英雄達の憂鬱 平和への軌跡
ロレント地方編
第三話 父、旅立ったフリ


<ロレント地方 翡翠の塔>

エステルとヨシュアはロレントの北門を出てマルガ街道を翡翠の塔に向かってひた走る。
西・翡翠の塔 53セルジュ ※魔獣多発につき危険!
その看板が見える場所まで来ても、ルックとパットの姿は見えなかった。

「翡翠の塔まで来たけど……山道にいなかったって事は、結局街から出ていないのかな?」
「子供の足でここまで来れると思わないし、その可能性が高そうだね」

エステルとヨシュアが踵を返そうとした時、塔の中からかすかに子供の悲鳴が二人に聞こえた。

「中に入って確認する必要がありそうだね」
「了解!」

二人が塔の中に入ると、奥の方から子供たちの声が聞こえる。

「暗くなって来たよ、帰ろうよ」
「そんなに怖がってくっついたら歩きにくいじゃんか」
「やっぱり入っていたか……」

そしてエステルとヨシュアが二階に上がると、近くでルックとパットの悲鳴が聞こえた。

「ヨシュア!」
「うん!」

エステルはそう合図を送ると、ヨシュアより先に駆けだそうとしたが、足がほんの少しもつれ、ダッシュがほんの少し遅れてしまった。

「な、何だよおまえ〜!」
「助けてお母さ〜ん!」

視線の先では鉄の兜で顔を隠した鉄の鎧を身に着けた不審な人物が槍を振り回して脅かしている。

「てやあっ!」

エステルがときの声をあげて猛然と突進すると、鎧の人物は槍でエステルの棒を受け止めた。
ヨシュアは子供たちを守るように立ちふさがる。

「エステルのねーちゃん!?」
「ヨシュア兄ちゃんだ!」
「あんたたち、危ないから後ろに下がってなさい!」

鎧の人物は無言でエステルとヨシュアと切り結んだ。そしてしばらく打ち合うと、素早い身のこなしで一階へと逃げて行った。

「あ、待て〜!」
「エステル、二人の安全を守る方が優先だよ」

追いかけようとしたエステルをヨシュアが押し止める。

「も、もう大丈夫……?」
「や、やりいいい!」

ルックはエステルの周りで興奮して飛び跳ねる。

「エステル、やるじゃんか!」
「バカ!」

嬉しそうにじゃれつくルックをエステルは怒った顔で突き飛ばした。

「いってー、叩くなよ!」
「まったく、あんたはパットまで無理やり連れて来て」
「お、俺だって来たくは無かったんだけどさ……」

そう言ってルックは慌てて口を押さえる。

「お、男の意地ってやつでここに来たんだよ!」
「反省しろっ!」

エステルはルックを首根っこを持ってつまみ上げ、思いっきり振り回し、あきれて見守っているヨシュアとパットの方へ戻る。

「いたた、このゴリラ!」
「おまけに命の恩人に対してその口のききよう……きついオシオキが必要みたいね〜」
「エステルねーちゃん! 許して、ボクが悪かったです!」
「あ、あのお姉ちゃん……そのくらいで許してあげてよ」

パットが見かねていきり立つエステルを止めようとする。

「いいのよ、もうちょっと痛い目に合わせないと分からないんだから」
「エステル、後ろーーーー!」
「え?」

エステルは寸でのところで振り下ろされた鞭を交わす。

「や、やば……」

ルックを抱えたエステルはすぐに反撃が出来ない。そのエステルの迷いを感じたヨシュアはエステルを助け出そうと駆けだした。
その刹那、別の人影がエステルと鞭を振り下ろした顔を隠した黒装束の人物との間に入り込み、鞭を棒ではじいた!

「……へ?」

黒装束の人物も攻撃を弾かれると、あわてて一階へ逃げていく。
割って入って来た人影の方は、なんとエステルの父、カシウスだった。

「父さん……来てくれて助かりました」
「と、父さん!? 何でここが分かったの?」
「ああ、お前らの帰りが遅いんでギルドに行ったら話を聞いてな。油断したなエステル、最後まで守り切れないようでは遊撃士とは言えんぞ」

カシウスに言われたエステルはうなだれた。

「ごめんなさい、心配を掛けました」
「まあ、無事だったんだ。今日の失敗を明日に活かせればそれでいい」
「そういえば、ルックとパットを狙ってきた連中、何だったの?」
「あれは多分、猟兵団だな。ま、シェラザードとクルツのやつに追いかけさせているから大丈夫だろう」

