「・・・好きなんだ・・・塔矢のこと・・・」 それは、あまりにか細い声だったので、ボクの耳を通り脳で認識するのに多少の時間が必要だった。 「・・・えっ?進藤、今なんて?」 聞き返したボクは、真っ赤な顔をして俯いている進藤に、 (ああ・・・・進藤はボクの事を好きだと言ったんだ) と、認識したのだった。 しかし、ボクにとって進藤はあくまでライバルで、失礼だが異性として意識した事はなかった。 その進藤が、普通の少女のように顔を赤らめてボクに告白している。ボクは少しだけ進藤に失望した。 -------海王中学。 「・・・あの・・・私、塔矢くんの事、好きなんです」 頬を染めて告白する彼女を見ても全く心を動かされる事はない。話もしないボクのどこが好きなのか皆目見当も付かないので、逆に「ボクのどこが好きなのですか?」と質問を返したくなるのをグッと堪えて、いつもの通り、ボクはお決まりの台詞を吐く。 「・・・申し訳ありませんが、今は囲碁に集中したいので、誰ともお付き合いするつもりはありません」 「そ・・・そうですよね。でも、どうしても自分の気持ちを伝えたかったんです。聞いてくれて、ありがとう」 泣き笑いの表情を浮かべた少女は、制服のスカートを翻してボクの前から去った。顔も名前も知らない、いや、覚えられなかった少女と進藤の姿がダブッて見えた。 なぜか苦い気持を抱えて教室入ると、男子生徒達がどのクラスの女生徒が好みだと会話をしている。 女生徒も同様だった。 恋愛事に興味のないボクは鞄を手にすると、教室を後にした。 進藤が手合いに戻って来て数ヶ月。 何かを悩んで、碁を止めると宣言した進藤が戻って来て、一番嬉しかったのはボクだ。 「・・・進藤」 嫉妬・恐怖・激怒・羨望・失望・・・。 進藤は、ボク自身すら気付かなかった感情を随分掘り出してくれたが、 --------恋愛感情。 こればかりは予想だにしなかった。 碁界は厳しい世界だ、まだ低段なのに恋愛に時間を割くのは無駄だと思っているボクにとって、進藤からの告白ははっきり言って迷惑だった。 「・・・囲碁だけでは駄目なのか?進藤」 進藤の告白に対して、「・・・少し、待ってくれないか」とボクは曖昧な言葉でその場を凌いだ。先程の女生徒と同じようにハッキリ断れなかったのは、進藤と打てなくなるのが本位ではない打算からだ。 卑怯な行為だったと自分でも自覚しているが、本当に少し待って欲しかったのも事実だった。 「・・・ハッキリ断れなかったのは、君がボクにとって特別だからだ」 囲碁を打つ相手として、こんなに高揚させてくれる相手は進藤しか居ない。進藤と対局する時間はボクにとってかけがえのない物だ。 だが、そんな進藤と恋人関係を始めたいと聞かれれば・・・。 否なのだ。 「・・・今度はボクが悩むのか」 拒否出来ないのに、受け入れてもやれない。 こんな状態が長く続く筈がない。 結果的にボクは進藤ヒカルという存在を失うだろう。 そう遠くない未来に・・・。 翌日、進藤は自分の告白がなかったかのような態度で碁会所を訪れた。 だが、ふとした瞬間にボクを不安気に見詰めるのだ。 その眼差しに気付きながらも、ボクは黙殺した。 「なんだか最近、進藤くんと喧嘩しないのね。いい傾向だと思うけど、ちょっと物足りないかな」 市河さんが棋譜を並べるボクにお茶を出しながら、呟いた。 「・・・・・・」 原因は分っている。ボクが返事をしないからだ。 例え進藤の気持ちを拒否しても、彼女にはそれを受け入れる度量があると思うのだ。 だが、当分はギクシャクとした関係になるだろう。 それが嫌だった。 この理由を市河さんが知ったら、ボクの評価は急降下だろう。 『そういう状態は、一番残酷な行為よ、アキラくん』と、腰に手を当てて怒るだろう。 どうして突然一方的に気持ちを打ち明けられた者の戸惑いは、考慮されないのだろうか。 恋愛感情という気持ちは、ボクには重すぎる。 沈思するボクに、市河さんは殊更明るい声で、「復帰後の進藤くんは可愛くなったわよね、そう思わないアキラくん」と言った。 顔の造作なんて囲碁をやる上で関係と思っていたボクは、進藤に対する一般評価に驚いた。 ------進藤が可愛い? 「進藤は・・・可愛いですか?」 「そうよ、以前は子供子供していて頬もふっくらしてたけど、顔つきもシャープになって女の子らしくなったわよ。アキラくんと並んでも男友達に間違えられないくらいにはね」 「・・・進藤が可愛い?」 「恋でもしているのかも・・・ね、ホラよく言うでしょ。女は恋をすると綺麗になるって、アキラくんもうかうかしてられないわよ」 ------その相手はボクなんです・・・とは、口が裂けても言えない。 「・・・ボクは恋愛している時間は・・・」 「あら、恋愛に割く時間も作れないのは、本当に相手を好きじゃないからよ。