アスカ・ブライト 〜茜空の軌跡〜 FC

第五章『茜空の軌跡』
第四十三話 ブライト4姉妹メイド遊戯 〜リシャール大佐の誘惑〜

<グランセルの街 エーデル百貨店>

エルナンにメイドに変装するための化粧道具を揃えるのを頼まれたエステル達は、東通りにあるエーデル百貨店へと向かった。
外国製品も陳列されているので、化粧品コーナーだけでもかなりの種類の商品が置かれていた。
するとアスカは目を輝かせて様々な試供品に手を伸ばす。

「どうシンジ、この色は?」
「うーん、どの口紅もアスカに良く似合っているよ」

デートの様な事を始めてしまったアスカとシンジの様子を見て、エステルとヨシュアは困った顔で顔を見合わせる。

「2人とも楽しそうだから、声を掛け辛いわね」
「仕方無い、僕達でエルナンさんに頼まれた物を買おうか」

エルナンは変装に使うための化粧品やアクセサリーなど細かい所までメモで指示していた。
アスカ任せにできないとエルナンは予想していたのだろう。

「でもエルナンさんって何でも知っているのね。あたしはシェラ姉に教えられたけど、すっかり忘れちゃった」
「スニーカーも構わないけど、化粧に少し興味を持った方が良いよ」
「ヨシュアは、あたしがお化粧した方が可愛いと思う?」
「えっ?」

首を傾げてエステルが尋ねると、ヨシュアは目を丸くした。
ヨシュアは目を閉じて化粧をしたエステルの姿を思い浮かべようとするが全然想像が出来ない。

「やっぱりヨシュアは、薄化粧で健康的な方が好みよね」
「うわっ!?」

背後からアスカに声を掛けられたヨシュアは驚いて振り返った。
どうやら観察されていたのは、エステルとヨシュアの方も同じだったようだ。
お互い顔を見合わせて笑ったエステル達は、気を引き締めて買い物へと取り掛かった。
遊撃士協会に戻り、エルナンに帰りが遅かったと指摘されるとアスカは謝る。

「ごめんなさい、王都の百貨店って珍しい物がたくさんあったから」
「事件が解決して女王生誕祭が開かれれば、もっと多くの店が開かれると思いますよ」
「珍しい食べ物の店も増えるかな?」
「エステルって本当に花より団子ね」

目を輝かせるエステルの言葉を聞いて、アスカはウンザリとした顔でため息をついた。

「女王生誕祭でダブルデートが出来る様に頑張って下さいね」
「そ、そんなデートだなんて……」

エルナンがサラリとそう言うと、エステル達は顔を真っ赤にして慌てふためいた。
そしてエステル達は遊撃士協会の2階でメイド姿へと着替えさせられた。
手慣れた様子でヨシュアとシンジに化粧をして行くエルナンに、エステルとアスカは驚きを隠せない。

「エルナンさん、女のあたしより上手いんですけど」
「まさかエルナンさんは女装が趣味だったりしないでしょうね」
「化粧の仕方はシェラザードさんに教わったんですよ」

エルナンの話によると、シェラザードが準遊撃士でグランセル支部に所属していた頃、貴族の屋敷に潜入する仕事があったらしい。
そこでエルナンは素行の荒いシェラザードに試練を与える意味でも、メイドに変装する作戦を立案した。
メイドなど嫌だと文句をダラダラと言って受け入れようとしないシェラザードをかなり強引に説き伏せたため、シェラザードから仕返しを受けた。
シェラザード送別会の一発芸で、今度はエルナンがメイドの格好をさせられる事になってしまったのだ。

「さすがシェラ姉、やられてばかりでは済まないわね」

エステルは感心したようにつぶやいた。
そしてエステル達の顔を知っている人物に目撃されても気付かれにくいように、少しでも外見を変えるために工夫がされた。
エステルは特徴的なツインテールの髪をストレートに降ろした。
アスカはいつもと同じ髪型だから分かりやすいので、カラーコンタクトを入れてエステルと同じ茶色に近い鳶色に瞳を変化させた。
長い黒髪のヘアピースを付けたヨシュアとシンジは、元々同じ黄色に近い琥珀色の瞳をしていたので双子の姉妹の様にそっくりになってしまった。

