英雄達の憂鬱 平和への軌跡
ボース地方編
第十二話 シェラザードの運命探索(フォーチュン・クエスト)!
<ボース市街 ボースマーケット>
成功を夢見て商人達が集まる事で有名なボースマーケットは、仕切りの無い巨大な部屋の中で商人達がそれぞれ仮設の屋台のような店を開く様な形をとっている。
ボースマーケットの建物の中に足を踏み入れたエステル達にも商売人達の熱心な声が聞こえて来た。
しかし、その中で商人達の呼び込み以外の声が聞こえてくる。
どうやら商人同士が言い争いをしているようだった。
「お前みたいな商人がいるとな、ボースマーケットの品格が落ちるんだよ!」
「すみません、すみません! ……でも、僕の方も騙されていただけなんです!」
「ゴメンで済めば軍隊はいらないんだよ、お前を突き出して牢屋にぶち込んでやる」
「それだけは許して下さい!」
人々が見守る中、一人の若者の商人がもう一人の若者の商人を激しく責めている。
そこへ落ち着いた感じの赤いドレスを身にまとった令嬢といった感じの若い女性が話に割って入った。
後ろにはメイドの服装をした女性を二人従えている。
「もうこちらの方も反省しているようですし、許して差し上げたらどうです?」
商人の若者は二人とも、一目で令嬢の事が分かったようだ。
周りの人々も同じだったらしく、令嬢に視線が集まる。
「うわあ、話題の市長の令嬢さんの登場ですね!」
派手なカメラのフラッシュの音に振りかえると、そこには見知った顔、ドロシーが嬉しそうに写真を撮っていた。
「ドロシーさん!?」
ドロシーはエステル達の事にまるで気が付いていない様子で写真を撮り続けている。
「メイベルさん、もしかしてその男の味方をするつもりですか? その男は偽のブランド品を販売していた男ですよ!」
責めている商人の若者がそう言うと、周りの人からも罵声が上がる。
「ですから、売ってしまったお客さんにはお金をお返しして、謝らせていただきました……僕も騙されていたんです」
それに対して責められている商人の若者は土下座をして平謝りをする。
「これほど謝っているのですから、もう責めるのはおやめなさい」
メイベル市長令嬢はそう言ったが、商人の若者は首を横に振った。
「いいえ、この男はボース商人の名前に傷を付けたとんでもない男ですよ。牢屋で頭を冷やしてもらわないとね」
商人の若者の言葉に加勢するようにヤジが飛ぶ。
はやし立てる罵声が大きくなる中、メイベルはついに怒りだした。
「弱い立場の人をさらに責めるなんて、あなたこそボース商人の名前に傷を付けているのではなくて?」
「何だと?」
ついにメイベル市長令嬢と若い商人が怒った顔でにらみあうことになってしまった。
「お嬢様、落ち着いてください」
「そうですよ、ケンカはダメですよ〜」
「リラもサラも黙っていなさい!」
メイベルに付き従っていたメイドの二人が諌めるが、メイベルは完全に頭に血が上ってしまったようだ。
そこに優雅なリュートの調べと共に一人の金髪の青年が姿を現した。
「フッ、もったいない事だね」
「えっ?」
その場に居合わせた皆はポカンとした表情で金髪の青年を見つめる。
「あなたみたいな可憐な方に、そのような表情は相応しくないですよ」
「あ、あの……あなたは?」
メイベルがそう尋ねると、金髪の青年はキザなポーズをとって答える。
「私はオリビエ。美と平和を愛するさすらいの演奏家です」
「は、はあ……」
「あなた達に一曲歌を送りましょう。心の荒野を潤して、美しい花を咲かせられるような歌を……」
そう言うとオリビエはリュートを弾きながら歌を歌いだした。
エステル達はぼうぜんとして歌を聞くがままにしていた。
オリビエの熱唱が続くと、エステル達は冷汗を流し出した。
「ふ、君達の心にラブアンドピースの大切さが伝わったかい?」
「し、仕方無いな、今回はこれで許してやるよ!」
「……あ、逃げた」
「気持ちはわかるけどね……」
責めていた商人の若者はそう言って足早にその場を立ち去った。
「……助けていただいてありがとうございました、もう少しで粗暴な振る舞いをしてしまうところでしたわ」
メイベルがオリビエに対して感謝と戸惑いの入り混じった引きつった顔で礼を言うと、オリビエは謙遜した態度を取った。
「いえ、あなたのような美しい方を助けるのは当然の事。……どうです、これからお茶でも……」
「お嬢様、そろそろ戻らないとご主人様が心配なさいます」
