英雄達の憂鬱 平和への軌跡
ツァイス地方編
第二十九話 波乱の予感! エリカ博士とアガットの出会い
<ツァイス地方 カルデア隧道>
レンに親しげに声を掛けられたエステルとヨシュアも、レンの事を覚えていた。
小さいながらもデュナン公爵に正論を述べるレンの姿は印象に残ったからだ。
「うわあ、久しぶり。でも、どうしてレンがこんな所に居るの?」
「それはレンのセリフよ」
「私達3人はね、ツァイス支部の所属になったんだよ」
「僕は愛を求めてさまよう旅の演奏家さ。よろしく、子猫ちゃん達」
レンの質問に対して、アネラスが笑顔で答えると、レンはアネラスの方に顔を向ける。
「あら、こちらのお姉さんは初めて見る顔ね」
「私はアネラス、よろしくねレンちゃん!」
アネラスがそう言うと、レンは不機嫌な顔になってプイッと顔を横に向ける。
「レンはね、レンちゃんなんて呼んで子供扱いされるのは嫌いなの」
「そんなぁ」
レンに冷たくされるアネラスを見て、エステルとヨシュアは吹き出すように笑う。
「だって、レンは小さくても立派なレディだもんね」
「さすがエステルは分かっているみたいね」
エステルがそう言うと、レンは得意げに胸を張って鼻を鳴らした。
「おーい、僕の事を無視しないで勝手に和まないでくれよ」
「だって、おじさんは危険な香りがするもの」
「ガクっ」
レンにバッサリと言われてしまったオリビエは落ち込んだ。
「ところで君はどうしてこんな所でかくれんぼなんかしようと思ったんだい?」
「博士の発明品の実験よ」
ヨシュアに尋ねられたレンはそう答えて自分の付けていた戦術オーブメントのスロットからクオーツを取り出すと誇らしげにエステル達に見せた。
「これは葉隠のクオーツと言って、魔獣に必ず見つからなくなるんです」
「へえ、凄いじゃない」
ティータが説明すると、エステルは感心したようにため息をついた。
「それが実用化すれば役に立ちそうだね」
「のぞきに使うつもりでしょう、そんな事したら逮捕するからね」
「そ、そんなことするわけ無いじゃないか。安全に街道を歩きやすくなるって事だよ」
エステルに指摘されて、オリビエは冷汗を浮かべながら言い返した。
「私のおじいちゃんが陽炎っていう魔獣に見つかりにくくなるクオーツを作ったら、レンちゃんのおじいちゃんが対抗意識を燃やしちゃって」
ティータは少し疲れた顔でため息を吐き出した。
「だからどっちが短い時間で相手を見つけられるか、かくれんぼで比べていたのよ」
「それで、どっちが勝ったの?」
「今回の勝負はエステル達の水入りで引き分けよ」
「私達、かくれんぼの邪魔をしちゃったんだね」
「アネラスさん、遊撃士としてはかくれんぼをさせないのが正しいです」
ヨシュアはボケたアネラスの言葉にツッコミを入れた。
「そうだ、あたし達もノバルティス博士に聞きたい事があったんだ。案内してくれない?」
「博士はツァイスに来てからとても忙しいけど、レンが連れて行けば会ってくれると思うわ」
「それは心強いね」
エステル達はレンとティータに案内されてカルデア隧道を先へと進んで行った。
カルデア隧道の終点にたどり着くと、そこには洞くつの天井を突き抜けてそびえ立つ大きな建物があった。
「うわっ、とても大きな建物ね」
「うん、さすが国内最大のオーブメント生産プラントを持っている工場だけあるね」
「あんまり可愛くないなあ」
「可愛い工場って、どんな工場ですか?」
