英雄達の憂鬱 平和への軌跡
ロレント地方編
第九話 市長邸強盗事件(解決編)


<ロレント市 市長邸>

「どうやら、手掛かりはそろったようね。一度まとめてみなさい」

シェラザードに言われてエステル達は手がかりをリストに書きだした。

・鍵が焼きただれて空っぽの小物入れ
・荒らされただけの本棚と引き出し
・金庫の鍵は壊されていなかった
・ベランダの手すりの傷
・屋根裏部屋に落ちていた葉っぱ
・手袋の形についた指紋
・大量に盗まれた食糧
・市長邸訪問者リスト
・番号を書いたメモ

「手掛かりは十分のようね、ここまでは満点ね」

シェラザードにそう言われたエステル達はほっと胸をなで下ろした。

「じゃあ、次からいよいよ推理に入るわよ。これから私がいろいろ質問するから、エステル達の考えを答えるのよ」
「新米遊撃士の推理力を見せてもらうぜ」
「頑張ってください」

エステルとヨシュアはつばを飲み込んで、シェラザードの最初の質問を待ち受けた。

「それではまず、この強盗の目的を答えてもらおうかしら」
「……金庫にあったセプチウムの結晶を狙った犯行だと思います。小物入れはたまたま目についたからついでに中身を盗んだのだと」

ヨシュアの答えにシェラザードは満足げに頷いた。

「それじゃあエステル、犯人が何故本棚や引き出しを荒らしただけで中身を持って行かなかったのかわかる?」
「え? えっと……多分キョーミが無かったんじゃないかな……」

エステルの答えを聞いて、シェラザードは天を仰ぐような仕草をしてため息をついた。

「それはその通りだけど……もうちょっと遊撃士らしい言い方をしなさい……」
「犯人は貴重な本の価値を知らない人間で、政治犯と言う可能性は否定されると思います」
「よろしい」
「何よ、意味があってるなら良いんじゃない」

エステルは模範的回答をしたヨシュアをふくれた顔でにらみつけた。

「じゃあ、この小物入れはどうやってこじ開けられたかわかる? これは知識を問う質問よ」
「こう、固いものか何かで叩いたんじゃないの? ドカーンと!」
「……導力銃を使って焼き切ったんだと思います」
「ヨシュアが正解。エステル、虫ばっかり追いかけてないで、こういう知識も必要よ」
「だって、ヨシュアはエドガーさんのお店で働いていたじゃん。しかも武器オタクって暗い趣味だし」
「暗いは余計だよ」
「エステル、傷害事件が起きた時凶器を特定するのは大切な事よ」
「はーい」

エステルが返事をしたのを見て、シェラザードは次の質問をする。

「じゃあ、次の質問ね。犯人はどうやって金庫を開けたのかしら?」
「そりゃあ、銃を使ってバキューンと!」
「おバカ。金庫の鍵は小物入れと違って丈夫なのよ? しかもそんな痕跡はどこにもないじゃない」
「……推測ですが、犯人は何らかの方法で市長さんが番号を書いたメモを入手したのだと思います」
「そうね、推測の域はでないけど、本棚の本の中か引き出しに隠していたのかもね」
「もー、さっきからヨシュアとシェラ姉ばかりで話を進めていてつまんない!」

身体を思いっきり動かすエステルをシェラザードは戒める。

「こらエステル、まだ推理中なんだから我慢しなさい。じゃあ次は、犯人の侵入経路についてね」
「ベランダの手すりの傷から、二階から侵入したと思います」
「よろしい、それではこれから重要な質問をするわよ。犯人は市長邸を最近訪問した人物達の中に居る可能性が高い」

そう言ってシェラザードはエステルとヨシュアに訪問者たちのリストのメモを見せる。
シェラザードのメモには、アルバ教授、ナイアルとドロシー、メルダース工房の二人、カプア宅配便と書かれている。

「アルバ教授とナイアルとドロシーの三人はあたし達と一緒に居たんだから、結晶を盗むのは無理よ」
「いつも手袋をしていても怪しまれないと言う事から、カプア宅配便が怪しいと思います」

