第十八使徒・涼宮ハルヒの憂鬱、惣流アスカの溜息
一年生
第六話 五月病ハルヒの憂鬱
<第二新東京市立北高校 理科準備室前廊下>
授業中、人気が無い廊下に男性教師と女性教師の話声がかすかに響いていた。
「先生、こんな所で困ります……」
「大丈夫ですよ、この時間は理科の授業が無いので生徒たちにみられる心配もないです」
数学の男性教師に言い寄られて困っているのはミサトだった。
今の時間ミサトの授業は無く、人気の無い場所で携帯電話でネルフに連絡を取ろうとしたところを運悪くこの数学教師に見つかってしまった。
「ところで、今度の日曜日、食事でもどうですか……」
そう言いながら男性教師はミサトのお尻に向かってするりと手を伸ばそうとした。
しかし、ミサトは身を翻し素早く離れて手を交わした。
「ちょっと、今週の日曜日も用事があるので……」
「そんなつれないこと言わないで、親交を深めましょうよ」
男性教師は今度は逆の手でミサトの肩をつかむついでに胸を触ろうとするがミサトは上半身を後ろに傾けて紙一重の距離で攻撃を交わす。
先ほどからしばらくの間ミサトと男性教師の間でこのような会話と攻防が続いていた。
「先生、もうそろそろ私も授業の準備が……」
「いいじゃないですか、せっかく2人きりになれたんだか……」
ミサトが無言で指差した方を見ると、男性教師は固まってしまった。
「葛城先生、それは新しい格闘訓練ですか?」
立って二人の様子を見ていたレイは真剣な顔でミサトに真剣な顔で聞いた。
男性教師は気まずそうに思いっきり咳払いをすると、その場を立ち去って行った。
「ま、まあちょっとね……」
ミサトはレイに今のことをどう説明しようか悩んだあげく、その場は誤魔化して立ち去ることにした。
しかし、次の休み時間に教室で事件は起きてしまった。
レイが突然、席に座っていたアスカの胸をわしづかみにした。
「きゃああああああ!」
アスカの悲鳴にクラス中の視線が集まり、さらに悲鳴が増え、中には歓声のようなものも上がっていた。
「いきなり、何をするのよ!」
アスカの胸をニギニギするレイの手を振りほどいて真っ赤な顔になったアスカはレイを問いただした。
「葛城先生がやっていた格闘訓練なの……。あなたは隙だらけ」
「はぁっ!?」
レイの説明がサッパリわからなかったアスカは、次の授業を担当するミサトから事の次第を聞いた。
ミサトの説明を聞いたアスカはカンカンに怒りだす。
「何よそれ!あの数学教師ってやっぱりセクハラ教師じゃない」
「『せくはら』ってなに?」
ネルフの中でしかほとんど生活した事の無いレイはアスカに単語の意味を聞こうとする。
確かにレイにとっては無縁の言葉だった。
ネルフの中でレイにセクハラしようものなら命の保証はない。
「とりあえず、格闘訓練じゃない事は確かね。あと、それは女の人がとても嫌がることだからやってはダメよ」
「了解」
アスカの言葉にレイは頷いた。
「まったく、数学教師のやつにも困ったものね!アイツはドスケベだからきっと頭はカツラよ!」
「おいおい、惣流。何だその理論は」
いつの間にかキョンとハルヒも楽しそうに話をするアスカたちに混じって来た。
「もしアイツがカツラだったら面白いわね」
ハルヒはニヤリと笑いを浮かべながらそう言った。
<部活棟 文芸部室>
その日の放課後はその数学教師にとっては不幸の連続だった。
中庭で犬のフンを踏んでしまう、財布は落とす、サッカーボールが顔面に直撃して眼鏡が割れてしまう、校長室の花瓶を割った犯人にされてしまうなど……。
さらに長年隠し持っていたスケベ本まで没収されて心の中で涙を流していた。
そんな彼を更なる悲劇が襲う。
突然、起こり得ないほどの強風が吹き荒れ、彼が悲鳴を上げながらスカートを抑える女子生徒に目を向けようとした瞬間、彼の頭から黒いものがすっぽりと抜け落ちて空に舞った。
そしてその黒い物体は風に乗り、開け放たれた文芸部の部室の窓から室内のテーブルへとポスリと着地した。
「ん?なにかしら?」
ハルヒが気がついてそれを拾い上げると、それは男性用のかつらだった。
「何でカツラが空を飛んでくるの?」
アスカも首をかしげながらそれを見ていると、外で頭を押さえながら泣き叫んでいる中年数学教師の姿が見えた。
「なに、アイツ、マジでカツラだったの!?」
「あはははは!腹筋がよじれるー」
男性教師の姿を見たアスカとハルヒは特に大爆笑。
シンジとキョンとミサトは必死に笑いをこらえている。
ユキとレイはちらっと視線を送っただけでまた本を読む事に熱中している。
ミサトがカツラを手に持って男性教師を呼ぶと、彼は恥ずかしそうに部室に入ってきた。
