海外諸国の戦後20年をこえる食品照射の研究・開発の努力は、次第に結実の段階に近づき、国によっては数品目について法的許可から実用化へと進みつつある。わが国では、この分野の研究はこれまで起伏にみちた経緯をたどり、ようやく1967年から原子力委員会による8年計画が始められたにすぎず、実用化にいたるまでには解決しなければならない問題が山積している。ここでは、放射線の化学的・生物学的効果の利用としての食品照射の問題について、研究・開発のごくあらましの状況を他の分野の方々に紹介することを主眼とし、あわせて、簡単に化学的・生物学的研究上の問題の一端についても述べてみたい。
食品の放射線殺菌の着想は古く、RontgenによりX線が発見された1895年の翌年には、すでにドイツ人Minckにより、放射線の殺菌作用とその応用に関する論文が発表されている。しかし、その後の放射線生物作用の研究は、長い間、主として医学的観点から行なわれた。第2次大戦を契機として大型の放射線源がつくられるようになったことにより、放射線殺菌の現象を工業的に利用し、食品保蔵法に新しい手段を加えようとする試みが、米国で開始された。 1940年代に予備的に、1950年代には本格的な研究と開発が進められてきたが、これらの研究の過程で、食品照射の目的は、初期の殺菌、殺虫から拡大され、現在では次のようなものが考えられている。
腐敗微生物の殺菌、有害昆虫の殺滅、根菜類の発芽・発根の抑制、果実・そ菜類の熟度調整などである。殺菌は目的により、Radappertization(完全殺菌)、RadicidationおよびRadurization(いずれも低線量処理)に分けられる。
放射線の生物不活性化の作用を利用して、食品のなかの病原性の微生物や寄生虫を殺滅する。一般に、これらの生物は放射線感受性が強く、低線量照射でその目的を達するが、細菌により生産された毒素は放射線により破壊されにくい。
食品成分に対する放射線の化学的効果を積極的に利用し、製品の品質や製造工程を改良することを目的とするもので、われわれは放射線改質とよんでいる。その例はまだ少ないが、乾燥野菜の調理時間の短縮や、海藻より寒天抽出の工程の改良などである。蛋白質、デンプンなど高分子物質の照射による高次構造の変化、物理化学的性質の変化、酵素分解性の増大などの現象が知られているが、多くの場合大線量を必要とする傾向がある。
これらの放射線処理のなかで実用化が有望視される例を表1に、また各国における法的許可ならびに法的規制の現況を表2に示す。照射食品の法的規制についての国際的取りきめはまだないが、英国政府の食品照射に関する委員会報告書(1964)にみられるように、まず照射食品の使用を全面的に禁止し、その例外措置として、申請された特定の品目、処理条件について試験データを検討したうえで、個別的に許可するというやり方がとられている。これは、すべての電離放射線はcarcinogenicであり、生物学的毒性物質を生成するおそれがあるという前提に立って、それらを質的にも量的にも厳重に規制すべきである、という考えにもとづいている。実際、米国、カナダ、西ドイツでも、照射食品の法的規制は食品添加物のカテゴリーで取り扱われていて、照射効果、安全性の証明については厳しい試験が要求されている。 ソ連では許可は2段階で行なわれ、まず特定の量を限って試験的に許可され、大規模の輸送貯蔵試験を行ない、消費者大衆の反応がよければ全生産量を許可することになっている(表2参照)。最近、カナダ、西ドイツでも同様の動きがあり、完全な動物試験の結果がそろうまえに、実用化への必要な試験が行えるよう考慮されている。低線量処理では国際貿易上の難点も予想されている。すなわち、一国で放射線処理されたものが他国に輸入され再処理される場合、遺留微生物に好ましくない突然変異の可能性が倍加するわけで、これを避けるため、法的規制の観点から照射処理の検知法の研究や表示を義務づけることが必要とされている。しかし、照射食品の検出は技術的に困難で、製品の物理化学的性質、ミクロフロラの検定や、プラスチック包装材料のX線解析などが試みられているが、いずれも完全ではない。表示については、カナダのように照射ジャガイモの場合”Sprout Inhibited by Gamma Energy”と標識することになっている国と、ソ連のように特別に表示の必要がないとする国があり、国際的にはまちまちである。法的規制について、国際的に協定をする必要のある問題点は、近い将来、IAEA,FAO,WHOなどの国際機関により検討される見込みである。
