第十八使徒・涼宮ハルヒの憂鬱、惣流アスカの溜息
一年生
第十三話 七夕パニック!
<第二新東京市立北高校 1年5組 教室>
季節はすっかり夏になり、期末テストが間近に迫った7月初頭。
憂鬱な気分で席に座っているキョンの背中を真後ろの席に座るハルヒがシャープペンで軽く突く。
「ん?」
キョンがハルヒの方を振り返ると、そこには嬉しそうに笑顔を浮かべるハルヒの姿があった。
「キョン、明日は何の日か知ってる?」
ハルヒがまた何か厄介な事を企んでいる。
期末テストの勉強に集中したいキョンは溜息が出た。
「SSS団団員の誕生日かなんかか? 今度は惣流か、それとも綾波、長門あたりか?」
「違うわよ、キョンってば、明日がどんなに大事な日か分かっていないのね」
ハルヒは腕組みをして不機嫌そうにそう答えた。
「明日が何月何日か言ってみなさい」
「七月七日……まさか、七夕がどうとかいいだすんじゃないだろうな」
キョンがそう答えると、ハルヒは身を乗り出して嬉しそうに答える。
「正解、努力賞!」
ハルヒは勢い良くキョンの鼻先にシャープペンを突き付けた。
「あたしってさ、こういう日本の伝統の祭りってやらないと気が済まないのよね」
「おい、七夕は祭りなのか?」
「今年はSSS団を中心に、学校をあげて盛大に盛り上げるわよっ!」
身振り手振りで体いっぱいに嬉しさを表現するハルヒの様子に、キョンはまた溜息をつく。
「またハルヒは周囲を巻き込んだイベントを企んでいるのか……」
口調とは裏腹に、キョンは心の奥底で、ハルヒがどんな事をするか楽しみにしている事をきっぱりと否定はできなかった。
ハルヒが何かを言い出す度に、キョンをはじめとするSSS団の団員は巻き込まれて行く。
それがこの春からのSSS団の法則だったが、慣れてくると不思議と不満の声が薄れ、逆に何か物足りない感じがしてくるというのが団員の間での共通認識になりつつあった。
<第二新東京市立北高校 裏山>
「さあ、明日のSSS団主催の七夕祭りに相応しい、立派な笹を探すのよ!」
その日の放課後。
SSS団の団員はハルヒの号令の下、裏山での笹の葉探しをさせられていた。
学校の裏山と言えどもかなりの広さがある。
ハルヒは学校の用務員に頭を下げて、笹の葉を少しだけとってもいいと言う許可をもらっていた。
もっとも、学校の運営側には内緒だったのだが、あまりに真剣にお願いするハルヒに用務員の方が折れた。
「なんで、お嬢ちゃんは笹の葉が必要なんだい?」
「……世界平和に役立てるためです!」
その答えに用務員は感心したのか呆れたのか。
キョンは多分、これ以上厄介な事を言うハルヒからおさらばしたい気持ちもあったのじゃないかと分析していた。
自分もかなりの間ハルヒをただのワガママな常識外れと誤解していたからだ。
「涼宮さぁん〜、アレなんかどうですか?」
ミクルが指差した先にある笹の葉を見て、ハルヒは溜息をもらす。
「ダメダメ、オーラと言う物を感じないわ。ただ大きいだけじゃいけないの。もっと、形も整っていて、それでいて宇宙へメッセージを送れるようなものじゃないと……」
この裏山で一番大きい笹の葉を探せと言われれば、長門ユキが瞬間的にその答えを出せるだろう。
問題はハルヒ自身が自分の目で見て納得できるものかどうかだった。
全部の笹の葉を折って持ってくるわけには行けないので、良さそうな笹の葉を探してハルヒに報告するといった感じだった。
「もう、そこらにある笹の葉でいいじゃない。なんで立派な笹の葉にこだわるのよ」
疲れはじめたアスカがついに不満を漏らした。
「いい? みすぼらしい笹の葉をシンボルとして飾ったら、納得できない祭りの参加者が裏山に入って、笹の葉を探して荒らし始めるかもしれないじゃない。そうしたらこの裏山はめちゃくちゃ。最悪、笹の葉が全部引っこ抜かれてしまうかもしれないわ」
ハルヒの言葉に団員達は目を丸くして驚いたような顔をした後、なるほどと言った感じで溜息をもらした。
「へえ、涼宮さんはそこまで考えていたのかい」
「ま、自分の行動には責任を持たないとね」
カヲルの言葉にハルヒは自信満々に答えた。
