アスカ・ブライト 〜茜空の軌跡〜 FC

第五章『茜空の軌跡』
第四十六話 風雲グランセル城!

<グランセル地方 エルベ離宮>

エステル達が戦略自衛隊の隊員達を倒して人質にされていた人々の安全を確保すると、残ったリベール軍の兵士達は抵抗を止めた。
やはり兵士達は心からリシャール大佐に従っているわけではないようだ。
さらにロマール池で陽動をしていたクローゼ達も勝利を収めてエルベ離宮へと戻って来ると、兵士達はクローゼを本物のクローディア姫と認め忠誠を誓った。

「クローゼ達が無事で良かったわ」

激しい雨によってずぶ濡れになっていたが、傷一つ無さそうなクローゼの姿に、アスカは胸をなで下ろした。

「思ったよりもたくさんの人達がロマール池の方に向かったから、心配しちゃった」
「私達も諦めそうになったのですが、心強い味方が救援に来て下さいました」

アスカとエステルの言葉にクローゼは穏やかに微笑んで、エルベ離宮の正門の方に顔を向けた。
すると大広間の入口の扉から、懐かしい人影がやって来るのが見えた。

「元気にしてた?」
「シェラ姉!」

シェラザードの姿を見たエステルは、嬉しそうな笑顔となった。

「カシウス先生に言われて黒装束達の動きを追っていたのよ。まさか、リシャール大佐の新設部隊だったとはね」
「関所はリシャールさんの命令で閉じられていたはずなのに、どうして来れたんですか?」
「不本意だけど、あいつのおかげなのよ」

シンジの質問にシェラザードは渋い顔をして答えて、親指で自分の後ろを指差した。

「久しぶりに会えたね、子猫ちゃん達♪」
「うげっ、オリビエ」

オリビエの顔を見たアスカは思い切り嫌そうな声を上げた。

「そんなに感激してくれるなんて、嬉しいね」
「アンタばかぁ!? どこが歓迎しているように見えるのよ」

アスカは怒った顔でオリビエにツッコミを入れた。
シェラザードの話によると、どうやって関所を抜けようかと考えている所に、オリビエが声を掛けて来たらしい。
オリビエは王都の帝国大使館に用事があると兵士達を半ば強引に説得して関所を通過した。

「まあ、私は大人しくこいつの愛人を装うしかなかったわけだけど」
「何なら本当に僕のハニーになってくれても構わないよ?」
「そんな事を言って、もう姫様に興味が移ってしまっているんじゃないの?」
「な、何を言っているんだい、ははは……」

オリビエはシェラザードに図星を突かれて乾いた笑い声を上げた。
そしてアガットとティータも濡れた体をタオルで拭きながら大広間へと入って来た。

「アガットさん、さっきは凄い迫力でしたね」
「そうそう、兵士達が蜘蛛の子を散らすように逃げて行くんだから、あっさりと侵入出来たわ」
「少しやり過ぎちまったな」

シンジとアスカに賞賛されたアガットは満更でもない様子でつぶやいた。

「私もアガットさんが戦っている所を見てみたかったです」
「何を言ってやがる、お前の方が頑張ったんだろう」

アガットはそう言って、ティータの頭を撫でた。
その姿をクローゼは少し羨ましく思って、シンジに声を掛ける。

「あ、あの、シンジさん……」
「どうしたの?」
「い、いえ、何でもありません……」

クローゼは顔を赤くしてうつむいてしまった。
自分も頑張ったから褒めてもらいたいなんて恥ずかしくて言えるはずも無い。
アスカは面白くなさそうな顔で、そんな2人の姿を見つめていた。
エルベ離宮をリシャール大佐達の戦略自衛隊から解放して意気が上がるエステル達の元に、王都の遊撃士協会に居るエルナンから危急を告げる知らせが入る。
なんと戦略自衛隊が王国軍の兵士達をグランセル城から追い出し、完全に制圧してしまったのだ。
逆にアリシア女王が人質にされる可能性が出て来てしまった。

「エステルさん、この場で私からお祖母様の救出を依頼できませんか?」
「もちろんよ」

深刻な顔をして問い掛けるクローゼに、エステルは強くうなずいた。

 