照射品目と目的 |
所要線量 (Mrad) |
高線量照射(>1Mrad) |
|
・ベーコンの完全殺菌とその後の室温貯蔵 |
4〜6 |
・食品の特殊材料(香辛料、セロリ種子など) の完全殺菌 |
1〜3 |
・凍結温度での肉類、魚介類の完全殺菌 |
3〜6 |
・医療用具(縫合糸、プラスチック注射筒、包 帯、ガーゼ、メスなど)および医薬品の完全 殺菌 |
2.5 |
・原料羊毛の病原菌の殺滅 |
2.5 |
低線量照射(0.1〜1Mrad) |
|
・枝肉や包装魚介類の0〜4℃における貯蔵期 間の延長 |
0.2〜0.5 |
・果実・そ菜類の微生物の殺滅による貯蔵期間 の延長 |
0.1〜0.5 |
・加熱殺菌法との組合せ照射 |
0.1〜1 |
・冷凍卵、ココナッツ、肉類、畜産加工品など のサルモネラ食中毒の防止 |
0.5〜1 |
・家畜飼料中のサルモネラ菌、腐敗菌、害虫の 殺滅 |
0.1〜1 |
・乾燥野菜の水もどし時間の短縮 |
0.25〜2.5 |
極低線量照射(<0.1Mrad) |
|
・肉類の病原寄生虫の防除 |
0.01〜0.1 |
・穀類の虫害防止 |
0.01〜0.05 |
・ジャガイモ、タマネギなど根菜類の発芽抑制 |
0.006〜0.01 |
品 目 |
放射線の種類 |
放射線のエネルギー (MeV) |
線 量 (Mrad) |
照射目的 |
許 可 |
ジャガイモ |
Co−60γ |
1.17、1.33 |
0.010 |
発芽抑制 |
ソ 連 (1958)b |
〃 |
|
0.015max |
〃 |
カナダ (1960) |
|
〃 |
|
0.005〜0.010 |
〃 |
アメリカ(1964) |
|
Cs−137γ |
0.66 |
〃 |
〃 |
〃 (1964) |
|
Co−60およびCs−137γ |
|
0.005〜0.015 |
〃 |
〃 (1965) |
|
タマネギ |
Co−60γ |
|
0.006 |
発芽抑制 |
ソ 連 (1967)a |
〃 |
|
0.015max |
〃 |
カナダ (1965) |
|
小麦および小麦粉 |
Co−60γ |
|
0.03 |
害虫の殺滅 |
ソ 連 (1959)b |
〃 |
|
0.02〜0.05 |
〃 |
アメリカ(1963) |
|
Cs−137γ |
|
0.02〜0.05 |
〃 |
〃 (1964) |
|
電子線 |
5 |
0.02〜0.05 |
〃 |
〃 (1966) |
|
ベーコン |
Co−60γ |
|
4.5〜5.6 |
完全殺菌 |
アメリカ(1963) |
電子線 |
5 |
〃 |
〃 |
〃 (1963) |
|
〃 |
10 |
〃 |
〃 |
〃 (1965) |
|
Cs−137γ |
|
〃 |
〃 |
〃 (1964) |
|
5MeV電子線変換X線 |
≦5 |
〃 |
〃 |
〃 (1964) |
|
肉類(生肉の半製品) |
Co−60γ |
|
0.6〜0.8 |
ラジオパスツリゼーシ ョン(保存期間延長) |
ソ 連 (1964)a |
乾燥果実 |
Co−60γ |
|
0.1max |
殺 虫 |
ソ 連 (1966)b |
果実・そ菜類 |
Co−60γ |
|
0.2〜0.4 |
ラジオパスツリゼーシ ョン |
ソ 連 (1964)a |
包装材料(9種類) |
Co−60およびCs−137γ |
|
0.1max |
照射食品の包装用 |
アメリカ(1964) |
硫酸紙 |
Co−60およびCs−137γ 5MeV電子線変換X線 |
|
6.0max |
〃 |
〃 (1965) |
