英雄達の憂鬱 平和への軌跡
ツァイス地方編
第三十一話 臨時司書の大残業 〜ツァイス支部は大忙し〜
<ツァイスの街 中央工房前>
エルモ温泉で一泊したエステル達は、温泉にしばらく泊まると言うオリビエとドロシーと別れてツァイスの街へ戻ると、ツァイスの街は大騒ぎになっていた。
なんと、ツァイスの中央工房から煙が上がっているのだ!
工房の前には逃げて来たと思われる工房の関係者が立ちつくしていて、街の人々はざわついた様子で工房を眺めていた。
「いったい何が起こったの!?」
エステルが工房の前に居た人々に尋ねると、どうやらラッセル博士の実験室で小火(ぼや)が起こってしまったらしい。
スプリンクラーが作動し、火はすぐに鎮火するとの話だった。
「まったくあなた達一家は無茶な実験ばかりして! 巻き込まれる我々の迷惑も考えて欲しいものですな」
「毎度の事ながら本当にすいません」
怒った顔で説教をしているのは、中央工房の最高責任者でありツァイス市の市長の役目も果たしているマードック工房長。
頭を下げて謝っているのはラッセル一家の唯一の常識人と言えるティータの父親であるダン・ラッセル博士だった。
「失敗は成功の元なのよ」
エリカ博士はあまり悪びれる様子も無く、堂々と側に立っていた。
ティータは辺りを見回して、ラッセル博士の姿が見えない事に気が付くと、エリカ博士に尋ねる。
「あの、おじいちゃんは?」
「研究バカのじいさんの事だから、中で研究を続けているんじゃないの?」
ティータに尋ねられたエリカは、気にしていない様子で答えた。
「こんな煙が充満している工房の中で?」
エステルが驚きの声を上げた。
「でも、おじいちゃんにもしもの事があったら……」
「ちっ、仕方が無えな、俺がじいさんを引っ張って来るぜ」
「ありがとうございます!」
アガットがそう言うと、ティータは目を輝かせてアガットの腕を握り締めてお礼を言った。その様子を見たエリカ博士は怒った顔になって声を荒げる。
「こらっあんた、今すぐティータから離れなさいっ!」
「おわっ、何しやがる!」
「うわわっ、おかあさん!」
アガットは寸でのところでエリカ博士の振り下ろしたハンマーをかわした。
「ティータちゃんのおかあさん、いつの間にハンマーを持っていたのかなあ?」
「……さあ」
アネラスの疑問にエステルは冷や汗を浮かべながら答えた。
「何を遊んでいる、中の様子を見に行くのだろう?」
レーヴェはそう言うと、中央工房の建物の中へと入って行ってしまった。
「あっ、待ちやがれ!」
アガットもレーヴェの後を追いかけて姿を消した。
「あたし達が突入するタイミングが無くなっちゃったわね」
「仕方ないよ、工房の捜査は兄さん達に任せて、僕達は街の混乱を抑えよう」
エステルがつぶやくと、ヨシュアはそう助言をした。
ヨシュアの言う通り、煙を目撃した街の人々の間にさらに不安が広まっているようだ。
いつもラッセル博士の騒動に巻き込まれている人はともかく、よく中央工房の実情を知らない人は何が起こったのか不安そうな顔をしている。
エステル達はそう言った人々に現状を伝えて安心してもらい、工房の後始末まで手伝わされた。
そして、大方の中央工房の関係者の予想通りラッセル博士は避難せずに実験室に居た。
煙には気がついていたが、実験室には煙が来ない構造になっているのでずっとこもっていたと話していた。
「さすがラッセル博士、ノバルティス博士がライバルだって認めただけの事はあるわ、冷静沈着な行動ね」
「もうおじいちゃんもレンちゃんも、煙が予想量を超えたら危ないって言っても聞いてくれないんだから」
ティータはそう言って顔を膨れさせた。
そしてラッセル博士は自分の家のある方向から歩いて来たノバルティス博士の姿を見つけると、嬉しそうに手を振る。
「おーい、先ほどやっと例の理論が固まって実験を行っていたところじゃ、お前さんも来い」
