アスカ・ブライト 〜茜空の軌跡〜 FC
第一章『父、旅立つ』
第十話 悲しきヨシュアの誓い、シンジの苦悩
<ロレント地方 マルガ山道>
シェラザード達はルックとパットを追いかけてマルガ山道に出たが、2人の姿は見当たらなかった。
「もしかして、かなり遠くの方まで行ってしまったのかもしれないわね」
道端に居る魔獣達をシェラザードは圧倒的な強さで蹴散らして行った。
エステル達はシェラザードの動きに感心しながらも遅れないように付いて行く。
ルックとパットの足取りを追ってマルガ山道を進んだエステル達は分かれ道にたどり着いた。
分かれ道はマルガ鉱山に続く道と翡翠の塔へ続く道へと分かれている。
「どっちにいったのかな?」
「手分けして探しましょう!」
エステルの言葉を聞いて、アスカが提案をすると、シェラザードが呼び止める。
「待ちなさい、翡翠の塔へ向かう道の方に小さな子供達の足跡があるわ」
「凄いシェラ姉、そんなのが解るんだ」
地面を見ていたシェラザードがそう言うと、アスカが感心したように言った。
「やっぱり遊撃士にはそう言うスキルがあった方が良いんですか?」
「まああった方が便利なスキルね。先日の雨で道がぬかるんでいたから、よく見ればあなた達にも分かるわよ」
「本当だ」
シェラザードに言われた通りシンジが地面を見ると、他の足跡に混じって小さな子供の足跡があるのが分かった。
マルガ鉱山に続く道の方も念のため調べて見たが、こちらは大人の鉱山労働者の足跡しか見られなかった。
ここでルックとパットの行き先の判断を誤るのは致命的なミスとなる。
足跡から翡翠の塔だと確信したエステル達は走って翡翠の塔への道を突き進む。
翡翠の塔とは、リベール王国が誕生するはるか昔、古代ゼムリア文明の時代に建てられた遺跡としてロレントの街の人々に知られていた。
塔の中にあった財宝はすでにトレジャーハンターに荒らされていたが、考古学者や冒険者を夢見る少年達の憧れの的になっていた。
しかし、塔の内部には魔獣が住みついている事は知られていて、定期的に遊撃士が魔獣討伐をしているものの、危険な場所にである事には変わりはなかった。
翡翠の塔の入り口付近にも、ルックとパットの姿は無かった。
「中に入ってしまったの……?」
「お願い、無事で居て……!」
エステルとアスカは祈るようにそうつぶやいた。
2人に生意気な口を利いていたルックだったが、パットと同じくかわいい弟のような存在だ。
<ロレント地方 翡翠の塔>
翡翠の塔は5階建てで構成されている。
エステル達は塔の1階に踏み込んだ。
「ルックーっ、パットーっ! 居たら返事しなさいーっ!」
エステルが大声で呼びかけ、声が塔の中に響き渡った。
しかし、しばらくエステル達が耳を澄ましても返事は無かった。
「もしかして上の階へ登って行ってしまったのかもしれないね」
「行きましょう!」
ヨシュアがそう言うと、アスカは、はやる気持ちを抑えきれなくなったのかシェラザードを追い越して先へと走って行った。
「アスカ、待ちなさい!」
物陰に魔獣が隠れて居たらアスカは不意打ちを受けてしまう恐れがある。
シンジは真っ青な顔をしてアスカの後を追いかけた。
「ねえ、もう帰ろうよ……」
「お宝を手に入れるまで帰らないぞ、エステルやアスカに負けてられるか!」
先行したアスカに、階段の上からパットとルックが言い争う声が聞こえる。
「間に合った!」
2人がまだ無事だと分かったアスカは2階への階段を駆け上がった。
そして広間の前を歩くルックとパットの姿を見つける。
「こらっ、2人とも!」
「うわあ、アスカだ逃げろ〜!」
怒ったアスカの顔を見たルックは薄暗い奥の通路に向かって逃げ出してしまったのだ。
「あっ、待ちなさい!」
アスカは慌ててルックを追いかけた。
すると、逃げたルックが悲鳴を上げて引き返して来た。
ルックは浮遊する猫型魔獣に追いかけられている!
