太郎への罵詈雑言で、離間工作をもくろんでいると考えられる。


(余談)

若い男子講員であれば、あわよくば言葉巧みにオフ会に誘われ、奴等に肛門を輪姦される可能性もあるのだ。

この場合、脱講運動ならぬ、脱肛運動となる。(爆)、
http://www.c-player.com/ac56076/thread/1100097342375
 

池田大作「権力者」の構造

 投稿者:22世紀  投稿日:2010年 9月13日(月)21時54分14秒
返信・引用
    1980年、創価学会の元顧問弁護士である山崎正友氏、元教学部長の原島崇氏などが学会本部から持ち出した機密資料などをもとに、驚くべき創価学会の実態を暴露し始めた。そのころ私は月刊誌や週刊誌を舞台に執筆活動を再開していたが、両氏のもたらした情報は驚天動地の内容といってよく、胸がわくわくするほどの興奮を覚えた。
 この前後から創価学会本部に勤める職員などから情報が漏れ出し、意外なことも聞いた。本書を手に取った野崎勲副会長が「よくできた本だな」といったこと、秋谷栄之助会長が本書の刊行に危機感を持ち、一時筆者の動向を気に掛けたこと、日蓮正宗の若手僧侶たちが本書を池田大作研究の参考書に使っていたこと――などである。
 本書は『聖教新聞』を創刊時からたんねんに読み込むことで始まっている。特に内部情報を求めたわけではなかったが、池田氏について推測したおおよそは当たっていた。相手側の創価学会から評価されて、逆にそのことを知ったのだが、物書きとしては非常な名誉と心得る。
 もちろん刊行後、創価学会や池田氏からは名誉棄損の苦情や訴訟など、一切受けていない。ただ先輩ライター(故人)から1983年、学会系の『潮』誌などで見当違いの罵詈讒謗を浴びることはあったが、おそらく食うに窮して創価学会に取り込まれたものだろう。それなりに一目置いていたライターであり、学会に使嗾されて晩節を汚すことになったのは彼のため残念である。
 本書の増補改訂版『堕ちた庶民の神』は1981年6月、元版と同様三一書房から刊行された。その「あとがき」で筆者は次のように記した。
「旧著=元版=が刊行されて9年の歳月が流れ)池田氏の実像はますます明らかになりつつあるが、筆者は新たにお世話になった方々への謝辞のほかには、旧著あとがきを変えたり、つけ加えたりする必要をほとんど感じていない。池田氏の人間性が変わらない以上、筆者の池田氏に対する評価も同様に変わりようがない」
 本書はこの増補改訂版を底本としている。今回、講談社+a文庫の一冊に収容されることになったが、最初の刊行計画は同社生活文化局・柿島一暢氏に発している。同氏がその後『現代』編集部に移られたため、実際の刊行では生活文化局担当部長・木原進治氏にひとかたならぬお世話になった。
底本でお世話になった方々と併せ、末尾ながら深謝する次第である。

 二〇〇五年八月

溝口 敦
 

池田大作「権力者」の構造

 投稿者:22世紀  投稿日:2010年 9月13日(月)21時49分31秒
返信・引用
       文庫版のためのあとがき

 本書の元版は1972年3月に三一書房から刊行した『池田大作 権力者の構造』である。三十歳になる寸前に脱稿、刊行した。当時は一面識もなかったのだが、創価学会批判の先達である藤原弘達、内藤国夫両氏に献本した。嬉しいことに両氏ともすぐ目を通して、まだ若造の私に懇切なお礼状を下さった。残念なことにお二人とも近年、お亡くなりになられた。礼状は私信であり、本来は公表を遠慮すべきだろうが、本書初版がどう識者に受け止められたかを示すため、あえて引用の非礼を冒そう。
 内藤国夫氏の葉書には同年3月21日の消印があった。刊行の直後である。
〈前略、読みごたえのある力作、「池田大作 権力者の構造」をご送付いただきありがとうございました。よくここまで調べあげたものと感心しながら読ませていただきました。こういう、しっかりしたものが出てくれば、もう小生の本などはご用済になっても、文句がいえません。私自身、教えられるところが多々あり、他の公明党創価学会ものより、一段と中身の濃いものとなっていることに敬意を払います。池田大作氏以下学会、公明党幹部にとっても、さぞ耳の痛いことでしょう。今後の一層のご活躍を期待しています〉
 藤原弘達氏の葉書は3月23日の消印である。
〈貴著早速拝見しました。綿密なフォローと冷静の目に感服しました。まだまだ問題は終わっていないのに、日本人はとかく健忘症です。本当の闘いはこれからではないかと存じます。御健闘を祈ります。一筆お礼まで。3月22日〉
 今回、あとがきを書くため古い物入れをあさって探し出したのだが、黄ばんだ葉書を手にして、当時の気持ちをまざまざと思い起こした。お二人のご感想に接して、どれだけ力つ゛けられたことか。
 だが、私は怠け者で、次の年サラリーマン生活に舞い戻った。再び書き出したのは1980年からである。
 

池田大作「権力者」の構造

 投稿者:22世紀  投稿日:2010年 9月13日(月)21時47分29秒
返信・引用
     著者:溝口 敦氏

みぞぐち・あつし―ノンフィクション作家。ジャーナリスト。

1942年、東京都に生まれる。早稲田大学政治経済学部卒業。

出版社勤務などを経て、フリーに。

『食肉の帝王』(講談社+α文庫)で2003年、第25回講談社ノンフィクション賞を受賞した。

著書には、『渡辺芳則組長が語った「山口組経営学」』(竹書房)、『化・け・るサラリーマン』(にんげん出版)、『チャイナマフィア』『日本発!世界技術』『仕事師たちの平成裏起業』(以上小学館)、『武富士 サラ金の帝王』『血と抗争山口三代目』『山口組四代目 荒ぶる獅子』『ドキュメント 五代目山口組』『武闘派 三代目山口組若頭』『撃滅 山口組VS一和会』(以上、講談社+α文庫)などがある。
 

法華講員を装うニセ謀略サイトにご注意を!!!学会員運営です!!

 投稿者:れいな  投稿日:2010年 9月12日(日)22時40分20秒
返信・引用
  「冨士宗学研究」がニセ法華講員ということを先日発表致しましたが、もう一つ、「元気いっぱい、夢いっぱい、日蓮正宗集まれ!」が法華講員を装うニセサイトであることが分かりました。

法華講員諸氏におかれましては、騙されないよう、個人情報などを渡さないようにお気をつけ下さるようご注意申し上げます。学会員です!!!

グリーに参加すると中身が閲覧できます。

http://gree.jp/?mode=community&act=view&__action_gateway__=community&__action_info__=%2Fview%2F112416&gree_mobile=3fa579a3e5f146532a15f99a37d2e306&community_id=112416

■■■■■■■■■■■■■■■

日蓮正宗の信徒、そうでない人、信仰に関心のある人みんな集まろう


副管理者:つるまるさん

参加希望の方々へ

非常に残念なことですが、最近コミュに参加されているメンバーさんに嫌がらせのが来ているという報告を受けています。そのため、参加を希望されている方は、下記のことを了承の上で参加申し込みをして下さい

参加申し込み希望者は、こちらの記述をよく読んでから、必ず管理者にメールを下さい。

いきなりの参加申請はお断りすることになります。

①プロフィール記入のない方は、記入してから参加申し込みをして下さい記入のない方は承認しません(必ずしも、日蓮正宗の信徒であることを記入する必要はありません)。
②参加申し込みの後に、管理人宛てに所属寺院を明記した「参加希望」のを送って下さい
未入信の方は、参加理由を明記して下さい。
③参加承認がされましたら、必ず「自己紹介」トピにて自己紹介をお願いいたします

信徒ではない方は、お立場と参加を希望される理由を管理者に必ずメールでお知らせ下さい。

すでに参加されている方の推薦があれば尚よろしいと思います。

自己紹介トピ:http://gree.jp/?mode=community&act=bbs_view&thread_id=562208


■■■■■■■■■■■■■■■

創価学会からの脱会を考える会、王様氏のカキコから抜粋。

http://www.c-player.com/ac56076/message
 

Re: 新潮45  2010年9月号より

 投稿者:22世紀  投稿日:2010年 8月30日(月)18時42分15秒
返信・引用
  > No.1437[元記事へ]

はじめましてさんへのお返事です。

一部を紹介します。

〈201×年○月○日、東京港区の青山葬儀所。祭壇に飾られた大きな遺影を前に、喪服姿の老若男女が多数涙を流しながら、一心不乱に題目を唱えている。参列者の中には、日本の宰相の姿もあった。
 故人のために参会した人数はおよそ数百万人。それは1958年に営まれ、時の岸信介総理も参列した、2代目の葬儀の参列者数(25万人とも40万人ともいわれる)をはるかにしのぐ規模のものである。
 上空の報道ヘリは、葬儀所を中心に青山界隈が夥しい数の人、人、人で埋め尽くされる様を伝えている。交通整理のため、警視庁は大量の警官を動員していたが、一帯は完全に交通マヒをきたし、お手上げの状態だ。しかも彼らの仕事はそれだけではない。生前の故人に勲章や博士号などの称号を与えていた団体の代表など世界中のVIPたちが参会のため来日。その警護にもあたらねばならない。
 そうした錚々たるVIPの中でも、一際世間の耳目をひく要人中の要人がいた。故人を「日本で会いたい民間人3人のうちの1人」と持ち上げ、生前、3回の会談を行った中国のトップ・胡錦濤国家主席である。胡主席が焼香を済ませると、居並ぶ参列者の題目の声は一層大きくなるのであった・・・・・〉
 こんな弔事がかりに近い将来、現実のものとなれば、それはある意味、“世紀の大イベント”ともいえるだろう。




> 22世紀さんへのお返事です。
>
> > はじめましてさんへのお返事です。
> >
> > > 新潮45  2010年9月号  (2010/08/18発売)記事より必読
> > >
> > > ◆池田大作、Xデー
> > >
> > > 大シミュレーション! 権力者の最期……その時、一体何が起こるのか/山田直樹
> >
> >
> > ◆池田大作、Xデー
> > 大シミュレーション! 権力者の最期……その時、一体何が起こるのか/山田直樹
> >
> > 池田創価学会員様は、もう読まれましたか?
> >
> > はじめましてさん、はじめまして、22世紀と申します。
>
> 22世紀 様、はじめまして。
>
> 他にも、SAPIO 2010/08/25日号より特集記事「「日本の宗教」を仕分けする 」で創価学会が大きく取り上げられていました。世間も大いに創価学会のXデーを注目していますね。
>
>
> 【SIMULATION REPORT】
> 教祖、集金システム、不動産、絵画……巨大教団の裏側「ヒト・モノ・カネ」
> 「日本の宗教」を仕分けする
>
> --------------------------------------------------------------------------------
> ・ビジネスモデル 巨大教団の実力「ヒト・モノ・カネ」全て公開する/山田直樹
>
> --------------------------------------------------------------------------------
> ・“本丸”探訪記 〈マップ付き〉「創価学会タウン」信濃町を歩いたら2人の男性にずっと追跡・監視されました
>
> --------------------------------------------------------------------------------
> ・後継問題 池田大作名誉会長「Xデー」に向けて動き出すこれが長男SGI会長就任の「世襲シナリオ」だ/武冨薫
>
> --------------------------------------------------------------------------------
> ・メディア戦略 新聞、テレビ、ラジオで拡大中! 「学会マネー」がメディアを飲み込んでいる
>
> --------------------------------------------------------------------------------
> ・集金システム 菅首相守護霊が「沖縄なんか、どうでもいい」って…幸福の科学大川総裁「霊言本」はこうして作られる
>
> --------------------------------------------------------------------------------
> ・選挙 新宗連の「消えた1200万票」が参院選で流れ着いた“意外な政党”/竹中英司
 

人間革命の正しい読み方11回目

 投稿者:どんぐりコロコロ  投稿日:2010年 8月23日(月)15時36分59秒
返信・引用
  ☆「権力と宗教」を語る池田のホンネ(第六巻「七百年祭」の章より)

創価学会の政教一致は常に騒がれているが、ここでは政治権力と宗教の関係について、池田の考えを検証してみよう。
『人間革命』第六巻に、この関係を述べた箇処がある。

「権力と手を結ぶ宗教がある。だが、一時は権力とともに栄えることはあっても、やがて権力とともに減んでゆく。逆に、民衆のなかに生きた宗教は、幾多の圧迫を受けつつも、いよいよ輝きを増していくものだ。」(“七百年祭”の章)

まったくもって正論だが、これが池田の本心かというと、じつはウソ。
まず、池田が、国家権力への足がかりとして作った公明党の日的は、というと。

「こう言うと、また政教一致といわれるけどね。教義を実現するためには、政治の力が必要です。そういう目的で公明党を作ったのだから。 それは変わらないですよ」(平成六年九月十四日・記者懇談会)
と、創価学会の「教義実現」のために公明党を作ったのだ、とマスコミの記者に解説している。

では、池田のいう「教義の実現」とは、どのようなことなのか。
池田はこれまで、
「広宣流布の時(※学会が天下を取った時)には、参議院議員、衆議員議員もいてさ、(中略)要所要所を全部ね、学会員で占める」([「聖教新聞』昭和三十二年九月六日)

「天下を取らない党なら、やる必要はない。私が控えているから心配するな」
(昭和五十一年十一月十六日、公明党議員に対して)

「私が数わったのは帝王学だ、私は最高権力者になる」(『現代』昭和四十五年七月)

「妙法の 宝を胸に抱きしめて 君等戦え天下取るまで」(公明党に与えた和歌)

「世間が、アッ、しまった、と思った時が広宣流布の時だ」(側近に対する常日頃の口グセ)等と豪語(ごうご)してきた。

これによれば、創価学会の目的とするところ(教義の実現)は、国家の要所要所へ、長期的かつ継続的に学会工作員を送り込み、最後に、公明党が連立政権から単独政権へと駒(こま)を進めて政権を押さえ、 ついに日本国の機構を完全に握ってしまおう、という天下取り構想である。

「権力と手を結ぶ」どころか、権力を完全に掌握(しょうわく)してしまおう、というのだから、ものすごい。

池田は、『人問革命』等の中で、美辞麗句を並べ立てて、大衆を欺(あざむ)きながら、実際には、創価学会に天下を取らせ、自分が最高権力者として君臨しようとしているのだ。

その夢が叶いそうになったのが、平成四年の夏のこと。 公明党の、連立政権入りがほぼ決まった直後の、第六十九回本部幹部会の席上、浮かれた池田は、突然、「すごい時代に入りました、ね! そのうちデェジン(大臣)も、何人か出るでしょう、もうじきです。明日あたり出るから。みんな、皆さん方の部下だから、そのつもりで。日本一の創価学会ですよ」(平成五年八月八日第六十九回本部幹部会)などと、問わず語りにブチまけた。

なんと、日本国の行政を司(つかさど)る国務大臣を、「皆さん方(創価学会員)の部下」だ、というのだ。場内は狂喜した学会員の、大拍手と歓声の渦(うず)!

