アスカ・ブライト 〜茜空の軌跡〜 FC
第一章『父、旅立つ』
第十五話 ナイトメア 〜アスカの悪夢再び〜
<ロレント地方 翡翠の塔>
武器を構えたエステル達が屋上へ近づくと、柱の陰から人影が飛び出す!
「お金は渡しますから、命は助けて下さい! この通りお願いします!」
凄い勢いで頭をペコペコと下げるローブを着た男性に、エステル達はぼう然として毒気をすっかり抜かれてしまった。
エステルは笑顔に戻って男性に声を掛ける。
「驚かせてごめんなさい、あたし達は遊撃士なの」
エステルがそう言って準遊撃士の紋章を見せると、男性は安心して大きく息を吐き出す。
「ビックリさせないで下さいよ、旅人を狙った強盗かなと思っちゃいました」
「ヨシュアが殺気を感じるなんて言うから……」
アスカはあきれたような顔でヨシュアをにらみつけた。
「ごめん、僕の勘違いだったみたいだ」
ヨシュアは小さな声で謝った。
そんなヨシュアの様子を見たエステルがヨシュアに声を掛ける。
「ヨシュア、顔が青いよ、大丈夫?」
「エステルには隠せないか、屋上に上がってから寒い感じがして気分も悪いんだ」
シンジもヨシュアの言葉を聞いて心配して声を掛ける。
「風邪を引いたの?」
「それはいけませんね、風邪薬を差し上げましょう」
男性は薬瓶を懐から取り出すとヨシュアに手渡した。
薬瓶には七耀教会の印が刻まれている。
「あなたは七耀教会の方ですか?」
「あ、自己紹介が遅れましたね。私は考古学を研究しているアルバと申します。ヨシュアさんの言う通り、私は七耀教会に籍を置いていた事があるんですよ」
「それじゃあ、神父さんだったの?」
「ええ、ですが教会の命で遺跡を探索しているうちに遺跡の抱えるロマンに魅せられてしまいまして。学院の方へ転職してしまったわけなのです」
男性がアルバ教授と名乗ると、アスカは憧れの瞳でアルバ教授を見つめているようにシンジには思えた。
「おーい、俺達はもう屋上に出て大丈夫なのか?」
「あっ、ナイアルさん達が居たんだ」
階段からエステル達がアルバ教授と話す様子を見ていたナイアルが大きな声でエステル達を呼ぶと、エステルは慌ててナイアルとドロシーを屋上へ招き入れた。
アルバ教授の素性を聞いたナイアルは感心した様子でため息をつく。
「それにしても、魔獣が住みついているこの塔を1人で登ってしまうなんて、あんた度胸あるな。そこらの遊撃士より強いんじゃないか?」
ナイアルの皮肉めいた言い方に、アスカはムッとした顔になった。
「いえいえ、私は学院の方から、陽炎(かげろう)のクオーツがセットされた戦術オーブメントを借り受けていますから」
アルバ教授は謙遜して自分の装備している戦術オーブメントを見せた。
アスカとシンジは興味津々に目を輝かせて食い入るようにアルバ教授の戦術オーブメントを見る。
「何か、凄そうなクオーツばかりね」
「うん、僕達が見た事の無いものばかりだ」
「陽炎(かげろう)のクオーツを装備しているとですね、魔獣にかなり見つかりにくくなるんですよ」
「だからって、1人で魔獣のたくさん居る遺跡に入るなんて無茶よ。そう言う時の護衛のためにあたし達遊撃士が居るんだからね」
「はい、今度から考えておきます」
アルバ教授はエステルに柔和な笑みを浮かべてそう答えた。
「それで、アルバ教授はどうして1人で屋上に居たの?」
「あの装置を調べに来たのですよ」
エステルの質問にアルバ教授は屋上にある大きな装置のようなものを指差した。
