2012年07月28日

ディズニーを愛した手塚治虫

愛情と思いやり思想が欠落している読売新聞は、一つのエピソードが読売新聞に掲載されたエピソードに「似ている」というだけで『最後のパレード〜ディズニーランドで本当にあった心温まる話』の著者の私を「盗作者」にでっちあげ、人権、信用、仕事、健康、家族を奪っていった。

朝日新聞の社説から
著作権法―利用者の声を、もっと
<引用開始>
 著作者やその継承者の権利を強める動きに、利用者の立場が十分に反映されているとは言いがたい。無法な複製は許されないが、あまりに制限されていると感じられるのも、息苦しい。
<引用終了>

まともな論評と評価したい。

最後のパレード事件時に私は「東京ディズニーランドで発生するエピソードは、全キャストや国民が共有する公共財である」と発言した。今もその考えはまったく変わっていないし、東京ディズニーランドの実質的な創建者である上澤昇元オリエンタルランド副社長も「全く問題ない」とおっしゃってくださっている。

ディズニーランドの公益性の高さについて書く。「無知害」読売記者が何も知らないで土足で「不法侵入」してきたディズニーの世界の「真実」を知らないと、読売の捏造記事による報道被害の全容は決して理解できないからだ。

東京ディズニーランドの開発理念について、パークを築き上げた上澤昇オリエンタルランド元副社長は、著書にこのように書いている。

「公有水面という国民の共通財産を埋め立ててつくった土地を使用する私達には、国民に喜んでもらえる施設を造って、企業の社会的責任を果たしていく責務がある。」

舞浜の舞台だけではなく、ミッキーマウスやミニーマウス、そしてディズニーランドの親善大使であるアンバサダーは、30年間近くに渡り福祉施設や病院などを訪れ、パークを訪れることができない人々を慰問し続けてきた。

このように、善意による幸福の創造を理念にかかげたディズニー・テーマパークではあるが、その成功をねたむ読売新聞社のような「アンチ・ディズニー」は五万といるのも事実である。このようなマインドが貧困な人々にディズニー・テーマパークの素晴らしさを語っても決して何も伝わらない。

反対に、ディズニーを愛し続ける心豊かな人々はディズニーを称賛する。以下にディズニーを愛した手塚治虫氏のエピソードを紹介する。

「ディズニーの国」という月刊誌の1963年10月号に手塚治虫氏自身が子供たち向けの短い文章を寄稿している。

<引用開始>
「ディズニーさんとぼく」

こういう題をかきましたが、ディズニーさんとはあったこともないし、だいいち、ぼくとはおやこぐらいとしがちがいます。

でもぼくは、ディズニーさんを先生というより、おとうさんのようにしたっているし、大すきなのです。

ディズニーさんの映画でなんといってもいいのは、どの映画も、よわいものや、ちいさなもののみかたになってつくられていることです。それから、もうひとつ、どんな悪者がでてきても、かならず心の底に、なにかやさしさと、したしみがかくれているからです。ぼくは、バンビやわんわん物語が大すきなのですが、マンガ映画で、涙がでてきたのは、けっしてぼくがおセンチのせいではないでしょう。

ディズニーさんのえらいところは、世界じゅうのこどもたちのために、映画だけではなく、いろんなおもちゃや、遊園地をつくって、自分の夢をどんどん実現していったことでしょう。

はじめは、とてもまずしかったそうです。おくさんと、豆ばかりたべながら、ミッキーマウスをつくった話をきいていますし、白雪姫ができあがったとき、一文なしになって、みすぼらしいかっこうをしながら、白雪姫の映画館のまえの、お客の長い列のうしろでじっと立っていた話も聞いています。お金もうけのためや、じぶんの名まえをうるだけのためなら、とてもできないことです。でも、世界じゅうが―日本でも―ディズニーさんがやりとげたことを、あとから、どんどんまねしはじめました。ぼくだって、ディズニーさんのあとをおいかけるために、絵をそっくりまねしたものです。

このあいだ、ディズニーランドのまねをした、遊園地へいってきましたが、なにからなにまで、ディズニーランドそっくりなのですが、なにか、ひとつものたりないのです。見おわって、そのたりないものがなにか、やっとわかりました。こどもたちへの愛情だったのです。つまり、ほんとに心のそこから、こどもたちのためにつくったものではなかったのです。

ディズニーさん、どうか長生きして、もっともっと、世界じゅうのこどもたちをよろこばせてください。
<引用終了>

「エンタメ」の夜明け ディズニーランドが日本に来た! 馬場康夫著 講談社より

その3年後・・・ウォルト・ディズニーは帰らぬ人となった。65歳だった。

この本にはこのように書かれている。

<引用開始>
「ディズニーの国」という、ディズニーのいわば公式雑誌に手塚が寄せたこの一文は、軽やかな文章とは逆に、その内容はとてつもなく深く重い。特に「ぼくだって、ディズニーさんのあとをおいかけるために、絵をそっくりまねしたものです。」という一節には、心を動かさずにはいられない。なぜならそれは、手塚治虫が、ウォルト・ディズニーは「好き」で真似した相手を訴えたりするはずがないと、心から信頼していた証拠だからだ。

そもそもディズニーの長編アニメの大半は、世界の有名なおとぎ話のリメイクである。

<中略>

エンタテイメントは、先の時代を生きたクリエーターの愛と信頼に基づく模倣の積み重ねであることを、シェイクスピア以降、誰よりも明確に示したのは、ウォルト・ディズニーその人であった。ディズニーランドのアメリカ河に浮かぶ、トム・ソーヤ島やマーク・トウェイン号を見るたびに、私たちはマーク・トウェインの作品に憧れ、模倣し、それを乗り越えたウォルトの、マークに対する心からの尊敬と愛情を感じて、微笑まずにはいられない。
<引用終了>

6月2日の朝日新聞には、手塚治虫氏が敗戦直後に米兵に殴られたと書かれている。それでも、世界の「手塚」はアメリカ人のウォルト・ディズニーを敬愛した。読売新聞の全社員に聞かせたい話である。

posted by M.NAKAMURA at 10:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

弁護士 金に狂った忌々しい奴ら

映画「ショーシャンクの空に」では、服役囚アンディーと刑務官ハドリーの間でこのような会話がなされています。

アンディー:非課税贈与の手続きをするものを必要とされてらっしゃると思います。経済的にもご負担がかかりますよ。弁護士だとか。

ハドリー:あの金に狂った忌々しい奴らか。

アンディー:そうです。
The Shawshank Redemption
http://home.soka.ac.jp/~taabe/pdfdoc/shako.pdf


日本人は、法律を勉強した者は法律を守る、と大きな考え違いをしています。

「聖書」名表現の常識 石黒マリーローズ 講談社現代新書
<引用開始>
地獄にまつわるジョーク
キリスト教社会の子どもたちの多くは、幼いころから「悪い人は地獄に行く」と親に聞かされて育っています。そこでアメリカには、こんなジョークがあるそうです。
 ある母親が、娘に言いました。「地獄は、とても悪い人と弁護士さんが行くところなのよ」本来は正義の味方のはずの弁護士ですが、あの手この手で被告の罪を軽減させようとすることから、アメリカでは「弁護士は天国にいけない」と言われているのです。訴訟の国アメリカならではの話かもしれません。
 弁護士に関しては、こんな話もあります。聖ペテロが天国の鍵を持っていることは、前にお話ししました。実は、天国と地獄の間に設けられている門はときどき壊れてしまうので、彼は修理をしなければなりません。あるときペテロはそれを悪魔に頼もうとしました。悪魔がそれを断るとペテロは「訴えてやる」と怒りました。すると悪魔は、ニヤッと笑ってこう言いました。「どこに弁護士がいるんだい?」
 弁護士はみんな地獄に落ちてしまうので、ペトロのいる天国にはひとりもいないはずだ、ということです。
<引用終了>

オウム真理教の麻原彰晃の私設弁護人に対し、当時大きな疑問が投げかけられたのを覚えている方は多いでしょう。
「なぜ、刑を軽くする弁護をするのか」というものでしたが、上記のアメリカの事情を知れば納得するでしょう。

弁護士法
第1章 弁護士の使命及び職務
(弁護士の使命)
第1条 弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする。
2 弁護士は、前項の使命に基き、誠実にその職務を行い、社会秩序の維持及び法律制度の改善に努力しなければならない。

まさに「へそが茶を沸かす」です。ネット用語なら(爆笑)です。

『最後のパレード〜ディズニーランドで本当にあった心温まる話』事件におけるサンクチュアリ出版の弁護士も同じでした。私の基本的人権などお構いなし、サンクチュアリ出版の逃げ切りに参画し、私をスケープゴート、生贄(いけにえ)にしたのです。つまり、弁護士報酬を得たいがために、「基本的人権と社会正義を無視し、金に忠実にその職務を行い、社会秩序の崩壊および法律制度の悪運用に努力した」のです。

この弁護士の反社会的行動もあり、私の精神病は悪化し続けました。紀藤正樹弁護士はサンクチュアリ出版の鶴巻社長から「サンクチュアリ出版にも責任がある」という言質を取ってくださっています。ですから、裁判になれば「中村が全責任をとれ」としてきたサンクチュアリ出版の弁護士は必ず敗訴するのです。

私一人を抹消すればサンクチュアリ出版は生き残れると導いたサンクチュアリ出版の弁護士名は、以下の記事に記してあります。

書店をだましたサンクチュアリ出版
http://dream333.seesaa.net/article/277600496.html

posted by M.NAKAMURA at 10:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

原発事故原因「ポンコツアメ車の無免許運転」

23日に政府の最終報告書が公表されて以来、24日を除いて新聞各社の事故分析報道や主張報道が見受けられませんでしたが、今日の毎日新聞社説はこのように記載しています。

社説:原発危険度 順位付けして公表せよ
<引用開始>
原発依存度を下げる方針を掲げている以上、政府はまず、リスクの高い原発から廃炉にしていく決断を示す必要がある。そのためには、単に「40年廃炉」を指標とするだけでは不十分だ。複数の指標で原発のリスクを判定し、全原発の相対的な危険度を公表してもらいたい。
 炉型は当然、指標のひとつだ。福島第1原発と同型の女川、敦賀、島根の各1号機には、廃炉を考えるべきリスクがある。
<引用終了>
http://mainichi.jp/opinion/news/20120728k0000m070183000c.html

私はこのブログに「GEの原発は危ない、訓練で安全管理を徹底すべき」と記しましたが、毎日新聞の主張する、福島第一原子力発電所と同型の女川、敦賀、島根の各1号機を廃炉にという案に賛同します。

その理由です。こちらの記事をご覧ください。

原発事故のA級戦犯はゼネラル・エレクトリック社だ
<引用開始>
イメルト会長はこの訪日で東電経営陣とも会談したが、これもまた重要な商談の要素をはらんでいた。東電は福島第一、福島第二の両原発を失ったため、夏に向けた応急処置として火力発電用タービンを掻き集めざるを得なかった。このタービンの中に、GE製のものが多く含まれているのだ。「GE側はタービンを有償で、こともあろうにいつもの五割増の値段をふっかけてきた。協力なんて名ばかりで、ただの火事場泥棒だ」と東電幹部は憤る。

