◆ DND大学発ベンチャー支援情報 ◆ 2012/08/01 http://dndi.jp/

朝日のEM批判記事検証:青森からの現地報告

 ・県の水質調査報告を「改善確認されず」と誤報
 ・EM潰し‐の筋書きにそった記事構成の危うさ
 ・青森総局訪問、長野記者から80分の事情を聴く

DNDメディア局の出口です。朝日新聞社をはじめ、どのメディアも記者に対しては正確で公正な報道を取材の基本に教えている。時々、偏向した報道が世間の批判を浴びることになるが、公正な取材を心がけることには誰も異論はなかろう。



 朝日新聞青森総局を訪問した

前回に続いて、EM批判記事の検証と分析である。


朝日新聞青森総局の長野剛記者が7月3日付と11日付の2回にわたって青森版に書いたEM批判記事には、琉球大学名誉教授、名桜大学教授でEMの開発者、比嘉照夫氏の「談話」が2度使われた。その「談話」は、比嘉教授に取材の申し込みを一切せずに、ネットから引用して「談話」風に仕立てていたことが分かった。引用した「談話」は、ぶつ切りで意味が十分に伝わらないものになっていた。


引用した元の文章は、比嘉氏が2007年にゲストでスピーチしたもので、スピーチのテーマが「EMや波動はエセ科学か」だった。根拠のない批判を繰り返す国立大学の准教授を例に挙げて、比嘉氏は確かな検証もせず偏見で決めつけることの軽率さを問題視した内容だった。そういうスピーチの肝心のところは1行も触れない。


長野記者は、比嘉氏がこのスピーチで批判した准教授と同じ過ちをやっているのだ。そのことすらも気づかずに引用したのなら、これはある種のパロディですよね。わかって引用したら、悪質だ。もっと最近のスピーチはいくらでもあるのに、なぜ、5年前のものなのだろうか。7月3日付でEM批判のコメントを出した長崎大学の准教授のEM批判のパワーポイントを使うから、こんなおかしなことになってしまうのだろう、と推察する。


長野記者がネットから引用した比嘉氏の「談話」とは、「重力波と想定される波動によるもの」とわずか2行足らずの短い文で、俳句より字数が少ない。これでは意味不明でしょう。それを繰り返し使って、「理論も現代科学と相いれない」として「非科学的」との批判があると断じた。まるでカルト扱いだ。何かしら背筋がひやりとする意図的なものを感じますね。


こんな記事が堂々と出回る。ネットにもアップされる。ヤフー記事のトップに躍り出た瞬間もあった。記事が公正か、正確か、朝日の編集局にはそれをチェックしたり、危うさを見抜いたりする編集者がいない、ということだろうか。頭で描いた筋書きに沿って記事を仕立てようとするから、こうなる。事実を捻じ曲げるか、都合の悪い事実にふたをするか、そういう歪んだ取材が見え隠れしているのである。


朝日新聞が2010年にスクープした大阪地検特捜部のフロッピーディスクの証拠改ざん事件にみる歪んだ検察捜査と、この記事の追及の手法の根っこは同じ、捜査の筋書きに沿って事件を組み立てるやり方だ。検事総長が辞任し、担当の部長らは逮捕された。不都合な事実を隠ぺいしたり、改ざんしたりするのは、犯罪なのである。こういうメディアの責任は誰が問うのですか。


批判記事を細かくチェックしてみましょうか。


顔なじみの教授から「非科学的だ」との談話を引き出して、見出しに「非科学的だ」と打つ。これはえげつない誇張だ。阪大教授の菊池誠氏は、EM批判の急先鋒だし、もうひとりコメントを出した長崎大学准教授の長島雅裕氏は、阪大の大学院時代、菊池氏の授業を受けた"教え子"という関係だ。EM批判のコメントをふたり揃えながらEMを擁護する学者のコメントは載せていない。開発者の比嘉氏のコメントでバランスをとったつもりなのだろうが、そのコメントがネットから無断で引用というのだから、著しく公平を欠いた記事と言わざるを得ない。


7月3日付の最初のEM批判記事で、『EMの効果は「疑問」』と、カッコでくくってぼかしていた「疑問」が、7月11日付の次の記事になると、「科学的効果疑問のEM」と断定し、疑問のカッコを消して既定事実として扱った。この効果を「疑問」とするデータの根拠として引用した水質調査の結果も事実と違うところがある。


