昭和56年の国道36号室蘭新道の完成から来年で30年を迎える。室蘭市日の出町から中央町を結ぶ総延長8・28キロのうち、輪西―母恋ランプ間は全国初の無料自動車専用道路として注目された。渋滞緩和や白鳥新道開通につながった一方で、車と人の流れ、マチを大きく変化させたバイパスでもある。
昭和40年代、札幌と室蘭を結ぶ国道36号の役割は増し、自動車の激増に伴う混雑が顕著となった。特定重要港湾の室蘭港、企業や官公庁、商圏が集中する蘭西方面の動脈は国道1本で、昭和46年6月の輪西町の交通容量は1日1万500台だったが4万台を超えていた。わずか8キロの区間に約1時間かかるなど、通勤にも大きな支障が出ていた。
こうした背景からバイパスの必要性が高まり、室蘭新道整備は同45年度に着手、翌年から本工事に入った。
総延長のうち、新日本製鉄室蘭製鉄所、日本製鋼所室蘭製作所の構内を抜け、鉄道をまたぐ高架橋は合わせて2・17キロ。トンネルは0・53キロ。ランプは5カ所設けられた。千歳交差点の改良、歩道橋完成により同56年3月に完工した。総工費は約238億円。
当時、一般国道のバイパスとして無料の自動車専用道路は全国初だった。当時室蘭市土木部都市計画課に所属した濱口次登さん(66)は「以後建設された国道の無料自動車専用道のモデルとなった」と話す。室蘭開発建設部も「当時としては画期的な事業」と胸を張る。
全線供用開始から区間の交通渋滞は大幅に緩和。自動車専用道の交通分担率は、昭和55年度の道路交通情勢調査で71%を占め、旧道の交通量減が裏付けられた。
一方で、バイパスの開通により人と車の流れが大きく変わり、マチに変化をもたらした。「輪西の商店街は通過点になった」と輪西町で靴店を営む平武彦さん(65)は地域の疲弊を指摘する。
「交通量が増え続けて国道一本では間に合わなくなった。道路の必要性は否定できない」と理解しているが、「国の事業仕分けで言われるように、本当に住民に必要かという必然性と、望んだ形態かを十分協議し施策に反映させることで今後の教訓になれば」と願っている。
(粟島暁浩)
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