アスカ・ブライト 〜茜空の軌跡〜 FC
第一章『父、旅立つ』
第十一話 ヨシュアの光と闇


<ロレントの街 遊撃士協会>

帝国に向かって飛び立ったカシウスを見送ったエステル達は、依頼を受けるために遊撃士協会へと出勤した。
掲示板に貼られていた依頼のうち、シェラザードとその他ロレント支部に所属していた遊撃士が引き受け済みのものを除くと残りは探し物の依頼だけだった。
それは街の婦人からで飼い猫が行方不明になったので探してほしいと言う依頼だった。

「なんか、地味でパッとしない依頼ね……」
「アスカ、立派な遊撃士になるためには千里の道も一歩からだよ」

面白くなさそうな顔で不満を述べるアスカをシンジがなだめた。

「そうだ、父さんの代わりに引き受ける依頼があったんじゃない?」
「うん、その依頼を先に聞かないと」

エステル達がカシウスの代わりに引き受ける事になった依頼は、友達のティオの農園を荒らす魔獣を退治すると言うものだった。
魔獣は夜に現れて畑の作物を食い荒らし、気が付いたティオ達が追いかけると逃げて行ってしまうらしい。
まだ人に被害は無いのだが、近隣の農家も困っているので何とかして欲しいと言う事だった。
魔獣が現れるのは夜で、農園へ向かうのは夕方でも構わないと言う事だったので、エステル達は昼間は先ほど掲示板に貼りだされていた依頼をこなす事にした。

「探し物の1つや2つぐらい、さっさと片付けるわよ!」

アスカははりきって街の中へと飛び出して行った。
シンジ達も苦笑しながらアスカについて行った。
エステル達が依頼主の婦人に声を掛けると、婦人の話はとぼけた感じで要領を得なかった。
行方不明の猫の特徴を聞いたエステル達は手分けをして街の中を探す事にした。

「やっぱり猫探しなんてつまらないわね……」

アスカは不満いっぱいの様子で街の中を探していると、ルックとパットが駆け回って遊んでいるのを見かけた。

「あっ、アスカ姉ちゃん」
「この前はごめんなさい」

やって来たアスカに気が付いたルックとパットがアスカの側に寄って来た。

「反省してる?」
「うん、この前は姉ちゃんを泣かせてごめん」

アスカに問い掛けられたルックは、真剣な顔でアスカに謝った。

「そうね、女の子を心配させる男の子は悪い子ね」
「だよな……」

アスカに同意されたルックは落ち込んで下を向いた。
そんなルックに向かってアスカは優しく声を掛ける。

「かっこいい男の子って言うのはね、冒険が出来れば良いってもんじゃないのよ」

アスカの言葉を聞いたルックはそっと顔を上げた。

「普段は頼りないかもしれないけど、いざって時は体を張って女の子を守ってあげるのもかっこいいと思うわ」
「それってシンジ兄ちゃんの事か?」
「ま、まあ、シンジはまだまだカシウスさんの足元にも及ばないけどね」

ルックに言われたアスカは顔を赤くしてそう言ってごまかすのだった。
そして街中を駆け回ったエステル達は、路地の行き止まりに探していた猫を追いつめた。

「さて、ずいぶんとてこずらせてくれたわね……」

エステルがそう言って猫に近づこうとすると、ヨシュアがそれを止める。

「力づくで捕まえても、また逃げようと必死に抵抗すると思うよ。ここは僕に任せて」

そう言ったヨシュアは、怯えた瞳でこちらを見つめる猫に向かって、優しい口調で話しかける。

「さあ、こっちへおいで。僕と一緒におばさんの所へ帰ろう」

すると、猫は警戒を解いてヨシュアの胸に飛び込んで行った。
そして安心した様子でヨシュアに抱かれている。

「よしよし、いい子だね」
「これなら逃げる心配はなさそうだね」

ヨシュアに声をかけられてゴロゴロとのどを鳴らす猫を見たシンジがホッと息をもらした。

「多分、この猫はおばさんの所へ帰ろうとしていたんじゃないかな」
「それって、あたし達が追いかけた事は逆効果だったって事?」
「何よ、それじゃあアタシ達はあのおばさんの勘違いのせいで骨折り損だったわけ?」
「猫が無事だったから良かったじゃないか」
「シンジは甘すぎるわよ」

猫を無事に届けたエステル達は、依頼主の婦人に感謝された。
あんまり反省しない様子の婦人と猫の様子に苦笑しながらも、エステル達は遊撃士ギルドに戻って依頼達成の報告をした。
どんなに小さい依頼でも、正式な依頼として報酬が出るようで、エステル達の遊撃士手帳にも評価が記録された。
エステル達は他に依頼が入っていないか確認したが、特に依頼は無いようだったので少し早目にパーゼル農園へと向かう事にした。



<ロレント地方 パーゼル農園>

エステル達はパーゼル農園で張り込みをする事にしたが、興奮した魔獣がティオの家族を傷つけたりしては危険だと言う事で、ティオの両親と幼い弟と妹は街へと避難させた。
ティオはエステル達に協力したいと農園に残って一緒に一夜を明かす事になった。
ティオ達の家族を街へと護衛するために往復して農園に戻った頃には夕方になっていた。