<グランセルの街 遊撃士協会>

グランセルに急いで戻ったエステル・ヨシュア・アスカ・シンジの4人だが、不思議な事に、街には戦略自衛隊の姿は見えなかった。
しかしグランセル城の前には戦略自衛隊の陣が敷かれていて、市民達にも威圧感を与えている。
雨は降り止むどころか風も強くなり、風雲急を告げていた。
街の様子を見て回ったエステル達は遊撃士協会へと戻る。
すると中ではエルナンの他に、熊のような大男が待っていた。
胸に正遊撃士紋章があるので、彼も遊撃士だと思われる。

「えっと、こちらの方は?」

エステルがエルナンに尋ねると、彼はカルバード共和国からやって来た遊撃士、ジン・ヴァセックだと紹介した。

「よろしくな」
「こちらこそ!」

ジンが気さくな笑顔を浮かべて手を差し出すと、エステルも笑顔を浮かべて握手を交わした。

「ジンさんは重大な情報を遊撃士協会にもたらしてくれたのです」

エルナンの話によると、ヴァレリア湖に不時着したエヴァンゲリオン初号機と弐号機がリシャール大佐達の手中に収められた事は共和国の議会にも察知され、戦略自衛隊に関しても不信感が高まっているようだ。
そして議会ではエヴァが配備されてしまう前にリベール王国に侵攻するべきだとの意見まで出ている。
アリシア女王の温厚な人柄は共和国まで知れ渡っており、今まで友好的な関係を築いて来たのだが、軍部が主戦派のリシャール大佐に掌握されたとなれば警戒されるのは必然だった。

「帝国・共和国は大使を通じて戦略自衛隊に対し巨大人型兵器の破棄を求めていますが、まったく応じる気配が無いので苛立っているようです」
「まさに風雲急を告げるって訳ね」

アスカは深刻な顔をしてそうつぶやいた。

「帝国と共和国の軍部はお互いに顔を見合わせている状態ですが、どう転ぶか解りません」
「先に動き出した方が損をするだけですからね」

エルナンとヨシュアの発言を聞いたエステルが慌てて叫ぶ。

「それなら早くリシャールさん達からアリシア様を解放しないと!」
「はい、ですから直ちに救出作戦を実行しなければなりません」

エステルの言葉に同意してうなずいたエルナンは、エルベ離宮に居るクローゼ達と連絡を取った。
クローゼ達の話によると、エルベ離宮の周辺にも戦略自衛隊の隊員の姿はどこにも見当たらなかったらしい。

「もしかして人質をエルベ離宮に集めたのは、陽動目的もあったのかもしれませんね」

エルベ離宮の様子を聞いたエルナンはそんな感想をもらした。

「リシャールさん達は時間稼ぎをしているって事かな?」
「そういえば、アリシア様がグランセル城に至宝が隠されているとか言っていたわね」

シンジがつぶやくと、アスカは気が付いた様に自分の考えを口にした。
2人の言葉を聞いたエステルは笑顔になって楽観的観測を述べる。

「それじゃあリシャールさん達がその宝物を手に入れれば、アリシア様も無事に解放されるかもしれないわね」
「いや、無限導力エンジンを渡してしまったら、それこそ大変な事になってしまう気がするよ」
「ヨシュアさんの言う通りです」

エルナンはエルベ離宮のクローゼと連絡を何度か取った後、再びいくつかのグループに分かれてグランセル城へ潜入する作戦を立てた。
グランセル城は嵐のような天気のせいで、窓なども閉じられていて、白ハヤブサのジークでもアリシア女王と連絡が取れない状態だ。
これではアリシア女王が城のどこに居るか把握する事ができない。
さらにグランセル城にはリシャール大佐を始め、カノーネや謎の傭兵達が居る可能性が極めて高い。
エルベ離宮よりも難度の高いミッションになるのは必然だ。

「やはり今回も数グループに別れて複数のルートから侵入する作戦を採りましょう」
「思ったより平凡ね、エルナンさんなら悪魔の様なえげつない作戦を立てると思ったのに」
「アスカ、そんな事を言っちゃさすがに失礼にも程があるよ」

エルナンの発言を聞いて残念そうにつぶやくアスカを、シンジは困った顔をしながら注意した。
しかしエルナンは気にした様子も無く話を進める。

「はは、華麗に交わされてしまったようだな」

そんなやりとりを見たジンは楽しそうな笑い声を上げた。

 

