英雄達の憂鬱 平和への軌跡
ツァイス地方編
第三十二話 熱き魂の大集結!
<ツァイス地方 カルデア隧道((すいどう) >
遊撃士協会ツァイス支部の受付キリカに行方不明のジミーを捜索する事を伝えたエステルとヨシュア。
エステルとヨシュアが旅行者ジミーの足取りを追って中央工房の地下に降りると、2人の大男が作業員に対して聞き込みをしている場面を目撃した。
熊のような印象を受ける大男とサングラスをかけ黒いコートを着た大男の取り合わせにエステル達は見覚えがあった。
「それは、確かなんだな?」
「ああ、この季節になるとカルデア鍾乳洞にやって来るみたいだよ」
「師父の話に間違いは無いみたいだな、ヴァルター」
「これであのジジイの鼻を明かしてやれるな」
ジンとヴァルター達はエステル達を気にせずに話をしていた。
エステル達もジミーを追いかけるために急いでカルデア隧道を進んで行った。
「困ったなあ、どうしよう……」
「あれ、ヴェルソさん?」
「あっ、君達は」
カルデア隧道の途中で、エステルは見覚えのある兵士が立っているのを見て声を掛けた。
ヴェルソはルーアン地方でエア=レッテンの入口を守っていた兵士で、デュナン公爵がワガママを言った時にエステル達に助けを求めた。
「どうかされたんですか?」
「この時期は鍾乳洞に魔獣が多発するから、立ち入り禁止にしていたんだけど、誰かが入ってしまったみたいなんだ」
ヴェルソの言葉の通り、カルデア鍾乳洞の入り口に置かれた立ち入り禁止の看板がどかされていた。
「ここはルーアン地方とツァイス地方の中間に当たる地点だけど、レイストン要塞から来てもらうのは遠くてね、僕らがパトロールする事になっているんだ」
「では、ずっと見張りに立っていなかったんですか?」
「本来はそうすべきなんだけど、面目無い」
ヨシュアの質問にヴェルソは謝った。
「立ち入り禁止の看板だけでジミーさんを止める事は出来ないわよ……」
エステルはそう言ってため息をついた。
「君達、中へ入って行った人を知っているのかい?」
「ええ、自称トレジャーハンターの卵のジミーさんよ」
「それでは、僕達が助けに入ります」
「危険だよ、今は鍾乳洞には”ヌシ”が居るんだ」
ヴェルソはそう言ってエステル達を引き止めた。
「”ヌシ”って?」
「妖怪魔獣の事さ」
エステルの質問に答えたのはいつの間にか背後に立っていたジンだった。
側にはヴァルターも居る。
「なんでも、数千年生き延びた化け物みたいな魔獣で、挑んだヤツらは殺されるか、大怪我を負って命からがら逃げるかだったらしいぜ」
「我らの師父も勝てなかった相手だそうだ」
「レイストン要塞に応援部隊を求めるしかないかもしれないな」
「それじゃ手遅れになっちゃうかも」
「しかし、君達だけでは危険だ」
「なら、俺達が協力しよう」
「あなた達も遊撃士ですか?」
ジンとヴァルターの胸に遊撃士の紋章が無いのを見て、ヴェルソは首をかしげながら尋ねた。
「いや、俺達は泰斗流の格闘家さ」
「泰斗流? 聞いた事無いな」
「ほら、やっぱり泰斗流はマイナーじゃねえか」
ヴェルソが即答するとジンはガクっと肩を落とした。
それにヴァルターがツッコミを入れた。
「でも、腕は立ちそうですね」
「ああ、それは保障する」
「分かりました、それではあなた方に捜索をお願いいたします。私はこれからエア=レッテンの関所に戻って、レイストン要塞に連絡をします。無理はなさらないで下さいよ」
ヴェルソは一礼をして足早に去って行った。
「ハナシがまとまったならとっとと行くぜ、軍のヤツらに”ヌシ”を横取りされるわけにはいかねえ」
「そうだな」
ヴァルターとジンはそう言って鍾乳洞の中へ入って行った。
エステル達も慌ててついて行った。
<ツァイス地方 カルデア鍾乳洞>
エステル達が足を踏み入れると、そこは自然が作りだした彫刻とも言える幻想的な空間が広がっていた。
しかし、エステル達にはその風景を楽しむ余裕は無い。
「ジミーさーん!」
「居たら返事をして下さい!」
エステルとヨシュアの声が響き渡るが、返って来るのは静寂だけ。
