碇君がネルフを去ってしまった翌日、衛星軌道上に使徒が出現した。
降下の気配を見せない使徒に対して碇司令は過去に葛城一尉が立てた『ヤシマ作戦』を元にした作戦を実行。
私は司令の命令に従い、大型ポジトロンライフルの射手を担当する弐号機をシールドを構えた零号機で守る。
作戦中だと言うのに、私は碇君の事を思い出していた。
碇君が私を必要としてくれたから、私は生きてみたいと思った。
私が使徒のレーザービームを受けてしまった後、碇君は心配して駆けつけてくれた。
私の無事を心から喜んでくれた。
でも、今は私がやられてしまっても碇君は来られない。
碇司令は私に優しくしてくれるけど、私自身では無くて私に重ねて別の人を見ている気がする。
私がそのような事を考えていると、使徒から光の帯が伸びて来て零号機を貫いた。
盾を持っていても防げない、前の使徒のレーザー攻撃とは全く別の種類のものだった。
私の頭の中に私と同じ声が響く。
「あなた、人間じゃないのね」
そう、私は人間じゃない。
人と同じ形をしているけど、私は“人形”。
碇ユイ博士の遺伝子を使って作られた人工の生命体。
「あなたは私達と同じ存在。……どうして敵である人間の味方をするの?」
私は声の主が空に浮いている使徒なのだと分かった。
でも、私が使徒と同じと言うのはどういう意味なのか。
使徒と人間は構成素材が違うけど、信号の配置には0.11%の違いしか無いと赤木博士は言っていた事を思い出した。
「碇君と言う人間が好きだから、あなたは人間の味方をするのね」
やめて、私の心をのぞかないで。
「セカンドが来てから、碇君はあなたを見てくれなくなったのね。良いわ、私があなたの願いを叶えてあげる」
何をするつもりなの?
私が使徒に訪ねようとすると、弐号機の通信からセカンドの悲鳴が上がる。
「あなたの邪魔者のセカンドを壊してあげる。二度と碇君に手出しをできないようにしてあげる」
やめて、私はそんな事を望んでいないわ。
「だって、セカンドもあなたに消えてほしいって思っているみたいよ」
使徒の言葉を聞いて、私の胸の中にどす黒い感情が芽生えてしまうのを感じた。
その時、セカンドがさらに大きい悲鳴を上げた。
私は聞きたくなくて手で頭を押さえてしまう。
「レイ、ドグマに降りて槍を使え」
「はい」
碇司令からの命令が下り、私は逃げるようにネルフの施設へと戻る。
胸が痛くなって、移動中私はずっと手で胸を押さえていた。
ドグマに到着した私は懐かしい感じがした。
司令の指示通り、十字架に縛り付けられている白い巨人の胸に刺さっているロンギヌスの槍を引き抜く。
「待っていますよ、我が娘よ……」
頭に穏やかな感じの女の人の声が響いて来たような気がしたけれど、私は急いで槍を持って地上へと戻った。
弐号機はずっとその場を動いていなかった。
嫌な予感がした私は、照準を合わせると司令の命令を待たずに、すぐ槍を使徒に向かって放り投げた。
私の投げた槍は使徒のコアを貫き、使徒はせん滅された。
発令所に戻った私は、弐号機から救出されたセカンドの容体を赤木博士に尋ねる。
「セカンドはどうですか?」
「かなりの精神的ダメージを受けたみたいだけど、汚染区域ギリギリで助かったわ。数日経てば目を覚ますはずよ」
「よかった」
私は安心して息を吐き出した。
「あなたがシンジ君以外の人の事を心配するなんて珍しいわね」
「一緒に使徒と戦う仲間だから」
私がそう答えると、赤木博士は少し驚いたようだった。
「あなた、ずいぶん人間らしくなったわね」
赤木博士にそう言われて、私は複雑な気持ちになった。
人形その物だった以前と比べて、人間に近づいたと言われたのは嬉しい。
でも赤木博士は私をまだ人間とは違うと思っている事も感じられて悲しかった。
「あっ、ごめんなさい、そう言うつもりじゃなかったのよ」
「いえ、構いません」
赤木博士も私の微妙な感情の変化に気がついたみたいで謝ろうとした。
だけど、私は碇君以外の人にも私の感情を伝えられるようになったのだとまた少し嬉しくなった。
私は赤木博士に場所を聞いてすぐにセカンドの病室へと向かった。
ベッドでセカンドは眠っていた。
でもこれは普通の眠りじゃない、傷ついてしまった心を回復するための眠り。
今のセカンドは人間なのに私より人形だった。
「ごめんなさい、私のせいで」
私はダラリと下がったセカンドの腕を握って謝った。
感情が高ぶって目から出た涙がセカンドの顔にこぼれ落ちる。
でも、セカンドは目を覚まさなかった。
それから数日後また使徒が襲来した。
エヴァに乗って戦えるのは私だけ。
碇君だって1人で使徒と戦って来た事があるのだから、私だけで不安だなんて言っていられない。
今度の使徒は参号機を乗っ取った使徒のように侵食して融合して来るタイプの使徒だった。
私の乗っている零号機も使徒に右腕をつかまれて侵食されかけた。
赤木博士の判断で侵食された右腕を切り離して、私は助かった。
でも、近づいたら侵食されてしまう使徒をどうやって倒せるの?