<グランセルの街 地下水道>

そしてエルベ離宮解放からそれほど時間が経たない間に、グランセル城侵入作戦は開始された。
天候が回復しないうちに作戦を行った方が成功率が高いとエルナンは判断したのだ。
降り続ける雨の影響で、地下水道の流れは激しくなっている。
そんな狭くて危険な通路を、遊撃士協会に居たエステル達は一列になってグランセル城の地下へ向けて進んでいる。
気配を探るのに長けているヨシュアを先頭にエステルがその後ろ、シンジ・アスカが続き、最後尾をジンが固めた。
このルートを選択したのは、用意が良い事に以前からエルナンは地下水道の地図を持っており、クローゼの話により王族に伝わる隠し通路の場所も判明したからだった。

「エルナンさんって真面目そうな感じだけど、意外と裏の顔があったりしてね」
「アスカ、しつこいよ」
「でも、騙されて痛い目を見るよりマシじゃない」

シンジに再び注意を受けたアスカは、口をとがらせて反論した。
そんなアスカに立ち止ったエステルが振り返って優しく声を掛ける。

「知った様な口を利いて、アスカだって人を信じなければ何も始まらないって解っているんでしょう?」
「この作戦はエルナンさんや皆が信頼し合わないと成功しないんだよ」
「アタシはそう言う意味じゃなくて、エルナンさんに辛い過去でもあったのかなって思ったのよ」

エステルとヨシュアの言葉を聞いたアスカは、慌てて首を横に振って言い訳をした。
するとシンジはさらに厳しい顔になってアスカに声を掛ける。

「素性をむやみに探ろうとするのは良くないって、あの時も話したじゃないか」
「そうね、アタシが悪かったわ」

川蝉亭での事を思い出したのか、アスカは前を行くヨシュアの背中の方をチラッと見てから素直に謝った。

「まあ、興味本位で触れられたくない物はあるかもしれんな」

ジンが実感のこもった様子で、そうつぶやいた。
謝ったアスカだったが、ボース地方でリシャール大佐達に会った時、アスカはリシャール大佐達の事を疑いもしなかった事に気が付いた。
いや、情報部と名乗って居た頃のリシャール大佐達は本当に国の事を思っていたから信じられたのかもしれないとアスカは思った。
情報部から戦略自衛隊と名実ともに変わってしまったのは、エヴァンゲリオンを手に入れたからなのだろう。

「やっぱり、エヴァなんて無い方が良かったのよ」
「どうしたの、突然そんな事を言って?」

アスカがポツリとつぶやくと、シンジは不思議そうな顔をして聞き返した。

「リシャールさん達が暴走してしまったのも、強い力を求め過ぎたせいなのかなって」
「そうだな、身に余る力は心を歪ませてしまう。……だから飲み込まれてしまわないように精神面も鍛える必要があると俺の師匠も言っていた」

アスカの言葉を聞いたジンは真剣な顔をしてうなずいた。
エステルは感心したように尋ねる。

「ジンさんは格闘家なの?」
「ああ、泰斗流と言う武術の修行に励んでいる」
「それがどうして遊撃士をやっているわけ?」
「まあ、色々あってな」

つい口から出てしまったアスカの質問に、ジンは顔を反らした。
会話が途切れ、エステル達の間に微妙な空気が流れる。

「話はこれぐらいにして、早く進みましょ」
「そうだね、これ以上リシャール大佐達に時間を与えるわけには行かない」

雰囲気を察したエステルが声を上げると、ヨシュアは同意し、シンジとアスカとジンも続いてうなずき再び歩き始めた。
エステル達の目的は地下水路からグランセル城の倉庫へと侵入し、倉庫の隣の部屋にある正門の開閉装置を動かして城内へ他のメンバーを導き入れる事だった。
固く閉じられている門が開き、守っている戦略自衛隊の隊員達に動揺が広まった時を狙って、アガットや親衛隊の隊員達が正面突破する。
エステル達が成功しなければ他のメンバーも動き出せないのだ。
気合が入ったエステル達は早足で地下水路を進んで行き、自然と隊列は伸びてしまった。