このようにして、池田が、徐々に国家権力を掌握していこうとするのは、けっして、国家や国民のためではない。ひとえに、池田大作自身のために、国家のあらゆる権力を使おうとしているのである。

実際、歴史上有名な、創価学会による「言論・出版妨害事件」では、公明党議員が暗躍し、数々の学会批判の出版物を闇に葬(ほうむ)ったり、池田の国会喚問を阻止してきた経緯がある。

また最近でも、宗教法人法改正論義のさなか、新進党議員らが、肉弾戦をもって池田の参考人招致を阻止している。

さらに、平成五年には、学会員である現職警察官が、高速道路を走行中の御法主上人御一行の車輛を、職権をもって停止させ、嫌がらせを加えるという事件があった。

細かい事例を挙げれば、まだまだ多数あるが、行政にたずさわる立場の学会員が、池田と学会を利するために動いていることは、否定しようのない事実である。

ともあれ、池田によると「一時は権力とともに栄えることはあっても、やがて権力の減亡とともに減んでゆく」そうだ。
政権奪取を企(たくら)む池田大作---「権力とともに栄え」なくともよいから、一日も早く、「権力の減亡とともに減んで」ほしいものだ。
 

Re: 新潮45  2010年9月号より

 投稿者:はじめまして  投稿日:2010年 8月22日(日)20時57分17秒
返信・引用
  > No.1435[元記事へ]

22世紀さんへのお返事です。

> はじめましてさんへのお返事です。
>
> > 新潮45  2010年9月号  (2010/08/18発売)記事より必読
> >
> > ◆池田大作、Xデー
> >
> > 大シミュレーション! 権力者の最期……その時、一体何が起こるのか/山田直樹
>
>
> ◆池田大作、Xデー
> 大シミュレーション! 権力者の最期……その時、一体何が起こるのか/山田直樹
>
> 池田創価学会員様は、もう読まれましたか?
>
> はじめましてさん、はじめまして、22世紀と申します。

22世紀 様、はじめまして。

他にも、SAPIO 2010/08/25日号より特集記事「「日本の宗教」を仕分けする 」で創価学会が大きく取り上げられていました。世間も大いに創価学会のXデーを注目していますね。


【SIMULATION REPORT】
教祖、集金システム、不動産、絵画……巨大教団の裏側「ヒト・モノ・カネ」
「日本の宗教」を仕分けする

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・ビジネスモデル 巨大教団の実力「ヒト・モノ・カネ」全て公開する/山田直樹

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・“本丸”探訪記 〈マップ付き〉「創価学会タウン」信濃町を歩いたら2人の男性にずっと追跡・監視されました

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・後継問題 池田大作名誉会長「Xデー」に向けて動き出すこれが長男SGI会長就任の「世襲シナリオ」だ/武冨薫

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・メディア戦略 新聞、テレビ、ラジオで拡大中! 「学会マネー」がメディアを飲み込んでいる

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・集金システム 菅首相守護霊が「沖縄なんか、どうでもいい」って…幸福の科学大川総裁「霊言本」はこうして作られる

--------------------------------------------------------------------------------
・選挙 新宗連の「消えた1200万票」が参院選で流れ着いた“意外な政党”/竹中英司

http://www.zassi.net/mag_index.php?id=55

 

Re: 新潮45  2010年9月号より

 投稿者:22世紀  投稿日:2010年 8月22日(日)09時09分47秒
返信・引用
  > No.1433[元記事へ]

はじめましてさんへのお返事です。

> 新潮45  2010年9月号  (2010/08/18発売)記事より必読
>
> ◆池田大作、Xデー
>
> 大シミュレーション! 権力者の最期……その時、一体何が起こるのか/山田直樹


◆池田大作、Xデー
大シミュレーション! 権力者の最期……その時、一体何が起こるのか/山田直樹

池田創価学会員様は、もう読まれましたか?

はじめましてさん、はじめまして、22世紀と申します。
 

皆さん残暑お見舞い申し上げます

 投稿者:長岡鉄斎  投稿日:2010年 8月21日(土)22時32分46秒
返信・引用
  とは言いましても、まだまだ暑い日が続いています。

信行学です、

お若い皆さん、健闘をお祈り申し上げます。
 

新潮45  2010年9月号より

 投稿者:はじめまして  投稿日:2010年 8月20日(金)20時50分5秒
返信・引用
  新潮45  2010年9月号  (2010/08/18発売)記事より必読

◆池田大作、Xデー

大シミュレーション! 権力者の最期……その時、一体何が起こるのか/山田直樹

http://www.shinchosha.co.jp/shincho45/newest/

 

Re: 連続投稿のお断り

 投稿者:どんぐりコロコロ  投稿日:2010年 8月19日(木)22時08分41秒
返信・引用
  > No.1430[元記事へ]

管理人さんへのお返事です。

> 同じ人の連続投稿が多々見られます。
> 御注意をお願い致します。

人間革命の正しい読み方の連載は、まずいですか?
 

冠婚葬祭 困った時便利な代理出席で解決!

 投稿者:冠婚葬祭代理出席サービスメール  投稿日:2010年 8月19日(木)22時03分2秒
返信・引用
  あなたの身の回りで起こる冠婚葬祭
祝い事もあれば、決してそうでもない事も沢山あります。
ですが、どれも大切な行事である事は違いありません。
少人数で行う行事と大人数で行う行事、やはり、誰から見ても大人数の方が、
どんな状況でもいい意味で華やかとなります。
でも。そんな参加してくれる友人もいないしそんな伝もない・・・
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連続投稿のお断り

 投稿者:管理人  投稿日:2010年 8月19日(木)21時18分9秒
返信・引用
  同じ人の連続投稿が多々見られます。
御注意をお願い致します。
 

学位詐称?

 投稿者:どんぐりコロコロ  投稿日:2010年 8月18日(水)23時09分35秒
返信・引用
  博士号詐称

聖教新聞では「池田博士」という呼称が濫用されている。一応、他人(識者)がそう呼んでいるという書き方なので、かろうじて学位詐称にならずに済んでいるが、「池田博士」の文字列をこうも頻繁に見せ付けられていては、学会員読者が「池田先生は本物の博士号を持っている」と錯覚するのも無理からぬ話だ。

まあ、識者からお世辞でもらった賛辞を内輪の機関紙で再利用して、合法的に「博士」ごっこをしている分には、とやかくいう筋合いはない。名聞名利に酔いしれる池田大作氏が世間から冷笑されるだけのことだ。しかし、創価学園のホームページにある以下の記述は、さすがに問題があると思われるので、老婆心ながら指摘しておく。

創価学園の公式ホームページの英語版に次のような見出しの池田プロフィールページがある。
-------------------------------------
"Dr. Daisaku Ikeda, Founder of the Soka Schools”。

上の一行は、日本語版の創立者プロフィールページ「創立者池田大作先生」に対応する英文見出しだが、池田氏の敬称として"Dr.”が付けられている。"Dr.”とは"Doctor(ドクター=博士、医師)”の略であり、上記英文の意味は「創価学園創立者・池田大作博士」である。これ以外に訳しようがない。英語の常識として、博士の学位か医師免許を持った人物にしかDr.の敬称はつけないからだ。上記見出し以外にも本文内で3箇所、Dr.が使われている。つまり創価学園の公式HPは、池田大作氏を正式な「博士」として紹介しているのだ。

はて、池田氏はいつ博士の学位を取得したのか。
国の法律である「学位規則」によると、

「(博士の学位授与の要件)
第四条  法第百四条第一項の規定による博士の学位の授与は、大学院を置く大学が、当該大学院の博士課程を修了した者に対し行うものとする。
2  法第百四条第二項の規定による博士の学位の授与は、前項の大学が、当該大学の定めるところにより、大学院の行う博士論文の審査に合格し、かつ、大学院の博士課程を修了した者と同等以上の学力を有することを確認された者に対し行うことができる。(学位規則(昭和二十八年四月一日文部省令第九号))」

とあるが、池田氏がそのような経緯で博士の学位を取得したという話は聞いたことがない。

池田氏は名誉博士の称号なら外国から腐るほど貰っているが、それは単なる称号に過ぎず、学位ではない。ということは、創立者が博士の学位を有していないにも関わらず、創価学園が公式HPで創立者を「博士」と紹介しているのは、学位詐称ということになる。

以上一部抜粋
http://blog.livedoor.jp/jitsuji_kyuze/
 

管理者様

 投稿者:奈良部 尚久  投稿日:2010年 8月14日(土)03時26分31秒
返信・引用
  http://9325.teacup.com/tairon/bbs

法華仏教対論の掲示板を立ち上げました

よろしお願いいたします。
 

他の掲示板から

 投稿者:22世紀  投稿日:2010年 8月 2日(月)22時05分42秒
返信・引用
  Re: 鈴木さん 投稿者:鈴木  投稿日:2010年 8月 2日(月)21時57分22秒 u577073.xgsfm39.imtp.tachikawa.mopera.net    通報 返信・引用
   > No.60828[元記事へ]

キラさんへのお返事です。

> >こうして、池田創価学会について、全世界の人々が議論できるのですから。
>
> >以前は、池田創価学会の謀略によって、このような議論は難しい状態でした。
>
> ※仰るとおりです。
>
> 私も今日一日、創価の尾行に遭い、警察に通報しました。
>
> 車の車種、ナンバー、搭乗者の写真など。
>
> すべて提出しました。
>
> 創価の謀略にかかると、善人でさえ、悪人になります。
>
> ですから、徹底的に創価の組織を潰す活動が大切です。
>
>
> >いくら、池田創価学会が聖教新聞で否定しても、もはや、否定しきれません。
>
> >それは、全てが真実だからです。
>
> ※これは、土井さん本人が言っていますが、新聞やっても功徳なんて何もないと発言しています。
>
> 私も、聞いたときに、[なるほど]と思いました。
>
> 新聞は各地域に新規部数獲得[ノルマ]が指摘され、活動されている会員さんはかわいそうですね。
>
> この夏に。
>
> 創価学会の謀略舞台は、ネットに依存しています。
>
> そこから、細かい情報を仕入れています。
>
> 当然ではありますが、大石寺にもスパイ坊主は入っています。
>
> 無論、在家では必然ですね。
>
> スパイに結びつく先は必ず金です。
>
> ここでは、かけませんが、どこかの坊主が学会員から巨額の賄賂を獲得?なんて、話もありますね。
>
> まぁ、面白い集団カルトですね(笑)

 池田太作が、先輩たちを追い抜いて、何故、第三代会長になれたのか、そこには、池田太作の謀略が絡んでいます。

 それは、大蔵商事での金融の取立てです。
ここで、池田太作は、ありとあらゆる謀略を身に付けました。

 金融の取立てでは、寝ている人のフトンまで剥いだそうです。
又、金融の取立てでは、歩合金が20万円あったそうです。現在の価値に換算すると、350万円位になるそうです。そして、そのお金で先輩たちに奢ってあげたそうです。

 そして、ありとあらゆる謀略が功を奏して、第三代会長になれたそうです。
現在まで、その時の謀略を参考に、実践しているそうです。
しかし、現在は高齢ですので、池田本人ではなく、忠実な部下が謀略を働いているのでしょう。そこには、指定暴力団も絡んでいるかも知れません。
とにかく、池田創価学会は、危険な団体なのです。
 

人間革命の正しい読み方10

 投稿者:どんぐりコロコロ  投稿日:2010年 7月30日(金)21時50分42秒
返信・引用
  「牧口時代の学会は空転」という意味(第五巻「随喜」の章より)

『人問革命』第一巻に初代会長牧口常三郎氏の「価値論」批判が載っていることは有名だが、第五巻“随喜"の章にも、簡単だが、牧口会長率いる創価教育学会批判が描かれている。

「彼(※戸田城聖二代会長)は、会長就任と同時に、戦後にはじまる弱体組織を一擲(いってき)していつた。(中略)敗戦下の邪悪な、多くの新興宗団の急激な跋扈(ばっこ)を目にして、主軸たる彼の活動が、実は空転していたとさえ思えてならない。彼はまだよい。先師牧口にいたってはまったくの空転に終わったとさえ、時に思われた。彼の反省は深かった。」(第五巻“随喜”の章)

この、牧口会長の時代が「まったくの空転」であったとは意味深だが、その意味するところは何であろうか。

池田は、右の記述に続けて、
「彼はこれまでの学会に欠けていたものこそ、この御本尊にほかならぬと悟ったのである。創価学会に、金剛不壊(こんごうふえ)の大車軸としての御本尊のご安置がなくして、妙法の組織が生命の力をもつはずがない」
と、「空転」の原因を、創価学会常住の御本尊がなかったからだとしているが、それは皮相的にすぎよう。

たとえば、『人間革命』第一巻にある池田白身の牧口批判を挙げてみる。
「牧口の価値論から入った、大善生活を思う時、そこには、彼独特の、倫理的臭味を帯びてくる。さらに、大善生活の実践のために、大御本尊を仰ぐ時、大御本尊は、価値論の範疇(はんちゅう)に入ることになってしまう。----ここに催尊入卑(さいそんにゅうひ)のきらいが陰となって射(さ)して来るようだ。(中略) 彼は、価値論を、現代哲学の最高峰であるとは思っていた。しかし、大聖人の大生命哲理からするならば、時に『九重の劣』とすら思えた。」