■青森からの現地報告
 急ぎ、青森に行った。記事の検証のため長野記者が取材した現場を回った。「談話」を取材もせずに無断で仕立てるくらいだから、記者の取材ぶりはおおよそ想像がついた。すると、案の定と言うか、もっぱら電話取材に頼っているうえ取材先に不快な思いをさせていた。まず取材先に取材の趣旨を正しく伝えていない。取材と称してEMを使っている学校や自治体に電話をかけては、「EMの効果は科学的に疑問」と触れ回って、窓口の女性教師らにEMの使用を止めるように圧力をかけていたこともわかった。


これらは現地からの報告である。


青森県・JR八戸駅。元教員でEMの学校の利用に詳しい工藤正義さんが友人の古市忠雄さんと連れ立って車で出迎えてくれた。高齢だが、人の良さが柔和な表情に現れていた。こういう人たちに近づいて、親しくしている現場の関係者を聞き出して取材の餌食にし、何の遠慮もなく不躾な質問を浴びせた挙句、誤った記事で悲しい思いをさせる。それは悪魔のやることだ。


工藤正義さんが、とつとつと語った。


それは6月中旬ごろだった。突然、朝日を名乗る記者から、EMを使っている学校を教えてほしい、との電話があった。記者の名前に憶えなかった。が、やあ、立派に成功している学校は、八戸の多賀台小学校ですね、と教えた。また何か、EMのいい記事がでるんだ、と疑わなかった。電話でもそんなそぶりの欠片も感じさせなかった。教えた学校は、ボランティアで地域を支える「南郷EM会」会長の古市さんが、長年、お世話している学校だ。


30分ほど走ったら住宅街の一角に多賀台小学校はあった。沿道の植え込みが手入れされていて、清々しい学校だ、と思った。事前にアポを取っていたので校長先生らが待っていてくれた。すれ違う児童らが、元気にあいさつをする。この学校では、プールの清掃にEMを使っている。EMの活性液は古市さんが提供した。


プール開きを控えた6月20日に、子供たちと一緒に水を抜いたり、黒ずんだ藻を洗ったり、する。その1ケ月前にプールにEMを流しておくだけだ。汚れが、よく落ちる。軽くこすっただけでも壁面のくすみがきれいになった。EMなら害がないので安心だ、とみんな口にした。塩素系の洗剤の使用も少量で済む。経費もかからないのだ。多賀台小学校のようにプールの清掃をEMで行っている学校は全国に普及し1500ケ所に及んでいる。


工藤さんも古市さんも、そして学校の関係者らもきっと、きれいなプール清掃を通じた環境教育の効果を取材してくれるのだろう、と期待した。が、それは見事に裏切られた格好だ。


教師が、記者とのやり取りを語ってくれた。記者は、長野剛と名乗った。取材は、電話だった。それも、どういう意図で取材をしているのか何も言わず、どうやって授業しているのか?と聞くので、ポロっと環境教育って言ったらすかさず突っ込んできました、と、あの時のやり取りを振り返った。


お宅では、EM菌を使った授業をしているが、どうしてEM菌なのか、という。環境を考えるという意味もあってやっています、と言ったら、どういう環境なのか、とたたみかけてきて、岡山県環境保健センターなどの公的機関が出している報告書では、川の浄化でも効果が無いって実証されているのだが、ご存じか、といい、EMの根拠をちゃんと検証しているのかとか、責めたてられた。


そんな検証している場合じゃないですよね、私達はね、この記者は何を言っているんだろうと思ってしまった、という。うち学校では川に流すとか、培養して環境に使うとか、には力は入れていない、と返した。


「EMをプールに入れておくときれいになるし掃除が楽ですよ」と説明したら、今度は、「それでほんとにきれいになるんでしょうか」と聞く。「EMを使わなかったプールの掃除の時と、使った時の検証というのは出来ないんじゃないか」って再び否定的に言うので、私の前任校と比べて体験的に知っています、多くの先生方がそう口にされます、と言い返した。そうしたら、記者は、なんといったと思いますか。


「プールの材質が違うんじゃないですか」という。この記者は、なんの取材をしているのか、だんだんあやしくなってきた。自分で、プールの現場も確かめもせず、ただ電話でケチをつけているように感じたので、プールの材質なんかどこも同じでしょ、市がやっているのだから。多賀台だけプールに汚れが落ちやすい特殊な材質を使う訳ないでしょうって、たしなめた。


