第十八使徒・涼宮ハルヒの憂鬱、惣流アスカの溜息
一年生
第十一話 ついに登場!?ハルヒの父!?
<第二新東京市 喫茶店『夢』>
6月の第3日曜日、ハルヒは前触れも無くSSS団団員達を招集した。
突然のハルヒの電話を受けたキョンは今日こそは罰金は嫌だと全力で駆けつけた。
二度と撤去はごめんだと駅前の駐輪場に自転車を置いたキョンは、カヲルも同じように自転車を止めている事に気が付く。
「悪いが、ここは負けるわけにはいかん!」
そう呟いてキョンは全力で走って行く。
しかし、カヲルは涼しい顔ですんなりとキョンを抜かした。
「遅い! 罰金っ! 今日はキョンのおごりだからね!」
ハルヒにそう言われたキョンはウンザリしていた。
キョンは汗一つかかず息も乱れていないカヲルをあっけにとられて眺めている。
総勢8人の飲食代をおごるとは痛い出費である。
なんだかんだでSSS団部員の部員は増えに増えまくった。
かわいそうに思ったシンジがハルヒにおずおずと提案する。
「ねえ涼宮さん、割り勘にした方が良くないかな?」
「いやよ!」
ハルヒは即座に否定した。
「何でよ?」
「だって、その方が面白いじゃない!」
アスカの問いかけに笑顔でそう言い切るハルヒに一同は苦笑するやら溜息をもらすやら。
キョンはやるせない気持ちの矛先をシンジ達に向ける。
「それにしても、お前達は集合の手際が良すぎるな。もしかしてハルヒのやつをストーカーでもしてるのか?」
冗談で皮肉ったつもりのその一言を聞いて、アスカとシンジとミクルは肩をビクリと震わせる。
「そ、そんな事はないですわよ? おほほほ……」
「ア、アスカ……嘘付く時いつもそんな言葉づかいになるのは不自然だよ……」
ゴニョゴニョ喋っている二人は放って、キョンは不機嫌そうにハルヒに問いかける。
「で、今日は何で部員を集めたんだ?」
キョンの言葉を聞いたハルヒは待ってましたとばかりに宣言する。
「今日は父の日! 普段は働いている父親が家族とコミュニケーションを取る日なのよ!」
ハルヒはそう言うと、キョトンとした顔で座っているシンジを見つめる。
「ねえ、あんたの親父さん、今日は休みなの? これから会える?」
「え、えええ……!?」
突然の事にシンジは驚いて叫び声をあげてしまった。
どうやらハルヒはゲンドウを面白い対象として気に入ってしまったようだ。
「碇君、涼宮さんにネルフの存在を知られるわけにはいかないわ」
耳打ちしてきたレイの言葉にシンジは頷いて、愛想笑いを浮かべながらハルヒに向かって答える。
「父さんは忙しい人だから、今日も仕事なんだよ!」
「そっか、残念ね……」
落胆するハルヒを見てキョンは困惑したように呟いている。
「まさか、ハルヒのやつこの前の母の日の事を気にして……? いや、やっぱりこいつは純粋にあのおっさんの事を面白がっているだけだ」
勝手に自問自答しているキョンとは別にハルヒはさらにシンジに質問を浴びせている。
「ねえ、会社の社長さんって言ってたけど、どんな会社をしているの? なんであんたとアスカをミサトの所で同居させているわけ?」
「そ、それは難しい仕事をしていて……」
困ったシンジはアスカに視線を送って助けを求めた。
「アンタのパパの方はどうなのよ?」
「あたしの親父? そんなのどうでもいいじゃない」
「私も涼宮さんのお父さんがどんな人か知りたいです〜」
「僕も興味を持っているよ」
ミクルとカヲルの言葉を皮切りに、全員の視線がハルヒに集まった。
ハルヒはとぼけた様子で愛想笑いを浮かべて誤魔化そうとしたが、爛々と目を輝かせる一同に向かって諦めたように溜息をつく。
「……そんなに知りたければ連れて行くわよ」
「ホント!?」
好奇心がうずいていたアスカは思わずガッツポーズになった。
シンジやキョンやミクルも一瞬嬉しそうな表情になったが、すぐにイヤな予感を感じて顔が青くなる。
しかし、怖いもの見たさの方が上回っていた。
レイとユキ、カヲルも表情は変わっていないが、熱い視線を向けている。
ハルヒは電話をかけると、先頭に立って喫茶店を出て行く。
ぞろぞろと続くSSS団の団体。
キョンは最後尾で悔しそうな顔をしながらお金を払った。
「どこへ行くんですか?」
