いじめ他
クソ容疑シリーズは明日。その前に一個挿入。
16万円の「高額バイト」 少年たちが振り込め詐欺の「受け子」となるまで
バイト感覚で何も知らない(?)少年達が犯罪の片棒を担いてしまう世の中。これはどこに問題があるのかを思いつくまま抽出してみると。
①人の為に何かをしてお金を稼ぐという感覚がなくなっている
②お金さえ動くなら、その中身や思想信条全く関係なく人間が動くという拝金主義
③そのような簡単にお金だけで結びつく関係が、ネットその他で容易に形成されること
④③を可能にしたのは、価値観及び情報の均質化。これは経済的効率・利便性の追求が垣根を壊し、お金以外の価値観に差異がなくなってしまったということ
本来お金は「経世在民」(=世の人々を救うこと)の活動の中で、奉仕をしてくれた人に奉仕をされた側が感謝の気持ちとして差し出す物である。つまり経済の血流。しかしこういう見方を若い世代にしても、「そりゃ違うよ、お金はお金だよ」みたいな感じで全く理解されない。勿論お金のとらえ方は色々あろうが、原点はそういうところから来ていますよってことなんですが、その本来の意味が忘れ去られて、お金だけが独り歩きしている所に問題がある。
単に荷物を運んだだけで10数万もらえるという旨すぎる話。それがどこかおかしいというのは、幼稚園児でもない限り気づくだろう。しかし怪しいと思っても、金だけの為に見知らぬ怪しい人からの依頼も受けてしまう。このように現代人にとってお金は神である。「これはグルの意思だから」という一言で、何か怪しい・危険なワークだと思いつつも、疑問を持たずに犯罪行為を犯してしまうオウム信者と、全く同じ構図がそこに存在する。
繰り返しになるが、グル麻原を絶対視するオウム信者と上記のようにお金を絶対視する現代人は、瓜二つの一神教信者である。しかし絶対的な価値観などこの世には存在しない。絶対性を追求することは、暴走につながりどこかで破綻する。オウムがそのように暴走し破綻したように、現在ユーロでくすぶっている金融危機も、必ず世界の通貨体制自体を崩壊させる事態に至るであろう。その時は、震災・福一・アラブの春その他比較にならない混乱が生じるリスク。その主役は最後に台頭した一神教狂信者であり最後の超大国アメリカである。
マクロの視点では「自滅へと暴走しつつある一神教」だが、ミクロの視点では大体の問題は次の二点から発生していると言える。それは上記の通り「お金」と、それがもたらした人間の「肥大した物欲」、つまり物質的豊かさが人間を贅沢我が儘にしたということ。
オリンピック開催に押されたが、今旬の話題「いじめ」に触れてみる。色々と要因は考えられるが、一つの要因に教師の力量で子供の抑えが効かなくなっていることがある。教師で子供の押さえが聞かないのには、ちょっとでも厳しいことをするとモンスターペアレントが苦情を言うという事情もあろう。親から文句を言われるので教師がびびってしまうというか。
しかしそれ以上に問題と思われるのは、子供が大人をなめきっていることではないかと考える。例えば最近の女子高生女子中学生(以下JK・JC)の一部は、「大人はみんなソープランドで女を買っている」と思っているようだ。小生はソープなど行ったことは無いのだが、それを現役女子高生世代に聞かれて答えたところ、「エーそんな筈ない、絶対ウソだ」と言われた。彼女たちの意識は、「大人はどうせ金で女買うんだろ、自分たちにも金払ってやらせて欲しいと言うんだろ」という感じらしいのだ。彼女たちも金が欲しければ、そういう「大人の相手」をしてやるということになる。同等、以下である。
昔なら貞操観念が守るべき価値観としてあった。しかし今はお金とそれがかなえる物欲が至上のものとして、他の価値感を一掃してしまっている。これはグル絶対のオウム信者が、家族を捨て社会を捨て殺人を含めた犯罪をも厭わないのと類似している。
自分たちの体目当てに、「裸の写真送って」という大人を、JK・JCが尊敬などするだろうか?剣道日本一が、剣道ファンの女子高生に「裸の写真送って」と何度も要求して逮捕という事件があった。さぞかしその剣道ファンJKも失望しただろうが、いにしえの剣聖達も草葉の陰で泣いているであろう。
いずれにせよ、教育現場に警察力が介入しなければいじめが解決できないというのは、末期的症状。上記のソープランド・援助交際のことだけではなかろうが、なめられた大人が、子供に規範となるはずの価値観を呈示できないということ。もはや教師達にはその力量も裁量もない。
非行と同じくいじめは、子供の側の何らかの差別化、価値基準を求める叫びとも言える。『全員で手をつないで横一線でゴールする徒競走』や『出演者全員がシンデレラ(主役)になる学芸会の劇』などの悪平等を進める教育が幅を効かせれば尚更そうなる。
ではそれを警察という強制力で押さえ込むとどうなるだろうか?本来は学校という教育の場で保護され見守られつつ育成される子供(いじめの加害者)が、大人と同じ刑事罰基準で裁かれることになる。これは最初の問題である、何も知らない振り込め詐欺の受け子が逮捕されるのと似ている。暴力団追放など、犯罪要因を握りつぶそうとすればするほど、犯罪組織の悪は地下に潜り、見分けがつかなくなった一般市民が犠牲になるようなもの。
これは抽象的イメージで把握しづらいが、問題の本質は一神教的思考・父性原理による過度の締め付けである。世の中全てを白にすることは出来ない。黒を追い詰めようとすればするほど、灰色がかったところも黒となり、ついには自らのクビを締めることになる。
コメント