英雄達の憂鬱 平和への軌跡
ボース地方編
第十六話 爆釣伝説エステル、超釣伝説アネラス


<ボース地方 ヴァレリア湖畔 川蝉邸>

レナード・ソフィーア兄妹が経営する湖畔の宿屋、川蝉邸。
釣り人達でにぎわうボース地方で評判の宿屋だった。
しかし、今日はいつもと様子が違っている。
入口の看板には『遊撃士協会ご一行様』と書かれていて、エステル達の姿が見える。

「うん、なかなかの獲物ね!」
「エステルちゃん凄〜い!」

のんきに釣りをしているエステルとアネラスの姿を見ると、遊撃士達は休暇を楽しんでいるかに見える。
だがこれも民間人を守るための遊撃士の大事な仕事だった。
人手が必要だと言う事で、通常の仕事はグラッツに任せて、アネラスも参加する事になって嬉しそうに張り切っていた。

「お前ら、真面目にやりやがれ!」
「油断しちゃダメだよ」

アガットとヨシュアも釣り糸を垂らしていたが、表情は真剣そのものだ。
今回退治する事になったのは、水棲系の魔獣。
本来はツァイス地方の鍾乳洞の地底湖にしかいないはずのペンギン型の魔獣が、ヴァレリア湖に現れてしまっていると言うのだ。
釣り上げた魚を狙って釣り人を襲ってくるらしい。
大漁で油断していた釣公師団の団長、フィッシャーが襲われて怪我をしてしまったのだ!
釣公師団の団員達は団長の仇を取ると、川蝉邸に押し寄せそうになったが、これ以上怪我人を出すわけにはいかないと、遊撃士が駆除する事になった。

「エステル君筋が良いね、釣公師団の団員にならないかい?」
「え、でもあたしは遊撃士の仕事があるし」

王都の釣公師団から釣りの指導に来たロイドに見込まれたエステルは戸惑いながらそう答えた。

「私も普段はリベールのアーツ製品の会社で働いているんだよ」
「へえ、そうなんですか」
「釣りを愛する心が大事なんだ。団員になれば釣具の割引やスポット情報の提供とか、いろいろ特典があるよ」
「えっ、そうなの?」

エステルは興味がありそうにロイドに向かって身を乗り出す。

「しかし、団員になるためには入団試験を受けてもらわなければならない、私との爆釣3本勝負をしてもらおう!」
「よしっ、受けて立つわよ!」

ペンギンを呼び寄せるための生餌としての魚を集めるための釣りだったはずが、真剣勝負になってしまった。

「おい、いい加減にしろよ……」

アガットが少しイラついた様子でエステルに声を掛ける。
しかし、エステルとロイドの間には火花が散り、勝負は始まってしまった。
爆釣勝負は、ボーリングのようにお互いが交代して行う事になっている。
その場に居合わせた全員の視線がエステルの釣竿に集中する。

「あっ……」

エステルはプレッシャーを感じたのか、焦って竿を上げた結果、食いついた魚を逃がしてしまった。
それを見たロイドは余裕と言った感じで笑い声を出す。

「はっはっはっ、釣りは落ち着いてやらないとダメだよ」

ロイドは釣り糸を垂らすと、先程とは打って変わって張り詰めた表情になった。
集中して周囲の視線など全く気にならない様子だった。

「まあ、こんな所か……」

ロイドが釣り上げたのは、そこそこの大きさのリベールブナだった。
次は再びエステルのターン。
大物を釣り上げればまだまだ逆転できる範囲。

「うーん、微妙だなぁ」

エステルが釣り上げたのは小ぶりのカサギ。
それに対して、ロイドはそこそこ大きいオロショを釣り上げた。

「さあ、こうなったらヴァレリア湖のヌシでも釣り上げないと逆転できないよ?」

ロイドが勝ち誇ったようにそう言うと、エステルは首をかしげて質問する。

「ヌシって?」
「ヴァレリア湖に住んでいるとウワサされる伝説の魚さ。誰も姿を見たものはいないんだけど、食らい付かれた途端に竿が持って行かれそうになるんだよ」

ロイドの答えを聞いたアガットが険しい顔でさらに尋ねる。

「おい、それって魔獣じゃないのか?」
「うーん、良く分からないな。何しろ大きい魚だとしか分からないんだから」
「よおし、あたしがそのヌシを釣り上げる!」
「頑張って、エステルちゃん!」