「全部ピンクで塗ってある工場とか、どうかな?」
「視覚的ダメージを受けそうな気がするわ」
エステル達が中央工房の建物を見て話していると、レンは自慢気にエステル達に話しかける。
「このぐらいで驚かないで欲しいわね。中へ入ったらお姉ちゃん達はもっと驚いちゃうんだから」
「えへへ」
ティータもレンに同調して笑みを浮かべた。
<ツァイスの街 中央工房>
エステル達が建物の中へ足を踏み入れると、金属的な物質で構成された地面や壁面が広がっていた。
右手の方からは機械の動作音が鳴り響いている。
「あっちの方から凄い大きな音が聞こえているね」
「行ってみる?」
アネラスの指差した右手の鋼鉄製のドアを開けると、そこにはベルトコンベアーでオートメーション化されたオーブメントの製造工場が広がっていた。
「凄い!」
その姿を見たエステル達は驚きの声を上げた。
「リベール王国で一番大きなオーブメント工場なんですよ」
「ふふん、帝国の十三工房の方がもっと広くて大きいけどね」
「十三工房の方は旧式で大型の機械を使っているんだから、生産性はこっちの方が上だもん!」
「ほらほら、ケンカしないの」
言い争いを始めたティータとレンをエステルが仲裁した。
「あれ、レンにティータじゃないか」
「あっ、フェイさん」
機械音が鳴り響く中で、レンとティータの声に気付いた作業着姿のフェイが声を掛けた。
フェイの姿を見たレンはあきれたようにため息をつく。
「いつも色気の無い格好ね。レンみたいにドレスを着てみたりしなさいよ」
「ははっ、私は好きでこの格好をしているんだよ。それで、一緒に居る子達は見かけない顔だけどどうしたんだい?」
「あたし達、ノバルティス博士に聞きたい事があって来たんだけど」
フェイに尋ねられたエステルはそう答えた。
「ノバルティス博士なら、ラッセル博士とトラット平原に居らっしゃるよ」
「もしかして、またですか?」
「ああ、またマードック工房長は胃を痛めて医務室へ入り浸りだね」
ティータの言葉にフェイはうなずいた。
「どういう事?」
「面白い事をやっているのよ。早く行きましょう、今ならまだ間に合うかもしれないわ!」
「あっ、レンちゃん!」
レンは嬉しそうに興奮した様子で外へ駆け出して行った。
「ありがとうございましたっ!」
エステル達はフェイにお礼を述べてレンの後を追いかけるのだった。
<ツァイス地方 トラット平原>
エステル達は非常階段を登って中央工房の1階へと出ると、中央工房の受付ロビーを横切ってツァイスの街を飛び出した。
「うわわっ、階段が動いているよ!」
アネラスがエスカレータを見て驚きの声を上げた。
「驚いているひまなんか無いわ!」
「レンちゃん、エスカレータを駆け下りるなんて危ないよ!」
ドレス姿のレンは器用にエスカレータを駆け降りて街の方へと降りて行った。
エステル達も急いでエスカレータを降りようとするが、上手く行かなかった。
「うわわっ」
最後尾でバランスを崩して倒れそうになったアネラスをエステルとヨシュアで助け起こした。
そうしている間に、レンの姿は街の南の方へと消えて行った。
エステル達はレンを追いかけている途中に遊撃士ギルドの建物を見つけたが、寄る暇も無く通り過ぎて行った。
街の南門からトラット平原の開けた場所に出たエステル達は目の前の光景に驚いた。
なんと2体の巨大なロボットが正面から押し合って力比べを行っていたのだ!
