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ヤギの利用法

山羊の利用法

 

 山羊は乳肉・毛皮生産のための用畜としてだけでなく、雑草・潅木除去や牽引のための役畜あるいは堆厩肥を供給する糞畜として多面的な利用価値を持っています。さらに、最近では伴侶動物として情操教育の場面でも利用されてきています。
 開発国か途上国かを問わず、いろいろな地域で多種多様に利用されているのが山羊です。アフリカでは民族対立紛争、内戦、独立戦争後の難民救済や経済発展のために山羊が重要な役割を果たしています。夫が戦地に赴いている間、家庭を守るのは婦人や子供であり、野草、潅木、残渣などの未利用資源を乳、肉、被毛、皮などの動物蛋白質に変え、彼女らが容易に飼育できるサイズの家畜と言えば山羊なのです。



 かつて山羊が多く飼われていた戦後の日本では、牛乳が容易に入手出来なかったため、その代用として山羊乳が消費されていました。1940年代生まれの方々の中には、河川敷や家の近くで山羊が飼われていて山羊乳を飲んだことがある、母が栄養不足で母乳が十分得られなかったので山羊乳で育てられたなどの経験を持っている人がいるはずです。実は、山羊乳には単なる牛乳の代用ではなく、母乳に近い成分を有しているという特長があるのです。
 牛乳を飲むと消化不良や下痢などの症状(いわゆる牛乳アレルギー)を示す人や幼児でも山羊乳ではこうした症状を示さないことがあります。これは山羊乳が牛乳と比べ乳中の脂肪球が小さく(牛乳のように均質化する必要がない)、胃内で形成される凝乳が軟らかい(乳蛋白質が消化され易く,アミノ酸が吸収され易い)ためです。乳蛋白質の主成分であるカゼインにはαS1−カゼインという蛋白質がありますが、山羊乳にはこれが含まれていません。また、乳清中の主要蛋白質であるβ−ラクトグロブリンも山羊乳と牛乳とでは化学的・物理的性質が異なっています。最近の研究によると、これらの蛋白質が牛乳アレルギーの原因物質(アレルゲン)であると報告されています。また、山羊乳には結核菌や牛流産菌(ブルセラ菌)がほとんど存在しないため、原乳のまま飲用してもそれらの細菌に由来する各種疾病に感染する危険性が小さいという衛生学的な利点も認められています。さらに、動物の胆汁や軟体動物(イカ、タコ、貝類)に含まれ、アミノ酸代謝産物であるタウリンが山羊乳には牛乳の約20倍含まれており、タウリンはコレステロールを調節したり、糖尿病性網膜症による視力障害を緩和することが示唆されていることから、医学面での山羊乳の効果が注目されています。
 一方、山羊乳には葉酸(ビタミンB複合体で造血機能に関与)が少ないため、山羊乳だけを乳幼児に与えた場合の葉酸欠乏症(貧血)が懸念されています。また、加工面でも脂肪球の小さいことが逆にクリームの分離を難しくし、バターの製造には難点があると言われています。
 ヨーロッパでは、山羊乳は飲用としてよりもむしろチーズやヨーグルトなどの加工品として利用されています。とくに、フランスの山羊乳チーズは「フロマージュ・ド・シェーブル」と呼ばれ、トゥーレーヌ地方やポワトー・シャラント地方で山羊乳チーズ生産が盛んです。独特の風味を持ち、ワインとの相性がよいことから、山羊乳チーズは牛乳チーズよりも高価であり、23倍の値段で販売されています。わが国では、岩手、長野、茨城、宮崎県で山羊乳生産が盛んであり、茨城県水戸市では山羊乳をチーズ、ヨーグルト、ソフトクリームなどに加工し、森林公園の「森のシェーブル館」で販売しています。また、岩手県花巻市や宮崎県山之口町では牛乳アレルギーの人のための代用乳として、あるいは乳幼児の母乳から牛乳への移行を円滑に行うための離乳食として元酪農家が山羊乳を生産して販売しています。ただ、飲用乳の場合、人によっては山羊乳独特の風味に好き嫌いがあるようです。風味に抵抗がある人にはコーヒー、ココアパウダー、蜂蜜、レモン、きな粉などを加えると飲み易くなります。山羊乳の風味については、乳脂質中の短鎖〜中鎖脂肪酸が牛乳よりも山羊乳で多く、とくにカプリン酸が著しく多いことと関連しているようです。
 飲用乳の他、韓国北部では山羊乳石鹸(山羊乳45%含有)が製造され、都心向けに販売されています。