包装材料(プラスチック フィルム4種類) |
Co−60およびCs−137γ |
|
6.0max |
〃 |
〃 (1967) |
クラフト紙 |
Co−60およびCs−137γ |
|
0.02〜0.05 |
小麦粉包装用 |
〃 (1967) |
注1.ソ連の許可は2段階で行なわれるが、aは処理量を限って試験的に許可されているもの。bは全生産量が許可されているもの。 〔追記〕最近のV.I.Rogachew教授の私信によれば、表2のほかに3品目が許可されている。 注2.英国では1967年より許可申請が検討されている。 |
国 名 |
品 目 |
アメリカ |
ナイロンフィルム(包装用)、乾燥野菜(組織の軟 化と調理時間の短縮)、魚類6種類(保存期間の延 長)、ハム(完全殺菌) |
カナダ |
イチゴ |
西ドイツ |
ジャガイモ(試験中、発芽抑制) |
イスラエル |
ジャガイモ(発芽抑制) |
国 名 |
品 目 |
アメリカ |
タマネギ(発芽抑制)、豚肉、鶏肉、牛肉、羊肉、 エビ、コーンビーフ、ハンバーガー、豚肉ソーセージ 、サケおよびタラ加工品、ハマグリ、カニ、カキ、 七面鳥、牛・豚・鶏の焼肉、アヒル(保存期間延長の ためのラジオパスツリゼーションもしくは完全殺菌) 、パパイア、マンゴー(殺虫、保存期間延長)、 バナナ(熟期調整)、サクランボ、スモモ、アンズ( 保存期間延長) |
カナダ |
小麦および小麦粉(殺虫)、マッシュルーム(保存期 間延長)、ベーコン(完全殺菌)、鶏肉、魚介類、果 実類(保存期間の延長)、卵製品および家畜飼料(サ ルモネラ菌除去) |
西ドイツ |
ジャガイモ、穀類 |
さきに述べたように、欧州で芽ばえた食品照射の研究は、海を越えて米国において研究室的段階から工業的利用への開発へと発展してきた。膨大な経費を必要とし、私的企業の手に負えない開発の初期に原子力委、次いで陸軍という国家機関によってこの問題がとり上げられたことは、今日の発展にきわめて重要である。しかし、その開発途上で、1959年前後に一挙にパイロットプラント計画へ移行しようとして、多大の批判をあびたことは、新技術開発に不必要な混迷と貴重な教訓を残したといえよう。1960年には米国の国家計画は更新され、陸軍の完全殺菌を主目的とする高線量照射と、大学・研究所の参加する原子力委の市民用としての低線量照射の、2つの相補的な計画が進められることになった。1963年に完全殺菌線量4.5〜5.6Mrad(Cl.botulinum A,B型菌胞子の12D値に相当)でのベーコン照射が法的に許可されたのを契機に、この新技術を産業界へ手渡す目的で政府はデモンストレーション計画、次いでパイロットプラント計画を積極的に進めるに至っている。そして1970年頃を目標に、法的許可品目の増加、大量照射の経験を通じて、工業化に必要なデータを集積することに努力がはらわれている。
これらの計画推進に陸軍補給廠のNatick研究所の果たしている役割は重要で、1.3MCiのCo−60線源、24MeV−18kWの電子加速器による経験を通じて、米国における食品照射の研究と開発の中心となっている。このほか、原子力委により、大型Co−60線源がGlocester(水産物用、250,000Ci)、Savannah(穀類用、20,000Ci)、Hawaii(熱帯果実用、30,000Ci)に建設され、またトレーラーによる移動式線源も試作された。
最近の肉類についてのパイロットプラント計画は、政府・民間の協力による最初の計画で、関係政府機関により編成された”task force”がその中心になり推進されている。パイロットプラント建設を認められた食品会社に対し、線源費、技術指導、製品の買上げなどの点で政府の援助が与えられる。1966年には最初の大量照射食品として、ブルックヘブン国立研究所で15トンのベーコンが照射され、食味試験に供されたが、引き続き1968年の操業開始を目標に、年産300万ポンドから5,000万ポンドの照射肉類製造能力をもつ工場を民間につくるよう準備が進められている。その重要性の1つは、商業的規模での全面操業により、実用化に必要な経済性の検討が、最も実際的条件下に行いうることである。