「凄い……まるでアタシ達、本当の4姉妹みたいね」

メイクの出来栄えの素晴らしさに、アスカは息を飲んだ。

「ヨシュアさんとシンジさんの声も低い女性の声と似ていますし、話をしても大丈夫でしょうね」
「だけど、話し方には気をつけないといけないね」
「それでは、これからメイドとしての作法をお教えしましょう」

ヨシュアの意見にうなずいたエルナンは、メイドになりきるための言葉遣いなどを指導し始めたのだった。

 

<グランセル城 正門>

ヴァレリア湖畔に建てられたグランセル城の美しさは大陸中に知れ渡っており、平時には遠く国外からも観光客が訪れるほどだった。
だが今はリシャール大佐の戦略自衛隊の兵士が門の前に陣取っていて、北通りからやって来た観光客は門前払いを受けていた。
市民や観光客で賑わっていた門前広場は死んだように静まり返っている。
日が暮れかけた街の方から、6人のグループが姿を現した。
先頭を闊歩(かっぽ)するのは、前髪を短く切り揃え独特な髪型の豪華な服を着飾った男性。
その男性の後ろを付かず離れずの距離で歩くのは初老の執事、心なしか疲れた表情をしている。
彼の頭痛の種は後方に居る4人のメイド姿の少女達だろう。

「こ、これはデュナン公爵、お帰りなさいませ」

門の前に立っていた戦略自衛隊の兵士が6人グループの先頭に居るデュナン公爵に声を掛けた。

「デュナン公爵のおなーりー、開門!」

門番の兵士が合図を送ると、閉じられていた分厚い鋼鉄製の何層にもなった城門が大きな音を立てて開いて行った。

「うむ、ご苦労」

デュナン公爵は満足したようにうなずいて、開いた門から城内へと入った。
しかし初老の執事に続いて、後ろについて来ていた4人のメイド姿の少女が平然と城の中に入ろうとすると、門番の兵士はあわてて呼び止める。

「デュナン公爵様、そちらの4人は見送りではないのですか?」
「この娘らは余の連れだ、気にするでない」
「ですが、素性のしれない者を城の中に入れてはならぬとの命令です」

すると、兵士の言葉を聞いたデュナン公爵は顔を真っ赤にして怒り出す。

「この者達は城に仕えるメイドとして相応しいのか、余が直々に審査をしたのだぞ、お前達は余が信用ならぬと言うのか!」
「しかし、リシャール大佐の許可を得ませんと」
「ええいっ、リシャールが何だと言うのだ! リシャールがお前達を罪に問う前に、余がお前達を罰するぞ!」

幼い頃から甘やかされて育ったデュナン公爵は、思い通りに行かないともの凄く機嫌が悪くなる。
だから戦略自衛隊の兵士達もなるべくデュナン公爵の好きにさせろとリシャール大佐に言われていた。
ここで4人のメイドを城に入れても命令違反にはならないだろうと自分達に言い聞かせた門番の兵士は、素直に応じる事にした。

「どうぞ、お通り下さい」

4人のメイド達は軽く頭を下げて会釈をして、城の中へと姿を消した。
その後ろ姿を見送った門番の兵士達は門が閉じるまでの間に疲れた顔でぼやく。

「まったくデュナン公爵のお遊びにも困ったものだ」
「ああ、デュナン公爵の相手を一晩中させられたメイドも居るらしいからな」

門番の言葉は4人のメイド達の耳にギリギリ届いていた。
これからデュナン公爵の部屋へと連れ込まれて何をされるのか。
4人のメイド達は冷汗をかいて、お互いの手をギュッと握り合った。

 