ジンとヴァルターが進路上に居た魔獣を次々と痛めつけて蹴散らして行ったので、魔獣達は怯えた様子でエステル達を遠巻きにして見ている。
「あたし達の方が魔獣の家を荒らしているんだね」
「うん、被害を拡大させないうちに早く探し出さないと」
エステルとヨシュアは胸を痛ませながら悲しげな目で怯える魔獣達の姿を見ていた。
魔獣はペンギンのような姿をしていて、クエ〜ッと悲しげな鳴き声を出して会話をしているようだ。
中には赤ん坊や子供の魔獣の姿も見える。
ジンとヴァルターは無駄に命を奪う事はしなかったが、手加減もしないようだった。
「雑魚ばかりじゃ物足りなくなって来たぜ」
「同感だな」
「でも、ジミーさんは魔獣から隠れているかもしれないから、見落としが無いように探さないと」
「ちっ、面倒くせえな早くしろ」
ジンとヴァルターは不満を口にしていたが、エステル達に協力してくれていた。
そして、地底湖に突き出したような岬のような場所で、熱心に石碑の前の地面を掘っているジミーの姿を見つけた。
「ジミーさん!」
「やあ、君達か」
ジミーはエステルの呼びかけに嬉しそうに笑顔で答えた。
「こんな場所で何をしているんですか?」
「見た通りさ、海賊シルマーの財宝を掘り出しているんだ!」
ヨシュアの質問に、ジミーはそう答えた。
「ここは危険です、早く街へ戻りましょう」
「嫌だ、僕は街に戻らないぞ」
ヨシュアの言葉に、ジミーは首を振って拒否した。
「えーっ、どうしてよ?」
「海賊シルマーの財宝を掘り出すまでは帰らないぞ!
「またですか……」
ヨシュアは疲れた顔でため息をついた。
「ジンさん、ヴァルターさん、協力をお願いできませんか?」
「何だ、俺達に穴掘りをしろって言うのかよ」
「強引に街に連れ帰っても、ジミーさんは諦めずに戻って来てしまうのよ」
「やれやれ、はた迷惑なやつだな」
エステルとヨシュアに頼まれて、ジンとヴァルターは渋々ジミーが掘っていた地面を掘り進めた。
「やっぱり力のある人が掘ると早いなあ」
ジミーはのんきに2人が穴を掘る様子を見つめていた。
エステル達は本当に海賊シルマーの財宝が埋まっているのか半信半疑だったが、なんと古びた宝箱が姿を現した!
「これは……!」
宝箱をジミーが開けると、中にはキラキラと銀色の光を放つ宝珠が入っていた。
「綺麗な宝珠ね」
エステルも宝珠を眺めてウットリとしていた。
「用が済んだなら行くぞ」
ヴァルターが苛立ったようにエステル達の声を掛けた。
エステル達が地底湖から立ち去ろうとした時、突然ジミーの持っていた宝珠が点滅を始める。
「うわっ、一体どうしたんだ!?」
「何かをあたし達に知らせているみたいだけど……」
「来るぜ!」
「ああ!」
すると地底湖の水面が大きく盛り上がり、巨大な魔獣が跳び出してエステル達の目の前に着地した。
その衝撃で鍾乳洞全体が大きく振動する。
エステル達を取り囲むように隠れていた魔獣達も姿を現した。
退路も塞がれてしまったのだ。
「随分と派手な頭をしているのわね」
巨大なペンギン型魔獣の姿を見たエステルがそんな感想を述べた。
「油断するな、やつは相当強いぞ」
ジンが警告を発した。
巨大なペンギン型魔獣は、大男であるジンとヴァルターより2倍ほどの長身で、体格や体重は数倍あった。
「エステル、あの巨大な魔獣はジンさんとヴァルターさんに任せて、僕達はジミーさんを守る事に専念しよう」
「了解」
ヨシュアとエステルは背後の魔獣達に向き合う事になった。
魔獣達の中でピンク色をした数匹は、エステル達に飛びかかろうとはせずに、鳴き声で曲を奏で始めた。
それを見たエステル達は、その行動の意味が全く分からなかった。
「な、なんだ?」
ジンの驚いた声にエステル達が振り返ると、巨大なペンギン型魔獣が音楽に合わせて踊っていた。
テンションが最高潮になった魔獣は強烈な光を放つ!
強烈な光を受けたエステルは、一瞬意識が飛んで行ったような衝撃を受けた。
何とか他の魔獣達の攻撃を防ぐのは間に合ったが、何回も強い光を放たれて、ジン達やエステル達は苦戦し不利な状況に追い込まれた。
このままでは追いつめられてやられる……!
