英雄達の憂鬱 平和への軌跡
ツァイス地方編
第二十八話 レンとティータの危険なかくれんぼ!?
<ルーアン市 遊撃士協会ルーアン支部>
蒼耀の灯火を持ってルーアン市の遊撃士協会に戻ったエステルとヨシュアは、ジャンに事件の報告を行った。
「蒼耀の灯火を取り戻すなんて、お手柄じゃないか」
ジャンに褒められたヨシュアとエステルは、顔を赤くして首を横に振る。
「僕達の力だけでは成し遂げられませんでした」
「クローゼの協力があったからよ」
「そうか、じゃあクローゼ君にも謝礼を渡さないとな」
ジャンはそう言って調査結果やエステル達の評価を書類に書き込んでいった。
「ジャンさん、この装置は何の装置だかわかったの?」
「僕もツァイスの中央工房でオーバル装置の技術を学んでいた時期があったんだけど、お手上げさ」
エステルに古代遺跡の奥から持ち帰った装置について尋ねられると、ジャンはそう言って笑った。
「それに、遺跡の奥で遭遇したロボットは《十三工房》のプレートが付けられていたのも気になります」
「うん、その件についてはノバルティス博士に聞けば手掛かりがつかめるんじゃないかな。ちょうど博士はツァイスの中央工房に滞在されているそうだ」
ジャンはそう言うと、エステルとヨシュアにそれぞれ封筒を渡した。
「これは?」
「ルーアン支部の推薦状さ。これでノバルティス博士に話を聞きに行けるだろう」
片目を閉じながらジャンはエステル達に笑顔を向けた。
「やったあ、あたし達、次の地方に進めるのね!」
「僕達の活躍が認められたんだよ」
エステルとヨシュアは顔を見合わせて喜んだ。
「あ、でもアネラスさんはまだルーアン支部に残るの?」
「いや、彼女もルーアン支部で堅実に仕事をこなしてくれたから、推薦状を渡すつもりだよ。君達と離れ離れになったら凄い落ち込みそうだからね」
ジャンは皮肉めいた笑いを浮かべてそう答えた。
「でも、ルーアン支部は大丈夫なんですか?」
「もう選挙や学園祭と言ったイベントも終わったし、怪盗紳士の事件も君達に引き継いでもらう事になったからね。忙しい時期は過ぎたよ」
ジャンの言葉を聞いた2人は安心して寮で自分達の荷物の整理を始めるのだった。
<ルーアン市 《カジノバー》 ラヴァンタル>
その日の夜、明日ルーアン支部を旅立つエステル、ヨシュア、アネラスの送別会が行われた。
「……で、何でオリビエさんまでここに居るのよ」
エステルはちゃっかり同席しているオリビエをジト目で見つめた。
「つれない事を言わないでくれたまえ、一緒に市長邸の事件を解決した仲じゃないか」
「はは、彼にはそれ以外の仕事もこなしてくれたからね」
ジャンは笑顔でオリビエに話し掛けた。
「もしかして、オリビエさんもツァイスに行くつもりですか?」
「風光明媚なルーアン市もいいけど、僕は旅から旅を求めてさすらう、愛の狩人だからね」
「ようするにこの辺りの娘達をナンパし過ぎて居づらくなって来たって事さ」
「うっ」
カルナに図星を突かれて、オリビエは顔を青ざめた。
「カルナさん、今までご指導ありがとうございました」
「ありがとうございました!」
「ありがとうございました!」
ヨシュアがカルナにお礼を言って頭を下げると、エステルもあわてて頭を下げた。
そしてそれにつられたアネラスも頭を下げた。
「はは、後でメルツのやつにもお礼を言ってあげな。それと、これは私からあんた達へのプレゼントだよ」
カルナはそう言うと、エステルとヨシュアとアネラスにムーングラスを渡した。
「これは?」
「暗闇状態や毒を防いでくれるアイテムさ。前の戦いで暗闇に悩まされたんだろう、そういう時にはそれがきっと役に立つはずさ」
「ありがとうございます!」
エステル達は嬉しそうにムーングラスを手にした。
「もっと凄いやつだと、真っ暗闇の中でも見える暗視ゴーグルってやつがあるけどね。ツァイスに行ったら見せてもらうと良いさ」
「僕の分は?」
「すまないね、あんたの分は無いよ」
