第十八使徒・涼宮ハルヒの憂鬱、惣流アスカの溜息
一年生
第十六話 学校のカイダン
<部活棟 文芸部(SSS団)部室>
「今日はSSS団にとって記念すべき日になるんだからね、気合を入れなさい!」
団長の席である椅子の上に立ったハルヒは腕を組んで堂々と宣言した。
「まあ初めての依頼人なんだし、張り切る気持ちはわかるが落ち着けハルヒ」
言っても無駄だと分かりつつも、突っ込まずには居られないキョンだった。
「相手は普通の男子高校生なんでしょう? 不思議な現象って言ってもどうせ学校の七不思議とかそのレベルよ」
アスカはやる気の無い様子で頬杖をついている。
その他の部員達もいつもと変わらず、特別に張り切っているのはハルヒだけのように見える。
しかし、どことなく落ち着かない様子にも見えた。
アスカも指でせわしなく机を叩いていた。
ドアがノックされて、部室の入口に全員の視線が集中する。
読書をしていたレイとユキの二人も本を視線から外していた。
「いよいよ来たわね!」
シンジに案内されて、古泉イツキが部屋に入ってくる。
らんらんと目を輝かせるハルヒに見つめられても、イツキは穏やかな笑みを崩さなかった。
「ほらミクルちゃん、お客様に美味しいお茶をおいれするのよ!」
「は、はい……」
ミクルがいそいそと部室の片隅に造られたキッチンへと向かう。
イツキが席に案内されると、ハルヒは司令席に座るゲンドウのような姿勢になりイツキに向かって落ち着いた声で尋ねる。
「それでは、依頼内容をお聞きしましょうか?」
「実は僕の学校には不思議なカイダンがあるのです」
イツキの言葉に、アスカは勝ち誇ったように言った。
「ほら言ったでしょう? せいぜいくだらない学校の怪談がいい所だって!」
「何よ、怪談だって面白ければいいじゃない」
イツキはミクルから受け取ったお茶を飲むと穏やかな笑顔を若干困った表情に変化させて否定した。
「いえいえ、怪談ではなく階段なのです」
「え?」
驚きの声を上げたシンジ以外のSSS団達の動きも思わず固まった。
静まり返る部室。
イツキは気を取り直したようにまた表情を穏やかな笑顔に戻して話始めた。
「旧校舎は部活棟として使われているのですが、地下に続く階段がとても奇妙な事になっているのです」
「どういうこと?」
「いくら階段を降りても地下にたどり着けないのですよ」
「はぁ?」
「ずっと下り階段が続くんですよ。延々とね」
イツキの説明に今度はうすら寒い空気を感じさせる沈黙が部室に広がった。
「しかし、戻ろうとして階段を登るとあっさりと元の一階に戻れる。妙な話でしょう?」
「確かに信じられない話だな」
「凄いワクワクする話じゃない、これこそSSS団に相応しい事件だわ!」
ハルヒが興奮してそう叫ぶと、イツキは少し満足げな表情になって訪ねる。
「それではこの依頼、受けていただきますか?」
「もちろん!」
そんな様子に不安を感じたのか、シンジがそっとアスカに尋ねる。
「こんな怖そうな依頼を受けて、大丈夫かな」
「すぐに元の場所に戻れるって話だし、平気なんじゃないの?」
こうして、SSS団は学校のカイダンを調べるために第二新東京市南高へ行く事になった。
<第三新東京市 ネルフ本部実験場>
「画期的なダイエット法を発明したですって?」
久々の休暇を楽しんでいたミサトはリツコに呼び出されて、ネルフ本部の実験場へとやって来た。
ダイエットと聞いてミサトもリツコに期待しないわけにはいかなかった。
特に最近お腹の辺りが気になっていたし。
「それで、ミサトに実験のモニターになって欲しいのよ」
「だから私をこんなところに呼んだわけ?」
ミサトは長い階段への入口を眺めてそう言った。
「ミサトにはこれからビル20階分の階段を駆けて登って欲しいのよ」
