空の軌跡エヴァハルヒ短編集
第六十九話 LAS短編 シンジが倒れた暑い日


シンジ達の第壱中学校が夏休みに入ってしばらくして、シンジとアスカはテーマパークへとやって来ていた。
周囲に友人もおらず、傍から見ればデートと言っても差し支えなかった。
アスカから誘われた時、シンジは自分の耳を疑ってしまうほど驚いた。
シンジとアスカの家族は同じコンフォート17に世帯を持っており、部屋番号は一番違い、そして家族ぐるみの付き合いだった。
幼なじみでいつも一緒だったシンジとアスカだが、中学生になった頃からその距離は少し離れていた。
シンジがアスカが男の子とデートに行ったと聞いた時には胸がモヤモヤしたものだ。

「アスカと2人だけで出掛けるなんて、中学になって初めてだな……」

シンジは自分がアスカにとって特別な存在でなくなり、友達の1人となってしまった事を寂しく思っていた。
だからアスカに声を掛けられた時は嬉しかったのだ。
テーマパークは今年の最高気温を更新した日だと言うのに、ジュース1つ買うのにも苦労するほどの混雑だ。
シンジ達は午前中からアトラクションやライブイベントを見て回っていたのだが、お昼近くになってよろけてしまった。

「ちょっとシンジ、しっかりしなさいよ」
「うん、少し目まいがしただけだから、大丈夫だよ」

アスカに心配させてはいけないと、シンジは強がってアスカに向かってそう答えた。
その後混み合うレストランで昼食を食べる事になったのだが、シンジは1人前のランチの半分も食べられなかった。

「食べないと、体が持たないわよ」
「はは、ちょっと食欲が無いみたいだ」

あまり減らないシンジの皿を見てアスカが言うと、シンジは笑ってごまかした。
そしてレストランを出て午後に行われるライブイベントのステージに向かってアスカと歩いていたシンジは、腰を抜かして座り込んでしまった。

「まったく、どうしたのよ?」
「何か、足に力が入らないんだ……」

シンジはアスカにそう答えた後、前のめりになって地面に倒れ込んだ。

「シンジ!? シンジーっ!」

アスカが呼び掛けてもシンジからの反応は無い。
悲鳴を聞いた周囲の人間がシンジを日陰に運び、119番をする。
救急車が来るまでの間、アスカはシンジの名前を呼びながらずっと泣き続けていた。



シンジを病院に搬送した救急車にはアスカも同乗した。
救急隊員達は興奮するアスカをなだめるのも大変だったらしい。
そしてシンジが病院に運ばれたという知らせを受けて、母親のユイと妹のレイが病院へと駆け付けた。

「ユイおばさん、レイ!」

2人の姿を見たアスカは表情を緩めた。

「あの子が熱中症で倒れたんですって?」
「うん、命に別条はないみたいだけど」

アスカの返事を聞いたユイ達はホッとした顔になった。
熱中症は重症だと死んでしまう事もある、恐ろしい病気だからだ。

「……ごめんなさい、アタシのせいでシンジが……!」

アスカはそう言うと再び涙を流し、ユイに抱きついた。

「別にアスカちゃんが悪いわけじゃないのよ、無理をしたシンジもいけなかったのよ」

ユイの言う通り、シンジの方にも熱中症の原因となる要素はあった。
アスカに誘われて舞い上がってしまったシンジ。
無様な所を見せてガッカリさせれば、二度と誘ってくれなるかもしれない。
失敗は許されないとプレッシャーを感じたシンジは前日の夜ドキドキして眠れず、デートの日は寝不足だったのだ。

「お兄ちゃんは、自分が辛くても遠慮しちゃって他の人に言えない所があるから……」

レイはそうつぶやいて困った表情になった。

「だから今度はアスカちゃんがシンジの事を倒れてしまわないように気を付けてあげてね」
「うん」

ユイに優しく声を掛けられたアスカはしっかりとうなずくのだった。



「ここは……白い天井……?」

シンジが病室のベッドで目を覚ましたのは、次の日の朝。
椅子に座っていたレイがシンジに声を掛ける。

「お兄ちゃん、身体の調子はどう?」
「別に何とも無いけど……レイ、どうして僕はこんな所に?」

ぼーっとした顔でシンジが尋ね返すと、レイは不思議そうな表情で答える。

「覚えてないの? お兄ちゃんは昨日、熱中症で倒れたのよ」
「そうだ、アスカは……?」
「隣で寝ているわ」

レイが部屋の奥を指差すと、驚いた事に床に敷かれた布団で寝息を立てているアスカの姿があった。
アスカは、深い眠りに入ってしまったシンジが目を覚ますまで側に居たいと頼んだのだ。
家に居てはアスカも安心して寝る事が出来ないと懇願され病院側は、特別にアスカがシンジの病室に泊まる事を許可したのだった。
そして目を覚ましたアスカにシンジは心配をさせてしまった事を謝る。

「……僕のせいでアスカには迷惑を掛けちゃったね」
「じゃあ罰として、今度はシンジの方からアタシを誘うのよ!」
「うん、分かったよ」

シンジは嬉しそうにアスカのペナルティを受け入れた。
アスカの方も、小さい頃に比べてシンジと疎遠になってしまった事を寂しく感じていた。
そして1学期にシンジ達のクラスに転入して来た霧島マナと言う少女。
シンジが、転校して来たばかりで心細い思いをしているマナに優しく接した事でシンジとマナは急速に親しくなり、アスカやヒカリ達との友達の輪にも入るようになった。
別にアスカはマナの事が嫌いと言うわけでは無かったが、アスカは同じ女子としてマナがシンジを見つめる視線の意味に気が付いた。
あれは恋をする乙女の目だ。
このままではシンジがマナと2人で遠くへ行ってしまうと考えたアスカは、シンジをデートへと誘ったのだ。

「シンジ、目まいがしたり気持ち悪くなったりしたらすぐにアタシに言うのよ? 熱中症は怖いんだから」
「うん、ありがとうアスカ」
「なんや、惣流は碇の世話焼き女房みたいやな」
「仕方ないでしょ、シンジのママから頼まれたんだから」

それからはトウジ達の前でも、アスカは恥ずかしがらずにシンジを気に掛けるようになった。
以前と同じ親しい幼なじみの関係、いや、それ以上に2人の距離は縮まり、マナは戦わずしてシンジを諦める事にしたのだ。

「さあシンジ、今日はたっぷり寝て来たでしょうね」
「うん、さすがに前ほどは緊張し無かったよ」

シンジは苦笑しながらアスカに答えた。
2人は熱中症対策にお揃いの水筒を首から提げて出発する。

「でも、夏が過ぎたらどんな口実でお兄ちゃんの世話を焼くつもりなのかしら? 素直にお兄ちゃんが好きだって告白しちゃえばいいのに」

玄関からシンジとアスカを見送ったレイは、そうつぶやくのだった……。

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