そう尋ねるミクルの表情は何か不安そう。
ハルヒ達は電車に乗って第三新東京市へと向かっていた。
シンジの胸の中での不安が大きくなって行く。
そんな様子を見て、アスカがシンジを肘で小突く。
「ネルフに向かうわけないじゃない。要らぬ心配しないでもうちょっと図太く構えなさいよ」
「……そうよ碇君」
二人に励まされたシンジはぎこちない笑顔を見せる。
それでも何故か胸で感じる不安はくすぶっていた。
<第三新東京市 富士ビル>
使徒戦で廃墟になった区域には新たなビルが次々と建設されている。
一年半の期間を経てもまだ建築ラッシュは終わっていなかったが、運良く戦火を免れたこのビルは必要な改修が早く終わりカルチャー教室などが入居していた。
入り口の看板には『パワーレスリングダンス協会総本部』が目立って表示されている。
「あたしの親父はね、ここの協会のインストラクターをやっているのよ」
ハルヒの言葉に、筋肉質の覆面男を思いだしたシンジとアスカとキョンは足がすくんでしまった。
その様子をミクルとレイとユキとカヲルは不思議そうに見つめている。
「ふふん、おじけづいたのかしら?」
ハルヒがそう挑発すると、アスカはムッとした顔になって言い返す。
「そんなこと無いわよ! 行ってやろうじゃないの!」
廊下にはパワーレスリングダンス教室の生徒達らしい姿が見える。
男性だけでなく女性も居て、シェイプアップとしても大人気のようだ。
感心した様子でアスカが教室の中を覗き込むと、青い顔をして戻ってくる。
「シ、シンジ」
「どうしたのアスカ?」
「今すぐミサトに電話して!」
慌てているアスカの様子をみな不思議そうに眺めている。
電話がつながるとアスカは電話をひったくってボソボソと話し始める。
『今日は本部に司令着てるの?』
いきなり電話がかかってきたと思ったら開口一番、ミサトはアスカにそう尋ねられた。
「え? 今日は久しぶりに休みを取って来てないけど?」
『や、やっぱり……アレは見間違えじゃ無かったのね……』
アスカはそう呟いて倒れ込んでしまったようだ。
心配するシンジやハルヒ達の声が電話を通して伝わってきたと思うとそのまま切れてしまった。
「いったい何があったの……?」
ミサトはそう呟いて首をかしげていた。
「アスカ、いったい、どうしたって言うんだよ……」
シンジはすっかり脱力してしまったアスカをレイと一緒に支えながら歩いて教室のドアを開けると顔が真っ青になった。
インストラクターの覆面男はこの前写真で見たハルヒの父親で間違いないだろう。
筋肉質で丸太みたいに太い腕をした大男。
しかし、シンジが驚いたのは、生徒達の中で先頭の真ん中に立って踊っている色付きサングラスをかけたあごひげがたくましい男性の姿だった。
「と、父さん……!?」
シンジの驚いた大声が教室に響き渡り、ゲンドウが動きを止めた。
つられて他の生徒達もダンスを止めたようだ。
「シ、シンジ。お、お前がな、なぜここに居るのだ!」
冷汗をかきながら心なしか顔を赤くして喋るゲンドウにネルフ本部で感じる威圧感は全くない。
「おや、碇さんの息子さんかい? ……こりゃあ恥ずかしい所を見られちゃいましたな! ……ガハハハ!」
インストラクターの男性は物語に出てくる海賊の様な盛大な笑い声を上げた。
「やっほー、親父。元気してた?」
「おう、ハルヒか? するとこいつらがお前達の友達か」
大きい指で頬を突かれたシンジは怖がって固まってしまっていた。
「ゴメスと呼んでくれ。俺はパワーレスリングダンスの講師をやらせてもらってる。最近来た碇さんは熱心な生徒だよ」
ゴメスに紹介されたゲンドウは気まずそうにゲンドウはサングラスをいじった。
「パワーレスリングダンスって何?」
レイがポツリとそう質問すると、ゴメスは嬉しそうに説明を始める。
「筋肉を維持するために生み出されたダンスだ。毎日続けていれば、こんな風に立派な腹筋ができるぞ」
そう言ってゴメスがシャツをめくると、見事に割れた腹筋が現れた。
「シンジ、……お前も一緒にやらないか?」
「ええっ?」
ゲンドウから誘われたことのないシンジはとまどってしまった。
ゴメスが盛大な笑い声を立てながらシンジに話しかける。
