新しいエヴァのパイロットとして葛城一尉から碇君を紹介された時、私は嫌な気分になった。
だって碇君は私の居場所を奪おうとしているから。
私はエヴァに乗って使徒と戦うために生み出された存在。
司令が私に優しくしてくれるのも、ネルフに居られるのも、きっと私がエヴァのパイロットだから。
碇君がパイロットになったら、きっと私は誰からも必要とされなくなってしまう。
でも葛城一尉は碇君と仲良くしろと命令した。
命令なら従わなければいけない。
逆らったらきっとネルフを追い出されてしまうから。
仲良くするとはどういう事なのだろう。
私は誰かと仲良くしたことがないから良くわからない。
葛城一尉に質問したら、一緒に居て話したり、楽しく過ごして笑い合ったりする事だと教えられた。
私は命令通り、碇君と学校に登校するようになった。
最初は碇君も私の側に居てくれた。
だけど、しばらくすると碇君は同じクラスの鈴原君と相田君と居るようになった。
私と居る時より楽しそうだった。
……どうして? 男の友情って何? 私には理解不能。
これでは私は命令を遂行できない。
そしてついにネルフに使徒が襲来した。
私は予備パイロットして初号機と使徒との戦いを発令所から見ていた。
そう、私は予備。
碇君に何かがあった時の代わり。
このまま初号機が使徒を倒せば、私の出る幕が無くなってしまう。
だけど、碇君の乗る初号機は圧倒的な強さで使徒を撃退した。
司令はこれならドイツ支部の弐号機にも負けないって満足してした。
碇君には伝えていないみたいだけど。
さらに碇君は次の使徒も倒してしまった。
このままでは私の存在価値が無くなってしまう。
私は祈るような気持ちで零号機の起動実験を繰り返した。
やっと私もエヴァでATフィールドを発生させられるぐらいにシンクロできるようになった。
でも、私にとって碇君が脅威であるのに変わりはなかった。
だけど次の使徒戦は違った。
使徒のレーザービームによって初号機で出撃した碇君は大きなダメージを受けてしまった。
碇君の命に別状は無かったけど、碇君は処置を受けた後、病室へと運ばれた。
大きな損傷を受けた初号機は赤木博士達が急ピッチで直している。
私は葛城一尉に病室に居る碇君へ食事を運んで作戦のスケジュールを伝えるように命令を受けた。
「僕はあんな怖い思いをしてまでもうエヴァには乗りたくないよ……」
碇君が吐いた弱音を聞いて私は体中の毛が逆立つような強い怒りを覚えた。
私と違って碇君は必要されているのに。
赤木博士や碇司令だって期待しているのに。
「嫌なら逃げて帰れば?」
私の口からそんな言葉が突いて出た。
そして私はそれ以上碇君の顔を見ていられなくて病室を飛び出して、葛城一尉や碇司令に初号機に乗せてもらいたいと頼んだ。
でも、葛城一尉は零号機と初号機を同時に出撃させる『ヤシマ作戦』を立てていた。
葛城一尉は碇君がまた初号機に乗ってくれるって信じているみたい。
そして碇司令も。
私が会議室で葛城一尉を待っていると、時間通りに葛城一尉は碇君と一緒に姿を現した。
碇君は気まずそうに私と顔を合わせた。
葛城一尉の説明によると、作戦内容は使徒の索敵範囲外から長距離射撃を行って使徒のコアを破壊。
初号機は射手を担当し、零号機は使徒の反撃を受けてしまった場合、再度の射撃を行うまで盾で使徒のレーザーを防ぐ。
「この盾は敵の攻撃に17秒は耐えられるから、防御は頼んだわよ、レイ」
「はい」
私は葛城一尉にためらう事無く返事をした。
でも、碇君は戸惑った様子で葛城一尉に質問をする。
「でも、2発目を撃つまで20秒掛かるのに盾が17秒しか持たないって残り3秒はどうすればいいんですか?」
「それは……零号機にATフィールドを張ってもらって耐えてもらうしかないわね」
「そんな! それじゃあ綾波は大怪我……悪ければ死んじゃうかもしれないじゃないか! それでいいの?」
「別に問題ないわ、命令だもの」
何を解り切ったことを言っているの?