不自由こそ幸せっていう女の幸せもあるのよ、アキラくんには分らないかな〜」 「え・・・・ええ」 「女って、結婚すると、どうしても旦那中心・子供中心の生活になっちゃうでしょ。自分の時間も取れなくて大変だわ、でも幸せっていう矛盾した幸せもあるのよね〜。まっ、女性のタイプにもよるけどね」 「そうですか・・・」 「好きな相手が出来て、一番欲しいのは、相手と過ごす時間なのよ」 「相手と過ごす時間が一番・・・欲しいものですか」 「好きでもなきゃ、余程の打算がない限り、相手と会わないものよ。古い言葉だけどアッシーくんだったり貢くんだったりしてね」 ------打算。 市河さんの言葉にボクはドキッとした。まるで、今の自分の気持ちを遠まわしに責めているように聞こえたからだ。 ボクが進藤に対して真剣に考えるようになったのは、これがきっかけだった。 ◇◆◇ 進藤と海王中の女生徒を比較してみる。 「・・・駄目だ」 どの女生徒も進藤とは比べ物にならない。 いや、顔も名前も覚えていない同級生と、進藤を比べるボクの神経の方がおかしいのだろう。 そんなボクの耳に、 「一組も相沢って可愛いよな〜、付き合いてぇ」 以前なら耳を素通りしていただろう彼等の会話なのに、今のボクは問いかけずにはいられなかった。 「キミ・・・」 「えっ?・・・って塔矢?!」 「ど・・・どうした・・・塔矢、何の用だ?」 同級生AとBが、驚愕の表情でボクを見上げている。 「いえ、すみません。あの・・・ちょっと聞きたい事があるんですが、よろしいでしょうか?」 「あ・・・ああ」 ボクは誰それと付き合いたいと言っていたAに視線を向けると、 「・・・付き合いたという気持ちはどこから来るのでしょうか?」 「・・・へっ?」 「ですから・・・いま、あなたは〈名前を覚えていない〉誰それの事を可愛いと言い、付き合いたいと言っていましたから」 「・・・ただ、可愛いから付き合いたいって思っただけだけど・・・」 「可愛いと付き合うのですか?」 「そりゃ、付き合うなら、可愛い子の方がいいに決まってる」 「・・・そうですか、それがあなたの基準ですか」 「ちょ・・・ちょっと待てよ、それじゃ、オレが相手の外見だけ見る男みたいじゃねえか」 「宮下・・・お前が顔って言ったんだぞ」 同級生Aは宮下・・・と言う名字なのか。 「うるさいっ。いいか塔矢。顔が可愛いいのが良いってのは、男の哀しい性だ。だがな、やっぱり一緒に居て欲しいって思う相手が一番だぜ」 「一緒に居て欲しい・・・・相手・・・」 「そうそう、一緒に居て苦痛な相手だと長く続かないって・・・本当・・・辛かったぜ」 「・・・経験者ですか。それは辛かったでしょうね」 「そうなんだよ〜、最初は猫かぶって本性隠しててさ、付き合った途端、束縛するわ詮索するわ、で電話されるのも苦痛になってさ、着信拒否しちゃったぜ、オレ。自然消滅させるのに半年は掛かった・・・って何、告白してんだよ、オレはっ!!」 「お前、サイテー」 「木下、てめえっ!」 同級生Bは木下・・・と言う名字なのか。 「質問を変えますが・・・宮下さんは異性のどこに魅力を感じますか?」 「おい・・・街頭インタビューかよ」 「いえ・・・・分らないもので」 「あっオレは、髪の長い女の子が好きだな、こう髪をかきあげる仕草って色っぽいよな」 「木下さんは・・・長い髪ですか・・・」 周りの女性は全てショートカットだった為に、ボクはその仕草がイメージ出来ない。 「オレは足・・・ミニ・スカートとかから見えてる足を見ると感じちゃうんだよね。カモシカのような足って言うだろ。でも、カモシカって足太いよな、なんで美脚をカモシカのような足って言うんだ?納得出来ないぜ」 「・・・・足ですか・・・」 「ヘンタイ〜!!足フェチ」 「適度の太さがいいんだよっ、ただ細いだけじゃ駄目だって」 そう言えば、進藤がスカートを履いたのをボクは見た事がなかった。ボクは足か髪かで白熱した議論を交わす級友を暫く観察していたが、 〈・・・ひょっとして、進藤にスカートを履かせて、足を見せて貰えば進藤の事を女性として意識出来るのだろうか〉 結論付けた。 「ありがとうございました。充分参考になりましたので失礼します」 「・・・参考になった?」 「今の会話のどこが?」 「はい、とても参考になりました」 「・・・塔矢アキラ・・・お前って計り知れない男だな」 「どういう思考回路してんだ?」 「失礼します」 「あ・・・ああ」 「また明日な・・・」 呆然としたと同級生達を残して、ボクは教室を後にした。 無料配布本として加筆修正したので、リンクを切っていました(^^; 過去の小説って視点がコロコロ変わってて恥ずかしいです〜 |