「す、すいませんでした」
「ちょっと、カツラを受け取る前にミサトにセクハラについて謝ることがあるんじゃないの?」
アスカの言葉に男性教師はギクリとなる。
「あ、あの僕五月病になっちゃって、学校に行くのが嫌になっちゃって、その、葛城先生からオーラをもらって元気になろうと……」
男性教師の言い分についにアスカが完全に怒ってしまった。
「アンタ、バカァ!?」
アスカの一喝に男性教師はカツラを受け取り一目散に逃げ出し、部室を出て行った。
「あー面白かった」
ハルヒはそう言って満足そうに席に座る。
「ミサト、なんであんなバカ教師ブッ飛ばさないのよ」
「まあ、あたしが暴力振るうのはマズイかなーと思って……」
後日ミサトから報告を受けたリツコはハルヒの能力行使がこの程度で済んだことにホッとしていたと言う。
「それにしても、この学校にも5月病の生徒が居るなんてね……。たるんでいる証拠だわ」
ハルヒの呟きにキョンがフォローを入れる。
「おいおい、5月病の原因が怠惰だけとは限らないだろう?新しい生活環境に溶け込めないストレスから鬱状態になることもあるらしいぞ」
キョンの言葉を聞いたハルヒは何かを思いついたようにポンと手を叩く。
「そうだ!あんたたち、この学校で5月病に悩んでいる生徒たちを探しなさい!」
「はぁっ!?」
突然のハルヒの発言にアスカが素っ頓狂な声を上げた。
「あんた、確か生徒会に提出したSSS団の設立申請書に悩む生徒のカウンセリング活動を行う団とか書いていたわよね?」
「確かにな……」
ハルヒに詰め寄られたキョンは溜息をついて頷いた。
アスカはそんなハルヒに向かってあきれたように言葉を投げかける。
「本当のことを書いたら生徒会がSSS団の設立を認めてくれるはずないじゃないの」
「そう!これは生徒会に我々の真の活動目的を悟られないためのカモフラージュ作戦なのよ!」
ハルヒはテーブルを思い切り叩いてそう宣言した。
「納得したならさっさと探した、探した!」
ハルヒの命令によりアスカとシンジ、ミサト、キョン、それまで静かに本を読んでいたレイとユキの全員が部室から追い出された。
「どうするんだ、お前ら?」
キョンの質問にアスカは肩をすくめて答える。
「とりあえず、適当に探しているフリでもしているわ。シンジも真面目になってバカなことしないのよ!」
「うん……」
レイとユキははなから探す気が無いらしく、図書室で読書を堪能するようだ。
二人仲良く相変わらずの無言と無表情で廊下を歩いている。
そして、各自適当に時間をつぶし……集合時間になり、また部室へと戻り席についた。
ハルヒはまだ戻ってきていない。
そして、案の定誰も連れてきておらず、成果はゼロのようだった。
しかし、部室のドアを元気に開け放ったハルヒは一人の少女の手を引っ張っている。
「やあ、ごめんごめん、遅れちゃった!捕まえるのに手間取っちゃって!」
後ろに居た少女を強引に部室に押し込んだハルヒは部室のドアの鍵をロックした。
「ええっ!? どうして鍵を閉めるんですかぁ!?」
「みんな、紹介するわ!二年生の朝比奈ミクルちゃんよっ!」
ハルヒは戸惑うミクルを後ろから抱きしめながら笑顔でそう宣言した。
「はわわ……」
「上出来だハルヒ!」
オロオロとしたか弱い感じのミクルを見て、キョンは思わずガッツポーズをとってしまった。
「そうでしょ、キョン!もっと褒めてくれてもいいのよ!」
「……って違うだろハルヒ!どこから拉致ってきた」
キョンが冷静さを取り戻して突っ込むと、ハルヒは自信満々なポーズをとる。
「教室で寂しそうに1人で立っていた彼女に、あたしは救いの手を差し伸べたのよ!」
「どう見ても強制連行じゃないか……」
キョンがいくら突っ込んでもハルヒはさっぱり堪えない。
ハルヒはぼう然とした様子のアスカをにらんで話を続ける。
「我がSSS団にもマスコットが必要だと思うのよね。そこであたしはアスカをマスコットキャラにしようとしたんだけど……。アスカが拒否するから」
「ええっ!?アタシのせいだってぇの!?」
突然ミクル拉致の原因にされたアスカは驚いて声を上げた。
「あんたがメイド服とかバニーちゃんとか拒否するからこういうことになるんじゃない」
ハルヒの言葉にシンジはアスカのコスプレ姿を想像してしまった。
「なにイヤらしい想像しているのよ!」
アスカにキッとにらまれてシンジは慌てて現実のアスカに意識を戻した。
「それにミクルちゃんはこの可愛い童顔なのに、体はダイナマイトセクシーなのよ!」
恐怖に耐えきれなくなったミクルは胸を抱えて泣き出してしまった。
