アスカ・ブライト 〜茜空の軌跡〜 FC
第一章『父、旅立つ』
第十四話 トラブル・メーカー
<ロレントの街 遊撃士協会>
エステル達が遊撃士協会に戻ると、シェラザードが少し不機嫌な顔で待ち受けている。
「あんた達、鉱山から戻って来るのにずいぶんと時間が掛かったみたいじゃない」
「えっ……どうして分かったの?」
エステルは驚いた顔でシェラザードに聞き返した。
「鉱夫さん達からお礼の声が届いた時はあんた達を褒めてあげようと思ったけど……寄り道はしないで帰って来なさいね」
「はーい、ごめんなさい」
シェラザードが顔をしかめてそう言うと、エステルは気落ちした様子で謝った。
「まったく、エステルがお菓子に釣られるからよ」
「紅茶に釣られたのはアスカも同じじゃないか」
苛立たしげにそうつぶやくアスカをシンジがたしなめた。
するとアスカはますます怒りを増幅させる。
「何よシンジだって、あの娘を見つめてデレデレしてたじゃない」
「だからそれは違うって」
「やっぱり、シンジはジョゼットの事が好きなんだ」
エステルが笑顔でそう言うと、シェラザードは訳が分からないと言った顔で疑問の声を上げる。
「ジョゼット?」
「さっき市長邸で知り合った子で、シンジが一目惚れしちゃったらしいのよ」
「話をこれ以上ややこしくしないでよ」
アスカの言葉にシンジはウンザリとした様子でそうつぶやいた。
シェラザードは怒鳴り散らすアスカを黙らせるようにピシャリと手を叩く。
「いい加減にケンカは止めなさい。カシウス先生の代理の依頼はまだあるんだからね」
「次の依頼は何ですか?」
ヨシュアがシェラザードに尋ねた。
シェラザードの話によると、リベール通信の記者達の取材協力をすると言う依頼で、危険な場所にも行くため腕の立つ遊撃士を希望しているようだ。
「僕達にカシウスさんの代わりは務まるのかな」
「何を言ってるのよ、護衛の依頼ならたった今こなして来たばかりじゃない」
弱気になるシンジに対して、アスカは自信たっぷりに堂々と言い放った。
「でも、あの時は鉱夫さん達に手伝ってもらったんだよ」
「護衛する対象に守ってもらうなんて、あなた達も遊撃士としてまだまだって事よ」
シンジの言葉にシェラザードはニヤつきながらアスカを見つめるのだった。
依頼人であるリベール通信社の記者達はロレントの街のホテルに泊まっていると言う。
具体的な依頼内容は記者達から直接聞いて欲しいとの事で、エステル達はホテルへと向かった。
エステル達がホテルのフロント係に泊まっているリベール通信社の記者達について尋ねると、2人とも外出中だった。
「どうしようか、ジョゼットの部屋で記者さん達の帰りを待っている?」
「エステル、しつこいよ」
シンジはウンザリとした顔でエステルに言い返した。
すると、ホテルのフロント係は思い出したように記者のうちの1人が酒場に行っていると話した。
「それじゃ、さっさと酒場に行くわよ」
「ジョゼットとは会って行かないの?」
エステルがそう言うと、アスカは鋭い目つきでシンジをにらみつけ、シンジは慌て出す。
「少し前に別れたばかりなんだから、変に思われるじゃないか」
「記者さん達と合流した後で迎えに来てもアタシは構わないけど?」
「アスカまで何を言っているんだよ!」
「やれやれ、付き合ってられないよ」
ヨシュアはウンザリとした顔でため息をついて一足先にホテルを出るのだった。
<ロレントの街 居酒屋アーベント>
エステル達が居酒屋に行くと、30代ぐらいのタバコを加えた無精髭(ぶしょうひげ)を生やしている男性がカウンターに座っていた。
居酒屋の中を見回したアスカはふうっとため息を吐き出す。
「どうやら記者の人は居ないみたいね」
「アスカ、あそこに居る人が記者さんじゃないの?」
エステルがカウンターに座っている無精髭の男性を指差した。
その時店には他に客が居なかったから当然の事だった。
しかし、アスカは嫌そうな顔で首を横に振る。
「だって、リベール通信社の記者さんって腕利き揃いなんでしょう? あんなだらしなさそうなオジサンに良い記事が書けるわけないって」
「なんだとこのガキ!」
