英雄達の憂鬱 平和への軌跡
ボース地方編
第十一話 熱血暴走遊撃士アガット登場!


<ロレント市郊外 ヴェルテ橋>

ロレント支部の推薦状を受け取り、ボース地方の遊撃士協会に向かう事になったヨシュアとエステル。
そして、道案内役として付き添う事になったシェラザード。
ヨシュアとエステルは新天地に何が待ち受けているのか胸を膨らませて。
シェラザードは西の方角でどんな男性との出会いがあるのか期待に胸を高鳴らせていた。

「二人とも、浮かれてちゃダメよ。こう言う時こそ、慎重に行動するべきよ」
「そう言うシェラ姉が一番浮かれているように見えるんですけど」
「どこが浮かれているのよ」
「洋服や髪型まで変えちゃってさ、凄い気合の入りようじゃない」
「これは……季節に合わせて髪型を変えたのよ!」

エステルにムキになってシェラザードはそう反論した。

「もしかして、クルツさんに完全に振られちゃったの?」
「そ、そんなこと無いわ、彼はただの遊撃士仲間よ」

図星を付かれたのか、シェラザードは冷汗を垂らした。

「エステルって、勘が鋭いからな……」
「ヨシュアも、信じるんじゃない!」
「おーい、関所を通るなら早くしてくれないか?」

関所の門番の兵士スコットにそう声をかけられて、三人は自分達が関所のゲートの前に居る事に気がついた。

「す、すいませんでした……」
「ごめんなさい……」
「迷惑かけたわね……」

三人は恥ずかしそうにこそこそとヴェルテ橋を渡り、ボース地方へと入った。

「まったく恥ずかしいったらありゃしない。遊撃士としてあるまじき醜態をさらしてしまったわ」
「シェラ姉は『銀閃』として有名だから、覚えられたかもね?」
「評価に響かなきゃいいけど……」
「え、正遊撃士になってからも評価はあるの?」
「当たり前よ、ランク付けもされてるわ。エステルは相変わらず授業の事は覚えてないわね」
「は、早く先に進もうよ!」

やぶ蛇で怒られそうになったエステルは、話を打ち切って先に進んだ。
シェラザードとヨシュアはため息をついてエステルを追いかけて行く。
初めて歩くボース地方の街道に、エステルは興奮していた。

「えーっと、霜降り峡谷?」
「それは……ずいぶんおいしそうな名前ね」
「霧降り峡谷だよ」
「あはは、そっか」
「エステル、もうちょっと落ち着いて行動しなさい」
「だって、見た事が無い場所だからワクワクしちゃうじゃない」

エステルはそう言ってまた街道を先頭で歩いて行く。

「あ、見た事無い魔獣だ!」
「エステル、相手はどんな攻撃をしてくるかわからない、慎重に行こう……って」
「相手は一匹なんだから、集中攻撃すれば倒せるって!」

エステルは先手必勝とばかりに魔獣へと突っ込んで行く。
ヨシュアもすかさず後を追った。

「えいっ!」
「やったのか!?」

エステルの棒の一撃は魔獣を叩き潰した……かのように見えた。

「エステル、まだ動いてる!」
「えっ!?」

エステルの目の前で、魔獣は二体に分裂した。
さらに三体、四体と増えた。

「こんなのインチキじゃない!」
「二人とも、後ろに飛びのきなさい!」

シェラザードの命令に二人が思いっきり後ろに飛びのくと、魔獣達を巻き込む旋風が巻き起こった!

「エアリアル!」

風に切り刻まれた魔獣達は完全に活動を停止した。

「マッドローパーは分裂をする魔獣よ。でも、分裂後の体力は低下しているから、範囲攻撃で止めを刺せば問題無いの、覚えておきなさい」
「はあい」
「わかりました」

シェラザードがエステルとヨシュアに指導をしていると、ボースの街の方角から拍手が聞こえて来た。
エステル達が拍手をした方を向くと、そこには遊撃士らしい青年と、貨物車が数台近づいて来ていたのが見えた。