「私、スタイルが良いからって男の人からも変な目で見られて……。だからなるべく目立たないように猫背で居たんです……」
「ミクルちゃん、気にすることは無いわ、あの人を見なさい!」
ハルヒはそう言って壁に寄りかかって立っていたミサトを指差す。
指差されたミサトはさすがに恥ずかしいのか、愛想笑いを浮かべてミクルに手を振る。
「あの人はスタイル抜群でも堂々と背筋を伸ばして明るく生きているのよ!」
「なんちゅー理論だ……」
キョンはハルヒの言葉にホトホトあきれ果てていた。
「あー、朝比奈さん、別に無理して入らなくても……」
「いいんです、是非入らせて下さい!」
突然、明るい笑顔になってそう言いだしたミクルに、アスカもシンジもキョンもミサトもぼう然としてしまった。
「私、4月にこの学校に転校してきて、なじめなくて友達もできなくて……。最近学校に来るのがイヤだったんです」
ミクルの言葉を聞いたハルヒは手を叩いて喜ぶ。
「さっすがあたし!これで5月病に苦しむ生徒を一人救えたわ!」
「私のことでしたら、ミクルちゃんとお呼びください。ふつつかものですがよろしくお願いします」
ミクルは笑顔で手を体の前で組みながらおしとやかな挨拶をして頭を下げた。
腕に締め付けられた胸が寄せられ、キョンとシンジは思わず注目してしまう。
アスカはそんなシンジの様子を不機嫌そうに見ていた。
「じゃあ、明日から大々的に生徒たちを盛り上げる活動を開始するわよ!」
「いったい何をやらかすつもりなんだ?」
キョンに聞かれたハルヒは堂々と胸を張って答える。
「そうね。人がストレスから解放される方法としては、『萌え』と『笑い』があると思うの。そこでSSS団を2つにわけるわ。キョンとシンジとレイとユキは漫才ユニットを組みなさい!あたしたちはアイドルグループを組むから」
<第二新東京市立北高校 1年5組 教室>
SSS団女子の更衣室と化した部室を追い出されたキョンとシンジとレイとユキの4人は、とりあえず放課後の誰もいない教室で漫才ユニットについて考えることにした。
「綾波や長門に漫才をさせるのは難しいんじゃないか?」
キョンの質問にシンジが顔をしかめながら悩んでいると、レイとユキがユニゾンで呟くように言う。
「「私たちが台本を書く」」
不安を感じながらもいったんは脚本をレイとユキに書かせることになった。
しばらくして書き上がった台本をキョンとシンジは受け取った。
キョンがセリフを話そうとした時、校門の方から大歓声が上がった。
どうやら校門の方で何かがあったようだ。
気になったシンジとキョンは漫才を中止して窓から校門の方を覗き込む。
すると校門ではバニーガールの姿をしたハルヒ、アスカ、ミサト、ミクルが立って下校中の生徒にチラシを配っていた。
「みなさーん!あたしたちの姿を見て5月病なんか吹き飛ばしましょう!そしてSSS団もよろしくお願いしまーす!」
特にハルヒが張り切って宣伝をしていた。
「な、なあ……上からだと覗けるんじゃないか?」
「……そ、そんなよこしまな考えはいけないよ」
キョンとシンジがバニーガールの胸元を覗き込める角度を探し始めた時、校舎の中から騒ぎを知った教師と風紀委員の生徒たちが出てきた。
「こら、離しなさい! まだチラシが配り終わってないのよ!」
そう叫ぶハルヒをはじめ、4人は連行されて行ってしまった。
生徒指導室に連行された4人は反省文を書かされ、さらにミサトは教師でありながら参加してしまったというので、教頭先生に厳重注意を受けていた。
「教頭先生、生徒に規則ばかりを押し付けるのは良くないとは思いません?それに私の姿を見て先生も元気になりませんか?」
「論点をすり替えないでください、葛城先生……その格好は……」
ミサトをまじまじと見つめると教頭は赤くなってそれ以上叱るのはやめてしまった。
しかし、この事件にめげずにSSS団は今度は漫才で盛り上げようと活動を再開した!
次の日の朝のホームルームで教壇の前に立ったシンジとキョンに視線が集まる。
「し、シンジ君、だよーん!」
その後、キョンがカエルの物真似をしたりしたが、結局教室には冷たい空気が流れるだけだった……。
「ようシンジ、ついにお前も向こう側の人間になっちまいおったな。『涼宮ハルヒと愉快な仲間たち』の一員に」
トウジにそう励まされたシンジは、穴があったら入りたいほど恥ずかしい気持ちになったのだった。
※2010/02/05の修正について
ミサトの寝坊と遅刻がアンチミサトに見えると言う意見を聞き、修正しました。作者としてはアンチのつもりではなくギャグのつもりでしたが、深くお詫び申し上げます。