ノバルティス博士はエステル達に向かって苦笑しながらラッセル博士のところへ行った。
ラッセル博士達の姿が実験室の中に消えるとエステル達は疲れた顔でため息を吐き出す。
「本当、すごい体力ね」
「研究に対する情熱がそうさせているんだろうね」
「私、この工房の人々の勢いに圧倒されっぱなしだよ……」
<ツァイスの街 遊撃士協会>
中央工房での後片付けを終えたエステル達は、遊撃士協会へと戻った。
やっとラッセル博士達から解放されると喜んだのも束の間、遊撃士協会に寄せられた依頼内容を書いた掲示板には中央工房の関係者からの依頼がどっさりと書かれていたのだ。
それを見たアネラスは青い顔になってうなだれる。
「帰ってきたばかりなのに、また中央工房に行かなくちゃいけないんですか……」
「この街の依頼のほとんどは中央工房からの依頼が占めるわね。中央工房に行かない日は無いと言っても過言ではないわ」
受付のキリカはきっぱりとそう断言をした。
「まあまあアネラスさん、仕事は選り好みしちゃいけないじゃない」
「それは、そうだけど」
エステルがなだめても、アネラスはちょっとウンザリしている様子だった。
「それじゃ、アネラスにはウォンと組んで運搬車の捜索の依頼をしてもらおうかしら。ウォルフ砦を通過したはずの運搬車がまだ街に到着しないのよ。途中で何かトラブルがあったのかもしれないから、見て来てちょうだい」
「わかりました!」
しばらくツァイスの街を離れられるので、アネラスは嬉しそうだった。
「エステル達は中央工房での細かい依頼を頼むわね」
キリカに言われてエステルとヨシュアは依頼の内容を確認すると、部屋の掃除や貸し出していた本の回収など本当に細かい内容が並んでいた。
「部屋の掃除って、遊撃士に頼む事なの?」
「研究に没頭していて、片付けられなくなるほど散らかってしまうとか、そんな依頼が多いのよ。でもたまに危険な薬品をこぼしてしまったとか言う依頼があるから油断はできないわよ」
さすがのエステルもウンザリとした顔で尋ねたが、キリカはそう言ってエステルに注意を促した。
「ちょっと待ちなさい、この依頼は街の外に出るアネラスの方が良いかもしれないわね」
「どんな依頼ですか?」
「ストレガー社の試作品のスニーカーのテストよ。新製品の歩行データを取りたいらしいわ」
ヨシュアの質問にキリカが答えると、エステルの目の色が変わる。
「キリカさん、その依頼あたしがやりたい!」
「エステルはストレガー社のスニーカーのコレクターなんです」
ヨシュアはため息をついてキリカに説明した。
ついこの前温泉でエステルが女の子だと思いっきり意識させられたのにこういうところは変わっていない。
もちろん、エステルが色気たっぷりになってもヨシュアは困ってしまうのだが。
するとキリカの表情は厳しいものとなる。
「エステル、遊撃士は仕事の選り好みをしてはいけないって、あなた自身が口にしたばかりじゃないの」
「ご、ごめんなさい……」
エステルが反省した様子を見せると、キリカの表情は柔らかいものに変わる。
「分かればいいのよ。……そうね、アネラスがフィールドワーク、エステルがシティワークのデータを取ると話せば、開発者の人も納得するかもしれないわね」
「キリカさん、ありがとう!」
エステルは笑顔になってキリカにお礼を言った。
ヨシュアはこのアメとムチの使い分けの見事さに、シェラザードの姿をキリカに重ねて思い出した。
「ぼーっとしちゃって、どうしたの?」
そんなヨシュアの姿を見て、エステルが声を掛けた。
「あ、ちょっとロレントの事を思い出しちゃってね」
「ホームシックになっちゃったの?」
「そうじゃないけど」
「そっか、ヨシュアの故郷はハーメル村で、今はレーヴェさんとカリンさんと会ったばかりだもんね」