「きゃあっ!」

アスカは近くの水路から水しぶきを上げて出て来たカニの様な魔獣に襲われ、悲鳴を上げた。
激しく流れる水路はエステル達の足音を消してくれるが、近づいて来る敵の気配を探りにくい。
しかし魔獣の中には人間の何倍も視覚や聴覚、嗅覚が優れている者が存在する。
敵は戦略自衛隊だけだと思い込んでいたエステル達は不意を突かれてしまったのだ。

「アスカ!」

悲鳴を聞いたシンジは振り返って背後に出現した魔獣に向かって導力銃を乱射するが、攻撃は魔獣の固い甲羅に跳ね返されて効果は薄かった。
アスカの目の前に現れた魔獣は大きなハサミを振り上げ、ハサミの先に付いた鋭い爪でアスカをなぎ払おうとする!
そんなアスカの危機を救ったのは、後から駆け付けたジンだった。
体格の大きいジンは、アスカを抱え込むように後ろへ引っ張り、魔獣のハサミは大きく空振りをした。
そしてヨシュアの詠唱した導力魔法(オーバルアーツ)によって生じた鋭い風の刃が、魔獣のハサミを巻き込むように切り裂いた。
痛みに魔獣は絶叫を上げ、水路の中へと飛び込むように姿を消して行った。

「た、助かったわ……ありがとう」

アスカは胸をなで下ろしてお礼を言った。

「俺は魔法の詠唱が苦手なんだが、大したものだな」
「いえ、シェラザードさんならもっと早く詠唱出来たかもしれません」

感心して声を掛けたジンにヨシュアは首を振って答えた。
ヨシュアはアスカの悲鳴を聞いた直後から魔法の詠唱を始めたようだ。

(僕は……パニックになって何の役にも立てなかった……)

シンジは、冷静な判断を下せなかった事を後悔した。
ジンとヨシュアが居なかったら、アスカは無事では済まなかったかもしれない。

「どうしたの?」

襲われたアスカよりも真っ青な顔をしていたシンジに、エステルが心配して声を掛けた。

「ううん、何でもないよ」

シンジはすぐに笑顔を作ってエステルにそう答えた。

「ごめん、戦略自衛隊の姿が見えないからって、思いっきり油断していたわ」
「でもどうしてここには戦略自衛隊の人達が誰も居ないんだろうね?」

そのアスカの言葉を聞いて、前の方を歩いていたエステルは不思議そうにつぶやいた。

「魔獣が居たり、大雨で水流が激しかったりしたから見張りを置かなかったのかも」
「こんな天気の悪い日に地下水道に入る事自体、自滅行為よ」

シンジの推測を耳にして、アスカはため息を吐きながらぼやいた。

「だからこそ、こうして意表を突く事ができるのさ。俺の故郷には、断崖絶壁を登ってアジトに奇襲をしたやつも居たな」
「崖を登るなんて、自分が落ちたらただでは済まないのに勇気あるわね」
「文字通り命懸けだね」
「虎穴に入らずんば虎子を得ずだわ」

ジン達の話を聞いていたヨシュアは真剣な顔をしてつぶやく。

「……それにしても誰も巡回していないなんて、おかしい」
「でも、僕達はエルナンさんの作戦を信じて前に進むしかないんだよ」
「そうだね」

ヨシュアはシンジの言葉にうなずいて、また歩き始めた。
待ち伏せされてワナに掛けられるかもしれないが、エステル達には他の作戦を行う時間は残されておらず、このチャンスに懸けるしか無かった。
ときどき出現する魔獣を倒しながら進んで行くと、やがて行き止まりの小部屋へとたどり着いた。

「道を間違えたの?」
「いや、どうやらここに例の隠し通路への入口があるみたいだ」

エステルの質問にそう答えたヨシュアは、クローゼから伝えられた秘密の通路を開ける呪文をつぶやく。
すると何も無かった壁に、王家の紋章が刻まれた両開きの扉が出現した。