「おっ、あんたもあの装置を調べに来たのか。それで何か解ったのか?」
「いいえ、新たに判明した事実はありませんでした」
「そうか、じゃあ大した記事にはならないな」
ナイアルの質問にアルバ教授がそう答えると、ナイアルはガッカリとした感じでうなだれた。
「この装置って何なの? 大きなオーブメント仕掛けのように見えるけど」
「これはこの塔が作られた古代ゼムリア時代から塔の屋上に設置されている装置のようですね。この翡翠の塔の他の3本の塔の屋上にも同様の装置が設置されているとの報告がなされていますが、ここを含めて全ての装置は機能を停止しているようです。最近動いた形跡もありません」
「そうなんだ」
「ええ、動かす方法が分かればいいのですが」
アスカは装置に興味を持ったのか、アルバ教授と話し込んでいた。
そんな2人の様子をシンジは下がってじっと見つめていた。
「よーし、まずロレント全体を見下ろすような写真を1枚撮っておいてくれ、後はお前の感性に任せる」
「はーい、分かりました」
ドロシーはナイアルの言葉に嬉しそうに答えて、カメラで写真を撮り始めた。
そしてナイアルはタバコをふかしていた。
一方、エステルは顔色の悪いヨシュアの側にずっとついていた。
「エステル、僕はここで休んでいるから大丈夫だよ」
「ヨシュアは無理して強がるから、心配なのよ。その薬を飲んだ方がいいんじゃない? せっかく貰ったんだし」
「そうだね、気分が悪いのが治らなかったら飲んでみるよ」
自分を気遣うエステルの言葉に、ヨシュアは笑顔で答えた。
エステル達はしばらく屋上に滞在し、ドロシーが写真を撮り終えるのを待っていた。
ドロシーは嬉しそうに写真を撮っている。
「ナイアル先輩、良い写真がいっぱい撮れましたよ!」
「おーし、それじゃあそろそろ帰るか」
ドロシーの言葉を聞いて、ナイアルはそう言った。
アスカも装置を熱心に調べていたアルバ教授に声を掛ける。
「アルバ教授も帰りましょ」
「え、私もですか?」
「1人で危険な所へ置いておくわけにもいかないし」
アスカに言われても、アルバ教授は帰るのを渋っている。
「じゃあせめて、この装置の写真を撮っては頂けませんか?」
「お安い御用です!」
アルバ教授に頼まれて、ドロシーは張り切って装置を撮影した。
<ロレントの街 遊撃士協会>
エステル達がロレントの街に帰って来た頃には、すっかり夕方になっていた。
遊撃士協会で依頼の達成の報告を行ったエステル達。
そして、遊撃士協会に居合わせたシェラザードがナイアルに尋ねる。
「どうでした、この子達の働きぶりは?」
「まあ、正直期待して居なかったんだが、なかなかのもんだったぜ」
ナイアルにほめられて、エステル達は驚いた表情になった。
「意外ね、ナイアルさんが正直にほめてくれるなんて」
「調子に乗るなよ、新米にしてはなかなかやる方だって言ったんだ。お前らなんざ、そこの《銀閃》シェラザードに比べればまだまだだ」
「分かっているわよ」
エステルはナイアルの言葉にほおを膨らませて答えた。
「それじゃあ、俺達はこの辺で失礼するぜ、ホテルで取材結果をまとめなくちゃならないからな」
「私は工房に行って写真を現像しますね」
ナイアルとドロシーはエステル達に別れを告げて去って行った。
「では、私も失礼します」
「今度は1人で遺跡なんかに行っちゃダメよ」
「はは、分かりました」
「本当に反省しているのかなあ」