「そんなことないよ、僕にとってロレントは第2の故郷とも言える場所になっているよ」
エステルの言葉を、ヨシュアは首を横に振って否定するのだった。
<ツァイスの街 中央工房 実験室>
中央工房へ行ったエステル達が真っ先にアネラスとウォン達と向かったのは実験室に居るティエリ博士の所。
「やあ、実験に協力してくれる遊撃士さんだね。人数が多いけど、誰が協力してくれるのかな?」
やはりティエリ研究員は1人だけのデータを取る考えのようだった。
そこでエステルが熱い目をしてキリカから授けられた理論を話し出す。
興奮し過ぎて上手く話せていない部分もあったが、ティエリ研究員はエステルの気迫に圧されて抵抗せずに話を聞いていた。
しかし、エステルの話を聞き終わったティエリ研究員は言い辛そうに話し始める。
「残念だけど、試作品は1足しか無いんだよ」
「そんな!」
叫び声を上げたエステルの顔が絶望に満ちた表情になった。
ヨシュアはこんなに悲しそうなエステルの顔は初めて見た。
「エステルちゃん、私は良いから、エステルちゃんが依頼を引き受けて」
「ありがとう、アネラスさん!」
エステルは嬉しそうに感激してアネラスに抱き付いた。
ヨシュアはこんなに嬉しそうに感激するエステルの表情は初めて見た気がした。
自分がエステルに別れを告げた時、そして告白を受け入れた時にはエステルはこの時より悲しそうだったり、嬉しそうだったりする表情を見せてくれるのだろうかとヨシュアは考えた。
「と言うわけで、あたしが実験に協力するわね!」
「そ、そうかい? なんか、元気が空回りしそうで怖いな」
ティエリ研究員がエステルに試作品のスニーカーを渡すと、エステルは嬉しそうにスニーカーを撫で始める。
「新品のスニーカー♪ 履くのがもったいないぐらいだわ」
「エステル、履かなきゃ実験にならないって」
エステルは保存するためのスニーカーと普段履くためのスニーカーの計2足を揃えるほどのマニアぶりなのだ。
ヨシュアはそんなエステルの性格が分かっていながらもツッコミを入れずにはいられなかった。
「わざわざ来ていただいたのにすいません」
ヨシュアは無駄足を踏ませる事になってしまったウォンとアネラスに謝った。
「別に構わないさ。それじゃ、僕達はトラット平原へ行ってくるよ」
「またね、エステルちゃん」
ウォンとアネラスは大して気にしたような素振りを見せずにエステル達に手を振って去って行った。
エステル達もティエリ研究員に別れを告げて立ち去ろうとした時、実験室の中に1人の青年が入って来た。
研究者なのだろうか、白衣を着ていた。
「あ、レイ先輩、お帰りなさい」
戻って来た青年に、ティエリ研究員が声を掛けた。
「こちらの子達は新しい助手志望かな?」
「いえ、実験に協力していただく事になった遊撃士さんです」
レイ研究員の質問にティエリ研究員がそう答えると、レイ研究員の目が光る。
「遊撃士だって? 飛んで火に入る夏の虫とはこの事だな」
「レイ先輩、例えが間違っていて怖いです」
ティエリ研究員は冷汗を浮かべてレイ研究員にツッコミを入れた。
「じゃあ、あたし達はこれで失礼するわね」
エステルとヨシュアも巻き込まれないようにさりげなく実験室を去ろうとした。
「待ちたまえ!」
レイ研究員に呼び止められ、エステルとヨシュアの背中は飛び上がる。
「な、何でしょうか?」
ヨシュアは恐る恐る振り返った。
「私の実験に付き合ってはくれないだろうか」
遊撃士は依頼を拒否する事は出来ない。
エステルとヨシュアは青い顔でため息を吐き出した。
レイ研究員の実験とは、究極の栄養剤を作ると言うものだった。
研究員が何日も徹夜で頑張れるほどの効果を持った栄養剤を作りたいらしい。
何日も徹夜を続ける事は体に良くないとエステルとヨシュアは思ったのだが、依頼人には逆らえない。