「よう、シェラザード! 立派な先輩ぶりだな」
「グラッツ、護衛の仕事お疲れ様」
「定期便が運休しているから仕方ないさ」
「あと数日の辛抱みたいだけどね」
「そう言うお前さんは若いのを連れて、何か事件でもあったのか?」

グラッツにそう言われたシェラザードはお茶を濁すように笑いを浮かべる。

「いえ、たいした事件は起こってないんだけど、この子達の道案内をね」
「ふーん、迷うほどの道じゃないと思うけどな。ルグラン爺さんからは若い遊撃士が二人来るって聞いていただけだから。それじゃあ、またな」

そう言ってグラッツはエステル達と逆方向のロレントの街に向かって出発しようとしたが、ヨシュアに気が付くと足を止めた。

「おい、お前さんとどこかで会ったこと無いか?」
「え? い、いえ……僕は覚えがありませんけど……」
「そうか」

グラッツは軽くそう言うとロレントの街に向かって歩いて行った。
ヨシュアはホッと胸をなで下ろす。

「ヨシュアはグラッツさんと会ったことがあるの?」
「い、いや多分ないと思うよ」
「ふーん」

その場をなんとかごまかしたヨシュアは、エステル達と共にボースの街に向かって歩き出した。

 

<ボースの街 ボース礼拝堂>

「わざわざロレントの街からありがとうございます」

ホルス教区長はそう言ってエステル達に頭を下げた。
ボースの街についたエステル達はまず始めにロレントのデバイン教区長に頼まれた薬とその製法を記したレシピを届けにボース礼拝堂に立寄る事にしたのだ。

「それで、ついでにお願いするのは恐縮なのですが、この薬をラヴェンヌ村まで届けてはいただけないでしょうか? あの村で病が流行っておりまして、特に症状のひどい子達に飲ませて欲しいのです」
「ええ、分かったわ。エステル、ヨシュア、疲れているかもしれないけど、もうひと頑張り頼むわね」
「らじゃ〜」
「わかりました」
「ギルドの方には私の方から連絡を入れて正式に依頼をさせて頂きます」
「それには及ばないわ、私達もギルドに顔を出す予定だから」
「何から何まですいません」

ボース礼拝堂を出たヨシュアは固い表情になっていた。
それに気がついたエステルが声をかける。

「どうしたのヨシュア、元気無いじゃん?」
「そ、そうかな?」
「仕事が終わったらボースマーケットで買い物ができるんだから、元気出さないと!」
「こらエステル、浮かれてないで落ち着きなさい」
「だって、美味しそうなものがたくさんあるんだもん〜」
「色気より食い気か……スカートの一枚にでも興味を持ちなさいよ……」

エステル達がボース支部の遊撃士協会に入ると、カウンターにはボース支部受付のルグランが座っていて、その側には燃えるような赤い髪を持ち、自分の背丈ほどもある長剣を背負った遊撃士の青年が待ち受けていた。

「おいシェラザード、お前が来るなんて何かあったのか? ルグラン爺さんからは若いのが二人来るとしか聞いてねえぞ」
「アガット、別に気にするような事は起きてないから」
「ふーん? ……とりあえず若いやつらは俺がみっちり鍛えてやるからな、お前はもう口出しするんじゃないぞ」
「はいはい」

アガットとシェラザードはそう言って後からついて来たエステルとヨシュアの方を見ると、エステルの姿しか無い。

「あれ、ヨシュアはどこへ?」
「掲示板の裏に誰か隠れてやがるな」
「突然隠れちゃって、どうしたのヨシュア?」
「恥ずかしがらないで、姿を見せたらどうじゃ」
「は、はい……」

ルグランにそう言われて、ヨシュアはおそるおそる姿を現した。

「ふぉっ、ふぉっ、ずいぶんと久しぶりじゃな」
「……あの時はご迷惑をおかけしました」
「え、ヨシュアはここに来た事があるの?」
「もう何年も前の事じゃが、あの時の泣き虫小僧が遊撃士になれるとは、カシウスも見事なものだわい」
「ふーん、面白そうな話じゃない」