要するに、 牧口氏が価値論と仏法とを混同させていたことへの批判であるが、「催尊入卑」という厳しい言葉を使つていることから考えて、冒頭の戸田氏の「反省」が、単に、常住御本尊の有無のことだけであったとは思えない。

次に、戸田会長当時の青年部大幹部だった石田次男氏の牧口批判を挙げると、
「牧口先生は失敗会長であられて、わかっていないのに会長になればどうなるか、という見本が眼前に在る。
牧口先生は生命論も十界論も一度も説いていない。
牧口先生が正宗の信仰の会の会長として失敗会長であられたことは、石田が勝手に気づいたのではない。戸田先生に教えられて判ったことである。

先生は石田には『(牧口)先生の行き方---仏法へ価値論が入ってしまうこと。価値論での信仰生活指導を指す---でやれば、仏法ではなくなる。
ここに戦前の失敗があった。価値論は九重の劣だから捨てた。だから(戸田は)生命論と十界論から説くのだ』と明示しておられたし、幹部一般に対しては『戦前は一つには組織がないから潰(つぶ)れた。もう一つには教学が無くて潰れた』と表現して教えておられた。、弟子として露骨に師を失敗会長とは表現できないから、大勢に対してはこういう言い方で教えておられた」(石田次男著『内外一致の妙法』)と記している。

一読してわかるとおり、石田氏の方が、池田よりも踏み込んだ批判となっているが、それは、戸田氏から直接指名を受けた三代会長候補(※石田氏が三代会長候補であった事実については、後に詳述する)として、戸田氏の苦悩を一番深く理解していた証左と言えよう。

石田氏は、さらに創価教育学会が潰れた理由を、次のように説明する。
「仏法でないもの(社会科学)を信仰者の生活指導原理に持ち込んだこと・・・・・これが当時の学会の致命傷だったのであります。俗諦(ぞくたい)で信心の指導をすれば、必ず六道輪廻してしまう---だから創価教育学会は跡形も無く消え去っただけであります。このことが、入獄前からの戸田先生の密(ひそ)かなる悩みでありました。当時それを表立てて表明できない弟子の苦悩・・・・察すべきであります。」(既出『内外一致の妙法』)

こうした戸田氏の苦悩は、若くして次期会長の指名を受けた石田氏でなければ理解できなかったことかもしれない。

また、他にも、当時の戸田氏の肉声を伝えるものとして、牧口門下生で創価教育学会の理事を務めていた野島辰次氏の記述がある。

「((※野島氏)『ところで、先頃の学会の検挙のことを、あなた(※戸田氏)はいったいどういうふうに考えているんですか、どうしてあの事件があんなに拡大し、あんなに長びき、その挙げ句に真木先生(牧口氏のこと)の獄死ということになったのでしょうか、これについて、あなたは反省してみたことがありますか。』(中略)

(※戸田氏)『それは二通りに考えられると思いますよ。 その一応は、学会が発迹顕本(ほしゃくけんぽん)の時になってぃたのだということ、それからもう一つ、二応としては、真木先生が御自分の学説に重きを置いた結果、法華経をむしろその手段のように軽く扱ったということ (後略)。』」
(野島辰次著『我が心の遍歴』)

これらの資料が示すとおり、戸田氏自身が牧口氏を「失敗会長」と見ており、また、創価教育学会崩壊の原因として、牧口氏の「価値論」を挙げていることが明らかである。

以上のことから、先の池田の記述「先師牧口にいたっては、まったくの空転に終わった」という、真実の原因は、やはり、牧口氏の「価値論」による失敗であったことが察せられる。

さて、この「価値論」は、創価教育学会が壊減してから、はじめて批判の対象になったのかというと、そうではない。

牧口氏は、昭和三年六月頃、常在寺の法華講員・三谷素啓氏の折伏によって日蓮正宗に入信し、同寺の法華講「大石講」に所属し、さらに、各寺院からの希望参加者を横に繋(つな)いだ組織「直達講」にも所属している。
牧口氏は、そこでも「価値論」を持論として展開し、直達講の講頭であった三谷氏からも注意を受けていた。

石田氏は、このことを次のように書いている。
「昭和五年暮れまでの時点では、牧口先生は三谷氏の指導の傘下(さんか)にいた。そして三谷氏から『価値論は宗祖の教えとは無関係だから信心の中へ持ち込むな』と諫(いさ)められていた最中である。そして、おそらく、このためであろうと思うが、先生は三谷氏と絶交するに至る。絶交の時は、おそらく三谷氏最晩年の昭和七年か、早くても昭和六年中かであろう。」(『内外一致の妙法』既出)

石田氏が、牧口氏と三谷氏が絶交に至った原因を、“価値論に対する批判”と見ているのは彼の推測の域を出ていないが、 あながち的外れでもあるまい。

ちなみに、第三文明社刊『牧口常三郎全集』第十巻は、その補注で、牧口氏と三谷氏との「絶交」について
「牧口も当初『仏教の奥義に対し、将(はたま)た東西の歴史に対して驚くべき篤学者(とくがくしゃ)』と評価していたが、牧口の信仰が深化する一方で、三谷の人格が熟知されるに及んで三谷とは決別し、創価教育学会を創立するのである。また、日蓮正宗の教義や信仰の実践については直接、堀米泰栄尊師(後の第六十五世日淳上人)に求めていった」と記している。

もちろん、「三谷氏の人格」云々というのは、学会側の勝手な言い分であって、まったく客観的な事実ではない。 むしろ、幾多の証言から見て、石田氏がぃうょうに、牧口氏の教義理解が及ばず「価値論」に固執してしまった結果が、講中からの孤立といった状況を招いてしまった、と解釈するのが妥当であろう。

このことは、「直達講」の副講頭であった竹尾清澄氏も牧口氏を評して、
「牧口氏はあれだけの学識がありながら、仏法上の総別ということになると、どうも認識が浅いようなところが見られた」(竹尾清登者『畑毛日記』)と書いていることからも、容易に推測できる。

まさに、創価教育学会の「空転」の始まりは、根本原因としては、牧口氏が「価値論」に固執したところにこそあった。

さらに、直達講を離れた後の牧口氏が、歓喜寮で日淳上人の指導を受けることになったものの、
「牧口氏は所属寺院の歓喜寮主管堀米泰栄師と議論し、
『もう貴僧の指導は受けない』と席を蹴(け)って退去し、本山宿坊理境坊住職の落合慈仁師とも別れ、牧口氏に率いられる創価教育学会はここで日蓮正宗と縁が切れ」(竹尾清澄著『畑毛日記』)
とあるように、宗門から離れて学会独自の路線を指向したところに、「空転」の極みがあったといえよう。

しかし、弾圧による組織の壊滅という辛酸(しんさん)を味わった戸田氏は、出獄後、日淳上人のもとを訪れ

「申し訳ありませんでした。二年間、牢で勉強して自分の間違っていたことが、わかりました。(中略) これからは何もかも、お任せいたしますので、よろしく頼みます」(法照寺御住職・石井栄純尊師が六十五世日淳上人の奥様から伺ったお話)と、深く懺悔(ざんげ)の姿を示したという。

その後の戸田氏はこうした反省を踏まえ、信仰的に「空転」していた創価学会を日蓮正宗の信徒団体として軌道修正し、多くの学会員を成仏に導いていったのである。

しかるに今日、宗門から破門され、会員には「魂の独立」などと言葉を濁して、日蓮大聖人の御法魂たる戒壇の大御本尊と御法主上人から会員を遠ざける池田大作---これでは戸田氏の苦労も全て水の泡であり、池田が頻繁(ひんぱん)に口にする「師弟不二」も空々しく響くばかりではないか。
 

池田大作の人物像

 投稿者:22世紀  投稿日:2010年 7月27日(火)23時07分54秒
返信・引用
  池田大作の人物像

池田大作は東京都大田区の朝鮮人部落に生まれた。ネット新聞の「国民新聞」によれば、池田の両親は日本に帰化した朝鮮人とされ、あれほど訴訟が大好きで「訴訟テロリズム」と呼ばれる創価学会がこの問題については沈黙を守っていることを見ても、池田大作は朝鮮人、と断定していいだろう。これほど日本社会に影響力を持つ公人が朝鮮人であるということは大問題である。
 事実、聖教新聞は「日韓」と表記せず、「韓日」と記している。また、日本は中国や韓国に永久に謝罪すべきだ、といった極端な被虐史観を主張している。公明党がしきりに在日朝鮮人の地方参政権付与を主張しているのも、朝鮮人池田大作へのオベッカといえよう。創価学会副会長は数百人いるが、その3分の2が在日朝鮮人だという統計もある。こうしてみると、創価学会は統一教会と同様、朝鮮系新興宗教の枠に入れることが出来る。(ちなみにオウム真理教の教祖麻原も父親は朝鮮人である)
 池田の次のような歴史的事実を無視した朝鮮絶賛=日本罵倒を見ても彼が朝鮮人というのは動かない事実であろう。
「韓国の「情」は厚く、深い。5千年の間、苦難の歴史を耐えて乗りこえ、しかも情け深さをなくさなかった人達である。 憎しみを人に向けるよりも、悲しみを雪のように胸の奥に積もらせながら、明日を信じて微笑んできた人々である。 愛の国、美の国、文の国。 その平和の人々が、「何十世代の後までも忘れぬ」と、怒りを骨に刻んだ相手が、日本の残虐な国家主義者であった。行く先々での略奪。暴行。殺戮。「禽獣にも劣る」、文化なき「悪鬼」と呼ばれた」
 言うまでもなく朝鮮の歴史が5千年というのは史実の裏づけのない朝鮮人特有の妄想であるし、日韓併合は国際法に基づき、朝鮮政府の要請に基づいて結ばれてものであって、併合に際して日本は一人の朝鮮人も殺していない。また「略奪」「暴行」どころか、当時世界で最貧国であった朝鮮を近代化するために日本が莫大な血税を投入した「救済合併」であることは世界の常識になっている。池田の歴史観は、南北朝鮮政府の洗脳歴史観と全く同じレベルである。

 池田は前創価学会会長の戸田城聖の元で、高利貸し会社「大蔵商事」の営業部長として辣腕を振るった。病気で寝ている人間を叩き起こして布団まで持って帰ったというエピソードが残っている。
 戸田会長の後継者は、理論家で学究肌の石田次男であった、というのが定説だが、戸田亡き後、池田はさまざまな謀略を使って第三代会長となった。それをまるで生前から戸田氏が池田氏を特別視していたかのように嘘八百を並べて作ったフィクションが「人間革命」である。ちなみにこの小説は池田大作著、となっているがゴーストライター(学会系出版社東西書院社長の篠原善太郎)が書いたものであり、このことから「池田代作」と揶揄されることがしばしばある。

池田の仏教理解はきわめて低く、その哲学は企業の営業マンの処世術の域を出ない。聖教新聞を読むと、「仏法は勝負だ」「勝って勝って勝ちまくれ」といった勝負論が中心だが、これは「我執を取り去れ」(釈迦の基本思想)、「自分のことより先に、他人を幸せにせよ」(大乗仏教における菩薩道の基本思想)という仏教の理念からは程遠い。というか、真逆である。

池田は昭和50年前後、自分の弟子・福島源次郎を使って「池田大作本仏論」を流行らせた。これは日蓮の生まれ変わりが池田大作である、という思想であり、この当時、愚かな創価学会員たちは、仏壇の曼荼羅の横に池田大作の写真を立て、池田大作に向かって祈っていたものだ。
 当時口コミで「池田先生が車に乗ると赤信号で止まることが無い」という幼稚なものから、日蓮ゆかりの場所に池田が訪れたときに巨大な松の老木を撫ぜながら、「あれから大きく育ったのう」と呟かれた、などとというエピソードが全国に伝わったものだ。ちなみにその松の木は樹齢600年だったというから、日蓮在世の時期に生えたものではない。傑作な話である。

池田の品性を顕著に物語るものに「キンマンコ」発言というのがある。これは沖縄の糸満市に創価学会の会館が出来たときに、以下のように池田がスピーチしたことに由来する。
「んもー、イトマン平和会館なんて、名前変えた方がいいんじゃないか、うまく、ダメか、ウーマンぽい、ウーマンぽい、イトマンなんてウーマンぽい、ダメか、ダメか、もっといいねー、もっといいその、キンマン、イトマン、キンマンコだよ」

この程度の人物なのである。その知性のレベルは押して知るべしだろう。
 かれの学歴は短期大学の中でも最底辺のレベルにある富士短期大学中退である。創価学会会長になってから、どういう裏の手を使ったのか「卒業」の形式をとった。よほどこだわりがあったことが分かる。彼は松下幸之助やらトインビーやらの有名人と対談集を多数出しているが、実際の会談内容は「茶飲み話」程度で、本の内容の大半は影のインテリグループが勝手に「創作」したものだと言われている。(原島嵩元創価学会教学部長、創価学会元顧問弁護士山崎正友初め、創価学会に反対する立場になった元幹部の多くは、創価学会内部にゴーストライター的な役割を担う専門の部署があり、池田の著作のほとんどがそこで執筆されていると語っている)

インチキ宗教の教祖がしばしば女性問題を起こしているように、池田にもその類の醜聞は多い。よく知られているのは「月刊ペン事件」と「信平レイプ訴訟」である。
 「月刊ペン事件」は「月刊ペン」の編集長が、池田が婦人部の複数の大幹部や芸者などと性的不倫関係にあることを暴いたものだった。創価学会は名誉毀損で告訴したが、告訴するその裏で笹川良一氏、腸平氏父子に頼んで、「月刊ペン」社とその弁護人の懐柔工作を行い、二千万円を相手側に支払ってもみ消そうとした。結局この裁判は月刊ペン側に30万の形式的な罰金が言い渡されたのみで(編集長はそれも不服として控訴したが死亡のために審議が打ち切られた)、実質的には池田の淫らな女性関係の真実性を証明する結果に終わった。
 「信平レイプ訴訟」とは池田が側近の女性幹部の信平信子さんを数回にわたって強姦したとして、信平夫婦が起こした裁判である。この裁判は全く異例なこととに、事実審理もなく、池田の証人出廷もなく、「時効」と「訴権の乱用」という信じられない解釈で信平さん側が敗訴した。創価学会は「総体革命」を旗印に、司法、行政、立法、、経済界などに会員を送り込んで裏のネットワークを構築している。この「信平訴訟」はレイプ事件としては異例中の異例の判決であり、司法が創価学会に取り込まれていることを如実に示すものであろう。