「アイスが溶けてしまわないうちに帰りましょう〜」
「そうですわね、ではごきげんよう」
メイベルとメイドのリラとサラの三人はそう言って素早くその場を立ち去ってしまった。
「あ、そんなあっさり行っちゃうんですか!」
「その表情もキュートですよ〜!」
落胆した表情で叫ぶオリビエをドロシーはマイペースで激写している。
「なに、あの変な男?」
「もしかして、ルシオラさんの言ってた」
「やめてよ、あんな男が運命の男性なんてありえない」
エステル達はオリビエ達に関わる事無く、その場を立ち去ってボースマーケットの買い物に行く事にした。
<ボース郊外 霧降り峡谷>
エステル達はボースマーケットで出会ったスペンス老人の依頼でベアズクローを採取するため霧降り峡谷へと向かった。
「こんなところじゃ、魔獣ぐらいしか居ないわよね。ね、シェラ姉?」
「だから、私は男漁りに来ているわけじゃ……」
「いまさら否定しても遅いですよ、シェラさん」
エステル達は雑談する余裕を見せながらベアズクローの自生地を発見した。
「霜降り峡谷で無事見つかったってスペンスさんに報告しましょうか」
「シェラ姉、しつこいなあ。育ち盛りなんだから仕方ないでしょう!」
シェラザードとエステルが話ながら帰路を歩いていると、人が近づいて来る気配がした。
「こんな所までよく来るなあ……」
のんきにそんな事を言って近づいてきた男性はウェムラーと名乗った。
山が好きで、霧降り峡谷に山小屋を建てて住み込むほどだと言う。
「よかったら、ちょっと山小屋で休んで行くかい? ちょうど昼時だし、食事でもどうだ?」
「そうですか、でも……」
シェラザードが返事をする前に、エステルの腹の虫が盛大な音を立てて鳴いた。
「あはははは……」
「ごちそうになります」
こうしてエステル達はウェムラーの山小屋に立ち寄ることとなった。
「もしかして、占いに出ていた人ってウェムラーさんの事かも知れないわよ」
「……エステルもしつこいわね、私は山男とずっと山に居るなんて好きじゃないわ」
ウェムラーに昼食をご馳走になる事になった三人だったが、ウェムラーが作った鍋料理を一口食べた途端、全員倒れ込んでしまった。
「なによ……この体中の力が抜けるような不味さは」
「誰かが毒味をするべきでしたね……シェラさん……」
「これ……ホタル茸が入っているでしょ……」
「よく分かったね、お嬢ちゃん。俺が考案した『極楽鍋』さ」
元気に鍋を食べているのはウェムラーだけだった。
エステル達は体力が回復するまで、ウェムラーの山小屋で休む事を余儀なくされた。
「あの料理は『地獄鍋』と改名した方がいいと思います……」
「あたしもさらにお腹が空いちゃったよ……」
「まったくボース地方に来てからロクな男と出会わないわ……」
ヨシュアとエステルとシェラザードの三人は命辛々といった感じで、ウェムラーに礼を言って山小屋から脱出した。
昼前に山に入ったが、辺りはすっかり日が暮れている。
「こんなに帰りが遅いと、ギルドの方でも何かがあったって思われるんじゃない?」
「実際に凄い事があったじゃないか」
「毒料理にやられるとは、私もまだまだ修行が足りなかったわ……」
帰り道を力の無い足取りで歩くエステルとヨシュアとシェラザードの三人。
すると、エステルが目ざとく霧の中を移動する数人の人影を見つけた。
「あっ、何人かが向こうに行ったよ!」
「こんな時間に山に入ろうとするなんて怪しいわね……」
エステルの指差した方向を見てシェラザードはそうつぶやいた。
「もしかして、道に迷ったのかもしれませんよ」
「そうだったら、民間人の保護と言う名目で接すればいい。とりあえず、見つからないように跡をつけるわよ」
シェラザードの足跡を追跡する能力により、エステル達は霧の中でも人影を見失わずに追いかける事が出来た。
「おかしいわね、この先は行き止まりのはず……」
「うん、昼間ベアズクローを取りに来た時も道が途切れていたわよね」
シェラザードとエステルがそうつぶやきながら前方の人影のグループを見守っていると、グループのうちの一人が岩壁をノックして声をかけた。
「キールの兄貴、ただ今戻りました」
すると、岩壁の一部が扉のようにスライドして口を開いた。
人影の集団がぞろぞろと中に入って行く。
全員が入り終えると、扉はバッタリと閉まり、また元の岩壁のような外見に戻った。