 収束ビジネスに色気を出す一方で、事故の解明に向けた取り組みには極めて後ろ向きだ。原賠法でいかに厳重に保護されているとはいえ、緊急時の復旧機能に支障があれば原発輸出に響くと思ったのだろうか。GEはこの期に及んでも「福島第一1号機の情報すべては東電に伝えていない」(原子力関係者)という。

<中略>

米国政府の後ろ盾を得て、火事場泥棒を続けるGEを裁く手段を日本は持たない。菅直人首相の肝いりで発足した「東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会」も原子力専門家は排除されており、福島第一原発事故におけるGEの罪を暴けそうにない。

 福島第一原発でこれだけの被害を出しながら、日本政府は停止中の原発の再稼働を地元に要請し始めた。GEが主契約者となった国内の原発は福島第一、福島第二原発以外にもまだ四基あり、福島第一1号機と完全に同型の原子炉さえ存在する。GEの責任を追及しないまま原発を動かし続ける事態など、許されていいはずがない。
<引用終了>
http://www.sentaku.co.jp/category/economies/post-1724.php

私は、ディズニーランド出身の安全管理の専門家として重要な証言をしていく用意があります。

今日はその1です。
「アメリカ製の部品は故障につながることが多かった」

アメリカ方式です。たとえばビックサンダー・マウンテンでも「アメリカ製」であることが求められ、車体もアメリカから運ばれてきたものでした。そして、その後しばらくの間は摩耗する部品もアメリカ製を購入する契約になっていました。

もちろん契約ですから異論を唱えることはできませんし、してきませんでした。しかし、です。アメリカ製の部品は品質が悪く壊れやすいものでしたので、TDLでは耐用日数の7割で部品交換をしています。

私たちオペレーション側のキャストはメンテナンスキャストと「日本製の部品が使える日が来るのが待ち遠しい」とよく話したものです。

21世紀になり少しは「まし」になったと思われますが、20世紀のアメリカでは、故障で道端に転がっている車はアメ車ばかりだったそうです。

すべてが万事、アメリカ製は品質が悪いのです。原子力発電所も同じです。福島第一原子力発電所の事故を要約すれば「ポンコツのアメ車の鍵を渡された訓練を受けていない、情報も与えられていない東電社員の格闘の末の事故」と言えるでしょう。

私には計画があります。それは、福島第二原子力発電所の増田所長などにメールを送ることです。日本社会は「無知害」マスメディアからの情報を信じてしまっていますが、「現場は素晴らしい仕事をした」ことを伝えたいと思います。もちろん、現場の人間が声を上げることはできないということは分かっています。それでも、海外メディアなどに対して、「ポンコツアメ車」原発であったことをアピールしていくことは重要なことであると考えます。
posted by M.NAKAMURA at 09:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月27日

まだわからないのですか


聖書より

それに気づいてイエスは言われた。「なぜ、パンがないといって議論しているのですか。まだわからないのですか、悟らないのですか。心が堅く閉じているのですか。
目がありながら見えないのですか。耳がありながら聞こえないのですか。あなたがたは、覚えていないのですか。
マルコの福音書 8章 17節18節

イエスのコミュニケーションはこのように直接的なアプローチです。日本人は反対に直接的なアプローチを「無作法で思いやりの無い攻撃的なアプローチ」と捉え嫌がります。他方アメリカ人は「無礼ではない、率直である」と受け取ります。

日本人の得意とする間接的なアプローチは、日本人は「礼儀正しく思いやりがある」と考えるのに対し、アメリカ人は「不正直で無作法」であると捉えます。

いじめの問題やセクハラ、パワハラ問題も子どもの頃から直接的アプロー手法を学んでいないがために問題が肥大化してしまったのです。

日本では「波風を立てずに妥協し調和すること」を是とする組織がほとんどのようですが、これも社会混乱を生み出した一因です。対決を恐れずに直接的なアプローチで相手と論争する能力が日本人に加われば、まさに「鬼に金棒」と言えるでしょう。反対に直接的なアプローチの仕方を学んでいない者がいくら英語を話しても、相手には「子供扱い」されるだけなのです。

最後に、以前に記したいじめ防止システムについて記しておきます。

「IBSいじめ 防止 システム」の概要を記します。

月に1度、全校生徒にテンプレート化された「告白文」「要望文」を提出させます。
いじめがあれば、先生がその生徒に提出された「告白文」を手渡し、先生二〜三人対生徒一人の面接を実施し、叱責指導します。
以後、改善が見受けられない場合には、教育委員会と連携し、いじめを行っている生徒を他校へ強制転校させます。

テンプレートの内容はこのダニエル論法に準ずればよく、「我慢すると自殺に追い込まれるほど苦しんでいます」ということを強調することです。
http://dream333.seesaa.net/article/280293951.html
posted by M.NAKAMURA at 13:19| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

政府事故調の最終報告書を批判するB

6月18日の記事「原発事故の真相を教えます」にこのように記しました。

バックフィットの大切さは、1981年の5月の第094回国会 エネルギー対策特別委員会で専門家から指摘されていますが、細川護煕元総理や共産党の山中郁子元議員などが、「何もしてこなかった」、つまり怠慢政治をしてきた結果が今回の事故につながったのです。共産党は「わが党は危険性を指摘してきた」と宣伝していますが、まったくのナンセンス、原発問題に口を出せる立場ではないことを思い知る必要があります。

http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/094/1720/09405291720007c.html

(長いです。難解です。しかしながら専門家からの指摘は最もなものばかりであり、この議事録を頭に入れない事故調査はありえません。原発問題の入り口であり、今後への指針もこの中に詰まっています。)
<終了>
http://dream333.seesaa.net/article/275838278.html

私は、この議事録が示す原子力発電所が抱える問題点を理解した上で、福島第二原子力発電所の安全研修に臨みました。

畑村委員会は、果たしてこのエネルギー対策特別委員会の議事録を読んでいるのでしょうか。聞いてみたい気持ちでいっぱいです。なぜなら、この特別委員会の提言は極めて貴重なものであるからです。

その中から、今日は一点だけ重要な点を指摘しておきます。それは「労働組合機能が全く働かない組織に安全はない」ということです。

この特別委員会は、1981年3月8日の敦賀原子力発電所廃液漏れ事故を受け、設立されたものです。

<引用開始>
○参考人(高松実君) 電力労連の政策局を担当している高松でございます。
<中略>
 電力労連は、エネルギーの安定供給のためには、現実的な問題として原子力発電は不可欠の選択と認識しています。そういう中で、スリーマイルアイランドの事故の教訓を生かしながら、ガラス張りで運営をしていくべきだということを強調してまいりました。特にスリーマイルアイランドの事故が、人為的なミスの重なりにより大きな事故に発展をしていった経過を踏まえまして、人為的なミスをいかに最小限に食いとめていくか、またそれに対応するような保安規定の見直しなど、運営体制の確立などを求めますとともに、仮に人為的なミスが発生をいたしましても、十分カバーできるようなハード面、設備面を整える、いわゆる品質管理のあり方などを電力経営はもちろんのこと、関係各位に要請してまいりました。
 また、労働組合としての組合員を初め、従事者に対しましても、みずからの技能におぼれることなく、安全を最優先に心がけるよう指導、教宣をしてきたところであります。その観点から、今回の敦賀原子力発電所の事故は、まことに重大であり、地域住民の方々を初め、多くの関係者の皆さんに多大の御迷惑をおかけいたしておりますが、事故の事前防止に労働組合として力が及ばなかったことについて、責任を痛感をしているところであります。目下、事実関係の把握に当たってまいりましたが、ほぼ全容が明らかになる中で、次々にこれまで知り得なかった新たな事実が明らかになるという事態は、率直に申し上げまして組合も背かれたと断ぜざるを得ないと思いますし、憤りの気持ちでいっぱいであります。この結果を会社が謙虚に反省をし、会社が責任の結末を厳格に措置して、特殊性の強い原子力発電を管理運営するに値をする経営体制の確立を断固として求めていきたいと考えているところであります。
 電力労連といたしましては、今回の問題を重要視いたしまして、内部に特別委員会を設置をいたしまして、事実関係の調査の終了次第、原子力発電所の安全確保に対する労働組合としての見解を明らかにしてまいりたいと考えております。
<引用終了>

オリエンタルランドには「OFS」というゼンセン同盟系の労働組合が存在し、上記のような「ガラス張りの運営」に大きく寄与しています。

翻って、現在の日本経済界における労働組合の存在価値はどれだけのものであるでしょうか。

私の持論は「国鉄の民営化は間違っていた」というものです。中曽根元首相も「民営化は労働組合つぶし」が目的の一つだったと認めているようですが、安全管理の専門家の私から見るとその弊害は甚大なものになってしまったと断じざるを得ません。

以下のシンポジウムはそのことを極めて明確に表現しています。

2005年09月14日16時51分掲載日刊ベリタの無料記事から引用
<引用開始>
先月28日開かれた「人らしくフェスティバル」で、中山千夏、鎌田慧、立山学の各氏が、公共性をはがし取った「民営化」の本質について、語り合った。(ベリタ通信)


国鉄民営分割化政策全体の見直しを」

立山 鎌田さんがおっしゃるとおりですね。ちょっと言っておきたいことは、安全性を向上するっていうやつは安全を優先しろということで、職場で事故を芽のうちから発見してチェックする労働組合の力を認めてあげないといけないですね、だって事故の芽を見つけるのは現場の人たちでしょう、それは事故になってまずいのちを失うのは鉄道労働者だから、このことを認めることによって国鉄時代にも事故はありましたが 世界一と評価される安全な輸送ができるようになったのは国鉄の安全闘争が盛り上がったからなんですね。だから世間ではいかにも大人なんてさ順法闘争をやったときに混乱したようなことをいいますけども、あれほど一番事故が減ってるんです。あれを証明するのは定刻発車という本が最近出ていますから、それをご覧になればね、順法闘争をやってたころには安全で遅れは少ないんですよね。それに2番目はね、そういうことをやったときにはね細かいことは別にしても国労と当局の間でもし遅れた場合に、もし遅れた場合無理な回復運転は絶対にしないという協定がむすばれているんですよ。これがいまだに生きていたら尼崎事故はなかったわけです。つまり無理な回復運転をしない、そうゆう圧力をかけませんということを労働組合と当局との間で結ばなきゃいけないですね。そのためには労働組合がね、経営から自立しなければだめなんだな。実際、経営の言いなりになるような組合ならだめなんでしょう。
<引用終了>
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=200509141651503

国鉄民営化の際に中核をなした労働組合員に課せられたのがあの「日勤教育」でした。徹底的に労働組合をやっつけたことが、今日の「不安社会」のもとになっているのです。

この点からの考察がなされていない政府や国会の事故報告書には「一文の価値もない」と言わざるを得ません。
posted by M.NAKAMURA at 11:48| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

精神科医に語った読売捏造報道後の自分

卑怯な読売新聞門間順平記者は『最後のパレード〜ディズニーランドで本当にあった心温まる話』の著者にも、出版社にも取材せずに私を「盗作者」と報道し、冤罪事件にでっち上げました。