エステルとヨシュアの推理を聞いたシェラザードはそれを肯定する。

「容疑者はだいぶ絞られたわね。それじゃ、犯人はどこからやって来て、どこへ逃げたのかしら? 要するに拠点はどこにあるかって事」
「食料が大量に無くなっている事、そして落ちていたセルベの葉から、ミストヴァルトの森だと思います」
「あたしの虫採りが役に立ったのよ!」
「ヨシュアの推理はなかなか良い筋ね。エステルも頑張りなさい」

シェラザードは市長に向き直ると、犯人の追跡に移る事を伝える。

「では市長。私達は犯人を探しにミストヴァルトの森へと向かわせていただきます」
「わかった、ギルドからは私から連絡を入れておく。上手くやるんじゃよ」
「上手くやる?」

エステルが市長の言葉に首をかしげると、シェラザードは慌てた感じで言う。

「上手く犯人を捕まえろって意味よ」
「うん任せて、市長さん!」
「これは、捕り物が取材できるかもしれないな」
「逮捕の瞬間をカメラにバッチリ収めるよ〜」
「……ナイアルさん達もついて来る気ですか」
「ダメよ、あなた達民間人を危険に巻き込むわけには行けないし、護衛と追跡を同時に行うことなんて、出来やしないもの」

渋るナイアルとドロシーを街に置いて、エステル達は犯人を追跡する事になった。

 

<ロレント市郊外 ミストヴァルトの森>

「どうやら、推理は正しかったようね」

森の入口に入って地面を調べたシェラザードは二人に向かってそう言った。

「どうしてわかるの?」
「ほら、地面に複数の人物が通った足跡があるでしょう。逃亡者の追跡も遊撃士に必要な技術だからね。とにかく森の中を調べるわよ。あまり大きな物音を立てないようね」
「了解」
「らじゃ〜!」
「それじゃ、セルベの大木のある場所まで行くわよ。この森は複雑だから迷わないようにね……ってエステル、勝手に動かないで」

シェラザードはズンズンと歩き出したエステルを呼び止めた。

「だって、あそこへ行くなら近道を知ってるから」
「この森にはよく昆虫採集に来るんです」
「そっか……ここはエステルの庭みたいなものね」

エステルを先頭に、三人は驚異的な速さで森の奥へと進んで行く。
森の中に入ってから、エステルは一度も迷う事が無かった。
エステル達が森の奥にある広場が見える場所までたどり着くと、広場ではカプア運送の社員達が丸くなって食事をしていた。

「あ、あれは……あたしが運んだセプチウムの結晶!」
「彼らが犯人とみて間違いないようだね」

エステルとヨシュアは、ジョセットが持っているセプチウムの結晶を見てそうつぶやいた。

「さあ、みんな腹ごしらえはしっかりとね!」
「はーい、ジョゼットお嬢」

社員達はジョゼットと一緒に和やかなムードで食事をしている。
エステルとヨシュアと共に茂みの中から見ていたシェラザードはポツリとつぶやく。

「まずいわね……」
「そうですね、人数は相手の方が多いですね」

シェラザードのつぶやきに、ヨシュアはそう答えた。

「食事をしているんだから、油断しているんじゃないかな? ほら、みんな武器も置きっぱなしだし」

エステルが指差すと、確かに社員達の中には装備を外してリラックスしている者達も居た。
ジョゼットも導力銃をケースの中にしまって足元に転がせて置いてある。

「うん、行けるかもしれないね」

ヨシュアはエステルを顔を見合わせると、シェラザードに同意を求める。
シェラザードは諦めたようにため息を突くと、頷いた。

「てやあああああ!」
「わああああ!」

大声を上げて茂みから飛び出して突進してきたエステルとヨシュア、その後から続いて走ってくるシェラザードの三人を、カプア運送の社員の男性達は驚いて見つめていた。
慌てて武器を拾いに行くが、その進路をヨシュアに塞がれ、3人の男がエステルの棒とシェラザードの鞭で散々に叩きのめされた。

「ライル! レグ! ディノ!」

ジョゼットが倒れた男達の名前を叫ぶ。
そして残るはジョゼットと男性社員の2人だけとなった。

「3人対5人で不利になると思ったけど、今は3人対2人でこちらが有利になったようね……」
「さあ、セプチウムの結晶を返しなさいよ!」
「素直に降参した方が身のためですよ?」

シェラザードとエステルとヨシュアに追い詰められたジョゼットは導力銃の銃口をセプチウムの結晶に押し当てた!

