「言論の自由」猿
東京都の最高峰である雲取山から甲武信岳、金峰山に至る2000から2500m級の山々に学生時代からしばしば登ったものです。その折にたまにルートの関係で秩父市を通ることがありましたが、ある時偶然に市のほぼ中心に位置する秩父神社の社殿に興味深い木彫を見つけました。
秩父神社に行ったのは信仰心からでもなく、登山の安全祈願というわけでもなく、申し訳ないことながら、単なる時間つぶしでした。
でも、由緒ある神社だったのですね。平安初期の典籍『先代旧事紀-国造本紀-』によれば、武蔵国成立以前より栄えた知知夫国の総鎮守、関東でも屈指の神社として現在まで続いてきたのだそうです。社殿は、1592年に徳川家康の寄進だそうで、江戸時代初期の建築様式ということです。
その社殿を外壁の上方をぐるりと取り巻くように、極彩色の木彫があります。そのなかに、3匹の猿がいます。
三猿といえば、言わずと知れた「見ざる、言わざる、聞かざる」の猿たちです。世の中の不合理と関わりなく自分のことをもっぱらに生きる方がいいよという、極めて利己的にして自己愛に満ちた人生訓を教えるものです。
ところが、秩父神社の社殿の三猿は,何と、目をむき、大口を開き、耳をそばだてているのです。「見る猿、聞く猿、しゃべる猿」です。
どんないわれがあるのか知りませんが、とりあえずは大木を相手にノミを振るった作者の反骨精神に敬意を表し、私はひそかに「言論の自由ザル」と命名することにしました。2年ほど前には、年賀状にも使わせてもらいました。
先日、クルマで秩父市を通りました。思い出して、神社の社殿に行き、ちゃんとお賽銭を上げて言論の自由ザルに、これからもしばらくは書くべきことは書くぞ、発信すべきはするぞと誓ってきました。
でも、猛暑ですね。誓いの意思が暑さのために早くもぐらつきそうです。