シェラザードがからかうようにそう言うと、ヨシュアはルグランに必死に視線を送った。

「まあ、その話はそれぐらいにして、お前さん達は準遊撃士だからボース地方で活動するためにはボース支部に所属を変更する必要があるのじゃよ」

エステルとヨシュアはルグランに差し出された書類に必要事項を記入して提出した。

「エステル・ブライト、ヨシュア・アストレイ。本日をもってボース支部所属とする」
「ブライトだと?」

ルグランが辞令を読み上げるのを聞いて、アガットは顔色を変えた。

「そう、エステルはカシウス先生の実の娘よ。そしてヨシュアは先生の家に引き取られているの」
「なるほど……あのおっさんのガキか……」

アガットの目が鋭く光ったのを見て、エステルとヨシュアは嫌な予感がした。

「アガット・クロスナーだ。ボース支部では俺がお前達二人を指導する。俺はシェラザードやおっさんみたいに甘くはないからな、覚悟しておけよ!」
「ひええ……シェラ姉なんで、アガットさんはあたし達に厳しいの?」
「それは、アガットがグレて居た時に先生に思いっきりやられてね。準遊撃士の時も厳しく鍛えられたのよ」
「じゃあ、逆恨みしてあたし達に八つ当たりしてるの?」
「うるせえ、俺は自分にも相手にも厳しいんだ! 覚えとけ!」

そう言ってアガットは腕を組んで鼻息を出した。

「それでルグランさん、あたし達ラヴェンヌ村に薬を届ける依頼を教区長さんから受けたんだけど」
「ああ、ラヴェンヌ村では流行り病が起きているな」
「薬だと? それでミーシャの病気が治るのか?」

突然、興奮した様子で話に割り込んで来たアガットにエステルとヨシュアは驚いた。

「アガット、あなたの妹の事なんだから大変なのはわかるけど、少し落ち着きなさいよ」
「いいや、落ち着いてなんかいられねえ、こうしている間にもミーシャは家のベッドで苦しんでいるんだ」

そう言うと、アガットはエステルとヨシュアを急かすようにギルドの外に押し出そうとする。

「ちょ、ちょっと!」
「てめえら、これからラヴェンヌ村まで全力疾走だ!」
「僕達、街道を歩いて来たんですけど……」
「ごちゃごちゃ抜かすんじゃねえ!」
「二人とも、頑張っていてらっしゃい」

シェラザードは慌ただしくギルドを出て行くエステルとヨシュアとアガットの三人を見送った。

 

<ボース地方 ラヴェンヌ村 アガットの家>

「ミーシャの熱が下がりましたよ! 他の村人たちも快方に向かっています」
「よかったわ」

村長ライゼンの喜ぶ様子を見て、エステルとヨシュアも笑顔になる。
ベッドでは苦しそうな様子だったミーシャが、今ではすっかり落ち着いて気持ち良さそうに寝ている。

「これで一安心だ」

アガットとエステルとヨシュアと村長ライゼンの四人は、ミーシャを静かにゆっくりと寝かせるために、村長の家へと移動する事になった。

「村の流行り病も治まりそうで、喜ばしい事なんじゃが……もう一つ困った事があるんじゃ」
「何だ?」
「数日前から、奥の山道で危険な魔獣が出没していると目撃情報があってな、遊撃士協会に依頼しようと思っていたところじゃった」
「どんな魔獣ですか?」
「それが、はっきり姿を見たものは居なくてな、どうやら獲物を待ち伏せする魔獣らしいのじゃ。鉱山が栄えていた頃、その手の魔獣に悩まされていたのでな」

村長ライゼンの話を聞いたアガットは鼻を鳴らした。

「待ち伏せとは厄介だが……面白れえ、お前達を鍛えるのに最適な相手じゃないか」
「ええっ!? まだ戦うの?」
「アガットさん、僕達歩き詰めで疲れているんですが……」
「バーロー、体力の限界に挑戦してこそ意味があるんだ」

見かねた村長夫人のビルネ婆さんがたしなめる。

「アガットや、この子達は本当に疲れているみたいだから、少し休ませてあげたらどうだい」
「ちっ、仕方ねえな、無理して怪我でもされたら面倒だし……食事と休憩をしたら出発するからな」