カナダも米国と同様、はやくから根菜類の発芽防止、果実・肉類の低線量処理、照射装置の開発など、多くの研究が行なわれてきたが、特に移動式線源車による大規模試験を含めて、ジャガイモの発芽抑制に大きな成果をおさめている。
欧州では、英国をはじめとし、フランス、西独、デンマーク、オランダ、ベルギーなど多数の国が市民用の低線量照射の研究に主な努力をかたむけている。このなかで、1964年、欧州原子力機関、国際原子力機関、オーストリー原子力公社の3者間で協定が成立し、翌年から6カ年計画で欧州諸国、最近では米国、カナダ、日本の参加のもとに、サイベルスドルフ原子炉センターで食品照射の国際プロジェクトが推進されていることが注目される。果汁をモデル物質として、食品照射の開発に必要な基礎的知見を得ることを当面の目標として、生化学、食品工学的観点からの照射効果の研究と、動物試験によるホールサムネス試験が行なわれている。
ソ連でも、根菜類、穀類、果実・そ菜類、肉類、水産食品など多くの品目について活発な研究が行なわれ、表2のように、かなりの品目が試験的に、あるいは全面的に許可されている。このうち、根菜類の発芽抑制はすでに1958年世界で最初に許可されている。この国の研究の特徴として、果実・そ菜類の抵抗性と照射による保存効果、あるいは根菜類の発芽抑制の生化学的基礎と照射技術などの間の関連性に留意するなど、独自の立場で基礎、応用両面の研究を密に連けいさせていることを指摘することができよう。たとえば、ジャガイモに対する照射の影響を、発芽時における核酸のうごき、エネルギー代謝の面から検討し、発芽抑制効果を確実にするためには休眠期に照射するとともに、傷害に対する塊茎の抵抗性にも考慮する必要を明らかにし、その結果、ジャガイモの発芽抑制のための照射方法として、収穫後2週間20℃において損傷部位の回復を待ったうえ、貯蔵温度を5℃に下げて、約4ヶ月間つづく休眠期間中に1万rad照射することを推奨している。このように処理したジャガイモは、少なくとも1年以上の室温貯蔵が可能で、次の収穫期までつなぐことができることになる。安全性の試験は科学アカデミーの医学研究所、パイロットスケールの試験は貿易省の協力により行なわれている。
ひるがえってわが国の現状をみると、過去10年あまりの個別的研究をもとに、ようやく総合的に、いわゆる”national project”的性格をもって進められる機運が熟し、昨年度から原子力委員会の実際面の8カ年開発計画が発足している。実用化の見通しの強いジャガイモ、タマネギの発芽抑制、米の殺虫をはじめ、順次農・畜・水産物など数品目が選定されて、照射効果、ホールサムネス両面の試験が総合的に行なわれ、法的許可に至るまでの段階を国の費用で推進しようとしているが、これは産業界による実用化を推進することが終局のねらいである。その最初の試験として、昭和42年秋、北海道産のジャガイモ、タマネギ約27トンが日本原子力研究所高崎研究所で照射され、その大部分は厚生省研究機関による3カ年にわたる動物試験用試料に調製され、一部は照射効果を化学的生化学的、微生物学的試験により研究するため、大学、研究所に送られた。この計画を進めるのに必要な大型線源をそなえた共同利用施設は、昭和46年度完成を目標に準備が進められている。以上は、品目中心の実際的開発計画で、これと併行して基礎研究の発展が望まれる。
”Wholesomeness”というわかりにくい語は、照射食品が人類の消費にとって安全無害であるかどうかの問題について、この分野で使われてきた慣用語であるが、これには2つの側面がある。放射線処理により食品に有害危険なマイナスの因子が新たにつくられるかどうかという安全性safetyの問題と、食品が本来持っている栄養素がどの程度破壊されるかという栄養学的問題とを包含している。
