英雄達の憂鬱 平和への軌跡
ボース地方編
第十三話 貴方が私の皇子様


<ボース市街 遊撃士ギルド>

飛行船を使った強盗団のアジトが判明し、遊撃士協会と王国軍情報部が協力して事件解決に当たる事にした。
しかし、それに待ったを掛ける存在があった。
モルガン将軍率いるボース地方治安部隊。
彼は自分達の手で事件を解決すると言い出した。

「軍で包囲すれば、犯人達も一網打尽だ。わざわざ遊撃士や特務兵達の力を借りるまでもない」
「大軍で押し寄せるなどしたら、犯人達に気付かれて逃げられてしまいます! 軍を動かすのは止めていただきたい!」

モルガン将軍とリシャール隊長との意見は対立していた。

「あの、私達遊撃士が動いた方が犯人を余計に警戒させないで済むのではないでしょうか?」
「うるさい、遊撃士風情が口を挟むな!」

意見を述べたシェラザードに対してモルガン将軍がそう言い放った。

「何ですって? 意見を言うのに軍人かどうかで差別するの?」
「モルガン将軍、ここは広く発言を認めるべきではないかと」
「お主もカシウスのやつに毒されたか?」

モルガン将軍の発言に、シェラザードの怒りは心頭に発した。
シェラザードをかばったモルガン将軍はカシウスの名前を挙げて怒りだす。

「……なんで、そこで父さんの名前が出てくるの?」

そう言ったエステルにモルガン将軍は視線を向けると、ポツリとつぶやいた。

「……お主、カシウスの娘か?」
「うん、そうだけど」
「言われてみれば、目元がレナ殿に良く似ているな。あの小さかった子がこんなに大きくなるとは」
「えへっ、母さんに似ているって言われると照れちゃうな」

エステルとモルガン将軍の間に和やかな空気が流れていたが、モルガン将軍は気付いたように緩んだ表情をまた引き締める。

「カシウスには目を掛けてやったのに、軍を辞めおって、全く腹立たしい」
「カシウスさんはモルガン将軍の後継者と目され、我々リベール軍の期待の星でもありました」

リシャール隊長は目を細めて遠くを眺めるようにそう言った。

「それが、何で軍を辞めちゃったわけ?」
「……それは……」

エステルの質問にリシャールは言い辛そうに目を反らした。

「あやつは、金のために軍を退役したとんでもないやつだ!」
「まあ、今はリベールの輸出産業が伸びて景気がいいから、ブレイサーの方が兵士よりお給金が高いもんね」

モルガン将軍は苛立ち最高潮と言った感じでそう言って、シェラザードは苦笑を浮かべた。

「カシウスさんはお子さんと奥様との時間を作るためにもブレイサーになったのですよ」

リシャールが慌ててフォローを入れる。

「フン、お前も結婚したら退職するつもりか、どいつもこいつも愛国心と言うものが足りん!」
「……なんだか、話がそれてません?」

ヨシュアに指摘されて、シェラザードとリシャールとモルガン将軍はハッと気がついた表情になった。
アガットはすっかりあきれていたようだ。

「あんた達軍人がしっかりしていないから、強盗団を今まで見つけられないなんて事になるのよ。今まで遊撃士協会に事件の事を丸投げしておいしい所だけ持って行こうとするんだから」
「なんだと!」
「この事件は私達遊撃士の手で解決すべき事件よ、明らかさまに包囲なんかしたら犯人に逃げろって言っているようなものじゃない?」
「ですから、ここはしっかりと我々王国軍情報部が作戦を立てて臨むべきかと」
「ボース地方の治安を守るのはワシらの役目だ! 中央から来たお前達は黙っておれ!」

再び議論は振り出しに戻ってしまった。
言い争うシェラザードとモルガン将軍、そして仲裁に入るリシャール。
このままじゃらちがあかないとルグランも頭を抱えていた。

「なんで、みんなで協力しないのかな」

エステルがそう大声でつぶやくと、シェラザード達の言い争いが止まった。

「みんなで事件を解決すればみんなの手柄になるじゃない。どうして誰が一番だとか気にするの?」
「それは……そうだけど……」

エステルの言葉に納得したのか、三人はようやく具体的な作戦の話し合いを進めた。

「ちょっとあなた、リシャールさまに近づきすぎですわ!」
「近づかないと話し合いが出来ないじゃない」
「そうだよ、カノーネ君」

三人の言い争いは治まったが、今度はシェラザードとカノーネが仲が悪そうに嫌味を言い合っていた。

 