カシウスは余裕の笑顔を見せる。

「それじゃ帰るとするか、坊主ども、まだ歩けるよな?」
「は、はい……」
「やっぱりエステルの何倍もかっこいいや!」

カシウスの後をついて歩くルックとパットを見送ったエステルとヨシュア。

「助けてくれたのは感謝するけど、おいしい所を持っていかれた感じね」
「はは、父さんは……遊撃士の報奨金王、カシウス・ブライトだからね。依頼主に好印象をもたれるタイミングを心得ているみたいだよ」
「早く駆けつけたのはあたし達の方なのに、納得行かない!」

ヨシュアは舌を巻いて感心していたが、エステルは少し怒りながら前を歩くカシウスの背中を見つめていた。

 

<ロレント郊外 ブライト家>

夕暮れ時から少し時間がたち、遅めの夕食となったブライト家の食卓はいつも以上に賑やかになった。
ブライト家の家族四人以外にも、ルック、パット、シェラザード、アイナ、そしてたまたまロレントの遊撃士ギルドに立ち寄っていたカシウスの知り合いである遊撃士のクルツがリビングに居る。

「……あなた、エステルとヨシュアもちょっと朝より顔がたくましくなったみたいですね」
「ああ、一芝居を打ったかいがあった。知らぬが仏だけどな」

レナとカシウスは顔を合わせて綻ばせている。

「エステルのかーちゃんの作ったビーフシチュー、うめーな!」
「ルック、そんなに食べないでよ! あたしの分が減るじゃない!」
「大丈夫、クルツさんとシェラちゃんが来るってことで多めに作ったから」
「坊主どもも、よく頑張ったからな。ご褒美だ」

笑顔でそう言うカシウスにエステルが突っかかる。

「なんのご褒美よ?」
「それはその……あれだ、よく泣かずに頑張ったと言う……」

カシウスの目配せを受け、シェラザードはエステルの追及を止めさせるために話題を変えようとする。

「まったく、色気より食い気なんだから、エステルは」
「そういうシェラさんだって、カレシいないじゃないの!」
「まだ素敵な人があたしの前に現れないだけよ……あら」

シェラザードは視線を穏やかに一人静かに雰囲気を楽しんでたクルツに向ける。

「ねえ、今度一緒に飲みにでも行かない?」
「はは、『銀閃』のシェラザードさんに誘われるのは嬉しいですが、しばらく忙しいので」
「やーい、ふられてやんの!」

クルツは愛想笑いを浮かべながらも全力で断った。その酒癖の悪さは遊撃士仲間の間で有名だからだ。
夕食が一段落するとシェラザードはエステルとヨシュアを手招きして、テーブルに小箱を二つ置いた。
その小箱は認定試験の時、地下水路の探索で回収したものだった。

「あ、その箱は……」
「そう、前の試験で回収してもらった小箱ね」
「ひょっとして、くれるの?」
「ええ、開けて中身を取り出しなさい」

シェラザードの笑顔にホッとしたエステルとヨシュアは、箱を開けて準遊撃士の紋章を手に入れた。

「……この紋章をくれるってことは……」
「じゃあ、これで僕たちも?」
「……コホン。エステル・ブライト。ヨシュア・ブライト。本日20:00をもって両名を『準遊撃士』に任命する。以後は遊撃士協会の一員として人々の暮らしと平和を守るため、そして正義を貫くために働くこと」

シェラザードの宣誓が終わると周囲は拍手と称賛の声に包まれた。

「……あなた。子供たちが成長する節目の場面をこの目で見れるなんて……私は……幸せです」
「ああ、シェラザードも粋なことを考える」

シェラザードにとってはエステルとヨシュアの落第は予想しにくいものであったが(箱を開けるのをヨシュアが止めると思った)、災い転じて福となす。
彼女は感動的な場面を演出することに成功した。アイナもこのギルドの外で紋章を授与すると言う特例措置を苦笑しながらも受け入れた。

「やったね、ヨシュア!これで晴れてあたしたちもギルドの一員よ☆」

無邪気な笑顔で喜ぶエステル。

「……僕もやっとブレイサーに……はは、何か夢みたいだ」
「もう、ヨシュアったら〜。ぼーっとしてないでもっとパーッと喜ばないと!」
「ひゃっほー、やったあ♪」
「はしゃぎすぎだよ、エステル」

ヨシュアももちろんのこと、ルックやパットまでエステルの喜びようにはあきれていた。

「ふふ、これでやっと肩の荷が降ろせたわね。明日からたまってた仕事もかたづけらないとね」
「そっか、忙しい仕事の合間に付き合ってくれたんだっけね。シェラ姉、ホントありがとね」
「お世話になりました」

