Tottori City News Letter   
とっとり市報2011年12月
    

復旧復興に向けて
伝えたい、 郡山市の現在(いま)を。



 11月3日(文化の日)、姉妹都市・福島県郡山市の原正夫市長が鳥取市を訪問。わらべ館で開催された郡山市長特別講演会で「東日本大震災・郡山市の状況について」をテーマに講演され、本市が行った支援に感謝とお礼を述べられるとともに、復興にかける思いを熱く語られました。
 また、さわやかな秋晴れの下開催された「第34回鳥取市木のまつり」に設置した姉妹都市コーナーで、郡山市の特産品などのトップセールスをされました。
原 正夫(はら まさお) 郡山市長

               
鳥取市からの支援に感謝とお礼

 郡山市は平成17年に鳥取市と姉妹都市提携を締結。東日本大震災の発生時、鳥取市からは、全国に先駆けて、給水車両や職員を派遣、物資や見舞金など物心両面で支えていただきました。また、鳥取市民のみなさまからも震災直後の炊き出しや、多額の義援金などの温かいご支援をいただき、これらの官民を挙げた活動に対し、郡山市民を代表し感謝とお礼を申し上げます。
鳥取市水道局の給水活動

放射線問題の克服に向けて

 東日本大震災時の郡山市の震度は6弱。残念なことに死者1人、重傷2人、軽傷2人の人的被害が発生しました。建物被害は全壊が約2400件、半壊が約1万5000件と福島県内では件数が多く、道路や河川の護岸などの損壊は約2700件、断水戸数は約3万7000戸、約9万7000人に影響が及びました。
 とりわけ、東京電力福島第一原子力発電所の事故による放射線問題は深刻で、地震や水害からの復旧復興は、計画を立てて進めれば形となっていきますが、放射線は目に見えず臭いもない。今の線量が将来どういう影響を及ぼすのか、誰も分からないことを非常に懸念しています。
 持参した携帯用の放射線測定器でこの会場の放射線量を測定しますと、毎時0・14マイクロシーベルトです。ちなみにこの数値は、自然界に通常存在する放射線量で、現在の郡山合同庁舎の線量は0・82マイクロシーベルトです。

 このような中、郡山市は全国に先駆けて小中学校の校庭の表土除去を独自の判断で行い、校庭の放射線量を下げました。現在、放射線量が高い小中学校での除染が終了し、教室内の放射線量が鳥取市内の学校と同じレベルにまで下がっています。
 また、郡山医師会などと連携し、外で遊べない子どもたちの心のケアを行う事業や、放射線量の低い地区で林間学校を開くなど、子どもたちの安全安心を最優先とした取り組みを行っています。
校庭の表土除去作業

市庁舎は必要な防災拠点

 郡山市庁舎は、東日本大震災で被災し全く使用できなくなったため、震災直後、近くの開成山野球場に災害対策本部を設置し執務を継続。開成山公園周辺は、災害時に避難場所として機能する広域防災拠点となるよう、2年前に改修工事を終えたばかりです。防災上の機能強化を図ったトイレや自家発電装置など、万が一を想定して整備した施設が今回とても役に立ち、このような形で使用することになるとは思ってもいませんでした。
 現在、使用不能となった市役所本庁舎に代わり、周辺の公共施設に機能を分散させて執務を行っています。郡山市民のみなさまには大変な不便をお掛けしていますが、今年度末には仮庁舎が完成する予定です。
 なお、震災直後、市内に105カ所開設し、約1万人の避難者を受け入れた避難所は、避難された人が帰宅あるいは仮設住宅へ移られたため、6月に閉鎖しました。

避難所となった開成山野球場


将来のために最良の選択を

 私は市庁舎被災の経験から、鳥取市の庁舎新築移転問題にも触れさせていただきたいと思います。
 まず、自治体の庁舎建設に国の補助金は出ません。鳥取市は合併特例債が使えるのだから、大いに利用すべきです。郡山市には庁舎の建て替えができる場所がなく、行政サービスの低下が懸念される中、庁舎を新築する時間的余裕もありません。加えて、建て替え費用も全額が市の負担となるなど郡山市と鳥取市とでは条件が異なりますが、現在、鳥取市が進められようとしている移転新築は、鳥取市の将来のために最良の選択だと思います。
 最終的には市民のみなさんが決めることですが、いざという時に災害対策本部となる市庁舎を整備しておくことは、市民生活に必要不可欠なことです。


元気な郡山を全国へ発信

 現在、郡山市は、元気な郡山を全国に向けて発信するため、全国各地の観光物産展などでPR活動を行っています。今回、鳥取市民のみなさんに、現在の郡山市の状況をご報告できたことをとてもうれしく思っています。
 復興に向け、これからも元気な郡山を発信していきますので、今後も引き続きご支援を賜りますようお願い申し上げます。
 講演会には、郡山市とゆかりのある団体のほか、震災時に郡山市を支援した市民や団体、市職員など約80人が参加。震災後いち早く炊き出しの支援を行った、有限会社むらかみ代表の村上亜由美さんは、「飲食を扱う者として、放射線問題に苦しむ郡山の生産者を心配している。これからも可能な限り郡山の特産品・食材を扱っていきたいし、1日も早い復興を願っている」とエールを送られました。※講演内容を要約して掲載しています。

「第34回鳥取市木のまつり」で特産の「薄皮饅頭」をセールス

郡山市との交流のあゆみ
 1880年から1887年(明治13年〜20年)にかけて安積開拓(不毛の地であった安積原野を開拓する国営事業)のため、旧鳥取藩士族67戸270人余りが広谷原(現郡山市喜久田町)に移住し、苦労の末、困難を極めた開拓事業を成し遂げました。その後、移住に関する両市の調査・研究や、移住者子孫と鳥取市民の交流などが続いています。


問い合わせ先
本庁舎総務課
TEL:0857-20-3102



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