アスカの声を聞いた無精髭の男性は怒った顔で言い返した。
「ガキとは何よ」
「チビだからそう言ったんだ」
「チビですって!?」
チビとはアスカにとって侮辱とも言える言葉だった。
14歳の頃はシンジより高かった身長も伸び悩み、16歳となった今ではブライト家で一番背が低くなってしまった。
アスカに4分の1混じっている日本人の血が影響しているのかどうかは分からなかったが、14歳の時は同じ位の身長だったエステルはアスカより体格が大きくなっていた。
「アスカ、抑えて抑えて」
「すいません、失礼な事を言って」
ヨシュアが無精髭の男性に頭を下げて謝った。
少し離れた場所でアスカがシンジにだけ聞こえる声の大きさでつぶやく。
「失礼なのはそっちじゃないの」
「アスカ、どうしてあの記者さんの事が気に入らないの?」
「だって、無精髭を生やしていてタバコをくわえていて、だらしが無いって感じで、エリート新聞社の記者とはイメージが程遠いんだもん」
「無精髭なら加持さんも生やしていたじゃないか」
シンジの言う加持さんとは、加持リョウジ。
シンジとアスカの居た世界のネルフでは、年の離れた兄のような存在だった。
加持のまとう少しニヒルな雰囲気をアスカは大人の男性の風格だと憧れていた。
「加持さんはカッコイイから無精髭も似合うのよ」
シンジはアスカの答えにあきれると同時に少し安心した。
無精髭の男性は少し加持と似た感じだったので、もしかしてアスカが惚れてしまうのではないかと思ったのだ。
この様子ではアスカは鼻にもかけていないようだった。
「あなたが遊撃士協会に護衛の仕事を依頼していたリベール通信社の記者の方ですね」
「そうだ、俺は敏腕記者のナイアルって言うんだが……」
ヨシュアに尋ねられて無精髭の男性がそう言って名乗ると、アスカは吹き出すように笑う。
「ぷっ、自分で敏腕って言ってる!」
「アスカだってエースパイロットだって言っていたじゃないか」
「う、うるさいわね」
シンジに指摘されると、アスカは顔を赤くして黙り込んだ。
「で、遊撃士協会から来たって事は、カシウス・ブライトはどこに居るんだ?」
ナイアルはそう言って探すように店内を見回した。
「それが、急な用事が入って来れなくなったの」
「おいおい、そりゃないぜ」
エステルがそう告げると、ナイアルはガッカリとした顔でため息を吐き出した。
「でも心配無用よ、あたし達が代わりに来たから」
「お前らみたいなガキの遊撃士で大丈夫なんだろうな」
またガキと言われたアスカはナイアルに怒鳴る。
「アタシ達の腕が信用できないって言うの?」
「そうよ、あたし達は依頼をこなして来たんだから!」
アスカだけでなく、エステルも怒りがこみ上げて来たようだった。
「もし不都合があるなら別の遊撃士を手配しても良いですが、また時間が掛かると思います」
「あ〜っもう、仕方が無えな、これ以上宿泊費を増やすわけには行かねえし、我慢してやるか」
ヨシュアが提案すると、ナイアルは渋々エステル達に護衛の依頼を頼む事を了承した。
「こんな態度の大きい依頼人は初めてね」
「そうね」
アスカとエステルは揃って不機嫌そうに顔をふくれさせていた。
シンジは何も起きない事を祈るだけだった。
ヨシュアが依頼の内容をナイアルに尋ねると、ロレントの街の郊外にある翡翠の塔の屋上で写真を撮りたいのでそこまでの護衛を頼みたいのだと言う。
「なんだ、翡翠の塔になら入った事があるし、楽勝よ!」
「ルックとパットを助けた時は2階部分までにしか入っていないじゃないか」
「シンジはいちいち細かいわね、2階も5階も同じよ」
堂々と胸を張ってそう言い放ったアスカに、シンジがツッコミを入れた。
「それで、もう1人の方はどこに居るんですか?」
「オーバルカメラの調整をしに工房に行っているんだが、戻って来るのが遅いな」
「こっちから迎えに行った方が早くない? 合流してそのまま翡翠の塔へ行ってしまいましょう」
「そうだな、あいつは道草を食ってばかりだから、嫌な予感がして来たぜ」
アスカの提案にナイアルも賛成し、エステル達はもう1人の記者の居る街の工房へと向かう。
「道草を食ってばかりなんて、どんな人だろうね」
