20世紀初め、東洋最大の金融街として栄えた上海・外灘。その北部に8階建ての西洋建築「外灘27号」がある。アヘン密輸で財をなした英ジャーディン・マセソン商会の拠点だったビルだ。
水曜日の夜になると、ここでワイン試飲パーティーが開かれる。週がわりのワインを味わうのは、不動産や自動車など勢いのある業界の約100人。英国租界の香りと中国の近未来を一望できる特等席で、男女がワイングラスを傾ける。
「中国でいまワインを最も好むのは35~45歳くらいの成功した人々だ」。そう話すのは、自動車部品メーカーを経営する沈鴻亮(50)。息子(21)とともに、毎週のように試飲会でワインの香りを楽しんでいる。
「成功者」らは、ふだんは1本5000元(約6万円。1元は約12円)前後の赤ワインを好むという。名の知れたフランスワインはステータス。沈も、二つある自宅のワインセラーで数百本を寝かせている。
外灘27号の2階には、上海で最大級のワインセラーがある。ボトル17本分のスペースを借りるのに、3年間で25万元(約300万円)かかる。約3万本が保管され、51万8000元(約622万円)のロマネ・コンティ1982年もあった。
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ワインを飲む中国人が増えている。最近はカラオケボックスにも100元くらいの中国産ワインが置かれ、若者が気軽に味わうようになった。
昨年の輸入量は28万6000キロリットル。5年前の5.4倍に増えた。特にフランス・ボルドー産が好まれ、ボルドーから輸出されるワインの6割が中国向け(香港を含む)。世界最大のお得意さまだ。
7月には、上海ワイン取引所がオープンした。「本家」のロンドンに次いで世界で2カ所目となる。
オンライン画面にはフランス高級ワインなど130銘柄が並び、会員はリアルタイムで売買する。飲みたければ現物を手にすることもできるし、取引所のセラーに寝かせておいて値上がりを待つこともできる。
多くが1本2000~1万数千元で、株式市場のように値上がり銘柄は赤、値下がりは緑で表示される。最近は欧州金融危機のため「緑」も目立つが、月3000万元(3億6000万円)近くの取引が成立している。
「5年以内に中国は世界最大のワイン市場になる。それだけ変化は早い」。取引所総裁の顧光は自信たっぷりだ。
変化の一端は乾杯文化にも見られる。
中国の宴会では乾杯が欠かせない。少し前までは、白酒(パイチュウ)や紹興酒、ビールだった。
10月下旬、浙江省・寧波の郊外の温泉ホテルで、台湾のビジネスマンと地元の政府幹部が懇親会を開いた。双方の幹部ら約100人が乾杯していた酒は中国産赤ワイン。台湾人も中国人も30以上あるテーブルを回ってグラスを一気に逆さまにする。またたく間に35本が空になった。
顧は言う。「乾杯ではワインを飲み干すので、消費量が一気にのびる」
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中国内陸部のワイン商(43)は11月初旬、香港の超高級ホテルであったワインオークション会場にいた。
6万8000、7万2000……。香港ドル(1香港ドルは約10円)の競り値がどんどん上がる。超高級ワインともなると、競り値は2万香港ドルずつ上がる。参加者は欧米人や香港人ら約300人。
みなワインを飲みながら忙しそうに札を上げるなか、そのワイン商は眠そうにカタログをめくっていた。
「私のお客は不動産関係が多く、政府幹部への贈り物や賄賂として使う人ばかり。高い酒しか興味がない」。贈り物や賄賂をもらう人たちは、ワインの知識が乏しい。「だから、高ければ高いほど宴会の話の種になり、乾杯に使われる」
このオークションは、米大手ワインオークション会社「アッカー・メラル&コンディット」が主催した。2日間で1億1200万香港ドルを売り上げ、単独のワインオークションとしては世界記録を更新した。
香港では秋から冬にかけ、こうしたオークションが月に何回もある。08年に香港のワイン関税が撤廃され、中国の富裕層の投資が増えたこともあり、昨年、ニューヨークを抜いて世界最大のワインオークション市場になった。
アッカー社の最高経営責任者ジョン・カポンは言う。「中国人が必要としているのは『ベスト』。中国のワイン市場は始まったばかりだ」
(奥寺淳)
(文中敬称略)