「ええっ、どんな仕組みなのよ!?」

アスカが驚きの声を上げた。
シンジもエステルも、目を丸くして現れた扉を見つめていた。

「多分、七耀教会で使われている術で隠されていたんじゃないかな」
「なるほど、王家は代々教会の司教と親しいって話だから、あり得ない事ではないわね」

ヨシュアの推測を聞いて、アスカは納得した様子だった。

「これならきっと、リシャールさん達にも解らないよ」
「そうだね、だから誰も居ないんだ」

エステルが笑顔で言った意見に、シンジも同調した。
隠し通路にはエステル達以外の何者の気配も無く、無事にグランセル城の地下にある倉庫まで行く事が出来た。
ジンは安心した表情で大きく息を吐き出す。

「どうやら、見つからずに来れたようだな」
「やっぱり戦略自衛隊には気が付かれていないみたいね」

静かな倉庫の中を見回して、アスカもそうつぶやいた。

「もしかして、アリシア様が言っていたグランセル城にある至宝も同じ方法で隠されているのかも」
「それなら見つけられないかもしれないわね」

シンジがそう言うと、エステルも楽観的な考えを述べた。
しかしヨシュアは厳しい表情で首を横に振る。

「いや、リシャール大佐達は女王様から何としても呪文を聞き出そうとすると思うよ」
「ああ、なるべく早くお救いにならなければいけない事に変わりは無い」

ジンもヨシュアの意見に強くうなずいた。
エステル達は地下倉庫の南側の階段を駆け上り、門の開閉装置のある兵士達の詰め所へと雪崩れ込んだ。
詰め所に居た戦略自衛隊の3人の隊員達は、突然背後から現れたエステル達に驚きの声を上げる。

「今ごろ気が付いたって、もう遅いわよ!」

エステルはあっと言う間に、戦略自衛隊の隊員を持っていた棒で叩きつけた。
同時にジンも他の隊員を床にねじ伏せていた。
味方がすぐに倒されてぼう然としている残りの隊員の後頭部をヨシュアが殴り付け、エステル達は詰め所の制圧に成功した。
そしてジン達は侵入者に備えて入口を守り、ヨシュアは手早く門を開ける操作をしたのだった。

 

<グランセル城 正門前広場>

重い正門の扉が大きな音を立てて開き始めると、見張っていた戦略自衛隊の隊員達の間に動揺が走った。
そしてそれは、街で待機していたアガット達への攻撃開始の合図でもあった。

「行くぜ、覚悟しろよ!」

切り込み隊長のアガットが大声を張り上げて戦略自衛隊の隊員達に突撃すると、親衛隊達の隊員の他に、リベール王国軍の兵士達も侵攻軍に加勢した。
兵士達が敵に回った事を知った戦略自衛隊の隊員達の間に、さらに混乱が広まった。

「な、何が起こったんですの!?」

驚いたカノーネ士官が謁見の間から出て来て部下を伴って正門に向かうと、そこでは激戦が繰り広げられていた。
何者かが侵入し門の開閉装置を操作したらしいと報告を受けると、カノーネ士官はさらに増援を連れて来るように命じ、侵入者を倒すために詰め所へと乗り込んだ。

「あ、あなた達は!」

エステル達の姿を見て、カノーネ士官は叫んだ。
やって来たのがカノーネ士官だと分かったエステルは、必死な表情で訴えかける。

「カノーネさん、リシャールさんを止めて!」
「私にリシャール様を止めろですって!? ふざけた事を!」

エステルの言葉を聞いたカノーネ士官は怒って言い返した。

「リシャールさんは明らかに間違った方向へ暴走しかけています、それを正すのが副官である貴方の役目では?」
「何ですって!?」

ヨシュアが落ち着いて諭すと、カノーネ士官の目はさらにつり上がった。

「守るべき国民を人質に取るなんて、本末転倒だと思います」
「そうよ、アリシア様を監禁して脅迫するなんてやりすぎよ!」

続いてシンジとアスカがたたみ掛ける様に言うと、カノーネ士官は激昂して叫ぶ。

「リシャール様の理想を実現させるのが私の望み、あなた達に邪魔させるわけにはいきませんわ!」

徹底抗戦の構えを取ったカノーネ士官の姿を見て、ジンは深いため息を吐き出す。

「やれやれ、やはりこうなったか」
「恋は盲目とはこの事ね」

アスカもウンザリとした顔で、そうぼやいた。
2人のトンファーを装備した戦略自衛隊員達と乗り込んで来たカノーネ士官達は、人数においてもエステル達の敵ではないと思われた。
しかしカノーネ士官の銃から放たれた弾が腕をかすめると、エステルは顔をしかめて持っていた棒を落とした。
カノーネ士官の銃弾には痺(しび)れ毒が仕込んであったのだ。
シンジがキュリアの魔法を唱えてエステルの解毒をしたが、思いがけない攻撃にエステル達はひるんだ。
その後もカノーネ士官は、戦術オーブメントのEPを奪う不思議な武器を使いエステル達を苦しめる。
カノーネ士官達は健闘したが多勢に無勢、前衛の戦略自衛隊の隊員2人は倒され、残るはカノーネ士官独りとなった。