ここ数年の聖教新聞の一面は、池田が世界中から名誉市民や名誉博士などの栄誉を受けた記事で占められている。おそらく数百から千を超える名誉○○をもらっていることだろう。言うまでもなくこれらは金で買った名誉であり、そのことは韓国の忠清大学のチョン・ジョンテク学長が「私は(創価大学から)名誉博士号を受けたし、わが校を助けてくれたんだ。図書資金を5000(万ウォン=約500万円)出してくれて、発展基金に2億出してくれて、また文化祭で3億ウォン出してくれて、だから、、、、、」 と証言したことでも明らかである。
 日蓮は「名聞名利にとらわれること無かれ」(世間的な名誉を欲しがってならない)と述べている。池田の行動は日蓮の弟子とはいえない、実に愚かな俗世権力への擦りよりである。
 彼がもらう栄誉の大半は南米やアジアなど発展途上国のものばかりで、また大学も無名大学ばかりである。一方、日本の大学で池田に名誉博士などを与えたところは一校も無い。このことがよほど悔しいらしく、聖教新聞には「島国日本」「嫉妬日本」といった売国奴的記述が多く見られる。また、そういう池田の心情を推し量って、会員は国からの勲章をもらってはならない、という不文律ができているという。それに反して竹入公明党元委員長が勲一等旭日大綬章をもらったことに嫉妬し、聖教新聞では、再三にわたって竹入氏の個人攻撃(罵詈雑言と言える下劣なもの)を行っている。

尚、創価学会は病気になったり事故にあったりした人に「それは信心が足りないためだ」と言い、特に他宗の関係者が癌などで死亡すると「罰が当たった」と罵り喜ぶのが習性になっている。この「罰論」に照らして池田大作自身の家族を見るとどうなるだろう。次期創価学会会長になると見られていた次男は29歳という若さで胃に穴が開いて死亡した。さらに長男の子供(池田にとっての孫)は身体障害者で、世間にそれが知られるのを恐れ妻の実家で隠して育てられているという(「日蓮宗新聞」)。この事実を創価学会員はどう思うだろうか。「仏罰」やら「現証」を信じるのであれば、仏は池田大作にこそ罰を与えていることになる。本人に直接罰が当たらず、周囲からじわじわと真綿で首を絞めるように現れる罰を「冥罰」というが、まさに池田自身は冥罰に当ったっていることになる。他宗の不幸に対する罵倒が、まさに自分に跳ね帰っているのである。罰論に従えば、池田大作こそ信心が足りない、ということになるのだが、創価学会員はこの「現証」をどう解釈するのだろうか?

田中角栄は池田を評して「法華経を唱えるヒトラー」といい、石原慎太郎は「悪しき天才、巨大な俗物」と喝破した。
 最後になぜこのような品性下劣な人間が巨大宗教のトップに座っているのかを検証したい。テリー伊藤は「お笑い創価学会」の中で池田大作ホスト説を述べている。家庭に不満のあるオバサン信者達にとって池田はフェロモンを発するホストだというのだ。この説は、池田が割合ハンサムだった青年時代には通じるが現在のブタのように肥え太った池田には当てはまらないと私は思う。
 この程度の人物にカリスマ性を感じる日本人がいるのは、日本人の中に「父親の不在」があり、理想の父親像を池田に見出しているのだろう。
 父親が人格者であった場合や、逆に父親がダメ人間で父に対する批判力が培われている人間には、自分の心の中に理想の体現者として、また道徳的亀鑑としての父親のイメージが定着する。この場合は、一瞬にして池田の俗物性を見破るので騙されることは無い。心の中に父親のイメージを持たない人間にとっては、この世は不安だらけで、行動の規範がもてない。そういうところに、世界中から名誉勲章を受けている池田大作という人物が現れると、批判力が無いだけに、簡単に尊敬してしまうのだろう。
 なお、父親のイメージ、とは「倫理観」や「人格美」と密接なかかわりがある。敗戦後の日本はGHQの日本弱体化政策により武士道をはじめとする戦前の美徳を全て否定した。その父親不在の混乱期に乱立した新宗教は、拠って立つべき人生の指針を失った国民に「教祖という偉大な父親像」を示してみせた。その父親像が創価学会にあっては戸田城聖であり池田大作だったのである。戸田はあくまでも信徒の指導者として分限を超えることはなかったが、池田は自らを本仏視させ、「私は、日本の国主であり、大統領であり、精神界の王者であり、思想文化一切の指導者・最高権力者である」と発言し、自らを本仏とする野望まで抱いた。池田大作の本質は、異常心理学のいう「自己愛型人格障害」(注1)の典型例だと私は思う。
 もし池田大作が本物の人格美を尊ぶ江戸や明治の時代に生まれていたとすれば、この程度の人物が世に出る余地はなかっただろうし、万一何かの間違いで権力の座についたとすれば憂国の士によって天誅の名の下に屠られていたに違いない。

今日は朝早く起きたので、私の創価学会批判を書いてみた。この文を読んで一人でも多くの人が創価学会について正しい認識を持ち、一人でも多くの学会員が事実に気づいて脱会して欲しいものだ。
  (現在、フランス、オーストリア、ベルギー、チリの4カ国が、創価学会をカルト指定している)





注1.アメリカ精神医学会では自己愛型人格障害の特徴を以下のように列記している。



自己の重要性に関する誇大な感覚(例:業績やオ能を誇張する、十分な業績がないにもかかわらず優れていると認められることを期待する)。
限りない成功、権力、才気、美しき、あるいは理想的な愛の空想にとらわれている。
自分が特別であり、独特であり、他の特別なまたは地位の高い人達に(または施設で)しか理解されない、または関係があるべきだ、と信じている。
過剰な賞賛を求める。
特権意識つまり、特別有利な取り計らい、または自分の期待に自動的に従うことを理由なく期待する。
対人関係で相手を不当に利用する、つまり、自分自身の目的を達成するために他人を利用する。
共感の欠如:他人の気持ちおよび欲求を認識しようとしない、またはそれに気づこうとしない。
しばしば他人に嫉妬する、または他人が自分に嫉妬していると思い込む。
尊大で傲慢な行勤 または態度。
 

他板からの中継

 投稿者:どんぐりコロコロ  投稿日:2010年 7月26日(月)19時39分25秒
返信・引用
  23950.アホ学会のみなさん、 返信  引用

名前:ブンブン    日付:2010/07/25(日) 17:15
あなたの家の本尊は、こんな風になっていませんか?

ニセ物はニセモノです。

http://www.youtube.com/user/yamasan40web#p/u/4/Cyf-O3R0fu0
 

リチャードコシミズ氏を知って脱会する決意をしました。

 投稿者:22世紀  投稿日:2010年 7月25日(日)22時07分59秒
返信・引用
  リチャードコシミズ氏を知って脱会する決意をしました。 投稿者:鈴木  投稿日:2010年 7月25日(日)21時33分18秒 u549243.xgsfm36.imtp.tachikawa.mopera.net    通報 返信・引用
   No.61 2008/10/06(月) 23:40:05
こしなが
リチャードコシミズ氏を知って脱会する決意をしました。
(1)あなたの性別は何ですか?

 男

(2) 現在の年齢は、だいたいおいくつですか?

 34歳です。

(3) 入会理由は何でしたか?それはいつ頃?

 親が学会員だったから。生まれたころからそうでした。

(4) なぜ、脱会しようと思いましたか?

 リチャードコシミズ氏のお話を聞いてです。

(5) いつ、脱会されましたか?

 去年

(6) どのような方法で、脱会されましたか?

 内容証明郵便で郵送しました。

(7) 脱会後の心境・人生観は?

 少しですが世の中が見渡せるようになった。

(8) 悩める創価学会員へひと言、お願いします。

 私は30年間創価学会のために尽くしました。
 平和・福祉団体と信じて池田先生を尊敬してました。
 常勝腐敗関西魂の精神でやってきました。
 一寸の疑いの念もありませんでした。

 リチャードコシミズ氏という
 学会に敵対するジャーナリストのお話を聞きおかしいと感じて去年脱会しました。

 リチャードコシミズを訴えようと信濃の本部に数千人の署名を持って
 多くの人と一緒に行きましたが門前払いされました。

 何度も言いましたがだめでした。

 その後創価学会が保険金殺人に関わっているという話を聞きました。

 でも調べていくうちに学会がおかしいことに気付きました。

 もう学会を辞めようと思い脱会しました。
 親も脱会しました。
 一緒に脱会しました。

 池田・創価学会はインチキな集団です。カルトなんですね。

 リチャードコシミズ氏の言う保険金殺人が本当ならば大変なことです。

 学会が訴えないんでしょうから本当なんでしょう。

 池田大作名誉会長は真実を話すべき時が来ていると思います。

 脱会したほうがいい・・・絶対。
 

Re: はじめまして

 投稿者:22世紀  投稿日:2010年 7月25日(日)22時02分39秒
返信・引用
  > No.1421[元記事へ]

どんぐりコロコロさんへのお返事です。

> 22世紀さんへのお返事です。
>
> >  どんぐりコロコロさんへ
> >
> >  そうなんですよ、アホ池田創価学会は大嫌いなんです。
>
> 気が合いそうですね。
> これからも、アホの学会の真実の姿を暴露してください。
>
> 今後ともよろしくお願いします。

こちらこそ、以後、宜しくお願いします。
 

Re: はじめまして

 投稿者:どんぐりコロコロ  投稿日:2010年 7月25日(日)21時55分28秒
返信・引用
  > No.1419[元記事へ]

22世紀さんへのお返事です。

>  どんぐりコロコロさんへ
>
>  そうなんですよ、アホ池田創価学会は大嫌いなんです。

気が合いそうですね。
これからも、アホの学会の真実の姿を暴露してください。

今後ともよろしくお願いします。
 

ソンテジャク葬禍は、宗教やくざ政治結社

 投稿者:葬禍脱会運動  投稿日:2010年 7月25日(日)02時15分7秒
返信・引用
 

現今の新興・創価宗、、『葬禍嶽界に信心してもらうモノなんか何もないよ!』(笑)




死なの本部・上層部役員、、おまえはすでに死んでいる。(笑)




事件の当事者がゲロしたんですから、、『懺悔の告発』山崎正友先生著

本当でした。

異化堕葬禍の依頼で「富士宮嶽界墓苑」住民反対運動鎮圧した・・・。(恐)

『最後まで妨害した人物に対しては、暴力団が

ブルドーザーで家に突っ込み、日本刀で片腕を切り落とすという荒療治で鎮圧した』

『懺悔の告発』山崎正友先生著

学会墓苑の犠牲者、望月氏の冥福でも祈れ!、

チンピラ凶学狂宣部、ゴロツキ・ヤクザ交戦部。


異化堕豚作・ソンテジャク葬禍は、犯罪者養成所か?。(^3^)プププ-
 

Re: はじめまして

 投稿者:22世紀  投稿日:2010年 7月25日(日)00時21分38秒
返信・引用
  > No.1418[元記事へ]

どんぐりコロコロさんへのお返事です。

> 22世紀さんへのお返事です。
>
> >  こちらでは初めてですね、宜しくお願いします。
>
> 22世紀さん、こんばんは。
> こちらこそよろしくお願いします。
>
> 22世紀さんは、アホ学会が嫌いなんですか?
> 私は、元学会員ですが、学会員当時は、はずかしくて学会員と人前で話せませんでした。

 どんぐりコロコロさんへ

 そうなんですよ、アホ池田創価学会は大嫌いなんです。

 私の場合、池田創価学会員になったことはありません。

池田大作の性格が大嫌いです。日本人離れしている性格は好きになれません。
 

Re: はじめまして

 投稿者:どんぐりコロコロ  投稿日:2010年 7月24日(土)22時20分23秒
返信・引用
  > No.1411[元記事へ]

22世紀さんへのお返事です。

>  こちらでは初めてですね、宜しくお願いします。

22世紀さん、こんばんは。
こちらこそよろしくお願いします。

22世紀さんは、アホ学会が嫌いなんですか?
私は、元学会員ですが、学会員当時は、はずかしくて学会員と人前で話せませんでした。
 

金と権力を生む宗教の本音 、その5

 投稿者:22世紀  投稿日:2010年 7月24日(土)12時40分55秒
返信・引用
  金と権力を生む宗教の本音 、その5From:  22世紀
高利貸池田大作〝取り立て〟のすご腕
  〝信仰心〟という〝葉っぱ〟を〝月三分〟という高利でくすぐり、〝出資金〟という〝お札〟に替えることに成功した大蔵商事は、その金を〝月七分〟以上で貸しつけ、或いは〝月一割〟という高利で手形割引にまわした。

 現在、年利一%台の預金金利が常識となっている時代には、一般庶民には考えられないような高利の世界である。だが、終戦直後のインフレ期からようやく抜け出そうという昭和二十五年当時では、当然といってよい金利であるし、現在でも、暴力団金融、町金融では、月五分、月八分、といった金利は、むしろ良識的ですらある。〝トイチ〟(十日で一割)とか、〝カラス銭〟(カラスがカーと鳴いたら一割上るという、日歩一割〟といった金融もいまだに根強く存在しているのである。  〝高利〟には、貸倒れに対する危険保障がふくまれる。貸倒れになる確率の高い金融ほど利息が高いのである。

 つまり、大蔵商事の貸付金利は、当時の経済情勢からすれば、リーズナブルなものであったのではないか。そして、その金利で利益を上げるということは、〝回収の確実性〟が必要である。貸しつける元金を確保するのも大仕事であるが、貸付けた金の回収は、もっと大仕事である。だからこそ、弁護士や、取立て屋や、更には暴力団などがそこでシノギをしている。だが、こうした〝取立て職人〟をつかえば、コストは飛躍的にはね上る。少々の利息など吹きとんでしまう。