ハルヒの言葉を聞いたアスカは、何やら閃いた様子で、パッと駆けだした。
「アタシ、ちょっとミサトの所に行ってくる!」
「ちょっと、アスカ、団長命令を無視してどこ行くのよ!」
ハルヒの呼びかけを無視して、アスカは校舎の方へと戻って行った。
その後仕方無くアスカ抜きで笹の葉探索は夕方まで続けられた。
誰もが諦めかけたその時、一本の笹が根本から折れる音が辺りに響き渡った。
その折れた笹の側に駆けつけるSSS団のメンバー達。
「誰か、こんな大きな笹を折ったりしちゃったの?」
ハルヒの問いかけに全員否定して首を振った。
「……天然の笹は切られると数日で葉っぱが丸まってしまい枯れてしまう事が多い」
ユキの言葉を聞いて、倒れた笹を眺めていたハルヒは考えをまとめたようだ。
「みんな、この笹を持ちかえるわよ。……きっとこの笹はここであたし達に拾われる運命だったの。何かそんなものを感じるわ」
SSS団部員全員で笹を持ちあげると、大きさは4m、形は見事にアンテナのようなシンメトリーになっていて、立派なものだった。
「おいハルヒ、こんなでかい笹は部室に入らないぞ」
「仕方ないわね、学校の校庭の隅にでも置きましょう」
「……隅においても目立つと思うけど……」
SSS団が裏山から持ち出した笹は、とりあえず心配したシンジの提案により、ネルフ引越センターの大型トレーラーに隠すことにした。
「引っ越し業までいつの間にか始めているなんて、ネルフをどうするつもりなの、父さん?」
シンジの電話で学校にかけつけたゲンドウは、シンジの質問に黙って笑みだけ残し、忙しくなるとからと言ってネルフに帰ってしまった。
<部活棟 文芸部(SSS団)部室>
次の日の朝。
SSS団の団員は朝早くから今日のイベントの準備のため部室に集合させられていた。
「さあ、今日は放課後にあの大きな笹を引っ張り出して、大々的に七夕のイベントを開催するわよ!」
腰に手を当ててやる気満々で宣言するハルヒに、アスカが声をかける。
「ちょっと、その事で提案があるんだけどさ」
「何?」
「アタシも、裏山で笹が折られたりするのが嫌だから、ミサトに相談して、潰れた玩具メーカーから笹を貰ってきたのよ」
アスカがそう言うと同じぐらいのタイミングで、部室の扉が開き、笹の葉とそれを支えるスタンドを載せた台車を押してミサトが姿を現した。
「遅れて、ごみん、ごみん。笹の葉持ってきたわよ〜」
「どう? 造り物だけど上手くできているでしょう?」
アスカにそう言われて、ハルヒは感心した様子でそのミサトが持ってきた造り物の笹の葉に近づいて行く。
「ふーん、よくできているわね。ちょっと見た感じじゃ、天然物と見分けがつかないわね」
シンジはその笹の葉のスタンドにネルフのロゴが入っているのを目ざとく見つけると、慌ててミサトに詰め寄った。
「どういう事ですか、ミサトさん」
「碇司令がね、今度は七夕をブームにしてひともうけするって言い出してね。これらはその試作品よ」
「父さんが?」
「外国にも『TANABATA』と言う新語で流行らせて、来年の七夕は世界で2000万本の売り上げを見込んでいるとか何とか……」
「司令は特務機関としてのネルフが終わってしまった時の事を考えているとか言ってたわ」
ミサトとアスカにそう言われても、シンジはいまいちゲンドウが何をしようとしているのか理解できなかった。
「よーし、SSS団用に何本かもらいましょう! こうして短冊も作ってきたんだし!」
笹の葉を眺めていたハルヒは嬉しそうにポケットから色とりどりの短冊を取り出した。
「みんな、これに願い事を書きなさい!」
そう言ってハルヒは嬉しそうに短冊の束を差し出した。
そして、部室の片隅にあった黒板に急いで図形を書きはじめた。
「それでは、これから七夕の説明を始めます。おっほん、碇シンジ君、七夕の願い事を叶えてくれるのは誰だと思う?」
「織姫様と彦星様だと思うけど……」
「まあ、間違ってはいないわね。頑張ったで賞を進呈するわ。じゃあ織姫と彦星はどの星か知っている?」
「僕は知らないや……」
「ベガとアルタイルだね」
「いい感じね、銅メダル!」