 世界的に見ると、山羊肉は民族や宗教を越えて共通して消費できる庶民的な肉と言えます。ヒンズー教徒は牛肉を食べませんし、イスラム教徒は豚肉を食べません。また、スペイン系民族は脂肪分の少ない山羊の赤身肉を好みます。したがって、インド、パキスタン、バングラデシュ、ネパール、マレーシア、インドネシア、アフリカ、中南米などの国々で山羊肉がよく食べられています。インドネシアでは、山羊肉が代表的庶民料理であるサテ(山羊肉の串焼き)に用いられたり、イスラム教徒の儀式での生贄として利用されています。また、韓国でも在来黒山羊のエキス(4ヵ月齢未満の若雄山羊の内臓を取り除いた枝肉を十数種類の薬草や海草とともに長時間煮込んだスープ)が滋養強壮・婦人病治療用として消費されています。
 山羊肉の特長は低脂肪、高蛋白質であり、皮下脂肪が少ないことです。また、山羊肉の脂肪は他の反芻家畜と異なり、不飽和脂肪酸が多く、とくにリノール酸に富んでいることが明らかにされており、飽和脂肪酸の多い食品を摂取しがちな現代人の食生活においては山羊肉を食べることが健康維持の観点からも意義深いと考えられます。韓国では山羊肉や前述の山羊エキスが体を温め、冷え性に効果があると言われていますが、高血圧の人には逆効果との説もあります。
 わが国では、沖縄や奄美地方で郷土料理や薬膳としての需要があり、景気がよい時には供給が間に合わずオーストラリアから輸入していたほどです。山羊肉料理には山羊汁、刺身、炒め物、雑炊などがありますが、沖縄と奄美地方では山羊臭に対する好みの違いから山羊汁の味付け(前者は薄塩仕立て、後者は味噌仕立て)や山羊刺しの調理法(前者は雄の皮付き肉、後者は去勢雄や雌の皮なし肉)も異なります。長野県のJAみなみ信州では、乳用山羊の雄や老廃雌の肉利用を促進するため、ジンギスカンのような味付け肉を商品開発し、販路拡大を図っています。



毛皮


 山羊毛生産は南アフリカや中央アジア山岳地帯で盛んですが、それら乾燥地域とわが国の湿潤地域とでは気候風土が異なるため、山羊毛生産の普及は困難と思われます。しかし、わが国でも数頭の毛用種を飼育しながら羊毛を採り、小規模に織物製品を販売している所もあります。福岡県志摩町の工房「遊牧民」では、個人でアンゴラ山羊を飼育し、モヘアを紡いで織物を作っています。モヘアもカシミアも軽量ながら保温性に富むことから高級羊毛として珍重されます。
 皮生産はアジアだけで世界の70%が行われ、肉生産と同様に中国、インド、パキスタンが中心です。皮は肉利用した後の副産物であり、自給的性格が強いのが特徴です。中央アジア山岳地帯や西アジアの遊牧民にとっては衣類や食糧保存容器として生活上大切な資源です。




 山羊の糞は緬羊や鹿と同じように粒状です。家畜の中では最も水分が少ない(5060%)ため、堆肥作りのために水分調整の必要がなく、短期間で堆肥が出来ます。沖縄では、舎飼いで山羊を約900頭飼育している生産者が山羊が排泄した糞を袋詰めにして近くの園芸農家に販売しています。また、奄美大島では山羊飼育と果樹生産を組み合わせて有機栽培に取り組み、堆肥化した山羊糞を施用することによって味がよく大きなバナナ、スモモ、柑橘類を生産している方がいます。



使役


 山羊を役畜として利用する場合、遊牧体系の中で緬羊群に山羊を混牧することにより山羊にリーダーシップを執らせたり、雄山羊に人や物を牽引させる国がありますが、牛や緬羊よりも採食範囲の広い山羊特有の食性を利用して草地、林地、樹園地あるいは遊休地の除草・潅木除去を行っている国々もあります。