<グランセル城 女王宮 デュナン公爵の部屋>

「まさか、こんなにあっさりと入れてしまうなんて思いもよらなかったわ」

女王宮にあるデュナン公爵の部屋に入ったアスカは小さな声でつぶやいた。
デュナン公爵はアリシア女王の甥(おい)に当たる人物で、アリシア女王の息子夫婦が事故で亡くなってからは女王宮の一室を与えられて暮らしていた。
そしてすっかり自分が次期国王だと思い込んでしまっているようで、最近は嫁探しに励んでいるのだとウワサされている。
エルナンはこのデュナン公爵の奇行に目を付け、街へ遊びに出たデュナン公爵に声を掛けて、エステル達4人を紹介したのだ。
王国各地を遊び歩いていたデュナン公爵は、リシャール大佐によって城に留まっているように言われて退屈していた。
城に仕えて居たメイドが辞めて行く事に頭を悩ませていたデュナン公爵は、エルナンの提案に大喜びで応じた。

「ほれほれ、そんな入口に立って居ないで、もっと近う寄れ」
「は、はいっ!」

ソファに腰掛けたデュナン公爵が手招きすると、エステルが返事をして、ゆっくりとデュナン公爵に近づいた。

「ふふっ、今夜は楽しめそうではないか」

デュナン公爵が上機嫌でつぶやくと、エステル達に悪寒が走った。

「さあさあ、そちは用意を致せ」
「かしこまりました」

初老の執事とデュナン公爵のやりとりを聞いたエステル達は震え上がった。
そしてヨシュアとシンジは、デュナン公爵がエステルとアスカに手を出そうとしたら全力で阻止すると心に誓い、エステルとアスカの手を握り締めた。
騒ぎを起こしてしまったら作戦が台無しになってしまう事は承知していたが、ヨシュアとシンジにとってはエステルとアスカの方が大陸の運命より大事なのだ。
しかし初老の執事が用意したのはベッドでは無く、大理石のテーブルの上に置かれたゲーム盤だった。

「これは『モノポリー』と言うゲームでな、片田舎のロレントから出て来たお前達は知らないだろうが、貴族の間で流行っている遊びなのだ」
「は、はあ、そうですか……」

これからゲームで遊ぶのだと知ると、エステル達は脱力して返事をした。

「まあ、ルールを知らずとも問題無い、余がお前達に手ほどきをしてやろう、有難く思え!」

デュナン公爵は上機嫌で宣言すると、ゲームの開始を宣言した。
モノポリーは簡単に言えばお金を稼ぐ目的の双六(すごろく)で、慣れているデュナン公爵は上位でゲームを進めていた。
何しろ自分が有利になるようにエステル達にルールを教え、自分が不利になる事は黙っていたのである。
しかし負けず嫌いのアスカはルールを覚えると、デュナン公爵に逆襲を始めた。
サイコロの目もアスカに味方し、デュナン公爵はゲームオーバーになり負けてしまった。

「まあ、ざっとこんなものよ!」

デュナン公爵のお金をほとんど奪い取ったアスカは、誇らしげに言い放った。

「お、おのれ……余が負けるなど、あり得ん!」

顔を真っ赤にして怒ったデュナン公爵は、ゲーム盤をひっくり返してしまった。

「ちょっと、何をするのよ!」

アスカが言い返してもデュナン公爵の耳には入っていないようで、暴れ続けるデュナン公爵を初老の執事がなだめる。

「勝敗は兵家の常ですぞ。坊ちゃまは相手が少女なので、油断召されていたのでしょう」
「そ、そうだ! 余は油断をしていただけなのだ、本気を出せば負けるはずは無い」

デュナン公爵の言葉にうなずきながら、初老の執事はアスカに視線を送った。
次のゲームではデュナン公爵を勝たせてやれ、と言う事だろう。
そして次のゲームはエステル達は団結してデュナン公爵を持ち上げる展開になった。
どうやらデュナン公爵は真剣勝負を望む気持ちは欠片もないらしく、ただ勝てれば楽しいらしい。