私たち家族は3日間張り込まれました。私が近くの洋服の青山に買い物に出かけると門間順平記者の下っ端と思われる男が追いかけてきて私にこう言いました。

「盗用を認めますか」

私が「あなたは誰だ、名刺を出せ」と言うと、「読売新聞の記者だ、名刺は持っていないので車から取ってくる」と答えました。あきれ返りました。

買い物が終わると、待ち伏せしていた記者は同様な質問をしてきましたが、私は門間順平記者に語った内容同様に「江川事件で卑怯な読売が大嫌いになった人間だ。以後接点はない」と伝え家に戻りました。

さて、皆さんの中で、マスメディアのでっち上げ報道により、精神病にされ、名誉も人権も、仕事も家族も奪われ、その後3年以上「盗作作家」「キチガイ」と攻撃され続けている私以外の人間を知っている人はどれだけいるでしょうか。

親戚の家に泊まると「中村がいたから(怖くて)一睡もできなかった」と差別される人間がいることを知っている人はどれだけいるでしょうか。ゼロでしょう。それだけ世界史上でも特異な事件なのです。

ひどい国になったものです。まさに読売讒言(ざんげん 他人を陥れようとして、事実をまげ、いつわって悪しきさまに告げ口をすること)報道の成果物です。

さて、昨年の7月20日に多摩済生病院の精神科医の診察を受けました。その時に伝えた読売新聞捏造報道前と報道後の変化です。

「張り込みをされたことで、いつも誰かから監視されていると思うようになった」

「車のドアをバタンと閉める音を聞く度に、またヨミウリが襲ってきた!という恐怖感を抱くようになった」

このほか、怒りっぽくなったなど数十分に渡り話し、先生も傾聴してくださいました。

福島第一原子力発電所事故後の避難場所を訪れた東電の清水社長(当時)に、「清水、土下座しろ!」と叫んだ人がいました。菅直人首相に「菅さん、もう帰っちゃうんですか!」と怒りをあらわにした人がいました。

彼らはおそらく気付いていないと思われますが、「怒りっぽくなる」のはPTSDの症状なのです。お酒を飲んだり愚痴をこぼしたりして解消できるストレスと異なり、自分では対応できない程のショックを受けた時にできる心の傷、脳の機能障害であるPTSDを含むトラウマという病気にかかっていたのです。

当時、私は強い自殺願望と「真実を分かって欲しい」という気持ちが重なり「読売新聞社の前で焼身自殺したい」とブログに書き込みました。当時は自分が精神病であるとは少しも考えていませんでしたが、今から考えると、創価学会のすし屋で口論になったのも、読売新聞の捏造報道により追い詰められた私のなんらかの「防御行動」であったと考えられます。

私は今でも、車のドアがバタンと閉まる音に身を震わせます。読売新聞が再び襲ってくる恐怖感から脱しきれていません。唯一の救いは「家族と離れている」と言うことです。家族が襲われることがないからです。
posted by M.NAKAMURA at 10:48| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月26日

政府事故調の最終報告書を批判するA

私は、畑村洋太郎という人物を全く信用していない。最初から官僚の言いなりの報告書を書くと確信していたが、まさに「案の定」である。

敢えて評価するとしたら中間報告書では触れなかった福島第二原子力発電所(福二)の事故対応を明確に報告してくれたことである。
意識的なのかどうかわからないが、福島第一原子力発電所(福一)、福二の事故対応の「本文」はコピーできないようになっている。私の学習法は自分で打ち込んだテキストやコピーしたものをワードに貼り付け、「ページレイアウト」で右の余白を80mmに設定し、挿入したテキストボックスにコメントを記していくという方法で情報を知識化していくが、それができない。

一読しただけの感想は、「福二は知恵を成果に結びつけた」というものである。私は福二での安全管理講演で「想定することが事故を防ぐ」と繰り返し述べた。福二の事故対応の記録を見ると、まさに「次に起きる悪い状況を懸念して」というような表現が繰り返されている。
もちろん、事故時運転操作手順書に則っての対応であろうが、私の講演が少しでも役立ったのであれば望外の喜びである。

なぜなら、報告書には福一の対応が「失敗」と明記されているからだ。

報告書を読むといくつかのキーワードの存在に気付く。「主蒸気逃がし安全弁」「原子炉減圧」「原子炉注水ライン」「代替注水ライン」「低圧注水可能系統」などである。福二はかろうじて全電源喪失は免れたが2011年8月11日の東京新聞によると、増田尚宏所長は「人海戦術でかろうじて対応できた。人手が足りなければ無理だった。危機一髪だった」と話されているように、福一以上の事故との「格闘」の模様が最終報告書には記されている。

さて、福二の事故対応から東京電力の原発事故対応を類推してみる。
◆東電は福一を「捨てた」
東電本社は、被災後早い時期に「メルトダウンした」と確信したに違いない。報告書には、福二と東電本社とのやり取りが詳しく記載されている。驚くのは、11日の夜から12日にかけて復旧用のケーブルやポンプ、モーターを柏崎刈羽原子力発電所などから手配し始めているという点である。
報告書によると東電本部には高橋明男フェロー(特別研究員 大辞泉)がつめていた。私が講演をした時の福島第二原子力発電所長であり、その後柏崎刈羽原子力発電所長として中越沖地震を経験したまさに「現場人間」である。高橋フェローが本社側でできることを指揮していたことは容易に推察できる。

要約するとこういうことだ。

◇高橋フェローの技術論を聞いた東電幹部は、原子炉注水ラインが途絶えた福一はメルトダウンにより以後使いものにならないと早々に判断した。

◇福二を存続させることだけを考えた東電幹部は、福一のメルトダウンを隠し、福二の温存に全力を投じた。しかし、そのことが報道されると福一と対比されることになるので、これを隠した。

◇関連会社(三菱か日立か東芝)の作業員は福一から早期に退避していた可能性が高い(福二ではポンプ交換などの復旧作業に貢献している)。問題となっている「撤退問題」は、12日に水素爆発を起こし復旧の見込みがない福一の作業員を全員引き揚げさせたいという主旨であったと考えられる。

思想から行動がうみだされるのである。東電の「福二を死守することが第一、福一は捨てる」という思想から当時のさまざまな発言や行動が生み出されたのである。

それにしても、畑村委員会の調査報告書にはあきれる。最大の問題は福二の事故対応隠しである。事故から1年4か月も経てば「主蒸気逃がし安全弁」「原子炉減圧」「原子炉注水ライン」「代替注水ライン」「低圧注水可能系統」操作、維持において福二のような対応が福一でもできていれば15日の最悪の水素爆発は起きなかった、とは誰も考えない。実に巧妙である。

評価できることは「福二の事故対応を詳しく報告したこと」である。これは、他の原子力発電所でも「こうすればメルトダウンは防ぐことができる」ということを意味するからである。

福二では12日の零時ごろからベントの準備も始めている。欠陥原発と言われる同じGEの原子力発電装置に事故が発生した場合の新しいSOP「Standard Operating Procedure」(標準作業手順書)にいわば「取り扱い説明書」的な「放射性物質拡散防止作業手順書」を書き足すことにより、ベントの準備などの手順をマニュアル化できることになる。

その上で、訓練、訓練、また訓練である。そうすることにより、福一が圧力弁解放に失敗したような事象は起こらなくなるのである。

報告書はGEの責任問題には触れていないようである。ボーイング社の修理の失敗による日航ジャンボ機墜落事故同様に、福一の事故の責任もGEは一切取らないに違いない。しかしながら、日本には他にもGE製の原子力発電所はある。私は菅直人前首相や枝野経済産業相が再稼働に慎重なのは、GE製の原子力発電所が特に危険であると考えているからと捉えている。

単純化してまとめる。それは、極めて貧弱な機械装置の安全性を見誤った原子力発電所関係者は、事故対応のトレーニングができていなかった、そのことが大量の放射性物質の拡散につながったというものでる。まさにオートマ車しか運転したことがない人間が40年年前のマニュアル車を操作するようなもの、運転訓練を受けていない者は機械操作ができないのである。

posted by M.NAKAMURA at 15:29| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

考えるとは「推理」すること

富の未来 アルビン・トフラー ハイジ・トフラー著 講談社
<引用開始>
 皮肉なもので、先進諸国の企業は自社の「知識管理」「知識資産」「知的財産権」を誇っている。だが金融工学専門家、エコノミスト、企業、政府は大量の統計を分析しているのに、意思決定の質の低下という形で、死知識のコストがどれだけになっているのかは誰も考えていない。個人の投資、企業の利益、経済開発、貧困撲滅計画、そして富の創出の全体に、どれほどの障害になっているのかを考えてみるべきだろう。 
 それだけではなく、これらの背後の目につきにくい部分では、知識に関してさらに重要な変化が起こっている。この変化は、一般に「知識」とされている点に影響を与えるだけでなく、知識を獲得するために使われる手段にも影響を与える。こうした「思考の道具」のうちとくに重要なものに類推があり、これにある程度まで匹敵するほど重要なものはほとんどない。複数の現象が類似していることを見つけ出し、ひとつの現象について得た結論を他の現象に適用するのが類推である。
<引用終了>

堺屋太一氏談
「現象から原因を探るのが知性で、さらに原理を導き出すのは理性の働きです。原理をもって次を予測することを、平たく言えば「勘」になる。先見性とは正しい観察と鋭敏な勘を備えているということです。」

「学習障害とは、聞き、話し、書き、推理する能力、算数の能力を取得したりするのが著しく困難な、さまざまな問題群の呼び名である。1981年 学習障害に関する連邦合同委員会報告)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AD%A6%E7%BF%92%E9%9A%9C%E5%AE%B3

今、大人の学習障害が叫ばれている。私は特に「推理する能力」が麻痺していると考えている。その原因のほとんどはテレビにある。今はテレビを見ない生活だが、以前はテレビの刺激で頭脳がヒートアップしていたように感じる。

皆さんも思いあたる点があるだろう。特にひどかったのは「みのもんたの朝ズバ!」という番組の映像と効果音の組み合わせで人の頭脳を強烈に刺激する「作戦」である。文字を隠しているシールをはがす際の効果音はまさに私にとっては「ストレス被ばく」そのものであり、放射線同様に細胞内の自分らしく生きるための遺伝子を傷つけるに十分な「加害行為」であった。

もちろんテレビを見なければいいが、テレビを放棄することはかなりの勇気もいる。ある種テレビの刺激は麻薬のようなものであるから。

しかし、である。私は主張したい、テレビ視聴は推理、類推という思考の道具をサビさせる、と。
推理も類推も「見つけ出す力」である。反面テレビから得られる情報は「処理する力」によって記憶にインプットされる。
自分で見つけ出したものは決して忘れないが、無理やり与えられた情報はいずれ「忘却の彼方で」ある。

そして、出来上がった人間が今日の愚民化された日本人である。香山リカのように何も考えないで他人を侮辱する「ヨミウリホイホイ」人間である。

「考えることは疑うことからはじまる」パスカル

考えることは、推理、類推することでもある。
posted by M.NAKAMURA at 10:23| Comment(6) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

警告! 読売新聞記者 門間順平は直ちに自首せよ

 

