遺伝学とは

DNA人類進化学 〜 5.日本人の起源

日本人の起源

 集団間の近縁度をみる尺度として、塩基多様度のネット値(DA)というものを利用することができる。このDA値の理論的説明は難しくなるので省略するが、この値が大きいほど二集団間の遺伝距離は遠く、小さければ遺伝距離が近いと理解していただきたい*

 * DAは以下の式で求めることができる。DA=DXY-(DX+DY)/2.これは集団Xと集団Yを比較した場合で、集団内の塩基多様度としてDXDYが得られ、集団間の塩基多様度としてDXYが得られる。このDXYは、集団間での配列の総当たりの塩基置換数を計算したときの平均値である。

 図25に、八集団(アフリカ人、ヨーロッパ人、アメリカ先住民、アイヌ、中国人、琉球人、韓国人、本土日本人)において総当たりで計算したDAの値の分布を調べた。アフリカ人は、他のどの集団と比較しても大きな遺伝距離をもっている。これとは対照的に、東アジアの五集団は、それぞれの集団間の遺伝距離が非常に小さい。特に、韓国人と本土日本人の二集団間の遺伝距離はゼロであった。やはりこの分析でも、韓国人と本土日本人は遺伝的にきわめて近縁な関係にあることが明らかとなったのである。

 つぎに、集団間で求めた遺伝距離をもとに集団の系統樹を作成した(図26)。この系統樹では、アフリカ人が他の人類集団に先がけて分岐し、続いてヨーロッパ人が分かれ、さらにアメリカ先住民が分岐している。最後に、東アジアの五集団が単一系統のクラスターを形成して枝分かれしてくる。東アジア人のクラスターでは、アイヌが最初に分岐し、続いて中国人が枝分かれしてきたことが読み取れる。続いて琉球人が枝分かれし、最後に韓国人と日本人が緊密なグループとして分岐してくる。この系統樹で見られた主要な特徴は、従来のタンパク質多型や最近の核DNAの多型によって明らかにされた人類集団間の系統関係と大筋において一致する。

 日本の三集団(本土日本人、琉球人、アイヌ)と韓国人や中国人からなる二九三人の東アジア人における、ミトコンドリアDNAの塩基配列のデータの詳細な分析を通して、私は三つの日本人の集団の遺伝的背景を推理し、現在の日本人がどのようにして形成されたかを考察してきた。日本以外の東アジア集団の塩基配列のデータを得ることにより、現代日本人の成り立ちの歴史の洞察が可能となってきている。本土日本人は、縄文人という日本の先住民の子孫と考えられるアイヌや琉球人と、ある程度遺伝的に近い関係にあるものの、本土日本人における遺伝子プールの大部分は、弥生時代以後のアジア大陸からの渡来人に由来するものであった。したがってこの結果は、現代日本人の起源についての混血説を支持するものである。さらに、アイヌと琉球人は互いにある程度の遺伝的近縁性はあるが、弥生期の移住が始まったころには、別々の集団として存在していたと考えられる。

 人類集団全体の系統分析によって、東アジア人の集団間のより緊密な遺伝的関係が明らかになった。しかし、たとえばアイヌは、東アジアの集団では最初に枝分かれすることから独自な系統と考えられるが、その遺伝的な起源はいまだ明確ではない。今後、さらに多くの地理的なサンプリング―特に東南アジアやシベリア―をすることによって、私たちは新石器時代の縄文人の現代における子孫としてのアイヌの系統的な位置付けをより深く理解することができ、日本人全体についてより明確なイメージを持てるようになるだろう。

宝来聰著「DNA人類進化学」(岩波科学ライブラリー52)より引用