<ボース郊外 霧降り峡谷>

強盗団を捕獲する作戦の話し合いを終えたリシャール達王国軍情報部は案内役のシェラザード達遊撃士と共に霧降り峡谷へと向かった。
モルガン将軍達は国境を固める作戦に出た。
帝国側に逃げてしまったら、リベール軍が追いかけるのは難しくなってしまうからである。

「やはり、いつも開いているわけではないか」

リシャールは切り立った岩壁のようにしか見えない強盗団達が立て篭もっているアジトの入口を見てそうつぶやいた。

「犯人達が出入りするのを待ちますか?」

カノーネにそう言われたリシャールは首を横に振った。

「いや、それだとかなり時間がかかる可能性もある、長引くとそれだけ向こうに逃げる機会と時間を与えてしまう事になるな」
「そうなると向こうから開けさせるしか無いわね……でも、どうやって?」

シェラザードは考え込む仕草をしながらそう言った。

「カプア運送の従業員達は仲間意識が強く、強盗団になった者達に同情して犯罪行為の黙認や場合によっては協力した者も居たらしい」
「なるほど、あいつらの仲間の振りをするってわけね」
「じゃあ、あたしが行ってこようか」

エステルが立候補すると、シェラザードはそれを押し止める。

「私達三人はダメね、あいつらに顔を覚えられているかもしれないし。ここはアガットに行ってもらうしかないわ」
「俺か?」
「カプア運送の元従業員だと思わせて相手の油断を誘うんだ。そして扉の開閉装置を押さえる。きっと扉の近くにあるはずだ」
「ちっ、こう言うのは好きじゃないんだがな……」

リシャールにそう言われたアガットは岩壁の方に近づくと激しくノックする。
そして大きな声で怒鳴るように呼びかけた。

「おい、ここを開けてくれ!」
「……誰だ、お前は?」

しばらくすると岩壁の向こうから若い男性の声が帰って来た。

「俺も会社を解雇されて、悔しくて会社から金を少し奪って来た。俺も会社にやり返したい、仲間に入れてくれ!」
「本当か?」
「同じカプア運送の仲間だった俺を疑うのか?」

アガットの言葉を最後に辺りには沈黙が流れた。
相手は迷っているのかなかなかドアを開こうとしない。

「そうか、俺達カプア運送の絆はその程度のものだったのか、帰って俺の仲間の連中にも言い聞かせる必要があるな」
「ま、待て……!」

慌てた若い男性の声と共に、ゆっくりと岩壁が開きはじめる。
開きかけたタイミングを狙って、アガットは人影に向かってタックルをかました。

「うわっ!」
「覚悟しやがれ!」
「ちくしょう、だましたな!」

アガットが押し倒したのはキールだった。
逃げるためキールは催涙弾を爆発させる!
辺りは煙に覆われた。
その様子を離れた場所から見ていたリシャール達はすぐに開かれた入口に向かって突進した!
煙が晴れた頃になって、中に居た手下達は入口の扉を閉めようとするが時すでに遅し、リシャール達は全員アジトの中に入り込んでいた。

「侵入者だー!」

たちまち辺りは騒がしくなり、強盗団の一味であるカプア運送の元従業員達が武器を持ってどっと押し寄せてくる。
しかし通路は狭く、リシャール達の方もカノーネと特務兵の隊員4人、エステル、ヨシュア、シェラザード、アガットの計10人だったため不利では無かった。
むしろ戦闘力に優れたリシャール達の方が、ただ力任せに戦うだけの従業員達を次々に蹴散らして行った。

「うひゃあ、なんて強さなんだあ!」

恐怖に駆られた従業員達が上の階へ向けて逃げ出して行く。
リシャール達の部隊は追撃を始める。

「君達はこの階に敵が残ってないか調べてくれ」

リシャールにそう言われたシェラザード達四人の遊撃士のグループは一階の部屋を調べる事になった。
そして、人の気配がする部屋を見つけ、一気に踏み込んだ!