「重りを付けなければたいした事は無い。女性の生徒達はシェイプアップに使ってるぐらいだ」
そう言ってゴメスはウインクをしたが、覆面をしているので分かりづらかった。
よく見るとゲンドウは手首や足首に重りのようなものを巻いている。
「さ、団長命令よ。みんな、ダンスのレッスンに混ぜてもらいなさい!」
ハルヒがそう号令をかけると、付いて来たキョンたちはそれほど嫌でもなさそうな様子で生徒たちに混じって並んだ。
シンジも少し照れくさそうにゲンドウの隣に立つ。
そして、休憩時間が終わって、再びダンスレッスンが再開される。
「みんな、準備はいいか?」
「OK!」
生徒達から大歓声のように返事があがった。
「まずはウォーキングから!」
ゴメスはそう号令をかけて足踏みをはじめる。
そしてその動きはだんだんと速くなって行く。
「もう1セット!」
そしてゴメスはゴメスは両手を揃えて時計回りにグルグルと回し始める。
「ファイアー! ファイアー! 闘志を燃やせ!」
いきなりゴメスが右の方に向かってでんぐり返しをするのを見て、シンジ達も慌ててでんぐり返しをした。
立ち上がったゴメスは両手を揃えて反時計回りにグルグルと回し始める。
「ワン、ツー、スリー、フォー、もう一回ワン、ツー、スリー、フォー!」
腕の回転を終えると今後は腕の筋肉を誇示するようなポーズを取ったり、戻したりを繰り返す。
「筋肉! つけよう!」
一回転した後、再度のでんぐり返し。
「ワン、ツー、スリー、フォー、もう一回ワン、ツー、スリー、フォー!」
両手を揃えて時計回りにグルグルと回転。
腕を重量挙げでもするかのように上下に動かしながら体を360度回転させる。
「せいや! せいや! しっかりついて来い!」
ゴメスは少し息を切らしながら、前かがみになって右手を床に付ける、そして体を反転させて左手を床に付ける、の動作を繰り返す。
「俺達は! 最後まで! 諦めない!」
10回ほど繰り返し、シンジは疲れて倒れそうになった。
しかし、最後にステージのゴメスと同じように両手を上にあげる。
「ゴォォォォーーーール!!」
ゴメスの宣言と共に生徒達は歓声を上げた。
レイとユキは寸分違わず機械のように踊りこなしていた。
ハルヒとカヲルは息を切らしていたが少し余裕がありそうだった。
アスカとミクルとキョンはグッタリと倒れ込んでいる。
ゲンドウは最後まで倒れなかったシンジの肩に手を置いて微笑みかける。
「最後までよくやったな、シンジ」
「父さん……」
久しぶりに褒められて嬉しそうなシンジの姿を見て、ハルヒはとても満足そうな笑顔を浮かべて頷いていた。
それを息を切らしながら怪訝そうな顔で見つめるキョンは、何か考え込んでいるような顔をしている。
「やっほー、シンジの親父さん。こんな所に居るなんて驚いちゃった」
「ああ、涼宮君か」
先日の野球大会で激しい勝負を繰り広げて以来、二人の間には奇妙な友情が生まれていた。
アスカは楽しそうに話す二人を見ながら溜息を吐いてミサトに電話をかける。
『さっきは急に電話を切っちゃって。どうしたの?』
「何がってばさ、司令がエクササイズ教室なんかに居るんだもん。驚いたわよ」
『……そういえば、司令は使徒戦の合間をぬって戦略自衛隊のダンスに参加してたって聞いたわ。あたしも戦自にたまたま来た司令にスカウトされたんだもの』
「偶然にしちゃ出来すぎじゃない? ハルヒのやつの能力って過去の歴史にまで及ぶものなの? もしそうだとしたら大変なことにならない?」
『……考え過ぎよアスカ。あなたは今のハルヒちゃんが能力を使わないようにしてくれればいいの。そういうことの分析はあたしやリツコに任せなさい』
アスカはミサトの言葉に釈然としない様子で溜息をついて電話を切った。
「大丈夫。今のところ涼宮ハルヒの能力が過去の歴史の改変に使われたのは渚カヲルの一件だけ」
突然呟きだしたユキにアスカはビックリして体を震わせる。
「そ、そうなの?」
「そう。あなたが過去を改変させようとさせなければ」
無表情のユキの目が自分を責めているような感じがしたアスカは頭を垂らす。
「ぐっ、わかってるわよ……。ママを生き返らせようとした事は悪いと思ってる……」
「それなら、いい」