エステルとヨシュアは深々とシェラザードに向かって頭を下げる。

「ま、新入りを育てるのもブレイサーの義務ってやつよ。あたしも昔、カシウス先生に研修でお世話になったもんだわ」
「あ、それで父さんのこと先生なんて呼んでるんだっけ?」
「それだけじゃないけどね。先生の問題解決能力は人並み外れているから。ま、あんた達もゆくゆくは先生みたいな立派なブレイサーになれるようにね」
「うーん、判らないわね」
「なにがさ?」
「どうしてシェラ姉は父さんのことをそんなに高く買ってるの? 娘のあたしが言うのもなんだけど、しょっちゅう欠勤して軍を首になったフリーターにしか見えないんだけど」

ヨシュアはずっこけ、カシウスは食べ物をのどに詰まらせ咳き込んだ。

「それは、お前がキョウダイが欲しいからって激しくせがむから、レナと二人で頑張るハメになったからじゃないか」

そんな理由で軍を退役して遊撃士になったカシウスにモルガン将軍がご立腹なのもうなずける話ではある。
もっとも、それは軍を止めるための冗談でしか無かったのだが。

「ね、ヨシュア。あたし遊撃士になっていいのかな?」

夕食の余韻に浸り談笑を続ける皆から離れ、窓辺に立って突然落ち込んだエステルにヨシュアは戸惑いながらも答える。

「まあ、父さんゆずりの武術の腕も体力もそれなりのレベルだと思うし……困っている人がいたら放っておけないお節介な性格にも合っていると思うけど」
「そう?」
「ひょっとして、塔での出来事を気にしてる?」
「うん、あの時、あたしが油断していたからルックとパットが危険にさらされた。父さんが居てくれなかったら大ケガを負わせてたかもしれないから責任をとれるのかなって」
「君らしくもないな」
「えっ?」
「今日の失敗は、明日取り返せばそれでいいじゃないか。明日より先のことを考えて尻込みをするなんてさ意味が無いよ。だって遊撃士が好きなんだろう?」
「そうだね、ずっと憧れていた遊撃士になれたんだもんね」

月明かりに照らされたエステルの笑顔はいつもより輝きを増しているように見える。

「そうそう、エステルに暗い顔は似合わないから。いつも能天気に笑ってる方がお似合いだよ」
「あたしをバカにしてるの?」

すっかりむくれるエステル。
遠目でそれを見ていたカシウスとレナはため息をついた。

「まったくヨシュア君は一言多いんだから……」
「やっぱり例の計画を実行するしかないな」

カシウスはシェラザードとアイナにエステルとヨシュア、クルツを呼び寄せて真剣な顔になる。

「急な仕事が入ってな。しばらく留守にするぞ」

そう言うカシウスの手には手紙が握られている。

「ちょ、ちょっと待ってよ! それって……いつからなの?」
「明日からだ」
「あんですって!? いくらなんでも急すぎるわよ!」
「その手紙のせい? なにか事件でも起こったの?」
「なに……単なる調査だ。色々な場所を回るから一ヵ月ぐらいはかかるだろう。そういうわけで、母さんを頼んだぞ」
「なにが『そういう訳で』よ! そんな事言って一人で楽しい思いをしてくるんじゃないの!?」

怒り心頭に発したエステルをクルツが穏やかになだめようとする。

「遊撃士の仕事は色々なものがあるのですよ」
「それは判ってるけど……ロレント支部の仕事はどうするの?」
「そこで提案なんだが……お前たち、俺の代わりに依頼をやってみないか?」
「それって父さんがやるはずだった仕事?」

エステルの質問にアイナが答える。

「もちろん、新米の2人でもこなせそうな仕事をお願いするわよ。難しそうなのはシェラザードに回すわよ」
「どうだ?」
「やるやる!」

カシウスの提案にエステルは笑顔で快諾した。

「ね、ヨシュアもいいよね?」
「そうだね。良い経験になりそうだ」

ヨシュアも穏やかな笑顔で賛成する。

「決まりだな」
「じゃあ明日、カシウスさんの出発前にギルドで手続きをしておくわね」
「うん、父さんの名前を落とさないためにも気合を入れて取り組まないとね!」
「半人前のくせに生意気言っちゃって」