「どうだ、余の実力に恐れ入ったか!」
「参りました、流石(さすが)デュナン公爵でございますわ」

アスカが頭を下げると、デュナン公爵はすっかり機嫌を直したようだ。
その後もデュナン公爵はワガママな要求を突き付け、エステル達を困らせた。
デュナン公爵は漫画にもかなりはまっていて、コスチュームプレイをせがんで来た。
このままではヨシュアとシンジが胸に詰め物をして女装をしている事がバレてしまう。
しかし、そんなエステル達のピンチを救ったのは部屋に入って来た、高貴なドレスを身に付けた老婦人だった。

「こ、これは叔母上」

デュナン公爵があわてて頭を下げた。
と言う事は、この老婦人がアリシア女王なのだろう。

「貴方は王族であり、人々の模範を示さねばならぬ身。城に戻って来たと思ったら、城に仕えるメイドに迷惑をかけて遊んでばかり。恥ずかしいとは思わないのですか」
「叔母上、これは王妃に迎えるにふさわしい女性を探すためでして、決して遊んでいるわけでは……」
「その前に己の内面を磨きなさい、でなければ妻を娶(めと)る資格などありません」

ビシッとデュナン公爵をしかりつけるアリシア女王の凛とした姿に、エステル達は感心した。

「貴方達には甥のワガママでご迷惑をお掛けしましたね」
「いえ、そんな……」

アリシア女王に謝られて、エステルは戸惑った表情でそう答えた。

「せめてもの償いとして、私の部屋でお茶をご馳走したいと思います。どうですか?」

思ってもみなかったチャンスの到来に、エステル達に笑顔が広がる。

「はい、ありがとうございます」
「待て、お前達は余のメイドなのだぞ!」
「貴方はしばらく部屋で大人しく勉強をして居なさい」

デュナン公爵が引き止めようとすると、アリシア女王は再びデュナン公爵をしかりつけた。
何も言い返す事が出来ず、黙り込んでしまったデュナン公爵を後にして、エステル達はアリシア女王の私室へと向かうのだった。

 

<グランセル城 女王宮 アリシア女王の部屋>

調和の取れたインテリアで統一されたアリシア女王の部屋は、デュナン公爵の部屋と空気までもが違っているように感じられた。

「さあ、お入りなさい」
「失礼します」

アリシア女王に促されたエステル達は、失礼の無いように緊張しながらアリシア女王の部屋へと足を踏み入れた。

「あの、あたし達は……」

エステルが自分達の正体を明かそうとすると、アリシア女王はそれを手で制する。

「貴方はカシウスさんの娘のエステルさんですね」
「えっ、あたしの事を御存じなんですか?」

自分の名前を言い当てられたエステルは驚いて尋ね返した。

「ええ、カシウスさんが軍に居た頃は国難を救って頂きました。モルガン将軍の邸宅で貴方と会った事もあるのですよ」
「すみません、すっかり忘れていました」
「無理もありません、あなたはまだ幼かったのですから」

アリシア女王とエステルが打ち解けた雰囲気になったので、アスカ達も固くなり過ぎずに自己紹介が出来た。
ヨシュアとシンジが女装してメイドになっている事を知らされると、アリシア女王は少し驚いた表情になった。

「このような失礼な姿で申し訳ありません、こうしないと女王様にお目通りが叶わなかったので」
「リシャール大佐はテロリスト対策の口実で、私に人払いをしているようですね」

ヨシュアが非礼を詫びると、アリシア女王は事情は分かっていると落ち着いた様子で答えた。
そしてアリシア女王はエステル達に椅子に座る様に勧め、自分も腰掛け、わざわざ変装をしてまで自分に会いに来た用件を尋ねた。
エステルがアリシア女王にエリカ博士の書いたノートの切れ端を渡し、アスカが中心になって、リシャール大佐達がヴァレリア湖に不時着した巨大人型兵器を起動させるための研究が本格的に始まった事などを説明した。
アリシア王女は話を聞き終わると、疲れた表情になり深々とため息を吐き出し、部屋全体が重苦しい沈黙に包まれる。