EMが憎いのか、恨みでもあるのか。最後には、「とにかくEM菌による水質浄化とかボカシとかっていうものは効果がない。それだけは覚えておいて下さい」と、捨て台詞を吐いて電話は切られた、と呆れ顔だ。この取材電話は、いったいなんだったのだろう、といぶかった。


これは取材の一線を越えている。頭からEMを否定して、EMを使わないように圧力をかけているのである。これは取材とは言わないし、こんなの聞いたことがない。


同席した別の教師は、もう一つ別の角度から、朝日新聞の取材や記事について疑問を口にした。


「効果があるかって聞かれれば、比較検証していないのであるって明言はできない。ただ、自然環境の中でEMの効果を正確に検証出来るかって言ったら、それはEMの効果かもしれないし、他の効果かもしれない。そんな事僕たちが検証する立場ではない。学校としては、環境教育の一環としてやっていて、EMに効果があるかどうか云々よりは、子供たちの問題解決の力を養うというのが目的なんです。今教えている内容全て正しいか、科学的に検証したか、どうかって言われたら、そんな事を考えたら何も教育の教材に使えないでしょう。近隣に一生懸命やって下さっている善意の方々がいて、僕たちも何かしら環境保全の為にやらなければならないというところを子供たちに伝えたい。それだけですよ。それが違うと言われたら、教育自体の否定になりますから」と、慎重に言葉を選んだ。


その教師は、7月3日付の記事をネットで見て、これだったのか、と驚いた。が、多賀台小学校のEMの取り組みは、1行も記事にならなかった。この春に校長として赴任した四戸慶子さんは、このやり取りを聞いて、「大丈夫です」と、明快に笑顔で言い切った。


■多賀台小学校の自慢のプール
 工藤さんは、いやあ、あんな風に書かれるとは夢にも思わなかった。心配して学校に電話したら、学校は記事に気づいていなかった。誰も朝日新聞を取っていなかったね。ネットでみた教員のひとりがコピーして回したら、なんでこんな記事になるの、と多くが首をひねった。学校ではEMへの批判の声はなにもなかった。あったのは、むしろ朝日の記者の取材手法であり、偏向した記事にたいしてだった。


帰りに、校庭の周辺を見て回った。桜の老木が生い茂り、沿道は季節の花で埋められていた。EMで清掃している自慢のプールに案内してもらった。風の通りがよく、空の色を映したプールは青く澄んでいた。匂いは勿論、虫一匹いない。壁面の黒い藻はきれいに取り除かれていた。もう10年近く継続して、子供たちと一緒に磨きかけてきた成果であり、多賀台小学校の誇りだなあ、と感心した。日がジリジリ照りつけていたので、そのままプールに飛び込みたい衝動にかられた。


EMの効果かどうか、検証したのか、とか、アホらしいことをいきなり質問するだろうか。大切なことは、この澄み切ったプールで子供たちが、安全にそして元気に水しぶきをあげられるかどうかだろう。清掃が生き届いた清潔なプールは、教育現場にいま何が大切か、を無言のうちに伝えている。百聞は一見に如かず、記事は足で書くことの大切さを教えている。


長野記者は、このプールをみていない。手を抜いたのではない。EMによる清潔なプールは、長野記者が狙う記事の構成には不都合な素材だったのであろう。だから意図的に記事にはしないのである。これを偏向といったら言い過ぎだろうか。



 澄み切ったプールは、EMで清潔になっていた=八戸市の多賀台小学校で


■県庁の水質調査報告を誤報の疑い
 記事は、またEMを学校に無償提供している青森県の対応にいちゃもんをつける。県内の希望校に無料でEMを提供しているからだ。いちゃもんの理由は、EMの効果を十分検証していない―というのだ。記者は、EMの提供を継続しているのは許せないらしい。青森県といっても河川を管轄する県東青地域県民局の出先機関で、窓口は青森市幸畑にある地域整備部の河川の担当課だった。


そこへ出向いて、朝日の記事が正しいか、どうか確認する必要があった。 記事には、EMが投入されている川を対象に水質を調査した、とある。その結果を「顕著な改善は確認されなかった、という」と書いた。見出しにも、「改善確認されず」と印象を強めていた。


