卓上四季
有事と災害
♪この道はいつか来た道 ああ そうだよ あかしやの花が咲いてる―。北原白秋作詞の童謡「この道」。大正期を代表するこの叙情歌は、いまも多くの人が口ずさむ▼では次の詩は―。<盛りあがる盛りあがる民族の血と肉とを以(もっ)て(中略)今だ今だ今こそ祝はう。紀元二千六百年>。これも白秋の詩と言い当てられる人は少ないだろう▼叙情詩人はなぜ翼賛詩人となったか。東京外国語大教授中野敏男さん(社会思想)の「詩歌と戦争」(NHK出版)は、詩人の変節を関東大震災から「十五年戦争」へと突き進む歴史に重ね合わせて読み解く▼震災で深く傷ついた民衆の心を救った童謡運動は復興後、平時に復することなく戦時体制を支える翼賛詩歌運動に変質していった。いま「震災後」を生きる私たちが忘れるわけにいかない苦い経験だ▼陸上自衛隊北部方面隊は、利尻島など道内五つの離島で外国からの侵攻を想定した有事訓練を計画している。武力攻撃に備えた訓練だから小銃を携行するという。住民参加を予定しており、災害訓練と位置づける地元自治体もあるよう▼有事と防災は別ものだ。境界をあいまいにしたまま“軍事訓練”に住民を巻き込んではいけない。「武器と一緒は嫌だ」と思っても、「災害時に助けてもらうくせに」との批判を恐れて口をつぐむようになったら。それは「いつか来た道」だろう。2012・7・27
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