「まさかリシャール大佐が、自分の意に従わない親衛隊をテロリスト扱いをしてまで排除しようとするなどとは思ってもみませんでした」
「きっとエヴァンゲリオンが手に入ったからですね」

シンジの考えにアリシア女王はうなずく。

「親衛隊とその旗艦アルセイユは『百日戦役』で帝国に辛勝した後、空軍戦力の重要性をカシウスさんによって気付かされた私達が作った切り札です。ですが、カシウスさんは軍を去ってしまいました」

アリシア女王がそう言うと、エステルの表情が辛そうなものに変化した。
『百日戦役』とは、10年ほど前に帝国が突然リベール王国に宣戦布告して侵略した事件。
帝国軍は圧倒的な陸軍で国境のハーケン門を打ち破り、電撃戦でボース地方とロレント地方を占領し、王都に迫った。
しかしそこでカシウスはツァイス地方のレイストン要塞から警備艇を出撃させ、後方から攻撃し王国の奥深くに侵攻した帝国軍の補給と連絡を絶った。
リベール軍は孤立して混乱した帝国軍を各個撃破していったのだが、終戦直後のロレントの街で悲劇が起きた。
追いつめられた帝国軍の残党が、ロレントの街の中心にある時計台を砲撃したのだ。
最悪のタイミングで時計台の側に居たエステルは、時計台の崩落に巻き込まれてしまった。
だが母親のレナが自分の命を犠牲にしてエステルをガレキから守り、エステルは奇跡的に無傷で助かった。
自分が立てた作戦が愛する妻を死に追いやったと後悔したカシウスは、今度は自分の娘を側に居て守れるように遊撃士の道を選んだのだった。

「あたしが、帝国の兵士の姿を見たいって好奇心で時計台にさえ行かなければ……」
「エステル、自分を責めるのは止めなさいよ。未来を見つめて進んで行くって、あたし達は誓ったじゃない」

泣きそうな顔になったエステルの手を、アスカが握って慰めた。

「全ては帝国の侵攻を止められなかった私の不徳の致すところです、貴方は悪くありません」

アリシア女王はエステルに向かってそう言って頭を下げた。

「顔を上げてください王女様、起きてしまった事はもう仕方がありません、それよりも新たな戦争を防ぐ努力して下さい、あたしの様に悲しい思いをする人達をさらに増やさないために」

エステルが毅然とした表情になってアリシア女王に告げると、アリシア女王は深くうなずいた。

「私は戦争を止めるのは軍事力だけで成し得るのではなく、互いに相手を信頼し合うための外交努力も必要だと思い、生誕祭で帝国・共和国との不戦条約を提唱しようと準備を進めて来ました。ところが、リシャール大佐が反対して来たのです」
「リシャール大佐があの巨大人型兵器を手に入れたからですね」

ヨシュアの言葉にアリシア女王がうなずいた。

「エリカ博士によると、リシャール大佐達は『スーパーソレノイド機関』と呼ばれる無限動力エンジンについて研究をしているようです」

エステルから渡された、エリカ博士のノートの切れ端に目を通したアリシア女王は、エステル達にその内容を話した。

「多分、あの巨大人型兵器の動力源に使われるんでしょうね」

ヨシュアの意見にアスカとシンジも心の中で同意した。
エヴァンゲリオンはアンビリカルケーブルで電気を供給されなければフル充電でも内部電源は3分ぐらいしか持たない。
前述の山猫号の導力エンジンの例にあるように、導力オーブメントも万能ではなく、エネルギーを消費した後はメンテナンスをしてチャージしなければならないのだ。

「だけど、エネルギーが無限に湧いて来るエンジンなんてあるのかな?」
「そんなの、見た事無いわね」

エステルの疑問の声に、アスカも同調した。
しかしアリシア女王は真剣な表情でゆっくりと口を開く。

「古くからの伝承にある『七の至宝』ならば、無限のエネルギーを産み出す事は可能なのかもしれません」
「七耀教会の授業で習いましたけど、それは伝説じゃないんですか?」