その戦いを見て白衣の女性が必死に応援している。
「こらっ、クソジジイ、そんな見かけ倒しのロボットに負けるな!」
「……あの人は?」
「エリカ・ラッセル、私のお母さんです」
ヨシュアに尋ねられたティータは困った表情になりながら答えた。
「博士っ、良い調子よ! そのまま押し倒しちゃえ!」
エリカ博士の隣に立ってレンも興奮した様子で応援を始めた。
「あんな大きなロボットが暴れまわってツァイスの人達は心配しないの?」
「レンちゃんのおじいさんが来てから、ずっとだからみんな慣れちゃいました」
「それはそれではた迷惑な感じがするね」
エステルの質問に対するティータの答えにヨシュアがあきれたようにつぶやくと、ティータは取りつくろうように言い訳を始める。
「でも、おじいちゃん達にも気晴らしは必要だと思うし、トラット平原で魔獣の被害も減ったんですよ!」
「あたし達は別にティータを怒っているわけじゃないから」
必死に謝るティータに向かってエステルはそう声を掛けた。
エステル達の見ている前でのロボット同士の押し合いは、有利に進めていたレンの応援していたロボットの方が動きを止めた。
するともう片方のロボットが動きを止めたロボットを押して行った。
「どうじゃ、ワシのロボットの方が持続性に優れているじゃろう」
「さすがラッセル、戦法を変えて来たか」
ロボットの操縦席から姿を現したラッセル博士の言葉に対して、ノバルティス博士は穏やかな口調でそう答えた。
「何じゃ、その余裕たっぷりの言い方は。もうちっと悔しがってくれてもいいじゃろうに」
「それすまないな」
「よっしゃあ! これで前の対決の借りは返せたわ!」
ラッセル博士とノバルティス博士が和やかに話しているとエリカが嬉しそうにガッツポーズをした。
「あのー、お母さん?」
「ティータ、どこへ行って居たのよ! この前の雪辱を果たしたって大事な時に!」
突然エリカ博士に抱きつかれて、ティータは少し苦しそうにもがく。
「レンちゃんとかくれんぼをしようって事になって……」
「何ですって、それで勝負には勝ったの?」
「エステルお姉ちゃん達が来たから引き分けになっちゃった」
「まったく、情けないわね」
エリカ博士はそう言ってため息をついた後、立ちつくしていたエステル達に気が付いて目を光らせる。
「はっ、何よあなた達は! もしかして、私のティータがかわいいからって誘拐しようとしていたわけ?」
「……どうして僕の方を見てそんな事を言うんだい?」
エリカ博士ににらみつけられたオリビエはため息をついた。
「ティータちゃんがかわいいのは分かりますけど、私達そんなことしませんよ」
アネラスは困った顔でエリカ博士にそう言った。
「あたし達、事件の捜査でノバルティス博士に聞きたい事があってルーアンから来たんです」
「何じゃと?」
エステルの言葉にラッセル博士が興味を持った様に聞き返した。
<ツァイスの街 ラッセル博士の家>
エステル達はトラット平原で長い立ち話はなんだと言う事で、2機の巨大ロボットの回収作業を手伝いながらラッセルの家に行く事になった。
2機の巨大ロボットはエネルギーが切れてしまうギリギリまで戦ったと言う事で、ツァイス中央工房から輸送車を手配するなど大変なものだった。
エステル達もラッセル博士やエリカ博士にこき使われて、疲れ果ててしまった。
体中が痛くなってしまったオリビエは一足先にホテルに行くと言って別れて、エリカ博士はラッセル博士とティータを連れて中央工房でロボットのさらなるパワーアップを反省点を行うと言って行ってしまった。
ラッセル博士の家にある工房で話す事になったのは、エステル、ヨシュア、アネラス、ノバルティス博士、レンの5人となった。
ヨシュアがルーアンの地下遺跡で見かけたロボットの特徴を話すと、ノバルティス博士はゆっくりと口を開く。
「確かに私が改造したロボットだ」
「どういう事ですか?」
「20年ぐらい前、カシウス殿に相談を受けたのだ。遺跡の奥にとんでもない物騒なロボットが居ると聞いてな。機能を一時停止させたのは良いが、また動き出したら危険だと言う事で改造したのだよ」