米国において、他国に先がけて国家計画の一部として大きな努力が傾けられた動物試験を中心とするWholesomeness testは、食品照射の開発史上高く評価されるべきものであるが、生物学的毒性、特に発ガン性、誘導放射能、栄養素の破壊について検討された。欧州諸国では、低線量照射と関連して微生物学的安全性の研究がとり上げられている。ここでは、誘導放射能についてだけ述べ、理論的・実験的研究の結果を紹介する。
もともと食品にはK−40、C−14、H−3などによる自然放射能(表3参照)が含まれているが、食品の放射線照射によりさらに放射能を誘起することは、極力さけなければならない。したがって、実際には種々の放射線のうち食品照射で使用可能なものは、γ線とβ線ないし電子線のあるエネルギー範囲に限られる。
理論的に放射能誘発の可能性は、γ線では核光電効果 nuclear photoelectric effect と核異性体転移 isomeric transition で、電子線では制動放射 Bremsstrahlung の現象である。ある程度以上の高エネルギー光子が物質に入射すると、物質の中の原子核は放射線エネルギーの吸収により励起され、直ちに中性子、陽子、トリトンなどの粒子を放出するか、準安定状態の核となり、かなりの長時間にわたり光子を出すことがある。前者が核光電効果、後者が核異性体転移によるガンマ・ガンマ反応とよばれるものである。
高速電子の場合には、原子核の近傍を通過する際、電気的な交互作用により、その進路を曲げられるとともに減速され、入射電子の失うエネルギーは連続X線の形で放出される。これが制動放射線であるが、そのエネルギーの最高値は入射電子のエネルギーに等しく、平均値はかなり低く数分の一程度である。高速電子が物質に放射能を誘起する機構は、ほとんどすべて制動放射によるものと考えてよいので、放射能誘発に関しては電子線の場合にもγ線と同様に取り扱うことができる。ただし、γ線に比べ同じ大きさのエネルギーの電子線による放射能誘発の確立は小さい。これは、放射化の原因となる制動放射線が原子核以外の方向にも散乱、放出されるからである。核光電効果により中性子などの粒子を放出した原子核は、新たに放射性各種になるものも多く、長時間にわたって陰陽電子線あるいはγ線を出すし、さらに重要なことは、放出された中性子が他の原子核に再び吸収され放射性核種をつくることである。核異性体転移では、準安定状態の原子核から相当期間にわたりγ線が放出されるので、これも一種の放射能といえるが、核光電効果と異なり、励起核から中性子や陽子などを出さない。
核光電効果、核異性体転移いずれの場合でも、それぞれの核種と反応について定まった値より大きな放射線エネルギーでなければ、これらの現象はおこらない。一般に、異性体活性化を誘起するに要する放射線エネルギーは、核光電効果に要するエネルギーより小さく、1MeV以下のエネルギーの光子によってもおこりうる。また、同じ大きさのエネルギーでは、γ線に比べ電子線のほうが異性体活性化をおこしにくい。照射による放射能誘発の程度を推定するには、まず各食品に含まれる核種を質的・量的に分析し、それぞれの核種について放射化の反応型式、放射線の種類とエネルギー、線量から、生成する放射性核種の種類と量を知ればよい。食品の通常成分である核種では異性体活性化はまったくおこらないが、Sr−87、Sn−117、Sn−119、Ba−135、Ba−137、Cd−111、Cd−113、Ag−107、Ag−109など限られた核種について、その可能性を検討しなければならない。核光電効果の限界エネルギーと核種の質量数の関係を図1でみると、多くの核種では5〜10MeVもしくはそれ以上で、C−12、O−16、N−14、P−31、S−32などの食品成分は、いずれも10MeV以上である。