シンジが尋ねると、アリシア女王は否定して首を横に振る。

「このグランセル城は七の至宝の1つ、『輝く環』を封印するために建てられたと言う話が、王族の間で密かに伝えられて来たのです」
「ええっ!?」

アリシア王女が言うと、エステル達は大きな驚きの声を上げた。

「リシャール大佐がどこでその情報をつかんだのかは分かりませんが、親衛隊を王都から追い出したのはグランセル城に隠された至宝が目当てなのかもしれません」
「それなら、ますますリシャール大佐の計画を止めないといけないわね」

エステルはそう言って、拳を握りしめた。

「アタシ達は女王様の力を借りるために来たんです」
「女王様がリシャール大佐を糾弾する声明を出してくれれば、汚名を被らされて隠れている親衛隊の人達も出て来れるはずです」

アスカとシンジがアリシア女王に訴えかけると、アリシア女王はゆっくりと首を縦に振る。

「解りました、ですがその前に貴方達に依頼したい事があります」

アリシア女王の依頼とは、モルガン将軍の孫娘のリアンヌを始めとする王国軍の将軍・兵士の肉親の救出だった。
今の状態でアリシア女王がリシャール大佐の企みを暴いても、肉親を人質にされているのではリシャール大佐達を裏切るのは難しい。
エステル達は進んでその依頼を引き受けた。
そしてアリシア女王は、自分の孫娘であるクローディア姫とも連絡が取れず、リシャール大佐に捕らえられている可能性がある事を話した。

「私は国を治める者として肉親の事で心を動かされてはならないのですが、クローディアは私の大切な家族。よろしくお願いします」
「はい、クローディア姫の事はお任せ下さい」

エステル達はアリシア女王に返事をしてアリシア女王の部屋を出た。

 

<グランセル城 談話室>

デュナン公爵には適当にごまかしておくとアリシア女王に言われたエステル達は、デュナン公爵の世話役の初老の執事に案内されて城を立ち去る事になった。
しかし、空中庭園の出口にリシャール大佐が立っている事に気がつくと、エステル達の顔は真っ青になった。
さりげなく通り過ぎようしたが、リシャール大佐は見通しているような笑みを浮かべてエステルに話し掛ける。

「やあエステル君、こんな所で会うとは面白い偶然だね」
「そ、そうですね」

エステルは引きつった笑顔を浮かべて答えた。

「女王陛下とお会いしていたようだが、どんな話をしていたのかな?」
「そ、その、父さんやあたしの小さい頃の思い出話を……」
「ほう、そんな事を話すためにわざわざメイドに変装してまで城に潜入するとはね」

リシャール大佐に見つめられたエステルは、蛇ににらまれたカエルの様にダラダラと冷汗を流した。

「それなら、私も君達と話したい事があるのだが、少し時間を貰えないか?」

突然リシャール大佐が提案すると、エステル達は驚いた。
誘いを断る事もできるのだが、エステル達は迷って顔を見合わせる。

「分かりました、少しだけなら」
「ありがとう」

ヨシュアが応じると、リシャール大佐はエステル達は自分が送って行くと言い、初老の執事をデュナン公爵の元に帰らせ、談話室へとエステル達を案内した。
談話室に着くと、リシャール大佐は単刀直入に話を切り出す。

「エステル君の方からも、カシウス殿に軍に戻ってくれるように説得してはくれないか?」
「だけど父さんは、自分で遊撃士の道を選んだと思うし……」
「そうか、この国難を知ればカシウス殿も再び我らに力を貸して頂けると思ったのだが、そうも行かないみたいでね」

エステルが渋ると、リシャール大佐は心底ガッカリした表情でため息を吐き出した。

「リシャールさんは自分達の力で何とかしようとは思わないんですか?」
「残念な事だが、リベール王国の戦力では帝国軍には太刀打ちできないのだよ。しかも、頼みの綱である親衛隊は反乱を起こしてしまっている」

(それは、アンタの陰謀じゃないの!)