猫型魔獣は長い耳を羽のように振動させて飛んでいる。
「うわああ、助けて!」
「このおおっ!」
アスカは鞭を振り回して猫型魔獣を追い払おうとしたが、猫型魔獣はなんと6匹も居た。
形勢不利となったアスカは魔獣達に囲まれてしまった。
アスカの背後には怯えて立ちつくすルックとパットが居る。
後ろに下がるわけにもいかなかった。
魔獣達とアスカの距離が縮まり、アスカが自分の身を盾にしてルックとパットを守ろうと覚悟した時、導力銃の音が響き渡った。
下の階から駆けつけたシンジが魔獣達に向かって銃を放ったのだ。
決してアスカに当てないように気遣って撃たれた銃弾は、アスカの正面に居た魔獣には直接当たらなかったが、ひるませる効果はあったようだった。
そして、アスカの後ろからシェラザード、エステル、ヨシュアの3人が飛び出して魔獣に攻撃を加える。
「アスカ!」
「助かったわ……」
シンジに声を掛けられたアスカは振り返って安心してため息をもらした。
「すっげー、さすが遊撃士だな!」
安全が確保されたルックは、シェラザード達が魔獣達を倒す姿を興奮して見守っていた。
猫型魔獣は散り散りになって奥の通路へと逃げて行った。
「この馬鹿っ! どうしてこんな危険な事をしたのよ!」
アスカはそう言ってルックのほおを平手打ちにした。
ルックはアスカに叩かれたほおを押さえながら言い訳をする。
「だって、エステルやアスカ達が遊撃士試験に合格したってウワサを聞いて、負けてられないって思って……」
「だからって、こんなことする事ないじゃない! もしアンタ達が怪我でもしたら……命でも落とす事があったら……」
そう言って、アスカは涙を流し始めた。
「ご、ごめんアスカ姉ちゃん、二度とこんな事はしないから!」
「ごめんなさーい!」
アスカにつられてルックとパットも声を上げて泣き始めた。
シェラザード達は仕方が無いなと言った微笑みを浮かべながら3人をなだめながらロレントの街へ戻るのだった。
<ロレント地方 ブライト家 ダイニングキッチン>
「それは大変だったな」
エステル達の話を聞いたカシウスはそう言葉をもらした。
その日の夕食の席で、エステル達はカシウスに試験合格の報告と、ルックとパットの事を話した。
「アスカは突っ走りすぎだよ、シェラザードさんにも評価を減点されていたじゃないか」
ヨシュアが厳しい口調で責めると、アスカはうなだれた顔になった。
すると、シンジは少し怒った顔になってヨシュアに反論する。
「でも、アスカが早く駆けつけたからルックとパットが怪我をする前に追いつけたんだし……」
「突入にはタイミングを合わせるのは基本的な事だろう? 現に、アスカは魔獣に取り囲まれてやられそうになっていたじゃないか」
「そうよね、アタシは遊撃士として失格よね」
アスカがさらに落ち込んだ様子でそう言うと、シンジとエステルは慰めて励まそうとする。
「そんな、失格だなんておおげさだよ」
「そうそう、今日の失敗は明日取り返せば良いじゃない」
その姿をカシウスは嬉しそうに見守っていた。
そして決意したようにゆっくりと話し出す。
「なあ、明日からしばらく家を留守にしようと思うんだが」
「もしかして、依頼が入ったの?」
「ああ、帝国の方で大きな事件が起こった事を告げる手紙が届いた」
カシウスはヨシュアにそう答えて差出人が帝国の遊撃士協会である手紙を見せた。
「今のお前達の姿を見て、俺が居なくても問題は無いかと思ってな」
カシウスがつぶやくように言うと、アスカはカシウスに笑顔を向ける。
「今までアタシ達のために近場の依頼以外は断っていたんでしょう?」
「僕達はもう大丈夫です。エステルやヨシュア、ロレントの街の人々が支えてくれるし……」
アスカとシンジはカシウスに安心させるように穏やかな余裕をもった表情をした。
「……ありがとう、パパ」
「ああ、行ってくるよ」
飛びついて来たアスカを抱きながら、カシウスはそう答えた。
「でも、ロレント支部の依頼はどうするの? 父さんもいくつか引き受けていたんでしょう?」
「それなんだが……お前達に任せようと思ってな」
ヨシュアにカシウスが答えると、エステルは驚きの声を上げる。
「あたし達が父さんの代わりをするの?」
「もちろん、難しい依頼はシェラザードにこなしてもらうさ」
エステルの質問に答えるカシウスに、アスカは少し心細い表情で尋ねる。
「それで、どのくらいで帰って来るの?」
「そうだな……数ヵ月ぐらい、女王生誕祭が始まる頃ぐらいには帰って来るさ。アスカが寂しがって泣き出さないうちにな」
「パパったら、アタシをそんな子供扱いしないでよ! シンジもそんなに笑うな!」
カシウスがからかうとアスカは顔を真っ赤にしてシンジを蹴り飛ばすのだった。