[1]
草地における利用
 放牧地における家畜の選択採食や雑草侵入により生じる不均一な植生を少なくし、草地の利用率を向上させるための生態的草地管理法(除草剤や大型機械を用いない掃除刈り法)として、山羊だけを放牧する以外に、異種家畜の採食行動特性の違いを利用した混牧(牛と山羊を同じ牧区に同時に放牧する)や先行・後追い放牧(牛を放牧した後に山羊を入れ、牛の残食草を山羊に採食させる)などがあります。農水省草地試験場の研究によると、チカラシバという強害雑草が優占した草地に10a当たり3頭の山羊を放牧すると2年目でチカラシバが大幅に減ったことが報告されています。また、牛と山羊を野草地に混牧した場合、3年目にススキが減り、短草型のシバ草地に変わったり、牛が採食しない植物を食べる(採食植物の種類が多い)ことが示されています。さらに、強害雑草であるエゾノギシギシの優占草地に山羊を後追い放牧した場合にも除草効果が認められています。

[2]
林地における利用
 森林管理労働者の高齢化や後継者不足により育林作業としての下刈りやつる切りが難しくなりつつあることに加えて、急斜面での作業が危険を伴うため、人為的な育林作業に代わり、放牧家畜を利用して省力的に森林管理を行うと同時に家畜生産を行う林内放牧が展開されています。アメリカのカリフォルニア州にある森林公園では、山羊に下草を食べさせることにより防火帯を作り、森林火災につながる林床の枯れ草・枯れ木を減らしたことが報告されています。ただし、放牧強度(単位面積当たりの頭数)、放牧期間あるいは樹齢によっては樹木への食害も見られることから、様々な条件下での情報蓄積が望まれます。

[3]
樹園地における利用
 プランテーション、果樹園、茶園などにおける下刈りを省力化する試みとして家禽類(鶏、七面鳥、合鴨など)が用いられていますが、山羊の利用も行われています。インドネシアやマレーシアでは、ゴム、ヤシ、コーヒー、熱帯フルーツなどプランテーションの下草を山羊に除去させることで作物の収量が増え、除草コストも削減出来たことが示されています。また、和歌山県那珂町の有機農業生産者は果樹園(桃、スモモ、柿)に山羊を繋牧し、除草効果と山羊糞による肥料効果をねらって循環型農業に取り組むとともに、山羊から得た乳を牛乳アレルギーの子供に飲ませています。名古屋大学の果樹園でも柿の葉への食害が見られたものの、山羊による下草抑制効果が認められています。

[4]
遊休地・その他における利用
 農業従事者の減少に伴い耕作放棄地も年々増加し、とくに山間地での放棄率は高くなっています。放棄率が高くなると土砂災害発生の危険性も大きくなるので、農地として利用しなくとも適切な保全・管理が必要です。高知県土佐町にある休耕棚田では、山羊を放牧することにより雑草を抑圧し、急斜面でも大きな崩れがなかったことが明らかにされています。また、高速道路の法面、河川敷、公園などの雑草管理にも山羊利用の可能性が示唆されています。
 放牧ではありませんが、千葉県のある造園業者は山羊を飼育し、未利用木質資源である庭木の剪定枝を飼料として与えて有効利用しています。



伴侶動物


 従来の鶏、アヒル、ウサギに代わり、幼稚園や小学校で山羊を飼いたいという人が増えています。また、農業高校の中で牛、豚、鶏に加えて山羊を導入している所もあります。人なつこくて、小柄で取り扱い易い、低質飼料で飼えるなどの理由から学校教育に導入され始めているものと考えられます。熊本市のある幼稚園では、園児に山羊の世話をさせることで動物の誕生から死までを体験させ、命の尊さを教えることによって総合学習を試みています。また、鹿児島市の小学校のある校長先生によれば、普段あまり活発でない児童が山羊の飼育当番の時には積極的になり、山羊とのふれあいによって学習・生活態度も変わったと山羊による教育効果を評価しています。さらに、愛知県の中山間地にある小学校では、家庭・地域が一体となって山羊飼育に取り組むことによって動物への思いやりを持つとともに、飼育を支援してくれた地域の人々とのつながりの大切さを実感出来たと評しています。
 子供にとって山羊の人気の理由は目線が同じだということです。逆に、子供の目線が山羊と同じであることは山羊にとっても安心感を与えるものです。山羊飼育を通して家庭における山羊についての対話が増え、最近、希薄になりがちな親子間のコミュニケーションの復元が期待されます。

 

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