巻頭言「日本を主語とした思想潮流を」 水島 総
「しっ、静かに。
君のそばを葬列が通り過ぎてゆく」
ロートレアモン「マルドロールの歌」より
もう、皆が気づき始めている。
全てが変わり始め、
全てが終わり始めていることを。
終わろうとしているのは、戦後日本。
今、断末魔の悲鳴やうめき声をあげて、戦後日本がのたうちまわっている。
しかし、その姿を直視し出来ない人たちがいる。
引き受けられない人たちがいる。
本当のことを言おう。
彼等は、戦後日本が、大好きだったのだ。
あれこれ、文句を言いながら、
本当は、ぬくぬくと温かく、腐臭にまみれた戦後日本を愛していたのだ。
なぜなら、
彼らこそ、戦後日本だったからだ。
自分を愛さない人はいない。
自分を否定する人もいない。
しかし、彼等も本当は気づいている。
まるで、自分たちは阿片患者のようだと。
いつか、阿片に頼らず、
独りで生きられると、本気で思い、
毎日、明日こそはと呟きながら、阿片を吸い続けて来た。
そして、67年が過ぎた。
日々の慰安と快楽が、阿片患者の決意を腐敗させた。
彼等は、阿片患者の哀しみや恥かしさすらも忘れ、
人が人である為、何が必要かも忘れた。
破滅へ向っていることすら忘れた。
彼等は、もはや、阿片患者であることすら、忘れて果てた。
毎日、同じ決意と希望の表明が、
阿片患者の口から繰り返された。
語られた決意は、黒い唾液となり、
語られるみみっちい希望は、腐敗臭の口臭となり、
日本中にばら撒かれた。
彼等は、今日も、腐臭ぷんぷんの希望と決意の寝言を吐きながら、
温室の夢を見続けている。
そして、67年が過ぎた。
しかし、阿片のまどろみの中にいる彼等は気づかない。
ときどき、彼らの罪の意識が、深層から表面に浮かびあがり、
彼等の夢を不安と恐怖の悪夢に変える。
死にそこないのバンパイアのように、
彼等は、弱々しい悲鳴と金切り声を上げ、
黒色の冷や汗を全身から噴出させ、
助けてくれと叫び続ける。
昔、仲間だった阿片中毒者たちよ、
温かで甘い腐敗が進み、君たちの身体を静かに溶解させていく。
もう、眠っていいのだよ。
君たちは眠るべきだ、永遠に眠りへ。
昨日、私たちは戦後日本を安らかに眠らせたいと思った。
戦後日本に美しい死を与えようと思った。
断末魔の戦後日本に、せめて美しいとどめを刺したいと願った。
私たちの目から、温かな液体が溢れ、頬を流れ落ちた。
鏡を見た時、
黒色の涙だとわかった。
それは白いシャツの胸に、黒い滲みとなって拡がっていた。
黒死病告知のように、私たちは彼らに、または私に、
これが夢か幻なのかを問い続ける。
葬列は彼らなのか、私たちなのか。