 金融の営業マンの腕の見せどころは、まさに「取り立て」にあると言えるのである。  貸し出すときの調査、法律手続、担保、そして、コゲついた時の対応。  先述の森重章は、  「それは、池田先生は、群を抜いていましたよ。だれも及びませんでした」 と語った。  学会員から金を借り入れる時の、ニコヤカで礼儀正しい青年が、取り立てる時は、冷酷非情に徹しなくてはならない。

 よく、  「寝ている病人のフトンをはがして行く」 とか、  「ナベ、カマまで持って行く」 とかいわれるが、それに似た徹底さがなくては、金融業はやっていけない。  東京安全信用組合の失敗や教訓として、戸田城聖と池田大作は、貸出先を厳選した。聖教新聞の広告を見て、倒産間ぎわの学会員が大蔵商事を訪れても初めから相手にされなかった。  「うちは、あなたのような人が利用するところではありませんよ。利息は高いし、一度借金地獄に入ると抜けられなくなります。悪いことはいわないから、地道に努力しなさい。あなたのために言うんです」  会員をいたわるような口調でていねいにことわられる。  ことわられた会員は、  「戸田先生は、商売気抜きでそこまで私のためを思って下さる」 と逆に感激する。  その一方で、回収の見込みがあり、或いは担保の充分ある相手にはどんどん貸し付ける。それでもコゲついたら、容赦なく担保を流す。足りなかったら、「寝ているフトンをはがす」こともやる。

 こういう仕事の過程で暴力団など裏の組織との接触も当然生じる。  終戦直後のインフレ、そして次にデフレ。戦災で打ちのめされていた日本経済に、チャンスが訪れていた。  昭和二十五年から七年にかけての朝鮮動乱は、我が国に〝特需景気〟をもたらし、経済は一気に立ちなおりはじめた。  「一ヵ月たつと物価が倍になり、お札の値打ちは半分になる」 といった時代。  「ものを作ろうにも金も資材もなく、作っても売れない」 といった時代。  それをしのいだ後に、  「作りさえすれば売れる」 という時代が到来したのである。  町工場も企業も、設備投資と増産に走り、そしてそれがもうけにつながった。強い資金需要と好景気の中で、大蔵商事にとって有利な貸付先に不自由せず、しかも倒産とか貸倒れといったケースが少ないという経済状況は、願ってもないことであった。



担保品売りさばく〝東洋精光(物産)〟
  その中で、戸田城聖は、更に抜け目なく手を打った。  貸出し先の会社を強引に乗っとると、その会社で、大蔵商事が引きあげて来た担保流れの品を、学会員向けに売りさばくことを始めたのである。  これが「東洋精光」後の「東洋物産」であり「社長会」のメンバーで記録係の一人をつとめたとされる木村靖氏は、その社長である。  もっとも、「東洋精光」のスタート時は、社長は北条浩であった。後の四代会長であり、池田創価学会の大番頭として常に潤・Qとして君臨した人物である。

大蔵商事=池田大作、東洋精光=北条浩と、三代、四代会長がいずれも創価学会本体からではなく、外郭会社から出ていることは、まことに興味深い。  北条浩は、小田原の北条早雲の子孫で、戦前の侯爵・貴族院議員の家の長男である。海軍兵学校を卒業後、〝銀河〟のパイロットになり、終戦を迎えた。戦後は、一介のサラリーマンとして北陸路に勤務したりしていたが、柏原ヤスの折伏で創価学会に入った。  戸田城聖は、北条浩の家柄と人格に目をつけ、青年部発足時には、〝第一部隊長〟に任命している。このとき、池田大作は、竜年光第四部隊長の元で班長だった。

 この北条浩を東洋精光の社長にすえ、池田大作ひきいる大蔵商事と営業成績をきそわせたのである。  大蔵商事が学会員から集めた金を、高利で貸しつけ、運用する。その際生じた担保流れ品を中心に、いろいろな物品を東洋精光で、学会員に売ってもうける。  東洋精光は、学会幹部のセールスマンをつかって、学会員に、ナベ、カマなどの日用品から、電気製品にいたるまで、何でも売っていた。それも、利幅の大きい、二流、三流のブランド品であった。

 社長会記録によれば、池田大作は、この東洋精光に対して、もっともひんぱんに口出しし、実質的な社長兼営業部長の観がある。  私が中西治雄に聞いたところでは、  「戸田先生は、池田先生と北条さんに、大蔵商事と東洋精光でもうけをきそわせていました。しかし、いつも池田先生が上でした」という。  池田大作は、金融業もさることながら、物品販売にも異常な関心を示している。大蔵商事から手を引いた後は聖教新聞等の出版収入と外郭会社の物品販売が〝池田商法〟の中心になる。それは、後刻、「社長会記録」の解析によって明らかにする。  要するに、東洋精光もまた、創価学会と一体不二の関係の企業であり、池田大作が〝葉っぱ〟即ち〝信仰心〟をお札にかえるための工房であった。この大蔵商事と東洋精光で、当時、創価学会の首脳は養われていた。

〝金をにぎるものはすべてを支配する〟

 池田大作が田中角栄氏らと同じような支配構造をつくっているのは、この時の経験によるものである。  聖教新聞などによる出版収入で職員が養えるようになるには、さらに二~三年の月日が必要だったこの時代、大蔵商事の利益で養われる創価学会首脳が、次第に池田大作に頭が上らなくなるのは、当然のなりゆきであり、池田大作は、大蔵商事の実績を足場に創価学会の中枢にのし上っていく。  昭和三十五年(一九六〇)、会長就任直後に出席した神奈川県横浜市鶴見区の幹部会で、池田大作は次のように述べている。

 「昭和二十五年頃は、毎日のように仕事で鶴見に来ていた。戸田先生は会長になることを嫌って罰を受け、事業面でも大きな困難にぶつかっていた。そのとき、ある人から〝戸田なんかに使われるのはやめたまえ〟といわれたが、彼は現在、半気違いのようになってみすぼらしい姿で生活している。また〝戸田につかないでおれの商売をやれ〟といった者が、その後はさびしそうに小さな店をもって暮らしている。」

また、昭和二十七年三月十日付聖教新聞には  「池田大作君、白木かねさん、御結婚お目出とう」 という見出しで、次のような記事が掲載されている。  「池田大作君と白木かねさんの婚約が発表され、媒酌は飛躍を続ける大支部蒲田の総帥・小泉隆理事(中略)」  「数年間戸田先生に忠実に御仕えて朝から夜迄縦横に全東京を駆けている姿は実にたくましい。苦難の二十五年も先生の陰の一人として戦い抜いて来た」  「同君は常に言う『天下を取ろう』と、大志努力の人池田大作君、御目出とう」(このかね婦人も、後日「香峯子」と改名している。太作、かねの夫婦では、大教団のトップとしてはいささかサマにならない。大作、香峯子と、それぞれ「名前の整形手術」を行なったわけである)。

 この二つの引用にも明らかなように、この当時、創価学会の活動も戸田城聖の事業活動も同一視され、まさに、後の創価学会と公明党のように、〝一体不二〟の関係にあった。切りはなしても両方が死に、また一方がつぶれたら他方も倒れるという、シャム双生児の関係である。  「戸田先生は、五〇〇〇万集めろ、それで証券会社でも何でもやって、学会がどうなっても、やって行けるようにせよ、とおっしゃった。その時は集められなかった」(社長会記録昭和四十六年十二月三十一日)  戸田城聖も池田大作も、〝もうだめかも知れぬ〟と思った昭和二十五年十二月思い出話である。  だが、幸か不幸か創価学会はだめにならず、その会員の信仰心を利用することで、戸田城聖の事業は立ち直った。  戸田城聖は、大蔵商事の利益で負債を返済するとともに、創価学会運営のための経費をねん出したのであった。そして、死亡時には、八千万円の私財をたくわえていたのである。  「私もすべて『世界一』を目ざして来た戸田先生のもとで、それは真剣に勉強した。生命をかけての努力をした。その努力があって今の私がある。」(平成六年一月二十六日、於創価大学)  池田大作が戸田城聖から生命がけで学んだ〝葉っぱをお札にかえる術〟は、今も創価学会の中に脈々と生きつづけており、貪欲に増殖して日本列島を呑み込もうとしているのである。  昭和二十五年頃から、戸田城聖は、行きづまった事業にはダミーを立てて一線から身を引き、かわって創価学会へと軸足を移した。以後、創価学会はすさまじい勢いで進撃を開始したが、それにともなって多くのトラブルも生じた。
 

金と権力を生む宗教の本音 、その4

 投稿者:22世紀  投稿日:2010年 7月24日(土)12時38分58秒
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  金と権力を生む宗教の本音 、その4From:  22世紀
池田営業部長、色と欲の二筋道
 大蔵商事のスタートの話から、いきなり今日の結論の話へと飛んでしまったが、それは昭和三十四年に入信し、昭和四十五年に創価学会本部中枢に入った私が、なぜこの会社とかかわりを持ったかということを説明するためである。本論は、あくまで、池田大作が大蔵商事で何をやったかである。

 「要するに、金を持っていそうな学会員に目をつけて金を借り、それを貸しつけて利ざやをかせぐ仕事でした」  「池田先生は、金を借りてくるのが実にうまかった。」  森重章は、私に語った。  裕福そうな学会員、或いは、学会員の紹介で資産家のところに、池田大作と中西治雄がしげしげと通い、  「月三分(年利三六%)の利息を払います。どこに預けるよりも有利ですよ」 と言って言葉巧みに出資を勧誘した。

 その頃の二人は、二十二、三才。さっぱりと刈り上げたヘアスタイル、地味だがキチンとした身なりで、誠実さを演出した。  東京安全信用組合の時代は、世間のだれも金を出してくれなかったが、〝創価学会〟をバックに、  「実は、戸田先生の事業です」 といえば、話は違った。  創価学会では、戸田城聖の権威は絶対的である。しかも、創価学会の背後には、富士山麓に七百年の歴史をほこる日蓮正宗大石寺の存在がある。

 池田大作には、さらに、奥の手があった。  森重章はいった。  「役職や議員バッチの効き目は抜群でしたよ。私には、そんな権限はない。」  気前良く出資してくれた学会員は、後に戸田城聖に進言して無条件で創価学会の幹部に登用し、そして市会議員、町会議員等に推薦するのである。  軍隊組織をまねた創価学会において、幹部は絶大な権勢を振るう。特に〝大幹部〟といわれる、支部長以上、部隊長クラス、それと同格の監事クラスになると、数百、数千の会員の上に君臨する。一つ階級が違えば、下の者は上の者に絶対服従させられる。幹部達にとって、会合のとき壇上の〝ヒナ壇〟に上れるか否か、序列はどうかということは、最大の関心事の一つである。  会員の信仰心と日蓮正宗の信徒団体としての創価学会への信用、そして役職や議員の肩書きによる欲望の刺激の効き目は池田大作自身驚くほどであったらしい。

 〝葉っぱをお金にする〟の〝葉っぱ〟とは、他ならぬ〝宗教〟〝会員の信仰心〟のことであったわけである。  池田大作の営業に協力したおかげで本人や息子らが創価学会で出世したり地方議員になったりした例は、神奈川県のY氏一家をはじめ数え切れないほどいた。  とりわけ顕著だったのが、埼玉県大宮市の松島勇氏一家であった。  国鉄大宮機関区に勤めていた松島氏は、池田大作の勧誘に応じて出資に応じたばかりか、機関区の仲間や同僚達に働きかけてその退職金や共済金までも出資させることに成功した。大蔵商事にとってその利益は、一時は決定的といえるほどで、池田大作は、この仕事の成功で、大蔵商事の中心者にのし上がったのである。  松島氏は、やがて支部長、理事、副理事長と出世し、創価学会の推薦で大宮市の市議会議員に出馬、当選した。  松島氏は、組織のオルガナイザーとしては最低で、いつもトラブルをおこしており、その収拾に、北条浩ら最高幹部は手を焼いたが、松島氏がどんなにヘマをやろうと、また不公平、不正を働こうと、更迭されることはなかった。池田大作が、更迭を許さなかったのである。

 池田大作は、中西治雄と二人で、そしていつの間にか単身で、仕事にかこつけて松島家に足しげく通うようになる。  松島家には、当時の創価学会内で有名だった才媛が二人居た。姉が郁子さん、妹が通子さんである。姉は、藤原行正氏(元公明党東京都議会議員、同都議会幹事長、後に池田大作に造反)に嫁ぎ、妹は、現在、渡部一郎(元公明党代議士)の妻である。  池田大作は、とりわけ妹の松島通子さんに気があって、通子さんの方もまんざらではなく、やがて二人は深い仲となった。  通子さんには、当時青年部長だった辻武寿も執心で、同氏が松島家を訪れ、通子さんの手を取ってメンメンと口説いていたところを婦人の信者に目撃されている。

 だが、創価学会での役職がはるかに上の辻氏を打倒して池田大作は、恋の勝利者となる。その勝因は、池田大作の〝金力〟であった。  この頃、二十三、四才の池田大作の月給は、月二十万円であったという。当時の総理大臣の月給が十一万円で、国家公務員の初任給が七千六百五十円であった。  ちなみに、私がそれより十数年後に司法修習生になった時の月給が、特別手当を加算しても二万七千円であった。それでも人にうらやましがられたし、弁護士になって、月収十万円にこぎつけるのに、二年ばかりかかった。

 現在の価値に換算するとどのくらいになるだろうか。おそらく、五百万円は下らないのではなかろうか。  さらに、社長会記録(六十九年六月一日)によれば、 「三年かかってかせいだ歩合のお金。私の貰い分が二百万。今(昭和四十三年~四年頃)の金にすると数千万円になるな。それで先生(戸田氏)の借金を返した」 という。  池田大作は、この金を、創価学会のこれはという幹部を手なづけるのに使う、そしてまた、目をつけた女性を落とすためにつかった。

 当時、松島氏宅の三畳間で、池田大作が素っ裸で仁王立ちになり、通子さんにタオルで身体をふかせていたところを小沢よねさんら二人の婦人会員に見られている。二人は、この事実を〝月刊ペン〟事件のやりなおし裁判の法廷で証言したが、創価学会側は通子さんの弟らに偽証させて、  「三畳間など、当時なかった」 と主張し、二人の証言を弾がいした。裁判所は、なぜか二人の証言を正面をから取り上げずに隈部氏に有罪を宣言した。