赤木博士が提唱した作戦は恐ろしいものだった。
私が使徒の攻撃を交わして時間を稼いでいる間にセカンドを弐号機に乗せて出撃させる。
そして……使徒が弐号機と融合しようとした所で弐号機を自爆させて倒すと言うものだった。
「作戦の内容はわかったわね、だからできるだけ時間を稼いで」
「でも、セカンドはどうなるんですか」
「弐号機を自爆させる直前に脱出装置を動かしてエントリープラグをイジェクトさせるわ」
だけどタイミングを間違えれば弐号機は使徒そのものになってしまうかもしれない。
それに脱出装置が動かなければセカンドは爆発に巻き込まれてしまう。
気を失っているセカンドにそんな危険な事をさせるわけにはいかなかった。
「それでは、私が零号機でいきます」
「レイ、戦えるのはあなただけなのよ。命令に従いなさい!」
「でも、嫌です!」
私は赤木博士の命令に逆らって使徒へと突撃した。
確かに私は碇君と話そうとすると邪魔をするセカンドが嫌だと思った事もある。
だけど、私は心の底からセカンドを憎んでいたわけじゃない。
きっとセカンドも私をそこまで憎んではいないと私にも解ってる。
セカンドは私にとって仲間であると同時に憧れの存在だった。
今まで本ばかり読んでいた私だけど、碇君が鈴原君や相田君と友達になったように、いつか私も勇気を出してセカンドや洞木さんと友達になりたかった。
だからこれ以上、私のせいでセカンドを辛い目にあわせたくなかった。
使徒に接近した私はすぐに捕まってしまった。
碇司令が発令所で叫ぶ声が私の耳に届く。
「レイ!」
碇司令、命令に逆らって勝手な事をしてしまってごめんなさい……。
使徒は私の体だけでは無く、心にまで侵食して来た。
前回の使徒の攻撃を思い出して私の頭の中に嫌な予感がよぎる。
でも、私の心の中に伝わって来たのは悲しみだった。
どうして、使徒が悲しんでいるの?