アネラスが応援する前で、エステルは気合たっぷりに餌を湖に放り投げた。

「あ、何かが掛かったけど……」

エステルの竿の引き具合はあまり強そうでは無い。
大物が食らいついているようには見えなかった。

「ああーっ……」

全員から失望のため息がもれた。
エステルが釣り上げたのは穴あき長靴だった。

「どうやら私の番が来る前に勝負が決まってしまったようだね……」
「はぁ……」

物足りなさそうにそう言ったロイドと下を向いて落ち込むエステル。
ヨシュアが何と言ってエステルを励まそうか悩んでいると、アガットが思いっきりエステルに向かって怒鳴る。

「おい、負けっぱなしで引き下がるんじゃねえ!」

アガットはロイドに大声で問いかける。

「爆釣勝負って言うのは、何回でも挑戦できるんだろ?」
「ああ、まあそうだが……」

ロイドは戸惑った感じでうなずいた。

「ほらエステル、もう一度勝負しやがれ!」

エステルとロイドの爆釣勝負をあきれて見ていたアガットが今は一番熱くなっている。
こうしてエステルとロイドの爆釣勝負は再戦が行われる事になった。
爆釣3本勝負が繰り広げられる事12回目……ロイドの方が休戦を申し出る。

「ガッツがあるのはわかったから、そろそろ勝負を止めにしないか?」
「別に延長12回までと言うルールがあるわけじゃないんだろ? エステル、まだまだやれるな?」
「うん、まだまだ大丈夫よ」

アガットが声を掛けると、エステルは握りこぶしを作ってそう答えた。

「あの、僕達魔獣退治に来てるんだよね……」

ヨシュアの言葉は無視されて、集中力の限界に達しているロイドを相手に13回目の3本勝負は行われた。
釣公師団のプライドを賭けて釣りを続けていたロイドだったが、ついに2連続で魚を釣り逃がしてしまい、エステルの勝利となった。

「おめでとう、エステル君……。これで入団試験に合格だよ……」

ロイドはへろへろになりながらエステルにそう声を掛けた。

「やったあ!」

エステルは飛び上がって喜んだ。
アガットは腕を組んで満足そうにうなずく。

「これが勝負の必勝法だ。勝つまで続ける事が大事だな」
「そんな必勝法、ひどいですよ……」

ヨシュアがたまらずアガットにつっこんだ。

「ロイドさんも適当に勝負するわけにはいかないかったんですか?」
「爆釣3本勝負が、釣公師団のルールなのだ、これだけは譲れない……」

ヨシュアにそう声を掛けられたロイドはそう言って気を失ってしまった。
離れた場所で釣り糸を垂らしているアネラスはウンウンとうなっている。
どうやら半日釣っても全然釣れないようだった。

「私、お魚さんに嫌われているのかな?」
「どうしたんですか?」

ヨシュアはアネラスの側にたくさんの穴あき長靴や、折れた剣などのゴミが山積みにされているのを見た。

「ヘンテコなものしか釣れないんだよ!」

アネラスは、ゴミの山の中から、サイコロの形をした不思議な石をつかむ。

「こんな可愛くない物、別に要らないや、えいっ!」

不機嫌そうな表情のアネラスはそう言ってその石を湖に放り投げてしまった。

「ああーっ、またさっきのだ……」

次にアネラスの釣竿にかかったのは、捨てたばかりのその石だった。

「私って何をやってもダメなんだ、うわ〜ん!」
「ちょ、ちょっとアネラスさん」

ヨシュアは自分より2歳年上のアネラスに泣きつかれてドギマギしていた。
その姿を見たエステルはちょっとモヤモヤとした気持ちになってヨシュアをにらみつける。
エステルの視線に気がついたヨシュアは慌ててアネラスを引き離した。

「アネラスさん、そんな泣かないでくださいよ」
「ごめんね、あんまりに魚が釣れないから悔しくなっちゃって……」

アネラスはしゃくりあげながらヨシュアにそう答えた。

「ヨシュア、あたし達は魔獣退治に来たのよね?」

エステルが大声でそう言うと、アガットも本来の目的を思い出したようだった。

「確か、そこで伸びているおっさんの話では大漁で宿に戻る所を襲われたって話だったな……」

夕日に映えて赤く染まり出した湖を見て、アガットはそう呟いた。

「夜行性のペンギンは攻撃的だと聞きますし、魔獣化したペンギンもそうなのかもしれません」
「よし、釣った魚をボートに乗せて、沖に漕ぎ出すぞ」

川蝉邸にあるボートはどれも小型で、4人がギリギリ乗れるぐらいの大きさだった。
魚などを満載するとひっくり返る恐れもあったり、身動きがしにくい。
ロイドを部屋に運んだ後、エステル・ヨシュアとアガット・アネラス組みの2隻のボートに別れて乗る事にした。

