英雄達の憂鬱 平和への軌跡
王都グランセル編
第四十二話 潜入、浮遊都市! 〜アルセイユが墜落!?〜
エステル達がグランセル城の地下にある遺跡『封印区画』で探索している時、アリシア王母は自分の部屋にユーディス王を呼び出していた。
ユーディス王を見つめるアリシア王母の表情は厳しかった。
黙ったまま話さないアリシア王母にユーディス王の方から尋ねる。
「母上、わざわざ私を私室にまで呼び出すとは何の御用ですか?」
「あなたは盗み聞きなどして恥ずかしいとは思わないのですか」
「はてさて、いったい何の事でございましょう?」
アリシア王母に尋ね返されたユーディス王はとぼけるように視線をそらした。
「情報部の兵士達が地下水道で動いている事は知っています、潔く認めなさい」
「ばれてしまいましたか」
ユーディス王は自分が盗聴した事を認めたが、悪びれた様子はなかった。
反省の色が見られないユーディス王にアリシア王母はあきれたようにため息をつく。
「いいですか、“輝く環”などに手を出してはいけません。あれは国を滅ぼす火種になります」
「何をおっしゃいます母上、“輝く環”があれば我が国は大きな抑止力を持つ事が出来るではないですか!」
「抑止力ですか……あなたは武力をもってそれを語る気ですか」
「そうです、帝国の宰相の方針はお聞きになっているでしょう。彼は武力で様々な州を合併し、その勢いは我が国に迫りつつあります」
「ですが武力による抑止力は互いの強さを激化させる結果となってしまいます」
「それでは、母上はこのまま帝国の武力に屈しろとおっしゃるのですか?」
アリシア王母の言葉に対してユーディス王は激しく反発した。
このまま話し合いは平行線をたどると判断したのか、アリシア王母は口を閉ざした。
再び室内が沈黙に包まれた。
ユーディス王は再び黙り込んで下を向いてしまったアリシア王母に向かって宣言する。
「もうすぐ情報部が“輝く環”を持ち帰って来るでしょう。私はその力を正しく使いこなして見せますよ」
「そうはさせません、あなたの野望は遊撃士達によって打ち砕かれる事になるでしょう」
「お言葉ですが母上、カシウスはあなたの依頼を断ったとか。彼ならともかく彼以外の遊撃士に、リシャール率いる情報部が遅れをとるはずがありません」
「あなたはカシウス殿やリシャール殿をそれほど信頼しているのなら、“輝く環”に頼らずとも国難を乗り越えようと思わないのですか」
図星を突かれたのか、ユーディス王の表情が歪んだ。
そしてまたユーディス王が口を開いて反論をしようとした時、アリシア王母の部屋のドアがノックされる。
「大変です、お祖母様!」
「お入りなさい」
アリシア王母はクローゼに返事をすると、クローゼは部屋の中に入った。
そしてユーディス王が居るのに気が付くと驚いた顔になる。
「あっ、お父様……」
「クローゼ、一大事とは何の事です?」
アリシア王母に尋ねられて、クローゼは先ほど起こった異変について説明を始めた。
まず王国に各地にある四輪の塔と呼ばれる塔の屋上から天に伸びる光が上がった。
そして青い空を切り裂くようにヴァレリア湖の真ん中の上空に浮遊する都市が姿を現したのだった。
「何だと!?」
ユーディス王は驚いて部屋を出て王宮のテラスへと向かった。
アリシア王母とクローゼもユーディス王に続いた。
テラスに出て、ヴァレリア湖の上空を眺めたユーディス王達は驚いて言葉が出なかった。
王都グランセルに匹敵するような大きな都市が空に浮かんでいるのを肉眼で確認できたのだ。
<エレボニア帝国 パルム湿原>
リベール王国に浮遊する古代都市が現れ、その都市に国を滅ぼすほどの力を持った秘宝“輝く環”が眠っているとの情報がもたらされると帝国宰相オズボーンの対応は早かった。