 だが、後日、造反した竜年光氏(元創価学会総務、公明党東京都議会議員、都議会副議長)は、  「私は、当時、松島氏の選挙の応援などで松島家に行っているが、三畳間はたしかにあった」 と証言している。  また、通子さんの姉、郁子さんの夫、藤原行正氏は、私に、  「〝月刊ペン事件〟の時、私は学会本部によばれ、秋谷氏(現会長)、八尋弁護士(現副会長、ルノワール絵画疑惑の中心人物)らから、〝三畳間なかった〟という偽証をたのまれたが、〝私はわからんし、女房や母は、法廷に出たら何を言うかわからんですよ〟と答えたら、あきらめて、弟にたのんだ」 と語っている。

 色と欲の二筋道を共に満足させてくれる大宮市の松島家は、池田大作にとって〝極楽〟の地であったに違いない。  戸田城聖は、愛人の柏原ヤスさんを参議院議員にしたが、池田大作はこれにならって後日、愛人の通子さんを衆議院議員にしてしまった。  これも、池田大作流〝アメとムチ〟の論功行賞の典型であり、創価学会私物化の典型である。  「広宣流布のため」「王仏冥合のため」と言って、必死の選挙運動をさせられた学会員こそ良い面の皮である。

 余談であるが、池田大作は、大蔵商事時代に自分に金をつぎ込んだ者の他に自分に貞操をささげた女性とその一家を、ことの他手厚く遇している。彼女や彼らが、池田大作の寵愛を鼻にかけて、やりたい放題をしても、だれも咎めることはできない。そんなことをしたら、逆に池田大作にあることないこと言いつけられ、その結果、理事会などの席で立たされて池田大作から目の玉が飛び出るほどドヤされるからである。  さて、戸田城聖から、金融業の奥の手を直々に指南され、腕ききの営業マンとなった池田大作は、創価学会員という願ってもないマーケットを与えられ、いかんなくその力を発揮した。  やがて、聖教新聞にも広告をのせるようになる。
 

金と権力を生む宗教の本音 、その3

 投稿者:22世紀  投稿日:2010年 7月24日(土)12時37分7秒
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  金と権力を生む宗教の本音 、その3From:  22世紀
一方、学会本部、公明党関係の裏金ルートは、私が北条浩副会長のそばにいたおかげでそのほとんど全容を知ることができた。  中西治雄は、その後、私や原島嵩氏の造反(昭和五十五年頃)と時を同じくして池田大作との間が冷え、やがて一線から自ら身を引いた。その原因は、池田大作の命令で勝手に板本尊をつくらされた「ニセ本尊模刻事件」の実行者としての自分にいやけがさしたためと見られる。余談であるが、中西治雄が八王子の土地取引をめぐって業者から受取ったリベートを、池田大作が専用室にしまっていたところ、昭和五十二年、国会での追及をおそれて、全国一斉に専用室をとりこわした際、金庫ごと聖教新聞社地下倉庫に移した。これを、中西治雄が引退した後、何も知らない職員が〝粗大ゴミ〟として捨ててしまった。  平成元年六月三十日、横浜のゴミ捨て場から一億七千万円入りの金庫が捨てられているのが発見された事件のこれが真相である。  私は、写真で見た風呂敷のもように見覚えがあり、リベートを贈った業者に確認したところ、「金額も、風呂敷も、あの時のものだ」との回答を得ている。  この事件は、中西治雄が、外郭会社の利益をクスねて着服したものを金庫に入れたまま忘れていた、ということで、除名処分になってドロをかぶってフタをした。  その後、今日まで、中西治雄は沈黙をまもり、その代価として生活は保障されゴルフ三昧の優雅な生活を送っている。  星生務は、正本堂募金の処理をめぐってミソをつけたのがケチのつきはじめで、次第に会内での権勢を失い、今ではほとんど目立たない。


大蔵商事のしりぬぐいに正本堂御供養金
 さて、大蔵商事の営業はどのようなものであったか。  話は少し先にとぶが、私は、昭和四十六年頃、大蔵商事の後身である「大同商事」の負債整理を、中西治雄らと共に行なった。 池田大作は、創価学会三代会長に就任した後、和泉覚、星生務、中西治雄らを引きつれて創価学会本部に乗り込んだ。そして、大蔵商事とは絶縁する。〝二度と汚い仕事などするものか〟  残された大蔵商事は、森重紀美子と、その甥である森重章が経営するところとなり、創価学会とは切り離される。だが、昭和四十年代の初めには、脱税で国税局の手入れを受け、ダメージを受けたばかりか、経営の基盤であった創価学会から切られたため、次第に営業不振に陥り、多大な負債をかかえて、森重章は、池田大作に泣きついた。それは、  「大同商事(大蔵商事)が倒産したら、古くからの債権者(学会員もかなり残ったいた)がさわぎ、池田先生の名前も出て創価学会にも迷惑がかかるでしょう」 という、〝どうなっても知りませんよ〟といわんばかりの投げ出し方であった。  池田大作の指示で、森重紀美子に連絡が行ったが、  「まことにすみません。御迷惑をおかけしますが、よろしく」 と逆にゲタをあずけられる始末。  森重紀美子の一人息子光生は、「和光商事」という会社の社長であったが、これは、聖教新聞社の用紙を一手に扱う会社で、すべての製紙会社がこの会社をとおして創価学会関係の紙を納入する〝利権会社〟であり、莫大な利益を保証されていた。これは、池田大作が、大蔵商事時代、自分をひいきしてくれ、今日の地位をきずかせてくれた森重紀美子に対する感謝のプレゼントであった。  戸田城聖の本妻、幾子に対しては、死後、ただちにトラック二台で邸に乗り込み、戸田城聖の遺品と称して目ぼしいものをすべて引き上げる、という非情な仕打ちをした池田大作が、森重紀美子には、惜しげもなく創価学会の利益の分け前を終生与えつづけた。この〝アメ〟と〝ムチ〟のつかい分けのきびしさは、池田大作の人心掌らん術の特徴である。

 池田大作は、  「これだけ利益を分けてやっているのだから、大同商事のあと始末くらい自分でしたらどうか」 と言いたかったのだが、あにはからんや、森重光生は、〝銀座の帝王〟と呼ばれた遊とう児で、あらんかぎりの金を、女遊びにつぎ込み、和光商事には一文のたくわえもなかった。  あきれ、怒った池田大作ではあったが、背に腹はかえられず、私達に善処を命じる他なかった。  私は、森重章らに会って、会社の実情調査を行なった。  森重章は、自らの放漫経営はたなに上げて、  「私は、池田先生らがおいしいところを全部吸って行なったカスの会社を引き受けさせられたんです。当時からの貸金のコゲ付きもまだ残っているし、それに、学会は、その後全く面倒を見てくれないばかりか、有力な出資者に手を引くようにしむけたんです。」 と、うらみつらみを述べ立てた。  創価学会の発展とタイアップして伸び、維持されて来た会社だけに、創価学会と切り離されたことが致命傷になったことは当然である。だが、森重章らは、それにもかかわらず放漫経営と浪費を続けた。  「母が、池田大作のめんどうを見、引きたてたおかげで池田大作は会長になれた。学会が森重一族の面倒を見るのは当たり前だ」 という態度を露骨に見せながら、森重章は大蔵商事以来の由来と経営の実態を私に話した。

 大同商事は、信じられないほどの巨額の負債をかかえ、その債権者の多くは学会員であった。また、池田大作や中西治雄が開拓した出資先も多くのこっていた。  しょせん、創価学会に寄生していたにすぎない会社が、寄生主である創価学会から切り離されて生きていけるわけがないのである。森重一族は、大同商事を投げ出し、創価学会にゲタを預ける気でいたから、どうしようもない。  私は、部下の弁護士とともに、大同商事の整理を行ない、再生させる作業にとりかかった。社名を「日章」に変更し、社長や役員も、創価学会青年部にとりかえた。監査役には、私の部下の弁護士が入った。  肝心の〝負債の穴うめ〟は、中西治雄の仕事であった。

 中西治雄は、その財源をまず「正本堂御供養金」にもとめ、続いて学会本部に求め、更に日蓮正宗に求めた。

 一、正本堂、及び同建立事業にともなう末寺建設の際の、〝災害保険〟をすべて「日章」の扱いとし、手数料収入あげる。


 二、創価学会関係の施設の災害保険を一手に扱わせ、手数料収入をあげる。  三、正本堂建立にともなう記念品やグッズ、本山売店での販売品、創価学会の使う物品の納入を「日章」経由で行なう。


 四、会員用の物品をとり扱わせる。

 こうした方法で、中西治雄氏は、「日章」となった大蔵商事の赤字の穴うめをした。その金は、先述のとおり、正本堂募金(三百五十五億円)日蓮正宗、そして創価学会から支出され、或いは会員のフトコロから出た。

 結局のところすべて学会員の負担で行なったのである。  これらは、すべて、池田大作の決裁と指示で行なわれた。 社長会記録には次のような記述がある。


「(念珠)一手に買い取り、卸せば良い。もう内の人達が使うもので、外郭に儲けさせる事はない。線香もローソクも東洋精光でやんなさい。正本堂のみやげものも作れ、とにかく作るものは全部東洋にやらせる」(第24回)


 「一連50円の儲けとしても、10年間に1、000万本としても5億だ。年間5、000万だ、大きいよ」(第29回)


「北海道 絵はがき6万売った。うまいことをした。来年は栞を5枚一組で50円位で売る」(第47回)


「杉本君(栄光建設=注)の方はどうだ。東海研修所、小さいがやんなさい」(第48回)


 「白糸の近所、5、000坪のものを建てる、それも栄光でやれ」(同)


 「(本山バザール)1、900万売り上げるか、それはいい。しっかりやれ」(第51回)



 金に関することは、こうした細かいことまで、池田大作は自ら指図していたことを証明する記録である。  正本堂が落成した昭和四十七年頃学会員であった人達は、〝記念〟にもらったり本山売店で買ったりした〝金盃〟(もちろんメッキである)などのグッズを覚えている人も多いだろう。その代金の何割かは、大蔵商事の赤字の穴うめに使われたのである。  現在も、「日章」は、東京都千代田区富士見二ノ三のビルの二階に本社がある。社長の佐藤武一は、創価学会の古参幹部である。取締役には、森重紀美子の一人息子、光生の妻裕子の名がまだ残っている。これは、光生の死後、その遺族を池田大作が面倒を見ているのである。監査役には福島啓充弁護士がずっと務めている。法学委員会出身で、数年検事をつとめたあと弁護士になり「日章」の整理を担当した。現在創価学会副会長であり、創価学会の訴訟事件の多くの主任弁護士を務める。

 創価学会系総合雑誌「潮」には、次のような広告を出している。  平成七年十二月四日、参議院宗教法人等に関する特別委員会に秋谷栄之助が参考人として呼ばれたとき、共産党の橋本敦議員は、創価学会施設に関する損害保険契約をエサに保険会社に対し、公明党への選挙協力を強要していることについて、  「明らかに公選法違反の利益誘導罪が、特定の創価学会の巨大な財産の保険契約との関係、その特別の利害関係を通じての誘導行為に当たるということで、これは公選法違反の利益誘導罪に当たるということは、私は間違いない事案だと確信して話をしているんですよ。

それでもう一つ、秋谷さん、重大な問題は、この問題の基礎になっている境内建物、礼拝所、その他創価学会の資産は、これは非課税の資金で蓄積された大事な資産でしょう。そして、礼拝所は固定資産税非課税の建物でしょう。二重に非課税の建物が、創価学会のこの利益誘導によって特定政党支持活動の公選法違反の犯罪のまさにその母体になっていることは、これは社会的に重大な問題じゃありませんか。こういう問題について率直にあなたは反省されないのかどうか。まさに創価学会の責任者として徹底的に調べなさいよ。徹底的に調べて国会に報告する、それぐらいのことはしなさいよ。どうですか。」と追及した。(議事録引用)  これらの保険契約も、日章をとおして行なわれている。

 平成六年十一月二十五日号「週刊ポスト」で、「長期総合保険をめぐって学会及び聖教新聞社と東京海上の間で交わされている十億二千九百六十二万六千九十円の保険の不正契約の一件」がスクープされているが、同契約の取扱代理店はすべて「日章」である。「日章」は、二千五百万円の手数料をかせいでいる。(野田常雄氏著「池田大作の金脈」より)  大蔵商事、大同商事、日章と、社名を転々と変えながら、池田大作の「葉っぱをお札にかえる工房」である会社は、ひっそりと創価学会への寄生をつづけているのである。それは、表立って「関連企業」と名乗ることを許されず、日陰でつながっていて、あたかも、かつての主宰者であった戸田城聖の愛人、森重紀美子さんの立場を象徴するようでもある。

 池田大作は、後に、熱海の東海研修道場の庭園で、一ぱしの俳人気取りで私に言った。  「どうだ。萩の花は風情があるだろう。どこか、さみしげで、萩は、二号さんの花だな。私は萩が好きなんだよ。」  好きなのも当然だろう。  池田大作は、戸田城聖の二号さんに「お母さんお母さん」とオベッカをつかい、引立ててもらったおかげで、創価学会会長への足場を固めることが出来たのだから。  池田大作が、後日  「戸田先生は、何で私に金貸しのような汚い仕事をさせたのか……」 と怨みつづけるほど汚い仕事をつづけた舞台の大蔵商事―今日の「日章」を、池田大作はしかし切りすてることはできない。日陰で、養い続けなくてはならない。  池田大作にとって、創価学会が本妻なら、大蔵商事―日章は、正に二号にあたるといえよう。  要するに、創価学会からうまい汁を吸う会社を切りはなしたが、結局、元のように寄生状態にもどしただけである。
 

金と権力を生む宗教の本音 、その2

 投稿者:22世紀  投稿日:2010年 7月24日(土)12時30分18秒
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  金と権力を生む宗教の本音 、その2From:  22世紀
草創期、創価学会再建当時の教団と事業
宗教を権力奪取の手段視した戸田城聖
 宗教を権力奪取の手段視した戸田城聖 〝金と宗教〟の奇妙な混合は創価学会設立のときからつきまとう特質である。まずそのことを、歴史をふまえて検証したい。  昭和二十年七月三日、戸田城聖という男が東京都中野区・豊多摩刑務所から出所した。 「創価学会」の歴史はこの時から始まる。