「うっ、お前達は……もう来やがったのか!」

部屋の中に居たのはキールとジョゼット、そしてカプア運送の元従業員だった。

シェラザードが答える。

「遊撃士協会規約第二項により、あなた達を逮捕するわ」
「宝石だけじゃなく、強盗もするなんて!」
「仕方無いだろう! あの宝石だけじゃ足りなかったんだから!」

怒ってシェラザードの後ろから顔を出したエステルの言葉に対して、ジョゼットがそう答えた。

「くそっ、こうなったらやるしか無いですぜ!」

キールに声を掛けたカプア運送の元従業員の大男は導力砲を軽々と脇に抱えてエステル達に向かって撃ってきた。

「うわっ!」

エステルとヨシュアは慌ててその爆風を伴った攻撃を交わした。

「エステル、ヨシュア、安易に固まるのは止めなさい!」

シェラザードはエステルとヨシュアに拡散するように注意を促した。
集団戦闘の時、固まって戦った方が有利とされる。
しかし、導力砲のように範囲攻撃が出来る武器の標的にされてしまう場合もあるのだ。
大男は部屋の四方に散らばったエステル達に向かって導力砲を撃つが、なかなか標的が定まらなかった。
苛立ったジョゼットが大男に声を掛ける。

「ギルバルドの下手っぴ、攻撃が当たらないじゃないか!」
「あ、あっしも慣れていないんでさあ」

ジョゼットに責められたギルバルドは導力砲の反動に驚いているようだった。
勝利を確信して余裕の表情のアガットとシェラザードがジョゼットとギルバルドに迫る!

「く、来るな!」
「ちくしょう、これまでか!」

敗北を覚悟したキールは煙幕弾を床に向かって投げつけた!
室内に煙が充満する……!

「しまった、また催涙ガスか!」
「みんな、早く外に出て!」

ゴホゴホと咳き込みながら、アガットとシェラザード、エステルとヨシュアは部屋の外に出た。

「エステル、ヨシュア、大丈夫?」
「のどがヒリヒリするけど……平気みたい」
「僕もガスを少し吸ってしまいましたが、何ともないみたいです」

難なく立ち上がったエステルとヨシュアにシェラザードとアガットはホッとした表情になる。

「ジョゼット達の姿が見えないんだけど?」
「ここを通って逃げたのなら、リシャール達と鉢合わせになるはずだな」
「でもあの3人がこの廊下を通った形跡はない……すると、まさか!」

エステルとアガットと一緒に考え込んでいたシェラザードは、自分達が出て来た部屋をもう一度ヨシュアと一緒にのぞきこんだ。

「シェラザードさん、あそこに隠し通路が!」
「ちっ、上の階への直通階段! 入口の仕掛けといい、このアジトはどうも怪しかったのよね」

ヨシュア達は部屋に新たに出現した出口から階段を登って行く。
アジトの中の喧騒が聞こえているところをみると、リシャール達も他の強盗団のメンバーと戦っているようだった。

「リシャール様、犯人達が飛行船に!」
「何だと?」

カノーネとリシャールが慌てふためく声を聞いて、エステル達は隠し通路の階段を駆け上がるスピードをさらに上げた。
階段を登りきったエステル達が目にしたのは、洞窟に空いた大きな穴から飛び去って行く小型飛行船の姿だった。

「しまった、逃げられた!」
「撃て!」

リシャール隊長の命令で、特務兵達が導力銃を撃つが、飛行船には届かなかった。
アジトを飛び出したカプア兄弟の誇る小型飛行船『山猫号』は、帝国のラインフォルト社によって製造された飛行船で、最高速度はリベール王国の警備飛行船を上回る性能を持っていた。
山猫号を発見したリベール軍の警備飛行船が後を追いかけるが、振りきられてしまった。

「どうやら、無事に逃げられそうだな」

キールがホッとしたようにため息をもらした。

「でも、逃げられたのはボク達だけだよね」

ジョゼットが暗い顔でポツリとつぶやいた。

「多分、飛行船に乗れたのは俺達だけだろうな」
「これじゃあ、ボク達の負けじゃないか」
「諦めるな、ジョゼット!」

キールは思わず持ち場から離れてジョゼットに近づいた。

「キール坊ちゃん、持ち場を離れねえでくだせえ! ってうわああ!」

運転をしていたギルバルドが悲鳴を上げると、山猫号は空中で謎の大きな飛行物体と正面衝突をした。
スピードを失った山猫号は墜落し、地面にたたきつけられる運命をたどるかと思われたが、山猫号はぶつかった”何か”に抱えあげられた。

「ひ、ひえっ! ド、ドラゴン?」

キールは驚きの声を上げた。
ドラゴンは山猫号を抱えながら、霧降り峡谷の奥地へと戻って行く。

「もしかして、巣に持ち帰ってボク達を食べる気なの?」
「そ、そんな、冗談じゃねえ、勘弁してくれよ!」

ジョゼットとドルンは怯えた様子でそう言った。

 

<ボース郊外 霧降り峡谷奥地 古竜の住処>

霧降り峡谷の強盗団のアジトを制圧したリシャール達は、逮捕したカプア運送の元従業員の護送や事後処理などを行っていた。
その一方でエステル達4人の遊撃士は、逃げたカプア兄弟達を探すため、霧降り峡谷の捜索を頼まれた。