<引用開始>
PTSDも「傷害」、女性4人監禁で最高裁判断
 東京都内のマンションなどに女性4人を監禁、心的外傷後ストレス障害(PTSD)を発症させたとして、監禁致傷罪などに問われた無職石島(旧姓・小林)泰剛(やすよし)被告(31)について、最高裁第2小法廷(千葉勝美裁判長)は24日の決定で被告の上告を棄却した。

 懲役14年とした1、2審判決が確定する。最高裁が、PTSDも刑法の「傷害」に当たると判断したのは初めて。
<引用終了>
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20120725-OYT1T01117.htm


私を突然背後から切りつけ、精神病を発病させ、名誉と人権、仕事と家族を奪った傷害加害者の門間順平は直ちに自首せよ。

最後のパレード事件とは何だったのか@
http://dream333.seesaa.net/article/280528353.html
posted by M.NAKAMURA at 08:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月25日

政府事故調の最終報告書を批判する@

第一回は「役人はまったく役に立たなかった」

<引用開始>
なお、前記のとおり、原災マニュアルにおいては、原災本部長権限の委任については、安全規制担当省庁(実用炉における事故の場合は保安院)が原災本部長(内閣総理大臣)の決裁を受けた上、委任がなされた旨を告示することとされているが、保安院は、同月12 日以降、前記のとおり現地対策本部から複数回にわたりこの委任手続の進捗状況の確認を受け、委任手続が終了していないことを知り得たにもかかわらず、主体的に動いて委任手続を完了させることをしなかった。また、前記電子メールを受け取った内閣官房及び内閣府の職員も、保安院職員に対して、原災マニュアルの規定に従って手続を進めるよう指摘しなかった。
<引用終了>
http://icanps.go.jp/SaishyuHon03.pdf

以下、長いが日本の対原発防災システムを紹介しておく。「役人はどのように役立つか」という根幹を頭に入れておかないと大局が捉えられなくなる。

原子力防災 経済産業省 資源エネルギー庁編集「原発2007」より
<引用開始>
第6章 国による安全規制
 原子力施設の安全確保の第一の責任は、施設の設置者(原子力事業者)にあります。同時に、原子力の利用が平和の目的に限られ、計画的に行われるようにするとともに、災害の防止や核物質の防護を行うことにより公共の安全を確保するため、国が原子力施設の設置や運転に関する規制を行っています。

《運転の段階》
<略>
 経済産業省では、運転段階での安全確保体制の強化を図るため、国による原子力施設への立入などによる保安規定の遵守状況の検査、いわゆる保安検査制度を発足させ、その検査に従事する原子力保安検査官を全ての原子力発電所に配置しています。また、この原子力保安検査官は毎日の原子力発電所への巡視や事業者が行う定期事業者検査及び訓練への立ち会いを併せて実施しています。
<略>

第7章 過去のトラブル事例に学ぶ

■JCOウラン加工施設の臨界事故
1999年9月30日、茨城県東海村にある潟Wェー・シー・オー(JCO)ウラン加工施設において臨界事故が発生しました。このウラン加工施設は、燃料サイクルの中の再転換と呼ばれる工程を行う施設です。この事故は、我が国で初めての臨界事故であり、ウランの核分裂連鎖反応である「臨界」状態が20時間に渡って継続し、施設周辺住民の避難や、施設から半径10キロメートルの圏内の住民の屋内退避を行うに至ったものでした。
 そして、臨界に伴い発生した放射線により、現場にいた作業員が被ばくし、死亡者が出ました。さらに、従業員、防災業務関係者、周辺住民など多数の人々に被ばくが確認されました。なお、施設の外に放出された放射性物質のレベルは十分小さく、住民の健康や環境に影響を及ぼすものではありませんでした。また、農林畜水産物等を採取・分析した結果、影響はみられず、安全であることが確認されています。
 この事故は、国際原子力事象評価度(INES)では、レベル4(所外への大きなリスクを伴わない事故)と評価されています(試行値)。

≪事故の原因≫
<略>
 この事故は、国の許可を得た設備や方法による作業とは異なることを行ったために生じました。作業手順を無視し、臨界管理の上で規定されている制限量をはるかに上回るウランを投入したことが直接の事故の原因となりました。その背景には、作業員の臨界に関する認識不足、企業における人員配置、教育などのマネージメントの問題があった可能性が指摘されています。

≪国の対応≫
この事故を受けて、原子力安全委員会は、ウラン加工工場臨界事故調査委員会を設置、1999年12月に最終報告書を取りまとめています。
<略>
 この事故を教訓として、政府は、原子力の安全・防災対策の強化・充実を図るため、原子炉等規制法の一部改正案及び原子力災害特別措置法案を国会に提出し、1999年12月に成立しました。<略>

第8章 原子力防災 105
1、原子力防災
 原子力防災対策については、従来から災害対策基本法に基づいて、国、地方公共団体において防災計画を定めるなどの措置が講じられてきました。1997年6月には、災害対策基本法の枠組みの中で、関係者の役割分担の明確化などを内容とする防災基本計画原子力災害対策編が策定されました。
<略>
ところが、1999年9月のJCOウラン加工施設における事故への対応において、初動段階で事故の状況の迅速かつ正確な把握の遅れなどの問題が明らかとなりました。このため1999年12月に@迅速な初期動作と、国、都道府県及び市町村の連携強化、A原子力災害の特殊性に応じた国の緊急時対応体制の強化、B原子力防災における事業者の役割の明確化などを規定した「原子力災害対策特別措置法(原災法)」が成立し、原子力防災対策の根本的な強化を図ることになりました。

2、原子力災害特別措置法
<略>
■迅速な初期動作の確保
 適切な初期動作を確保するためには、迅速に正確な情報を把握する必要があるため、一定の事故・故障等が生じた場合の通報(原災法第10条)を原子力事業者に義務付けています。通報を受けた主務大臣は、地方公共団体の要請などの応じて、専門知識を有する職員の派遣などを行います。また、現地に駐在している原子力防災専門官が原子力近傍に設置されている緊急事態応急対策拠点施設(オフサイトセンター)において警戒態勢の立ち上げを行うなど、原子力災害対策のための業務を実施します。さらに、事象の推移に応じて、あらかじめ定められた事象に至った場合(原災法第15条)には、主務大臣は直ちに内閣総理大臣に報告するとともに、原子力緊急事態宣言を出すように申し出ます。内閣総理大臣は「原子力災害対策本部」を設置します。また、原子力安全委員会は、内閣総理大臣の求めに応じ、技術的事項についての助言を行います。 
 原子力災害が発生すると国は、現地のオフサイトセンターに、「原子力災害現地対策本部」を設置し、地方公共団体や原子力事業者と共に原子力災害対策合同対策協議会を組織して、情報交換や対策の相互協力などを行います。

■国と地方公共団体との有機的な連携の確保
 原災法においては、平時より原子力防災専門官が現地に駐在し、事業者や地方公共団体と連携した活動を行うとともに、原子力緊急事態が発生した際には、あらかじめ指定されたオフサイトセンターに原子力災害合同対策協議会を組織することとされています。
 また、原災法により国が定める計画に基づき、国、地方公共団体、原子力事業者などの関係者が共同して、実践的な防災訓練が実施されます。2006年には、四国電力活ノ方発電所を対象として、この訓練が実施されました。

■国の緊急時対応体制の強化
 緊急時に国が適切に対応できるよう、原子力災害対策本部長は、関係機関の長や原子力事業者に対し、必要な指示をすることができるほか、必要があると認めるときは、自衛隊の派遣を要請することもできます。
 原子力災害対策本部長の主要な権限が委任されている現地対策本部長は、現地における実質的な責任者として、関係機関に対する調整や指示を行い、安全規制担当省庁、関係省庁、地方公共団体、原子力事業者、原子力の専門家、その他関係機関と連携を取りつつ、緊急事態応急対策を実施します。
 さらに、防災基本計画に基づき、文部科学省、経済産業省、指定行政機関、地方公共団体、指定公共機関などはそれぞれの定める防災業務計画や地域防災計画によって、必要な防災対策を講じます。
<引用終了>

自分たち官僚が作った「防災基本計画原子力災害対策」が役に立たなかった(机上の空論集であった)ために、JCO事故が発生したが、官僚は無能であることが衆知されるとともに、責任問題に発展することを怖れ、事故後わずか3カ月で、官僚が焼け太りし「箸の上げ下ろし」まで監視する新法を成立させたのである。

原災法においては、平時より原子力防災専門官が現地に駐在とあるが、震災当日にも常駐していなければ原災法違反である。原子力防災専門官はどのような働きをしたのか。最終報告書は最も糾弾されるべきA級戦犯、原発に寄生する役人の実態を報告していない。まさに落第点である。

中間報告書には、「福島第二原発においては、3 月11 日の地震発生直後から、福島第二原子力保安検査官事務所の2 名の保安検査官が同原発免震重要棟内の緊急時対策室に常駐し、現地対策本部の福島県庁への移転(3 月15 日)以降も、そのまま事故対応に当たった」とあるが、63ページもある最終報告書の福島第二原子力発電所の事故後の対応(見事である)を読んでも、現地の保安検査官が「何かした」とは一言も書かれていない。技術力が欠落している役人は邪魔なだけだったのである。
posted by M.NAKAMURA at 15:41| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

世界平和を成し遂げる「絵手紙爆弾」デモにご参加ください

こちらのPDFファイルをご覧ください。
「絵手紙爆弾」
http://imagineer.up.seesaa.net/image/etegami.pdf

聖書より
ダビデとその部下が、この町に着いたとき、町は火で焼かれており、彼らの妻も、息子も、娘たちも連れ去られていた。
ダビデも、彼と一緒にいた者たちも、声をあげて泣き、ついには泣く力もなくなった。
サムエル記 第一30章3節、4節

そのとき、イエスは彼に言われた。剣をもとに納めなさい。剣を取るものはみな剣で滅びます。
マタイの福音書26章52節

空爆で素朴な民を焼き殺し、原爆を投下したアメリカは、この夏平和主義者の「絵手紙爆弾」の攻撃にさらされることでしょう。

お願いします。アメリカ人だけでなく、世界中の子どもたち、大人たちに伝え、問うてください。戦争が終わった昭和20年(1945年頃)の日本はこの絵のように素朴で質素な民が静かに暮らしていたのです。東京大空襲では朝鮮人も1万人ほど焼き殺されたという記述も見受けられます。沖縄県の人々がアメリカ軍基地全廃を望むのであれば、本土で起きたことを基地関係者やその家族などに「絵手紙」で伝え、沖縄の心だけでなく、日本人の心を伝えていくべきです。

何回も書いていきます。読売新聞グループとその読者以外の方の平和を求める「絵手紙爆弾」デモへの参加を求めて。

※具体的なデモ活動
上記のPDFを印刷し、意見を加えて日本の学校へ送ったり、外国語に翻訳して各国大使館や領事館、外国人学校などに送付したりしてください。

※この記事は著作権フリーです。平和主義者の方はご自由にお使いください。

※絵の作者関谷和氏から使用許可を頂いております。なお、関谷和氏の作品はこちらでご覧いただけます。ぜひお出かけください。関谷和氏の作品展を福島、広島、長崎、沖縄で開催できないか、取り計らっていきたいと考えます。
http://www.h-sunrise.com/monthly/gallery/


posted by M.NAKAMURA at 11:27| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月24日