カヲルがシンジの代わりに答えると、ハルヒは手を打って喜んだ。
「じゃあ、ベガとアルタイルが地球からどれぐらい離れているかわかる?」
「それは僕にもわからないね」
「25光年と、16光年よ!」
負けず嫌いのアスカが自信満々にハルヒに向かって言い返した。
「惜しい! 金メダルに一歩届かなかったわね!」
「ええっ、なんでよ!?」
ハルヒは黒板に書かれた図形に地球とベガとアルタイルと注釈を書き加えた。
「ベガは24.7光年、アルタイルは16.8光年! 四捨五入すると、アルタイルは17光年になるのよ!」
「アンタそんなことを図書室で調べてたの!?」
勝ち誇った顔をしたハルヒにアスカは噛みついた。
「期末テストが間近だって言うのに、そんなこと熱心に調べる時間があるなんて羨ましいやつだぜ」
キョンが皮肉交じりにそう突っ込む。
「期末テスト対策なんて、1時間もあれば十分じゃない、ねえアスカ?」
「ま、アタシは45分で十分だけど」
ハルヒとアスカが平然とそう答えるのを見て、キョンとシンジは暗い顔で溜息をついた。
「碇、俺達って悲しい存在だよな」
「そうだね……」
落ち込む二人を放っておいて、ハルヒは説明を続ける。
「だから、短冊はその星の方向に向かってメッセージを送受信できるようにつるさないといけないのよ!」
「まるで、衛星放送用のパラボラアンテナみたいね……」
ミサトがハルヒの言葉に苦笑した。
「だから、方位角も仰角も合わせないといけないんだけど……ええっと、調べたメモはどこにやったかしら……」
ハルヒがそう言ってメモ用紙を探そうとすると、ミサトは苦笑いを浮かべたままの表情でそれを引き止めた。
「ハルヒちゃん、あたしの友達にそう言うのに詳しいのがいるから、任せて」
「へえ、ミサトの友達って便利な人がたくさんいるのね、シンジの親父さんの会社関係の知り合い?」
「ん、まあ……そんなところね」
ミサトは適当にごまかして、廊下に出てネルフの発令所に居るリツコの元に電話をかける。
「……と言うわけで、MAGIにベガとアルタイルと地球との位置関係を計算させて欲しいのよ」
『まったく、母さんもそんな計算をすることになるなんて、使徒戦役の頃は想像つかなかったでしょうね』
リツコも電話口の向こうで笑っているようだった。
計算結果は瞬時に出たらしく、ミサトの携帯電話にメールでデータが送信されてきた。
ミサトは満足した様子でまたSSS団の部室の中へ戻った。
「……ってことは! 地球からそれぞれの星に向かって発したメッセージがたどり着くまで25年と17年掛かるのよ!」
ミサトが戻った時、ハルヒはテンションが上がっていたのかバンと黒板を叩いていた。
「それって片道の距離だよな? 実際に願い事がかなうのは倍かかるってことじゃないのか?」
キョンの言葉にハルヒは悔しそうに頷く。
「そうね、織姫と彦星が時空を無視できる力でも持っていない限りそうなるわね」
「特殊相対性理論を持ちだすのもバカらしい話だわ」
アスカは呆れた感じで吐き捨てた。
「だから、今年のクリスマスまでにはシンジとラブラブになりたいとか、そう言う願い事は間に合わないってわけ。分かったアスカ?」
「はぁぁぁ!? 何でアタシがそんなこと願わないといけないのよ!」
突然言われたアスカは少し動揺した感じで否定した。
その様子を見たシンジの顔まで心なしか赤くなっていた。
「じゃあ、願い事が叶うのは50年後とか、34年後なの!?」
やっとハルヒの言葉を理解したミサトが頭を抱えてそう叫び出した。
「はわわ、落ち着いてください葛城先生」
驚いたミクルがお盆の上の湯呑を倒してしまった。
「せめて50%オフとかにならない、お願い何とかしてよハルヒちゃん!」
手を合わせてハルヒに祈るミサトは必死な感じだった。
「あたしに拝んでも仕方がないわよ……」
ハルヒはベガとアルタイルあての2つの笹が必要だと主張し、落ち込むミサトを放置して団員達に短冊を配りはじめた。
「50年後と34年後に叶えて欲しい願い事を書きなさい!」
ハルヒにそう言われたSSS団の団員達はみんな困った顔をした。