「父さんがからんでいたのね」
エステルはあきれてため息をついた。
「歌を歌わせてみたらどうだろうと提案したのもカシウス殿だった。懐かしい話だ」
ノバルティス博士は懐かしそうに目を細めた。
「では、こちらの装置は分かりますか?」
ヨシュアが地下遺跡の奥から持ってきた装置をノバルティス博士に差し出すと、博士はラッセル工房の電源に接続してスイッチを入れた。
駆動音を立てて装置が動き出す。
「何も起こらないじゃない、壊れているのかしら?」
「レン、得体のしれない物に近づいちゃ危ないよ」
「ヨシュアは心配し過ぎなのよ」
ノバルティス博士もゆっくり近づいてと装置を調べた。
そして、目盛の付いている2つのダイヤルを動かし始める。
すると、エステル達の居る部屋の中に、白く透けるような姿のレンがゆらゆらと浮かび上がる。
「うわっ、レンちゃんの幽霊!?」
「え、縁起でもない事言わないでよアネラスさん、レンはそこに居るじゃない」
「どうやら、遠くの空間に幻影を写し出す装置のようだな」
「もしかして、怪盗紳士はその装置を使って幽霊騒ぎを起こしたのかもしれないね」
ヨシュアがそう言うと、エステルとアネラスは納得したようにうなずいた。
「でも、怪盗紳士はどこからこの装置を手に入れたんだろう」
「出所が分かれば手がかりになるって事ね」
「それなら、ラッセル博士にも聞いてみたらどうかしら?」
レンがそう提案すると、アネラスは冷汗を浮かべる。
「でも、ラッセル博士はお忙しそうだし……」
「ロボットで遊んでいるくらいだもの、話す時間くらいあるわよ」
「せっかく解放されたのにまた手伝わされるのは嫌よ……」
「仕方無いよエステル、アネラスさん、話を聞きに行こう」
ヨシュアはため息をついてエステル達を説得し、レンと一緒にラッセル博士達の居る中央工房に向かうのだった。
<ツァイスの街 中央工房 地下実験場>
エステル達が地下の実験場に足を踏み入れると、レンの姿を見たティータがレンに飛びついた。
いきなり抱きつかれたレンは少しあきれたようにティータに問い掛ける。
「ちょっと、どうしたのよ」
「だって、レンちゃんの幽霊が出たかと思っちゃったよー」
「あなた達ね、投影装置を使っていたずらを仕掛けたのは」
「私達、そんなつもりは無かったんです!」
エリカににらみつけられたアネラスはひたいに冷汗を浮かべながら首を激しく横に振って否定した。
「もしかして、この装置の事をご存じなのですか?」
「ああ、そりゃワシが前に作った装置じゃ」
ヨシュアの質問に、ラッセル博士は落ち着いた様子でそう答えた。
「それじゃ、この装置を怪盗紳士に盗まれたの?」
「ワシは盗まれてはおらぬぞ、カシウスがこの前借りに来たから貸してやったまでだ。もしかして、お前さん達が返しに来てくれたのか?」
「あ、いえ、そう言うわけじゃないんですけど」
エステルはラッセル博士に対してそう答えた。
ヨシュアは装置をラッセル博士に返してエステルと顔を見合わせて話し合う。
「まさか父さんがここで絡んで来るとは思わなかったわね」
「怪盗紳士に盗まれたかどうか話を聞く必要があるよ」
「じゃあ、遊撃士協会で通信機を貸してもらおうよ。私もルーアンに来てからおじいちゃんが1日1回は通信しなさいって言ってたし」
「孫バカ!?」
アネラスの発言にエステルとヨシュアは思いっきり驚いたが、その提案に乗り、エステル達は遊撃士協会に行く事に決めた。
「ありがとうございました、じゃあ僕達はこの辺で失礼します」
ヨシュア達がラッセル博士達にそう告げて地下実験場を出ようとすると、入口から思いがけない人物が姿を現した。
「お前らもツァイスに来ていたのか」
「アガット先輩!」
アネラスは嬉しそうに笑顔で声を掛けた。
「突然ルーアン支部から居なくなっちゃうんだもん、ビックリしたわよ」
「ミーシャの体調が悪くなったって連絡を受けてな」
エステルが少し不機嫌そうな顔でなじると、アガットはそう答えた。
「それで、アガット先輩はどうしてこちらへ?」
「カシウスのおっさんに仕事を押し付けられてな、なんでも剣の腕の立つ遊撃士が必要だって来たんだが……」