「おい、大丈夫か?」
「はい、私は泳ぎは得意なんですよ!」
「転覆前提かよ」

声を掛けたアガットに笑顔で答えたアネラスに、アガットはため息をついた。
2人でボートに乗る事になったエステルとヨシュアだったが、ヨシュアは浮かない顔だった。

「これが本当に2人きりだったら、よかったのにな……」

夕日に映えるエステルの顔をヨシュアは眺めていた。

「ん、ヨシュア、あたしの顔に何かついてる?」
「な、何でも無いよ!」

突然エステルに話しかけられたヨシュアは赤くなってそっぽを向いてしまった。
夕日の影響かエステルはさっぱり気がつかない様子だった。

「ふーん、変なヨシュア」

エステルはそう言うと、力いっぱいボートを漕ぎだした。

「おい、あまり離れるな!」
「あ、ごめん」

アガットに注意されて、エステルはボートのスピードを緩めた。

「よし、この辺でいいだろう」

アガットとエステルがボートを止める。
周囲は嵐の前の静けさとも言うような沈黙に包まれていた。
そんな雰囲気を和らげようかと思ったのか、アネラスが話し始めた。

「こんなに真っ赤に湖が染まると、血の色に見えちゃうよね。この湖で死んだ人の幽霊とかが居たりして」
「や、止めてよアネラスさん、あたしそう言うの苦手なんだから!」

エステルはそう言って体を振るわせ、目をつぶってヨシュアにしがみついた。

「ちょっとエステル、そんなにされたら動けないよ」

戸惑うヨシュアの所に、タイミングの悪い事に水中から忍び寄る影があった!
問題のペンギン型魔獣達だった。
気がつくと、赤、青、白、緑、桃色のペンギン型魔獣がエステルとヨシュアの乗るボートを取り囲んでいる。
アガットは急いでボートを漕いでエステル達の救援に向かうが、アガット達のボートもペンギン型魔獣のグループに取り囲まれていた。

「ちいっ、こんなに数が居やがるのかよ!」

10匹ぐらいは居そうな感じだった。
ヨシュアにしがみついていたエステルも、危険を感じ取ったのか、ヨシュアから体を離して身構えた。
桃色のペンギンが奇妙な声をあげて鳴きだした。
それはまるで何かの歌のようだ。
他のペンギン達も鳴き声をあげて、エステル達に襲いかかって来た!
アオペングーがボートに乗り込んできて、鋭いくちばしでつついてこようとするのを、エステルは何とか棒で振り払った。
キペングーもエステル達に近づいて来ると、生臭いガスのようなものをまき散らした!

「ごほっ、ごほっ」

思わずひるんでしまったエステルに、シロペングーが思いっきり体当たりをした!

「危ない!」

よろけてボートから落ちそうになったエステルをヨシュアが右手を伸ばして間一髪で引き戻し、シロペングーの腹を左手に持っていた短剣で思いっきり刺した。
シロペングーは悲鳴を上げて水面へと姿を消した。

「ヨシュア、ありがとう」

エステルはちょっと感激した様子で潤んだ目でヨシュアを上目遣いで見上げた。
ヨシュアはエステルを思いっきり抱きしめたい衝動に駆られたが、今は戦闘の最中なので、そう言うわけにもいかない。
エステルとヨシュアはすぐに周囲を警戒した。
ミドリペングーは水面に姿を出すものの、魚を投げつけてばかりで近づいてこない。
モモペングーも水面に浮かんで歌のような鳴き声を続けている。

「エステル、僕がアーツで水面に居る魔獣を攻撃するから、船に飛びついて来る魔獣を追い払って」
「了解!」

ヨシュアとエステルは担当を決めると、後はチームワークで敵の数を減らして行った。
体力の尽きたペンギン型の魔獣達は戦意を失って、水面に浮かんでいる。

「アガットさん達は?」

エステル達の視線の先では、アガットとアネラスの乗るボートも囲まれてしまっていた。

「ど、どうしましょう、アガット先輩」
「逃げ場が無いんだから、やるしかねえだろ」

オドオドとしているアネラスにアガットが気合を入れた。
アガットもアネラスもアーツによる魔法攻撃は不得意だったため、近づいて来る魔獣を押しのけると言う消極的な戦い方しかできなかった。
いろいろな方向から攻撃を仕掛けてくるため、アガット1人ではなかなか支えきれない。