さて、僕らの取材に対応してくれた河川砂防施設課長で副参事の伊藤文二さん、副課長で主幹の鳴海俊光さんは、朝日の記事になんと答えたか。


開口一番、記事にあるような「顕著な改善は確認されなかった」とは説明していません、という。伊藤さんらが口にしたのは、「明瞭な傾向は確認できなかった」というものだった。記事は、調査結果と事実が違うのだ。長野記者は、事実を正確にとらえきれていないふしがある。意図的に事実をゆがめたとしたら、これは誤報になる。


何が事実か、検証しよう。といっても難しいことではない。報告書を調べればよいだけのことである。


この調査は、「河床堆積物(ヘドロ)の変動状況に関する横断測量調査」で、EM投入の効果をヘドロの減少から読み取ろうと、実験した。平成15年9月から平成16年9月までの1年間、毎月1回、観測調査を行った。その報告は、「平成16年度沖館川河川維持調査業務委託報告書」に詳しく書かれていた。


伊藤さんは、朝日の記者の取材に対して、この調査報告書の結論をなぞるように伝えていたのだから、間違うはずがない。報告書が指摘した「明瞭な傾向は確認できなかった」という調査報告の中身を拝見した。


ところが面白いことに、EMが投入されている沖館川の沖館橋、青森工業高校裏、西滝橋の3地点のうち、もっともヘドロの減少が著しいのが西滝橋付近だった。報告書によると、調査開始時の15年9月17日では、ヘドロの堆積が左岸で53p、中央から右岸で18cmに及んでいた。が、翌年3月には、左岸で14cm、右岸で15cm減とそれぞれ大幅な減少を確認した。冬場の減少から一転、夏場にかけて増加傾向を示し、16年9月になると、15年9月17日によりはヘドロが左岸で3p、右岸で6cmそれぞれ減少を示した。沖館橋で平均1cmの減少、青森工業高校裏では3月までは最大左岸で13cmも減少したが、最終的には平均で1−3p増加した、とばらつきがみられた。


まあ、これらをどう読み取るか、である。3地点の右岸、左岸を見れば6地点のうち4地点でヘドロが減少したことになる。増えたとしても、もしEMを投入していなかったらさらに増加した可能性も否定できない。報告書は、潮位や雨量、それに季節的要因による変動が高いことを指摘しながら、いわゆるEMの効果が裏付けられたか、どうかについては、「明瞭な傾向は確認できなかった」と判断を避けていたのである。一部で顕著な改善はあったことは確かだ。朝日新聞の「顕著な改善は確認できなかった」という記事は、事実と違った。県の担当者も、そういうコメントはしていない、と言い切った。


ところで、長野記者は、水質調査の取材でも電話で済ませていた。報告書の資料要求もしていない。何を根拠に記事を書いたのだろうか。誤って書き飛ばした疑いが浮上してきたのである。過ちなら、すぐに記事は、訂正されねばならない。


■教育的対応をみせた西中の大内校長、保護者会がEMの継続を要望
 次に、EMによる河川の浄化を全校挙げて推進している青森市立西中学校を訪ねた。大内義行校長は、朝日の記事のとばっちりで一時、事情説明に追われた。県内の全校調査も入った。その後、市の教育委員会や県の担当部局は冷静な対応を見せたのは幸いした。保護者会を開いて記事の経緯を説明し、西中学校におけるEMの関わりや河川の投入、環境教育の活動、表彰などを大内校長自ら作成して配布した。


一昨年、赴任した時、この中学の特徴は環境教育の実践で、その要がEMであったことを知り、その継続に迷いはなかった。EMなどでメディアの露出を図っていくことも大事かもしれない、と確信していた。


が、記者が取材にきて、どうぞ、どうぞ、と喜んで取材をしてもらうと思ったら、記者に対応した教師が、「どうも違うみたい。何か、(EMを使うことは)悪いことをしているみたいにいわれた」と表情を曇らせた。いやな予感がした。記事が心配になった。記事がどんなものになるのか、聞いたが、答えてくれなかった。


大内校長は、この機に、きわめて教育的な配慮を見せた。保護者会を開催し、前に述べたように資料を用意して意見を聞いた。今後、EMによる環境教育を進めるべきか、どうか。