「あー、お腹空いた」
「あはは、エステルったら相変わらずね。じゃあそろそろ、夕食を作っちゃおうか」

農園に着くなりそうつぶやいたエステルに、ティオは苦笑しながら料理に取りかかった。

「僕達も手伝うよ」
「でも、シンジ君達には魔獣退治をお願いしているんだし、私にはこれぐらいしかできる事は無いから」

シンジがそう申し出ると、ティオはそう言って首を横に振った。

「みんなで協力した方が早くご飯が食べられるよ」
「そうよ、エステルの言う通りよ」
「わかった、じゃあヨシュア君とシンジ君は畑から食材を収穫して来てね」

エステルとアスカがそう提案すると、ティオはそれを受け入れた。

「えっ、僕達が料理をした方が良くないかな?」
「失礼ね、アタシだって野菜を切る事ぐらいできるわよ」

思わず本音をもらしてしまったシンジをアスカがにらみつけた。
また怒られて蹴り飛ばされてはかなわないとシンジは急いで畑へと駆け出して行った。
そして、新鮮な野菜を収穫して来たシンジとヨシュアは椅子に座ってエステルとアスカが料理する様子を見ていた。
予想した通り、アスカの切った野菜は不格好な形をしていた。

「アスカ、そんな切り方じゃ煮たときに味にムラが出ちゃうよ」
「うるさい、お腹に入っちゃえば、そんなの同じよ!」

心配したシンジが手を出そうとすると、アスカは包丁を振り回して抵抗した。
その剣幕にシンジは引き下がった。

「あはは、うちの野菜は新鮮だから、どんな調理をしたっておいしく食べられるよ」
「ティオ、それってアタシのフォローになって無い……」

そんな不安要素はあったものの、夕食はおいしく出来上がったのだった。
5人で夕食を食べた後、魔獣が現れる時間になるまでにエステル、アスカ、ティオの3人はティオの部屋で少しおしゃべりを楽しむ事にした。
ヨシュアとシンジは念のために早い時間から外で見張っている事になった。
女3人集まれば姦(かしま)しい。
自然と話題は恋の話となった。

「で、アスカはもうシンジ君と付き合いだしたの? 遊撃士になってからシンジ君の事、見直したって話していたじゃない」
「ふん、見直したと言ってもほんのちょっとだけよ。パパに比べたら情けないったらありゃしない」
「でも、シンジ君って優しいし、構ってあげたくなるかわいい所があるから、結構持てているみたいよ」
「シンジが持てるなんて10年早いのよ。だからシンジに言い寄る子は排除してやってるの」
「またまたそんな事言って、アスカはヤキモチ焼いているんでしょう」
「あははっ、シンジは持てて大変だね」

エステルがのんきに声を上げて笑うと、ティオとアスカはあきれたようにため息をつく。

「はあっ、大変なのはヨシュア君もでしょう」
「ヨシュアもいろんな娘から交際を申し込まれているらしいわよ。でもみんな断っているって」
「何ですって、あたしの知らないところでそんな事してるなんて、ヨシュアの秘密主義!」

エステルがほおを膨らませて怒っていると、アスカはさらにあきれ顔でつぶやく。

「そんないちいち報告するほどのものじゃないでしょうに」
「だけど、隠す事は無いじゃない」

エステルは少し不機嫌な顔で部屋を飛び出し、外に居るヨシュアに問い詰める。

「ヨシュア、あたし達家族として今まで過ごして来たよね? あたし……ヨシュアを実の弟のように大切に思っている」
「突然、何を言ってるんだい?」

ヨシュアはきつねにつままれたような顔でぼう然と聞き返した。

「ヨシュアってば、あたしに隠し事をしているでしょ」
「……シンジ!」

エステルがヨシュアに尋ねると、ヨシュアは刺すような冷たい眼差しでシンジをにらみつけた。
にらみつけられたシンジは震えあがった。

「何でシンジが出てくるの?」
「それは……」
「恋の悩みなら、あたしも少しは相談に乗れるかもしれないよ。一応、女の子だし……」
「はぁっ!?」

エステルがモジモジしながらそう言うと、ヨシュアは驚きの声を上げた。

「交際を断っているって事は、好きな女の子でも居るの?」
「そ、そんなの居ないよ」
「そう? 好きな子が出来た時は隠さずに相談するのよ!」

エステルはそう言うと夜の農園に向かって駆け出して行ってしまった。

「隠し事か……」

ヨシュアは悲しげな表情でそうつぶやくと、エステルを追いかけて追いかけて行った。
取り残されたシンジにいつの間にか来ていたアスカが声を掛ける。

「ヨシュアってば、さっきアンタを呪い殺すかのようにシンジをにらみつけていたわね」
「うん、とっても冷たい目だった」
「アタシ、正直言ってヨシュアは裏があると思うわ」
「アスカ、人を疑うのは良くないよ。ヨシュアは僕達の家族なんだから信じてあげないと……」

シンジはアスカにそう答えて、アスカと一緒にエステル達の後を追いかけるのだった。


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