食品照射では、比較的低いエネルギー(5MeV以下)で(γ,n)反応をひきおこす4つの核種、H−2、Be−9、C−13、O−17が注目される。このうち、ベリリウムは照射施設などに用いられる銅のなかに含まれている可能性があるが、食品中には通常痕跡さえも見いだされない。したがって、γ線照射では、すべての放射化の可能性を考慮した場合、H−2(γ,n)H−1反応に要する2.2MeVがγ線エネルギーの安全限界の目安として採用されている。2.2MeV以上のエネルギー域でも、放射化の程度ないし生成する放射性核種の種類と量とが実際上は問題であって、前記のように考えればよい。このような観点からすれば、2.2MeV以上の電子線をX線変換しても、使用の可能性が考えられるわけで、米国では小麦、ベーコンに対し5MeV電子のX変換が法的に許可されている。また、同一エネルギーのγ線に比べ放射化の反応をおこしにくい電子線の場合には、物質中での透過性をよくするためにさらに高いエネルギーの使用も期待され、食品について検討した結果は、図2にも示すように、10MeV以下では安全であることが明らかにされた。
一般に、γ線、電子線により食品中に誘起される放射能は、おもに短寿命核種によるもので、照射後に急速に減衰するが、とくにCo−60γ線による唯一の可能性である異性体活性化においてこの傾向が著しい。また、電子線照射のデータによれば、生成する放射性核種は半減期の長いものほど生成量が少ない傾向がある。英国政府委員会の報告書によれば、食品中の自然放射能がカリウムの最高確実濃度による放射能に相当する程度であるとして、Co−60γ線では、6Mrad照射後24時間での誘導放射能の最高値は、わずかに0.00005%、5MeVの電子線では約0.03%、同じく10MeVで0.1%程度と算定されている。10Mev以下の電子線では、食品に実際の測定にかかるほどの放射能の増加は検出されていない。このような値から、照射食品における放射能の誘起は、食品の自然放射能変動の範囲内におさまる程度で、消費者になんらの障害を与えないと結論されている。毎日の通常食品による放射性物質の摂取量が約3mμCiで、正常人体中の全放射能の2%に相当するとしても、上記の見解は妥当なものといえよう。
以上に述べた誘導放射能の観点から、食品照射用として、次のような放射線を安全に使用することができる。
(1)ラジオアイソトープからの2.2MeV以下のγ線、たとえばCo−60(1.17および1.33MeVのγ線、0.33MeVのβ線)、Cs−137(0.66MeVのγ線)、Zr−95 − Nb−95(0.72、0.76、1.19MeVのγ線、0.36、0.39、0.89MeVのβ線)、
(2)電子加速器からの10MeV以下の高速電子線、
(3)5MeV程度までの電子線より変換したX線、
(4)原子炉の使用ずみ燃料棒からの平均1MeVのγ線。
これらの使用は、(4)を除き、いずれも米国ではすでに法的に許可されている。
24MeV電子線により5Mrad照射した牛肉・ハムのなかの放射性核種の生成量を、核種含有量の分析結果をもとに計算したものを図3に示すが、光核反応により誘発される全放射能が解析される。長寿命核種としてNa−22、Fe−55、Zn−65などが認められるが、このうちNa−23(γ、n)Na−22とNa−23の中性子捕獲によるNa−24の生成の2つの反応は重要である。Na−22およびNa−24の生成量は、牛肉・ハム照射の場合、電子線エネルギーが10〜20MeVの間で急激に増加する傾向を示す(図2)。
放射能 |
(pCi/g) |
自然放射能 |
H−3 3.6、 K−40 3.0、 C−14 1.3、 Ra−226 8×10・E(−4) |
fall−out |
Sr−90 1.7×10・E(−2)、 Cs−137 7×10・E(−2) |
食品照射の研究問題は、線源、照射技術、照射効果、包装材料、照射食品の安全性、経済性に関するものなど広範な分野を包含しているが、問題例として今後解明を要する主要食品の1つとして、牛肉の照射および放射線殺菌の困難な問題である放射線抵抗性菌について簡単に述べてみたい。