「さあ、もう立っているのはアンタだけよ!」
「武器を捨てて、降参しなさい!」

アスカとエステルがカノーネ士官に詰め寄ると、カノーネ士官は血走った目でエステル達をにらみつける。

「小娘共が、調子に乗るなぁっ!」

ドスの利いたカノーネ士官の声が辺りに響き渡った。
驚いて動きを止めたエステル達の隙を突いて、カノーネ士官は詰め所の外へ逃げようとする。
そんなカノーネ士官に、エステル達の反対側から詰め所の入口へやって来たシェラザードのムチが直撃する!

「ぎゃあっ!」

カノーネ士官は叫び声を上げ、気絶して床に倒れ込んだ。
シェラザードはしまったと言う表情になり手で顔を押さえる。

「もの凄い悲鳴だったけど、やり過ぎちゃったかしらね」
「別に構わないわよ、これぐらいしなければ大人しくならなかっただろうし」
「鬼気迫る物があったよね、怒ったアスカの比じゃなかった」
「うるさいわね!」
「痛っ!」

余計な一言をもらしたシンジはアスカのキックを食らってしまった。

「シェラザードさんがここに来れたと言う事は、城の正門は突破できたんですね」
「ええ、作戦の第2段階は成功だわ」

ヨシュアが尋ねると、シェラザードは力強く首を縦に振った。

「それじゃ、早くクローゼ達の所へ行きましょう!」

明るい笑顔でエステルがそう言うと、その場に居たメンバーは大きな声で返事をしてうなずき、女王宮のある空中庭園に向けて走り出した。
エステルとアガット達のグループが正門で陽動した直後、クローゼ達がロマール池にあった戦略自衛隊の小型飛行艇で直接空中庭園に突入する段取りになっている。
そんなエステル達の前に、クローゼ達と共に行動しているはずのジークが鋭い鳴き声を上げながら飛んで来たのだった……。

 

<グランセル城 空中庭園>

エステル達が正門を開けると、慌てたカノーネ士官を始めとする戦略自衛隊の隊員達は城内への侵入を防ぐために1階へと急いで降りて行った。
空中庭園に残って女王宮の見張りを続けていた2人の戦略自衛隊の隊員達は、空を見て驚きの声を上げる。
雷鳴が鳴り響くと同時に、高速で真っ直ぐ近づいて来る戦略自衛隊の小型飛行艇が稲光に映し出されたのだ。
こんな荒れた天気の中を飛行するなど全くの予想外だった。
空中庭園に降り立った小型飛行艇から姿を現したのは、女王親衛隊隊長ユリア、クローゼ、ティータ、オリビエ、そしてシロハヤブサのジークだった。

「女王陛下に対する非礼、許しては置けぬ!」

ユリアが剣を掲げて宣言すると、戦略自衛隊の隊員達は武器を構えて応じた。

「今度は私がお祖母様を助ける番です!」
「行きます!」
「ふっ、レディ達を守るのは紳士として当然の事さ」

クローゼとティータも気合の込められた声でそう叫び、オリビエも続いて銃のトリガーに指を掛けた。

「ジーク!」

クローゼが合図を送ると、シロハヤブサのジークは鳴き声を上げて応えた。

「それっ!」

高速で飛び回るシロハヤブサのジークの動きとオリビエの威嚇射撃に、2人の戦略自衛隊の隊員達は目を回してしまう。
そのチャンスを逃さず、ユリアとクローゼの剣先が喉元を捕らえ、勝負は決まった。
しかしクローゼ達には勝利の余韻に浸っている時間は無い。
戦略自衛隊の隊員達を無力化させたクローゼ達は女王宮の中へと突入した。