「あうっ!」

シロペングーに体当たりされて吹き飛んだアネラスの体をアガットが体当たりするように受け止める。

「しっかりしろ。お前が役目を果たさないと、俺達はやられちまう!」

アガットが汗を垂らしながらそう言ったのを見て、アネラスは口を真一文字に閉めて、迫りくる魔獣を見据える。

「私がだらしないせいで、アガット先輩まで死んじゃうのは嫌です!」

アネラスの動きは先ほどまでとは違い、滑らかな動きで迫って来た魔獣達の体を剣で正確に切り裂いて行った。
出血に驚いた魔獣達の動きが鈍くなり、襲いかかる体力を失ったのか、力の無い鳴き声をあげて水面に浮かんでいる。
遠くから魚を投げていたり、歌を歌っていた魔獣達も援護に来たエステル達によって無力化された。

「大丈夫?」
「……助かったぜ」

エステルにアガットは軽くだが素直に礼を述べた。
そして、ボロ雑巾のようになって虫の息で浮かんでいるペンギン型の魔獣を見回す。

「さて、こいつらに止めを刺しちまうか」
「アガット先輩、それはかわいそうですよ」
「そうは言ってもな……」

アネラスに止められてアガットが困っていると、水面が大きく山のように盛り上がり、他の魔獣より一回り大きいペンギン型の魔獣が姿を現した!
大きな波が起こり、エステル達はボートから振り落とされないようにしがみついた。

「まじかよ……」

すでに10匹の魔獣達と戦って疲れ果てていたアガットはウンザリとした声で呟いた。
4人掛かりでも勝てないかもしれないとアガット達が覚悟した時、こちらに高速で近づいて来るモーターを搭載したボートが見えた。
そして、矢のようなものが大きなペンギン型の魔獣に突き刺さると、その魔獣は意識を失ってグッタリと力を抜いて水面に仰向けに倒れた。

「……麻酔が効いているから大丈夫よ」

ボウガンを構えてボートの上に立っていたのはレナだった。
その後ろではカシウスがかじ取りをしていた。

「母さん、父さん!?」
「げえっ、カシウスのおっさんか!?」

エステルは嬉しそうな、アガットはぼやきが混じった大声を上げた。

「アガット、俺に会えてずいぶん嬉しそうじゃないか」
「ちっ、なんでおっさんがここに……」

カシウスに対してアガットは不満そうな様子を全く隠そうとしなかった。

「とりあえず、こいつらをなんとかしないとな」

エステル達に撃退された魔獣の中には、出血多量と体力の限界で今にも命を落としそうな魔獣も居た。
悲しそうに力の無い鳴き声をあげている。

「レナ」
「はい」

カシウスが合図をすると、レナは魔獣達に回復のアーツをかけた。
全快とは行かないが、傷が治って動けるようになった魔獣にレナは麻酔仕込みの矢を突き刺して、動きを封じる。

「さあ、こいつらを岸まで運ぶから手伝ってくれ」

カシウスの指揮の元、気を失った11匹の魔獣を岸辺まで輸送する作戦が行われた。
ボートにはせいぜい2匹分しか乗せられなかったので、何往復もした。

「ペンギンさん達が死ななくて、本当に良かったです〜」

アネラスは嬉しそうにそう呟いた。

「父さん、この魔獣達はどうするの?」
「故郷のツァイス地方の地底湖に戻してやるのが一番だろう」

エステルの質問にカシウスはそう答えた。

「ツァイス地方って、かなり遠い気がするけど……」
「なあに、それまではハーヴェイ一座で引き取ってもらうさ。あそこで芸を仕込まれている魔獣はだいたいそんな感じだしな。今ちょうどボース市に来ている」

ヨシュアに対して、カシウスは余裕に満ちた態度でそう言い放った。

「人間が勝手にペットにした動物が捨てられて野生化するという問題は後を絶ちませんね」

レナがため息をついて見つめる先には、意識を取り戻してくつろいでいるロイドの姿があった。
視線が合ってしまったロイドはレナに向かって頭を下げる。

「釣公師団でもそのような事が起きないように呼びかけましょう」
「よろしくお願いしますね」

レナはニッコリとロイドに向かって微笑みながら、桟橋にあげられたゴミの山に視線を向ける。

「あれは何かしら?」
「アネラスさんが釣り上げたガラクタなんだけど……」
「はぅっ!」

釣った物をガラクタとエステルに言われてショックだったのか、アネラスは短い悲鳴を上げた。

「湖にゴミを投げ捨てる人も多いのね……」
「今度、釣公師団でも清掃活動を行う事にしますよ」

レナの再度のため息に、ロイドがそう答えた。
ゴミの山に視線を向けていたレナは、サイコロ状の不思議な石を見つけて驚いた顔になる。

「これは……!?」

レナは血相を変えてその石を拾い上げると、カシウスの側へと向かった。

「これはアーティファクトの可能性が高いな」
「あなたもそう思います?」
「ああ、星杯騎士団の従騎士だった君の方が詳しいだろう」

真剣な眼差しで話し合うカシウスとレナを、わけが分からないエステル達は不安そうに見つめていた。
それに気がついたのか、カシウスは表情をパッと陽気なものに変えて安心させようと説明を始める。