「君とは気が合いそうだろうね」
ワクワクしながら話しかけて来たエステルにヨシュアはそう答えるのだった。
<ロレントの街 メルダース工房>
エステル達が工房に入ると、物が壊れるような音と、女性と男性の悲鳴などが聞こえて騒がしい様子だった。
その騒ぎの原因は、工房内を掃除しているらしい眼鏡を掛けたピンク色の髪の若い女性のようだった。
「うわーん、またやっちゃいました」
ピンク色の髪の女性のお尻が陳列棚に当たってしまったようで、棚にあった置時計が床に落ちて壊れてしまったようだ。
「お、親方、どうしましょう!」
それを見た工房の若い技師がオロオロとしていた。
「お嬢ちゃん、もう掃除は良いから帰ってくれねえか?」
「いえっ、足りないお金の分は働いて返さないと!」
困り顔で頼んだ熟年の技師に対して、ピンク色の髪の女性はそう答えた。
「おいドロシー、お前は店のカウンターの中に入って何をやっているんだ」
「あ、ナイアル先輩だ、いらっしゃいませー」
ナイアルに声を掛けられたピンク色の髪の女性は笑顔でそう答えた。
「何がいらっしゃいませだ、このトンチキ娘」
少し苛立った口調でナイアルがそう突っ込みを入れた。
「天然ボケとツッコミって感じよね」
「あはは、アスカとシンジみたいだね」
「「それはエステルとヨシュア」」
アスカとシンジは声を揃えてエステルに言い返した。
「で、改めて聞くがここで何をやっているんだ」
「アルバイトで掃除をさせてもらっているんです〜」
「はぁっ!?」
ドロシーの答えを聞いて、ナイアルは驚きの声を上げた。
「お前、カメラマンを辞めてこの工房で働き出すって言うんじゃないだろうな」
「そんな事ありませんよー、カメラのメンテナンス代が足りなかったので、働いてお返ししようと思っただけなんですー」
「おいおい、金は十分渡してやっただろう」
「隣の雑貨屋さんで買い物した後だったので、足りなくなっちゃったんです」
「また道草を食ったのか」
あきれるナイアルに工房の若い技師が困った顔で声を掛ける。
「その子に掃除を頼んだら余計に散らかってしまったんだよ」
「お代はもう良いからそのお嬢ちゃんを早く引き取ってくれねえか?」
「……本当に済まねえ」
工房の熟年の技師にも困った顔で言われたナイアルは謝りながらドロシーを店の外へと連れ出した。
エステル達も何ともいえずに工房を出て行った。
そして、通りに出たドロシーはエステル達に自己紹介を始めた。
ドロシーはリベール通信社に入ったばかりの新米カメラマンで、ナイアルが教育係としてコンビを組んで同行していると言う。
「これが私の相棒のポチ君だよ!」
ドロシーは自分の愛用のカメラを掲げて誇らしげに紹介した。
それを見たエステルは自分の愛用の棒を対抗するように高く掲げる。
「よおしじゃあ、あたしも……」
「エステル、『ボーちゃん』は却下だからね」
「すっごいアスカ、どうして分かったの!?」
「エステルの考えそうな事はすぐ分かるわよ」
アスカはあきれた顔でそう言い放った。
<ロレント郊外 翡翠の塔>
通い慣れたマルガ山道での護衛は簡単かと思われたが、意外にエステル達は苦戦する事になった。
その原因はドロシーである。
ドロシーは魔獣の迫力ある写真を撮りたいがために、エステル達の護衛をくぐり抜けて魔獣に近寄ってしまうのだ。
植物型の魔獣の攻撃から身を守るためにかばったエステルは、ドロシーの代わりに種を飛ばす攻撃を受けてしまい、おでこが真っ赤にはれてしまった。
「エステルちゃん、大丈夫?」
「お願いだから、魔獣に近づかないでよ」
「うん、エステルちゃんにこれ以上ケガさせるわけにもいかないからね」
自分の身を犠牲にして自分を守ったエステルの姿を見て、ドロシーはやっと分かってくれたようだった。
そしてエステル達はマルガ山道を進み、翡翠の塔の入口までたどり着いた。
「ほえー、高い塔ですね」
ドロシーが感心したように声を出した。
アスカとシンジは超高層ビルに慣れているものの、リベール王国の人達にとってはこのぐらいの高さでも凄いものなのかと思った。
「いつ見ても古い塔だよね」