「おのれ反逆者共め、神聖なる王宮にまでやって来るとは……!」

クローゼ達を女王宮の中で迎えたのは、デュナン公爵と彼を守るように立っている2人の黒服の傭兵だった。
2人ともカブトで顔は完全に隠れているが、かなりの実力者だと感じさせた。

「何を言う、女王陛下に弓を引く賊はお前達の方ではないか!」

デュナン公爵の言葉を聞いたユリア隊長は声を荒げて叫んだ。

「リシャール大佐達はどこですか?」

姿が見当たらない事に気が付いたクローゼが尋ねると、デュナン公爵は得意気な表情で答える。

「ふふ、やつらなら余から呪文を聞いて地下の遺跡へと至宝を取りに行ったぞ。それを手に入れた余は、世界に名を轟(とどろ)かせる王となるのだ!」
「何と言う事だ……」

ユリア隊長は悔しそうな表情でそうつぶやいた。

「叔父様、あなたはリシャール大佐達に利用されているだけです、目を覚ましてお祖母様を解放して下さい」

クローゼがデュナン公爵に向かって強く訴えかけると、じっとクローゼの顔を見つめたデュナン公爵は驚きの声を上げる。

「お主、クローディアではないか!? 反逆者共とつるんで居るとは、何事だ!」
「悪役は君達の方じゃないのかい?」

オリビエは少し挑発する様に、涼しい顔と軽い口調でデュナン公爵に尋ねた。

「うるさい、次期国王の余に向かってこれ以上無礼な口を利くと許さんぞ!」
「何を言っている、貴様が次の王だと決まったわけではないだろう」

怒ったデュナン公爵がそう言い放つと、ユリア隊長も厳しい表情で反論した。

「ふん、お主らがここに来たのは、まさに飛んで火に入る夏の虫だな」
「まさか姫殿下まで手を出すつもりか?」
「手荒な事はせん、余の決めた相手と結婚させるだけだ」
「そんな、好きでも無い人と結婚だなんて、ひどいです!」

胸を張ってデュナン公爵が宣言すると、ショックを受けたティータが大きな声で言い返した。
するとデュナン公爵は大きなため息をついてティータに言う。

「平民は何も解っておらんな、王族に生まれた者はその身の全てを国に捧げる義務があるのだ」

デュナン公爵の言葉に対して、クローゼはすぐに言い返す事ができなかった。

(そう、私は恋に落ちる事も許されない、たとえ相手の方が私を受け入れてくれたとしても。私、やっぱりアスカさんが羨(うらや)ましいです……)

クローゼは頭の中にシンジ、そしてアスカの姿を思い浮かべ、アスカのライバルになる事すらできない自分の立場に心を痛めた。
黙っていたクローゼに代わり、ユリアが大きな声で怒鳴り返す。

「だからと言って、貴様達が決めるべき事ではないだろう」
「下賤(げせん)の者が口を出す問題では無い!」
「どうやら、話し合いは平行線のようだね」

デュナン公爵の言葉を聞いたオリビエが結論を出すと、黙って話を聞いていた黒服の男傭兵は剣をクローゼ達に向かって突き出す。

「覚悟しろ、俺は相手が女子供でも手加減するつもりは無い」
「私も本気を出そうかしら、信頼できる前衛も居る事だし」

黒服の女傭兵は楽しそうな口調でそう言うと、腰に下げている剣では無く、右手と左手に小型の導力銃を装備して構えた。

「あなた方がどれほど強くても、私達は退くわけには参りません!」

クローゼも負けじと剣を掲げ、凛とした表情で堂々と宣言をした。

「面白い、その信念でこの俺を超えられるか試してみるが良い」

そう言って男傭兵は剣先でクローゼの剣先を軽くはじいた。

「いざ、戦いの火蓋は切られた。始めようか、僕と貴女のワルツを」

髪をかき上げてオリビエも女傭兵に銃の狙いを定めた。
ユリアとティータもクローゼ達を援護するように武器を構え、2人の傭兵達の様子をうかがう。

「良いぞ、早う小生意気なクローディアと反逆者共に目に物を見せてやれ!」

デュナン公爵が高笑いをすると同時に、傭兵達の剣技と銃撃がクローゼ達に襲いかかるのだった……。


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