ヨシュアの質問に苦悩した顔で答えるリシャール大佐をアスカはにらみつけた。

「でも僕は帝国との戦争も終わって、平和なんだから軍事力を強化する必要なんて無いと思うんですけど」
「帝国とは停戦状態にあるだけだ。女王陛下は不戦条約を結ぼうと提唱なさっているようだが、いつ帝国に裏切られるか分かったものではない」

シンジが控えめな表情で意見を言うと、リシャール大佐は怒りをあらわにした。

「相手を信じる事から始めなきゃ、仲良くなんてなれないんじゃない?」
「大事な物を奪われて後悔してからでは遅い、そうは思わないか」

リシャール大佐の言葉が胸に突き刺さったのか、エステル達は辛そうな表情になった。

「……そもそも、百日戦役が起きたのも帝国内の開戦派がリベール王国の部隊に変装し、王国との国境付近にあった村の1つを滅ぼした事が始まりだった」
「戦争を始めたいからって、そんなひどい事をするなんて!」

ショックを受けたエステルは真っ青な顔になった。

「聞かせて下さい、どうしてその事実を知っておきながら、リベール王国の方から帝国の悪事を世界に向かって訴えかけないのですか?」
「侵攻部隊がやられたとは言え、帝国の軍事力は依然として我々を上回っていた。だから停戦の条件として、その村は山火事によって滅んだ事にする偽装工作に同意させられたのだ」

ヨシュアの質問にリシャール大佐が答えると、エステル達の心の中で怒りの感情が一気に燃え上がるのを感じた。

「憎き帝国を打ち倒すためにも、君達も戦略自衛隊の同士になってくれないだろうか」

リシャール大佐の意見に、帝国に対する怒りに駆られたエステルとアスカとヨシュアは同意する。

「そうね、そんなやつらは許しちゃ置けないわ!」
「ええ、情け容赦は無用よ!」
「……みんなダメだよ、そんな悪事に加担しちゃ!」

しかしシンジの大きな叫び声がそれを引き止めた。
エステル達が驚いて正気に返り、目を閉じて叫んだシンジを見つめる。

「帝国に酷い事をされたからって、帝国に酷い事をやり返したら、自分も帝国と同じになっちゃうじゃないか……」
「シンジ……」

辛そうに涙声で訴えるシンジにすっかり毒気を抜かれたアスカが、シンジに優しい声を掛けた。

「ありがとう、シンジのおかげで僕も挑発に乗らずに済んだよ」

ヨシュアもシンジに向かってお礼を言った。
リシャール大佐はガッカリしてため息を吐き出す。

「どうやら振られてしまったようだな」
「当たり前じゃない、お姫様を人質にとって女王様を脅迫する様なやつに、誰が協力するって言うのよ!」
「おや、やはり女王陛下とは昔話だけではなかったようだね」

失言をしまった、とアスカは思わず口を手で押さえた。
リシャール大佐から情報を引き出す事に成功したが、こちらの情報も相手にもらしてしまったのだ。

「だが誤解をしないで欲しい、我々は姫殿下を誘拐などして居ない」
「ふん、アンタがウソをついているかもしれないじゃないの」

アスカはリシャール大佐に疑いの眼差しを向けた。

「私の方からも、姫の安否確認を君達に依頼したいぐらいだよ」

話し合いが物別れに終わると、リシャール大佐はそのままエステル達を正門まで送り届けた。

「では、またデュナン公爵のお相手をして頂けると助かる」
「誰が来るもんですか!」

リシャール大佐とアスカのやりとりを見た門番の兵士達は、デュナン公爵はまたメイドに振られたな、と苦笑した。
何とか無事に虎口を脱出したエステル達は、遊撃士協会への帰り道を急ぐ。
そのエステル達の胸の中には、リシャール大佐の野望を止めると言う静かな闘志が燃えていた。


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