使徒はネルフのセントラルドグマに居るあの巨人の元にたどり着くため、零号機と融合するつもりなのだと判った。
私は使徒が憎むべき敵だとはどうしても思えなかった。
だけど、使徒を倒さないと人類は滅びてしまうと碇司令は話していた。
もう私には守りたい人がたくさん出来てしまった。
碇司令、葛城一尉、セカンド、そして碇君。
侵食がある程度達したと判断した私は座席の下にある自爆装置のレバーを引いた。
「さようなら、碇君」
私は碇君に二度目のさよならを告げた。
気がつくと私は病室のベッドに寝かされていた。
きっと赤木博士の言う通り脱出装置が動いて私は命が助かったのだろう。
でも、爆発に巻き込まれて大怪我を負ってしまったのか体中が痛い。
巻かれている包帯を見てもかなりのものだったみたいだ。
私はネルフの雰囲気がいつもと違う事に気がついた。
静かすぎる、人の気配が感じられない。
「時は満ちました。我が元に来なさい、我が娘よ……」
私を呼ぶ穏やかな女の人の声がまた聞こえた。
なぜか私は声の聞こえる方へ行かなくてはいけない気がした。
私は痛みをこらえてゆっくりとセントラルドグマに向かって歩き出した。
歩いている間にも私の耳には穏やかな女の人の声が届く。
その声を何回も聞いているうちに、私の中に隠れていた記憶が鮮明になって来る。
“私達の家族”は古代文明と呼ばれる時代に宇宙から飛来した敵を倒すため産み出された生体兵器。
でも敵を倒した後、私達の強い力を恐れた人々は私達を南極大陸の遺跡に封印してしまった。
私達は1万年も続く長い眠りについていた。
穏やかな私達の眠りを強引に妨げたのは、現代の人間達だった。
人間達は父アダムの力を手に入れようとして、その自我や意識を奪おうとした。
その結果父の力が暴走し、起きてしまったのが人間達がセカンドインパクトと呼ぶ大災害だった。
私や兄弟達も力の解放に巻き込まれ、世界中に弾き飛ばされた。
その衝撃で私達兄弟は記憶を失ってしまった。
でも兄弟達は理性や記憶を喪失しても本能で引き寄せられるように母リリスが閉じ込められているネルフのセントラルドグマに向かっていた。
兄弟達は肉体が残っていたみたいだけど、私だけは肉体を失って魂だけの存在になってしまったようだった。
記憶を失っていた私は知らずにエヴァに乗って戦っていた。
だけど私は自分が使徒の兄弟達の末妹だと思い出した。
地上ではゼーレが初号機と弐号機を触媒としてサードインパクトを起こそうとしている。
早く私達の力を完成させなくては碇君やセカンドが危ない。
「レイ、何をしている……!」
通路を歩いていた私は碇司令に引き止められた。
碇司令は私の正体と目的を理解しているみたいだった。
セントラルドグマに向かおうとする私を腕をつかんで阻止しようとする。
「私はエヴァに乗るためにユイ博士の遺伝子から産み出された人形(クローン)、それが私の存在価値です」
私は碇司令に別れを告げて立ち去ろうとした。
「違う、レイ、お前は私の娘だ!」
私は碇司令の言葉を聞いて胸が熱くなった、とても嬉しかった。
今まで私は碇司令は私の事を居なくなったユイ博士の代わりだと思っているのかと疑ってしまっていた。
優しくされても本当の自分に向けられていないのではないかと不安になった。
やっと、碇司令から本心を聞く事ができた。
私は笑顔になり、目から嬉し涙があふれる。
でも私はセントラルドグマに行かなければいけない、それが私の使命であり、願いでもあるから。
私は使徒の力を使ってATフィールドを発生させ、碇司令を突き飛ばした。
ごめんなさい、碇司令。
私は振り返る事が出来ずに黙々と歩き出した。
痛む体を引きずるように歩いて、私はセントラルドグマにたどり着いた。
零号機で入った時はエレベータで移動したからあっという間だったけど、かなり時間が掛かってしまった。
ヘブンズゲートと書かれた頑丈な扉が私の行く手を塞ぐ。
だけど、私が視線を送るとロックは解除されて扉は開いて行った。
私が十字架にしばられた白い巨人、リリスの足元に来ると体が浮かび上がった。
体の傷が治っていく、私はリリスの力に包まれているのを感じる。
私はリリスに向かって微笑みかける。
「ただいま、お母さん」
「おかえりなさい」
私の体は白い巨人の中へ吸い込まれた。
私はまた魂だけの存在になった。
母の体の中で、私以外の魂の存在を感じる。
そう、エヴァによって肉体を消滅させられた使徒――兄弟達は魂だけの存在になって母の所へたどり着いていたのね。
「それであなたは、何を望むの?」
私は母に突然そう尋ねられて驚いた。
私の願いは、ゼーレの人間達にこれ以上父の力を悪用させないようにする事だと決まっていた。
でも、それ以外にも願いが叶えられるなら……。
碇君、セカンド、葛城一尉、そして碇司令。
優しくしてくれた人達の顔が思い浮かぶ。
碇君達と出会って交わるうちに私の思いは変わった。
そこから導き出される答えは1つ。
私が母の質問に答えると、大きな力が解放されて行くのを感じた……。