長期保存を目的として、牛肉あるいは加熱によって酵素を不活性化した肉を完全殺菌線量(4.5〜6Mrad)で放射線処理する場合の困難は、照射臭の発生および変色の問題である。これを避ける工夫の1つとして、凍結下の低温照射が、1959年、英国ケンブリッジグループにより提案された。その着想は、照射温度の効果が香味変化のもとになる放射線の間接作用に大きく、凍結状態では牛肉の照射による変質が抑制されるのに比べ、殺菌の指標微生物であるCl.botulinum胞子の殺滅はそれほど妨げられず、液体窒素の温度では室温の約75%程度であるということにもとづいている。実際、マーカー化合物の添加試験や官能検査の結果も満足すべきもので、コストの面からも液体窒素使用で4.5Mrad照射の場合15〜41¢/1b(4000Mrad・1b/hrの処理能力、年間6,000時間操業、資本回収率50〜60%として)と試算されている。このように、凍結照射法は肉類の照射による完全殺菌への道をひらくものとして注目されているが、Harlanらの研究によれば、加熱して酵素を不活性化した肉を、真空包装して液体窒素温度の完全殺菌線量で照射した後、徐々に室温に戻したものが最も品質がよいことが明らかにされたが、今後は工業的に用いられる温度(−10〜−30℃)でも同様の成績が得られるよう研究する必要がある。
アミノ酸、ペプチドのモデル系による実験によれば、極低塩でのカルボニル化合物、アンモニア、メルカプタン、硫化水素の生成を指標に測定した放射線化学的収率への温度効果はかなり複雑で、また発生する照射臭の強さは+20〜−196℃の範囲で照射温度に比例して減少することが認められた。これらの事実は、照射時の温度効果を−80℃までの初期のデータをもとに考えられたような、低温マトリックスにおける遊離基捕捉単純なモデルでは説明しえない。DNA、蛋白質のESRに示されるように、放射線誘発の活性中間体の種類や収率G値が極低温では常温と異なる可能性が強く、今後さらに凍結照射に関連する放射線化学、物理化学の研究が必要である。常温での照射臭発生については、ガスクロマトグラフィーを中心に揮発性分解生成物の検索が行なわれているが、照射臭発生機構についての見解は一致していない。
Wickらは、揮発性のカルボニル化合物の役割を重視しており、methional,1−nonanalおよびphenylacetaldehydeの20:2:1の混合比のものが照射臭の主体をなすものと考えてきたが、最近これらの化合物の照射臭への寄与を疑問視している。一方、Merrittらは、酸素の存在しない場合に照射臭が発生するにもかかわらず、カルボニル化合物が生成しない、あるいはしにくいことから、カルボニル化合物の役割を重視していない。肉全体の照射による揮発性物質と、蛋白、リピド、リボ蛋白など肉の各成分を別々に照射して生成する揮発性物質と比較検討したが、蛋白分画からは主としてイオウ化合物、芳香族炭化水素、リピドからは主に脂肪族炭化水素、リボ蛋白からは脂肪族炭化水素とイオウ化合物が検出された。興味ぶかいことには、リボ蛋白分画だけが特徴的な照射臭を発生することがわかったが、まだ照射臭発生過程の解明は充分でない。将来、このような照射臭発生機構の研究と、実際的な防止あるいは除去の方法とをいかにして結ぶか、肉類照射の重要な課題であろう。
次に、放射線抵抗性細胞の問題をとり上げてみたい。食品のなかには放射線の殺菌作用にきわめて強く抵抗する微生物細胞が含まれることがあり、その多くは細胞胞子であるが、一部は細菌もしくは酵母の栄養細胞である。筆者らは、さきにStreptococcus faeciumについて研究したが、Andersonらは照射牛肉からMicrococcus radioduransを、最近、飯塚、伊藤は照射米からRed Pseudomonas(仮称)を分離した。これらは、いずれも放射線高抵抗性の栄養細胞である。このような細胞の抵抗性は、胞子と栄養細胞とでは本質的に異なるようにみえる。胞子では細胞内の水分含量が低く、放射線の間接作用による不活性化機構がはたらきにくいことに大きな理由があると考えられるが、しかし前項に述べた極低温照射におけると同様、胞子によっては不活性化に対する温度効果が認められることから、胞子でもさらに複雑な抵抗性機構がはたらいているとみなければならない。栄養細胞については、最近、生化学的解析が進められているが、DNA修復能が強いことを除いて明確な説明が困難である。