エステルは去って行ったアルバ教授の姿を見送ってそうつぶやいた。
「シェラザードさん、次の依頼は何ですか?」
「どうやら、今回の依頼でカシウス先生の代理の依頼は全て終わったみたいね。私もちょうど先生から引き継いだ依頼をこなしたみたいだし、のんびりできそうだわ」
ヨシュアの質問に答えたシェラザードは大きく伸びをした。
「何か、退屈しちゃうな」
エステルはつまらなそうにため息をついた。
「きっと細かい仕事はたくさんあると思うよ」
「そういえばヨシュア、気分は良くなったの?」
「うん、心配をかけてごめんね」
エステルの言葉にヨシュアは笑顔で答えた。
「じゃあ今夜はアーベントで思いっきり飲むわよ!」
「えーっ、シェラ姉ったら酔うと絡むから嫌なのよ、ねえアスカ?」
エステルに声を掛けられたアスカは顔を伏せたまま答えなかった。
先程からアスカがいつもに比べて静かすぎる事にエステル達は気が付いた。
「アスカ、調子が悪いの?」
シンジが心配してアスカに声を掛けた。
「うん、さっきから気分が悪くなって来たのよ」
寒気も感じているのかアスカは肩をすぼめて腕を手でさすっていた。
「風邪を引いちゃったのかな」
「じゃあ、この薬は君が飲みなよ」
シンジの言葉を聞いたヨシュアはそう言ってアスカにアルバ教授から受け取った薬を渡した。
「シェラザードさん、アスカの体調が悪そうなので今日はこれで失礼します」
「そう言うことであれば仕方無いわね」
シンジがそう言うと、シェラザードは残念そうに息を吐き出した。
「アスカ、しっかり休んで体調を回復させるのよ」
「うん」
シェラザードの言葉にアスカは答え、エステル達はアスカを気遣いながら家へと帰るのだった。
家へ帰宅したアスカは、夕食を済ませた後に家事をエステル達に代わってもらって、アルバ教授の薬を飲み、エステルの部屋のベッドで早めに眠る事にした。
ベッドに横になったアスカの気分の悪さはさらに強まり、アスカは胸が押しつぶされるような重苦しい気持ちになり、意識を夢の中へと落とした……。
<第三新東京市 市街地>
目を覚ましたアスカは、
自分が見覚えのある第三新東京市の街の中に立っている事に気が付いた。
「アタシ達、戻って来れたの?」
アスカは一緒にリベール王国に飛ばされたはずのシンジの姿を探すが、シンジの姿は無い。
「もしかして、シンジとは離れて飛ばされたのかしら」
アスカは自分の服装を見ると、第壱中学校の制服を着ている事に気が付いた。
鞄を開けると、携帯電話も中に入っていた。
シンジの無事を確認しようと、アスカは電話を掛ける。
しかし、シンジの電話は通じなかった。
もしかして、自分だけが第三新東京市に戻って来たのでは?
シンジとは二度と会う事は出来ないのでは?
そんな不安がアスカの胸の中に芽生える。
「仕方無いわね、とりあえずネルフに戻らないと……」
このままじっとしていると不安に飲み込まれてしまうと感じたアスカは、ミサトの番号へと電話を掛けた。
「アスカ、あなたなの?」
電話口のミサトはかなり驚いている様子だった。
「ええ、心配かけてごめんなさい。今、第三新東京市の街の中に居るわ」
「シンジ君は一緒じゃないの?」
「うん、アタシ1人だけ」
「そう……それじゃ迎えの者を寄こすから、そこで待っていてくれる? 今は手が離せないのよ」
ミサトにそう言われたアスカは胸に痛みを感じた。
どうして、ミサト自身が迎えに来てくれないのだろう。
自分はミサトにとって家族ではなかったのか?