こうしてエステルとヨシュアはラヴェンヌ村の宿屋『月の小道亭』で食事と休憩を取る事になった。
食事は酒場スペースを切り盛りする村娘のリモーネがラヴェンヌ村の郷土料理を提供した。

「アガットってね、昔から気が短いから付き合わされる方はたまったものじゃないわよねー」
「リモーネ、てめえの方がのんびりしすぎなんだよ」
「アガットは考える前に行動しちゃうタイプだからねー」
「それじゃあエステルと気が合うかもしれないですね」
「何よ、失礼しちゃうわね、あたしがそんなに単細胞に見える?」
「そうだ、単純なのはそのガキの方だけだ」

そんな感じの会話を交わした食事を終えた三人はラヴェンヌ山道の魔獣を退治しに行く事になった。
エステル達が山道を歩いていると、土煙が前方の地面から湧きあがり、地面の中から鋭い角を持った魔獣が姿を現した!
角を持った魔獣相手に接近戦は不利だと判断したヨシュアはアーツを詠唱しようとするが、そのヨシュアに魔獣が飛びかかった!

「うわっ!」

魔獣に体当たりされたヨシュアはアーツの詠唱を妨害されてしまった!

「どうやら、こいつはアーツの詠唱に反応して攻撃してくるらしい、固くても武器で叩くしかねえな」
「回復も道具を使った方が良いみたいですね」
「わかったわ!」

エステルとヨシュアは殴った腕の方がしびれるような感覚にとらわれながらも、根気よく魔獣を殴りつづけた。
止めはアガットが空高く跳躍して魔獣に攻撃する技だった。

「食らえ、ドラゴンダーイブ!」

重力を利用して落下するその大技に、エステルとヨシュアは見とれてしまった。

「ひゅー、かっこいい♪」
「さすが『重剣』って呼ばれるだけの事はありますね」
「……お前ら、俺をおだてて手加減してもらおうと思ったってそうはいかないからな!」
「そんなこと無いって、本当にすごいと思ったんだから」
「そうですよ」

エステルとヨシュアが重ねてそう言うと、アガットは顔を二人から背けて、小さくつぶやく。

「そ、そうか……」

アガットは少し照れながら消え入るような小さな声でそう答えた。
村に戻ったエステル達は村長に魔獣を退治した事を報告すると、日が沈まないうちにボースの街へと帰る事になった。

「あたし達、腕も足もヘトヘトなんですけど……」
「もうひと頑張りだ、しっかりしろ」
「残念、目を覚ました妹さんからアガットの弱点をいろいろ聞こうと思ったのに」
「……エステル、お前にはさらに特訓が必要なようだな。行きと同じように全力疾走で帰るぞ!」
「そ、そんなあ」
「エステル、余計な事を言うから……」

ボースの街に戻り、ギルドで報告を終えたエステルとヨシュアはホテルの部屋に入り、着替えてベッドに入ると泥のように眠り込んでしまった。
その頃、アガットとシェラザードはボースの街の酒場で酒を酌み交わしていた。

「あの二人、中々筋がいいじゃねえか。なかなか体力も根性もあるし」
「気に入った? それなら直接ほめてあげればいいのに、アガットったらツンデレね」
「うるせえ、俺はツンデレじゃねえ!」
「はいはい、わかったわかった」
「んで……お前がわざわざボース地方まで来て、ここに居る理由はなんだ? ロレント支部を空けるほどの事件か?」

シェラザードはまさか男性との出会いを探しにやって来たと本当の事を言うわけにもいかず、とりあえず酒を飲み交わす事にした。

「ま、まあちょっと厄介な事件があってね……お酒を飲みながら話す事にするわ」

次の日のアガットによるエステルとヨシュアの指導は、アガット本人が二日酔いでダウンしてしまったため、シェラザードが代行して行う事になった。

「きょ、今日はボースマーケットに二人を連れて行くから、余計な事をアガットに言わないのよ、いいわね?」
「余計な事ってクルツさんの事?」
「ルシオラさんの占いの事もそうだよ」
「二人とも、欲しいものがあったら少しだけおごってあげるわよ」

そんな話をしながらエステルとヨシュアとシェラザードの三人はボースマーケットの建物の中に入って行った……。


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