ストレステストではなく「役人のIQテスト」が必要

福島第二原子力発電所で行った「ディズニーランドに学ぶ安全管理」講演内容を読んでいただいた方は、いかにディズニーランドのIQレベルが高く、いかに日本の役人のIQレベルが低いかを実感していただけたと思う。

「知」の衰退からいかに脱出するか? 大前研一氏著 光文社には、実に恐ろしい事実が書かれている。

コスモスブック<読書とその活用>より
<引用開始>
かなり昔のことになるが、私は当時の首相にいったことがある。
「今の政府は国民を騙すようなことばかりやっている。このままだと、国民は怒りを覚えて立ち上げるでしょう。」と、このように首相に進言したのだが、首相は私にこういった
「大前さん、我が国は愚民政策を施しているから大丈夫だよ。」
まさかと耳を疑ったが、これは事実である。当時の日本政治の指導者と役人たちは、学生たちが政府にたてつくことがないように愚民政策をとっていると確かに認識していたのだ。
日本政府は安保闘争のようなことが2度と起こらないように、若者たちがけっしてアメリカに刃向かわないように、そして、体制が転覆する事態が起こらないようにと、愚民政策を施した。
<引用終了>
http://bo21.at.webry.info/200903/article_1.html

何のための愚民化政策か、それは、役人が常に「お上」でなくてはならないと考えたからに違いない。

そして、その通りになった。生活者クラブのように、マスメディアに少し脅されると「福島の子どもたちはレントゲン室にいるようなもの」と平気で発言する、まさに愚民化の成果物のような集団も存在している。

菅直人前首相が言うように「役人はバカ」なのである。原子力発電所のオペレーションや緊急時の対処方法など何も知らないのだ。だから原子力発電所の職員の「箸の上げ下ろし(四国電力伊方原子力発電所幹部談)」に「やっき」になっているのである。

私は、日本の役人に原子力発電所の運営知識について「チェックリスト(口頭試問)」をしてみたらいいと思う。無能ぶりを世界に焙りだすのである。

菅直人前首相が、「原因の大半は、事故発生の2011年3月11日以前にある」と述べたがその通りであることを、私の講演内容は示している。

今後少しずつ解説していくが、その前に「敵を論破する秘訣」を教えよう。

役人には、簡単なことをわざわざ難しくいう特性がある。小難しい専門用語を駆使する。なぜならば平易な言い回しでは誰にでもできてしまうと考えるからである。彼らにとっては、あくまでも自らの居場所が「特殊」な組織でなくては意味をなさないのである。自分の仕事を守るために、仕事を「難解」と印象づけなくてはならないのである。

ディズニーランドでは、評価が高かったキャストは、難しいことを「要するにこういうことですよね」と単純化できる人であった。

原子力発電所に関わった役人の仕事を「要するにこういうことができていなかったのですよね」と単純化してしまえば、役人は「ぐうの音」も出なくなるはずである。

311以前にやるべきであったことを単純化し、311後にできなかったこと、しなかったことを単純化してみたい。そして、複数の原子力発電所での安全講習を行った安全管理の専門家として省察記事を、世界に向けて発信していきたい。

福島第二原子力発電所 「ディズニーランドに学ぶ安全管理」講演内容
http://imagineer.up.seesaa.net/image/koen.pdf
posted by M.NAKAMURA at 15:44| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

原発事故の原因を知りたい方はこちらをお読みください

政府事故調査・検証委員会が最終報告書をまとめた。福島第一原子力発電所だけでなく、まったく報道されなかった福島第二原子力発電所の被災後の対応を検証している点だけは評価できるが、筆者が「畑村委員会の落とし所はここ」と読み切っていた通りの報告書である。形だけの報告書であり、当時の総理菅直人前首相も、それに応え、形だけのコメントを発している。

菅直人の今日の一言
http://ameblo.jp/n-kan-blog/entry-11310260336.html

筆者は、2007年5月に福島第二原子力発電所で「ディズニーランドに学ぶ安全管理」という演題で講演を行っている。東京電力から依頼されたのかどうか記憶がないがテキストが残っている。これを読めばいかに畑村委員会のメンバーや国会の事故調査委員が「ど素人」であるか理解できるはずである。

真相究明目的で報道(読売グループ除く)に使用したり、学生に教えたりしたい団体があれば、コメント欄にてその旨を知らせていただきたい。(承認制であり、情報が漏えいすることはありません)


福島第二原子力発電所 「ディズニーランドに学ぶ安全管理」講演内容
http://imagineer.up.seesaa.net/image/koen.pdf
posted by M.NAKAMURA at 10:29| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月23日

資質に欠ける松下政経塾出身の野田首相

朝日新聞の記事から

<引用開始>
民主党の菅直人前首相、鳩山由紀夫元首相が21日、相次いで野田佳彦首相を批判し、苦言を呈した。
 菅氏は名古屋市での講演で、野田首相と最近、原発再稼働をめぐって交わした会話を披露。菅氏は「『野田さん、あなたは国民の怒りの対象になっていますよ。分かっていますか』と言うと、野田さんは『え、そんなことになっているの』と言っていた」と明かした。菅政権で脱原発依存路線を掲げたことをふまえ、「いついつまでに原発をゼロにする、という方針を明確にすべきだ。これは党としての責任でもある」と政権にクギを刺した。
<引用終了>
http://www.asahi.com/politics/update/0721/TKY201207210420.html

私は、宮沢賢治の「世界が全体幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」という考え方を基礎に置いています。理由は神の目で全体を見るというマクロ思想そのものであるからです。

菅前総理は「野田さん、あなたは国民の怒りの対象になっていますよ。分かっていますか」と発言されたそうですが、私も野田総理に同じことを問いたいと思います。

「野田さん、あなたは全体が見えていますか、時間軸で未来から現在を捉えた場合、今何を決定しなくてはいけないか分かっていますか」と。

所詮、松下政経塾出身の「ちっちゃい」人間です。「無知害」人間を生み出す松下政経塾とは何か、以前に論談に投稿した記事をお読みいただければお分かり頂けるでしょう。

松下政経塾を切る 【村中】

http://rondan.tv/2009/03/26/%E6%9D%BE%E4%B8%8B%E6%94%BF%E7%B5%8C%E5%A1%BE%E3%82%92%E5%88%87%E3%82%8B-%E3%80%90%E6%9D%91%E4%B8%AD%E3%80%91/

昨年(2008年)の8月27日の論談にこのような投稿をしました。

>松下政経塾の出身者には何かが足りない。
書生としては優秀なのかもしれないが、政治家には向かない連中が多いのではないか。

イマジネーション ( 想像力 ) が足りないと思います。

http://www.rondan.co.jp/html/mail/0808/080827-19.html

今日は、過大評価されている松下政経塾についてセンセーショナルな記事を書きたいと思います。

まず、なぜ松下政経塾を攻撃する記事を書かなくてはいけないか、ということを明確にします。

それは、松下政経塾出身の前原誠司議員の小沢党首の進退などに関する発言が、私が夢に見る政権交代の妨げになっていると感じているからです。もちろん、前原氏も政権交代論者でしょう。それでも、小沢党首問題に関する発言は控えるべきであると私は考えます。

その理由です。前原氏が民主党代表の時に起きた「永田メール事件」、BSE問題や耐震偽装問題などの「追及4本柱」を吹き飛ばし、民主党を大ピンチに陥れたのは前原氏でした。

そして、その後に民主党の大ピンチを救ったのが小沢一郎代表なのです。千葉の補選での勝利など前原氏は忘れてしまったのでしょうか。

はっきり申し上げますが、前原氏には民主党を救った小沢党首について発言する資格などありません。

このことが、書きたくなかったことを書かざるを得ないこの投稿の端緒です。

松下政経塾に関してはこのような意見も見受けられます。

森田実氏は「過大評価されている」政治家養成機関として、ほかにライバルがいないから目立っているだけ」と切り捨てる。
 「エリート意識が高くて一般人を理解しないタイプも多い」
佐高信氏は「極めてタカ派で保守的な人物を輩出する有害な組織。社民党や共産党に所属する政治化がいないことを見ても分かる」と批判する。
 「例えば松下電器を批判できるわけがなく、政治的、経済的なしがらみにがんじがらめの政治家ばかり。どぶさらいをせず、ビジョンだけを提示する『坊ちゃん保守』だ。既成の組織にすがって寄生するだけでフロンティア精神がない。塾OBだけの政党なんてできるわけがない」

http://www.snsi-j.jp/boards/sample3/13.html NO582

さて、ここからは「松下政経塾出身者なんてこんなもの」という事実を示します。

私は松下政経塾2期生の神藏孝之氏に対して大きな疑念を抱いています。それは、神藏孝之氏が1986年に設立した「イマジニア株式会社」に関する重大な疑惑です。

イマジニア株式会社
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%9E%E3%82%B8%E3%83%8B%E3%82%A2

イマジニアはディズニー用語です。

<引用開始>
1952年の12月、ウォルト・ディズニーは自分が最も尊敬する精鋭のアーティストとアニメーター、デザイナーをごく少数だけ召集した。彼はこの一団を「イマジニア」と名付け、昔ながらの遊園地を改革して、家族が大人も子供も一緒になって楽しめるような、清潔で親しみやすい場所にする構想を実現する任務に就かせた。これが後に「ディズニーランド」と呼ばれるものである。

その後の半世紀間、実に百を超える専門分野からきた、文字通り何千人もの、とてつもない天才たちが、誇りを持ってこの「イマジニア」という肩書を名乗った。
<引用終了>

夢を形にする発想術 イマジニア著
http://www.amazon.co.jp/%E5%A4%A2%E3%82%92%E5%BD%A2%E3%81%AB%E3%81%99%E3%82%8B%E7%99%BA%E6%83%B3%E8%A1%93-%E3%82%A4%E3%83%9E%E3%82%B8%E3%83%8B%E3%82%A2/dp/4887595247/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=books&qid=1238041849&sr=1-1

ご存じのように現在でもパナソニック(松下電器産業)は、ディズニーランドのオフィシャルスポンサーです。

TDLが開園する前、オリエンタルランド関係者は松下幸之助氏と面会しています。

<引用開始>
プレゼンテーションには(三井物産の)江戸英雄さんの力を借りることがたびたびあった。

松下電器産業に伺った時のことである。江戸さんの訪問を相談役の松下幸之助さんが待っていてくださった。プレゼンテージョンが終わった後の質疑の中で松下さんは「資源の無い日本はこれから観光立国をめざすべきです。外国人客の誘致が海外との交流をつうじて観光地の活性化や雇用の増大をもたらしてくれます。東京ディズニーランド・プロジェクトはこれからのわが国にとってとても良いことです」という感想を述べられた。

私達が松下の本社を辞した時、松下幸之助さんは車椅子で正面玄関に出てこられ、われわれが見えなくなるまで見送っておられた。江戸さんは東京ディズニーランド・プロジェクトが松下さんに強く支持されたことに大層感激されて、その後この話をのちのちまで他人に話されていた。
<引用終了>
http://campus.jissen.ac.jp/seibun/contents/etext/disney/Kamisawa/fileDLD.htm