エステルとヨシュアはレイ研究員によって、室内のビニールハウスに案内される。
そこでは絵の具で塗ったような真っ赤な色をしたトマトが栽培されていた。
「ティエリ君に味見をしてもらったんだが、全然当てにならないのだよ」
「それで、あたし達にこのトマトの味見をしろって言うの?」
「うん、この究極の環境で育てたトマトを絞って栄養剤のベースにしようと考えている」
エステルの質問にレイ研究員は誇らしげにうなずいた。
「エステル、覚悟を決めようよ。どんなにひどい味でも『極楽鍋』よりマシだと思えば大丈夫だよ」
「そうね、あの『地獄鍋』よりマシね」
ヨシュアとエステルはボース地方で味わったウェムラーの料理を思い出してお互いに覚悟を決めて見つめ合い、トマトを手にとってかじった。
口の中にトマトの汁が広がった途端、味覚クラッシャーな痺れと痛みを伴う苦さが脳天を貫く感じがした。
エステルもヨシュアも、持っていたトマトを地面に落してしまい、さらに膝から床に倒れ込んだ。
「なんだ、ティエリ君と同じ反応じゃないか」
レイ研究員は落胆したような表情でつぶやいた。
エステルとヨシュアは激しくせき込んでいる。
「苦すぎるわよ、このトマトは!」
「あんなにかじるんじゃなかった……」
「それでは『良薬は口に苦しトマト』と命名しよう」
苦しむエステルとヨシュアの言葉を聞いて、レイ研究員は閃いた顔をしてそう言った。
「先輩、やっぱり無理がありますよ」
「そうだな、言いにくいから短く『にがトマト』と呼ぼう」
ティエリ研究員のツッコミを勘違いして、レイ研究員は手を打ってそう答えた。
「君達、次はこのトマトを……おや?」
レイ研究員とティエリ研究員が実験室の中を見回すと、エステルとヨシュアの姿は跡形も無く消え失せていた。
<ツァイスの街 中央工房 医務室>
レイ研究員の魔の手から逃れたエステルとヨシュアは、この苦さを何とかしてもらうために医務室を訪れていた。
エステル達の話を聞いたミリアム先生は苦笑しながらエステルとヨシュアにあめ玉を渡す。
これは薬が苦いと言って飲みたがらない子供のために用意したものだそうだ。
「まったくレイ君にも困ったものね」
「あんな栄養剤を飲んだら、返って体調が悪くなるわよ」
エステルはぼやくようにミリアム先生の言葉に答えた。
「栄養剤に頼るより、体に悪い不摂生や喫煙・飲酒などを控えて欲しいものね」
「にゃあ〜〜」
ミリアム先生がため息をつくと、小麦色の猫が鳴き声を上げた。
気がついたエステルがミリアム先生に問い掛ける。
「ミリアムさんの飼い猫?」
「ううん、アントワーヌは誰の飼い猫でもないのよ。工房に居る人達が気が向いた時に餌を上げているって感じなのよ」
「なんだか、頭の良さそうな猫ですね」
ヨシュアの言葉にミリアム先生がうなずく。
「そうね、誘いを拒否して工房に住みついているぐらいだから、もしかしてオーブメントに興味があったりするのかもしれないわ」
「誘いって?」
「ちょっと、レイストン要塞にもアントワーヌのファンが居るみたいなのよ」
「へえ、要塞に猫が好きな人なんているんだ」
ミリアム先生の言葉を聞いて、エステルは感心したようにため息をついた。
「みゃ〜う」
「はいはい、ごめんなさい。すぐにご飯を用意するわね」
もう一度アントワーヌが鳴くと、ミリアム先生は戸棚を開けた。
そこにアントワーヌの餌が入っているのだろう。
しかし、戸棚を開けたミリアム先生は怪訝そうな表情になった。
「どうしたんですか?」
「この前、健康診断で工房に居る人達のタバコを没収してここに隠しておいたんだけど、そのタバコが無くなっているのよ」
ヨシュアの質問にミリアム先生はそう答えた。
ミリアム先生の言葉を聞いたエステルは驚きの声を上げる。
「ええっ、それって盗難事件じゃない」
「まあ、犯人は工房の関係者だろうし、そんな騒ぐほどじゃないと思うけど、禁煙運動を勧める私としては捨て置けないわね」