眺めていたシェラザードはそう冷やかす。

「だって父さん、もういい歳だから遊撃士もクビになったら再就職先ないし。協力してあげるのが娘の義務よね」

カシウスはガックリとテーブルに倒れ伏した。

「あら、カシウスさんはまだ45よ。まだバリバリ現役として私たち家族のために働いてもらわないと」

レナはそういって微笑んでいる。

「じゃあ明日は見送りに遅れないように母さん、絶対起こしてよね!」

幼い子供、ルックとパットが居るので夕食後の談笑もそんな夜遅くまではならず、シェラザードたち客人は帰って行った。

「じゃあ、ヨシュア君との話し合いはあなたにお任せします」
「ああ、わかった」

レナはカシウスと言葉を交わすと寝室、つまりカシウスの部屋へと入った。エステルは二階の自分の部屋で寝入っている。
静かな夜が再び訪れたブライト家のテラスに設けられた椅子とテーブルでカシウスはワインを飲んでいる。

「……父さん」
「来たか」

そこへ家の中からドアが開いてヨシュアが姿を現した。

「…………帝国からの通知だよね?」
「ああ、お前の滞在ビザの期限を告知してきた。……もう5年になるか。あっという間だったな」
「うん、そうだね」
「まだ数ヵ月の延長は聞くが……やはり王国に帰化する気はならないか」
「僕にとってやっぱり帝国も生まれ育ったところだから。やっぱり離れて暮らしていてもハーメル村の住人だからね。だから……ゴメンなさい」

そう言って頭を下げるヨシュアをカシウスは真剣なまなざしで見詰めて首を横に振る。

「……謝る必要はない。だがな、これだけは覚えておけ。お前がハーメル村に戻ろうとこの5年間を消すことはできん。俺もレナもエステルも、お前の家族だ」
「ありがとう、父さん」

ヨシュアはそう言ってカシウスに抱きついた。

 

<ロレント市 空港>

次の日の朝。飛行船に乗り込もうとするカシウスをエステルとヨシュア、レナ、シェラザードが見送りに来ていた。

「さて……そろそろ時間だ。エステルも母さんやヨシュアの言う事を聞いて困らせるんじゃないぞ」
「もう、あたしの方がお姉さんだってば。父さんも無理しちゃダメよ?」

エステルはカシウスの言葉にうんざりとした顔で答えた。

「ふん、言われるまでもないさ。シェラザード、お前にもお守りを押し付けてすまんな」
「いえ、お気になさらずに。先生の代わりはとても無理ですけど」
「謙遜しないの、シェラちゃん。あなた、エステルとヨシュア君の面倒はキチンと見てくれるわよ。あなたより厳しいんじゃないかしら?」

レナが微笑みながらそう言うと、エステルとヨシュアは冷汗が出た。

「ああ、そうだな」
「なによそれ」
「はは、覚悟しないとね」

飛行船の発車ベルが鳴る。

「おっと、いかんいかん……」
「あなた、カリンさんとレーヴェさんによろしく伝えておいてくださいね」

レナはカシウスにそっと耳打ちをすると、カシウスは頷いた後ゆっくりとタラップを歩いて飛行船の甲板に乗り込んだ。

「父さん、安心して。こっちの事は任せてよ」
「お土産はチーズとか日持ちするものをお願い♪」

カシウスはぐったりとした顔になる。

「こらこら。俺は休暇で旅行に行くんじゃないんだぞ。まあ、善処しよう」
「まったくあなたったら、子供たちには甘いんですから」
「それじゃあ2人とも、頑張るんだぞ」

そして飛行船のタラップが収納され、エンジンがフル回転を始め……飛行船は彼方の空へと飛び立って行った。

「行っちゃったね」
「うん……」

ヨシュアの呟きに答えたエステルは寂しそうな表情を見せる。

「そんな寂しそうな顔しないの、仕事をこなしている間にすぐ戻ってくるわよ」
「さ、寂しくなんかないってば! あたしはファザコンじゃないもん!」
「はいはい。母さんが側に居るのに悲しいわ」

レナとエステルの親子漫才を見ていたシェラザードは軽くため息をつく。

「じゃあ、私も仕事に行くとするか。困った事があったら、遠慮なく私かリッジに相談しなさいよ」
「うん、でも始めは自分たちの力だけで頑張ってみるよ」
「ふふ、我が娘ながら頼もしいわね」
「二人とも頑張りなさいよ!」
「うん!」
「頑張ります」

エステルとヨシュアの力強い言葉に満足したシェラザートは悠然と立ち去った。
レナも笑顔で手を振って家へと帰って行く。

「さっそくギルドへに行こうか」
「うん、ギルドの掲示板をチェックしなくちゃね。ヒア・ウィー・ゴー!」

エステルは笑顔でそう言って、階段を元気に駆け下りた。


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