 牧口常三郎が会長として主宰した「創価教育学会」は、当時、軍部が進めていた宗教政策からはみ出す存在として弾圧を受け、牧口会長とともに理事長の戸田城聖も投獄された。  もっとも、その理由は、池田大作らが後世ねつ造して宣伝したごとく、「反戦・平和」を主張したからではなく、軍部が進める日蓮宗各派統合政策に反対し、また、「日蓮によって祈らなくては国が亡びる」と強く主張したことが、国家神道とそぐわなかったから、ということが主なものであった。創価教育学会も、当時の他宗教と同じく、〝戦勝祈願〟を行ない、また、座談会の初めには宮城よう拝を行なっていたのであって、その当時、〝反戦〟とか〝平和〟とか言う人物や団体は、日本の社会には存在しなかったか、できなかったのである(そんな歴史のイロハも知らずして、「創価学会は反戦・平和で軍部に弾圧された」という神話をウノミにして創価学会シンパとなった進歩的文化人が現実にいるから驚かされる)。

 牧口常三郎氏は獄死した(もっとも、当時を知る数少ない人の証言によると、心身ともに消耗し、廃人状態となって釈放された後、死亡した、という説もある。いずれにせよ、軍国主義の犠牲となったのであり、いたましいことであった)。戸田城聖の出獄後、一ヵ月余り、八月十五日、第二次世界大戦は、日本の無条件降伏によって終結した。  同年十二月九日、GHQは、「国家と神道の分離令」を発令し、国家神道、神社神道に対する政府の保障、保全等が廃止された。そして、戦前の宗教法人法は廃止され、ポツダム勅令にもとづく宗教法人令が施行された。

 戦前の宗教団体法は、政府の宗教団体に対する監督権が強く、国家による宗教支配と弾圧の根拠の一つになったことにかんがみ、宗教法人令は、国家の宗教支配の排除、神道を事実上の国教とする戦前の政教一致体制を否定し、あらゆる宗教団体を平等に扱い、宗教法人となる道を開いた。  翌二十二年五月三日には、新憲法が制定され「信教の自由」と「政教分離」が明確に保障された。  GHQの占領政策によって突然もたらされた「信教の自由」と「政教分離」のもとで、神道は閉塞し、既成仏教教団も農地解放策の打撃でなすすべもなかった。そして国民の生活苦と社会の混乱の中で新興宗教が雨後のたけのこの如く誕生し、発展した。霊友会、立正佼成会等の教団が全国を風びし、また、戦前、弾圧を受けて逼塞していた天理教、PL教団等も息を吹きかえした。  こうした、我が国の宗教界に大きな風穴があいた状況の中で、創価学会は再スタートを切った。  もっとも、戸田城聖が、出獄後まず手がけたのは、事業の再建であった。

 昭和二十年八月二十日、終戦からわずか五日後に、東京、上大崎に『日本正学館』の仮事務所を設立し、通信教育の広告を新聞等に掲載している。戸田城聖四十六才の時である。それから十三年後、五十八才の若さで世を去るまで駆け足で走りぬけた人生の間に、彼は、百三十万世帯という驚異的な巨大教団をきずき上げた。  同年十月、西神田に『日本正学館』の事務所を移した戸田城聖は、政治家古島一雄氏、弁護士大滝某を相談相手として、教育、出版事業に精力注いだ。  これに遅れること五ヵ月、昭和二十一年三月、戸田城聖は、『日本正学館』の事務所にやっと『創価学会』の看板を並べた。

 牧口常三郎は教育者であり、日蓮正宗の教義と独自の「価値論」を結合させ、「創価教育学会」を創立したのであるが、戸田城聖は、戦後、牧口常三郎氏の遺弟を糾合して再建するに当たり、「教育」の二字を取り去った。  戸田城聖は、教育そのものには関心がなかった。そして「信教の自由」「政教分離」がもたらすであろう社会変化を鋭く見とおして、来るべき「宗教の時代」そのものを、自分の野心を実現する舞台と考え、宗教を中心にすえる意味で〝教育〟の二字を除いたのであろう。  この点について後に、戸田城聖の遺言録(日蓮正宗開祖日興上人の〝遺戒置文〟になぞらえて、池田大作は、これを創価学会の〝遺戒置文〟と呼んだ)を池田大作が加筆、編纂した「水滸会記録」には次のような一節がある。

 『今日の日本では、経済界も政界でも教育界でも、組織がガッチリ出来上がって、これからのびて行く余地は少ない。ところが、宗教界だけは、ちょうど戦国時代のときのような乱戦状態である。法律でしばる何ものもない。縛を解いて虎を野に放ったようなものである。今こそ広宣流布できるチャンスだ。』  この言葉は、戸田城聖が宗教を、政治や経済活動と同列に、国家権力を争うための一つの手段として端的にとらえていることを示すものであり、これは、戸田城聖のポリシーを継承した池田大作の宗教観でもある。  もっとも、戸田城聖は、創価学会より、事業の再建を優先したが、それは、彼がそれまで〝すべての基盤は経済力にある〟との思想の持主であったからである。  同じく「水滸会記録」には戸田城聖の言葉として次のような記述がある。  「むかしの武器は刀であったが、現代の武器は金力(財力)である。むかしの兵力に相当するものは、金力である。」

 「今日は、新しい一つの理論を教えよう。広宣流布の基盤はどこに置くべきか。経済に基盤を置かなくてはならない。一億や十億の金では、広宣流布はできない。しからば、日本中の金がなければダメだ。大経済に腰をすえて君らがやるんだ。君らがやらないでだれがやるのか」  「一人の議員をつかんで自由に動かすのには、買収費と小遣いをいれて(当時)一年に四百万円かかる。百人で四億円だ。これが一つのホシになる。  四億円あれば、日本を動かすことができる。広宣流布も最後は経済だ。だから日銀総裁も、この中から出なければダメだ。」  この戸田城聖から個人的に薫とうを受け、その事業面の中心となって働いた池田大作が、経済活動と創価学会の宗教活動を渾然一体化してとらえるのは、当然のなり行きであろう。否、むしろ〝経済を支配する者はすべてを支配する〟という考えの持ち主であるといった方が正確である。ちなみに、池田大作は、「社長会」を拡大した外郭職員の会である「金剛会」において、自らが本部職員や聖教新聞社員ではなく、大蔵商事から出て創価学会の会長になったことを自賛して「外郭の諸君は源氏であり、本部職員は平家である」と宣言している。

 池田大作にとって、創価学会本体も、外郭会社群も、文字どおり〝一体不二〟なのであり、教団が、たまたま金もうけのために事業に手を出す、ということは根本的に違うのである。さらには創価学会本体より経済を支える外郭会社の重要性を強調することで自らの権威を高めようとしたとみられる。この点の認識がなくては、創価学会の拝金主義が正しく理解できないし「社長会記録」についてもその意味がよくつかめないのである。  前述のとおり、戸田城聖は、「日本正学館」の看板と「創価学会」の看板を並べて(もっとも、前者が主で、後者はつけ足しのような形)掛けた。  戸田城聖は、事業と宗教活動を一体視していたのであるが、この時期は、まだどちらかというと、「創価学会」の方は、片手間、といった印象を否めない。  さて、その創価学会は昭和二十一年五月一日の第一回幹部会で、戸田理事長のもと、牧口門下生の原島宏治氏、小泉隆氏、辻武寿氏らを理事に定め、一応、会の規約や綱領を発表した。教学、財務、婦人、青少年等、今日のひな形となる九部の組織を定めた。六月二十二日には十一名で青年部も発足している。



池田大作入信の真相

 池田大作がこの草創期の創価学会に入信したのは、昭和二十二年八月二十四日である。後に、この日は「池田先生入信記念日」とされ、会員達は莫大な御祝儀や祝品を強要される日となっている。  池田大作著「小説人間革命」によれば、戸田城聖と池田大作は、この日大田区内の座談会で宿命的かつ劇的な出逢いをしたことになっている。 「戸田は無言でうなずいた。 一座の人々は、呆っ気にとられていた。 伸一は、軽く眼を閉じ、朗々と誦しはじめた。

『旅びとよ  いづこより来り  いづこへ往かんとするか

月は沈みぬ 日は いまだ昇らず  夜明けの前の混沌に 光 もとめて

われ 進みゆく  心の 暗雲をはらわんと

 嵐に動かぬ大樹を求めて  われ 地より湧き出でん とするか』

同行した、二人の文学青年は、拍手を送っていた。  一座の人々も、それにつられたように、拍手を送った。だが、なんと変わった青年だろうと、いささか度肝を抜かれた思いであった。  座談会で、詩をうたった青年は、これまで、一度も見なかったからである。詩の内容など、彼等の頭にはとどまらなかった。」

 ところが、である。  東京大学教授で東洋文化研究所長であった小口偉一氏が、学者や学生達といっしょに行なった新興教団の調査結果をまとめた「宗教と信仰の心理学」という書物が昭和三十年に発行されている。  その中には、創価学会幹部の体験談として当時の池田大作のインタビュー談が次のように紹介されている。

 「(御本尊下付について)三十分間ほどいりませんとがんばったんです。すると幹部の人がなだめて、むりやりに私に押しつけました。」、「家にかえっても三日間おがまずにほっておきました。三日目にものすごい雷が鳴って、私の上ばかりでゴロゴロなって、私ばかり狙っているように思ったので、その時思わず南無妙法蓮華経と口をついてでました」  小口偉一氏は、宗教学の第一人者であり、その流れの学者達が今日、各大学で宗教学を教えている。

当時、日本で最も権威のあった東大東洋文化研究所関係者の学術調査をまとめた「宗教と信仰の心理学」で、ことさら偽の記載をするはずもないしその必要もなかろう。「小説人間革命」の中で、池田大作が、自らを神格化せんとしてウソをデッチ上げたことは疑いの余地もない。

 立ち上がって詩を朗読して入信した、というのはまっ赤なウソ。むりやり御本尊をもたせられ、ほうり出していたところ、カミナリにおびえて拝むようになった、というのだから、こっけいを通り越して異常である。ちなみに、池田大作に親がつけた名前は、じつは「太作」であった。これを、どういう手口をつかったのか、「大作」に改名している。平凡な自分の生い立ちを、ことさらきれいにかざり立てようとして歴史を改ざんし、つくりごとを考え出すのは、池田大作のクセである。

 池田大作は、入信後、中小企業団体の事務員などをしていたが、それ以前、ブラブラしていた時期、川崎市から大田区を縄張りにする暴力団金融の手先となって、貸金取立てなども手伝っていたという(あるいは、ヤクザとの関係は、後述の、東京建設信用組合の整理の際、生じたともいわれる)。  その池田大作が創価学会の座談会に出席したのは、ナンパした女性が学会員であり、さそわれて鼻の下を長くして出席したところ、きびしく折伏され、女性にとり入ろうとしていやいや入信したのである。

 余談であるが、この女性は池田大作をソデにしたため、一族は後になって池田大作から長期にわたって陰険な仕打ちを受け続けた。  入信しても、ロクに勤行もせず、ブラブラしていた池田大作に戸田城聖が目をつけたのは、その、あつかましさと抜け目のない〝商才〟であった。  池田大作は、入信後一年余りたった〝昭和二十三年秋、戸田城聖の「日本正学館」に職員として採用された。日本正学館は、当時はやりのエログロ雑誌「ルビー」と少年雑誌「冒険日本」を発行していたが、余りに売れなくて赤字がつづいていた。池田大作は、経営不振のため、給料がろくに払えなくてなり手のなかった少年雑誌の編集長に志願しておさまった。  このつかの間の「編集長」の肩書きを、池田大作はえらく気に入っていたとみえて、後日の思い出話の中でも再三出てくる。その頃のペンネーム「山本伸一」を、後の「小説人間革命」の著者名としてつかい、また、親衛隊に対して「伸一会」と名づけている。生まれた子に名付け親をたのまれると、「大作」の次に「伸一」「伸子」の名が多いし、ひところは、学会本部近くの小学校で教師が「大チャン」「伸一君」と呼ぶと、クラスの四分の一くらいの子が返事をしたという。対照的に池田大作が最もその才能を発揮した「大蔵商事」営業部長時代のことは、ほとんど語らない。自分の出世につながった〝金貸しの手代〟時代を、池田大作は、思い出すのもおぞましい〝汚い仕事〟として、ひた隠しているのである。


戸田城聖の破綻と池田大作
 だが弱小出版社の雑誌編集は楽ではなかった。 「日本小学館」は昭和二十四年には六千万円の負債をかかえて倒産し、雑誌は廃刊となった。会社はそっくり東京建設信用組合に移行し、池田大作は、そこで働くことになる。この会社もインフレのあおりをうけて、悪戦苦闘の末昭和二十五年八月二十二日、当時の金額で七千万円の負債をのこして倒産し、戸田城聖は債権者に追われる羽目となった。今日でいえば、第二地銀クラスの金融機関の破たんになろうか。

 当時、小平芳平、神尾武雄、和泉覚ら、創価学会の中心幹部が社員でいたが、皆お人よしで無能なため、何の役にも立たない。その中で、若いながら世故にたけ、ものおじしない池田大作が一人で、戸田城聖のかわりに借金取りの矢おもてに立った。また、資金ぐりのため、有力な会員をまわって金集めに奔走した。  「昭和二十五年はすごかった。戸田先生の奥さんは薬売りをしようとする。借金取りは連日連夜、悪口を言った。私一人で頑張った。横領罪で訴えられそうになった。二十五年の十二月には駄目かも知れぬと思った。………」(社長会記録昭和四十三年四月二十九日)  「八月の業務停止からまもなく給料は遅配から半額払いになり、やがて無配となっていった。一人去り二人去りして残った社員は、私のほか、二、三人になってしまったのである。私自身、ワイシャツ姿で晩秋を過ごさねばならなかった」(池田大作著「私の履歴書」日本経済新聞連載)  総勢十人に満たない小さな会社の新参の末席社員であった池田大作は、入社後一年余りで倒産の修羅場の中に投げ込まれ、気がついたら戸田城聖と二人きりで借金取りと立ち向かう羽目になっていた。しかも業種は、インフレの燃えさえるなかでの無尽に毛のはえたような街金融であった。