「グスン」
カルナに言われてオリビエは少し寂しそうだった。
飛び入りでやって来たオリビエなのだから、仕方の無い事である。
ラヴァンタルはカジノバーだけであって、カクテルを飲んだ遊撃士たちの宴席は盛り上がった。
「エステルちゃん、このカクテルおいしいよ、飲んでみなよ!」
「アネラスさん、こっちのも飲んでみてよ、えへへへ〜」
赤い顔をして話すエステルとアネラスとは対照的に、メルツだけは夢中で料理にパクついていた。
「……あの、遊撃士の方ですか?」
「何か困りごとかい?」
カルナに声をかけて来た女性はラクシュと名乗った。
夫がカジノにハマってしまって困っているので、負けさせて目を覚まさせて欲しいと言う依頼だった。
「賭け事に関しては、僕に任せてくれたまえ」
自信満々にオリビエが助力を申し出た。
「そうかい、じゃあオリビエに任せるよ」
「わーい、面白そうだから私達もついて行こう、ねえエステルちゃん?」
「うん!」
カルナは少しあきれた顔で、オリビエについて行く酔ったアネラスとエステル達を見送る。
「まったく明日出発だと言うのに、ちょっとうかれすぎやしないか? そう思うだろう?」
しかし、ヨシュアからの返事は無い。
ヨシュアは酔ったエステルに口移しでカクテルを飲まされるなどして酔い潰れていたのだ。
カルナは疲れ果てたようにため息をついた。
<ルーアン地方 エア=レッテンの関所>
翌日、エステル、ヨシュア、アネラス、オリビエの4人は二日酔いの頭を抱えながらツァイス地方に通じるカルデア隧道へ向かう事になった。
「オリビエさんは飛行船で行っても良かったんじゃないですか?」
「この体調で飛行船に乗ったら酒酔いに加えて船酔いまでしてしまいそうだよ……」
「全く自業自得よ。せっかくの門出の場面だと言うのに、締まらないわね、クローゼ?」
「そ、そうですね……」
ジルに話を振られたクローゼは照れて困ったような顔をしてそう答えた。
エステル達がルーアン地方を旅立つと言う事で、クローゼとジルとハンスがエア=レッテンまで見送りに来ていたのだ。
「ほらクローゼ、お別れのあいさつをしないと」
ジルに促されたクローゼは、エステルの前へと歩み出る。
「……ツァイスに行っても、ご自愛くださいね」
「うん、クローゼも元気でね」
クローゼの言葉にエステルは笑顔で答えた。
そして、エステルはクローゼの手を握って握手をした。
すると、下を向いてうつむいていたクローゼが寂しそうな顔でつぶやく。
「……やっぱりこれから会えなくなるなんて寂しいです」
すると、エステルはクローゼの体をギュッと抱きしめる。
「大丈夫、あたし達が遊撃士になったら、クローゼにまた会いに来るから」
「そうですよね、ありがとうございます」
エステルとクローゼはしばらく抱き合った後、ゆっくりと体を離した。
「でも、再会できるのは意外と早くなるかもしれません」
「どうして?」
「グランセルの方に私の両親が住んでいますので、一度帰る事になるかもしれません」
「そっか、グランセルでまた会えると良いね!」
クローゼの言葉を聞いて、エステルは笑顔でそう答えた。
「ヨシュア、ツァイスに行っても俺の事忘れたりするなよ!」
「もちろんだよ」
「アネラスちゃんも遊撃士になったら学園に遊びに来てね」
「うん、バッチリ行かせてもらうよ!」
ハンスとヨシュア、ジルとアネラスもお互いに握手をしていた。
蚊帳の外であるオリビエは少し寂しそうに羨ましそうな視線でエステル達を見守っていた。
そして、エステル達はクローゼ達に手を振りながらカルデア隧道の中へと入って行くのだった。
「じゃあ、私達も学園に帰りましょう」
「はい」
エステル達を見送ったクローゼにジルが声を掛けた。
ジルとハンスが一足先に関所の建物の中へと入った後、クローゼはカルデア隧道の方を振り返ってポツリとつぶやく。
「エステルさん達と会えたおかげで、私もお父様とお母様、お祖母様と向き合う勇気を持てました、ありがとうございます」