「竜が住んでいるって言い伝えがあるぐらい危険な場所だ、気をつけてな。もっとも、俺は長くここに居るが竜の姿なんて見た事が無いけどな」
「ありがとうございます、ウェムラーさん」

ヨシュア達はウェムラーに礼を言って掛けてもらったつり橋を渡ろうとする。

「本当に腹ごしらえをしないで大丈夫か? 俺がまた鍋を作ってやるぞ?」
「私達、急いでいるので……」

シェラザードはウェムラーの申し出を丁重に断った。
そして、ウェムラーから完全に見えない場所まで移動した4人はそこで食事を始めた。

「なあ、そんなに断るほどのものだったのか?」
「アガットは知らないけどさ、ウェムラーさんの作る鍋は『極楽鍋』っていうより『地獄鍋』よ」
「あたし達は半日ほど寝込むはめになったしさ」

シェラザードとエステルの話を聞いたアガットは笑いを浮かべる。

「そうか、じゃあお前らがこれからの遊撃士の仕事でヘマをする度に罰としてその『地獄鍋』な」
「ええ〜っ」
「それは許して下さい」

エステルとヨシュアはゲンナリとした顔でそう答えた。
4人はカプア兄弟を逃がしてはならないと、洞窟の多い山中を捜索して行った。
やがて辺りを崖に囲まれた広場にたどり着くと、エステル達はとんでもない光景を目撃した。
大きな竜が岩の台の上に寝そべって居て、その前に4人の人影が見える。
そのうち3人は探していたカプア兄弟達、残る1人はカシウスだった。

「ド、ドラゴン?」
「うわ……」

物陰から様子をうかがったシェラザードとヨシュアは思わず固まってしまった。
しかし、エステルは物怖じせずにヒョコヒョコとカシウスの元に向かって行った。

「父さん、こんな所で何しているの?」

そのエステルの後ろ姿を見て思いっきりずっこけるシェラザードとヨシュアの2人。
笑顔で歩いているエステルを見てジョゼットが声を荒げる。

「あーっ、お前までボク達の敗北した惨めな姿を見て笑いに来たんだな!」
「あたしはあなた達を笑うなんて出来ないよ」
「な、なんだよ、ボクはお前に同情なんかされたくないんだからな……」

そう言ったジョゼットはエステルの前で泣き出してしまった。
エステルはジョゼットを慰める言葉が思い付かず、立ち尽くしていた。
残りのキールとギルバルドも観念してしまったようだった。
その様子を見て安心したエステル達はホッとため息を吐き出した。

「でも、父さんは何でドラゴンになんか乗っていたの?」

エステルに質問されたカシウスは豪快に笑い飛ばす。

「レナに頼まれたクロスベル空港名物のチーズケーキを買うのに並んでしまってな。凄く長い行列だったから、乗る予定だった飛行船に乗り遅れてしまった」
「また食べ物オチですか、父さん……母さんも母さんだけど」

ヨシュアはそう言ってため息をもらした。

「だからこのレグナートに迎えに来てもらったのだが、ボース地方の上空で思わぬものにぶつかってしまってな」

カシウスはそう言って後ろで黙って見ているドラゴンを指差した。

「偶然に逃亡中の犯人を捕まえてしまう事が先生の凄い所ね……」

シェラザードは感心したようなあきれたような、どっちにでもとれるようなため息をついた。

「じゃ、これから急いでレナにチーズケーキを届けに行くから、後はよろしく頼む」
「もう行っちゃうの?」
「モルガン将軍に見つかると厄介だしな。遊撃士の仕事、頑張れよ」
「母さんにあたし達は元気だって言っといてね!」

カシウスはエステル達に手を振りながらレグナートの背中に飛び乗ると、ロレント地方の空に向かって飛び去ってしまった。

「ドラゴンを自家用機みたいに乗り回すあんたの親父って何者なの?」

ジョゼットが驚き果ててしまったような口をあんぐりと開けた顔でエステルに尋ねた。


 
<ボース市街 レストラン《アンテローゼ》>

事件の早期解決を喜んだボース市長はアンテローゼでパーティを開いた。

「うわあ、おいしそうな料理がいっぱいある!」
「エステル、食い意地が張って遊撃士協会の恥になるような事は止めなさい」
「シェラ姉だって、さっきからお酒ばっかり飲んでいるじゃないの」
「こんなの水みたいなものよ」