「確かに運動になるとは思うけどさ、それじゃあ普通のダイエットじゃないの?」
ミサトがリツコにそう質問していると、向こうからリョウジがゆっくりとやって来た。
「よう葛城。俺も実験のモニターとして参加させてもらう事になったんだ」
「加持、私の飲みの誘いを断って、リツコと一緒に居たって言うの?」
「やれやれ、ヤキモチか。嬉しいね」
「誰がヤキモチなんか!」
リョウジは露出度の高いミサトの服装を眺めてニヤリと笑った。
「葛城みたいないい女が、学生時代よりもウエストが○センチも増えているなんておれは悲しいぞ」
「何であんたがそんな事を知っているのよ!」
「俺は葛城の事なら見ただけで分かるのさ」
「加持君は女性職員のデータを盗み見したのよ」
カッコよく決めようとしたリョウジだったが、リツコの思わぬツッコミによってダメになってしまった。
「男だってね、お腹が出ていたらカッコ悪いのよ!」
「イテテテテ、止めてくれ葛城」
ミサトは加持の脇腹を思いっきりつねった。
リツコは子供同士のケンカだとばかりに無視を決め込んだ。
そしてしばらくしてやっと二人の戦闘は治まった。
「いいか、先にゴールした方が飯をおごるんだぞ?」
「これぐらい、私にはちょろいもんよ!」
「俺もだ」
これから待ち受ける仕掛けを知っているリツコは、そんなリョウジとミサトを見て笑いをこらえるのに必死だった。
「始めるわよ、スタート!」
リツコの合図と同時に二人は階段を登りはじめた。
「さーて、ただでビール飲み放題のために頑張らなきゃね!」
「おい、飯代だけじゃないのか?」
そう言って汗を浮かべた加持は決して負けるものかと気合を入れ直した。
急いで先行していたミサトに追いついた。
「そんな飛ばすと、後でバテバテになるぞ」
「ふん、このくらい余裕よ」
言い争いをしながら二人は勢い良く階段を登って行った。
そして階段の中ほどで二人は足を止めた。
「もう半分は過ぎたかしら」
「ああ、ここまでは互角だな」
二人は顔を見合わせて頷くと、ラストスパートとばかりに階段を登りはじめた。
段々と口数が少なくなり、無言で階段を登っていた二人は息を切らして立ち止まった。
「意外と20階分っていうのは遠いわね……」
「そ、そうだな……」
疲れ切った二人は勝負をする気が失せたのか、ずいぶんとゆっくりなペースになった。
「まだゴールにたどり着かないのかしら……」
「もうずいぶん登った気がするんだけどな」
のろのろと歩いていた二人だったが、やがてミサトの足が止まる。
「もうダメ、一体どうなっているのよ」
「こりゃあ、リッちゃんのトラップか何かかもしれないな」
「リツコが?」
リョウジはミサトに黙って静かにするようにサインを送る。
「機械の駆動音のような物がかすかに聞こえないか?」
「そういえば……」
二人がそう呟くと反応したように物音はピタリと止まった。
「仕掛けが……」
「止まったな」
ミサトとリョウジは顔を見合わせると険しい顔をして話始めた。
「リッちゃんは上と下、どっちに居ると思う?」
「上ね。女のカンよ」
「じゃあリッちゃんを問い詰めに行くか」
リョウジはそう言うと、ミサトを担いで登りはじめた。
「足が痛くて登れないんだろう?」
「加持君……ありがとう……」
<第二新東京市 南高 校長室>
南高に到着したSSS団の面々は、イツキの後について校長室へと向かう事にした。
「どうやら僕達は学校対抗の百人一首対決のメンバーだと思われているようだね」
「レイとユキが『古今和歌集』とか『万葉集』を読んでるからよ」
カヲルはこの状況を楽しんでいるようだった。
アスカはあきれて溜息をついた。
「母さん、SSS団の皆さんを連れてきました」
「お通ししなさい」