ミサトが感激して来てくれると思ったアスカは、軽い失望をした。
自分より用事の方を優先された事に悲しみを感じたからだ。
しかし、本当に外せない大事な用事があるのかもしれない。
それならば、自分の思っている事は子供のわがままだとアスカは自分に言い聞かせ、ミサトに対していじけてしまった自分を恥じた。
アスカが待っていると、やって来たのは1台の普通の乗用車。
運転手しか乗っておらず、アスカを護衛していたネルフの諜報部員達の姿も見当たらない。
そしてネルフ本部に到着すると再会したミサト達ネルフのスタッフから喜びの声が上がる。
自分の無事を喜んでもらえて、アスカは胸が熱くなる思いがした。
しかし、ネルフの総司令である碇ゲンドウから辞令を告げられると、アスカはショックを受けた。
『セカンドチルドレン 惣流・アスカ・ラングレーをパイロットから解任する』との事だった。
アスカとシンジが使徒に飲み込まれて姿を消した後、ドイツからエヴァ伍号機とフィフスチルドレンである渚カヲルがパイロットして送られて来たのだと言う。
しかも、エヴァ伍号機と渚カヲルのシンクロ率はアスカと弐号機より数段上。
アスカにはネルフが自分を冷遇していた理由がやっとわかった。
ネルフにおける自分の存在価値が無くなってしまったのだ。
「アスカ、使徒との戦いは私達に任せて、ドイツのお母さんの所へ帰りなさい」
ミサトは優しい心遣いのつもりで提案したのだろうが、アスカは首を振って拒否する。
ドイツへ戻ってしまったら、シンジとの繋がりが完全に消えてしまう予感がしたのだ。
「嫌よ、アタシは日本に残りたいの」
「どうして、もうあなたはエヴァのパイロットではないのよ?」
アスカはミサトの服をつかんで懇願する。
「お願い、アタシをミサトの家に置いてよ。料理、掃除に洗濯、何でもするから、ワガママ言ってミサトを困らせないから!」
ミサトは困った顔をしてアスカを見つめていたが、必死に頼み込むアスカに、ついにミサトの方が折れる。
「分かったわ、司令には私が許可をとって置くわ。今日はとりあえず、家へ帰りなさい」
「ダンケ、ミサト!」
アスカは笑顔になって発令所を飛び出した。
懐かしいコンフォート17にある葛城家を思い出し、胸は高なっていた。
しかし、ネルフの連絡通路でファーストチルドレンである綾波レイ、一緒に居るフィフスチルドレンの渚カヲルの姿を見かけると胸が痛んだ。
レイとカヲルはパイロット同士仲が良さそうに話しながら歩いていた。
アスカは冷たい態度をレイに対してとり続けていた事を思い出し、今さら声を掛ける事も出来ずに隠れるようにこそこそとレイ達の側から離れて行った。
葛城家に戻ったアスカは自分の部屋のベッドに戻ると、大声を上げて泣き始める。
「どうして、こうなっちゃったのよ! 悪い夢なら覚めてよ!」
アスカはシンジ、エステル、ヨシュア、カシウスの名前を呼び続けた。
するとアスカの耳に、エステルが自分を呼んでいる声が聞こえて来た。
そのエステルの声はだんだんと大きくなり、アスカの頭の中に響いて行く。
そしてアスカの意識はエステルの声に飲み込まれて行った……。
<ロレント地方 ブライト家 エステルの部屋>
「アスカ、アスカっ!」
アスカが目を開くと、必死にアスカの名前を呼びながらアスカの体を揺さぶっているエステルの姿が目に入った。
「あれ、アタシどうしたんだろう……」
「よかった……」
エステルはホッとしたように胸に手を当てて息を吐き出した。
部屋の中を見回すと、シンジとヨシュアも心配してアスカの側に来ていたようだった。
「寝ていたアスカがうなされていて、起こしてもなかなか起きないから、とっても心配したのよ」
「アスカの目が覚めて本当に良かったよ」
シンジも額にかいた冷汗をぬぐいながらそうつぶやいた。
「よかった、アタシは独りじゃなかったんだ……」
アスカはそう言って、瞳を潤ませた。
「アスカ、どこか痛いの?」
「ううん、ホッとしたら涙が出て来ちゃった」
シンジに尋ねられて、アスカは首を横に振ってそう答えた。
「もう大丈夫みたいだね」
「アスカ、お休み」
安心したヨシュアとシンジはアスカにあいさつをして部屋を出て行った。
2人きりになった所で、エステルはアスカにそっと尋ねる。
「……またあの夢を見たの?」
「ううん、あの夢とは違う夢。でも、悪夢だったわ」
「そっか、でもこうすればもう大丈夫だよね」
エステルはアスカを抱き寄せて一緒のベッドで眠る事にした。
アスカもエステルも14歳の頃に比べて体格も大きくなっていて少し窮屈さを感じるようになったのだが、アスカは安心して眠れた。
そして次の日の朝、アスカは体も心も元気一杯に回復したのだった。