エステルとシェラザードが話していると、にこやかな表情でメイベルがメイドのリラを従えてやって来た。

「エステルさん、料理はお口に合いましたか?」
「うん、とっても! ロレント料理とは違ってお肉中心で、あたしはこっちの方が好きかな」
「それは良かったですわ。でも、カシウスのおじ様も来ていただけたらよかったのに……残念です」
「メイベルさんは父さんと知り合いなの?」
「ええ、よく市長である父の依頼を受けて下さいますから、市長邸では顔なじみですわ」
「へえ、父さんって遊びたいから遊撃士になったと思ったけど、仕事もしてるのね」
「……エステルってば父さんを過小評価してない?」

ヨシュアはため息をつきながらエステルにツッコミを入れた。

「じゃあ、私はリシャールさんのところへ行ってくるわね〜」
「シェラ姉、まだ運命の男性探し諦めてなかったの」
「そうみたいだね」

エステルとヨシュアは半ばあきれた顔でシェラザードがリシャール達の居る席に向かうのを見ていた。

「何で、貴方がここに来るんですの?」
「別にかまわないわよね、隊長さん」

カノーネはやって来たシェラザードを思いっきりにらみつけた。

「ええ、歓迎しますよ。私も遊撃士の方には興味がありますから」
「まあ、それは嬉しいですわ」

リシャールの返事に好感触とばかりにシェラザードの胸はときめいた。
しかし、生真面目なリシャールが興味があったのは本当に純粋に遊撃士に関しての事で、話題も遊撃士の仕事に関するものばかりだった。

「うーん、リシャールさんは私自身に興味を持ってくれないのかしら……もっと酔わせるべきかしらね」

そして、シェラザードと同じようにカノーネも苛立っていた。

「あの女、ずっと居座るつもりかしら……。こうなったら、酔い潰れさせて帰らせますわ!」

こうして、リシャールとカノーネとシェラザードの3人は度の強いお酒を多目に飲む事になってしまった。

「うーん、もうダメです……」

企みに反して、カノーネが一番最初に酔い潰れてしまった。

「大丈夫かい、カノーネ君……私が部屋へ連れて行って彼女を休ませよう。すみませんシェラザードさん、私はこれで」
「ちょっと……」

シェラザードが引き止める間もなく、リシャールはカノーネを抱えてレストランを出て行ってしまった。

「結果……オーライですわ」

真っ赤な顔で泥酔したカノーネはポツリとそうつぶやいた。

「あーあ、残念」

シェラザードはガックリと肩を落としてエステル達の席に戻ると、そこにはオリビエが同席していた。

「あら、何であんたがここに居るの?」
「フッ、メイベル市長令嬢にピアノの演奏を頼まれてね、今まで弾いていたってわけさ」
「オリビエさんって礼儀作法とかテーブルマナーとか詳しいんだよ、まるで貴族の人みたい」
「エステル、あんたのテーブルマナーがだらしなさすぎるのよ……」

シェラザードはそう言って、オリビエの服装を頭のてっぺんからつま先までなめるように眺めた。

「どうしたんだい、そんなに僕の事をじっと見て。顔に何かついているかい?」
「ずいぶんと、高そうな服を着ているのね。その服、帝国の高級ブランドでしょう」
「へえ、オリビエさんってどっかの国の皇子様だったリして!」

エステルにそう言われたオリビエは苦笑していた。

「……そうね、こいつに賭けてみるか」

シェラザードはオリビエを見つめてそうつぶやいた。

 

<ボース市街 ボース空港>

そしてその翌日、シェラザードは運行を再開した飛行船でロレントの街に帰る事になった。

「じゃあ二人とも、アガットにみっちりと鍛えてもらうのよ!」
「はーい」
「はい」
「任せておきな」

エステルとヨシュアとアガットの3人は仕事を始める前にシェラザードを見送ることにした。

「オリビエさんも一緒にロレントに行くんだ?」
「ボース地方の観光も終わったからね、ロレント地方の観光を彼女にお願いする事になったんだ」

オリビエを見て、エステルとヨシュアはボソボソと話し出す。

「大丈夫かな、オリビエさん。シェラ姉は運命の男性だと思いこんで暴走しちゃいそうだし」
「アイナさんと3人で飲んだら命にかかわるよ」
「おや、どうかしたのかい?」
「いえ、別に何でも……」

オリビエに聞かれてエステルとヨシュアは愛想笑いを浮かべてごまかした。

「ロレントに着いたら、私の友達を紹介するわ」
「それは楽しみだね」

楽しそうに飛行船に乗り込んで行くシェラザードとオリビエ。
エステルとヨシュアはオリビエの無事を空の女神に祈るのだった……。


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