英雄達の憂鬱 平和への軌跡
ロレント地方編
第一話 谷に突き落とされたヨシュア


<ボース地方 ラヴェンヌ村郊外>

「どうだレーヴェ、ヨシュアは見つかったか?」
「いえ、落ちた辺りを探してみたのですが……」
「ごめんなさいレーヴェ、私たちが付いて来たせいで……」

雨が降りしきるラヴェンヌ村の奥深い山中で、カシウスと銀髪の剣士と長い黒髪の女性が深刻そうな顔で話し合っていた。
銀髪の剣士の名前はレオンハルト。愛称はレーヴェ。帝国の遊撃士ギルドに籍を置く準遊撃士だ。
長い黒髪の女性はカリン。ヨシュアの姉であり、レーヴェと同じ村の農家の娘である。
ヨシュアとカリン、レーヴェたちが住んでいる帝国南部に位置するハーメル村は慎ましい生活を送る村だった。
それに対してリベール王国北部に位置するラヴェンヌ村は果樹園の経営に成功し、生産が追い付かず国内でほとんど消費され、帝国にはほとんど果物が輸入されていなかった。
そこで親交のあるハーメル村から果樹園のノウハウについて学ぶためにカリンが行く事になり、ラヴェンヌ村までの道中の護衛はレーヴェが引き受けた。
村に一人残って近所の家族に面倒を見てもらうはずのヨシュアは、ダダをこねてカリンにくっついて来てしまったのだ。
ハーメル村からやって来た三人はラヴェンヌ村で、過去に廃棄されたラヴェンヌ鉱山の近くにある今は幻となった果実の樹があると聞き、興味が湧いてしまった。
折しもその時手配魔獣の退治で村に滞在して居たのは超有名遊撃士であるカシウス・ブライト。
そして四人で山へと入ったのだが、山の天気は非常に変わりやすい。晴天だった天気が一転雨へと変わった。
カリンの手を引いて歩いていたヨシュアは、足を踏み外して崖へと転落してしまった。
その後の捜索の甲斐もあって、ヨシュアは奇跡的に無傷でいる所を発見された。
ラヴェンヌ村に戻ったカシウスは、宿泊先の旅館でカリンとレーヴェから相談を受けた。
甘ったれで泣き虫なヨシュアをどうにかして強い子に育てたいというのだ。
その話を聞いたカシウスは妙案を思いつき二人提案する。

「お世話になってすいません」
「弟をよろしくお願いします」

レーヴェとカリンは頭を下げてハーメル村への帰途について行った。
カシウスもヨシュアを抱えて家に帰るためボースの街へ帰って行く。
目覚めたヨシュアは姉を探して泣きわめき、ボース支部の遊撃士ギルドでは受付のルグラン爺さんに困った顔をされるし、
ロレントに帰るために乗った飛行船の中では誘拐犯に間違えられそうになるし、カシウスも正直手を焼きそうになった。
ロレント支部の遊撃士ギルドで笑顔を浮かべるアイナに見送られて、カシウスは泣き疲れたヨシュアを抱きかかえて家に戻った。

 