「別に危険と言うわけではないのだが……湖から釣り上げられたこれはアーティファクトの可能性があってな」
「アーティファクト?」
「失われた古代の技術により作られたアイテムの事だよ。単体で強力な効果や威力を発揮するから、個人ではその所有が禁止されるほどで、七耀教会で管理されているんだよ」
「さすがヨシュア、よく勉強しているわね、えらいえらい」

レナにほめられたヨシュアは照れ臭そうな顔をしたが、エステルはむくれて面白くなさそうな顔になった。

「と言うわけで、俺はこいつをボース市の七耀教会まで届けなければならん。アガット、お前も手伝え」
「何で俺が!?」
「あの魔獣達も麻酔が効いて大人しいうちにハーヴェイ一座のテントに連れて行かなければならないからな。それぐらいの体力はまだ残っているだろう?」
「ちっ、わかった」

カシウスに挑発される形になったアガットは重労働を受け入れた。

「父さん、あたし達も手伝うわよ」

エステルが腕まくりをして加勢を申し出ると、カシウスは穏やかに微笑んで首を横に振る。

「いや、俺達2人で十分だ、なあアガット?」
「お前らはしっかり休んでいろ」
「それじゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな」

カシウスとアガットの答えを聞いて、エステルは引き下がった。

「父さんと母さんは何でここに来たの?」
「お前達の様子が気になって、ルグラン爺さんに聞いたら、川蝉邸を遊撃士協会で貸切りにしてるって話じゃないか」
「それで遊びに来たの? まったく不良親父なんだから」

ヨシュアの質問に答えたカシウスの言葉に、エステルはあきれてため息を吐いた。

「いや、俺はそのつもりが無かったんだが、レナのやつが旬のボース料理を食べたいって、連れていかないと離婚する! って駄々をこねてな……」
「あ・な・た、いつ私が駄々をこねたんですか?」

カシウスの言い訳を聞いたレナは作った笑顔を浮かべているが、怒っているのはエステル達にも分かった。

「さ、さあ遅くならないうちに出発するぞ!」

雲行きが怪しくなったと思ったカシウスは、アガットを急かせてこの場を立ち去ろうとした。
アガットはカシウスの声に答えながら、アネラスの方を振り返って声をかける。

「アネラス」
「は、はいっ、何ですかアガット先輩」
「お前がボートの上で必死に戦った剣術の技、かなりのものだったぜ」
「うわーい、アガット先輩にほめられちゃった!」

アネラスは頭の黄色いリボンを揺らすほど飛び上がって喜んでいた。
アガットはそんなアネラスに注意する事無く、黙ってカシウスの後について出て行った。

「あら、あなたはエステルとヨシュアのお友達?」
「はい、でもエステルちゃんとはそれ以上の関係なんですよ!」

目を輝かせてそう言うアネラスを見て、レナは大げさに天を仰ぐような仕草をする。

「エステル、別にあなたの好みについて口出しするつもりはないけど……ヨシュアに手を出さないのはそう言うわけだったのね」
「違う、同じ準遊撃士のライバルって事よ、ねえアネラスさん?」
「うん、でも釣りではライバルになる事は出来ないみたいだよ……」

エステルにそう答えたアネラスは残念そうにロイドに視線を送った。

「アネラス君も釣公師団の一員として迎えてあげよう」
「わぁい、これでエステルちゃんとライバルだねっ!」
「ヌシよりも凄いものを釣り上げそうだし……」

ロイドは喜ぶアネラスの姿を見て、ポツリとそう呟いた。
その日の夕食は、事件が解決したお祝いと言う事でレナード・ソフィーア兄妹が奮発した料理になり、レナはとても満足そうだった。

「おいしい所を持って行くって、母さんの事を言うのね」
「本当、そんな感じだよね」

エステルとヨシュアはそんな事をささやき合った。
そして、楽しい夕食の後、ブライト家の家族3人で楽しく話をしている所に、ロイドと夜釣りに出掛けたアネラスが古代ゼムリア文明の遺物を釣り上げて戻ってきた。
このアネラスの発見は、ヴァレリア湖の底に古代都市が沈んでいると言う仮説の現実性を高める事になり、考古学の世界にも影響を与える事になった。


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