「ああ、リベール王国が出来るかなり前、古代ゼムリア文明の時代に作られたものらしい。他の地方にも似たような塔があってな、俺達はその歴史を伝えるための取材をするのさ」
「ふうん、そんな地道な記事も書いているんだ」
エステルのつぶやきに答えたナイアルの言葉を聞いて、アスカはそんな事を言った。
「もちろん、スクープを手に入れるための取材もするが、今回はこいつのお守を髭編集長に押し付けられたからな」
ナイアルは面倒くさそうな顔でそう言い放つと、ドロシーがニコニコした顔で話し出す。
「ナイアル先輩は、初めての取材が失敗して落ち込んでいた私に声をかけてくれて、編集長さんに頭を下げて仕事をさせてもらえるようにお願いしてくれたんですよ」
「ずいぶん2人の言い分が違うじゃない」
「ふんっ」
アスカが冷やかすような顔でそう言うと、ナイアルは顔を思いっきり背けた。
「意外と面倒見の良さそうな人だね」
「うん」
ヨシュアの言葉にシンジはうなずいた。
「よーし、じゃあまず塔をローアングルから撮ってみろ」
「はーい」
「どんな風に写真を撮るのかな?」
エステルが期待の眼差しでドロシーを見つめると、ドロシーはカメラを構えて声を発する。
「良い顔してますねー、目線をこっちにお願いしますー」
「えっ?」
まるで生物を撮るかのようなドロシーの言葉に、エステルは驚き、アスカ達は半ばあきれた顔になった。
「あいつには建物の表情が見えるんだとよ。あんなふざけたような撮り方で、息を飲むような凄え写真を撮る。一種の鬼才だな」
「なるほど」
ナイアルの言葉にヨシュアは感心したようにうなずいた。
「もしかして、ヨシュアも建物に表情があるとかわかるの?」
「実際に何か居るかもしれないわよ、この塔で死んだ人の幽霊とか」
「アスカ、脅かさないでよ」
エステルは意外にも幽霊が苦手だった。
居るか居ないかはっきりしないところがとても嫌らしい。
「終わりましたよ、ナイアル先輩」
「よーし、じゃあ塔の中に入るか」
笑顔で報告したドロシーの言葉を聞いて、ナイアル達はそう提案して塔の中に入ろうとした。
しかし、エステルだけは塔に入ろうとしない。
「どうしたの、エステル?」
「え、ええっと……」
ヨシュアが声をかけてもエステルは固まって動こうとしない。
「もしかして、幽霊が怖くて入れないとか言うんじゃないでしょうね」
アスカがあきれた表情でそう言い放った。
「幽霊って、昼間には出ないんじゃない?」
「そ、そうだよね」
シンジがポツリとそうもらすと、エステルは急に元気になって塔の中へと駆け込んで行った。
「どうやら君の言葉が説得力が一番あったようだね」
ヨシュアは苦笑しながらエステルの後を追いかけて塔に入って行った。
残されたシンジ達も続けて塔に足を踏み入れるのだった。
塔の中での魔獣との戦いも、また苦戦する事になった。
ドロシーがフラッシュを付けて撮影するので、魔獣の目をくらませる効果もあったが、エステル達の目もくらんでしまうと言う諸刃の剣だった。
たまりかねたアスカはナイアルにドロシーのカメラを没収させて、塔の中には悲しげなドロシーの声が響き渡った。
そんなこんなで珍道中を繰り広げながらも、エステル達は何とか翡翠の塔の屋上までたどり着いた。
久しぶりに見る青空に、エステル達の心も開放的になる。
「やっぱり、高い所は気持ちいいよね」
「うーん、空気もヒンヤリとしてて清々しいわ」
エステルとアスカはそう言って伸びをした。
しかし、ヨシュアは塔の中に居た時より厳しい表情をしている。
「エステル、アスカ、そこで止まって!」
「どうしたの?」
階段を登って屋上に出ようとした2人は驚いて足を止めた。
ヨシュアは少し抑えた低い声でエステル達に話し掛ける。
「あの柱の陰から、気配が感じられるんだ」
「誰かが隠れているって事?」
「うん、殺気が漂ってくる」
ヨシュアの言葉を聞いて、エステル達はゴクリ吐息を飲んだ。
ひたいに冷汗をいっぱいに浮かべてそう言ったヨシュアの雰囲気がただ事ではないからだ。
エステル達はナイアルとドロシーを後ろに下がらせて武器を構えながら慎重に屋上にゆっくりと近づいて行った……。