直ちにゼクス中将を指揮官とする戦車部隊が編成され、ゼクス中将の息子ミュラーが先鋒となりパルム市を出発した。
宰相オズボーンもゼクス中将の戦車に同乗し、戦車部隊の兵士達はやる気が高まった。
パルム市はハーメル村のような小さな村を除けば帝国とリベール王国の国境に一番近い街だ。
戦車部隊は火力を集中させてハーケン門を破ると意気込んでパルム市を発進した。
街道に出た時は戦車部隊は整然と隊列をなしていた。
しかし前方にリベール王国の騎兵部隊が展開しているのを見ると、戦車部隊は列を乱して追いかけ始めた。
軍のルールに違反しても敵を討ち取れば罪には問われない暗黙の了解がある。
宰相オズボーンの見ている前で手柄を立てようと兵士達は焦ったのだ。
ゼクス中将が制止しても効果は無い。
姿を現したリベール王国の騎兵隊は戦車の砲撃を交わしながらからかうように逃げて行った。
戦車部隊は騎兵隊を包囲しようと横に広がって追撃をする。
騎兵隊との距離を詰めようと速度を上げる戦車部隊。
だがその時、急に強い雨が降り出したのだ。
「しまった、急いで引き返せ!」
先鋒隊のミュラーは急いで命令するがすでに遅かった。
戦車達は沼地に変化した湿原に飲み込まれ始めた。
沈む戦車の中からリベール王国の兵士達に逆に助けられる事になってしまった。
街道に残っていたゼクス中将の戦車は無事だったが、大部分の戦車は沼の底へと沈んでしまった。
「これはオズボーン殿、妙な所でお会いしますなあ」
馬に乗ってゼクス中将とオズボーンの前に姿を現したのは、カシウスとリベール王国の騎兵隊を指揮するシード中将だった。
爽やかな笑顔を浮かべるカシウスをオズボーンはにらみつける。
「カシウスめ、やってくれたな!」
「はて、何の事でしょう? 私はあなたをお迎えするシード中将の部隊に協力するために参っただけなのですが」
「迎えだと?」
カシウスがとぼけると、オズボーンは驚きの声を上げた。
「はい、確かに宰相様はリベール王国に出現した謎の浮遊都市の調査に協力するためにこちらまでご足労頂きました」
「お主まで何を言っている」
ミュラーがカシウスに答えると、オズボーンは訳が分からず不思議に思っている顔でミュラーを見つめた。
そして雲の切れ間からリベール王国の誇る高速巡洋艦アルセイユが着陸し、オリビエがクローゼと共にオズボーン達の前に姿を現した。
「我々帝国と、共和国、王国は一致協力してあの浮遊都市を調査し、事件を早期解決する事にしたのですよ」
オリビエがそう言うと、オズボーンは鼻を鳴らして答える。
「そうか、私に浮遊都市の情報を流したのは貴様の手引きだったか。私はまんまとおびき出されたようだな」
「宰相殿には見届け役をお願いしたいのですが」
オリビエの言葉にオズボーンはうなずいた。
「……いいだろう、ついて行ってやる」
「ご協力、感謝します」
「ふん」
クローゼがオズボーンに頭を下げた。
オズボーンはクローゼの方をチラッと見て、短く答えてアルセイユの中へと乗り込んだ。
ユリア中尉達が敬礼してオズボーンとミュラー、オリビエを迎え入れる。
乗員達の中にキリカの姿を見つけると、オズボーンはため息をついてオリビエに声を掛ける。
「共和国の手の者と同じ船に乗ることになるとはな」
「乗りかかった船です、途中で降りる事はできませんよ」
ユリア中尉がオズボーン達の所へやって来て部屋割りを告げる。
遊撃士協会と七耀教会関係者の部屋に両隣を挟まれる形で、共和国諜報部と王国情報部とは少し離れた部屋割りだった。
オリビエは笑みを浮かべてオズボーンにそっと話し掛ける。