「あなたが話に聞いていた遊撃士ね!」
アネラスに対するアガットの答えを聞いたエリカが目を輝かせた。
そして、トラット平原で暴れていたアガットの身長も体格も2倍の大きさぐらいありそうなロボットが動き出す。
「新しい警備ロボットのテストに、タフな遊撃士に来てほしいと頼んでおいたんだけど、やっと来てくれたのね」
「ちょっと待て、俺にこんなデカブツと戦えって言うのかよ」
「いいじゃない、体は丈夫そうだし♪」
アガットの悲鳴を背にして、エステル達は足早に遊撃士協会へと向かうのだった。
<ツァイスの街 遊撃士協会>
ツァイスの街に来てからかなり時間が経ってしまい、街並みはすっかり茜色の光に包まれていた。
エステル達が街の南通りを歩いていると、向こうから大きな体格をした2人組の男性達がやって来るのが見えた。
「うわあ、凄い大きな人ね」
「熊さんみたいです」
エステルとアネラスは2人の姿を見てそうつぶやいた。
「なあヴァルター、まだリュウガ師匠のところに戻る気は無いのか?」
「うっせえなジン、何度も言わせるなよ。俺は泰斗流だけじゃ無くてもっと広い流派の武術を極めてえんだよ」
「だからと言って、キリカまで巻き込まなくても良いだろう」
「勝手にあいつがリベールまでついて来たんだぜ?」
ジンとヴァルターは話に夢中になっていて、エステル達に気が付かずに通り過ぎて行った。
エステル達が遊撃士協会に足を踏み入れると、受付には東方風の服装の黒髪をした落ち着いた感じの女性が立っていた。
「あのあたし達……」
エステルが事情を話そうと口を開くと、受付の女性は手でエステルの発言を制して、落ち着いた笑顔をエステル達に向ける。
「私はツァイス支部の受付を務めているキリカ。ツァイス支部へようこそ、エステル、ヨシュア、アネラス」
「どうしてあたし達の名前を?」
「胸に付けられた準遊撃士の紋章を見れば一目瞭然よ。それに、ルーアン支部のジャンからあなた達の特徴を細かく聞いていたから」
「へえ、そうなんですか」
キリカの言葉を聞いてアネラスが感心したようにため息をついた。
「確か、あなた達に民間人の男性が同行してルーアン市から出たって報告を聞いているけど、どうしたのかしら」
「あっ、オリビエさんなら疲れたからってホテルで休んでいます」
「そう、カルデア隧道のツァイス側の出口には関所が無いから確認が難しいのよ」
「そうだ、ロレントに居る父さんに聞きたい事があるので、通信機をお借りできませんか?」
「ええ、構わないわよ」
エステルは受付のカウンターの中に入れてもらって、ロレント支部へ連絡を取る。
ロレント支部の方の通信機では、受付のアイナが応対に出た。
「あ、アイナさん、お久しぶりです。ええ、あたしもヨシュアも元気です。この前なんか……」
「エステル、世間話は止めてアイナさんに父さんを呼び出してもらわないと」
「あっ、そうね」
ヨシュアにツッコミを入れられたエステルは顔を赤くしてアイナにカシウスを呼び出してもらえるように頼んだ。
「さあ、カシウスさんを待っている間にツァイス支部への転属手続きをお願いするわね」
キリカに言われて、エステル達は書類に必要な事項を書き始める。
「もうこれで4つ目の支部か。この調子なら、1年以内に遊撃士の資格が取れそうだね、もう半分を越したし」
「エステル、そんな都合良く行かないかもしれないよ、ツァイス支部で認めてもらうには時間がかかるかもしれないし」
「私もエステルちゃん達よりも長くボース支部に居たのに、推薦状をもらったのはエステルちゃん達と同じだったよ」
「そっか、まだまだ分からないわね」
エステル達の話を聞いて、キリカはクスリと笑いをもらした。
そうしているとけたたましく通信機のベルが鳴る。
「カシウスさんからよ」
キリカに通信機を手渡されたエステルは、装置についての事情をカシウスに尋ねた。
するとカシウスから帰ってきた答えは、いつの間にか盗まれてしまったとの事だった。
盗んだ相手の手掛かりなどはさっぱり分からないらしい。