<リベール王国 ロレント郊外 ブライト家>

四人掛けのテーブルの椅子の一つに腰かけている栗色の髪とルビー色の瞳を持つ少女、エステルはテーブルに盛られた料理の山を見ながらため息をついた。

「とーさん、早く帰って来ないかな」
「ギルドから連絡が会ってからエステルったらお父さんの事ばかり。お母さんが目の前に居るのに、妬けちゃうわ」

ハンカチで涙をふく振りをしてエステルの呟きに答えたのはエステルの母親のレナだった。

「だって、かーさんは勉強しろって毎日同じ事しか言わないんだもん」

そう言ってエステルは顔をふくれさせた。

「エステルが宿題を終わらせてから遊ぶって約束を守らないからじゃないの」

レナはほおに手を当ててため息をついた。

「ただいま、戻ったぞ!」

玄関のドアが開くとともに父親のカシウスの声が響き渡る。

「あなた、お帰りなさい」
「わーい!」

エステルは笑顔いっぱいで父親にダイブしようとしたが、カシウスが何かを抱きかかえているのを見て動きを止めた。

「エステルは母さんの言う事を聞いて良い子にしていたか?」

自分が居ない間に何か腕白なトラブルを起こしていないか、少しだけカシウスは不安だった。

「もちのろんよ☆」

レナが穏やかに頷いているところを見ると、さほどのトラブルは発生して居なかったようだ。

「とーさんの方も悪い魔獣と戦ってケガとかない?」
「はっはっは、父さんが負けるものか」

カシウスは悠然と答えて、さらに笑いを浮かべた。

「良い子で待っていたエステルにプレゼントがあるんだ」
「それって、虫取り網? スニーカー? 新しい武器とか?」

笑顔で喜ぶエステルに反して、レナとカシウスは落胆してカックンと首を折る。

「なあレナ、エステルが男の子だったら問題無かったのにな」

レナは気を取り直してエステルに話しかける。

「ねえ、もうちょっと女の子っぽいものは欲しくないの?」
「お人形もいいけど、すぐに壊れちゃうんだもん」

エステルはそう答えながらカシウスの抱えているものが気になるのかそちらに視線を送っている。

「あれ、とーさんが持っているもの何? それがプレゼントなの?」
「ほら」

カシウスがレナとエステルに毛布の中身を見せると、それは黒い髪の少年だった。気を失っているみたいだ。

「うわっ?」
「……まあ」
「どうだ、まいったか」

カシウスは笑顔を浮かべてそう言う。

「うん、ビックリした!」

純粋に驚くエステルの後ろで、レナはみるみる内に怒った表情に変化していく。

「あなた、他人様の子を勝手に! 猫の子じゃないんですよ、これって誘拐じゃないですか」

カシウスの額からだらりと冷汗が流れ落ちる。

「大きな声を出すとこの子が起きてしまうぞ」
「何かこの子、グッタリしてるけど生きてるの?」
「泣き疲れて眠っているだけさ」

レナの冷たい視線から目をそらしてエステルの疑問に答えるカシウス。

「じゃあ俺の部屋のベッドにでも運ぶか」

そう言ってエステルと一緒に逃げようとしたが……。

「あ・な・た! どういうわけか説明してください!」

レナの大声にカシウスは肩を震わせた。カシウスは観念して事情を話し始めた……。

「……というわけなんだ。ヨシュアにも守りたい娘が出来れば強くなれるだろうし、エステルのやつも恋を自覚すれば女っぽくなるだろう」

話して悦に入るカシウスをレナは怖い顔をしてにらみつけた。

「それって勝手にエステルの結婚相手を決めたってことじゃないですか! ヨシュア君にも迷惑をかけてるし!」
「よく寝てる……この子、あたしと同じ年ぐらい?」
「そうだな、でも家ではお前の方が先輩だから弟同然だな。よかったな、お前の待ち望んでいた弟が来てくれて」
「わーい」

エステルはそう返事をしてから、突然先ほどのレナのような怒った表情でカシウスに詰め寄る。

「もしかして、この子ってとーさんの隠し子?」

エステルの言葉を聞いて、カシウスは盛大に吹き出す。

「違う違う、この子は父さんが仕事関係で知り合った人から預かって来たんだ」
「仕事って、遊撃士の?」
「そうだ、おっと、目を覚ましそうだな」

カシウスの言葉通り、ヨシュアはゆっくりと目を開いた。

「わ、目が綺麗な色をしてる」

ヨシュアは黙って不安そうな目で部屋の中を見回す。
姉の姿でも探しているのだろうか。

「ここは、どこですか?」
「俺の家だ」
「……姉さんとレーヴェはどこ?」
「え?」

目があったエステルは訳がわからないという感じの声を上げる。

「……僕を姉さんたちの所に帰してよ」
「そう言われてもなあ。……あの二人から預かってって頼まれちゃったし」

カシウスはおどけた表情で笑う。

「う、嘘だーーーー!うわーーーーん!」
「こらっ!」

エステルのドロップキックが泣き叫ぶヨシュアに炸裂する。

「男の子なのにそんなに簡単に泣いちゃいけないの!」
「……君はだれ?」

ヨシュアは驚いた表情でエステルを見詰めた。

「エステル・ブライトよ!」
「俺にはお前さんと同い年の娘がいると話さなかったか?」
「……そんなの分かりません、だってあなたの話は何も耳に入らなかったし」

カシウスに言われてヨシュアは首を激しく振り、今度は怒りの表情に変わった。

「ってそんな話じゃなくて、僕を姉さんたちの所に……!」

そこへエステルがドロップキックをまた加える。一発、二発。

「痛てっ☆」
「もう観念して諦めなさい!」
「わかったよ……」

ヨシュアはそう言って引き下がった。

「じゃあ、あたしの方がお姉さんだから、お姉ちゃんと呼びなさい」
「でも、君の方が年下に感じるんだけど」
「どういう事?」
「僕の方が年上」

エステルは怒りながら作り笑いを浮かべる。

「あ・た・し・が・お・姉・さ・ん・よ」
「もうそれで良いです……」

カシウスはちらっとレナの方にも視線を送りながら笑顔で話す。

「ま、この家の中では女性陣に逆らわん方がいい」
「分かりました……」

先ほどからエステルとヨシュアの会話を見守っていたレナはカシウスに視線を送ると笑顔でウインクをした。
どうやらとりあえずヨシュアを預かる事に賛成してくれたらしい。カシウスはほっと溜息をついた。

