北信のガス袋

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イルミナティは「日本人は人間じゃなく、人間に近い猿だから実験台にしていい!」と決めた。


アメリカとイギリスと中国の三国で取り決めた無条件降伏を日本に迫る<ポツダム宣言>が、1945年7月26日に出された。

その時点ですぐに受諾していれば、原爆は落とされなかった。




しかしそれでは日本人を使って原爆の人体実験をする予定のアメリカとしては、計算違いになる。


そこで、ポツダム宣言を出しておきながら矛盾するのだが、スティムソンは天皇と裏取引をした。
(吉田茂を中心とするヨハンセングループが仲介者であった。
メンバーには著名な「白洲正子」の夫でイルミナティのエージェントであった「白洲次郎」と、正子の父「樺山愛輔(正子の母の父が昭和天皇と弟の秩父宮の養育係であった関係で、昭和天皇の母「貞明皇后」とは昵懇の仲。

愛輔も貞明皇后いずれもクエーカー派のクリスチャン)」が主になって動いていた。)





「敗戦宣言は、原爆を落とすための準備(テニアン島に運んだりなど)が整うまで待って欲しい」と。
(長崎に落とされたプルトニウム239型の原子爆弾「ファットマン」は7月16日にやっと完成した)


更に続ける。
「原爆の投下場所と日時は天皇が決めてくれ!敗戦宣言を延期すれば東京には落とさないし、天皇の安全と財産は保証する」との確約も取れた。

しかし、原爆を落としてもらったあとで敗戦宣言をするにあたり、一億総玉砕の覚悟で内地戦を展開するつもりの陸軍としては、敗戦宣言などされた暁には予定が狂ってしまうわけだから、敗戦宣言に猛反対することは火を見るより明らか。

そこで邪魔な陸軍を抹殺するため(敗戦宣言をしなければ天皇の財産は没収される)、「陸軍第2総軍司令部」のある広島を、原爆の人体実験の標的に選んだ。







第2総軍司令官「畑俊六」元帥は、天皇の密命を受け、大家角造中佐(アメリカ情報通)に命じて原爆搭載機が飛び立つ「テニアン島」のアメリカ軍と極秘に情報交換をひんぱんに行い、原爆投下が無事成功するように取り計らった。

8月5日の夜は偶然を装って口実を設け、独り抜け出して遠方の知人の別荘に宿泊し、避難した卑劣な男である。(昭和天皇の卑劣さには到底及ばないが・・








実験用の子供たち1万5千人と、市民(義勇軍)3万人も
8月3日~6日にかけて
集めた(天気が晴れの日が原爆投下に最適なため、3日~6日の幅で予定を立てていた)
時刻はちょうど通勤時間帯であり、人々が外に出ている時間にした。


特に第2総軍本部には、女子挺身隊も集合して8時から朝礼を行うのが日課で、竹ヤリ訓練を開始するのがちょうど8時15分。

その真上に原爆を投下すれば間違いなく跡形もなく建物もろとも木っ端ミジンになる!と計画して8時15分を選び、結果、計画通りになって天皇は一安心したものの、

スイスの赤十字本部が医薬品を調達する動きが始まったため、もし治療など施されてはせっかくの実験が台無しになる!邪魔されては困る!もし患者を治療などすれば、天皇の身の安全を保証しないぞ!とさらなる釘を刺され、慌てて日赤総裁の高松宮(天皇の弟)に命じて、赤十字社に物資援助15t(病院用のプレハブ資材と医療用品、薬品)を「日本が用意するから要らない!貰ってもどうしたらいいかわからない!」と拒絶させた。



さらにマッカーサーも、自分に全然知らされていなかった原爆投下、しかもたった2個で日本が敗北したということで、自身の4年に渡る苦戦の価値が低下することに苛立ち、これまた患者への救援物資を断ることで、鬱憤晴らしをした。



=続く=

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