「てやあああっ!」
エステル達が覚悟した時、エステル達と向き合っている退路に立ち塞がる魔獣の群れが吹き飛ばされた。
この雄叫びにエステル達は聞き覚えがあった。
エステル達はの予想通り姿を現したのは重剣を振り回すアガットだった。
アネラスとレーヴェ、導力砲を構えたティータも居る。
「よかったぁ、間に合って!」
「みんな!」
アガット達の姿を見てエステル達にほっとしたような笑顔をが広がった。
「苦戦しているようだな、力を貸そう」
「ちっ、余計な事をしやがって」
レーヴェの言葉にヴァルターは舌打ちしたが、ジンと2人だけでは危なかった事は自覚しているようだった。
「あのでっかい魔獣はアガットさん達に任せて、私達は脱出しよう!」
「うん!」
アネラスの言葉にエステルはうなずいて、エステル・ヨシュア・アネラス・ティータはジミーを護衛しながら鍾乳洞の脱出を始めた。
行きとは違って興奮して襲いかかって来る魔獣達。
「まさか、ペンギンさん達がこんなに怖いとは思わなかったよ、見た目は可愛いのに」
アネラスはまだ普段と違う魔獣達の様子に戸惑っていた感じだった。
逃げている間、ジミーの持っていた宝珠はずっと点滅を繰り返していた。
カルデア鍾乳洞の外に出た所で、やっと宝珠の点滅は止まった。
魔獣達も鍾乳洞の外までは追いかけて来ないようだった。
「君達、大丈夫だったかい?」
カルデア隧道ではエア=レッテンの兵士ヴェルソがエステル達の事を待っていた。
「ヴェルソさんがみんなを呼んでくれたの?」
「いや、僕はレイストン要塞に連絡して戻って来たんだ」
エステルの質問にヴェルソは首を横に振った。
「キリカさんから話を聞いて、その時に街に居たみんなで助けに来たんだよ」
アネラスがそう話すと、エステルは感心したようにつぶやく。
「キリカさんが……」
「キリカさんはこうなる事を予想していたのかな」
「ジンさん達までが居る事まで知っていたら凄いわね」
底知れぬキリカの能力にエステル達はただ感心するのだった。
<ツァイスの街 遊撃士協会>
無事に街に戻ったエステル達は遊撃士協会に向かいキリカに報告をした。
ジミーの発掘した海賊シルマーの財宝は《銀露の宝珠》と呼ばれるアーティファクトだった。
危険を察知すると光り出す魔法の道具で海賊シルマーはこの道具のおかげで長い間海賊をやっていられたのではないかと推測された。
「魔力を持ったアーティファクトは個人が所有する事は許されず、全て七耀教会の管理下に置かれる事になるのよ」
「せっかく手に入れた財宝なのに、残念ね」
キリカに銀露の宝珠を渡す事になったジミーにエステルが同情すると、ジミーは気にしない様子で首を横に振る。
「いいんだ、僕の目的は財宝を手に入れる事なんだから。財宝を貯める事に興味は無いんだ」
「七耀教会から謝礼金はでるわ。財宝の価値には到底及ばないと思うけど」
「うん、僕は宝探しを続けられるだけのお金があればそれで構わないよ」
キリカの言葉を聞いてジミーは満足した様子で笑顔でうなずいた。
「すごい前向きな人ですね」
アネラスは感心したようにつぶやいた。
「でも、危険を察知してくれるアイテムなんて持っていたら宝探しに便利そうなんだけどな」
「そんな時は、遊撃士協会に声を掛けて下さい。危険を察知してもさっきみたいに逃げられなかったら意味がありませんし」
「そうだね、お金も貰えるならそうした方が良いかもね」
ヨシュアの言葉にジミーはそう言って笑った。
「それにしても、危険を知らせるアイテムだなんて、怪盗紳士が欲しがりそうね」
「確かにね」
エステルのつぶやきにヨシュアもうなずいた。
「ふふ、銀露の宝珠は私の責任でしっかりと預からせて頂くわ」
「それなら安心だね!」
キリカの言葉を聞いて、アネラスが明るくそう言った。
「そうだ、ジミーさんに本を返してもらわないと」
ヨシュアにツァイスの中央工房の資料室から借りた本について尋ねられると、ジミーは自分の荷物を調べ始めた。
しかし、手持ちの荷物から『猫語日常会話入門』は見つからなかった。
「どうやら、どこかに落とすか忘れたかしたみたいだ、ごめん」
ジミーが本を鍾乳洞の中で落としたとすれば、またあの修羅場に戻らなければならない。
エステル達の顔は真っ青になった。