「ところで、あんた。名前は? まだ教えてもらってないじゃない」

笑顔でそう言うエステルに、ヨシュアはハッとした表情になった。

「僕の名前は、ヨシュア・アストレイ……」

 

******それから、5年の時が流れた******

 

小鳥のさえずる音だけが聞こえる爽やかな朝。
カシウスが鼻歌を歌いながら台所で料理をし、レナは柔らかい日差しに嬉しそうに目を細めながら洗濯物を干している。
明るい日差しは窓からエステルの部屋にも降り注いだ。
ベッドで寝ていたエステルはようやく目を開らいた。
起き上がったエステルは盛大な欠伸をする。

「ふわああ、良く寝た」

着替えながらエステルは呟いた。

「そう言えば今日は父さんが休みだから料理を作ってくれているんだっけ。ヨシュアはまだ寝てるのかな」

カシウスは遊撃士の仕事で世界を飛び回り、様々な地域の料理を食し、そこいらの美食家も顔負けの舌と腕を持つようになっていた。
遊撃士の仕事が休みで家に居る時は、すすんで家族に料理の腕を披露して居る。
外から聞こえるハーモニカの音に、エステルは笑顔になる。
そして、のそのそ着替えていたのが、とたんに動きが速くなった。

 

2階のバルコニーで目をつむってハーモニカを演奏するヨシュアの所に、エステルが室内のドアを開けて姿を現す。
パチパチパチ……ちょうど演奏が終わった時、エステルの拍手が鳴り響いた。

「おはようエステル」

明るい笑顔を向けるエステルに、ヨシュアは穏やかな笑顔で応える。

「ごめん、もしかして起しちゃった?」
「ううん。ちょうど今起きたところよ」

エステルはヨシュアに近づいて、彼の胸を肘で突く。

「でも、ヨシュアってば朝っぱらからキザなんだから〜。や〜、お姉さん、思わず聞き惚れちゃったわ」
「なにがお姉さんなんだか。僕と同い年のくせにさ。それに僕の姉さんはカリン姉さんだけだよ」

ヨシュアはあきれ顔でため息をつく。それに対してエステルはしたり顔で指を振る。

「ふん、甘いわね。同い年でも、父さんに師事しているのはあたしが先なんだから。言うなれば姉弟子ってやつ?」
「はいはい、そうですか」
「なによその気の無い返事は。でも、ホント良い曲よね。明るいんだけど、どこか切なくて……家に来たカリンお姉さんが毎年吹いてくれる曲だよね?」
「うん、『星の在り処』だよ」

エステルは何かを閃いたかのように手を打った。

「そうそう、『星の在り処』。あーあ、あたしも何か楽器がうまく弾けたらいいんだけどな。父さんはチェロだし、母さんはクラリネットできるし。簡単そうに見えて意外と難しいのよね〜」
「君がやっている棒術に比べたらはるかに簡単だと思うけど……要はやる気の問題だと思うよ。すぐに怒って楽器壊しちゃうし」
「うーん、全身を動かさない作業って何だかイライラしてくるのよね〜」
「じゃあマラカスやタンバリンでも振ってれば」

その言葉にムッときたエステルは怒った表情になり、ヨシュアに指を突き付ける。

「あたしはもう日曜教会は卒業したのよ!? ヨシュアも、ハーモニカもいいけど、もっとアウトドアの趣味を持ちなさいよ! ヨシュアの趣味って、あとは読書と武器の手入れぐらいでしょ?」
「武器の手入れは趣味じゃないさ、アルバイト先で自然と身に付いたんだよ」
「今時インドアばっかりじゃ、女の子のハートはつかめないわよ」
「僕は別に女の子にもてなくていいんだ」

ヨシュアはあきれ返ってそう吐き出した。

「えー、ヨシュアは男好きだったの!?」

エステルは思わず手で口を押さえる。

「違うよ! 僕は普通じゃない子が好きだっていうか……そういう君こそ趣味のバランスがとれていないと思うけど。釣りとか虫取りとかスポーツシューズ集めとか」
「いいじゃない、楽しいんだし。虫を集めるのは純粋な知的興味からよ。やっぱりなんでも本物を見たいじゃない」
「まだ止める気はないんだね……」