筆者らは、M.radioduransについて、核酸、蛋白質など細胞内高分子物質の特徴的な性質、機能、DNA損傷の酵素的修復能、細胞内に保護物質が存在する可能性などの観点から検討しているが、この高抵抗性菌の照射後における核酸、蛋白質合成のパターンは、通常、感受性菌のものと異なっており、細胞質ターゲットの重要性を示唆している。しかし、前記いずれの観点からみても、抵抗性を説明しうる決定的な証拠は不充分で、今後の研究にまたねばならない。この菌は紫外線、電離放射線いずれに対しても抵抗性が強く、KaplanらのDNAのG−C含量を細胞の感受性の相関をもとにした仮設では高抵抗性を理解しえない。高抵抗性菌の研究は、当然、高線量域における細胞死滅の機構を検討することになるので、放射線生物作用の一般的機構の解明にも、線量効果の面から新たな問題を提起することも期待されよう。このような細胞の有する抵抗性を、なんらかの物理的・化学的手段により破壊することはRadiosensitizationの問題で、放射線殺菌に要する線量の引下げ、ひいては照射食品の品質改善への重要な基礎である。現在でも加熱、ある種の化学薬剤、たとえばモノヨードアセトアミド、ハロゲン化合物などによる増感効果が報告されているが、実用見地からは、むしろ広く物理的要因の研究を進めるべきであろう。照射と加熱の組合せ効果は、殺菌の指標微生物である胞子についても多くの報告があるが、その基礎メカニズムはよくわかっていない。
本稿ではほとんどふれなかったけれども、食品照射という新技術開発の過程を通じて、たとえば、ビタミンK、含硫化合物の放射線化学、放射線抵抗性微生物、植物代謝制御などについての興味ある研究問題の端緒が数多く得られてきたが、今後とも放射線の化学的・生物学的作用に関して、このような研究の発展を期待できよう。また、食品照射はとうてい一国のみでは解決できない広範な諸問題を包含しているので、国際協力が強調される分野の1つである。しかし、照射効果が品目、品種により異なり、各国の食習慣によって評価もかわるなど、食品工業特有のわずらわしさもあって、海外の成果をそのままわが国に導入することはむずかしく、われわれは、わが国の諸条件に即した技術体系の確立、その基礎となる研究の発展を心がけなければならない。最後に、多数の若い研究者がこの分野の研究に参加され、新しい原理の開拓により、いっそうの発展が生まれることを望んでやまない。
参考 :第4表 ガンマー線により誘起される核反応とそれに要する限界エネルギーについて
元 素 |
核反応 の 型 |
しきい値 (MeV) |
生成物の半減期 |
C−12 |
γ、n |
18.7 |
21 分 |
C−16 |
γ、n |
16.3 |
2.1分 |
N−14 |
γ、n |
10.6 |
10 分 |
P−31 |
γ、n |
12.4 |
2.5分 |
K−39 |
γ、n |
13.2 |
1 秒 |
S−32 |
γ、n |
14.8 |
3.2秒 |
Ca−40 |
γ、n |
15.9 |
1 秒 |
Fe−54 |
γ、n |
13.8 |
8.9分 |
Mg−24 |
γ、n |
16.2 |
11.6秒 |
Mg−25 |
γ、n |
11.5 |
14.8時 |
Mg−26 |
γ、n |
14.0 |
62 秒 |
Cu−63 |
γ、n |
10.9 |
10 分 |
I−127 |
γ、n |
9.3 |
13 日 |
Be−9 |
γ、n |
1.7 |
very short |
H−2 |
γ、n |
2.2 |
− |
Na−22 |
γ、n |
2.6 |
2.6年 |
1)Ministry of Health:Report on the Working Party on Irradiation of Food,London(1964).
2)IAEA/FAO:Proc.Intern.Symp.on Food Irradiation,Karlsruhe(1966).
3)Am.Chem.Soc.:Radiation Preservation of Foods(Adv.in Chemistry Series 65),Washington,D.C.(1967)