 百鬼夜行の欲の皮を突っぱらせた金の亡者達が血まなこになって争う世界で、池田大作は、倒産、整理という衝撃的な作業からスタートして金融業の裏道を実地にたたき込まれたのである。金をめぐって情け容赦なく野獣のように喰い合う世界で、池田大作はその独特の金銭感覚をやしなったのである。

 昭和四十九年七月頃、池田大作は私をはじめ二、三人の側近とともに「今日は飲もう」と珍しく水割りを半分ほど飲んだ。そして、雑談の中で  「戸田先生の唯一の失敗は、私に、金貸しのような、汚い仕事をやらせたことだ。俺なら、後継者の人生経歴を、そんなことで傷つけたりしない」 と言った。戸田城聖は、人のつかい方はきちんとしたところがあり、創価学会の後継者と目していた石田次男氏(元参議院議員、公明党石田幸四郎委員長の実兄)には、一切自分の事業にはタッチさせなかった。反面池田大作を〝汚い〟仕事にこきつかったことは、戸田城聖が、池田大作を「創価学会」の後継者とは考えていなかった証拠ともいえる。  〝金融業〟それ自体は、れっきとした職業であり、必ずしも〝汚い〟仕事ではない。しかも、自分はそのおかげで、会長になるキッカケをつかめたのだ。にもかかわらず池田大作が〝汚い仕事〟と自己嫌悪をもって語るのは人には言えない、想像を絶する仕事であったことを問わず語りに白状したようなものである。実際、池田大作の金銭的感覚は、人並みはずれて意地汚くずるい。見えすいたウソを平気でつく。若い頃身についたその下品さは、終生ぬぐいきれないと見える。

 また池田大作は、 「資金ぐりが苦しく、金策にも四苦八苦している時、戸田先生と二人で皇居前広場を通りかかった。私がヤケクソ気味に『こんな男にだれがしたあ』と歌ったら、横から戸田先生が『俺だよ』とニコリともせず言った」 と思い出話を語った。  とにかく、池田大作が当時ヤケッパチになり、後に思い返してもへきえきする〝汚さ〟〝やりきれなさ〟を持った裏の裏の仕事に、手を染めていたことは間違いない。私も、池田大作に命令されて、今思えば身の毛のよだつような思いのする〝裏の仕事〟に従事したことを後悔しているだけにその心情だけはよくわかるし、いささかの同情もする。  私は、こうした仕事がいやになり、逃げ出して、池田大作から〝恐喝犯〟にされるというみせしめの制裁を受けた。池田大作は、〝毒をくらわば皿まで〟と戸田城聖のもと、汚れ役に徹し、後に創価学会の帝王にのし上がった。私は、しかし、池田大作の生き方を、決してうらやましいとは思わない。  ところで池田大作が、戸田城聖のもとで生命がけで身につけた金銭哲学はどんなものだったか。



戸田の金銭哲学 葉っぱ(信仰)をお札に!
  昭和四十三年二月十日の社長会で、池田大作はこう語っている。 「戸田先生は葉っぱをお札にする。本当にする。そうしなければ広宣流布は出来ない。必ずそうする。広宣流布のためならば、葉っぱをお札にしてみせる、と言う戸田先生……」  じつに狐狸のたぐいが人を化かす方法として古来言い伝えられている〝葉っぱをお札にかえる〟方法が、戸田城聖が池田大作に伝えた秘伝だったのであり、この秘伝は、現在の創価学会の〝錬金術〟にも見事に生かされているのである。

 この、〝葉っぱをお札に〟の術は、倒産した東京建設信用組合について、大蔵省から組合解散の同意について内示を受け、事態収拾のメドが立った頃から実行に移される。  「事業だけを再建しようとしてもうまく行かない。そうだ。創価学会の会員を増やし、これと車の両輪の形で事業をやれば良いのだ」  戸田城聖は、改めてその思想の原点に立ちかえった。  戸田城聖は、東京建設信用組合の整理を進める一方で、昭和二十五年秋には秘かに別会社「大蔵商事」を設立し、やはり金融業を開始していた。最初の代表役員は、矢島周平氏。牧口門下生で、日本正学館では「ルビー」の編集長を、そして創価学会の理論誌「大白蓮華」初代編集長をつとめ、一時、戸田城聖にかわって創価学会理事長をつとめた。後に戸田城聖とたもとを分かち、出家して日蓮正宗僧侶となり、埼玉県大宮市で日蓮正宗寺院住職となった。二代目代表が和泉覚氏。現在、牧口門下生の数少ない生き残りとして、最古参の副会長であり、公明党参議院議員にもなった。  だが、彼らはただの名前だけで、会社の実権は、専務理事兼金庫番の森重紀美子がにぎり、そしてその背後で顧問であった戸田城聖がにぎっていた。

 森重紀美子は、柏原ヤス(元公明党参議院議員)とともに、戸田城聖の公然たる愛人であった。この大蔵商事で、池田大作は、当初最末席の営業部員兼雑用係であった。  戸田城聖と森重紀美子が愛人関係となったのは、戦前のことであり、二人の関係は永い。間に子供が一人(光生氏)いた。  当時、三十代はじめで、しっかり者の彼女に、戸田城聖は全幅の信頼を置き、会社の実権をゆだねた。海千山千の戸田城聖は、古い信仰仲間であった矢嶋氏や和泉氏さえ信用せず、肉体関係でつながり、子まで作った紀美子だけを信用したのである。この習性は、後に〝白木屋事件〟〝ホテルニュージャパン〟などで知られた横井英樹氏に似ている(横井氏は、暴力団の安藤昇氏らに襲撃された際、男のボデーガードが机の下にもぐり込んで役に立たず、妾の一人だった女性秘書だけが敢然と横井氏を身をもってかばったことから、以後、関係した女性達をボデーガードとして連れ歩いた)。  池田大作は、この森重紀美子に全力をあげてとり入った。十才余りしか年の違わない彼女を「おかあさん」と呼んで甘え、子犬のように仕えた。彼女の背後に戸田城聖がいることを見越してのスリ寄りである。彼女に信用されることは、即戸田城聖に信用されることにつながる。ゴマをすられて、森重紀美子も悪い気はしない。池田大作に特別に目をかけた。  金融業のような仕事は、女では出来ない部分が多々ある。それを任せられる男として、森重紀美子は次第に池田大作をたよりにし、戸田城聖に推挙した。



大蔵商事と池田大作
 大蔵商事は、東京都新宿区市ヶ谷田町の小さなビル(今は、ソニーミュージックエンターテイメントの本社ビルが建っている)の二階の六坪ばかりの部屋に本社を置いた。ほとんど同じ頃、聖教新聞編集室を同居させている。更に、昭和二十七年四月には、創価学会本部市ヶ谷分室(戸田城聖の専用事務所)を隣室に設けた。  創価学会では、「会長(今では池田大作)のいるところが常に本部」という仕組みになっている。そのために池田大作は、庶務室、聖教記者をはじめ大勢のスタッフをつれて歩くのである。この伝統は戸田城聖の頃からのものであり、従って、戸田城聖の専用事務所、大蔵商事、そして聖教新聞社が集中した市ヶ谷の小さなビルこそ、戸田時代の創価学会の中枢基地であった。  大蔵商事には、池田大作の他に若い社員として星生務(後に学会本部経理局長、総務)が経理を担当していた。

 大蔵商事は、発足して間もなく、池田大作が牛耳るところとなる。昭和二十五年十一月には、はや営業部長に昇進し、翌二十六年には取締役に就任する。そして、後に彼の忠実な金庫番となった中西治雄が、池田大作の直属の部下となった。池田大作は、星生務と中西治雄を両腕として大蔵商事を完全に支配する。  昭和三十年代後半から四十年代、創価学会の内閣官房長官に当たる〝席務室長〟などを歴任、「陰の会長」といわれるほどの権勢を握った中西治雄は、池田大作と二人三脚で大蔵商事の営業を仕切った。  後に、池田大作は創価学会会長就任後、二人をつれて創価学会事務局にのりこむ。星生務は学会本部会計を、中西治雄は聖教新聞等収益事業の会計と池田家の財産と裏金の管理を担当して、会の金の流れをまず支配したのである。

 昭和四十五年、私が創価学会本部に入って行なった改革の中には、二人の財務担当者が池田大作の指示で行なって来たデタラメな資金操作を整理することもふくまれた。当然、二人と衝突することも多かったが、時流が幸いして、システムは、私の主張する方向へと動き、私が育てた若い優秀な実務家が、創価学会の〝表〟の経理を仕切るようになった。しかし、地下の水脈を流れる〝裏金〟〝池田家及び池田大作の個人資産〟に関しては、中西治雄は、頑として支配権を手放さなかった。  それでも、業者からリベート受領の現場や、外郭会社の交際費の使い方、池田大作への贈与品の処分等を通じて、その一部はかい間見えていた。
 

金と権力を生む宗教の本音 、その1

 投稿者:22世紀  投稿日:2010年 7月24日(土)12時28分6秒
返信・引用
  金と権力を生む宗教の本音 、その1From:  22世紀
金と権力を生む宗教の本音
 バブルがはじけた後の日本は、西を向いても東を向いても不景気な話ばかり。大手銀行や証券会社の倒産という、信じられないような事態となった。  そんな中にあって、佐渡や鎌倉での広大な日蓮大聖人霊跡地買収、新潟での大規模霊園開発、そして東京板橋区での、住民の反対運動を押し切っての会館建設に象徴される会館建設ラッシュと、創価学会の大盤振舞いだけが突出している。  日蓮正宗から破門され、〝本尊〟を失った創価学会が金に糸目をつけず日蓮大聖人の御真筆御本尊を買い求めようとしている等のうわさも後を絶たない。  その一方で、公明議員の汚職事件が続発し、生活苦に陥った会員による犯罪も続発している。  昨年暮れの〝広布基金集め〟(例年の寄付集め)では、ついに「生活保護世帯からの集金はやめるように」との内部通達が出された。いまさらの感がするが、そこまで会員の経済状態も底をついてきたのである。

 会員からしぼりとった創価学会マネーは、この不景気のさなかにあって、銀行、ゼネコン等財界に大きな支配力を持つとともに、それは、政界にも巨大な影響を及ぼしている。  おこぼれにあずかろうと、銀行やゼネコンが創価学会本部に日参し、卑屈に頭を下げる。テレビやラジオ、新聞も、創価学会の巨額な広告料の前にひれ伏す。政界では独自路線を歩み出した公明をめぐって自民党も野党も色目をつかう。すべてこれ創価学会マネーの威力といって差し支えない。

 この巨大な財力は、設立以来の「宗教法人に対する免税恩典」を一二〇%利用して築かれたものであり、マインドコントロールされた会員から容赦なく収奪した金が蓄積されたものである。そして、これを、巧みに操縦する〝元金貸しの手代〟池田大作の辛辣な〝やり手経営〟が創価金満王国の原動力といえよう。そして、池田大作は、この資金力を、単に学会内に止まらず、これを土台として関連企業を一般の企業より優位に立たせ、やがて日本の経済界を支配しようという野望を持っていたのである。

 政治面だけでなく、経済面でも日本を支配しようとするその背景には、「権力の基盤は金」という戸田城聖から徹底してたたきこまれた哲学が存在する。宗教でマインドコントロールできない国民は、経済で支配し、権力を奪取する。この野望のもと、池田大作の経済戦略は組み立てられた。

 その手法は、学会及び学会員の有志で千、二千とたくさんの小さな事業を全国に展開し、〝時が来たら、これらを糾合して大会社、大商社をつくり、財界を支配する〟〝世間が気がついた時にはもうおそい、あっとおどろく〟という、池田大作一流の隠密作戦である。今、その作戦どおり、何千何万もの池田大作子飼いの企業が全国に展開しており、〝寿司屋〝レストラン〟〝書店〟〝喫茶店〟〝美容室〟〝葬儀会社〟等々、その業種も多彩である。

 公明議員の政治力を金にかえる〝公共事業〟〝清掃〟〝産業廃棄処理〟といった事業も、創価学会の得意とするところで、その進出はめざましい。  学会員は、これら学会系の店や、〝選挙の時に公明に票を入れてくれる〟商店や企業しか利用しない。すでに、〝学会経済圏〟といったものが出来つつあり、それは、他の一般企業に対するハンデキャップに他ならない。

 もっとも、これら学会企業及び学会系企業は、〝広布基金〟その他創価学会の収奪、上納金吸い上げというマイナスハンデを背負っているから、良いことばかりではない。  しかし、中心にいる池田大作がうるおう構造には変わりない。  この創価学会の、〝宗教と金もうけの二足のわらじ〟という構造、体質は、すでに、戸田城聖が戦後間もなく創価学会の再建にとりかかったときから存在した。創価学会にとって宗教活動と金もうけは、創立以来、持ちつ持たれつ、車の両輪の関係にあり、むしろ〟金もうけ〟の方が優位にあったといって差し支えない。  金もうけの責任者、大蔵商事役員の池田大作が、宗教活動の中心者だった石田次男を押しのけて戸田城聖の後継者の地位を奪い取った経過そのものが、このことを証明している。

 池田創価学会は、とにかく金にはどん欲で抜け目がない。  その本質と、恐るべき〝経済支配の野望とプロセス〟を、創価学会の真実の歴史と内部文書によって論証することが、本書の目的である。  池田大作の、政党支配による〝天下盗り〟の野望については、多くの人達の啓蒙努力によりすでに世間の人々が広く知るところとなり、これに対する〝ノー〟の世論の声が、平成八年秋の総選挙における新進党の敗北、そして、創価学会系候補の大量落選という結果となってあらわれた。しかし、それにまさるとも劣らぬ〝経済支配〟の野望の恐ろしさについては、余り知られていない。  国をあげてきびしい経済環境におかれている中で、貧しい庶民から搾取し、その金を無用な、経済効果のまるでないグロテスクな建築や池田大作の勲章あさりに浪費することは一国家の経済力を大きくそこなう反社会的な行為といわなくてはならない。  改めて、世論の注意を喚起する必要を感じるゆえんである。
 

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