私はこのイマジニア株式会社の存在を知った時、代表取締役の神藏孝之氏がイマジニアとはディズニー用語であることを知っていたのか、全く知らなかったのか、大変興味を持ちイマジニア株式会社にメールで問い合わせてみました。

社名の由来についての質問 2004年12月28日

はじめまして、私はディズニー出身者の○○というものです。ディズニーに関する研究をしている者として、 貴社 代表取締役社長 神藏 孝之様に「イマジニア」という貴社名 の由来についてお伺いできたらと考え、ご連絡した次第です。
イマジニアとはウォルト・ディズニーが考えた 言葉です。神藏様はその事実を知っていて命名されたのか、全く知らなくて命名されたのかということが私の唯一の質問です。

神藏様は、松下幸之助氏より直接指導を受けた松下政経塾卒塾(第2 期生)でいらっしゃるということです。松下幸之助氏はディズニーランドの開園に対し、深い理解と多大な協力を示していらっしゃいました。

松下幸之助氏と松下政経塾、ウォルト・ディズニーには何らかのつながりがあるように私は感じています。
ご回答がない場合「当然知っていた」と判断させていただきます。
末筆ながら、貴社の今後のご発展をお祈り致します。

回答
○○ 様
この度は、イマジニアのホームページへのアクセス及び、お問い合わせいただきありがとうございます。

さて、ご質問いただきました社名の由来に関してですが、弊社の商号、商標等の管理に関する事項に及ぶものでございますので、申し訳ございませんがご質問への返答は差し控えさせていただきます。
ご了承の程、宜しくお願い申し上げます。

東京都新宿区西新宿2-7-1新宿第一生命ビル15F
イマジニア株式会社

再送

商号、商標等の管理について質問しているのではありません。貴社の株主や顧客に対しては「何と説明してきたのですか」を知りたいだけです。今まで一回も社名の由来について創業者は話されていないのでしょうか。

「イマジニア」という言葉は「オーディオアニマトロニクス」同様、ディズニーの造語の中でも、特に大切にしている名称です。その意味で今後も積極的に使用していくつもりです。「イマジニア」は、貴社が商号以外に何らかの使用権利を所有されているのかも併せてご連絡ください。

回答

弊社は、株主の皆様などに対し、弊社の社名について、「当社の社名でありますイマジニアとは、『Imagination』と『Engineer』を組み合わせた造語で、『想像を形に変える者』を意味しております。これは当社の経営スタンスでもあり、全てのステーク・ホルダーとの『共創』による新たな価値の創造に『誠実』に取り組み、高いコスト・パフォーマンスによる顧客満足を追求した企業活動によって、豊かな社会の実現に向けた貢献を目指すものであります。」と、ご説明申し上げております。

また、弊社は、「イマジニア株式会社/Imagineer Co.,Ltd.」の商号のほか、「イマジニア/Imagineer」等の登録商標を有しております。詳細につきましては、弊社の商号、商標等の管理に関する事項に及ぶものでございますので、回答を差し控えさせていただきます。
なお、本回答をもちまして、○○様のご質問への最終回答とさせて頂きます。ご了承の程よろしくお願い申し上げます。
何卒よろしくお願い申し上げます。

東京都新宿区西新宿2-7-1新宿第一生命ビル15F
イマジニア株式会社
<転載終了>

現在、小沢一郎党首や秘書が「西松からの献金と知っていたのか、知らなかったのか」が問題視されています。

私は、松下政経塾出身の神藏孝之社長が、イマジニアがディズニー用語であることを知っていたのであれば、故松下幸之助氏や松下政経塾に対する重大な背信行為であると考えます。

なぜならば、イマジニアというディズニー用語を商標登録している事実があるからです。

特許庁の検索サービスから「イマジニア」を検索
http://www1.ipdl.inpit.go.jp/syutsugan/TM_LIST_A.cgi?start=1&size=25&stime=1238045487&rqtime=1238045487

当然、イマジニア株式会社は弁理士を使ったのでしょうから、この「イマジニア」という用語が過去にどのように使われているかは調べたことでしょう。

その上で25分類の領域で商標登録しているのです。確かに商標登録は「早いもの勝ち」です。ディズニー社が特許庁に登録していなければ法的な問題はないと思います。

しかし、です。故松下幸之助氏から直接指導を受けた松下政経塾出身者が、このように心ない、品のないビジネス手法を展開するのはいただけません。金のためなら何でもやるという、三流経営者と断じざるを得ません。

また、仮に本当にイマジニアがディズニー用語であることを知らなかったとしたら神藏孝之氏はどうすべきでしょうか。答えを導き出す良い事例があります。

「阪神優勝」問題
阪神優勝
2003年に、千葉県内の男性が被服等について「阪神優勝」の商標を登録していたことが判明した。男性は当初「阪神地区の優勝の意味」と主張したが、阪神タイガースは無効審判を請求し、特許庁が請求を認め登録は無効とされ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%95%86%E6%A8%99%E5%95%8F%E9%A1%8C

ディズニーは「イマジニア」が商標登録されていようがいまいが、関係なく使用していくことでしょう。
posted by M.NAKAMURA at 13:12| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

映画「もののけ姫」ロンドン上演を考える

もののけ姫」が初舞台化決定!来春ロンドンで上演
<引用開始>
 宮崎駿監督が原作、脚本も兼ねた「もののけ姫」は、アニメーション作品として初の日本アカデミー賞最優秀作品賞を受賞。1997年の発表以来、海外でも高い評価を受けている。室町時代の日本を舞台に、いにしえの自然に生きる神々と文明発展のため森を開拓する人間の戦いを描き、自然との付き合い方を問いかける。
<引用終了>
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120721-00000001-eiga-movi

宮崎俊監督が西欧人に何を伝えたいのかを類推してみたいと思います。

宇宙と物理の小部屋『もののけ姫』が教えること』 
茨城県立小瀬高等学校、竹本信雄先生のホームページから

<引用開始>
大和政権に亡ぼされ古代に姿を消したエミシの末裔の少年アシタカ。人間の子でありながら山犬モロに育てられた「もののけ姫」サン。女の身でタタラ集団を率いるエボシ御前。聖域を侵す人間達を襲い森を守る荒ぶる神々。人面と獣の身体、樹木の角を持ち、生と死を司るシシ神。

アシタカはエミシの娘達をすくうために、たたり神に弓を引きます。サンは森を守るために人間たちに戦いを挑みます。エボシ御前は病人や女性を助け、タタラ場を守るために森を切り開き、もののけ達と対決します。

それぞれの登場人物が、皆それぞれ大切なものを守るために命を張って生き、行動する姿が描かれています。皆それぞれ優しく善意を持って行動しているのです。それなのに、いえ、それだからこそ、争うのです。

21世紀になっても、世界中に争いが絶えないのは、まさにそのためだと思います。全くの悪人などいないと思います。みんな正義と優しさと善意を持っているのに、いえ、持っているからこそ争うのだと思います。戦争をするのだと思います。

解決方法はないのでしょうか。いえ、私は宮崎監督は解決方法を知っていると思います。アシタカがその解答ではないでしょうか。アシタカはタタラの人々を助け、理解し、タタラの人々はアシタカに信頼をよせます。アシタカはサンを守り助け、理解し、サンはアシタカを助け、心を開きます。人はそれぞれ優しく正義感を持った存在だと信頼し、理解しあうことだけが争いを防ぎ解決する方法だと思います。

マイケル・ムーア監督が言った「日本人の知っている争いを暴力で解決しない方法」を宮崎駿監督は知っていると思うのです。
<引用終了>
http://www008.upp.so-net.ne.jp/takemoto/D7_43.htm

竹本信雄先生の見識には感服いたします。先生はさらに、もののけ姫の元となったギルガメシュ叙事詩も金岡新氏の『世界史講義録』から引用紹介されています。

<引用開始>

ギルガメシュ叙事詩の前半にこんな話がある。

当時からメソポタミア地方は森林資源は乏しかったらしい。英雄ギルガメシュは町を建設するために木材が欲しい。そこで、(中略)レバノン杉の森に木を採りに出かける。ギルガメシュは親友のエンキムドゥという勇士とともに旅立つんです。祟りがあるから止めとけ、という周囲の制止を振り切って。ギルガメシュとエンキムドゥはレバノン杉の森にやってきて、その美しさに立ちつくす。美しさに圧倒された二人は呆然と森を見続けます。しかし、ギルガメシュは気を取り直してこう思った。

「この森を破壊し、ウルクの町を立派にすることが、人間の幸福になるのだ」

森の中に入っていくとそこには森の神フンババというのがいて、森を守るためにギルガメシュたちと闘うんですが、最後には森の神はエンキムドゥに殺されてしまう。フンババは頭を切り落とされて殺され、エンキムドゥは「頭をつかみ金桶に押し込めた」。その後、エンキムドゥは祟りで別の神に殺されてしまうんですがね。

<引用終了>
http://www008.upp.so-net.ne.jp/takemoto/D7_42.htm

私は以前から自民党元幹事長の加藤紘一氏のこの見解がすべてであると考えています。

「この国の形」より
<引用開始>
日本人は恵まれた自然の中で生きてきたということ。 紀元前3000年頃にお金のためにレバノン杉が全部伐採され不毛の地になったパレスチナとは違い、人間を育み慈しんでくれた山河に対する感謝と尊敬の念には特別なものがある。自然と共生する気持ちは、我々の生活の随所に生き生きと存在する。中国の文化やパレスチナ3大宗教圏と大きく文明的な差異を示している。この「自然に対する崇敬」が日本文化の根本価値である。
<引用終了>
http://www.katokoichi.org/thoughts/nippon.html

マクロの視点で捉えましょう。日本人の手で、伐採されつくされたレバノン杉の森を復活させたり、メソポタミア文明の地、イラクのチグリス・ユーフラテス川沿いをナイルのグリーンベルトのように広大な農地として復活させたりすることは簡単にできるのです。

私は食料となる植物が植えられたピラミッド・ストーン大(1立方メートル)のプランターを東京でつくり、メガフロートで運ぶことでシュメール人(イスラエル家)によって砂漠化されたイラク南部地域は緑の都市によみがえることができると考えます。

宮崎駿監督が言いたいこと、それは「自然は征服すべきものと考える西欧人は森を破壊した。自然と共存する日本人に学びこれから何十年、何百年かけて森を再生させなくてはならない。そのことだけが神が示される人類の平和への道程である」であると。

しかし、です。情緒性に欠ける西欧人の脳では宮崎駿監督の真意は理解できません。日本人が見本を示していかなくては、到底世界平和も達成されないと私は考えます。
posted by M.NAKAMURA at 12:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月22日

芥川龍之介の自殺の原因B

芥川龍之介の自殺理由は@キリスト教を理解できずに「のめりこんだ」Aマスメディアのバッシングに苦しんだ、と書いてきました。
最終章は「芥川龍之介は重病であった」とするものです。これらの要因が重なり合い、芥川龍之介は自分が分からなくなり、自暴自棄の行動に突き進んでしまったというのが私の分析結果です。