納得が行かなかったが、カシウスがそう言う以上仕方が無いので、エステルは通信を切る。
「父さんが泥棒にあって、しかも手がかりが何も無いなんて」
「そんな事実際にあるなんて信じられない話だね」
エステルとヨシュアは怪訝な表情で顔を見合せながらそう言い合った。
「残念ながら、これで怪盗紳士に繋がる手掛かりは失われてしまったみたいね」
「そうですね……」
キリカの言葉に、ヨシュアは無念そうにため息をついた。
「それでは、怪盗紳士の調査はここで一旦打ち切りにして、あなた達の評価をするわね」
「はい」
エステル達は今まで集めた怪盗紳士の情報をキリカに報告し、報酬を受け取った。
「それであなた達への依頼なのだけど、エルモ村の温泉旅館の女将さんのマオさんからポンプの修理の依頼が入っているわ。源泉を吸い上げるポンプが故障してしまって、温泉に入れなくなってしまったらしいのよ」
「それは困った事になりましたね」
「でも、私達はポンプの修理なんてできませんよ」
「ええ、だからあなた達にはポンプを修理する技師をエルモ村まで護衛してもらうことになるわ。グンドルフとウォンも居なくて人手不足の所にあなた達が来てくれて助かったわ」
「その技師って誰?」
エステルがキリカに尋ねた直後に、遊撃士協会の入口のドアが開かれ、ティータとレンとアガットが入って来た。
「あのー、キリカさん」
「あら、ウワサをすればだわ」
「あたし達が護衛する技師って、ティータとレンだったの?」
「私達の護衛はこのお兄さんがしてくれることになったわ」
「それじゃあ、あたし達が護衛する必要が無くなったって事?」
レンの言葉を聞いたエステルはそう言葉をもらした。
すると今度はアガットが鼻を鳴らして話し始める。
「何だ、お前らが連れて行く予定だったのか。それならお前達に任せたぜ」
そう言って遊撃士協会を出て行こうとするアガットを、ティータとレンが腕を引っ張って引き止める。
「アガットさん、行かないで下さい!」
「エルモ村の温泉は疲労回復だけじゃ無くて傷にも効果があるのよ、入らない手は無いわ」
良く見るとアガットの体には先ほどあった時には無かった細かい傷のようなものがたくさんある。
ティータに話を聞くと、エリカ博士が容赦無しにアガットとロボットを戦わせてアガットに傷を負わせてしまったため、ティータは護衛を口実にエルモ村の温泉へと誘ったと言う。
「護衛の仕事をお願いしていたのに、急にアガットさんに頼む事になってしまってごめんなさい」
ティータはキリカにそう言って謝った。
キリカは少し考え込んだ後、エステル達に提案をする。
「そうね、こうなったらあなた達全員でエルモ村へ行って来なさい」
「いいんですか?」
「あなた達も朝にルーアン地方を出発してから色々あって疲れたでしょう。エルモ村の温泉につかって疲れを取ると良いわ。ティータが直せば温泉に入れるようになると思うし。明日こちらに戻って来てくれれば構わないわ」
「ありがとうございます」
エステル達やアガットと一緒に温泉に行ける事になったティータとレンはとても嬉しそうだった。
「ちっ、ガキのお守なんてごめんだぜ」
アガットは鼻を鳴らしてそんな事を言ったが、ティータとレンは気にせずにアガットに話しかけていた。
「いいなあアガット先輩、ティータちゃんとレンちゃんにモテモテで……」
アネラスは指をくわえて羨ましそうにアガットの姿を見ていた。
「ふっ、待っていたよ君達。さっそく温泉に行こうじゃないか」
遊撃士協会の外に出たエステル達は、街の南門の前でオリビエと出くわした。
「あれ、オリビエさんはホテルで休んでいたはずじゃ……」
「そうよ、どうしてこんな所に居るのよ?」
「それは盗聴……いや、ただ何となくそんな予感がしたんだよ」
ヨシュアとエステルに尋ねられてうっかり口を滑らせそうになったオリビエはそんな言い訳をした。
そしてオリビエを同行者として加えたエステル達は、エルモ村へ向かって、ツァイスの街の南門からトラット平原へ姿を消すのだった。
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