クローゼはカルデア隧道の中に居るエステル達に思いをはせるようにそう語りかけるのだった。
<ルーアン地方 カルデア隧道>
カルデア隧道は天然の洞くつを掘り繋いで連絡通路として整備したものであり、主要な道の両端には導力灯が並んでいた。
明るく魔獣の姿も見えないトンネル内の様子を見て、エステルは安心したようにホッと息をもらす。
「トンネルの中の街道なんて初めてだからどんな感じか不安だったけど、そんなに怖くないわね」
「そうだね、普通の街道と変わらない感じだね」
「だけど、本道から外れた通路の物陰からは魔獣が僕達の事を狙っているかもしれないよ」
「そ、そんな、オリビエさん、脅かさないでくださいよ!」
オリビエがからかうような口調で言うと、アネラスは少し怯えて体を震わせた。
そんなアネラスの様子が面白かったのか、オリビエはさらにアネラスをからかう。
「ほら、そこの物陰から不意をついてアネラス君を狙って飛び出して来るかもしれないよ?」
「や、止めてくださいっ、オリビエさん!」
すっかり怯えてしまったアネラスはヨシュアの背中に飛びついた。
「ちょっとアネラスさん、歩けないですよ、そんなに強く抱きつかれちゃ」
「だって怖いんだもん」
アネラスに抱きつかれたヨシュアは顔を真っ赤にしてうろたえていた。
エステルはそんな2人の姿を見て胸がモヤモヤとした。
自分もヨシュアの背中にあんなに強く抱きついた事は無い。
正確にはあったのかもしれないが、それはずいぶんと昔の話だ。
エステルは怒った顔でヨシュアとアネラスを引きはがしにかかる。
「ほら、オリビエさんはアネラスさんをこれ以上怖がらせない! アネラスさんもヨシュアから離れなさいよ!」
「エステルちゃんも怖ーい」
「それじゃあ、僕が守ってあげよう」
「オリビエさんは大っ嫌いです!」
アネラスは目に涙を浮かべてオリビエをにらみつけた。
「やれやれ、困ったものだ」
「自業自得でしょ」
エステルはそう言ってジト目でオリビエを見つめた。
気を取り直してエステル達がカルデア隧道をツァイス方面をしばらく歩いて行くと、横穴から小さな影がアネラスの目の前に飛び出して来た!
驚いたアネラスは大きな叫び声を上げる!
「きゃあああっ!」
「うわあああっ!」
飛び出して来た小さな影の方も叫び声を上げた。
良く見ると、小さな影の正体は上下の繋ぎを着てゴーグルを装着した幼い少女だった。
「うわあ、かわいい」
「ふ、ふぇっ?」
ハート形の目で自分を見つめるアネラスの視線に、少女は戸惑いの声を上げた。
「まったくアネラスさんったら、相変わらずなんだから」
「可愛いは正義だよ!」
「君はツァイスの子?」
「はい、ティータって言います」
ヨシュアが尋ねると、少女はそう答えた。
ティータの名前を聞いたエステル達はそれぞれティータに自己紹介をした。
「それで、ティータはどうして1人でこんな所にいるの?」
「あの……かくれんぼをしようってレンちゃんが」
エステルの質問に対するティータの答えを聞いて、エステル達は息を飲んで驚く。
「かくれんぼって、こんな危険なところで!?」
「信じられないな……」
エステルとヨシュアはきつねにつままれたような表情をした。
「そうか、レンちゃんと言うのは猫の名前なんだね」
「なるほど、人騒がせな猫ちゃんですね」
オリビエが閃いたようにつぶやくと、アネラスは納得したように同意した。
しかし、ティータは首を横に振って否定する。
「あのお、レンちゃんは私と同い年の女の子なんです」
「ええ〜っ!?」
ティータの言葉を聞いたエステルが再び大きな叫び声を上げた。
「じゃあ、急いで探さないと!」
「その必要はないわ」
そう言って物陰から姿を現したのは、見覚えのある少女だった。
その少女はエア=レッテンの関所で会った時と同じ服装で、頭にはティータと同じゴーグル、そして手には派手なデザインの鎌が握られている。
「お久しぶりね、お姉ちゃん達」