ユキには全て見通されていたのか、とアスカは苦笑を浮かべて溜息をついた。
「まあ、惣流さん。そんな憂鬱な気分はまた踊って吹き飛ばそうよ」
カヲルはこのエクササイズが気に入ったようで、笑顔でアスカに話しかけた。
その言葉を聞いたミクルが青い顔をする。
「ひえ〜、まだ踊るんですかぁ? 死んじゃいますぅ〜」
ミクルの抗議もむなしく、その日のレッスンが終了するまでSSS団の団員達はパワーレスリングダンス教室のエクササイズに参加した。
たくさん踊りきったハルヒとゲンドウとシンジの三人は、すっかり打ち解けたような様子で話している。
その中に入れないアスカは、羨ましそうな目でハルヒの事を眺めていた。
ゲンドウは視界の隅に憂鬱そうな顔をして溜息をつくアスカの姿が目に入ったのか、アスカの方に顔を向けてワザとらしく独り言を呟く。
「シンジの嫁には、元気な女性が相応しいな」
突然そう言われたアスカは、顔を真っ赤にして抗議をする。
「な、何言ってるんですか!? ア、アタシとシンジはそんな関係じゃ……っ!」
そう叫んだアスカは、頬を手で押さえながら教室の外へ出て行ってしまった。
「ア、アスカ!」
シンジも慌ててアスカの後を追いかけて出て行った。
ハルヒは苦笑して溜息をついた後、ゴメスに話しかける。
「じゃあ、あたし達もこれで帰るわ」
「おう、お袋さんによろしくな」
SSS団の団員達はゆっくりと教室を退出していく。
ハルヒの言葉に違和感を感じたキョンは考え込んでしまい、教室を出るのが少し遅れてしまった。
慌てて教室を出ようとすると、キョンはゴメスに呼び止められた。
「君、ハルヒをよろしく頼む。あいつは俺の親友の娘で、小さい頃から面倒を見ていたんだ」
ゴメスの言葉を聞いて、キョンは違和感の正体を理解した。
「……ハルヒはなぜ、あなたを父親だと言って嘘をついたんですか?」
「あいつの父親は、ハルヒが小さい頃から海外を飛び回っているんだ。何でも国連組織の技術者なんだとさ。確か何と言ったか……ネ……思い出せない」
ゴメスはそう言って首を横に振って言葉を続ける。
「だからいつも良く側に居た俺の事を親父って呼ぶのかもな」
「……そうですか」
キョンは神妙な顔をして頷いた。
「それが理由の半分だ」
「もう半分は?」
そうキョンが問いかけると、ゴメスは笑いながら話す。
「あいつの性格は、付き合っていれば分かるだろう?」
「……なるほど……面白い方が良いと……」
「良く分かってるじゃないか。それなら、あいつの本当の内面の事も分かってくれるよな?」
ゴメスがキョンの方に手を掛けて問いかけると、キョンはゴメスの目を見つめ返して無言で頷いた。
「遅い、キョン! 一体何話してたのよ! みんな先に行っちゃったわよ!」
キョンが外に出ると、廊下にはハルヒが一人で待っていた。
他のメンバーは適当な理由を付けて先に帰ってしまったらしい。
「……待っててくれたのか」
「あんたみたいのでも、一応団員なんだからね。団長としての責務よ」
ふくれた様子でそう言うハルヒにキョンは思わず笑みをこぼした。
「何よ、何がおかしいのよ」
「……今までお前の大げさな言動に惑わされていたけどな。俺は今までお前の事を誤解していたかもしれない。お前は本当は常識的で優しい……」
キョンがそこまで言うとハルヒは大声を出してその言葉を遮る。
「平団員達が、団長のあたしにそんな口を聞いていいと思っているの!?」
そう言ってハルヒは人差し指でキョンの胸を激しくつつきだした。
「あんまり待たせるからお腹が空いてきたわ。帰りに何か食べて行きましょ。もちろん、罰としてキョンのおごりよ!」
「待たせたと言っても、少しじゃないか……」
キョンはそう呟いたが、諦めたように溜息をついて結局ハルヒの命令に従う事にした。
「ハルヒのやつは元々美人だし、性格に難があると思ってたが……それがクリアされたとなると……」
「ほら、キョン! サッサと来なさい!」
「わかった、わかった」
キョンは慌てて走ってハルヒの隣に肩を並べて歩く。
その表情はどことなく嬉しそうだった。
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