「さすが調和を重んじるリベール王国、絶妙なバランス感覚だとは思いませんか?」
「調和など崩れてしまえばそれまでだ」
「だから力で抑え付けると?」
「ふん、平和は力によって保たれているのだ」
オズボーンは堂々とオリビエにそう言い切って部屋の中へ入って行った。
そんなオズボーン達の姿を遠目に眺めていたのはエステル達だった。
「オリビエさんて帝国の宰相さんと対等に話せるなんて、結構地位が高い人だったりするのかな」
「うん、きっとキリカさんと同じような職業なのかもしれないね」
「よくもあたし達に旅の演奏家などと言ってだましてくれたわね」
そう言って顔を膨れさせたエステルにカシウスが声を掛ける。
「それで、お前は接する態度を変えるのか?」
「ううん、やっぱりオリビエさんはオリビエさんだし」
「はっはっは、良い子に育ってくれて父さんは嬉しいぞ」
エステルの答えを聞いてカシウスは愉快そうに笑うと、アルセイユの出口に向かって歩き始めた。
「あれ、父さんは一緒に来てくれないの?」
「ちょっと父さんはヤボ用があってな」
「まさか生誕祭の出店を回る計画じゃないですよね」
「ヨシュア、どこでその情報を聞いた!」
おどけた様子で叫んだカシウスにエステルはあきれたようにため息をつく。
「エルナンさんが話していたけど、冗談でしょう? それに、こんな事件が起こったら生誕祭が中止になっちゃうかも」
「お前達が早期に解決すれば、生誕祭は予定通り行われるさ。生誕祭が中止になったら、母さんは悲しむぞ。悲しさのあまり、お前に怒りをぶつけるかもしれん」
「ひえーっ」
エステルはそう言って頭を手で押さえた。
「きっとお尻ペンペンだな」
「ブライト家の空気は僕が来た時からちっとも変りませんね……」
ヨシュアはため息をついたが少し嬉しそうな笑みを浮かべていた。
そしてアルセイユから降りたカシウス達は、ヴァレリア湖上空の浮遊都市に向かって飛び立って行くアルセイユを見送った。
「それではゼクス殿、宰相様の護衛任務お疲れ様でした」
「そういう事にしておくのが最良のようですな」
ゼクス中将は少し苛立った表情だったが、こらえるように戦車部隊を引き上げて行った。
戦車の大部分は沼地に沈んだので、徒歩による帰還者が多かった。
「カシウス殿のおっしゃる通り、雨が降ってくれて助かりました。雨が降らなかったら我々は壊滅でしたよ」
戦車部隊が姿を消した後、シード中将はカシウスにホッとしたようにそう声を掛けた。
「俺も兵士達の前で土下座した甲斐があったものだな」
「英雄には天も味方するものなんですね」
「そう思われちゃ困るんだよな、実際にはタネや仕掛けも用意していたというのに」
シード中将の言葉を聞いてカシウスはウンザリした顔でため息をついた。
<高速巡洋艦アルセイユ ブリッジ>
オズボーン達を乗せて発進したアルセイユだったが、すぐに浮遊都市の中に突入はしなかった。
ボース地方の北方からヴァレリア湖の中心の上空までそれほど時間はかからないのだが、まず浮遊都市の周囲を巡回して様子を観察する慎重策を取った。
ブリッジには浮遊都市を眺めるためにアルセイユに乗り込んだ主要な人物が集まっていた。
誰もが整備された古代都市の美しさに目を見張った。
高い高層建築以外にも広い緑地がある公園が点在し、技術だけでなく文化的にも優れた都市であると印象を受けた。
しかし、それよりも目を引いたのは都市の至る所に破壊の跡が見られる事だった。
地上からでは分かりにくかったが建物が倒壊し、焼き払われている公園も存在していた。
「大きな戦争でもあったのかな……」
「街がこれだけ破壊されるんだから規模が大きかったんだろうね」