私は碇君にそう答えた。
そして私達がケージで待機している時も、碇君は私に話し掛けて来る。
「綾波はどうしてエヴァに乗るの?」
「私にはそれしかないから。エヴァが無くなったら空っぽだから」
「僕も似たようなものかもしれない。伯父さんの所で暮らしていた時、僕は生きているようで生きていなかったんだ」
それから碇君は黙ってしまった。
出撃の時間が来て、私はゆっくりと立ち上がる。
「私はいつ命を落としても構わないと思っている、さよなら碇君」
どうして私は碇君にさよならを告げてしまったのだろう。
零号機に乗ってから私はそう思い返した。
葛城一尉の号令でヤシマ作戦が開始される。
初号機の攻撃は使徒の不意を突いた。
でも、エネルギーの接近に気が付いた使徒はレーザービームを発射し、お互いのビームが干渉し合って軌道が捻じ曲げられた。
最初の攻撃は失敗に終わり、使徒は私達の存在に気が付いた。
そして私達に向かってレーザービームを放って来た。
その熱さが零号機にシンクロしている私にも伝わってくる。
「綾波!」
碇君の叫び声が通信から聞こえて来た。
後数秒もすれば持っている盾は溶けて無くなってしまう。
それから先はATフィールドを張っても何秒も持たないだろう。
私は死を覚悟して受け入れた。
「僕を独りにしないでよ!」
碇君の言葉を聞いて、私に生きたいと言う感情が芽生えた気がした。
ATフィールドも少しだけ強まったのを感じた。
それが私の命を救ったのかもしれない。
「綾波……綾波……!」
気を失っていた私は碇君に揺さぶり起こされた。
「碇君……?」
「よかった、怪我も無くて……!」
助け起こされた私の体は突然碇君に抱きしめられた。
でも、すぐに碇君は赤い顔になって私の体を放した。
「あっごめん、嬉しくてつい」
「碇君、この前も葛城一尉と抱き合ってた。嬉しいと抱き合うのね」
「えっと、普通は自然と笑顔になるんだよ。今の綾波みたいにね」
私、今、笑っているの?
頬の辺りの筋肉が緩んでいるのか、私は手で触って確かめてしまった。
「歩ける? 肩を貸そうか」
エントリープラグから出た私は足をよろけさせてしまった。
碇君に支えてもらって、私達はゆっくりと歩き始める。
「僕達、エヴァに乗る以外何も無いけど……これから見つけて行こうよ。生きていれば考える時間はあるよ」
私達は自然に空に浮かぶ月を眺めていた。
「月が……綺麗ね」
私は思わずそうつぶやいた。
そして碇君は私に光を与えてくれた。
私は碇君に誰かと話すことが苦手なら、本を読んだり、絵を描いてみたりする事を勧められた。
碇君は伯父さんの家で孤独な時間を過ごす時、寂しさを紛らわすためにそうしていたみたいだった。
世界にはエヴァ以外にも興味が持てる面白い事が広がっている。
そう解かっただけでも、私は闇夜に浮かぶ月のように静かに輝いて生きていけると思った。
学校に登校して私は碇君と朝の挨拶を交わす。
それから私は自分の席に座って本を読む。
それだけだったけど、私は楽しい生活を送れていたつもりだった。
私達の間に割って入ってきたあの子……セカンドチルドレンが現れるまでは。
日本にやって来て、碇君と同じ家で暮らすようになった彼女は、私と碇君の距離を遠ざけるように仕向けてきた。
私と碇君はセカンドチルドレンが言う様に“付き合っている”わけじゃない。
でも、碇君の事を考えると胸がモヤモヤしてしまうこの気持ちは何だろう?
私の憂鬱な日々がまた始まった……。