うれしいことにねぇ、保護者の大半が継続を訴えてきた。これまでやって子供たちも環境の大切さを体験的に学んでいるんだから、ぜひ、続けてください、と。校長に一任しますという声も届いた。新聞記事なんか、気にすることはない、という励ましも続いた。大内校長は胸がつまった。長くEMを続けよう、という気持ちを強くした。


■西滝川の護岸を歩く
 西中学の生徒らは、家庭での米のとぎ汁でEMの発酵液を培養している。米のとぎ汁は、河川の汚濁の主原因とされるため、家庭の台所から流さずにペットボトルに入れて学校に持ち込んでいるのだ。


培養したEM活性液は、平成12年から近くの西滝川に投入している。当時は、ヘドロと悪臭で最悪の川だった。それが、平成16年ごとには、鮭の遡上が確認されるまでになった。多くの生徒や卒業生が確認して喜んだ。これまでの苦労が報われた思いがした。新聞各紙が、朗報として取り上げた。この成果を子供らも積極的にフォーラムなどで発表した。平成19年8月3日には青森県県土整備部長から「表彰状」を与えられた。



 生徒らのEM投入でヘドロの臭いは消え、鮭が戻った西滝川

その西中の生徒らのEM投入で悪臭が消えたという西滝川の護岸付近を歩いた。確かに、ここも清々しい。臭いなんてない。上流からカモが3羽、川游びに興じながら急流に身を任せていた。のんびりした風景だわ。

川岸をこちら側に歩いてくるご婦人とすれ違った。気さくに話しかけたら、野辺地出身の横浜文子さん(61歳)という。近所に住んで30年になる。年々、ヘドロが消えると同時に悪臭がなくなったことを知っていた。春先にはカモが飛来するし秋には鮭が遡上するようになった。下流では大きな鯉がうようよと泳いでいる、と語った。




横浜さんが続ける。
 EMってどんなか知らねぇけど、生徒らがペットボトルに入ったEMをじゃぶじゃぶ川に流しているのを見てきた。あれはねぇ、環境浄化とかいうけどが、自分たちの川をきれいにしながら、きっと生徒ら自身の心をきれいにしているのだわ。卒業するころには、気持ちのやさしい立派な青年に成長しているものさ。


■青森総局を訪問、長野記者と面談、事実を質した。
 さて、時計をみたら約束の時間が迫っていた。次に訪問したのは、朝日新聞 青森総局である。EM研究機構の比嘉良仁さん、喜屋武尚さんのふたりと一緒に 行った。ぼくは、かれらを誇りに思いました。そのことはまた何かの機会に触 れたいと思う。


朝日新聞では総局長と、長野記者が待ち構えていた。これまで取材したことや、記事の誤りについて質した。長野記者の口から、驚くべき事実の一端が語られた。1時間20分のやり取りのあと、長野記者からはお詫びの言葉はなかった。


総局長は、厳しい顔をしながら、指摘された点を確認したい、と静かに頭を下げた。EM研究機構に青森総局から連絡が入った。近々に、お会いすることになるかもしれない。今回の記事について、どんな対応をみせるのか、そのボタンを掛け違うと、新たな火種になることは確かだ。



 一緒に現地、青森を検証したEM研究機構の喜屋武さん、比嘉さん(右)


■地方記者の矜持
 朝日新聞の地方の総局を訪問するのは、何年振りだろうか。お世話になった朝日の先輩記者の顏が浮かんだ。赴任先の足利で剛腕の林秀起さん、駆け出しの日光時代には潔癖な澤井武次さんにしごかれた。追及する時は、いざという時のために隠し玉を用意しておくものだ。なんでも書いてしまえばよい、というものではない。どこか、相手に逃げ道を用意する必要もある、と、細かく取材のポイントを教えられた。地方記者には地方記者の矜持がある、と知った。
 ※「地方記者の誉れ、朝日の澤井武次記者」


■今年1月に幸畑地区を訪問していた
青森県東青地域県民局は、地名が幸畑とあった。青森市内の幸畑といえば、八甲田山の雪中行軍遭難資料館や陸軍墓地があることで知られる。今年1月6日朝、深夜バスで青森に着いて知人の車で八甲田山の銅像の茶屋を目指した。吹雪の八甲田山が記憶に鮮烈だ。訪れた筒井中も、すぐ近くだった。
◇1月11日:110年目の八甲田死の雪中行軍の真実
◇1月19日:吹雪の八甲田山を征く


■【朝日新聞記者行動基準】
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【著作と引用】
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