「カプア運送の元従業員……姿を消したと思ったらこんなところに潜んでいたのね」
「シェラ姉、あいつらのこと知ってるの?」
「ほら、僕達がセプチウムの結晶を取り返し損ねた相手じゃないか」
ヨシュアに指摘されて、エステルはハッと思い出した顔になる。
「あのボクっ娘の一味ね……!」
「彼らはカプア運送の制服を着ていたけど、実際は会社を集団解雇された従業員だって事が分かったの」
「帝国では最近、派遣労働者に関する法律が改正されたからですね」
シェラザードの言葉を聞いたヨシュアは深刻そうな顔をしてうなずいた。
「どういう事?」
「一定の期間雇用した派遣労働者を正社員として採用するように国が会社側に強制したんだけどね」
「逆に会社側は派遣労働者を素早く解雇してしまったんだよ」
「それで宝石を盗もうとしたんだね……かわいそう……」
エステルはジョゼット達に同情したのか悲しそうな顔になる。
「いくらかわいそうでも、強盗を許しちゃおけないわよ」
「……シェラさん、突入しますか?」
ヨシュアの問いかけにシェラザードは首を横に振った。
「いいえ、街に戻ってギルドや軍の協力を仰ぎましょう」
「どうして?」
「相手の規模も大きそうだし……なによりもあの料理のせいで体力が根こそぎ奪われたわ……」
「そうね、街に戻って何か食べたい」
こうしてエステル達は街に戻る事になった……。
<ボース市街 遊撃士ギルド>
エステル達はボースの街に戻り、カプア運送の元従業員である強盗団のアジトを発見したと報告した。
二日酔いから回復したアガットはエステル達の報告を聞いて感心したようにつぶやく。
「ふーん、お前ら良くそこでアジトに踏み込もうとしなかったな」
「まあ、少ない人数で乗り込んでも返り討ちにあう可能性があるし、逃がしてしまってもマズイしね」
アガットに対して、シェラザードは余裕たっぷりの表情でそう答えた。
「冷静なシェラザードさんが一緒に居てくれて助かりました。僕達だけだったら勇み足でアジトに踏み込んでいたかもしれません」
ヨシュアはシェラザードに向かって感謝の気持ちを述べた。
「まっ、冷静さは遊撃士にとって大切な事だな」
「アガットさんが言うと説得力が無い気がするわね」
「んだとエステル、俺を突撃ばかりの野郎だと思っているな!」
アガットはそう言ってエステルをにらみつけた。
「彼らは飛行船を使った強盗と言う事で、リベール空軍の方でも目を付けていたみたいじゃ。報告した所、レイストン要塞から王国軍情報部が来るそうじゃ」
「王国軍情報部? 聞いた事の無い名前ね」
シェラザードは眉をひそめてそうつぶやいた。
「何でも新設されたばかりの精鋭部隊だそうじゃ」
「会うのが楽しみだね、ヨシュア!」
「うん、でも喜びすぎも良くないと思うよ」
次の日エステル達が遊撃士協会を訪れると、王国軍の兵士に混じって軍服に身を包んだ青年将校の姿があった。
「リベール王国特別任務チームの隊長、アラン・リシャールです」
「遊撃士のシェラザード・ハーヴェイです」
エステルを押しのけるように前に出たシェラザードは、リシャールと握手を交わした。
「私は遊撃士と軍が協力関係を築いてこの事件を解決したいと思うんだ。是非情報を提供して頂きたい」
「素晴らしいお考えですわ」
シェラザードはリシャールに向かって上品な態度でそう答えた。
「ちょっと、あなたはいつまで大佐の手を握っているつもりですの!」
「ちっ」
リシャールの後ろに付き従っていた女性将校がそう怒鳴ると、シェラザードは不満そうな顔をしながらも握っていた手を離した。
「残念、リシャールさんもルシオラさんの言っていた相手じゃなさそうね」
「いいえ、彼がそうよ」
エステルにそう言われたシェラザードはきっぱりと否定した。
「あの女性将校とはまだ上司と部下と言った関係みたいだし、この事件を通して親しくなればまだわからないわよ」
「今まで出会った男性を否定したくなるシェラザードさんの気持ちはわかりますけど……」
「おいおい、今は緊急事態だぞ? 修羅場は後回しにしとけ」
アガットもシェラザードの様子に少々あきれ気味だ。
リシャールに続いてカノーネと名乗った女性将校は視線で殺すかのようにシェラザードを思いっきりにらみつけていた。
「シェラ姉、月の無い夜は気をつけた方がいいわよ……」
凍りつく様なその場の空気に、エステルは冗談めかして笑う事しかできなかった……。