芥川龍之介の自殺理由とされる「僕の将来に対する唯ぼんやりした不安」という言葉はあまりにも有名です。
現在は精神医療体制が構築されていますが、芥川龍之介が生きた時代は精神病者が身を置く場所がなく、相談する専門家もおらず、芥川龍之介は病気を治癒することができずに死んでいった、精神病で苦しんだ経験のある私はそう考えます。

専門家の話に耳を傾けてみましょう。

IPT 対人関係療法でなおす、トラウマ、PTSD 水島広子著 創元社

<引用開始>
トラウマ(心的外傷)
対処できない程の衝撃を受けたときにできる心の傷

<中略>

本当は、治療が必要なPTSDという病気になっているのに、それに気づいていない人もかなりいます。

<中略>

乖離病状
乖離というのは、さまざまなレベルで意識の連続性、続合性が絶たれる状態をいいます。「自分を外から見ている感じ」「現実味がない」「ぼうっとしている」というようなものから、「よく覚えていない」「まったく記憶にない」といもの、そして、いわゆる「多重人格」まで、さまざまな形があります。
乖離症状」は、もともとは、自己防衛的な意味のあるもので、あまりにも苦しい状況に耐えられず、しかも、物理的に逃げ出すこともできない時に「精神的にその場から逃げる」という目的をもった、症状です。
苦しい状況から逃げられないでも、それ以上留まったら、頭がおかしくなってしまう、というような状況では、よくできた防御だと思います。
<引用終了>

「僕の将来に対する唯ぼんやりした不安」が自殺理由とするなら、芥川龍之介は専門家の言う「乖離病状」にあてはまります。私も経験がありますが、「見えないものへの不安」が自分を苦しめるのです。

さらに、です。私も発病から2年3ヶ月経った昨年7月に精神科医から精神の病気と診断されるまでは病気であることに気付きませんでした。芥川龍之介も病気を自覚していなかったに違いありません。

芥川龍之介の病状を今から探ってもあまり意味はないものと考えます。重要なポイントは、どうして精神の病を患ったのかを知ることです。

以下に私の推論を記します。

◆いわゆる天才的頭脳を有する芥川龍之介は、文学作品を執筆するとともに、優秀な頭脳ゆえに時事問題にも積極的に言及していた。そのことが、彼が描く理想と現実のギャップを深く認識させるとともに、ギャップを埋めることのできない自分のふがいなさを責めることにつながっていった。

◆芥川龍之介は、救われる(「救われる」とは本当の自分に戻ることの意味)ことを求めて聖書を読んだが、日本人にはまず理解できない聖書は救いとはならず、聖書が示す「前だけを見て進みなさい」という教えも行動に示すことができなくなっていた。

◆「輿論は常に私刑であり、私刑は又常に娯楽である。たとひピストルを用ふる代わりに新聞の記事を用ひたとしても」という残された言葉が示すように、出る杭は打たれた。作家とは評価する者がいて初めて成り立つものであり、私刑(リンチ)による「自分では対処できないほどのショック」で心身ともに傷つけられた。

このようにして芥川龍之介は傷ついていったのでしょう。免疫力も衰えていたものと容易に推察されます。

五木寛之 大河の一滴より
<引用開始>
免疫について
<免疫>というシステムは、単に体のなかに侵入してくる異物を拒絶し、排除する自衛的なはたらきをしているだけではない、自己と非自己というものを非常に厳しく明確に区分けして<自分とはなにか>というものを決定するのが免疫の大きなはたらきであるということなのです。そしてその免疫は異物を拒絶するだけではなく、その異物と共存する作用ももちあわせているということなのです。
<引用終了>

福島第一原子力発電所の事故で「放射線被ばくはガンになる」と大騒ぎになって久しいですが、心ない言葉や批判も精神だけでなく肉体を傷つけるのです。放射線は細胞内の遺伝子を傷つけ、自分だけに与えられた、自分らしくなるための細胞分裂を妨げます。言葉による「ストレス被ばく」も同じです。活性酸素という毒素を発生させ同様に細胞内の遺伝子を傷つけるのです。

最後に、芥川龍之介の自殺が教えてくれることをまとめたいと思います。

それは、神との同盟関係を持たない人間は弱い存在であるということです。救われないからです。聖書には「救う」「癒す」「治す」「清める」「憐れむ」「あがなう」などの言葉が出てきますが、私はこれらの言葉の意味は一つであると解釈しています。文中にも記しましたが、その意味は「本当の自分、神が望む自分にリセットされる」ということです。

本当の自分でありつづけられれば、精神は安定し思い悩むことはありません。私は精神科医に「フラッシュバック症状がでないのはキリスト教信仰によるもの」とはっきりと言われました。

「イスラエルのために祈りましょう」という現在の日本のキリスト教を信仰すべきだなどとは言いません。しかしながら、人間の思考は宗教観と哲学から生み出されます。無知なオバマ大統領は、就任演説で日本人は神を信じないかのような暴言を吐いていますが、宮崎アニメに示されるように古来より日本人は神を信じてきています。

和魂洋才という「社会実験」は大失敗に終わりました。以前に「日本人脳と湯川秀樹博士の卓見」という記事を書きましたが、日本人は、日本人の遺伝子が言うがままに生きていくべきである、そのことを芥川龍之介の自殺が教えてくれていると私は信じています。


日本人脳と湯川秀樹博士の卓見

この記事には湯川秀樹博士の卓見が紹介されています。

つまり日本人はいままでなんとなく情緒的であるというていた。(西欧人が)論理的であるのに対して、より情緒的であるといっていたのが、構造的、機能的、あるいは文化といってもいいけれども、そういうところに対応する違いがあったということが、角田さんのご研究ではっきりしたわけです。

 そうするとそこで私が考えますことは、その違うということを生かすという方向です。違うということは上とか下とかいうことではなくて、その違いということを生かす。
(中略)違うがゆえに独創的なものが生まれるのである。 西洋に比べてあかん、劣っているという考え方が根深くあったけれども、そういう受け取り方をしたら劣等感を深める一方です
<引用終了>
http://dream333.seesaa.net/article/277163183.html

芥川龍之介の自殺の原因@
http://dream333.seesaa.net/article/281516993.html

芥川龍之介の自殺の原因A
http://dream333.seesaa.net/article/281890756.html

芥川龍之介の自殺の原因B
http://dream333.seesaa.net/article/282523824.html


posted by M.NAKAMURA at 13:59| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「罪」と「罰」の違い

アメリカ犯罪史上悪名高いカルト教の殺人集団「チャールズ・マンソン」のスーザン・アトキンズは2009年9月27日に死亡しました。61歳だったとのことです。

チャールズ・マンソン
http://rockstarninegaio.web.fc2.com/beatles/manson/manson.bio.html

スーザン・アトキンズは、7件の第一級殺人罪に問われ、終身刑で服役していました。

彼女は、服役中にイエス・キリストを主として、救い主として受入れました。そればかりでなく、彼女は同じ刑務所で服役しているほかの数多くの服役囚たちにもイエス・キリストを受け入れ、救いに至るよう導いたのです。そして、クリスチャンとして天国へ旅立って行ったのです。

彼女がキリストを受け入れたきっかけは、あることを知ったからです。

複数の会ったこともない人たちから手紙が届き、そこには、天の神が彼女を赦して下さるほど彼女を愛しておられると書かれていました。そして、大勢の人が彼女のために祈ってくれていたことを知ったのです。

彼女が子供のころから彼女が知っていた唯一のことは憎しみだけでした。マンソンの一味になり、身の毛のよだつような殺人に加担したのはそのためです。
彼女は、以前に送られていた聖書を読みました。詩篇を読んでいると優しく、愛に満ちた天の父が登場します。このような愛が存在すること自体、今まで知らなかったことでした。

福音書にはイエス・キリストの生涯が描かれていました。愛に満ちた、寛大で優しく、なおかつ公正であり、正義の方であることを知りました。
そして、聖書の言葉から、彼女は一つの結論を得たのです。

「私が刑務所にいるのは、私が殺人犯だからではなく、神様が私を愛しておられ、私が悔い改めることにより、神様は私に、生きるための力を授けたいと思っておられるから・・・」

彼女は、神を受入れました。そして残りの人生を、神を信じ神のやり方で生きていく決心をしたのです。

スーザン・アトキンズは服役中でも、自由の身でした。神の御子イエス・キリストが罪から解放してくださったからです。
スーザン・アトキンズは刑務所にいても新しい人生を見出し、その人生を生きるための力をイエス・キリストを通して受け取っていたのです。

これが、スーザン・アトキンズのストーリーです。

出所:パワー・フォー・リビング

私たち日本人は、犯罪に関する捉え方を間違えていると思います。遺族感情に配慮しすぎるため裁判の判決も「感情的判断」に陥りがちです。私的制裁(リンチ)もまかり通っています。

スーザン・アトキンズの生涯から「罪」と「罰」は違うことを学ばなくてはいけません。
posted by M.NAKAMURA at 11:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

クリスチャン「寅さん」に学ぶ

「天声妻語」中野雄一郎著 いのちとことば社より

<引用開始>
寅さんにならう 「個」として生きる大切さ
 いまだに人気がおとろえない映画「男はつらいよ」の車寅次郎(寅さん)は、日本の男性を代表する面とともに、クリスチャンをも代表する特徴を持っています。
 まずは、徹底して「個」というものに生きること。私は私、あなたはあなた、「個」というものに生きる姿です。
 山田洋次監督は、「どうして寅さんを作ったのですか」という問いに、「私は日本人に『個』というものを知ってもらいたいのです。けれど、高い所から説教したって聞かないから、涙と笑いのペーソスで『個』を表わしました」と答えていました。 
 ですから、第一作で、寅とその妹さくらの婿になる博とのやりとりに、こんな会話があります。寅が「さくらはおまえのような職工にはやらない。少なくとも大学を出ているようなサラリーマンだ」と言うと、博が返します。「サラリーマン?お兄さんは大学を出ているのですか?」寅はぐっと詰まる。「てめぇーな、てめぇとおれは違うんだ。いいか。てめぇがさつまいもを食べて、おれがぷっとおならを鳴らすか?」
 このエピソード、実は京都のある大学生の先生が、哲学の教科書の冒頭に載せています。彼いわく。「これほど日本人に『個』というものをわからせたことばはない」。確かに寅は、「私は私。おまえはおまえ」と、今日も旅から旅、足の向くまま、風のむくまま、まさしくこれは「個」というものに生きる、あるいは神の前に「個」として生きるクリスチャンの一つの姿だと言えますね。
<引用終了>

寅さんと福音

<引用開始>
■そのとき、弟子たちがイエスのところに来て言った。「それでは天の御国では、だれが一番偉いのでしょうか。」そこで、イエスは小さい子供を呼び寄せ、彼らの真ん中に立たせて、言われた。「まことに、あなたがたに告げます。あなたがたも悔い改めて子供たちのようにならない限り決して天の御国には、入れません。だから、この子供のように、自分を低くする者が、天の御国で一番偉い人です。」(マタイ18:1-4)