イツキに案内されて、SSS団は校長室に入る。
校長室はソファなどの応接セットや高価な灰皿があって、部屋全体が豪華な感じだった。
ゆったりとした椅子に座っていた穏やかな感じの女性がゆっくりと立ちあがった。
「……懐かしいわね」
「えっ?」
突然その女性にそう話しかけられたアスカは驚いた。
「あ、いえ、学生時代が懐かしいってことよ」
「はあ……」
「はじめまして、私がこの学校の校長の古泉マリコです」
「ええっ、古泉君のお母さんって校長先生なの?」
マリコがあいさつをすると、ハルヒが驚いて声を上げた。
「はい、母は教師をしていて、とある事情から異例の抜擢を受けて校長に……」
「古泉君、あなた凄いわね! 得点がググッと上がったわ!」
「何のポイントだよ、おい」
イツキの返事を聞いて上機嫌のハルヒにキョンが素早く突っ込んだ。
「問題の階段は部活棟にあります。まだ生徒達には気付かれていませんが、このまま放置していたら騒ぎになるかもしれません。お願いします」
「任せてください!」
マリコの言葉にハルヒは自信満々に胸を張って答えた。
「でも、他の学校の制服を着た生徒がうろうろして目立たないかな?」
「ウワサの通り、百人一首の対戦に来たという事にすればいいでしょう」
シンジの不安な呟きにイツキは穏やかな笑顔でそう答える。
「是非、お願いします、お願いします」
マリコの言葉を背に受けて、ハルヒ達は部屋を出て行った。
「なんかマリコさん、必死だったね」
「そりゃあ生徒達が騒ぎだしたら困るからでしょう。不気味な学校だって言われちゃうし」
「それだけの理由なのかな……」
シンジはアスカの答えに納得がいかない何か引っかかりのようなものを感じていた。
「ちょっとユキにレイ、いつの間に読む本をシェークスピアとエドガー・アラン・ポーに変えているのよ!」
「「読み終わったから」」
ハルヒに突っ込まれた二人は声をそろえてそう答えた。
「それじゃあ、百人一首の対戦に見せかける変装が台無しじゃない。さっさと本を戻しなさい!」
「命令ならそうするわ」
「団長命令よ!」
SSS団の部員達は古文の本を読んでいるユキとレイを先頭に立たせるというやや過剰なアピールをしながら部活棟へと向かった。
しかし、みんなそれぞれの部活動に夢中で、そんなにSSS団にしつこく付きまとう人間も存在せずにあっさりと地下への階段のある場所にたどりついた。
「人の気配が全くしないわね……」
「もともと地下は鍵がかけられていて、使われてませんでしたからね」
廊下の外れにある地下への入口を前にハルヒとイツキはそんな会話を交わした。
「地下への階段が不思議な現象になっているって気がついたのはお前の母さんだけか?」
「はい、後はその場に居た用務員の方だけですね」
キョンの質問にイツキが答えた。
「じゃあ、さっそく降りてみましょう!」
ハルヒの号令の元、SSS団は暗い地下への階段を降りはじめた。
入口のドアが閉まると、外からの陽光は完全に閉ざされるため、ジャンケンに負けたカヲルが先頭になって懐中電灯で道を照らす。
「ねえ、ユキの力で明るくできないの?」
「私が空間情報を操作すると、思わぬ影響を与える恐れがある」
アスカがそっと耳打ちするとユキはそう言って能力の使用を拒否した。
ハルヒはグイグイとキョンの腕を引っ張っている。
ハルヒ本人が言うには逃亡しないようにするためらしい。
アスカは周囲が明るくできない事を知ると思いっきりシンジの手を握っている。
強がっていてもやっぱり怖いと感じているらしい。
ミクルは悲鳴を上げながらイツキの肩にしがみついていた。
「君は暗い所が怖いとか、幽霊が怖いとか思ったことは無いのかい?」
「無いわ」
レイに即答されたカヲルは溜息をついた。
「……何?」
