空の軌跡2・3 〜銀の意志、兄への誓い〜
第二話 カタリナの試練
「……なるほど、彼の意志を継ぐための旅か」
エステル達の話を聞いたミュラーは感心してつぶやいた。
「はい、まず第一歩として兄の果たせなかった夢を果たそうと思いまして」
「勝手に押し掛けて、ご迷惑だと思いますけど……」
「そうね、確かにあなた達に構ってあげられる余裕は無いわ」
「おい……」
キッパリと言い切ったカタリナに、ミュラーは諌めるように声を掛けた。
「だから、この街であなた達の住む場所、そして生活費をまかなうための仕事。……それを自分達で見つけられたのなら、この支部であなた達を受け入れることに異存は無いわ」
「そう言う事か」
ミュラーはカタリナの言葉を聞いてホッと胸をなで下ろした。
これはこれから守る事になる街の人々の姿を自分達の目で確かめてみろと言うカタリナ流の試験だとミュラーは察した。
「私はあなた達に付いてあげられないけど、正遊撃士のあなた達なら平気よね」
「余裕のヨッちゃんよ!」
エステルはカタリナに向けてピースをした。
「そうだ、ミュラーさんの用事は……?」
「あっ、あたし達が来たせいで、ごめんなさい!」
「別に構わないさ」
謝るエステルに、ミュラーはそう答えた。
ミュラーは帝国各地の都市で起きている事件を調べているのだと話し、帝国時報(インペリアルクロニクル)と言う新聞を手渡す。
そしてその新聞の記事の見出しには『オーブメント工房連続襲撃事件、猟兵達の犯行か?』と書かれていた。
「次に襲われる工房は、この街にある工房かもしれないと目星を付けた兄さんに、調査を依頼されていたのよ」
「猟兵達に工房を襲わせている黒幕は、遊撃士協会の時と同じように結社ではないかとにらんでいる」
「あんですって!?」
結社が関わっているとあらば放っては置けないとエステル達は目を輝かせたが、カタリナはエステル達を制止する。
「まずは私の課題をやり遂げて、あなた達に力がある事を証明しなさい。遊撃士として活動を始めるのはそれからよ」
「分かりました」
ヨシュア達はカタリナの言葉にうなずいて、遊撃士協会を後にした。
遊撃士協会の外に出たエステルは複雑な表情でヨシュアに話しかける。
「リベール王国から手を引いた結社が、帝国で暗躍していたなんて知らなかったわ」
「帝国では情報統制がされているから、外国の新聞社が帝国の内情をつかむのは難しいんだよ」
それでも貿易をしている限り人から人へと情報がもれてしまう事がある。
しかしエステル達がリベール王国から旅立った時は、まだリベール王国で起こった異変の余波について語る記事が多かったのだ。
連続襲撃事件として帝国時報が報じたのもつい先日の事である。
「まず何にしても、カタリナさんの課題をこなさなきゃ」
「住む場所か……さすがにずっとホテルってわけにはいかないわよね」
「うん、応援要請を受けて短期間滞在するならそれでもいいんだろうけど……」
パルム市は帝国の最南端、帝国鉄道の終点駅の辺境都市であるとは言え、リベール王国との交易の拠点としてそれなりに活気がある。
人口もリベール王国のボースの街の数倍。
周囲の市町村からも出稼ぎに来る労働者もいるだろう。
ハーメル村に居たヨシュアも、成人してそんな日を迎えたかもしれない。
これはそんなヨシュアの人生の追体験でもあるのだ。
ハーメル村から街にやって来た場合、自分はどうするか?
あっさりと諦めて村に帰るなど論外だ。
「よし、安く住めそうなアパートを探してみよう」
ヨシュアの提案にエステルは賛成し、市内の散策を開始した。
遊撃士協会のある、リベール王国との国境に面した南地区では多くのリベール人達の姿があり、エステル達は同胞に囲まれた気持ちになり、安心した。
しかし他の地区で暮らすのはほとんどがエレボニア人、そして貧しい村から出稼ぎにやって来た労働者の中には貧富の差の少ないリベール王国の人々を妬む者もいる。
エレボニア人の中には目が合ったエステルが笑顔を向けても、笑顔を返さない相手もいた。
ヨシュアはエレボニア帝国で生まれ育ったとは言え、胸に付けているのはリベール王国カラーの遊撃士の紋章。
エステルと同じくヨシュアもすっかり異国人扱いだった。
東地区で空き部屋のあるアパートを見つけたエステル達は住民から大家についての情報を聞き出し、南区画に住んでいる大家の老婆を尋ねた。
老婆はエステル達の話を聞くと、渋い表情になる。
「外国人の僕達が入居するのは好ましくないんでしょうか?」
「あんた、その娘さんもあの男臭いタコ部屋に住まわせるつもりかい?」
「あっ……」
老婆に指摘されてヨシュアは自分の追体験そのままでは無い事に気が付いた。
隣には遊撃士のパートナーであり恋人でもあるエステルが居る。
「南区画に私が所有している空き物件があってね、住む人間が居ないもんだから庭もすっかり荒れ果ててしまっているんだ」
老婆はその家の掃除をすれば、家賃無料でエステル達を住まわせてくれると魅力的な提案をして来た。
「いいんですか?」
「ああ、構わないさ」
驚いた顔で聞き返すエステルに、老婆は穏やかな笑顔を浮かべてうなずいた。
老婆が表情を和らげると、少し緊張していたエステルは人懐っこい笑顔になる。
お互いの気持ちが通じ合った気がして、エステルは嬉しかった。
大家から鍵を受け取ったエステル達は、一軒家で暮らせる幸運に心を弾ませながら大家から指定された場所に向かった。
「うわぁ、思ったよりも大きな家ね」
「そうだね」
エステル達は石造りの立派な家を見て驚きの声を上げた。
立派な門構えに広い庭、住んでいたのは地位の高い人間か、商売で成功を収めた商人だろうとエステル達は推測する。
住民の正体が気になったエステル達が聞き込みをすると、そこは百日戦役で戦死した帝国軍の将軍の家族が住んでいた家らしい。
「あたし達、呪い殺されたりしないわよね」
エステルはそう言ってヨシュアの肩に抱きついた。
「まったくエステルってば相変わらず幽霊には弱いんだから」
「あ、あたし野宿する!」
「そんなの街の中じゃ無理だよ」
夜中に街を歩いていればそれだけで衛兵に不審者とにらまれ、街から叩き出されるか逮捕されて牢屋に入れられてしまう可能性もある。
「ほら、いつまでも突っ立っていないで、中の掃除を始めないと今夜は寝られなくなるよ」
「お化け屋敷なんて嫌っ、お助けー!」
ヨシュアは首を横に振って悲鳴を上げるエステルの腕を強引に引っ張り、家の中へと連れ込むのだった……。
「頼むから、はーなーしーて!」
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