「では、僕達が犯人を捜索しますよ」
「いいの? 依頼料を払ってはいないんだけど」
「さっきのアメ玉が依頼料よ!」
エステルがそう言うと、ミリアム先生は大笑いしてエステル達に依頼をした。
遊撃士協会を通しての依頼では無いので、正式な記録には残らないから、評価されない。
しかし、エステル達はそれでも構わないと思うのだった。
「そうね、アントワーヌを連れて行くといいかもしれないわ。猫の嗅覚は人間より敏感だもの」
「ありがとうございます」
「さ、おいでアントワーヌ」
アントワーヌはエステルの胸に抱きかかえられる形になった。
ヨシュアはアントワーヌが羨ましく思った気持ちに嘘は付けなかった。
「でも、あたし達は猫の言葉なんか解らないわよ」
「確か、資料室に『猫語日常会話入門』と言う本があったはずだから、借りて見ると良いわ」
「分かりました」
エステルとヨシュアはお礼を言いながら、アントワーヌを連れて医務室を出て、資料室へと向かった。
<ツァイスの街 中央工房 資料室>
エステル達が中央工房の資料室へ行くと、そこではカリンが本を読んでいた。
「姉さん、どうしてこんな所に?」
「面白い本がたくさんあるから、読ませてもらっているのよ」
カリンの読んでいる本は農業に関する本のようだった。
タイトルには『自然農法の勧め』と書かれている。
「ツァイスにある本だから、もっと肥料とかについて書いてある本ばかりだと思うけど、意外だね」
「あまり肥料や手を掛けてしまうと、返って作物がおいしく育たない事があるんですって、過保護はいけないって事ね」
カリンはそう言ってヨシュアを見つめた。
泣き虫で甘えん坊だったヨシュアにとっては耳の痛い話だった。
「それで、レーヴェ兄さんは地下の実験室でラッセル博士の作ったロボットと戦っているんだね」
「ええ、アガットさんを苦戦させる相手と戦いたくて仕方がなかったみたい」
「また姉さんを1人にして……」
「私もゆっくりと本を読んでみたかったからいいのよ。それに、エルモ村では優しくしてもらったし」
「それなら良いけど」
「ヨシュアは、強くなりたいとは思わないの?」
カリンに質問されて、ヨシュアは考え込んだ。
いつまでもレーヴェの陰に隠れている子供で居てはいけないと思ってはいた。
しかし、剣の腕前が凄いとか、そう言う意味での強さは求めてはいない気がする。
「エステルはどう思うの?」
カリンの言葉を聞いて、ヨシュアはドキッとした。
自分はエステルにどう思われているかなんて聞いた事が無い。
「別に、ヨシュアはヨシュアだと思わうよ」
「良かったわねヨシュア、別に無理して強くなる必要はないって」
エステルが笑顔でそう答えると、カリンはからかうように笑った。
そして、エステルの胸に抱かれているアントワーヌが退屈そうに大きく欠伸をした。
「エステルは猫を抱えちゃって、一体どうしたの?」
「あっ、そうだあたし達、『猫語日常会話入門』を借りに来たんだっけ」
カリンに尋ねられて資料室に来た目的を思い出したエステル達は、資料室の司書のコンスタンツェに本の事を尋ねた。
すると、『猫語日常会話入門』は旅行者のジミーと言う青年に貸し出し中だと言う。
エステル達はジミーと言う名前を聞いて激しく嫌な予感がした。
さらに司書のコンスタンツェは他にも返って来ていない本があるので、遊撃士協会に回収を依頼したらしい。
エステル達は本の回収の仕事もやる事になってしまった。
旅行者のジミーはホテルに泊まっていると貸出カードには書かれていたので、エステルはアントワーヌと一度別れ、ツァイスの街のホテルへと向かう事にした。
そして、エステル達が感じた嫌な予感は的中してしまった。
ジミーはカルデア隧道(すいどう)に出掛けたまま、帰って来ていなかったのだった……。