『寅さん』ほど“個”を通す人はいない。下品で軽率な中にも深いモノが隠れている。だから、否定を得て後に肯定を得る ! 人が何を言おうが「私は私」を貫く寅次郎。「オンリーワンにならなけりゃナンバーワンにはなれないんだよ。」と彼は言うし、示す。寅次郎は、義理の弟ひろしに向かって、「ヒロシ、お前が芋食って、俺が屁するか ? これ位、人というものは違うんだぞ。」と、“本質”を鮮やかに示します。日本人は“人・周り”というものにとらわれ過ぎて生きている ! 自分は自分なんですよ“個”を大切に ♪
<中略>
◆付記
◇僕は渥美清さんほど謙遜な方を知らない。(山田洋次・談)
◇渥美清さんの奥さんは熱心なクリスチャンでした。彼女の祈りに支えられて、彼も病床洗礼を受けて天に召されました。天国で寅さんに会えるなんて嬉しいね!ハレルヤ!!
<引用終了>
http://www.goodnewsstation.com/article.php?article_id=94

欲動だけを価値観とする読売新聞の門間順平記者が「子供のような無垢な心」を取り戻すよう、主イエス・キリストの御名によりお祈りいたします。アーメン
posted by M.NAKAMURA at 10:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月21日

日本のグランドデザインを考える その1「 政治理念」

「日本のグランドデザイン構想会議」と名のつく会議があるが、読むに値しない報告書が出されるに違いない。その理由は簡単である。過去の延長線上のミクロ、インサイドアウト(部分から全体を見る)の発想からの構想に違いなく、日本人と一部のアメリカ人以外には全く評価されないものであるからだ。

マクロ、アウトサイドイン(地球全体から日本を見る)視点で何回かに分けて日本のグランドデザインを考えてみたい。

前提として
@東日本大震災で日本人にパラダイムシフトが起こったこと※
A筆者が提唱してきた「護送船団方式が日本経済をダメにする」は正しかった
B政治も行政もここ数十年間「大失敗」してきたから現在の荒廃社会が存在する
などの要因があげられる。

※パラダイムシフト ウィキペディアより
パラダイムシフト(英: paradigm shift)とは、その時代や分野において当然のことと考えられていた認識や思想、社会全体の価値観などが革命的にもしくは劇的に変化することを言う。パラダイムチェンジとも言う
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%A9%E3%83%80%E3%82%A4%E3%83%A0%E3%82%B7%E3%83%95%E3%83%88

そのうえで、以下のシーケンス(正順)に基づき論じていきたい。基本的に孫正義氏の理論と筆者がディズニーで学んだ「価値を生み出す装置づくり」の要諦は同じである。
@政治理念が第一である
A理念を「見える化」したものがビジョンである
Bその上で、「戦略」→「戦術」→「実行計画」を作成するのである。

第一回はグランドデザインを描くために必須な政治理念について考えてみたい。

政治理念と言っても決して難しく考えてはいけない。再出発の日本に必要な政治理念は、日本国憲法前文に書かれているのであるから。

日本国憲法前文
 日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。
http://www.houko.com/00/01/S21/000.HTM

「自由のもたらす恵沢」、「福利は国民が享受する」、「人類普遍の原理」、「政治道徳の法則は、普遍的な者であり」、「崇高な理想と目的」。まさに、欧米人的発想のマクロの理念そのものである。

この理念の下に「条文」という「見える化」したビジョンが示されている。しかしながら、その条文は官僚の都合のいいように解釈され今日に至っている。

第一五条
@公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。
Aすべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない。

公務員の身分保障など一言も書かれていない。誰が読んでも公務員は「罷免」できると解釈するが、日本の官僚の読み方は違うようである。

公務員倫理法
憲法15条は、公務員を選定・罷免することは国民固有の権利であるとさだめているが、これは、個々の公務員について直接に国民が選挙したり罷免したりする意味ではなく、公務員制度が国会の統制下におかれなければならないことを意味する。

引用元
懲りない面々、処分つづく大阪市職員。大阪市議 辻よしたか氏のブログから
http://tsujiyoshitaka.wordpress.com/2008/03/29/%E6%87%B2%E3%82%8A%E3%81%AA%E3%81%84%E9%9D%A2%E3%80%85%E3%80%81%E5%87%A6%E5%88%86%E3%81%A4%E3%81%A5%E3%81%8F%E5%A4%A7%E9%98%AA%E5%B8%82%E8%81%B7%E5%93%A1%E3%80%82/

筆者は、ここまで国民を愚弄してきた官僚に「過去の延長線上にない改革」を求めても「実(じつ)」は取れないと考える。それよりも、筆者の持論である「30年かけて自然消滅的に公務員をゼロにする」方が、日本の将来を容易に展望できるようになる。

話を政治理念に戻す。

「自由のもたらす恵沢」、「福利は国民が享受する」、「人類普遍の原理」、「政治道徳の法則は、普遍的な者であり」、「崇高な理想と目的」をかみくだいて表現すればいいだけであり、政治理念が憲法前文に示されたマクロの論理、「人類普遍の原則」から逸脱したものであっては絶対にいけないのである。それはまさに憲法違反なのであるから。

このようにマクロの視点から日本の政治を考えないと日本は到底世界から尊敬される国家にはなれないばかりか、「青い顔」をした国民ばかりの国家になってしまう。

繰り返すが、政治理念を明確にすることは難しいことではない。筆者は鳩山内閣の友愛政治理念を高く評価してきた。いや、いまでもである。しかしながら鳩山政権には崇高な政治理念をビジョン化し、戦略化する能力がなかった。
思想は崇高でも、官僚組織というあたかも自らが行政を司る者とおごっている組織には到底伝わる訳がなく、無残にも自滅していってしまったのである。

筆者は今、手あかのついてしまった友愛社会という言葉に変わる「価値観の表現」を考えているがなかなか決定できないでいる。「生活が一番」などというミクロの発想ではなく、日本人やこの国に住むすべての人々が「よし、参加しよう」と言ってもらえる社会づくりの合言葉を見つけ出したい。

「博愛社会」「心の平安社会」も候補である。「希望社会」と合わせて「博愛希望社会」なども考えられる。
憲法からの「福祉恵沢社会」は堅すぎるだろうか。

ドリーム党が掲げる政治理念についてまとめると
◆人類の普遍性というマクロの発想から政治理念が決定される
◆打ち出された政治理念に基づき、憲法の条文解釈にも変更が加えられなくてはならない
◆国民誰もが目指す社会づくりに参加しようという気になる「価値観の表現」が必要である

最後に、国名変更に関する請願活動も行っていきたい。

日本国憲法第一六条 
何人も、損害の救済、公務員の罷免、法律、命令又は規則の制定、廃止又は改正その他の事項に関し、平穏に請願する権利を有し、何人も、かかる請願をしたためにいかなる差別待遇も受けない。

マクロの視点で日本の将来を考えた場合、JAPANという英語の登録国名を変えるべきである。「The republic of Nippon」が新しい日本、それは真の「戦後」を終わらせる再生日本民族にふさわしい国名である。
Japaneseという英語もなくしたい。People of Hollandのようにpeople of Nippon がいい。

共和国ウィキペディアより
共和国(きょうわこく、republic、羅: res publicaレース・プーブリカ)とは、国家が国民全体に所有されている状態、すなわち君主が存在しない国家である。対義語で、君主が存在する国家(王国、帝国など)を君主国という。同義の漢語には民国(中華民国、大韓民国)がある
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%B1%E5%92%8C%E5%9B%BD
posted by M.NAKAMURA at 15:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

脱原発 再生可能エネルギー国家像が見えてきた

筆者は「日本は大丈夫、技術力で中国に追いつかれることは絶対にない」という信念を持って発言しているが、それを裏付ける朗報である。

本日の報道から
<引用開始>
製紙各社、エネルギー事業で売電本格化 「買い取り制度」参入後押し
洋紙や板紙の需要低迷に苦しむ製紙各社が、自家発電設備などを活用して発電事業の強化に乗り出している。業界2位の日本製紙グループ本社は傘下の日本製紙が5月、大口需要家に売電できる特定規模電気事業者(PPS)に登録し、供給先の多様化に乗り出した。業界首位の王子製紙も生産能力の削減で生じる余剰電力の活用などで発電事業を拡充する。各社ともエネルギー関連を有望事業と位置づけ、収益の柱に育てたい考えだ。
<引用終了>
http://www.sankeibiz.jp/business/news/120721/bsc1207210500000-n1.htm

筆者は以前からこの記事に注目し、環境展エコプロダクツで日本製紙に接触したこともある。
5年以上前のこの記事を読み、上記危機との関連性を考えてみて欲しい。

<引用開始>
製紙業界、ボイラー燃料のバイオマス化加速 原油高で
2007年02月06日17時00分
宮城県石巻市、旧北上川の河口近くにある日本製紙の石巻工場。写真のカラー印刷に適した塗工紙など印刷用紙、新聞用紙などを11台の製紙機で年95万トン生産する同社の基幹工場だ。
 この工場で昨年10月、53億円を投じたバイオマスボイラーが稼働した。外部から買ってきた建設廃材などの木くずや、工場排水から回収する木材繊維などの燃料を、コンベヤーで炉の上部まで運んで投入。850度の砂と混ざりながら燃え、1時間に最大180トンの熱蒸気が発生する。この蒸気で製紙機の動力になる自家発電用タービンを回し、紙の乾燥にも使う。
 稼働に伴い、重油ボイラー3基のうち1基を止めた。同工場の重油使用量は以前の6割減の年3万7千キロリットルに。重油の購入量が減り、木くずなどの購入費を差し引いても収益が良くなった。「計画時は年10億円の改善を見込んだが、原油高騰で20億円超に上りそう」と兼子誠工場長。
<引用終了>
http://www.asahi.com/special/070110/TKY200702060316.html


被災した日本製紙石巻工場も生産を開始した。心から祝福したい。

2012年5月9日 石巻工場でコピー用紙の生産を開始
http://www.np-g.com/news/info12050901.html

これらの記事を読めば、誰でも「日本は大丈夫だ」と思えるに違いない。

残された問題は一つである。石巻工場はがれきの木材を使用しているのだろうが、事業用と捉えられることを恐れ、積極的に木材がれきを受け入れていない可能性がある。この問題をクリアすることと、全製紙会社が日本中の森林から加工用木材チップや燃料用の木クズが安定供給されるシステムを政治主導でつくっていくことである。

こうすることにより、菅直人前首相が言う「再生可能エネルギーへの投資は、日本の成長戦略のかなめになる」のである。

菅直人の今日の一言より
<引用開始>
再生可能エネルギーへの投資は大半は国内需要となり、雇用拡大にも役立つ。その上、再生可能エネルギーは石油や天然ガスのように外国から輸入する必要がないので、その点でも国内需要につながる。

  経済界も、原発シフトから再生可能エネルギーシフトへ転換しつつある。福島沖の浮体の風力発電計画やスマートグリッドなどの分野に、日立、東芝、三菱重工など従来原発建設の中心企業も参加している。日本の成長戦略のかなめになるはずだ。
<引用終了>
http://ameblo.jp/n-kan-blog/entry-11307898432.html

posted by M.NAKAMURA at 12:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする