サンドイッチ! 〜キョンはハルヒに3度恋をする〜
第一話 SOSクラブ結成! 〜涼宮ハルヒの約束〜


俺とハルヒが出会ったのは忘れもしない、小学4年の新学期だった。
いつものように教室で谷口や国木田達とくだらない話をしながら朝のホームルームまでの時間を過ごしていると、担任がこの学校で見た事無い女子を連れて来た。

「宮西市からやって来た、涼宮ハルヒです! みんな、よろしくね!」

物怖じせずに右手を突き出して笑顔満面でハルヒがおこなった元気なあいさつは、俺を含めてクラスのやつらを驚かせた。
宮西市と言えば、俺達の居るこの春日市よりかなり西の方だ。
俺達はこの時、西の方のやつらはみんな明るく話好きな性格なのかと誤解していた。
転校生とは得てして注目されやすいものだが、明るく話しかけやすい印象を持っていたハルヒはすぐにクラスメイトと打ち解けていた。
谷口もハルヒと話すのに夢中になってしまったやつの1人で、俺と国木田は少し冷めた感じで遠巻きにハルヒを見つめていた。
俺も正直ハルヒが嫌いなわけでは無かったが、積極的に話し掛ける程では無いと自分に言い聞かせていたんだ。

しかし俺に、思ったよりも早くハルヒと直接言葉を交わす機会が訪れた。
谷口達と遊んだ後の帰り道、俺の家の近くの川辺で遊んでいる頭に黄色いリボンを付けた同級生の女子――涼宮ハルヒを見かけたのだ。
ハルヒは俺に気が付いていないようだから、俺はそのまま無視して家に帰ってもよかったんだが……ハルヒに声を掛けてしまった。

「おい、そんな所で何してるんだ?」
「何となくフラフラしてたのよ」

暦の上では4月になったとは言え、日の暮れかけた川の水は冷たい。
だから俺はお節介にもハルヒに忠告してやった。

「もうこんな時間だし、早く帰らないと親に怒られるぞ?」
「別に良いのよ、親父もお袋も夜遅くまで帰って来ないし」

ハルヒの顔に悲しみが差したのを見た俺は、言ってしまった事を後悔した。
そうか、転校初日でそんな親しい友達が出来たわけでもないハルヒは独りで時間を潰していたのか。

「よかったら、俺の家に遊びに来るか?」
「え、いいの? ありがとう、キョン!」

俺は3重の意味で驚いた。
1つは、俺が女子を家に誘ってしまった事。
もう1つは、ハルヒが笑うと結構可愛い事。
さらにもう1つは、ハルヒが俺の名前を知っていた事だ。

「だって、谷口がそう言っていたからよ」

まあ、今さら名前で呼ばれても変な感じがするからな。
俺はハルヒにキョンと呼ばせる事を許可した。

「こんにちわ、お邪魔します」

玄関に入って顔を合わせるなり礼儀正しくあいさつをするハルヒに、お袋も感心していた。
意外だったな、教室での態度とはまるで違う。
そして俺は階段を登りハルヒを自分の部屋へと案内しようとした。

「こっちの部屋は?」
「妹の部屋だ」

妹の部屋からは話し声が聞こえて来る。
玄関にあった靴は、ミヨキチのものだったか。
ミヨキチと言うのは、妹のもっとも親しい友達で、妹と同学年の小学校一年生だ。
この時間まで家に居るって事は、俺がまた送ってやらなくちゃいけないのか。
邪魔しちゃ悪いと通り過ぎようとした俺達だったが、妹の方からドアを開けて顔を出して来た。

「あっ、キョン君! そのお姉ちゃん、誰?」
「初めまして妹ちゃん、あたしは今日、キョンの学校に転校して来た涼宮ハルヒよ!」

俺が答える前にハルヒは笑顔になって妹に向かって手を差し出した。
妹もハルヒの手を握り返し、すぐに打ち解けてしまったようだ。
俺の家に来てそれほど時間が経たないうちに、俺はミヨキチを送らなくてはいけない事もあり、ハルヒも家に帰る事になった。
妹を含めて4人で行った帰り道、ミヨキチの家の前で、俺はハルヒとも別れた。

「じゃあねキョン、また明日!」
「ハルにゃん、とっても嬉しそうだったね」
「そうだな」

俺は妹の言葉にそう答えた。
別に俺はひねくれものと言うわけではないから、誰かに感謝されるのは悪い気はしない。
ましてや、なかなか可愛い女子となればなおさらだ。
しかしいきなりハルヒとの距離が縮んでしまったのだから、明日からもハルヒに振り回されるのかと思いやられた。



その予想は当たり、次の日からハルヒは教室でも放課後も、俺を引っ張り回すようになった。
ハルヒは他のやつらとも友達になれたんだから、別に俺とつるむ必要は無いと思うんだが。

「なあハルヒ、お前はどのクラブに入るんだ?」

小学校の高学年ともなると、放課後はどこかのクラブに入る事を強制される。
運動神経も抜群のハルヒは様々なクラブから引っ張りだこだった。

「キョン、あんたは何のクラブに入る予定なの?」
「卓球クラブ辺りかな」
「はっきりしないわね」

俺とハルヒが話している間にも、ハルヒを自分のクラブに誘おうとするやつらがやって来る。
ハルヒは返事は保留として置きながら、授業中も「うーん」とうなって悩んでいる様子だった。

「まあ、それなら担任に頼んでクラブの掛け持ちをしたらどうだ?」
「何かそれだと、巣の無い渡り鳥みたいな感じがして嫌なのよね」
「まあ仕方が無いじゃないか、俺はとりあえず卓球クラブに入るから、お前は適当にクラブを掛け持ちすれば……」
「悔しい、こうなったら作るしかないわ!」
「な、何をだ?」
「あたし達の新クラブよ!」

ハルヒは握り拳を天に突き上げてそう宣言した。
あたし“達”って事は……俺も?

「決まっているじゃない、職員室に行って新クラブの設立の許可をもらうのよ!」

ハルヒにしっかりと腕を捕まれた俺は逃げようがなかった。
そして職員室に乗り込んだハルヒは教師達に、やりたい事を自由に出来るクラブを作りたいと告げた。
だが教師達はハルヒの話を聞いて、渋い表情になる。
しっかりとした活動目的が決まっていないクラブの設立は認められないと言うのだ。
過去に似たような活動内容のクラブは存在したが、ただやりたい事を話し合うのに活動時間を取られ、グダグダと何もしないクラブになってしまったらしい。

「あたし達は違います、活動する内容は前もって話し合いで決めておきますから!」

ハルヒの熱意に担任が折れ、ハルヒに新クラブを設立するための申請書を渡した。

「あ、ありがとうございます!」

驚いた俺もハルヒの隣で頭を下げて、職員室を退出した。

「さあて、家に帰ったらさっそく新クラブの名称を考えないとね!」
「おい、俺の意見は?」
「キョンをビックリさせてやるから、楽しみに待ってなさい!」

学校からの帰り道、ハルヒは満面の笑顔でそう言うと、手を振って俺と別れた。
まあ、今夜は独りでもハルヒは家で寂しさを感じる事は無いだろう。



そして次の日、ハルヒは職員室の教師達の前で新クラブの名称を発表した。
『スクールライフを
 おおいに楽しむための
 新クラブ――
 略して“SOSクラブ”』だ。
名称と活動内容を聞いた担任は大いに感動して、顧問を引き受けるとまで言って来た。
部員が2人だけでは足りないと言う他の教師の意見も担任がはね退け、やる気があるのなら問題は無いと『SOSクラブ』の設立を認めたのだった。
それから俺とハルヒは授業の間の休み時間や昼休みを使って部員の勧誘を開始するが、具体的な活動内容が決まっていないクラブに対して周囲の反応はかんばしく無い。

「こうなったら、あたし達の活動内容を周囲に知らしめる必要がありそうね」

結局部員は集まらず、俺とハルヒは2人だけでSOSクラブの活動を開始する事になる。
SOSクラブの活動初期は他のクラブに参加すると言うクラブの掛け持ちとほとんど変わらないものだった。
ハルヒは陸上クラブではエース顔負けの早さで走り、料理クラブでは家庭科の教師に勝るとも劣らない腕前を披露する。
さらに卓球の腕には多少自信があった俺もハルヒの前では霞んでしまい、助っ人として呼ばれるのは主にハルヒで俺はおまけのようなものだった。
まあ、俺はそれでも構わなかったけどな。
その努力が実を結んだのか、しばらくして同級生の古泉、長門、そして上級生の朝比奈さんがSOSクラブに入部してくれたのだ。
人数が増えた事で、SOSクラブ独自の活動も本格化する。
今俺達がやっている七夕の短冊飾りを作るイベントも、ハルヒの提案によって行われたものだ。
もうクラブの正式名称も、
『シーズン毎の行事を
 オンタイムに
 しめやかに行うクラブ』
に変えた方が良いんじゃないかと俺は心の中で思った。
クラブ活動費で買って来た立派な笹に、飾り付けをして短冊を吊るす。
ハルヒの部長命令により吊るす短冊は1人1枚ずつ。
どんな願いを書くか悩んでいる俺とは対照的に、ハルヒは迷いの無い様子で短冊を書いた。

「何て書いたんだ?」
「これからもずっとSOSクラブのみんなと一緒に居られますようにって」
「それには俺も含まれているのか?」
「もちろん、そうに決まっているじゃない、あたしとキョンが居てのSOSクラブなんだから!」

それじゃあ俺もSOSクラブに在籍する事を願うか。
また来年、別の願い事を書けば良いだろうしな。



しかし織姫と彦星は俺達の望みを叶えてはくれなかったらしい。
親父の転勤で今度は俺が遠くへ転校する事になってしまった。
ハルヒと会えなくなる事を知ってから初めて、俺はハルヒに恋をしていたんだなと自覚した。
ミヨキチから聞いた人の住んでいない不気味な洋館に肝試しに行ったり、
(妹とミヨキチは小学1年だったのでさすが連れて行かなかったが)
海に泳ぎに行って危うく流されそうになった事もある。
(競争を持ち掛けたり、俺を助けたのもハルヒだった)
俺は学校以外でもハルヒと長く一緒に居て、ハルヒと過ごす事が当たり前になってしまっていたんだ。
別れる時、ハルヒは涙が枯れるんじゃないかと思うほど泣きじゃくる。

「キョン、離れていても、あたしとあんたはずっとSOSクラブのメンバーなんだからね!」

そう言葉を交わしても、お互いの体の距離が遠くなれば、心の距離が開いてしまうのはありふれた話だ。
ハルヒの笑顔を側で見れないとなると、胸の傷が大きくなるだけだ。
だから俺は転校先でもハルヒ達からの電話に出たり、メールの返信はしなかった。
ハルヒはそのうち俺なんかの事なんて忘れちまって、笑顔で楽しく毎日を過ごしているんだろう。
だがそれは俺の愚かな思い込みに過ぎなかった。



それは3年後、俺が中2になってハルヒと再会した時に身をもって思い知る事になる。
ナイフを振り回して襲ってくるハルヒの姿に、俺は命の危険を感じた……。


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