そして怒りがこみ上げて来たエステルは真っ赤な顔になってジミーにつかみかかる。
「ジミーさん!」
「エステル、首を絞めちゃダメだよ!」
慌ててヨシュアとアネラスがエステルを取り押さえた。
「仕方無いわね、まず街の中を探して見つからなかったら本は諦めてもらうしかないわね」
キリカはそう言ってため息をつくのだった。
<ツァイスの街 中央工房>
エステル達4人で手分けして探した『猫語日常会話入門』はジミーが昨日の夜に食事を取った居酒屋で見つける事が出来た。
ジミーが『猫語日常会話入門』を借りたのは、『猫に小判』と言う東方のカルバード共和国に伝わる慣用句を勘違いして、猫が小判の埋まっている場所を教えてくれるのだと思い込んでいたようだった。
後でジンに猫に小判の正しい意味を聞いたジミーはガッカリしていた。
合流した後は、猫のアントワーヌを連れて医務室のミリアム先生に頼まれたタバコを盗んだ犯人探しを再開した。
鍾乳洞の死闘に比べればたいした事ではないがどんなに小さな事件でも解決するのが遊撃士だ。
中央工房は《工房船ライプニッツ号》が空港に戻って来ていて慌ただしくなっていた。
赤いハチマキをした男性が側を通りかかるとアネラスが頭を下げる。
「あ、グスタフさん、今朝はありがとうございました!」
「運搬車は直ったのか?」
「はい、お昼過ぎには街に帰れました」
アネラスの話によると、赤いハチマキをした男性はグスタフ整備長。
飛行船の整備チームのリーダーで、今は新型エンジンを王国の最新飛行船アルセイユに搭載する準備をしているのだと言う。
ミリアム先生によるとグスタフ整備長もタバコ盗難事件の容疑者の1人。
自分は犯人ではないとグスタフ整備長は否定したが、エステルは容赦無く猫のアントワーヌを使って調査を開始した。
通訳は『猫語日常会話入門』で猫語をマスターしてしまったジミー。
猫のアントワーヌによると、どうやらグスタフ整備長は犯人ではないようだ。
「疑ってすいませんでした」
「まあ良いって、疑うのがお前さんの仕事だろう?」
謝るヨシュアに対してグスタフ整備長はそう言った。
「新型エンジンの整備、頑張って下さい!」
「おう!」
グスタフ整備長はアネラスの言葉に手を振って去って行った。
「じゃあ、次はマードック工房長さんね」
工房長室でエステル達がタバコの件を話した途端にマードック工房長の顔は真っ青になり冷汗をかき、目は泳いでいると言う分かりやすい反応を見せた。
「これって、アントワーヌに協力してもらうまでもないんじゃない?」
「僕もそう思う」
「わ、私はもう禁煙したんだ、タバコなんて吸うはずは、ななな、無いじゃないか」
「それなら、アントワーヌをちゃんに聞いてみようよ」
エステルはマードック工房長からタバコの臭いがするかアントワーヌに尋ねる。
「にゃ〜お」
「そうだって言っているみたいだね」
ジミーが通訳しても、マードック工房長はさらに言い訳を続ける。
「ほら、私はタバコを持っていないし、この部屋の中に隠していたりしないぞ?」
「奥の部屋も見せて下さい」
ジト目のヨシュアに言われて、マードック工房長はギクリとした表情になった。
工房長室の奥の部屋に入ったアントワーヌは引き出しの前で鳴き声を上げる。
「にやぁ〜〜お」
「ここだよって言っているみたいだ」
「引き出しの鍵を開けて下さい」
「まいった、降参するよ。医務室からタバコを盗んだのは私だ」
マードック工房長はそれから自分がいかにストレスのたまる仕事をしているのか熱く訴え始めた。
ラッセル博士一家が実験をする度にどんなトラブルが起きるかハラハラさせられているからタバコを吸わないとやっていけないと言うのだ。
エステルは同情してため息をつく。
「マードック工房長さんもかわいそうよね」
「でも、どんな事情があったにせよ、盗みはいけませんよ」
「分かった、もう二度とタバコを盗んだりしない、反省している」
これにて事件は解決、エステル達がミリアム先生に事件解決の報告をしている間に、息を切らした男性がエステル達の居る医務室に飛び込んで来た。
「よかった、遊撃士さん達、まだ居てくれたか!」
「ちょっと、そんなに慌ててどうしたのよ」
「新型エンジンの設計図が盗まれたんだよ!」