話しこむ二人に庭に居たレナの呼ぶ大声が届く。

「エステル、ヨシュア〜」
「あ、母さん、おはよ!」

エステルが気がついて笑顔でレナの方に振り向く。

「お父さんが、朝食の準備ができたって。二人とも、冷めないうちにさっさと降りて来なさい」
「りょーかい!」
「すぐに行きます」

ブライト家の家族四人はカシウスの作った東方料理に舌鼓を打った。

「うーん。お腹いっぱいになっちゃった」

そういってエステルは笑顔でお腹をさする。

「和食って料理は朝食べるのにサッパリしていて食べやすいね。でも、エステルは朝からよく食べるよね……」
「いいじゃん、食う子と寝る子は育つよ♪」
「まあせいぜい食って英気を養う事だな」
「二人とも、今日は大切な研修があるんでしょう?」

レナの問いかけにヨシュアが頷いた。

「うん。今までの復習だけどね」
「明日から、あたしたちも父さんと同じ『遊撃士』よ。もう、大きい顔はさせないんだから!」
「甘いな、最初になれるのは《準遊撃士》。俺とタメ張りたかったら早く《正遊撃士》になれ」

そういって胸を張るカシウスをエステルは顔をふくれさせて見詰める。

「むむっ、上等じゃない。見てなさいよ〜。いっぱい功績を上げまくって父さんを追い越してやるんだから!」
「無理して怪我をしたらお母さん困っちゃうわ」

息巻くエステルにレナがおどけてほおを手で押さえる。

「はっはっはっ。やれるもんならやってみろ」
「母さん、エステルを本気で止めないの?」
「私が止められるわけ無いじゃない。ヨシュアにケアは頼んだわ♪」
「エステルは両親に似たんだ……」

そう言ってヨシュアはあきれてため息をつく。
そしてカシウスと言い争いを続けるエステルに向かって話しかける。

「エステル、頑張らないと。今日は最後に試験だってあるんだからね」
「うげ!」

エステルは口を開けたまま固まってしまった。その顔があまりに滑稽だったので、三人は大声で笑い出した。

「試験って何よ!」

テーブルに手を叩きつけて、エステルが怒鳴った。

「ま、まさか覚えてないとか言わないよね?」

ヨシュアがエステル以外の三人の心の声を代表して述べた。以前あれだけ嫌だと夕食の席で大騒ぎしていたというのに。

「研修が身についているかどうか確認するためのテストだよ。合格できなかったら補習だなんてシェラさんは鬼だって、エステルがわめいていたじゃないか」
「……そういえばシェラ姉がそんなこと言っていたような気も」

エステルの言葉にレナとカシウスは崩れ落ちる。

「でも平気、何とかなるって☆」

立ち上がって笑顔でキッパリと言いきったエステルに、レナとカシウスは完全に床にひっくり返った。

「はあ……この一家って、ノリがいいと言うかバカっていうか」
「まったくもって嘆かわしい。この楽天的な性格はいったい誰に似たもんだろうな」

起き上がったカシウスは落胆した顔で言う。

「カシウスさん、あなたですよ」

レナが澄ました顔でそう言うと、カシウスも反論する。

「じゃあ、どっちに似たのかヨシュアにはっきり聞こうじゃないか」
「望むところです!」

また貧乏くじを引かされる羽目になりそうな嫌な予感を感じたヨシュアは慌ててエステルに話しかける。

「エステル、そろそろギルドに行こう。シェラさんが待っているよ」
「ん、了解。遅刻すると罰ゲームだもんね」

二人はそう言って席を立ちがあって玄関に向かう。
それに気が付いたレナがエステルを呼び止める。

「今夜、何か食べたいものでもある? リクエスト受け付けるわよ?」
「うーん、食べたいものか……じゃあ、ビーフシチュー!」

笑顔でそう答えるエステルにヨシュアはため息をつく。

「肉がそんなに好きなんだね……」
「エステルはいつ聞いてもビーフシチューね」
「失礼ねみんな。反論できないのが悔しいけど……」

カシウスはふと何かに気が付いたような表情をする。

「そうだ、ついでに雑貨屋で『リベール通信』というニュース誌を買ってきてくれ。今日、最新号の発売日のはずだ」
「わかりました」

そういってヨシュアはカシウスから500ミラを受け取った。確か『リベール通信』の値段は毎号100ミラのはずだ。
カシウスはエステルに気づかれないようにそっとヨシュアに目配せをした。
残った部分は自分の小遣いにしていいと言う事なのだろう。

「それじゃあ行ってきます」
「頑張りなさい。シェラちゃんによろしくね」

両親に見送られて二人は家を後にした。


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