「ボ、ボク達を捕まえようとしたら、このセプチウムの結晶を砕くからね!」
「何ですって!?」

シェラザードがそう声を上げた。
セプチウムの結晶を人質に取られた形になったエステル達は手が出せずににらみ合うしかできなかった。
しかし、その時上空に影が現れた。

「小型飛行船?」
「シェラさん、危ない!」

飛行艇の導力砲はシェラザード立っている場所ギリギリに威嚇射撃をする。
思わず飛び退いて逃げるシェラザード。
そして、小型飛行船は広場の一角に着地した。

「キール兄!」
「どうやら、予定が狂ったみたいだな」
「うん、あいつらが来るのが予想以上に速くてさ……」
「まあいい、さっさとセプチウムの結晶を持って撤収するぞ!」

エステル達の目の前で、新しくやって来た運送会社の社員達が気絶した社員達をかついで飛行船へと運びこんでいる。

「こ、こら待ちなさいよ!」
「勝負はボク達の勝ちのようだね! セプチウムの結晶はもらって行くよ! アハハハハ!」

飛行船の脚に飛び乗ったジョゼットは、セプチウムの結晶を握りしめながら勝利宣言をした。
そして、飛行船は高度を上げて西の方角に向かって飛び去って行った……。

「私とした事がうかつだったわ……相手は運送会社の社員だもの、飛行船を持っている事も考えられなくもなかった」

シェラザードとエステルとヨシュアの三人はしばらく飛行船の去って行った方角の空を眺めた後、街へと引き返す事にした。

 

<ロレント市郊外 ブライト家>

「まあ、今日は大変だったのね」

そう言ってレナはエステルにお代わりをよそって渡した。

「エステル、母さんの料理をヤケ食いするなんて、良くないよ」
「思いっきり食べて、スッキリするならいいじゃない」
「母さんがそう言うなら良いけど……」

ジョゼット達に逃げられたエステルは腹が立って仕方が無いのとお腹が空いたと言う事で、思いっきりレナの作る夕食をヤケ食いしていた。
ギルドからアイナに足を運んでもらい、ギルドに居合わせたリッジも久しぶりにレナの作る夕食をごちそうになっている。
代理はロレント支部に立ち寄ったクルツとカルナがやってくれている。

「今回の件で気を落とす事は無いわよ。市長邸での現場検証も完璧に近かったし、ヨシュアの推理も冴えていた」
「ありがとうございます」
「そして、ミストヴァルトの森ではエステルが大活躍だったわね。道を熟知していたし、奇襲の判断はさすがだったわ」
「食事の最中に敵を攻撃するなんて、エステルは昔のカルバード共和国の将軍みたいだね」
「そ、そうなの?」

リッジにまで褒められたエステルは照れ臭そうに頭をかいた。
どうやら、エステルの怒りはだいぶ収まったらしい。

「でも、出来ればあたし達の手で捕まえたいな」
「エステルの勇気とヨシュアの慎重が揃って二人でやっと一人前ってところだからね。まだロレント支部から送り出すわけにはいかないのよ」
「ちぇー」

シェラザードの言葉にエステルは残念そうな顔をする。

「あなた達がロレント支部で十分な功績を立てたと認められれば、ボース支部への推薦状を書くわ」
「エステル、ヨシュア、二人ともガンバレ! 応援しているよ」

アイナとリッジにも励まされて、エステルとヨシュアはまた明日から頑張ろうと誓いあった。

「じゃあ、明日から気持ちを入れ替えて仕事をこなすのよ」

夕食のお礼をレナに言いながら、シェラザードとアイナとリッジの三人はブライト家を出て行った。

「……エステルとヨシュアもいつかこの家を出て行ってしまうのね」

レナは少し寂しそうな表情でそうつぶやいた。

「準遊撃士から遊撃士になるには、全部の都市の推薦状をもらわないといけないし……」
「ふふ、二人が戻ってくるって約束してくれれば、それでいいのよ」
「……はい、戻ってきます」

ヨシュアは少し戸惑った後、レナにそう答えた。
エステルはヨシュアの迷いに気がついていない様子だった。


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