<ロレント地方 ブライト家 テラス>
夕食が終わった後、テラスに置かれた椅子に座ってカシウスがワインを飲んでいる。
そこへ姿を現したのはヨシュアだった。
「早かったな」
「うん、3人とも話に夢中になっているみたいだから」
カシウスは夕食の時、暗号を使ってヨシュアに合図を送っていたのだ。
テラスで月見酒を飲むと言うカシウスの言葉をエステル達は疑いもしなかった。
「そうか、シンジとアスカが来て2年、もうすっかりお前とエステルに馴染んだようだな」
「僕はあの2人に馴染んだわけじゃないよ。あなたが仲良くするように命令したから従ったまでだ」
そう話すヨシュアの瞳には冷たいものが宿っていた。
カシウスはそんなヨシュアの言い方に苦笑しながら話を進める。
「改めて聞いておきたいんだが、あの時の誓い、撤回するつもりはないか?」
「無いよ」
「……そうか」
即答したヨシュアにカシウスは残念そうな顔をしてつぶやいた。
「組織が僕の事を狙ってきたら、あなた達に迷惑をかけないように僕はここを離れる。それが僕がここに居られる理由だから」
「もし、エステルが悲しむとしてもか?」
「僕はエステルを真に幸せにする事は出来ないよ、僕の両手は罪の無い人達の血で汚れているんだから」
「それを言ったら、俺も同じだ。帝国の人間を何人も斬り捨て、時によっては大量に死なせるような作戦も立てた」
「あなたは自分の国の人達を守るために行った事だ、僕とは違う」
「……ふう、やはり何度話し合っても平行線か……」
「話し合いで解決する事じゃないよ」
ヨシュアはそう言って家の中に入ろうとドアを開けると、シンジが立っている事に驚く。
「どうして、ここに?」
「エステルに呼んで来いって頼まれて……」
鋭い目つきでヨシュアに聞かれると、シンジはオドオドしながらそう答えた。
「もしかして、僕達の話を聞いていたのか?」
「うん。……ねえ、組織って何なの? エステルを悲しませるような事は止めた方が……」
「うるさい」
シンジがそう言うと、ヨシュアは小さいが棘のある声でそうつぶやいた。
そして凍り付かせるような瞳でシンジに告げる。
「さっき聞いた話は絶対にエステル達にもらすな、聞かなかった事にするんだ」
シンジが救いを求めるようにカシウスに視線を送ると、カシウスも悲しそうなめをしてうなずいた。
「……分かったよ、誰にも言わない」
「分かればいいんだ」
ヨシュアはそう言うと、表情を柔らかいものに変えてエステル達の下へと歩いて行った。
シンジは前にミサトに同じような事を言われた時の事を思い出した。
ネルフで迷子になったシンジは、ミサトの姿を見つけて後を付けてしまった。
そしてネルフ最深部のターミナルドグマと呼ばれる不気味な場所で見てしまった白い巨大な人影。
それはネルフの秘密そのものだった。
その場に居合わせたミサトと加持はシンジに見た事は黙って忘れろと真剣な表情で言った。
だからその事はアスカにもレイにも話していない。
「自分に危険が迫ったら、迷惑をかけないように離れる誓いなんて悲しすぎるよ……僕達を頼ってくれても良いのに」
再び誰にも話せない秘密を抱える事になりシンジは重苦しさを感じるのだった。
<ロレントの街 ロレント空港>
そして次の日の朝、帝国に向かうため飛行船に乗ろうとするカシウスを、シェラザードと一緒にエステル達は見送るのだった。
「シェラザード、後は頼んだぞ」
「お任せ下さい、4人ともビシバシと鍛えますから」
「うえっ」
シェラザードがカシウスに宣言すると、エステルは嫌そうな顔をした。
「シンジ、アスカを頼んだぞ」
「うん、家事や料理をビシバシと鍛えておくよ」
「はは、頼んだぞ」
シンジがシェラザードの真似をしてそう言うと、アスカは顔をふくれさせる。
「むーっ、パパが帰ってきたらビックリさせてやるんだから!」
「楽しみにしているぞ」
「そうだ、お土産忘れないでね!」
エステルがそう言うと、カシウス達は一斉にあきれたようにため息をつく。
「あのなあエステル、父さんは遊びに行くんじゃないんだぞ」
「別に良いじゃん、期待しても」
「はあ……じゃあ、たんまりと報酬がもらえたらな」
「やった!」
ため息交じりにカシウスがそう言うと、エステルは手を打って喜んだ。
そしてカシウスは最後にヨシュアと視線を交わした。
その張り詰めたような雰囲気に、アスカは何か胸騒ぎのようなものを感じたが、何も言う事は出来なかった。
飛行船の発車を告げる汽笛がならされ、飛行船と乗り場を結ぶ橋が飛行船のクルーによって取り外される。
カシウスはエステル達に手を振って客室の中へと姿を消した。
大きな音を立てて、カシウスを乗せた飛行船は空に軌跡を描いて飛び立っていった。