都市の破壊の跡を見て身震いしたエステルの手をヨシュアが握った。
「帝国と共和国の間で戦争が起こっていたらレンの住んでいるクロスベルもこんな風になっていたのかしら」
オズボーンやキリカの居る前でレンがつぶやくと、ブリッジに張り詰めた空気が流れた。
エステル達も言葉を発する事が出来ず戸惑っていると、クローゼが穏やかな笑顔を浮かべて声を掛ける。
「大丈夫です、戦争なんて起こりませんから、いえ、2度と起こさせはしません!」
「本当? お姉さん、レンと約束してくれる? 嘘つかない?」
「はい、もちろんです」
レンの質問にクローゼは凛とした表情で答えた。
そのクローゼとレンのやり取りを見た人物の反応は様々だった。
「ティータ、データは分析できたか?」
「うん、都市全体が微弱なエネルギーフィールドに覆われているみたいだけど、それ以外のエネルギーは都市の中心部の大きな塔と都市の下層に集中しているみたい」
ラッセル博士が尋ねると、測量士となっていたティータがそう答えた。
「しばらく旋回して都市の様子を見ましたが、砲台のようなものはほとんど壊れているようですね」
「うむ、迎撃される心配は無いじゃろう」
艦長を務めるユリア中尉の言葉にラッセル博士はうなずいた。
「クローディア様、ご命令を」
ユリア中尉が指示を仰ぐと、クローゼは凛とした表情になって首を縦に振る。
「これより、アルセイユは空中都市へと突入します!」
「イエッサー! 総員、ショックに備えよ!」
クローゼの宣言を受けて、ユリアが号令をかけた。
アルセイユが空中都市へと接近すると、ティータが警告を発する。
「飛行物体が接近中ですっ!」
「何だあいつは!」
アガットが驚いて大声を出すと、着陸の衝撃に備えていたエステル達は顔を上げた。
すると、機械仕掛けの鳥のような兵器がアルセイユの前に何体か立ちはだかり、攻撃を仕掛けてきた!
「回避行動を取れ!」
ユリア中尉の命令により操舵手はアルセイユを旋回させて攻撃をかわした。
アルセイユが浮遊都市から離れると、機械仕掛けの鳥達は深追いはして来なかった。
その様子を見てラッセル博士がつぶやく。
「あの兵器は空中都市のガードのようじゃな。あいつらを何とかしなければ、空中都市へは入れんぞ」
「砲撃は私に任せてくれ」
砲撃手の席に座ったミュラーが告げると、ユリア中尉は了解したようにうなずく。
「分かりました、ミュラー殿は進路に立ち塞がる飛行兵器を倒して下さい、他の敵は無視して空中都市内に侵入します」
「時間に余裕があったらレーダーで自動迎撃する砲塔を付けたかったんじゃがのう……」
ラッセル博士は残念そうにつぶやいた。
再びアルセイユが浮遊都市へと近づくと、それに呼応して機械仕掛けの鳥が集まって来た。
ミュラーの砲撃によりアルセイユの進路を塞いだ数体が落とされていった。
ブリッジに居たメンバーから歓声と拍手が上がった。
特にエステルは一際大きな音を出していた。
しかし、アルセイユが空中都市間近へと迫った時、異変が起きた。
ブリッジにあったオーブメント機器がすべてシャットダウンしてしまったのだ。
「大変です、導力オーブメントの出力がゼロになっちゃっいました!」
「何じゃと!?」
ティータの悲鳴にラッセル博士が驚きの声を上げた。
「あの……もしかしてこれは……」
「総員、墜落のショックに備えよ!」
クローゼの質問に対して、ユリア中尉がそう号令をかけた直後、アルセイユの船体は大きく傾き、浮遊都市の地面に向かって墜落した!
その衝撃でエステル達の意識は遠のいたのだった……。
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