「今僕を支配している感情は寂しいと言うものなのかもしれないね」
「そう」
階段は一階分を降りるだけなのですぐに地下に到着しても良いはずだった。
しかし、下り階段は延々と続いている。
「何か、下り階段が続くって言うのも地味ね」
「ハルヒが面白そうだって引き受けた事件なんだろ?」
キョンになだめられて階段を降り続ける事30分。
ハルヒはまたぼやきはじめた。
「誰か面白い怪談でもしなさいよ」
「じゃあ私が」
レイの言葉にハルヒは期待の眼差しでレイを見つめる。
落ち着いた様子でレイはゆっくりと話し始めた……。
「これは、ある夏の嵐の夜、古いお寺で実際に起きた物語」
「ふんふん」
「お寺の和尚さんが目を覚ますと、隣で寝ていたはずの坊主の姿が見えません」
「それは事件ね!」
「興奮しすぎだぞハルヒ、もうちょっと静かに聞くことはできないのか」
「和尚さんの耳には荒れ狂う風や雨の音に混じって自分を呼んでいる声が聞こえました」
レイがそこで話をいったん止めると、アスカが無言で思いっきりシンジに抱きついたようで、シンジが小さく悲鳴を上げた。
「和尚さん、和尚さん。どうやら自分を呼んでいるのは坊主のようです。和尚さんは助けを求める坊主の元にゆっくりと近づいて行きました」
アスカがつばを飲み込んだ。
「和尚さん、トイレットペーパーください」
レイがそう言って話を終わらせて黙りこむと、アスカは怒鳴り声を上げた。
「アンタバカ? 何よそのつまらない話は!」
「つまらない話じゃない、これは笑い話。怖がっていたのはアスカだけ」
「アタシは怖がってなんかいない!」
「じゃあ何で碇君に抱きついたの? 二人はできあがってしまったのね」
「違う! ……全く、リツコったら変な言葉ばかりレイに教えるんだから」
「じゃあ怖かったのね」
「違う」
「二人はできあがってるの?」
「それも違う」
言い争っているレイとアスカにイツキが困った顔で声をかける。
「あの、今の話で朝比奈さんが恐怖のあまり気絶されたようですが……」
「まあ、とりあえずレイの努力は認めるわ」
ハルヒはその後しばらくは黙って階段を降り続けた。
しかし、一時間程経つとまたハルヒは退屈さに音を上げた。
「やっぱり、階段ばかりでつまんない!」
イツキは表情を険しいものに変えてキョンに話し始めた。
「いったん戻りましょう、閉鎖空間が発生し始めたようです」
「それって、前に惣流達が言っていたネルフ絡みか?」
イツキが真剣な表情になって頷くのを見ると、キョンは急いでハルヒの手を引いて声を掛けた。
「ハルヒ、とりあえず戻るぞ」
「いったいどうしたのよ?」
「まあ、その何だ……トイレに行きたくなった」
「まったく、仕方がないわね」
キョンのとっさの言い訳だったが、上手くハルヒに通じたようだった。
<第三新東京市 ネルフ本部実験場>
所変わってこちらはネルフ本部。
ミサトとリョウジはリツコの居る部屋までたどり着き、だましたリツコをにらみつけていた。
「リツコ、あの妙な階段は何よ?」
「実験中の機械で『無限階段』って言うのよ。階段と周りの壁が一定速度で下降して延々と同じ場所を登らされるワケ」
「何が画期的なダイエット法よ、これじゃあ明日筋肉痛がひどくなっちゃうじゃない」
「リッちゃん、これは侵入者を生け捕りにするトラップなのかい?」
リョウジの質問にリツコは首を横に振った。
「今のネルフは軍事施設じゃないのよ。平和的利用」
「平和的利用?」
「遊園地のアトラクションのトリックハウスに使うの」
「「遊園地!?」」
リツコの言葉にミサトとリョウジは目を見開いた。
「どんどんネルフのイメージが変わって行くな……」
「国連も暗かったネルフの印象を変える碇司令の案には賛成のようよ」
「それってもしかして……」
「天下り先? 国連のお偉方の中にはそんな事を考えている人が居るかもしれないけど、きっと碇司令が許さないでしょうね」
リツコはポケットからチケットを取り出してミサトに手渡す。
「これネルフランドのペアチケット。今日はお疲れ様」
ミサトは作り笑いでチケットを受け取った後、リツコに向かって不満を述べる。
「中学生のカップルじゃないんだから、これだけでごまかされないわよ!」
「いいじゃない、加持君と仲良くなれたんだから」
ミサトは何かを思いついたような笑顔になって、後ろで作業をしていたマヤに声をかける。
「ねえ、マヤっち。リツコの”ニャン動”の調子はどうなの?」
「凄いんですよ、この前プレニアム会員がついに100万人突破しました!」
「ほうほう、それはお祝いしないとね。リツコのおごりで!」
「……何で私がおごる方なのよ」
「懐がかなり暖かいんでしょう?」
「わかったわよ」
リツコが了解すると、部屋の職員達からも歓声が上がった。
「先輩、ありがとうございます」
「いよっ、赤木さん太っ腹!」
「赤木さん、申し訳ないですね」
オペレーターの三人もちゃっかりその夜行われたミサト主導の箱根銀座での飲み会に参加したと言う。
<第二新東京市 南高 部活棟|(旧校舎)>
階段を引きかえして登り部活棟の一階に戻って来たSSS団のメンバー達。
しかし、以前と周りの様子が違っている事に先頭を歩いていたカヲルが気がついた。
「この入口のドアには鍵が掛けられていて、閉められていたはずじゃなかったかい?」
「そういえばそうだね」
カヲルの言葉にシンジもそう頷いた。
廊下に出たアスカも目ざとく異変に気がついていた。
「あれ、校庭に並んで立っている子の制服、南高の制服とは違うわよね?」
「学ランとか、どうなっているんだ?」
「もしかして、タイムスリップとか……?」
キョンとシンジがミクルを見つめるが、ミクルは分からないと首を横に振った。
「階段を下っている時、時間軸のズレを感じた」
ユキがそう呟くと、キョンとシンジは納得したように頷いた。
しかし、キョンは疲れたように溜息を吐く。
「どうしたの?」
「なんか、タイムスリップ程度で驚かなくなった俺達の神経が悲しいぞ」
シンジの問いかけにキョンはそう答えた。
南高の生徒達が校庭に集まっている様子から朝礼が行われているようだった。
マイクを通じて教師の話が聞こえてくる。
「昨日の夕方、校舎の階段で一人の生徒が転落して亡くなると言う痛ましい事故が起きました。多分暗くて足元が良く見えなかったのでしょう、危険なのでその階段は立ち入り禁止にします」
アスカは後ろを振り返って立ち入り禁止の札が掛けられているのを確認すると、他の部員達に向かって話し始めた。
「もしかして、人が死んだのって……あの階段?」
「暗い階段と言ったらそうだろうね」
シンジがそう答えると、ハルヒは号令を発した。
「それじゃあ、また階段に戻るわよ!」
「どうしてだい?」
「もし時間を戻れる階段なら、その事故を防げるかもしれないじゃない」
カヲルの問いかけに答えて駆けだして行ったハルヒに続いて、SSS団の部員達は階段を再び降りる事になった。
「どうしたのアスカ、立ち止まって?」
しかし、階段を降りてすぐにアスカは足を止めてしまった。
「事故が起こる正確な時間が分からないんだから、アタシ達に防ぐなんてこと出来ないじゃない」
「そういえば……」
「アタシ、そこまで責任を負いたくないから帰る!」
「ちょっとアスカ、何逃げようとしてるのよ!」
戻ろうとしたアスカの肩をハルヒがつかむ。
二人が言い争いをしていると、階段の上の方からも激しく言い争う声が聞こえて来た。
そして、一人の制服を着た女子生徒が勢いよく滑り落ちて来た!
「何よ!?」
ハルヒとアスカは上手くその女子生徒の体を受け止める事が出来た。
「あ、ありがとうございます」
抱きとめられた女子生徒は青ざめた顔で礼を言った。
「あんなに勢い良く階段を落ちてくるなんて、いったい何があったの?」
「惣流さんと涼宮さんが居なかったら大変な事になっていただろうね」
ハルヒがそう言って女子生徒に尋ねる後ろでカヲルはそう呟いた。
「私、先生に一緒に明日の授業で使う道具を運んで欲しいと頼まれて地下に向かったんですけど、人気が無くなったこの階段の側に来たら急に先生が迫って来て、振り払おうとしたら階段を落ちてしまったんです」
「まったく、なんてひどい教師なの! あの数学教師といい、セクハラってどこにでもあるのね」
女子生徒の言葉を聞いて、アスカはとても怒った。
「あの、その先生は女の先生なんです。だから私、気が動転してしまって……」
言いにくそうに女子生徒が話すと、カヲルが納得したように頷いた。
「同性にひかれてしまうのはあり得る話だね。僕も……」
そこまで言ったカヲルはレイと視線を合わせると慌てて言い訳を始める。
「僕にとってシンジ君は友達として好意に値するって事だからね!」
「渚、アンタ珍しく慌てていると思ったら何をバカな事を言っているのよ。アンタがシンジの事を同性愛的な意味で好きだってことはみんな知っているのよ」
「惣流さん、それは誤解なんだ!」
「はいはい、五階も六階もないない」
アスカはカヲルの言い分を全く聞いていない。
みんなの視線がカヲルに集中している間に、いつの間にか女子生徒の姿は跡形もなく消えていた。
「さっきの子が居ない、一体どうなってるの?」
「もしかして!」
突然ミクルが階段を駆け上って行った。
「ちょっと、ミクルちゃん!?」
ハルヒ達も後を追って慌てて階段を登る。
「やったあ、私達元の時代に無事に戻れました!」
ミクルはそう言って嬉しそうに万歳三唱をしている。
イツキはキョンにそっと声をかける。
「どうして貴方はそんなに落ち着いて居られるんですか?」
「ハルヒが元の時代に戻りたいと望めば、俺達は全員無事に帰れると思ったからな。過去への一方通行のタイムスリップも怖くなかった」
「なるほど、信頼しているんですね、涼宮さんを」
「暴走しないか、俺達が見ていないと危なっかしいけどな」
ハルヒ達SSS団が階段の側で事件解決の余韻をゆったりと味わっていると、南高の制服を着た女子生徒が近づいてきた。
「北高の皆さんですね」
「はあ……」
突然声をかけられたシンジは生返事を返した。
「部室が分からなくて迷われていたのですね、私がご案内します」
そう言われて、訳が分からずついて行くSSS団のメンバー達。
案内されたのは『百人一首愛好会』の部室だった。
「焦らし戦法とは、北高も勝つ気満々のようね!」
部長らしい人物にそう言われたシンジ達は驚いてしまった。
「どうやら、間違えられたウワサの通り対戦するしかないようですね」
「でも、僕達百人一首分からないし……」
「涼宮さんはやる気満々のようですよ」
イツキに言われてシンジがハルヒの方を見ると、ハルヒは高らかに勝負を受けていた。
「その勝負、受けて立つわ!」
あみだくじの結果、一番手になったアスカは、百人一首がサッパリわからずにあっさり負けてしまった。
「アスカはドイツに住んでいたんだから、仕方無いよ」
シンジの励ましもあまり効果が無く、アスカはすっかり暗い顔をして落ち込んでいる。
二番手になったハルヒは……何と圧勝だった。
「こんなの、ただ暗記するだけじゃない。コツさえつかめば簡単だわ」
「涼宮さん、アスカをさらに落ち込ませるようなこと言わないでください」
破れた百人一首愛好会の部長をはじめ、部員達はハルヒに向かって頭を下げて降参した。
「ずいぶん時間を食ってしまいましたね。母の所に向かいましょう」
SSS団一行は校長室に行き、マリコに事件解決の報告をした。
そして校長室を出たハルヒは溜息交じりに呟く。
「古泉君のお母さん、とっても嬉しそうだったわね。『命の恩人』なんて、大げさなんだから!」
「いや、もしかして文字どおりの意味かもしれないぞ」
「どういう事?」
キョンはハルヒの問いかけには答えずに黙って微笑んだだけだった。
ハルヒもそれっきりしつこくキョンに聞こうとしなかった。
「シンジ、これから毎日アタシの百人一首の相手をしなさい!」
「ええっ、僕だって苦手だよ」
「打倒、涼宮ハルヒ! アタシは負けたままで終われないのよ!」
この日から毎晩遅くまで、アスカとシンジの特訓は続いた。
「なんやシンジ。寝不足かいな? もしかして、惣流が原因か?」
「そうだね」
欠伸をしていたところをトウジにそうからかわれたシンジはつい正直に答えてしまった。
「「イヤーンな感じ!」」
「違うよトウジ、ケンスケ! アスカは毎晩僕の部屋で百人一首をしているだけだよ!」
「百人一首ってたまに手が触れ合ったりするよな?」
「体がぶつかることもあるやろ?」
「うん、あるけど」
「そう言うのを十分イヤーンな感じっちゅうんや!」
そう言われたシンジは何も言い返す事が出来ず、赤くなった顔を押さえながら自分のクラスの席に戻った。
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