「その頃自分がどうなっているかもわからないのに、どんな願い事をすればいいっていうんだ」
キョンの呟きにハルヒを除いたみんなが小さく頷いた。
キョンは「年金満額支給」と「安定した生活」
シンジも似たような事を書いていた。
ミクルは「キャベツが安くなりますように」と「白菜が安くなりますように」
ユキは「秩序」と「調和」
レイは書くことが思い浮かばない様子で、ユキの言葉をまる写しにしていた。
ミサトは「ビール飲ませろ」と「給料あげろ」
カヲルは「世界平和」と「人類繁栄」
「ププッ、アスカって可愛い事を書いてるのね! 子供に優しいママになりたい、家族に優しくしてくれる旦那様が欲しい!?」
「う、うるさいわね!」
ハルヒからアスカの願い事を聞いたシンジとミサトは、胸が痛んだ。
アスカの不遇な幼少時代を知っている二人はその願いだけは叶って欲しいと強く思った。
「そう言うハルヒは何を書いているのよ……!」
そういわれたハルヒはアスカに堂々と短冊を見せつける。
「ここに居るみんなにまた会いたい、ジョン・スミスにまた会いたい……ってなんかつまらない願い事ね」
アスカは拍子抜けしたように呟いてハルヒに短冊を返した。
「みんな、どんな願い事を書いたか覚えていなさい! 34年後が初めてのポイントだからね! 誰の願いを彦星が最初に叶えてくれるか、勝負よ!」
力いっぱい嬉しそうに宣言するハルヒに、キョンは溜息が出た。
しかし、次の瞬間ハルヒはキョン達に背を向けて、憂鬱そうに溜息をつく。
「34年か……その頃になって会っても、お互い変わってしまってわからないよね……多分」
キョンはそんな元気の無いハルヒを驚いた様子で見つめていた。
その後のハルヒは、授業中もずっと大人しい様子で、クラスメイトの中には、しおらしい憂鬱な表情を浮かべるハルヒの方が良いと囁き合う者まで居た。
<第二新東京市立北高校 校庭>
そしてやってきたその日の放課後。
ハルヒはそれまでの憂鬱が嘘だったようなテンションの高さで、イベントの準備を張りきって行っている。
以前の校門前でのビラ配りのときはバニーガールの格好で生徒会や教職員から注意を受けたのを反省したのか、今回は艶やかな着物姿だった。
「バニーガール姿も直接的な色気を感じたけどよ、着物姿って言うのも爽やかな色気を感じていいよな!」
「あはは、そうだね……」
キョンの側で谷口と国木田もイベントの様子を眺めている。
大型トレーラーによって校庭の中央に大きな笹が運び込まれ、校庭の各地点に短冊を下げるための2mサイズの造り物の笹が配置されると、学校に残っていた生徒達から歓声が上がる。
「さあ、みなさん! これから短冊の配布を開始します! ベガとアルタイルの用の笹にそれぞれ1人1つずつ! 50年後と34年後に叶えて欲しい願い事を書いてください!」
ハルヒが拡声器でそう宣言すると、生徒達は短冊を配っているSSS団の団員達に群がった。
中には生徒だけではなく、恥ずかしそうな感じで教師達も混じっていた。
この突発的なイベントのおかげで、期末テストの開始予定日が1日繰り延べられたと言う。
第二新東京市立北高校が七夕イベントで盛り上がっていた同時刻、特務機関ネルフも七夕騒ぎで盛り上がっており、戦略自衛隊との連絡がしばらく取れない時間が続いた。
使徒戦役のときのようにまた停電騒ぎのようなものがあったのかと、戦略自衛隊の中隊が援軍にかけつけると、そこには笹が乱立するネルフ本部の姿があった。
「まったくネルフは平和ボケして、我々をバカにしている!」
と戦略自衛隊の中隊長は怒ったらしいが、帰還する時には部隊全員分の短冊と多くの笹の葉を持っていたと言う。
そんな感じでその日の第二新東京市立北高校とネルフ本部の夕方は過ぎて行った。
具体的に誰がどんな願いをしたのか詳しく書くと、さらにこの第十三話が長くなってしまうので、別の機会に書けたら書くことにする。
第二新東京市立北高校の七夕フェスティバルは大盛況のうちに幕を閉じた。
すっかり日が沈んでしまい、片付け作業は明日の朝にすることになった。
生徒達総出で手伝ってくれるそうだ。
SSS団の部室で休んでいた団員達も、ゆっくりと帰り支度を始めていた。
「あの、碇君、キョン君。この後部室に残っていただけませんか? お話があるんです」
突然ミクルにそう言われた二人は驚いた。
「ほらシンジ、何をグズグズしているの、帰るわよ?」
アスカが帰ろうとしないシンジを促した。
「あ、ちょっと朝比奈さんとキョンさんが話があるって」
「ふーん、わかったわ。じゃあ先に廊下に出て待ってる」
キョンも一緒だと言う事で、アスカは納得して出て行ったようだ。
シンジもアスカの態度にほっと胸をなでおろした。
「……で、朝比奈さん。お話ってなんです?」
3人だけになった部室で、キョンはミクルにそう問いかける。
「え、えっと……2人に一緒に来て欲しい所があるんです」
「えっと、どこですか?」
「1年3か月前……です」
「「はあっ!?」」
シンジの問いかけに対するミクルの答えに、二人とも思わず固まってしまった。
「あの、突然変な事を言ってすいません。私は実は未来のネルフからやって来た時間遡行者なんです。その、詳しい事は問題ある事項なので言えませんけど……」
ミクルの言葉にキョンはウンザリとした顔で呟く。
「また『ネルフ』か。朝倉の時といい、ネルフは良く分からない組織なんだな。シンジや惣流のやつが詳しく聞くなって言うから黙っていたんだが……何だよネルフって?」
「ごめん、僕から説明するわけにはいかないんだ……僕もネルフの事全てを知っているわけじゃないし。朝倉さんや朝比奈さんのことだって知らなかったし……」
キョンに睨まれたシンジとミクルは申し訳なさそうに顔を伏せた。
「あの……着いて来てくれないと、困ってしまうんです……お願いです、はいって言って下さい」
そう言って泣き出してしまったミクルを前にして、シンジとキョンは困った顔でお互いを見合わせた。
「これは……」
「行くしか無いかも……」
シンジとキョンが一緒に行く事を了承すると、ミクルは笑顔で嬉しそうに飛び上がった。
「で、どうやってタイムスリップするんですか?」
キョンがミクルにそう聞くと、ミクルは紐がついたボクシンググローブのようなものを取り出した。
「このグローブを、碇君は右手に、キョン君は左手にしっかりとはめてください」
そう言ってミクルは自分用のグローブを取り出した。
「このグローブで私と2人の手が決して離れないように固定します。弾かれると時空間をさまよってしまう事になりますから」
ミクルを真ん中にして、シンジとキョンが両脇につく体勢になる。
「……それでは、行きます。タイム……ジャーンプ!」
ミクルはそう言うと思いっきり飛び上がった。
「うわわ……天井に頭がぶつかる!」
シンジとキョンは恐怖で思わず目を閉じてしまった。
<部活棟 文芸部(SSS団)部室前 廊下>
「遅ーい! 一体いつまで長話しているの、シンジ達は!」
アスカが苛立った様子で叫び声を上げた。
「まったく、アスカはもうちょっと我慢って物を覚えなさいよ。ま、確かに長く話しこんでいるわね」
他のSSS団の部員は帰ってしまって、残っているのはシンジとキョンと一緒に帰ろうと思っているアスカとハルヒだけ。
ハルヒは瞑想に浸っているかのように落ち着いて目をつむって立っていたが、アスカは熊のようにそわそわしていた。
「何でハルヒはそんなに落ち着いていられるのよ。いつもより元気が無いみたいだし」
「……七夕の季節になるとね、思い出し憂鬱が起こるのよ」
「はぁ、何それ?」
ハルヒはアスカとは視線を合わせずにポツリと呟く。
「……ジョン・スミス」
アスカはハルヒが自分を相手にしていないことが分かると、我慢しきれずについに部室のドアを開いてしまった。
「シンジ、もういい加減に……」
アスカは部室を覗き込んで、そこまでで言葉が止まってしまった。
部室の中には誰の姿も無かったからだ。
「どうしたのよ、アスカ?」
ハルヒの問いかけに、アスカは振り返り、慌ててハルヒに訴えかけた。
「大変よ! シンジ達が居ないの! 煙のように3人とも消えちゃったのよー!」
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